IS<インフィニット・ストラトス>―Deus Ex Machina 作:ネコッテ
第55話 8月11日①
地下に設けられた広大な潜水艦ドック。その上層に備えられた整備監督所に少女の姿があった。
白髪の三つ編み。小さなメイド服。篠ノ之束の愛娘、クロエである。
クロエの視線の先では、ドックに寄港していた大型の潜水艦に物資が積み込まれていた。
「これであと10年は戦えるでございます」
クロエは大局を見守る司令官のような、でも小さいから全然威厳のない態度で、眼前の大型潜水艦を見下ろす。そこに兄のロキと、その部下イワンが入ってきた。
「クロエ、おまえは何と戦っているんだ?」
「あ、お兄さま。くーはただいま、地球を侵略しようとする悪い宇宙人と戦争しておりました」
「そうか、それは面白い仮想戦記だな。だが、こいつは宇宙戦艦じゃないぞ」
「だとしても、<スレイプニル>、見事な艦ですな。長い間、潜水艦乗りをしておりましたが、このような船は初めてです」
いま寄港している潜水艦<スネイプニル>は、もともと旧ソ連が秘密裏に製造していたもの。さらに詳しく言えば、東西冷戦時代、核戦争の脅威で人類が生き残れるように<亡国機業>が建造していたものだ。その最大の特徴は全長200m、排水量3万トンを超える巨大さ。広大なペイロードを有し、通常兵装に加え、工廠と居住区を持つ、
「今日からコレが俺たちの本拠地で、おまえの新しい艦だ。たのむぞ、雷帝」
「既に捨てた名ではありますが、あなたの為なら、もう一度、そうありましょうかな」
ロキが部下の肩を頼もしそうに叩くと、ロシアの元海軍大佐は顎鬚を得意げに撫でた。
そこに新たに銀縁の眼鏡を掛けた秘書官の女性がやってくる。
「ロキ、艦への補給、および物資の搬入が終了いたしました」
「そうか。では、いつでも出航できるように手筈を整えておいてくれ。そろそろ他の幹部共がしびれを切らす頃だ」
学園を襲撃したことで、ロキは組織の幹部会から糾弾を受けた。
彼が組織の実働部隊に消されるのも時間の問題だったが、少年にさしたる動揺も不安も伺えない。
「わかりました。それとローズマリーの件なのですが」
秘書は声を抑えて報告した。あまり大声では言えないことだった。
「7月7日の任務以来、どうも精神面があまり良好とはいえない状態です」
それはロキも気づいていた。秘書の女性よりもずっと早く。
7月7日のあの晩。アリス・リデルを<亡国機業>に連れてくることが彼女の任務だった。
しかし、簪の妨害により、それは失敗に終わった。
任務の失敗自体は予測の範疇――アリスは強い意思の持ち主なので、簡単に寝返らない事は予想されていた――であったが、ずっと妹との再会を願って生きてきたローズマリーにしてみれば、その心境は察して余りある。
織斑千冬に対抗できるローズマリーは、ロキの切り札だ。彼女の士気低下は、今後の行動に大きな影を落としかねない。
「わかった。ローズマリーには俺が会いに行こう」
「お願いします」
秘書の女性は軽く一礼し、自分の仕事へと戻っていった。
「ローズマリーさま、元気がないのでございますか?」
クロエが心配そうに兄の顔を見上げた。
「ああ、すこしな。だから、ちょっと俺が元気づけてくる。クロエは心配しなくていい」
妹の頭をくしゃくちゃと撫で、ロキは整備監視室を出る。
通路の内装は老朽化が酷かった。所々錆びつつある。もともとこの造船所は、東西冷戦後で経済的に困窮したソ連が軍縮の際に放棄した施設の一つだった。一度は廃棄された施設だったが、最低限の設備は生きていたので、ここを隠れ家として使っていた。
「俺だ。入るぞ」
従業員の仮眠室の前までやってきたロキがドアを開ける。
室内に入ると、美しい赤毛の美女が質素なベッドで横になっていた。
