IS<インフィニット・ストラトス>―Deus Ex Machina   作:ネコッテ

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第63話 夏の最後の思い出

 地中海での戦闘のあと、私は様々な検査を受けさせられることになった。

 血液検査、抗体検査、RNA検査。それら結果はどれも陰性。私の身体から危惧されていたウィルスは検出されなかった。そしてスコールも同様の結果だったそうだ。そうなると「ルイス・キャロルとの会談」が、スコールの目的とみて間違いないだろう。上層部もその方向で調整を始めている。

 任務も一応は成功ということで、無事IS学園に帰ってくることができたのだが、検査のため、夏休みの半分を隔離室で過ごすハメになった。おかげで、現日時は8月31日の8時を回っている。

 

(初めての夏休みだったのに、なんだか散々でしたね――ん?)

 

 学園の校門前までやってくると、知った顔を見つけた。

 

「会長じゃないですか」

 

 校門前でキャリーケースを転がすIS学園の生徒会長を見つけ、私は声をかけた。

 気づいた会長が、足を止めて振り返る。

 

「あら、アリスちゃん。いま帰り?」

「ええ。見たところ、会長もいま帰ってきたところで?」

「うん。まさか、行きも帰りも一緒だなんてね」

「ほんとうに」

 

 私たちは警備員の人に学生証を見せ、共に校門をぬけた。

 

「ところで、イタリアはどうだった?」

「楽しかったですよ」

 

 会長には「イタリアでバカンス」ということにしてある。もっとも会長のことだから、本当のことを見抜いているかもしれないけど。

 私は探りを入れられるまえに、話の方向を摩り替えることにした。

 

「会長の方はどうでした? うまくいったのですか?」

 

 出発前の空港で、会長は『極秘の作戦に参加する』と教えてくれた。

 その作戦はどうだったのだろうか。ここにいるということは、無事成功したのだろうか。

 

「ん? あ~、うん、そうね」

 

 極秘の作戦なのだから、成否でさえ口にできないのはわかる。だとしても、彼女の言葉はどこか歯切れが悪かった。普段の彼女ならもっと飄々と私の言葉を受け流すのに。

 

「何があったんです」

「いろいろよ。――じゃあ、私はこっちだから。じゃあね、アリスちゃん」

 

 会長は笑って、二年生寮のある方向へ歩いていく。その足取りは重く、去っていくその背中には暗闇が覆い被さっているようにみえる。別れ際に見せた笑顔も、なんだか作り笑いのようだった。

 

(ほんとうに、何があったんでしょうか)

 

 怪訝に思いながら、私も自分の寮へ歩きだす。

 学生寮の門までやってくると、今度は一人の生徒がビニール袋を片手に立っていた。

 

「一夏? こんな遅くに何をしているのです?」

 

 見たところ、誰かを待っていたように見えるけれど。

 

「アリスとこれをやろうと思ってさ、待っていたんだ」

 

 と、持っていた袋を広げる。中身はたくさんの手持ち花火だった。

 

「ほら、メッセージに『花火が見たい』ってあったからさ」

 

 作戦前、留守電のメッセージに『篠ノ之神社のお祭りに行く――』と残ってあったので、私は『花火、見たかったです』と返事したのだ。ビニール袋の花火は、そんな私の要望に応えようと用意してくれたモノらしい。

 

「悪いな、こんなのしか用意できなくて。本当はでかいの用意してやりたかったんだが」

「とんでもありません。ありがとうございます」

 

 彼の厚意が純粋にうれしくて、私は心から礼を告げた。

 そんな私に一夏が「礼を云われるほどのことでもないよ」と、照れ臭そうに頬をかく。

 ほんのり頬を赤くする一夏が可愛く思え、私もちょっとときめいてしまった。

 

《あ、ダーリンの心拍数が上がりました》《あ、ハニーの心拍数もあがった》

『そんなことはない』『そんなことはありません!』

 

 まるでお互いを意識し合っているような口ぶりに、私たちは恥ずかしくなって声を上げた。

 そして二人そろって『このAIどもは……』みたいな顔をする。シンクロしたことがなぜかおもしろくて、私たちは笑いあった。

 

「ふふ、まったくもう。――それでどうします。せっかくだし、箒たちも呼びますか?」

「いや、二人きりってダメか? 実はアリスと話したい事があるんだ」

 

 話したいこと。組織についてのことだろうか。

 箒たちの事を考えると後ろめたいけれど、そうなら仕方ない。私たちはバケツに水をくみ、寮の裏手へ回った。

 

