IS<インフィニット・ストラトス>―Deus Ex Machina   作:ネコッテ

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第5話 第一の矢《ファーストアロー》

第5話 第一の矢《ファーストアロー》

「気に入りませんッ、気に入りませんッ、気に入りませんわッ!」

 

 第二アリーナ。自らの専用機を展開したセシリアは、仮想上の的に向かって引き金を引いた。

 近未来的な造形をしたライフルから迸る青い閃光が、的確に仮想的を次々射抜く。

 100、100、100。ややしてARのスコアボードにフルスコアと<Congratulation>の文字が浮かんだ。

 

「ふんッ」

 

 文句なしの最高スコアであったが、セシリアは苛立ちを吐き出すように鼻を鳴らした。

 普段なら喜びこそしないが自慢げに胸を張るところだ。しかし、心中に居座るあの赤い少女の所為で、どうにも気分が晴れない。

 

「まったく何様なのかしら。わたくしのことを、クソ貴族(ファ○キンノーブル)だなんて……」

 

 このセシリア・オルコットの寵愛を無下にし、あまつやあの言葉使い。

 生まれも育ちも上流階級のセシリアにとって、あんな暴言を吐かれたのは生まれて始めてだった。

 侮辱。侮辱である。あの場で組み伏せてもよかったが、それではエレガントじゃない。自分は女王陛下より一角獣の紋章を賜った高貴な人間なのだから、それ相応な手段で自分との違いを教えてやるべきだ。

 

「ふふふッ。わたくしが勝ち、クラス代表になった暁には……」

 

 あえて、あの少女を自分の召使いにしよう。可愛いフリフリのメイド服を着せて、自分の半歩後ろを歩かせるのだ。そして、これでもかと厭味ったらしく小突きまわしてやる。

 

「見てらっしゃい、アリス・リデル」

 

 再び、ライフルを構えて発砲する。

 その一撃は、自らの勝利を暗喩するように、ターゲットのド真ん中を打ち抜いた。

 

「わたくしを怒らせたこと、後悔させてさしあげますわ!」

 

 そしてばっちりと決めポーズを取ったところで、セシリアの許に一人の生徒がやってきた。

 

「ねえ、あなた、イギリス代表候補生のセシリア・オルコットよね」

 

 話しかけてきたのは、セミロングの生徒だ。

 見たところ、顔つきは日本人のようで、日本製の第二世代型IS<打鉄>を装備していた。

 

「ええ、そうですが、なにか?」

「私は二年の藤山陽子。よかったら、私と模擬戦してもらえないかな」

 

 上級生の申し出に、セシリアは口に出さず『またか』と思った。

 実はここ数日よく模擬戦を申し込まれるのだ。彼女で3人目になる。自分の専用機が原因なのだろうけれど、セシリアは乗る気がしなかった。彼女が搭乗している訓練機<打鉄>は第二世代型。自分の第三世代型より旧式だ。そんな機種と戦っても得られる成果は少ない。けれど――

 

(相手は二年生ですし)

 

 機体性能で劣れど一日の長があるぶん、歯ごたえがあるかもしれない。

 それを理由に、セシリアは二年の藤山陽子との模擬戦を受けることにした。

 

「わかりましたわ。このセシリア・オルコット、貴女の申し込みを受け入れます」

 

 セシリアはジェネレーターの出力を上げ、臨戦態勢に移った。

 倣って藤山も借りてきた訓練機の動力に火を入れる。

 

「では、いきますわよ!」

「うん!」

 

 二機のISは上昇して戦場を上空へと移す。その後、セシリアと藤山の模擬戦が始まった。

 

 

      ♡          ♣          ♤         ♦

 

 

 結果からいうと、模擬戦はセシリアの勝利で終わった。

 二年生ということもあり、藤山の操縦技術には目を見張るものがあったものの、そこはイギリス代表候補生。卓越した操縦技術を駆使し、セシリアは試合を優位に進めていった。

 これから経験を積めば、優秀な操縦者に成長するだろう。そうアドバイスしたセシリアに、藤山は『イギリスの代表候補生にそんなことを言ってもらえるなんて光栄だわ』と嬉しそうに答えた。

 

「模擬戦してくれてありがとね」

「いえ、こちらこそ」

「じゃあ、私はこれで」

 

 セシリアに頭を下げ、藤山はピット入口へと向かっていった。そしてピットに入り、レンタルしていた訓練機を返却用ハンガーにかける。それからセシリア戦で得た戦闘データを抜き取り、それを大事に抱えながら人気のない通路の一角に向かう。

