IS<インフィニット・ストラトス>―Deus Ex Machina   作:ネコッテ

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第66話 ロシアより愛をこめて

 ほの暗い研究所の床に、毎分3000発の連射速度で撃ち出された弾丸の薬莢が跳ねて踊る。

 《蒼流旋》に内蔵された12.7㎜口径のガトリングで、楯無は<ゴーレム>の挙動を制した。しかし、<ゴーレム>はタングステンの弾雨をもろともせず、楯無に肉薄してくる。

 

《接近警報》

 

 敵が横ふりに一閃。楯無は膝を折り、もちまえの反射神経で攻撃をやり過ごす。

 そして敵が空振ったスキに後方へと大きく跳躍した。

 相手は格闘型だ。しかも織斑千冬と同じ剣技を使う。相手の間合いに留まれば、篠ノ之流が磨き上げた剣術の威力をたっぷり味わうことになる。被弾(ダメージ)を避けるには、とにかく距離を置くしかなかった。

 

(……せめて、ナノマシンが使えれば)

 

 近接格闘はリスクが大きすぎる。しかし、如何せん《蒼流旋》のガトリングガンでは決定力に欠ける。戦場で“たられば”が命とりなのはわかっていても、アウトレンジから有効なダメージを与えるには《アクア・ナノマシン》が必要だった。

 だが、それを<フェンリル>によって封じられている以上、現状の武装で対応するしかない。

 着地した楯無はさらに距離を置き、<ゴーレム>を据えて近接防御の弾幕を張り続けるが

 

<――警告:四連装ガトリングガン内蔵ランス。残弾数[0]――>

 

 頼みの綱のガトリングガンの弾も切れてしまった。

 弾幕が途切れるなり、<ゴーレム>が一気に肉薄してくる。

 踏み込んでの一閃。それを《蒼流旋》で弾くが、すぐに失策だと気づく。篠ノ之流剣術の極意は「一閃二断」。一撃目で相手の防御を崩し、二撃目で断つ。受け流すのではなく、躱さなければならない。

 

「しまったッ」

 

 と、思うが遅い。既に二撃目――尾骶骨から生えた<ゴーレム>の尾が、罐を擡げていた。尾の先端に備えられたマニピュレーターが、無防備になった楯無の首を締め上げる。

 首に襲いかかる強烈な圧力に楯無から「ぐう」と苦悶の声が漏れる。

 ISの保護機能でなんとか一命を取り留めたが、これではいずれ窒息する。――と言っている側から視界がぼやけ、意識に霜がかかってきた。

 

(まさか、や、やられる……の?)

 

 楯無は弱音を零した自分に驚き、嘆息した。

 

(ふふ、私が弱音なんて、らしくないわね。あの子が見たらなんて思うかしら)

 

 楯無はふと赤毛の少女を思い出した。

 苦戦する今の自分を、彼女が見たら何と言うだろう。同じゴーレムタイプを容易く葬った彼女なら。日頃から「会長の不幸は蜜の味」という彼女のことだ。きっと『それで学園最強ですか』などと増長するに違いない。

 それはおもしろくない。すご~くおもしろくない。いじられキャラのくせに、と思う。

 すると、力が沸いてきた。こんなザマでは彼女に笑われる。――そんなシンプルな悔しさが活力を生み出していた。

 

(あの子にバカにされたんじゃ、楯無の名折れだわ)

 

 楯無の名折れ。それを口にして、楯無は襲名した名の意味を思い出した。

 楯無は楯を持たないという意味だ。攻撃は最大の防御、最強の鉾こそが最強の盾となる。

 そこに矛盾はない。無矛盾ゆえの完全な存在。

 

(だからこそ、楯無は完全無欠でなければ、許されない)

 

 そうあるために、更識は何百年の歳月をかけ、あらゆる技術を日々練磨してきた。その技術の結晶たる“楯無”が、こんなにわか仕込みのモノマネ機械に敗れていいはずがない。そんなことは更識の歴史と矜持が許さない。

 

「矜持、自尊心、自分らしさ。あなたにはある?」

 

 楯無は見下ろすように<ゴーレム>を睨めつけた。しかし<ゴーレム>は答えない。

 

「ないでしょうね。命令を履行するだけのあなたには――。でも、私にはある!」

 

 そんな魂から叫んだ言葉と共鳴するように、何かが爆ぜる。爆ぜたのは――水だった。その水が重力を忘れたように宙を泳ぎ、<霧纏の淑女>を飾るドレスとなった。

 

<――報告:<ウンディーネ>システムアップデート。100%完了――>

 

 <ウンディーネ>は、兆を超える《アクア・ナノマシン》群を制御するソフトウェアだ。

 楯無が「これは?」と眼球運動で武装ウィンドウを開く。そこには「ナノマシン・コントロール・プライオリティー変更」のメッセージ。――ロックされていた《アクア・ナノマシン》のコントロールが解除されていた。

 一瞬ソフィアが残したシステムトラップかと疑う。しかし、自分の胸元で輝くロリーナのお守りが、その疑惑を一掃した。

 

<――報告:重要ファイル/音声ファイル 閲覧優先度[重大]――>

<――再生しますか。YES/NO――>

 

 楯無は圧縮されていたファイルを解凍し、音声を再生した。

 骨伝導スピーカーから聞こえてきた声音はおっとりした声。お守りをくれたロリーナの声だ。

 

『お守りに《アクア・ナノマシン》のセキュリティーホールを埋めるプログラムを入れておいたわ。外部から介入を受けた時、パッチ処理されるようプログラムしておいたわ』

 