 

     ♡          ♣          ♤         ♦

 

 

 というわけで、誰もいない寮の裏手にやってきた私たちは、手始めに三色花火に火をつけた。それを手に持ち、記号を描くと、一夏が持っていたデジカメのシャッターボタンを押す。

 

「一夏、いま何を描いたか、わかりました?」

「ハートか?」

「正解です」

 

 そう答え、二人でデジカメの画面を確認する。

 画面には、大きなハートの中で笑う私がくっきり映し出されていた。

 

「綺麗だな」

 

 ディスプレイにいる私を見つめ、一夏が小さくつぶやく。私も同じことを思った。

 

「ええ、綺麗に撮れていますね」

 

 きっと画素数の高いデジカメなのでしょう。

 

「え? あ、ああ、そうだな」

 

 急にハっとする一夏に、私は「ん?」と首を傾げる。

 どうしたんでしょうか? 私、変なこと言いました?

《ハニー、ハニー、そうじゃない!》>

《もどかしいとは、このことですか!》

 なんとも腑に落ちないまま、私たちは花火を続けた。そして一頻、やりつくしたあと、定番の線香花火に火をつける。パチパチとはじける閃光を、私たちは並びながら静かに見守った。不思議なもので、それだけなのに、なぜか夏を満喫している気分になる。

 

「なぁ、アリス、俺、このままでいいのかな」

 

 しばしの間、閃光花火を静かに眺めつづけていると、一夏が静かに言った。

 唐突に、静寂を裂いたその声音は、(こわ)く、憂いていた。

 私は一夏を見る。

 

「どういうことです?」

「アリスやロリーナさんたちは、俺のために戦ってくれてる。なのに、俺だけこのまま平穏に暮らしていていいのかなって思うんだ」

「いいんじゃないですか。青春を謳歌することは悪い事じゃないでしょ」

 

 むしろ強制されてこのIS学園に入学したのだから、それぐらいの権利は与えられてしかるべきだ。彼の青春を否定していい人なんていない。いるなら、私がぶっとばしてやる。

 

「でも、ただ守られているだけは嫌なんだ」

 

 一夏はさらに表情を曇らせた。瞳の奥には深い憤り。姉に苦労をかけ、不本意ながらそれに甘んじ、苦悩してきた一夏だから、私たちに守られるだけの身の上に心苦しさを感じているのだろう。彼の本心は「私たちと共に戦いたい」と考えているのかもしれない。

 そんな彼の考えを汲んだうえで、私はあえて一夏にこう告げた。

 

「そういいますが、誰も『あなたに戦ってほしい』なんて思っていませんよ」

「それは俺が弱いからか? 足手まといに――」

「違いますよ。あなたの平穏こそ望んでいるからです。好きな人と結婚し、子供を授かって、孫たちに看取られながら天寿を全うする。そんなあなたの幸せを守るために、私たちは戦っています」

 

 それがあの人の願いだ。<デウス・エクス・マキナ>もそのためにある。

 自分はなぜ守られているのか。それを一夏に見失われると、私たちの戦ってきた意味がない。

 

「なら、最後にはアリスもそうあってくれ。――俺の幸せのために、おまえが不幸になるなら、俺はそんなの認めないし、そんな幸せはいらない。最後にはおまえも幸せになるべきだ。絶対に」

 

 思いがけない言葉に、思わず彼を見る。ぱちぱちとはじける線香花火を見つめる横顔は普段と変わらなかったけど、瞳には願いにも似た強い意志が宿っていた。

 それだけは絶対に曲げない。――彼の強い意志を目の当たりにして、私は黙り込んだ。

 

(私も幸せに、か……)

 

 彼が強く願うそれについて、私はスコールの言葉を追憶しながら改めて考えてみた。

 組織を抜け、使命を捨て、自分のために生きる。そして、最後には誰かと結婚して、子供を産んで、母親になって……――そういう未来を夢想した事がないわけじゃない。憧れていないと言えば嘘になる。

 けれど、やはり私は戦う事をやめられない。それだけは揺るがない。

 

 私は母の正しさを証明したいから。

 

 母はこの世界を愛し、守ろうとした。その末、命を落とした。

 母は絶大な権力者だったから、上流女性のように弱者から搾取する側でいてさえすれば、きっといまも健在だっただろう。そんな母を、世界はきっと嘲笑(わら)っている――“正直者がバカを見た”と。

