IS<インフィニット・ストラトス>―Deus Ex Machina   作:ネコッテ

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第61話 冥府の魔女

「さて、昼からどうする? うちにいても仕方ないし、どっかでかけるか?」

 

 8月14日。午後1時、織斑邸。

 昼食会を終え、その片付けをする片手間、一夏がリビングで寛ぐセシリアと鈴に訊いた。

 

「外は熱いですし、わたくしは、屋根のあるところがよろしいですわ」

 

 と、セシリアが食後のアイスティーを口にしながら答える。

 本心はもっと一夏の部屋にいたい。更にいえば『一夏の情報を収集したい』という思惑があったが、悟られないよう外の気温を気にするフリをする。

 

「そうね。外はこの暑さだし、外出は控えたいわね」

 

 セシリアと対照的に鈴は本心で外出したくなさそうだった。扇風機を独占する様子からも、それが判る。

 

「じゃあ、どうすっかな~、俺の家にいてもやることないしな」

 

 そんなとき、新たにインターフォンが鳴った。

 

「――は~い」

 

 一夏がエプロンで手を拭き、インターフォン越しに訪問者の応対をする。

 小さなモニターには、ラウラとシャルロットが映し出されていた。その後ろには箒もいる。

 

『遊びに来てやったぞ』

「お、そうか。今開けるからちょっと待っていてくれ」

 

 玄関先でふんぞり返るラウラを迎えに、一夏が玄関へ向かう。

 しばらくして、リビングに紙袋を持ったラウラとシャルロット、箒がやってきた。

 

「あ、セシリアたちも来てたの?」

「ええ、一夏さんが昼食をご馳走してくれるということでしたので。シャルロットさんは?」

「学園にいても訓練くらいしかやることがなくて。そしたらラウラが一夏の家に行こうって」

 

 と、横目でラウラを見る。ラウラはリビングに案内されるなり、目を爛々とさせていた。

 この家は恩師である千冬の住居でもあるので、興味津々な様子だ。

 

「ふむ、ここが教官のセーフハウスか。実に興味深い」

 

 そして、まるで自分の家のように寛ぐ鈴を見つけ、目くじらを立てる。

 

「おい、凰鈴音。ここは上官の家でもあるのだぞ、そのだらけた態度はなんだ」

「うるさいわねぇ~。ここはあたしの家みたいなもんだからいいのよ」

 

 来て早々衝突する二人に一夏は苦笑した。

 

「まあ、そう怒らず、ラウラも寛げよ」

「ふむ、家主の一夏がそういうなら、――そうだ。教官に頼まれていた黒ビールとソーセージだ」

 

 ラウラが手に持っていた荷物を一夏に差し出す。

 それに続いてシャルロットも紙袋からラッピングされたボトルを取り出した。

 

「僕からはこれ。ワインとチーズ」

「お、ありがとな、ラウラ、シャルロット。千冬姉も喜ぶよ」

 

 最後に箒が小奇麗な包装紙に包まれた箱を差し出す。

 

「これは私からの暑中見舞いだ」

「おお、箒まで。みんなありがとな。今度、何かお返しするよ」

 

 と一夏は土産をしまいに台所へ向かい、その足で三人分の麦茶を用意して帰ってくる。

 

「ほら。――外、熱かっただろ」

「うん、ここに来るまでにミイラになっちゃうかと思ったよ……」

 

 シャルロットはぐったりした様子で麦茶を煽る。

 湿気が少なく、気温が20前後と安定したフランスの夏とは異なり、日本の夏は連日30度を超える猛暑が続く。フランス生まれのシャルロットは、早くも日本の夏にバテ気味のようすだった。

 

「軟弱な奴だな、この程度の気温で」

「そういうラウラさんは顔色ひとつ変えていませんわね、この暑さなのに……」

「訓練の賜物だな」

 

 黒ウサギ隊が得意とする作戦は強襲戦術と人質救出だ。もっぱら市街戦がその割合を占める。だが、最近では、対ゲリラ戦や長距離偵察なども視野に入れており、砂漠地帯、寒冷地、亜熱帯という過酷な環境での適用訓練も実施しているらしい。

 

「ほお、あの甘えん坊が逞しくなったものだ」

 

 ラウラが得意げでいると、リビングに新たな人が入ってきた。

 Tシャツにジーパンというラフな服装。とても活発そうな格好で現れたのは千冬だ。

 