 きょろきょろと辺りを見渡したあと、藤山は小さく声を発した。

 

「ねえ」

 

 彼女の呼びかけに闇の奥から少女がやってくる。

 赤い髪に、青い瞳。セシリアがメイドにすると宣言したアリス・リデルだ。

 

「どうでした?」

「はい、これ」

 

 藤山は大事そうに抱えていたセシリアの戦闘データをアリスに渡す。

 アリスは自前の端末にデータを写し、その中身を確認した。

 

「ふむ、問題ありませんね」

 

 画面に表示された戦闘データに満足したアリスは、ポケットから茶封筒を取り出した。封筒には日本紙幣が四枚。金額にして四万円が同封されていた。これがセシリアと戦った彼女への報酬だ。

 

「ありがとう。――でも、よかったの? 模擬戦するだけで5万なんて」

 

 模擬戦を一回熟すだけで五万の報酬(前金として一万払っている)。普通に考えれば羽振りが良すぎる話だ。懐疑的に思うのも無理はない――というのは世界情勢を知らない者の意見だ。

 現在、世界は冷戦下にある。その状況下に於いて、軍事力の要であるISの情報はどの国家も喉から手が出るほど欲しい情報だ。セシリアの専用機の情報も、相手が相手なら5万どころかその十倍、百倍の値段で買ってもらえる。実は損をしているのは藤山の方だったりするのだが、そんなことを教えてやる必要も義理もない。

 

「多いと思うなら、返金してもらってもかまいませんが?」

「え、えっと、それは……」

 

 貰った報酬を後ろに隠し、視線を泳がせる藤山にアリスはクスっと笑う。

 

「冗談です」

 

 そう言ったアリスに、藤山はほっとしたように胸を撫で下した。

 

「じゃあ、私は行くね」

「はい、お疲れさまでした」

 

 ひそひそと去っていく藤山を見送り、アリスは改めてセシリアの専用機の情報を確認した。

 そこには専用機の各部出力と、武装に関する情報がぎっしり詰まっている。それもそのはず。過去セシリアが模擬戦を行った三人全て、アリスの差し金だったのだから。

 

「さてと、これでウカウカしていられなくなりましたよ、オルコットさん」

 

 どんな時代でも情報量とその正否が戦況を左右する。これだけ相手の情報があれば、戦力の不利も覆せるだろう。最早、セシリアという堅牢な城の外堀は埋めたに等しい。あとは内堀を埋め、城門を破って突撃するだけ。しかもこちらには強力な攻城兵器がある。

 誰もいない闇の中で、アリスはニヒルに笑った。

 

 

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 オルコットとの決闘を4日前に控えた夜。ISの訓練を終えた俺たちは、アリスに多目的室へ呼ばれた。なんでも対オルコット戦の作戦会議を開くという話だ。

 俺と箒が多目的室に入ると、アリスはプロジェクターの準備をしているところだった。

 

「来ましたね。適当にかけてください」

「おう」「うむ」

 

 俺と箒は並んで席につく。アリスは部屋にロックをかけ、さらにカーテンを広げた。それから俺たちに資料を配る。さらに長丁場に備え、ミネラルウォーターとお菓子を用意してくれた。

 

「では、これより対オルコット戦の作戦会議を始めます」

 

 アリスはミネラルウォーターで口を潤し、説明を始めた。

 

「ここ最近、私はオルコットさんとその専用機について情報を集めていました」

「箒との稽古中にいなかったのはそのためか。――で、成果は?」

「有力な情報を手に入れました。まずオルコットさんの専用機について説明していきましょう」

 

 そう言い、アリスはプロジェクターのスイッチを入れた。前方のスクリーンに映し出されたのは、蒼いISを装備したオルコットだ。画面端にはジェネレーター出力とスラスター出力らしき数値が貼付されていた。

 

「これがオルコットさんの専用機、機体名は<ブルー・ティアーズ>。<ナイトソード>社が開発したイギリスの第三世代型です」

「第三世代、<白式>と同じか」

 

 だとしたら性能は<白式>と同じぐらいだろうか。なんて思っていたら、箒が挙手した。

 

「話の途中すまないが、第三世代とはなんだ? 第二世代の<打鉄>と何が違うのだ?」

「では、専用機の説明をする前に、ISの世代について説明していきましょうか」

「む、無知ですまない……」

 