 だって、いまも世界は、母を否定するように何も変わらず回り続けているのだから。

 その世界を、母の意志を継いだ私が変えられたら、それはきっと母の正しさの証明になる。でも、私には世界を変えられるだけの知力も財力もない。あるのは武力――戦うことだけだ。だから、私は戦う。戦い続ける。

 

(ローズマリー、やはり私は戦う事をやめられそうにありません。けれど――)

 

 これからは、すこし自分の幸せについて考えてみよう、そんな気になっていた。

 『おまえも最後には幸せになるべきだ』。彼がそう言ってくれたから。

 

「わかりました。考えておきます」

 

 進路、人生設計、将来、どうなりたいかという希望。未来はまだおぼろげでよく見えない。まだ、雲を掴むような漠然としたイメージしか持てないけれど、この学園生活の中で、探していこうと思う。私の幸せというものを。彼らと共に。

 

「おう。そうしてくれ」

 

 一夏は新たな線香花火に火をつけた。それを二人で眺めつづける。

 まるで世界に二人しかいないような静寂。箒たちには悪いと思ったけれど、この時間がとても心地よかった。二人で線香花火をしているだけなのに、小さくも幸福を感じている自分がいる。

 おそらく、私はこの時間を忘れないと思う。例え、短く、小さな思い出だったとしても。

 

「ありがとう、一夏」

 

 夏休み最後の日。小さな思い出をくれた彼に、私は心から感謝をささげた。

 この夏、この時間は、私にとって、自分を見つめなおす契機となるだろう。

 

 

     ♡          ♣          ♤         ♦

 

 

 IS学園の寮は、寮と呼ぶにふさわしくない高級スイートルームの設備を備えている。

 しかし、超がつくほどのお嬢様であるセシリア・オルコットは、IS学園に多額の寄付をして特待生になるなり、内装工事を行った。入浴が共有浴場だと知ったときは、バスタブを持ち込み、翌日には配管工事を実施させた(彼女には大衆浴場という習慣がなかった)。さらにベッドが気に入らないとスイス製のベッドを発注し、果てには「仕えメイドを三人ほど常駐させたいから、部屋を用意してほしい」と言い出す始末。(さすがにこればかりは通らなかった)

 おそるべきマネーパワーを行使して、伝説的な存在になりつつあるセシリアだが、現在その財力の権化は冷たい床の上に正座させられていた。させているのは、彼女の専属メイドのチェルシーである。

 

「お嬢さま、これはどういうことでしょうか?」

 

 鋭い眼光が示したのは、黒の過激なビキニ。セシリアがウォーターワールドで着用した水着だ。

 

「あれほど、こういった水着の着用はお控えくださいと申したはずです」

 

 チェルシーに睨まれて、セシリアは肩を萎めた。

 使用人が主人を折檻するなどあべこべだが、チェルシーはセシリアの幼馴染であり、姉でもある。ゆえにただ盲従するのではなく、時に厳しく叱るのも彼女の務めだった。それは亡きセシリアの母からも了承を貰っている。

 

「でも、効果はありましたわ」

 

 この水着姿のセシリアを見て、一夏はいつもと違う反応を見せていた。効果はあったといえる。

 だが、チェルシーはぴしゃりと言い放った。

 

「それは相手の劣情を煽ったにすぎません」

 

 セシリアはぐっと唸った。確かに一夏は彼女の水着姿にドキドキしていたが、男性のドキドキというのはムラムラと紙一重だ。彼の心情に変化があったわけじゃなく、単純に男性の本能が働いたに過ぎない。それは一過性のものだから、明日には平然とセシリアの前に現れるだろう。

 

「わかっていただけましたか?」

「はい……」

 

 セシリアはさらに小さくなって頷いた。いつもは毅然と、あるいは悠然と物申すセシリアだが、この幼馴染が相手だとそうもいかないらしい。今はただただ頭を下げるしかなかった。

 

「こうして、わたしが口煩くいうのは、お嬢様のこと想ってのこと。それを留意して頂きたく思います」

「もちろん、知っていますわ」

 

 チェルシーがセシリアをきつく叱るのは、主人である彼女を心から思っているからだ。

 セシリアとチェルシーの関係は十年以上になる。それが通じないほど二人の関係は浅くない。

 

「分かっていただけているようで、なによりです。では、わたくしは便の時間がありますので」

 