「教官っ!」

「あ、千冬姉、おかえり」

「ああ、ただいま」

 

 短く答え、千冬は起立して敬礼するラウラに「かまわん」と無礼講を命じた。

 そして、いつものメンバーを目にして、ちいさく肩をすくめる。

 

「玄関に知らない靴があると思ったら、やっぱりおまえらか」

「お、お邪魔しています、織斑先生」

 

 睨まれたれたわけでもないのに、箒、セシリアは恐縮した。鈴にいたっては、抱き着いていた扇風機から飛び退き、正座である。相変わらず、千冬に対する苦手意識は克服できていないようだ。

 そんな鈴を見たラウラが悪戯を思いついた子供のような顔をした。

 

「うむ? 急にどうしたのだ、凰鈴音? 先と態度がまるで違うではないか。先は『まあ、ここはあたしの家みたいなもんだしぃ~』などとほざいて、我が家のように寛いでいたくせに」

 

 ラウラの一言に鈴の表情が凍りついた。

 

「ば、ばば、ばか!――いい、言っていませんよ、千冬さん! ほんとに、ほんとに」

 

 前半はラウラに、後半は千冬に向けたものだ。

 『ほお』と眼を細める千冬に、鈴は生きた心地がしなかった。

 

「まあいい。好きに寛げ。ただし汚すなよ」

「もちろんです! あんたたちも汚すんじゃないわよ! 汚したらあたしが許さないからね!」

 

 と、取り出したハンカチでテーブルを拭きながら、へこへこする鈴。

 隣ではラウラがしてやったりと悪い顔する。

 そんな二人を笑いながら、千冬は冷蔵庫から麦茶を取り出してコップに汲む。その麦茶を一気に飲み干したところで、もう一度リビングに視線を馳せた。

 

「そういえば、リデルがいないな、きてないのか?」

「何か物足りないと思ったら、そっか、アリスがいないのね」

 

 鈴が思いついたように周りを見渡す。

 何かをする時は、決まって一夏、箒、鈴、セシリア、シャルロット、ラウラにアリスを加えた7人だ。けれど、今日はアリスがいない。たったそれだけのことで、活気に似た何かが足りない気がして不思議と寂しい気分になった。

 

「まあ、そういうこともあるか。それとこれからまた出かける。ジェニファーと食事だ」

 

 ラウラや<紅椿>の件で、手回ししてくれた女性を労うディナー会ということだった。

 「夕食はいらない」と言った千冬に、一夏は「わかった」と答え、

 

「そうだ。ラウラとシャルロットが土産を持ってきてくれたんだ。中身はビールとソーセージ、ワインとチーズだって。あと、箒がお歳暮と、セシリアがケーキを買ってきてくれたぜ」

「そうか。――で、凰からは何もないのか?」

「すす、すみません。今度は何かもってきますッ!」

 

 冗談のつもりであったが、鈴は白目を剥いた。

 

「はは、そうか。では、次に期待しよう。それと四人ともすまないな。ありがたくいただく。――では、私は支度があるので失礼させてもらう。おまえたちはゆっくりしていけ」

 

 軽く手を上げ、千冬は着替えるべく二階へ上がっていった。

 千冬の姿が見えなくなって、ようやく箒とセシリアは人心地がつく。鈴に至っては酸素を求めるようにゼィゼィと肩で息をしていた。そんな鈴の背を一夏が撫でながら、

 

「で、これからどうする?」

 

 と、訪問の連続で逸れていた話題を元に戻す

 

「よかったら、みんなで縁日に行かないか?」

 

 そう提案したのは箒だった。

 箒は自前の鞄からチラシを取り出し、それを各々に配って回った。

 

「そういえば今日か、篠ノ之神社のお祭り」

 

 箒の実家は神社を営んでいる。その神社で年に二度、お祭りが行われる。その一回目が、今日の夕方6時から行われるそうだ。

 チラシを持ってきたところを見ると、最初からそのつもりだったのかもしれない。

 

「いいじゃないか。みんなはどうだ?」

「あたしはいいわよ」

「わたくしもかまいませんわよ。むしろ行ってみたいですわ」

「僕も賛成。なんだか、楽しそう」

「日本のお祭り、私も興味がある」

「よし、決まりだな。じゃあ、アリスも呼ぶか。せっかく、こうやってみんな集まったんだし」

「いや、嫁は今イタリアらしいぞ」

 

 自前のケータイを取り出してコールする一夏に、ラウラが答えた。

 

「そういえば、大がかりな荷造りをしていたな。こ~んな大きいバックを買ってきて」

「なに、長期滞在でもすんの?」

「何でも特別な用事があって、2週間ほど向こうに滞在するらしいよ」

 

 シャルロットの言葉に、みんなが『それなら仕方ないか』という顔をする。

 ただ唯一アリスの正体を知る一夏だけは、ひとり表情を曇らせていた。

 

(特別な用ってやっぱり、組織の任務とかなのか?)