 箒は申し訳なさそうに頬を赤くした。アリスは『いいんですよ』と笑む。

 俺も二世代と三世代の区別がつかないので、この説明は大いに助かる。

 

「まず第一世代についてですが、これは一般的にISの第一号<白騎士>の技術を継承して開発されたISを指します。しかし、この第一世代は実験的な意味合いの強い世代で、一部の部隊を除き、ほとんど実用配備されませんでした」

「女性にしか扱えなかったからか?」

 

 環境整備や軍規改正が進み、今でこそ女性軍人は珍しくないけど、10年前は全体の1%に満たなかったそうだ。そういった人材不足の理由から、実用配備が遅れたのだろうか。

 

「そうですね。それもあるでしょう。またISは未知の技術が多く、そのことから専用の武器や装備の開発も遅れていました。固くて速いだけのパワードスーツ。それが第一世代です。また既存兵器との互換性も悪く、そのため効果的な運用方法がなかなか確立せず、長く試行錯誤する期間が続きました」

「その末に始まったのが、第二世代型の開発か?」

「その通りです、篠ノ之さん。第二世代型ではISの技術解析が進んだことで、様々な武器や兵装を装備できるようになりました。それにより高い汎用性を有し、多様な状況に対応できます。ちなみに、それも第二世代からの技術です」

 

 アリスは俺の腕に装着された白いガントレットを指した。これは<白式>の待機状態だ。ISはポジェショナライズという処置を施すことで、こういう風に形態変化させてアクセサリーみたく携帯できる。これも第二世代からの技術だという。

 

「しかし、あのISが防具ひとつに収まるなんて不思議だな」

 

 箒が俺のガントレットを不思議そうに覗き込む。

 いきなり、ぐっと顔(とおっぱい)が近づいてきて、俺は慌てた。

 

「ほ、箒、ち、近いってッ」

「あっ、す、すまんッ」

 

 ぼっと顔を赤くする箒に、俺もなんだか照れくさくなって俯く。

 アリスはゴホンとわざとらしい咳をして、

 

「あの、進めてもいいですか?」

 

 俺と箒は『ああ!』と声を揃えて頷いた。

 

「では、続けますね。――第二世代では多彩な武器を装備できるようになり、汎用性が向上しました。しかし、その総合的な火力は戦闘ヘリに毛が生えた程度なのです。ISは<アラスカ条約>でサイズが規定されていますので、積載できる装備の大きさに限界があるのです」

「確かに、人の大きさじゃ戦艦のような大砲は積めないしな」

「だな」

 

 俺は箒の意見に同意しながら、置いてあったチョコを口に放り込んだ。

 

「現在では30ミリ口径を越えると、ISのサイズでは効率的に運用できないと言われています。そこで各国はさらなる火力向上を図るため、ISの高出力ジェネレーターを活用した兵器――指向性エネルギー兵器(DEW)の装備を試みました」

指向性エネルギー兵器(DEW)とはなんだ?」

「エネルギーに指向性を与え、放出することで対象を破壊する兵器の総称です。代表的なものはレーザービームが有名でしょうか。オルコットさんの専用機にも、このレーザー兵器が装備されています」

 

 アリスはプロジェクターを操作し、画像を切り替えた。

 <ブルー・ティアーズ>に続いて出てきたのは、近未来的な形状を持つライフルだ。

 

「これがオルコットさんのレーザー兵器、名称は《スターライトMkⅢ》というそうです。さらに<ブルー・ティアーズ>には、強力なレーザービームを照射する独立した子機――ビットが四基、装備されています」

 

 アリスがさらに映像を切り替える。ライフルに続いて映し出されたのはフィン状の機器だ。

 さらに下の小さい窓には、縦横無尽に飛び回るビットの動画がループ再生されていた。

 

「まるで動く砲台だな、こりゃ。――これに四方八方から狙われたら、ぞっとしない」

「これの対抗策についてはおいおい説明しましょう。次です――」

 

 その後、アリスは近接用のショートブレードが一本、ミサイルランチャーが二基あることを説明し、次いで操縦者――セシリア・オルコットの説明を開始した。

 

「一夏も知っての通り、彼女はイギリスの代表候補生です。数いる操縦者の中から選抜されたエリート中のエリート。実力は間違いなく屈指です。強敵と言って間違いないでしょう」

「ああ、それは理解しているつもりだ」

 