 チェルシーが自前の腕時計を見て言った。

 明日から新学期が始まる。ココの生徒ではないチェルシーが学園に留まることはできない。

 チェルシーは恭しく頭をたれ、傍らに置いてあったキャリーケースを掴んで戸に立った。そのチェルシーを見送ろうと、セシリアがしびれる足を労わりながら立ち上がる。

 

「校門まで送りますわ」

「いえ、大丈夫です。主人に見送られていてはメイドとして本末転倒ですから」

 

 セシリアの見送りを丁寧に断り、チェルシーは踵を返した。そして、扉の前で一礼してから、『またね、セシリア』と親しみの笑顔を残して部屋を去る。セシリアも『ええ、またねチェルシー』と名残惜しそうに彼女を見送った。

 

 

     ♡          ♣          ♤         ♦

 

 

 すでに時刻は8時過ぎ。門限をとうに過ぎたとあって、校舎に人気はなかった。古今東西、無人の校舎は不気味なものだが、チェルシー・ブランケットは颯爽とその校舎を横切っていく。

 その彼女が校舎の一角に差し掛かったとき、どこからともなく人影が現れ、進路を遮った。

 

「随分と仲良くやってんじゃない」

 

 影のシルエットからして、ここの制服のようだった。月明かりに照らし出された髪はブルネットの長髪。表情は逆光で伺えないが、青い瞳は狡猾さを秘めた蛇のような鋭さを秘めている。

 チェルシーは、大して驚きもせず、ただすこし遺憾そうに眉を顰める。

 

「わたくしたちの接触はご法度でございましょう。軽率な行為は慎むべきかと」

「わかっている。今後は慎むわ。おまえが情に(ほだ)されるようなことがなければ、ね」

 

 懐疑的な視線を向けられ、メイドはわずかに目を細めた。

 

「どういったご意味でしょうか?」

「あのお嬢様に熱を上げて、本来の目的を忘れるなってこと。おまえの役割はセシリア・オルコットの監視と、夫妻の真相から遠ざけることよ。親密になり過ぎるのは得策といえない。情が沸くと、口を滑らせかねないからね」

 

 影が向けた半眼を、チェルシーは平然と受け流した。

 

「ご忠告痛み入ります。ですが、ご心配なく。わたくしは<お母さま>に忠誠と恩義を持っております。この身の全てを捧げる所存です。<お母さま>の意向に反するような行いはいたしません」

「信用できないわ。セシリア・オルコットが真相を知れば、計画は修正を余儀なくされる。それを危惧なさっている。それを回避するためなら、おまえの口を封じるのも、吝かではないそうよ」

 

 影が右手を掲げる。それを合図に、校舎の一角から二機のISが現れた。一機は双頭の狼を模した禍々しいIS。もう一機は氷の結晶をまとったISだ。パイロットはどちらも若い。片方は長身の金髪、もう片方は小柄で、黒い髪を三つ編みにして肩越しに垂らしている。

 そのお柄な少女が三つ編みを後方に投げる。

 にわかに周囲の気温が下がり、ダイヤモンドダストらしき氷の粒が夜空にちらつく。熱帯夜が極寒の夜に変わろうとしていた。吐く息もいつしか白い。今まさにこの場を氷河期に変えるとする少女に、チェルシーは言った。

 

「こればかりは信用していただく他ありません。でなければ、わたくし共も自衛のため<王剣>を抜かざるを得なくなります」

 

 何かの合図のようにチェルシーも手を掲げる。

 遠い、遠い、どこかでかちんと刀剣の滑る音が鳴った。

 

「おいおい、やめようぜ。オレたちが戦ったらシャレになんねぇよ。おまえだって<レヴィアタン>の力を知れねえわけじゃないだろ。親愛なるお嬢さまもろとも、ココを吹き飛ばす気か?」

 

 そう仲裁して入ったのは金髪の少女だった。表情は“恐れ”というより“呆れ”だ。<レヴィアタン>も<王剣>も対要塞都市用の戦術兵器に類する。それで喧嘩しようという二人のバカバカしさを彼女は諌めた。

 

「それにオレたちはこいつに釘を刺しにきただけだろ」

「そうだったわね。――いいわ。いまは信用しておいてあげる。くれぐれも<お母さま>を失望させるような真似はないでね。――それともうひとつ、織斑一夏は私たちで処理する。手出しは無用よ」

「かしこまりました。サラ・ウェルキンさま。すべては臈たる<リリス>がために」

 

 もう一度頭を垂れ、彼女は踵を返す。

 サラ・ウェルキンはどこか懐疑的な目つきで、それを見送った。

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