 

 不意にロリーナの言葉が脳裏に甦った。

 

 ――アリスは貴方のためなら命を賭けて戦うわ。

 

 もしかして、アイツはいまこの時も戦っているのだろうか。他ならぬ俺のために。

 そう思っていると、意外にも通話が繋がった。ただし、返ってきた応答は「おかけになった電話番号は現在電波の届かない場所にあるか、電源が入っていません」という無機質なガイダンスのアナウンス。

 普段は何も思わないガイダンスが、なぜかそのときだけ苛立たしく感じた。

 彼女の無事を確かめさせてくれ、声を聞かせてくれ、そんな不安からくる苛立ちだった。

 そんな一夏の心情を汲むことなく無機質なガイダンスは続く。

 

<ピーという発信のあとにメッセージをどうぞ>

「アリス、俺だ。今から箒たちと篠ノ之神社の縁日へ行くことになってさ、それで電話したんだけど、その、おまえは無理そうだな。だから、なんか欲しい物があったらメッセージくれ。それと――」

 

 一夏は箒たちからすこし離れたキッチンに移動し、

 

「ぜったい、無事に帰ってこいよ。ぜったいだからな」

 

 一夏は湧き上がる不安を抑えつけるように通信のOFFボタンを押す。

 そして、沈黙したケータイの画面をおぼろげに見つめ、

 

(俺、なにをしているんだろうな……)

 

 あの時、自分は“アリスの為に何かしよう”と決意した。

 なのに、肝心な少女をひとり戦わせておいて、俺は何をしているんだろう。

 友だちと集い、愉楽に耽ることは悪い事じゃないはずなのに、いまだけは、こうして女性を侍らせ、楽しんでいる自分が酷く恥ずかしい存在に思えた。

 そんな羞恥心に胸を掻き毟りたくなる衝動を抱える一夏の許に、箒がやってくる。

 

「どうした、一夏。顔色がよくないぞ?」

「え? いや、そんなことないぞ。それより、縁日のしたくしようぜ」

 

 一瞬、この幼馴染に身上の悩みを打ち明けられたら、どんなに楽だろうと思う。

 けれど、アリスの正体を明かす訳にもいかない。一夏は平然を装って、彼女たちの許に戻るしかなかった。ただ、胸中でアリスの無事を祈りながら。

 

 

     ♡          ♣          ♤         ♦

 

 

 イタリア沿岸分。うねる道をフィアットが走りぬける。右曲りの急カーブに差し掛かり、遠心力で浮き上がる車体を、オータムが体重をかけて押さえつけた。

 私は同じく急カーブに差し掛かった月光に、対物ライフルを向け、その脚部に狙いを定めた。

 発砲。

 関節部に損害を受けた月光は、この急カーブを曲がりきれず、よろよろと沿岸部へ寄って行き、漆黒の地中海に転げ落ちていった。

 これで二機目。残すは一機だが、こちらの残弾数もわずかだった。対物ライフルはマガジンに残った6発。対戦車砲も残り1発しかない。

 

「オータム、私が動きを止めます」「ちゃんとやれよ!」「直線に出るわよん」「――スコール、車を直進させてください」「機関銃の射線に入るわ!」「私がなんとかします!」

 

 「わかったわ」と答え、スコールがフィアットを月光の正面に据える。

 予想どおり、月光に備えられたM2ブローニング重機関銃が私たちを狙う――が、相手の撃発より早く、M82A2でそれを破壊する。さらに月光の脚部ユニットに50口径を撃ち込んで、膝をつかせた。

 

「いまです!」

 

 私の合図で、オータムがすかさず月光の頭部ユニットに対戦車砲弾を叩きこむ。

 爆発。機動に支障をきたしていた月光はよけることかなわず、そのまま機能停止した。

 

「これで全機撃破――なんとかなりましたね」

 

 と、警戒をゆるめた瞬間だった。

 突如遠ざかる月光に装備されていたロケットランチャーが一矢報いようと火を噴いたのだ。

 

(火器管制は生きていた!?)