 俺の姉は日本の元国家代表。千冬姉の強さ≒国家代表の強さと考えれば、必然的にその候補生たるセシリアがどれくらい強いのか検討がつく。

 俺が侮っていないことを示すと、アリスは頷いて続けた。

 

「ですが、彼女もオールマイティーという訳じゃありません。――これを見てください」

 

 アリスが再びプロジェクターを操作する。今度は三項目からなるグラフが現れた。

 射撃、格闘、機動という項目が五段階評価で表されたそれは、オルコットの能力図のようだ。

 

「射撃S、格闘C、機動A。オルコットは射撃能力が高いのか?」

「はい。オルコットさんは非常に高い射撃能力を持っています。特に長距離射撃の腕前に関しては、プロも舌を巻くほどです。正直、天才と言っていいレベルでしょう」

「凄腕のスナイパーってわけか。俺、射撃訓練とか全然やってないけど大丈夫か?」

 

 ここ数日やっている特訓といえば、剣道と空中格闘(エリアル・コンバット)に関する訓練ばかりだ。未だ実弾の一発すら撃っていない。そんな俺にこんな狙撃手の相手なんてできるのだろうか。

 すると、隣の箒が呆れたように頭を突っ突いてきた。

 

「何も相手の得意な場で戦う必要などないだろう」

 

 そう言って、格闘の項目を指差す箒。アリスも『その通りです』と頷く。

 

「オルコットさんは射撃能力こそ特出していますが、格闘能力は平均的です。しかしあなたには剣道で培った人並み以上の剣術があります。そこに突き入るスキがあります」

「な、なるほど、そういうことか」

 

 そんな単純なことに気づかなかったダメダメな俺に、箒が踏ん反り返った。

 

「だ、だから、私がこうやって剣術の指南をしてやっていたのだろッ!」

 

 その理由は何となく後付け臭かったが、俺は『そうか、ありがとよ』と礼を言った。

 

「さて、大まかな説明はこれで終わりです。今度はこれらの情報を踏まえ、オルコットさんに勝つための作戦を説明していきます。そこで勝手ながら、この作戦に名前を付けさせて頂きました」

「そいつはいい。で、なんて名付けたんだ?」

 

 アリスは身を乗り出し、会心の出来だというようにこう言った。

 

「名付けて<トリプルアロー>です」

 

 

      ♡          ♣          ♤         ♦

 

 

 三本の矢(トリプルアロー)

 アリスが『対オルコット戦』の作戦にそう名付けたのには、ふたつの理由があるそうだ。

 ひとつは日本の武将、毛利元就の有名な逸話を肖ってだ。

 昔、毛利元就は三人の子どものまえで『一本の矢は簡単に折れてしまうが、三本の矢は簡単に折れない。三人で協力することが大事だ』と教えた。俺たちのチームも三人だったので『俺、箒、アリスが結束すれば、きっとイギリス代表候補生が相手でも簡単に負けたりしない!』という縁起を込めたらしい。

 二つ目は、オルコットを倒すためには、三つの条件をクリアする必要があったからだという。

 それで、まずひとつ目の条件――“第一の矢”だが、それは情報戦でオルコットに勝利することだ。これはアリスがオルコットを偵察してくれたおかげで問題ない。

 次にふたつ目の条件――“第二の矢”だが、これが問題だった。何が問題かというと、この“第二の矢”で大きな役割を果たすはずだった<白式>の武器がまだ届かないのだ。

 

 そう、オルコットとの試合を1時間後に(・・・・・)控えた現在(・・・・・)にも。

 

 今日はあの作戦会議から既に4日が経っていた。だというのに、搭載予定だった武装は未だ届いておらず、そういう理由もあって、アリーナのピット内は物々しい雰囲気に包まれていた。特に箒は落ち着きがなく、同じ場所を行ったり来たりしている。

 

「まったく、指定日に納入しないとは、なんて業者だ、信用問題だろッ!」

「5月に搬入予定だったものを今に繰り上げましたからね。無理もないかもしれません。織斑先生も朝から開発者の許へ出向いているようですし、いまはそれを待ちましょう」

 

 落ち着いた様子でそういったアリスは、先ほどから<白式>に端末を繋ぎ、調整作業に勤しんでいた。たぶん警戒システムの調整だろう。<ブルー・ティアーズ>の情報を入力しておくことで、戦いやすくしてくれているのだ。

 

「そういえば、朝の織斑先生、すごい形相でしたね」

 

 と、千冬姉に代わってクラスを任された山田先生が言う。

 