「……ロキ?」
ローズマリーはロキの存在に気づき、身を起こした。
「大丈夫か?」
「……はい」
ローズマリーの言葉に憂いを感じたロキは髪をそっと撫でてやった。
「無理をするな。妹に拒絶されたことが堪えているのだろ?」
「はい。『今更、姉ぶるな』と言われて。解っていたことなのですが、思いの外、堪えまして」
「大丈夫だ。おまえなら、仲を取り戻せるさ」
「でも、怖いのです。自分のやっていることが、祖母と同じだと思えて」
アリスとローズマリーの姉妹を引き裂いたのは、彼女の祖母だった。ローズマリーはその祖母を嫌っていたが、結局のところ、自分もその祖母と同じ事をしているような気がしていた。
「いや、同じじゃない。おまえの祖母は自分の欲のために、おまえたち姉妹を引き裂いた。だが、おまえは違う。妹と一緒にいたいだけだ。姉なら当然の感情だ。俺にはわかる。俺にも愛妹がいるからな」
「ロキ……」
「俺はクロエが幸せになれるなら何でもする。今までもそうしてきた」
「ロキはアフリカの少年兵でしたよね」
彼は人身売買でアフリカ小国の反政府組織に買われた少年だった。
無人兵器が普及した近年、子供の人身売買は増加の傾向にある。月光といった無人兵器は倫理プログラムによって、
ロキもまた人身売買の組織に誘拐され、そんな連中に売られた少年だった。
彼は来る日も来る日もAKを手に人を殺しまわった。相手が憎かったわけじゃない。そうすれば、妹に暖かい飯と寝床を与えられたからだ。
「俺は最低の人間だ。生存のためとはいえ、人を躊躇いなく殺してきた。おそらく地獄に堕ちるだろうな。だが、簡単に堕ちるわけにはいかない。俺はクロエの兄として、やらなければならないことがある」
「それは私も同じです」
「そうか。なら、俺に力を貸してほしい。俺もお前に力を貸そう。俺にはお前が必要だ」
「はい」
ローズマリーの返事に満足したロキは、ぽんぽんと彼女の髪を叩き、立ち上がった。
「俺はそろそろ行くとする。一度、ラボに戻らないといけないんでな」
「では、護衛として私が一緒に」
「いや、おまえはここに残れ。この隠れ家も幹部共に嗅ぎ付けられつつある」
輸送潜水艦<スネイプニル>を製造するため、かなりの物資を持ちこんだ。船一隻分の物資や機材が動けば、その物流で何かあると悟られる。最初から長居をするつもりはなかった。
「おまえはここに残って、みんなを守るんだ」
「ですが」
「安心しろ。新型の<ナルヴィ>を一機、護衛につれていく。クロエと母さんを頼んだぞ」
「はい、お任せください」
ローズマリーは枕をぎゅっと抱きかかえながら言った。
頼りなさそう仕草と、頼りがいのある笑みに、ロキは満足して部屋を出た。
♡ ♣ ♤ ♦
「よし、全員、そろったな」
8月11日。ウォーターワールド、ゲート前。俺は全員集合したか確認した。
メンバーは、俺、アリス、箒、鈴、セシリア、シャルロット、ラウラといういつものメンバーに加え、月子がいる。そして、その月子が『連れていきたい人がいる』と連れてきた更識さん。
「そうだ。そういえば、みんなにまだ月子を紹介していなかったな」
俺は月子を前に突き出し、紹介した。
「えっと、みんな顔は知っているだろうけど、改めて紹介するな。こいつは輝夜月子。俺が小さい頃世話になっていたおじさんの娘なんだ」
「初めまして。輝夜月子と申します。以後お見知りおきを」
月子が恭しく頭を垂れる。
まず、既に顔見知りのアリスと箒が率先して自己紹介した。
「私はアリス・リデルです。不要な紹介かもしれませんが」
「ふふ、そうですね。簪ちゃんがいつもお世話になっています」
「私もすでに紹介は済んでいるが、篠ノ之箒だ、よろしく」
「はい、篠ノ之束博士の妹さま、一夏さまの幼馴染でしたね。よろしくお願いします」