 

 まずい、弾道が全員バーベキュー確定の直撃コース!

 

(やられてたまるもんですかッ)

 

 私は自分でも驚くような反射運動で対物ライフルを構えていた。そして神がかり的な射撃で、ロケット弾を私たちへ届くまえに撃ち落とす。

 50口径のライフル弾は、ロケット弾の信管をぶち抜いて、本体を空中分解させた。

 

「やるじゃねーか」

 

 神業を成した私に、オータムがひゅーと口笛を吹く。

 

「待っている人がいるんですよ。やられるわけにはいかない」

「ほお、もしや恋人か?――じゃあ、さっきのアレも愛の為せるわざか。妬けるねぇ」

 

 オータムが冷やかすようにケタケタ笑う。

 私がやってのけた神業。それは愛の力によるものなのか。判別に困ったが、彼の言葉(メッセージ)が士気を上げていることは確かだった。

 しかし、下品に笑うオータムが気に入らなかった私は返事代わりに睨み返した。

 

「そう睨むなって。バカにしているわけじゃねーよ。あたしは、人間にはそういうチカラがあると思ってるぜ? 誰かを想って戦っている人間はつえーっていいたいのさ。合理的な兵士よりな」

 

 見ろよ、とオータムは顎をしゃくって遠ざかる月光の残骸を指した。

 

「月光はある意味で兵士の究極系だ。感情に左右されることなく、合理的でミスを犯さない。だが、その月光は不完全であるおまえに敗れた。それがなによりの証拠だろ」

 

 確かに感情のない兵士は優秀なのかもしれない。だが、感情を起爆剤とする人間の行動力――人間の根源的パワー――は、時としてそれを凌駕する。そういうことを彼女はいいたいのだろうか。

 

「だが、いくら想いが強くても無敵になれるわけじゃない。このままじゃやべーぞ」

 

 と、オータムが遠くを見据えて顔をしかめる。私たちが人間の底力に感慨耽る間もなく、丘の向こうから新たな敵が現れた。

 今度はISだった。重量感のある黒いフォルムに、大型のキャノン。ラウラが搭乗していた<シュヴァルツェア・レーゲン>が、ホバー走行でこちらに接近してくる。

 

「さすがにあんなもん、相手にしてらんねえぞ。つーか、誰の差し金だ。アリーシャか?」

「アリーシャですって?」

 

 第二回モンドグロッソの射撃部門で優勝した<ヴァルキリー>のひとりだ。現在はテンペスタの開発元<ジョセスターフ社>の代表取締役だと聞く。その彼女が<亡国機業>の幹部だとでもいうのだろうか。

 春狼という男といい、<亡国機業>の幹部会とは一体……。

 

「ここはアーリィの管轄だけど、おそらく春狼よ。手引きはしているでしょうけど」

「くそ、あの優男か! スコールにフラれた腹いせか!」

「いいえ、お気に入りの娘を巻き込んだから、かんかんなんだわ」

「なんでもいい。今度あったらぶん殴ってやる!」

「この状況じゃ、その“今度”があるかも危ういけどね」

 

 スコールの言う通り、こちらにISとやり合うだけの余力はない。最悪、スコールかオータムに専用機を返して撃破してもらうしか……。

 そう考えながら、私は対物ライフルを構えた。向こうもレールガンを構える。放たれた徹甲弾はフィアット前方10m先に着弾した。舗装がひしゃげ、飛び散った小石礫がフロントガラスに突き刺さる。もう後先を考えている暇はなかった。

 

「――アリス、ヘルをッ!」

 

 私は思考より反射でゴールドイヤリングをスコールに投げる。そのイヤリングがスコールの手に収まるのと、暴虐的な運動エネルギーを秘めた徹甲弾が車両を粉砕するのは、ほとんど同時だった。

 

 

     ♡          ♣          ♤         ♦

 

 

 戦車さえ粉砕するエネルギーを秘めた一撃は、中古の軽自動車を軽々しく吹き飛ばした。

 しかし、そんな車中にあっても、私は傷一つ負うことなく、それどころか柔らかい感触に包まれていた。

 どうやら、私はスコールの胸に顔を埋めているらしい。

 

「大丈夫かしらん?」

 