「ああ、あれはまるで閻魔が顕現したようだった」

 

 今朝、搬入係から『武器がまだ届いていない』と聞かされるなり、千冬姉は『アイツめッ!』と凄い形相をして、学園を飛び出していったという。その様子ときたら悪鬼も裸足で逃げ出しそうな剣幕だったらしい。

 

「で、仮に武器が間に合わなかったどうなるんだ?」

 

 オルコットを倒すべくアリスが考案した<三本の矢>作戦。

 その一本が欠けたらどうなるか、それを考案者に訊いた。

 

「勝率は3割以下まで落ち込むでしょう」

「3割か……。厳しいな」

 

 第二の矢――<白式>の専用武器がどれだけ重要かって思い知らされるな。

 まあ、俺もアリスから武器の仕様を教えられたとき『これ、勝てんじゃね?』って思ったし。

 

「最悪、武装が届かなかったら、用意した武器で戦うしかないですね。一応、対<ブルー・ティアーズ>用に使えそうな武器をいろいろ用意しましたが」

 

 視線を遣った先には、いくつかの武器が並んでいた。

 ラックに立て駆られているのは、刀に似た近接ブレードと、大型の物理シールド。そして四連装のグレネードランチャーを備えたアサルトライフル。どれも使ったことのない武器ばかりだ。

 

「まあ、仕方ないよな。素手でやるよりマシだろう」

 

 俺が置いてあったアサルトライフルに触れた時、通路とビットを繋ぐ扉が開いた。

 入ってきたのは、額に汗をにじませた千冬姉だ。

 

「待たせたな、お前たち」

 

 待ちに待った人物の登場にピットが活気だった。

 

「千冬姉ッ!」「千冬さん!」

「織斑先生、だ。――それよりも持ってきたぞ」

 

 いうなり、格納庫とビットを繋ぐエレベーターが稼働した。上がってきたのは長方形のコンテナが二つと、<倉持技研>のメカニックチーフである篝火さんだ。

 エレベーターが停止するなり、篝火さんはパチンと両手を合わせた。

 

「ごめんね、遅くなって。お詫びにお姉さんのお尻を好きなだけ触らせてあげよう」

「おい、ヒカルノ、さっさと手伝え。時間がない」

 

 千冬姉がすごい剣幕で篝火さんのお尻を蹴る。篝火さんは『ぎゃふん』と前につんのめった。

 確かに試合まであまり時間がない。冗談を言っている暇はなさそうだった。

 

「ほら、さっそくインストールを始めるぞ」

「あ、あぃ……」

 

 涙目のヒカルノさんはお尻を撫でながらコンテナのひとつに手を当てた。それによって認証が行われ、長方形のコンテナがぱっくり割れる。中から飛び出してきたのは刀状の近接武装だ。

 

「これが<白式>の武装?」

「ああ、銘は《雪片弐型》だ」

 

 それは嘗て千冬姉が現役時代に愛用していた武器の名だった。

 つまり、千冬姉を世界一に導いた武器、その後継がいまここにある。そして、その新たな担い手が俺ってわけか。

 

「ヒカルノ、《雪片弐型》をインストールしてくれ。私はモジュールを取り付ける」

「あいさね」

 

 感慨に耽る俺を置き去りにして、武装のインストール作業が進められていく。

 篝火さんが二つ目のコンテナをオープンさせると、そこには大掛かりなユニットが仕舞われていた。

 

「これは?」

「《雪片弐型》の力を最大限発揮させるための専用モジュールさね」

 

 説明と並行して、千冬姉たちはそのユニットの取り付けにかかった。専門的な知識の俺たちは、その作業をすこし離れた場所から見守る。しばしの間、作業は淡々と進んでいった。

 

「マッチングクリア。よし、モジュールの取り付けは終わったぞ」

「こっちも調整完了。あとは<白式>が自動でシステムをアップデートしてくれるけど――」

 

 篝火さんがちらっと自前の腕時計を見て、険しい顔をした。

 

「――タイムアップかな?」

 

 時刻は決闘の時間を示していた。本来なら出撃の準備をしなければならないが――

 

「システムがアップデートされないと、<白式>は動けないんですか?」

「んにゃ、起動や操縦に問題はないよ。ただアップデートが終わるまで《雪片弐型》は使えない」

「アップデートにはどれくらいかかりそうですか?」

 

 と、アリスが篝火さんに訊く。

 

「10分ぐらいかな」

「10分ぐらいなら、延期してもらえるのではありませんか?」

 