次に鈴が前にでる。
「私は凰鈴音。一夏のセカンド幼馴染よ」
「セカンド……?」
月子はコクンと首を傾げた。それから思い至ったように両手をパチンと鳴らす。
「あ、二号さん?」
「ちがうわよ!」
月子の天然にがぁーと吠える鈴。その後ろで箒が『では、私は正妻か。悪くない』など言う。
なおも『妾みたいに言わないでよ』と抗議する鈴と入れ替わってセシリアが自己紹介した。
「わたくしはセシリア・オルコット。イギリスの国家代表候補生でしてよ? ふふん♪」
手を腰に当て、得意の決めポーズを取るセシリア。
ばっちりドヤ顔したセシリアを、シャルロットが苦笑しながら小突く。
「セシリア、相手は日本の国家代表だよ」
そう、月子は日本の国家代表だ。立場で言えば代表候補生より上だ。
自分の失態に気づいたセシリアは顔を真っ赤にした。
「わ、わたくしとしたことが……、こ、これは失礼いたしましたわ」
「いえ。そう、畏まらないでください。同じ年ですし、普通に接してくださいませ」
特に気分を害した様子もなく、月子は温和に微笑んだ。
うん、昔と変わらず、人当りの良い奴だ。次にシャルロットが前に出た。
「えっと、僕はシャルロット・デュノア。フランスの代表候補生やっています、よろしくね」
「まあ、デュノア!」
月子は驚きで空いた口を手で押さえた。
「デュノアとは、あのデュノア社の方なのでしょうか?」
「うん、一応ね」
苦笑交じりで答えるシャルロットに、月子が感激したように手を取った。
「これは、これは。父も<ラファール・リヴァイヴ>はとても良い機体と褒めておりました」
「そうなんだ。<打鉄>の開発元にそう言われるなんて、とても光栄だよ」
月子もIS企業の社長令嬢だから、シャルロットに親近感を抱いたのだろう。
そして、最後にラウラが自己紹介する。
「私はラウラ・ボーデヴィッヒだ。先々月は世話になった」
6月の学年別トーナメントで、月子はラウラの救出に一役買ってくれたからな。
「いいえ、こちらこそ。ラウラさまの事は常々、千冬さまからお伺いしております」
「む? 教官は私の事をなんと?」
「可愛い妹分ができたと、楽しそうに語っておられましたよ」
「そ、そうか! 教官が!」
思わぬ千冬の一面を知り、表情を喜色に染める。
あまりに嬉しかったのか、その後も『可愛い妹、可愛い妹』と繰り返していた。
「よし、自己紹介も済んだところで、行こうか」
俺たちは入場ゲートに向かって歩き出した。
入場ゲートをくぐり、気前の良さそうな係員の人から半券を貰ってパーク内に入る
「おお、すげー広いな」
案内板によれば、総敷地面積は東京ドーム4個分にも及ぶらしい。設備の方も充実しており、定番の流れるプールから、ウォータースライダーや波のプール、屋内にはスパリゾートまで完備されている。しかも今日はチケット購入者のみが入場できるプレオープンなので、ほとんど貸切り状態だ。
チケットをくれた翁おじさんに感謝しないとな。
「月子、おじさんにチケットの礼を言っておいてくれな」
「はい、かしこまりました(はぁ~、一夏さまと休暇を過ごせるなんて幸せやわぁ……♡)」
言って、両手を合わせる。さきほどから月子はずっと楽しそうだった。月子もこのテーマパークの広さにワクワクしているのだろう。
誘った側としても嬉しい限りだ。もっともチケットを用意してくれてのは、おじさんだけど。
「一夏さまも、お誘いくださってありがとうございます」
「おう。月子も忙しいのに来てくれてありがとうな」
「いいえ、今日は丁度、お暇を頂いておりましたから。(いえへん、今日の為に代表の仕事がんばったなんて、いえへん)」
俺と月子が和やかなムードに包まれていると、鈴とセシリアが不満そうに割り入ってきた。