 安否の声に「ぷはっ」と顔を上げれば、金色のとんがり帽子を被ったスコールが妖艶に笑っていた。服装もドレスからハイレグ型のISスーツにコスチュームチェンジしている。さらにその上からローブドレスのようなアーマーをまとっていた。まるで魔女だ。機械を身にまとった武装魔女。

 

「おい、おまえ、人の恋人をやらしい目で見るんじゃねえ!」

 

 あまりの似合いっぷりに見惚れる私の耳に、オータムの乱暴な言葉が飛び込んでくる。

 やさしく抱きかかえられている私とは対照的に、オータムは犬に咥えられていた。背部にガトリング砲を背負いった機械仕掛けの犬だ。いや、成人女性を咥えるその大きさは狼に近いか。

 

「つーか、おかしくね? 普通、あたしがそっちだろ!」

「そういわないで。あなたはいつも抱いてあげているじゃなぁい」

「そうだけどよ……。でも、やっぱり、納得いかねえ!」

 

 恋人である自分の雑な扱いに、憤慨するオータム。

 気持ちはわからないでもないが、痴話げんかはあとにしてもらいたい。あーだこーだ言い合うのは勝手だけど、敵が前にいるのだから。ほら、みなさい、言っているそばから敵が撃ってきた!

 

「そうね」

 

 スコールは余裕ある声音で、飛来した翼付き徹甲弾に手を翳した。攻撃を受け止めんと突きだしたその掌底に眩い膜が広がるなり、徹甲弾が一時停止したビデオ映像のように、ぴたりと止まる。

 やがて徹甲弾は運動エネルギーを失い、からんとアスファルトに力なく落ちた。

 

「AICだと……」

 

 HMDを装備した敵のパイロットが低いマシンボイスで漏らす。

 徹甲弾を受け止めた現象は、間違いなくアクティブ・イナーシャル・キャンセラー、運動エネルギー兵器を無力化する装備によるものだった。

 

「あら~、AICがあなただけの装備だと思ったぁ?」

「……………」

 

 <シュヴァルツェア・レーゲン>は無言のまま、腕部のプラズマ手刀を素早く展開した。

 そのよどみない動作から、動揺の類は感じられない。踏み込んだその突撃にも、また恐れがなかった。

 

「ふふ、この手の揺さぶりは通じないわね。――さすが兵士として育てられた子」

「兵士として育てられた?」

「飛ぶわよ」

「――うわっ」

 

 怪訝な顔をする私を抱え、スコールは後方に大きく飛んだ。空中へ逃げ、斬撃をやりすごしたスコールを、敵のワイヤーブレードが追撃してくる。そのブレードが<ヘル>と呼称されるISの脚部に絡まりつく。

 

「貴様の機体がAICを使えたから、どうだというのだ」

 

 敵はワイヤーを一気に巻き取り、スコールを自分の間合いへ引き寄せた。

 そしてあらゆる物質から運動エネルギーを奪う装置――AICで私もろともスコールの自由を奪い、レールカノンを武装魔女のトンガリ帽にポイントする。だが、スコールは余裕を崩さなかった。

 

「では、こういうのはどうかしらん――――《ガルム》ゥ」

 

 スコールが叫ぶと、地上で待機していた犬型自動人形が、咥えていたオータムを夜空へ放り投げ、主に向かって遠吠えを捧げた。咆哮。それが大気を震わすと共に“何か”を砕く。

 

「なんだ……?」

 

 遠吠えの意味を図れずにいる敵へ、スコールが浪々と動作で武装を展開する。

 魔女の手に握られた武器は、三連装の砲身を持つ、ガトリング砲のような大型キャノンだ。

 

「貴様、なぜAICの中で動ける……」

 

 スコールは冷たい微笑を浮かべるだけで、何も答えなかった。

 ただ、静かにキャノンの引き金をしぼるのみ。

 

「さて、冥府に旅立つ準備はできて?」

 

 キャノンから撃ち出されたプラズマ弾は、<シュヴァルツェア・レーゲン>の腹部で炸裂した。

 その圧倒的な火力に<シュヴァルツェア・レーゲン>が海岸から零れ落ち、漆黒の地中海に消えていく。あたかも地獄へ落ちていくように見えたのは、突き落とした相手が<冥界の女王>の名を冠していたからだろうか。

 

「〈ヘル〉、その機体は一体……」

「――まあ、この機体の説明はあとでしましょう。あなたの相棒が到着したわ」

 