 箒の提案に、千冬姉と山田先生は難色を示した。

 

「今回の試合は公式戦のルールに則っています。公式戦では整備不良による試合延期は原則として認められていません」

 

 そりゃ普通のスポーツでも『急に腹が痛くなったから、治るまで試合を延期してくれ』とは言えないしな。体調管理が選手の務めなら、機体整備も選手の務めってわけだ。

 

「仕方ありません。このまま行きましょう。今の彼なら10分ぐらい凌げます」

 

 そう言ったのはアリスだった。

 

「そうか。なら信じよう。熱心に織斑の世話を焼いたおまえがいうなら、な」

 

 アリスはきょとんとした。

 

「いえ、私は別に大したことは何も」

「よくいう。情報の収集、装備の調達。一夏のために西へ東へ奔走したそうじゃないか。それを日本ではなんというか知っているか? 内助の功というんだ。おまえは一夏の嫁か?」

 

 『違いますから……ッ』と、アリスは顔を真っ赤にして目線をそらす。

 千冬姉は『私もまだ一夏をやる気はないがな』と笑ってから俺の方を向いた。

 

「織斑もいいな?」

 

 俺は力強く頷いた。ある意味、俺以上に俺の実力と<白式>の性能を熟知しているアリスがそう言うなら問題ないだろう。どちらにしろ、時間が迫っている以上、行くしかない。

 

「では、準備にかかれ」

「はい!」

 

 俺は颯爽と<白式>に飛び乗った。装着した具合は以前と変わりなく、起動にも問題はない。乗り込んだ直後に<白式>の裏で何か起動したような気もしたけど、それ以外に違和感はなかった。

 

「一夏、気分はどうだ?」

「ちょっと緊張してる」

 

 俺は正直な気持ちを打ち明けた。千冬姉も同じ心境のようで、身持ちがちょっと硬いように感じられた。俺を一夏と呼んだのも、その影響だろう。

 

「無理もない。だが安心しろ。仮に負けても私がなんとかしてやる」

 

 たぶん千冬姉は「クラスに俺の居場所がなくなること」を心配しているのだろう。

 そうやって、いつも俺のことを第一に考えてくれる千冬姉に、俺は感謝に代わってこう告げた。

 

「俺さ、ずっと千冬姉に手を引いてもらいながら歩いてきた」

「私はおまえの姉だ。当然だろ?」

「でも、俺はもう15だ。そろそろ自分の足で歩かないといけないと思うんだ。いつまでも手を引っ張ってもらうわけにはいかない。それでさ、この決闘をその第一歩にしようと思う。だから、強い言葉で送り出してほしい」

「そうか。では、こう言おう。――存分に暴れてこい」

 

 寂しさ半分。嬉しさ半分。そんな表情で千冬姉が檄をくれる。

 俺が強く頷くと、そこへ箒がアリスに背を押さらながらやってきた。

 

「ん、どうした、箒?」

「いや、その、だな……」

 

 言いたいけど、言い出せない。そんな箒の背をアリスが「ほら、篠ノ之さん」と押す。

 それでようやくと決心が固まったのか、箒が思い切ったように言った。

 

「一夏、剣は全ての道に通ずる。今日までやってきた稽古は、決して無駄ではないはずだ。――だから、自分の力を信じろ。さすれば、どんな苦難の中でも、きっと活路がみえてくるはずだ」

 

 同門からの激励に俺は強く頷く。

 ああ、わかっているぜ。今まで篠ノ之道場で教わった事は一つだって間違っていなかった。

 

「それと、その、なんだ、お、応援しているからな」

「ああ、見ていてくれ、おまえが鍛え直してくれた剣で、アイツに一泡吹かせてやるからさ」

 

 恥ずかしそうに俯く箒にそう答えたあと、アリスがラックの武装を指差した。

 

「とはいえ、さすがに武器なしは無謀なので、アレ持って行ってください。役に立つはずです」

「ああ。そうする」

 

 俺はアリスが用意した大型の物理シールドとアサルトライフルを手に取る。銃なんてロクに使えないだろうけど、脅しの道具ぐらいにはなるだろう。盾は時間稼ぎに使えそうだから持っていく。近接ブレードは《雪片弐型》があるので置いていこう。

 

「では、織斑くん、こちらへ」

「はい」

 

 山田先生の誘導に従い、<白式>をアリーナへの射出ユニットに装着する。

 さあ、俺のデビュー戦の始まりだ。

 

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