「ちょっとー、あたしたちだってチケットを用意したんだから感謝しなさいよ」
「そうですわ。そうですわ。日本の代表ばかり、ずるいですわ」
「わかった、わかった。そうだな。じゃあ、今度、お礼に食事でもご馳走するよ」
二人は急に身を乗り出した。
「もしかして一夏さんの手料理をご馳走して頂けますの!?」
「ああ、腕によりをかけてご馳走するよ」
これでも織斑家の台所を預かってきた身だから、料理の腕前には自信がある。それは千冬姉を唸らせるほどだ。チケットの礼にその腕を振るおうじゃないか。
「約束よ、一夏!」「約束ですわよ、一夏さん」
「ああ、約束だ」
嬉しそうに両手を合わせるセシリアと、「よし」とガッツポーズを小さく決める鈴。
そんなに喜ぶことなのだろうかと思いつつ、俺はみんなに言う。
「じゃあ、着替えたあと、あの時計台に集合な」
♡ ♣ ♤ ♦
女性用更衣室。
「しっかし、相変わらず、すごい胸してんわね、こ、こんなの卑怯だわ……」
みんなが水着に着替える最中、ぷるんと解放された箒の胸を見て、鈴が呻いた。
日頃から“巨乳は敵”と主張している鈴は、まるで親の仇でも見る目付きでそれを睨む。
「ひ、卑怯とはなんだ。これは生まれもったものだ、卑怯もなにもあるものか」
繁々と見つめられ、箒は守るようにコンプレックスである胸を隠した。
それでも隠しきれない豊満な乳房が、鈴の顔をさらに険しくさせる。
「いや、卑怯でしょ。そんなもんぶら下げられたら、こっちは戦意喪失よ。ねえ、セシリア」
と、既に黒のビキニ姿になっていたセシリアに訊く。
セシリアは箒の胸に戦きつつも、強がるように言った。
「た、確かに、大きいですが、女性の魅力は胸じゃありませんわ! おしりこそ、女性らしさの象徴でしてよ!」
そう言って、ヒップラインを強調するようなS字ラインを作る。モデルを兼任しているだけあり、実に綺麗なくびれた曲線を描いていた。しかし、それ以上に目がいったのは、彼女の黒い水着だ。
「せ、セシリア、よくそんなものを着られるな……」
セシリアの水着は、大半が紐で、肝心な逆三角地帯でさえ手の平サイズしかない。トップも同様で、ほとんど全裸だ。むしろ僅かに隠れている分、いやらしく感じる。しかし、それはチェルシーがダメと言っていた水着じゃなかっただろうか。
わたし知~らないっと、顔を背けるアリスを余所に、セシリアは自慢のヒップを突き出した。
「ふふん、これで一夏さんの視線はわたくしのヒップに釘づけでしてよ」
「なに?」
一夏の名が出たことで、箒の対抗意識に火がついた。
「そんなことあるものか。い、一夏は、わ、私の胸が好きに決まっている! なんせ胸の膨らみは女性の象徴だからな。男性は女性の大きな胸に“女らしさ”を感じるものだ」
「いいえ、一夏さんはわたくしのおしりにメロメロですわ!」
「いいや、一夏は私の胸に籠絡寸前だ!」
自らのたわわに実った胸を持ち上げ、大いに巨乳を主張する箒。
それに対抗してグっと尻を突きだすセシリア。
なおも、胸、尻、胸、尻と言い争う二人の端で、なぜか鈴が膝を抱えて蹲っていた。
「どうせ、あたしはお尻も胸もないわよ……」
などとぼやく彼女の背には、淀んだ空気がのしかかっている。どうやら、二人の言い争いで一番ダメージを負ったのは彼女のようだ。
そんな彼女を励ましたのは意外にも犬猿の仲であるラウラだった。
「そう思い悩むな、凰鈴音。小さいからといって“女性らしくない”わけではない。むしろ、小さいからこそ生まれる“女性の可愛らしさ”というものがある。凰鈴音にはそういう可愛らしさがあると思うぞ。それに私の部下が言っていた。『ぺったんこは正義』だと」
握りこぶしを作って語るラウラに、鈴は目頭が熱くなるのを感じた。
「ラウラ……。あんた、いい奴ね」
「うむ、私はいいやつなのだ」