 私がホテル方向に視線をやると、こちらに近づいてくる赤いISが見えた。

 制動をかけ、着地した<赤騎士>に私は口先を尖らせる。

 

「まったく、<レッドクイーン>、遅いですよ」

 

 もう少し早く来てくれれば、専用機を返す必要もなかったのに。

 

《Sorry my honey》

「まあいいです。で、敵は振り切れたのですか?」

《振り切れなかった。あとをつけられてる。現在も交戦中》

「それを先に言いなさい!」

 

 私が怒鳴なった瞬間、近辺でアスファルトが爆ぜた。直感的に衝撃砲による攻撃だと察する。さらに二発目が飛来。今度はスコールがAICで無力化してくれた。

 

「はやく、赤騎士に乗りなさい」

「いわれなくても。システム・コントロール・プライオリティ変更――I have control」

《SCP変更。生体認証、完了。専属操縦者アリス・リデルと認識――You have control!》

 

 私が<赤騎士>を自らの体に再展開すると、闇夜の中から二機の甲龍が現れた。

 現れたのは、白い甲龍と黒い甲龍だ。

 二機の甲龍は連結して使う《双天牙月》を互いに一本ずつ持ち、本来二門ある衝撃砲も一門ずつ装備していた。まるで鈴の甲龍の武装を二人で分け合ったような具合だ。

 

「あ、スコールだよぁ」「あ、スコールだねぇ」

 

 新たに現れた操縦者の声は、想像以上に幼いものだった。髪は黒色で、それを片方に寄せてまとめている。<白い甲龍>の操縦者は右寄せで、<黒い甲龍>の操縦者は左寄せに寄せだった。それ以外は、双子のようにまったく同じだ。

 

「こんばんは、月亮(ユエリャン)太阳(タイリャン)。よい夜ね」

「あれ、スコールだけ? <シュヴァルツェア・レーゲン>、こっちにきてない?」

「彼女なら、地中海で海水浴中よん」

 

 双子は顔を見合わせた。

 

「じゃあ、わたしたちだけでスコールと戦うの!?」「オータムもいるのに!?」

 

 国家代表と代表候補生の戦力比はざっと1:1.5。<ヴァルキリー>と代表候補生なら1:2。スコールを倒すには三人一組(スリーマンセル)ぐらいが妥当な戦力になる。しかし、<シュヴァルツェア・レーゲン>が先行しすぎた為、敵側のプランは破綻してしまったようだ。

 

「どうする。月亮(ユエリャン)」「わたしたちで、がんばるしかないよ、太阳(タイリャン)」「スコールはヴァルキリーだよ」「でも、やらなきゃ春狼におこられるもん」「鈴ちゃんの仇を討つって息巻いていたもんね!」「死んでいないけどね!」

「がんばろう、わたしたちには若さがあるもん!」「そうだね、そうだね、若さがあるね!」

「あらん、私もまだ若いのだけれど?」

 

 白黒の〈甲龍〉に乗った双子は意を決したように頷き合い、臨戦態勢を取った。

 そして、互いの《双天牙月》と《龍咆》を構える。

 

「まあいいわ。いらっしゃい。おねえさんが相手してあげるわぁん」

「じゃあ、いくね」「じゃあ、いくよ」

 

 まず<黒い甲龍>が《双天牙月》をバトンのように振り回し、スコールに斬りかかる。――と、見せかけてそのままスコールを飛び越える。直後、開かれた視界の先で、<白い甲龍>が衝撃砲を放った。

 

(――<黒い甲龍>の接近は、<白い甲龍>の攻撃を隠すためのフェイク!)

 

 しかし、この絶妙な――下手をすれば仲間撃ち(ブルー・オン・ブルー)さえあり得た――タイミングで放たれた衝撃砲を、スコールは手持ちの武器で相殺してみせた。――AICを使わずに。

 

(なぜ、衝撃砲に有効なAICを使わなかった?)