そう言って、二人は熱いハグを交わす。
同族嫌悪ならぬ、同族意識が、二人の友情(?) を育んでいた。
「なんだろうね、この光景」「はは、みなさん仲がよろしいようで」
シャルロットと隣の月子が言った。
右では胸、尻、と言い争う箒とセシリア。左では貧乳とぺったんこが熱い抱擁を交わしている。傍からは異様な光景に見えた。今、脱衣所に人が訪れれば、きっと回れ右して去っていくだろう。
(……帰りたい)
このわけの解らない空気に、簪は人知れずぽつりと漏らした。
♡ ♣ ♤ ♦
全員が時計台に集合すると、周囲にギャラリーができ始めていた。
「え、何、芸能人の撮影会?」「うわ、あの外国の女の子、ちょーかわいい。モデルかな?」
「てかさ、何で男が一人だけ混ざってんの?」「うわ、ラノベだよ、ラノベ」
なにせ美少女の一団が艶やかな水着姿で集ったのだ。注目の的にならない方がおかしい。
特に俺を見る男子の視線が痛く、殺意が宿っているんじゃないかって思えるほどだ。あまりこの場に留まるのは精神衛生上よろしくないな。早々に移動しよう。
「よし、全員そろったようだな。で、どこから周る?」
このウォーターワールドには、流れるプールに波のプール、定番のウォータースライダーなどがある。中には広い面積を活かしたバナナボートなんてものまで体験できるらしい。
「私はアレがいい」
ラウラが指差したのは、山を削って作ったような大型のウォータースライダーだ。
全長400mにもなるそれは、このウォーターワールドの名物らしい(パンフレット情報)。
「いいね。――みんなはどう?」
「そうだな。面白そうだし、俺はかまわないぞ」
シャルロットが便乗し、俺がOKすると、話は一気にまとまった。
「よし、決まりだな。では、あの山岳地帯に向けて全員進軍を開始する、遅れるなよ」
浮き輪の穴にすっぽり身を潜らせたラウラが楽しそうに小走りで駆けだす。そして係員の人に『危ないので走らないでください!』と注意され、『む、すまない』と謝っていた。
(はは、もしかして、ここに来て一番ワクワクしているのはラウラかもしれないな)
そう思えるぐらいのはしゃぎようだ。同時に微笑ましい光景だった。
さて「少佐殿が遅れるなよ」と言ったので、俺たちもラウラのあとを追いかけた。
「おお、ここのウォータースライダーは4コースもあるのか」
俺たちがやってきたウォータースライダーは、全部で4種類のコースで構成されていた。
コースによって急流速度が異なっていて、苦手な人でも楽しめる仕様になっている。
「ねえ、一夏。これ、二人まで一緒に滑れるらしいわよ」
「おお、そうなのか」
「だ、だから、あたしと、どう?」
鈴はウォータースライダーの二人乗りボートで顔を半分隠しながら、俺を見た。
そうだな。最近、構ってやれてない気がするしなぁ(兄感)。
「おう、いいぜ」
「(よしっ)じゃあ、決まりね。行きましょう」
と、鈴が嬉しそうに俺の腕を取り、4番と書かれてコースへ向かう。その後ろで、例の如くセシリアと箒が『あぁー』と非難めいた声を上がるが、これまた例の如くアリスが宥めた。
「ほらほら、二人ともチャンスは平等に、ね」
「う、うむ、お師匠様がそういうなら」「しかたありませんわね、アリスが言うなら」
アリスに宥められた二人は、やや不満げにするも素直に引き下がった。
アリスがこちらにウィンクを送る。じゃあ、アリスの言葉に甘え、鈴と行くとするか。
「で、どこのコースを滑るんだ?」
「もちろん、4番コースよ」
「おいおい、大丈夫か? 上級者コースって書いてあるぞ?」
「大丈夫よ。なんたってあたしは中国の代表候補生なんだから」
そりゃ、どういう理屈だ。身体能力が高いから大丈夫ってことなのだろうか。
まあ、鈴のことだから、根拠も理屈もないのだろうけど。鈴はいつだって出たとこ勝負だ。
「で、鈴、前か後ろ、どっちに座る」
借りてきたボートは前と後ろがあるタイプで、そのどちらに座るかを訊いた。
「そうね、前かしら」
「じゃあ、俺は後ろっと」
コース入口までやってくると、係員の人が簡単な説明と注意をしてくれた。
「お客様、このコースは大変スピードが速くなっております。ボートから落ちないように後ろの方が前の方をしっかりと支えてあげてください」
係員説明を聞き、俺と鈴はそろって赤面した。
俺が鈴を抱きしめろ、と? 確認する俺に、係員さんが頷く。
「はい、ぎゅっと」
思わず鈴の反応を窺う。鈴は『まあ、し、仕方ないんじゃない?』という顔をしていた。頬はどこか赤い。もしかしたら照れているのかもしれない。それは俺も同じだけど。
「じゃあ、その、さわるぞ?」
「う、うん」
硝子細工でもさわるかのような手つきで、そっと鈴の腰に手を回す。
中学生時代からの友人とはいえ、いざ体に触るとなると緊張するものがあった。胸こそ控え目な鈴だが、プロポーションはスレンダーで女性らしい。こうして触ると、否応なしに鈴を女と意識せざるを得なかった。
裡から邪な感情が湧き上がってくるが、俺は理性を総動員して鈴をぎゅっと抱きしめた。
「ふゃ……ッ」
すると、鈴が甘い吐息を吐きだし、身を小さくすくめた。
俺はビクッとなって手を離す。
「わ、悪い。変なところさわったか!?」
くそ、女性を抱きしめたことなんてないから、どこに手を回していいかわからん。
「ううん。ちょっとびっくりしただけ。大丈夫(うぅ、変な声がでちゃったじゃないの! あたしのバカ! カッコ悪いッ……!)」
「そ、そうか。じゃあ、その改めて」
俺は改めて鈴を背後から抱きかかえる。鈴も俺に背を預けた。
うう、こういう格好は、まるで恋人がいちゃいちゃしているみたいで気恥ずかしいな。
「では、当テーマパークの名物ウォータースライダー、ご堪能ください」
係員が俺の背中を押すと、ボートがチューブ状のレールに沿って流れ始める。
それに従ってボートがどんどん加速していく。
どんどん……、どんどん……。
なおも加速し続けるウォータースライダーに、俺はこめかみを引き攣らせた。
「な、なあ! 鈴! なんだか、こ、これ、速くないか!?」
「だ、大丈夫よ! こ、これぐらいスリリングじゃないとっ!」
なおも加速し続けるゴムボートは、俺たちを恐怖の急流すべりに誘っていく。
気づくと、ボートは絶叫マシンもかくやという速度まで加速していた。正直、安全性を疑うレベルだ。おかげで、発進前の気恥ずかしかった雰囲気は一掃された。
「り~ん、やっぱり4番はやめておくべきじゃなかったかぁー!?」
「だ、大丈夫よ、あ、あたしは、中国の代表候補生なんだから、これぐらい平気よ――うっぷ」
「酔ってんじゃねーか!」
凄まじい激流にボートが左右に揺れる、揺れる。時にはチューブ内を一回転するほどだ。さすが上級者向けを豪語するだけあって、とにかくスリリングなコースとなっていた。
つーか、長くねッ、このコース! 全然ゴールが見えてこないんだが!
「い、一夏、あれ。出口だわ」
よし、これでようやく終わる――と思った矢先、俺たちは妙な感覚に囚われた。
え、なんだ、このフワリとした浮遊感。
もしかして……と、下を向けば、俺たちは地上5mの位置に放り出されていた。
「うわぁぁああぁー!」「きゃあぁぁあぁー!」
じゃぽ~んと水面に壮大な水柱を作る俺と鈴。
ぷはっと、水面から顔を出した俺は、水死体のように浮かぶ鈴へ不満をぶつけた。
「鈴、やっぱり4番コースはやめとくべきだったって……」
「ぶくぶく、ぶくぶく(そうね、ごめん……)」
まあ、久しぶりに鈴とバカができて、楽しくはあったけど。