 

 その理由は、超えていった<黒い甲龍>が背後から斬りかかってきた時に理解できた。

 

(そうか、このためか)

 

 もし<白い甲龍>の衝撃砲をAICで受け止めていたら、<黒い甲龍>の斬撃に対応できなかっただろう。――私の予想を頷けるように、スコールは背後からの斬撃をAICで停止させていた。

 

(やりますね)

 

 膠着する二機に、私は息をのむ。敵の連携攻撃もさることながら、それをしのいだスコールの先読み技術も大したものだ。さすが<ヴァルキリー>の称号を持つだけはある。でも、オータムのドヤという顔は殴りたくて仕方がない。

 

「アリス、この子たちは私が引き受けるわ。あなたは<シュヴァルツェア・レーゲン>の許へ行きなさい。彼女はあなたにとって会っておくべき相手よ」

 

 スコールに云われなくても、そのつもりだった。

 『兵士として生み出された存在』。それに心当たりがあった私は、双子の相手をスコールに任して、<シュヴァルツェア・レーゲン>の許へ飛翔した。

 

 

     ♡          ♣          ♤         ♦

 

 

 月光に照らし出された漆黒の地中海の上。私は<シュヴァルツェア・レーゲン>と対峙した。

 眼前の<シュヴァルツェア・レーゲン>は、ラウラの<シュヴァルツェア・レーゲン>と同タイプに見えた。レールカノン、プラズマ手刀、ワイヤーブレード。そしてAIC。

 私が《ヴォーパル》を抜くと、相手も腕部装甲のプラズマ手刀を展開した。

 

(来るっ!)

 

 敵は堂々と正面から攻撃を仕掛けてきた。

 横ふりの一撃。私は《ヴォーパル》で受ける。さらに互いが得物を翻す。斬って、突いて、払って、躱して。攻撃の応酬を繰り返しながら、私はラウラと踊ったときのことを思い出していた。

 

(やりますね。私と互角の格闘戦ができるとは……)

 

 素直な感想だった。

 さすが<亡国機業>の実働部隊だけはある。錬度はラウラといい勝負か。

 

(……だとしたら、まずいですね)

 

 私と互角に渡り合う敵に、胸中で焦りを抱く。

 長くスコールたちを放置しておけないし、<甲龍>タイプのこともある。この戦闘は早期に決着させねば――そんな焦りだ。しかし、実力が均衡している現状、正攻法で倒すには時間がかかる。早期決着には相手の意表をつく奇策が必要だった。

 

(でしたら――ッ)

 

 私は斬り合いをやめて、逆推力装置で後退。さらにPICで慣性ベクトルを逆転させ、速度そのままに《ヴォーパル》の貫きを繰り出す。

 操縦者はこのヒット&アウェー攻撃をAICで受け止めた。だが、ここまでの動作をラウラとの交戦経験から読んでいた私は、量子テレポートを使ってAICの効果範囲から脱っする。

 

 ――右腕部に内蔵されていたグレネードを残して。

 

「ちっ!」

 

 眼前で爆発したグレネードに、操縦者はたまらず後退した。

 狙っていた脳震盪のたぐいは起こらなかった。頭部を覆うHMDが彼女を守ったようだ。ただ、その衝撃でHMDが損傷したらしく、パイロットの肉声が漏れた。

 

「やってくれたな、アリス・リデル」

 

 私はわずかに驚きを感じた。

 

「私を知っているのですか?」

「ああ、知っているとも。――妹がお前の世話になった(・・・・・・・・・)

 

 <シュヴァルツェア・レーゲン>の操縦者がおもむろに壊れたHMDのフェイスガードを外す。

 あらわになったその素顔に、私は驚愕を禁じ得なかった。

 赤い双眸。神秘的な白い肌。ダイアモンドダストのように煌めく銀髪。

 そう、私の前に現れたのは、IS学園にいるはずのラウラ・ボーデヴィッヒだった。

 

「どうして、あなたがここに?」

 

 私が警戒を解くと、<レッドクイーン>が警鐘を鳴らすように言った。

 

《ハニー、よくみて。彼女はラウラ・ボーデヴィッヒじゃない》

「え?」

 

 云われて目を凝らすると、少女とラウラの差異に気づいた。彼女は両眼が<超越(オーディン)の瞳>だったのだ。ラウラは<超越の瞳>に適応できなかった身。だから、彼女の瞳はオッドアイなのだが、目の前のラウラは、両眼が金色に輝いていた。

 彼女はラウラじゃない。では、目の前に現れたラウラと瓜二つの少女は何者なのか。

 

「あなた、一体?」

 

 ラウラと瓜二つの少女は微笑を浮かべた。

 

「名前などない。――――それでも名乗れというなら、こういう云おう」

 

 ラウラに似た少女は月光を背にこう言った。

 

「私はライラ・ボーデヴィッヒだ」

 

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