 やはり、ナノマシンの制御が回復したのは、彼女の仕込みか。

 この状況を読んでいたとは思えないが、彼女の先見の明には脱帽だった。

 

『それともうひとつ、《アクア・ナノマシン》のポテンシャルを引き出すプログラムも同梱しておいたわ。<スカーレット・レイディ>、《アクア・ナノマシン》に過負荷をかけて攻撃能力を爆発的に高めるモードよ。使用後、《アクア・ナノマシン》は使えなくなるから、気をつけてね。――では、あなたの無事を祈っているわ。簪さんと共に』

 

 音声ファイルの終了と共に、武装ウィンドウに、新たなモードが追加された。

 

<――報告:恥じらいをかなぐり捨てますか?(スカーレット、レディ?)――>

 

(まったく大した人たちだわ)

 

 何千キロと離れた場所から自分を支えてくれた姉妹に、脱帽と感謝の念を抱く。

 だが、感心ばかりもしていられない。

 楯無はランスを逆手に持ち替え、<ゴーレム>の頭部に突き立てた。その衝撃で尾のマニュピレーターの圧力が緩む。相手が怯んだ隙に胴体を蹴って後方に大きく跳躍。着地と同時に《蒼流旋》を頭上で回転させて、悠々と構えを直し、そして叫んだ。

 

「<スカーレット・レイディ>モード!」

 

 楯無が新装<スカーレット・レイディ>モードを起動すると、<霧纏の淑女>はまとっていた水のドレスを脱ぎ捨てた。あたかも<恥知らずな娼婦(スカーレット・レイディ)>のように。そして、脱ぎ捨てた水のドレスを《蒼流旋》の矛先に巻き付け、その破壊力を爆発的に高める。

 

「今からのお姉さんは一味違うわよっ!」

 

 楯無はスラスターを吹かして、一気に間合いを詰めた。

 爆発的な加速で迫る楯無を、<ゴーレム>が一閃で迎え撃つ。楯無は防御しない。淑女から娼婦に転身した<ミステリアス・レディ>はガードが甘くなる。当然のように敵の鋭い一撃は装甲を切断したが、電磁筋肉が防刃となって攻撃は生身まで達しなかった。

 <霧纏の淑女>の電磁筋肉には《アクア・ナノマシン》を含んだ水が染み込ませてある。その水は攻撃を受けたとき、ダイタランシー効果によって、高い防刃防弾性を発揮する。これは<霧纏の淑女>を共に開発した虚のアイディアだ。

 さらに攻撃力が装甲に集中したおかげで、本体が無防備なボディーをさらしていた。そのボディー目がけて、楯無がランスを突き立てる。防御を捨て、攻撃に特化した《蒼流旋》はシールドを貫いて、<ゴーレム>の横っ腹に大穴を空けた。その穴にナノマシンを含んだ水を流し込む。

 

「だらしなくイっちゃいなさい」

 

 《清き情熱》。内部から膨れ上がった暴虐的な熱エネルギーは、<ゴーレム>を破壊しただけに留まらず、やがてラボ全体を吹き飛ばした。

 

 

 

 

 

 瓦礫の山と化したラボから一番に這い出たのは楯無だった。

 その眼下では、胴体が引きちぎれた<ゴーレム>が横たわっていた。まるで動く気配はなく、目を模したデュアルセンサーも完全に死んでいる。<霧纏の淑女>の最大火力を受けたのだ。形を残しているだけ大した強度だと云えた。

 

「しかし、しっぽがついてる奴に関わるとロクなことないわね……」

 

 愚痴りながら、ISのパワーアシストを使って、瓦礫の山から<ゴーレム>を引きずり出す。

 出てきた<ゴーレム>の胸部からは<コア>が露出していた。<コア>。ISにとって命そのものであるそれは、簡単に破損しないよう作られている。この<コア>も478個あるコアと同様の強度ならまだ使えるはずだった。

 

「今回の戦利品はこれだけか……」

 

 <コア>は篠ノ之束しか製造できないため、世界はこれを喉から手がでるほど欲しがっている。場合によっては大きな外交カードにもなりえるが、北方領土の軍事拠点化を止める外交的切り札にはならないだろう。やはり、必要なのは、<亡国機業>の資金。つまりロキを捕まえないことには、自分に課せられた任務を達成できそうにない。当面ロキとの“鬼ごっこ”は続きそうだった。

 さて、それはそれとて、

 

「コレ、ねこばばしちゃおうかしら?」

 

 楯無は<コア>をソケットから外すと、それを人差し指の先でくるくるっと回転させた。

 

 

     ♡          ♣          ♤         ♦

 

 

「ふむ、楯無が勝ったか」

 

 <ナルヴィ>からの映像が途絶えたということは、楯無が勝利を収めたのだろう。

 ヘリの内部で、ロキは映像の途絶えたラップトップパソコンを閉じた。そして、薄ら笑っているソフィアを見やる。

 

「うれしそうだな」

「そんなことないさ。――それより、ずいぶんとあっさり引き下がったな」

 

 もともと更識への協力要請は、ソフィアが提案したものだった。あれだけの好条件を、ロキから引き出せたのもソフィアだ。苦労して、二人の密会を膳立てしたソフィアは納得いかない様子だった。

 

「確かに彼女の人脈は必要だ。だが、交渉では弱みを見せると相手に着け込まれる。こちらに余裕があるように見せることが定石だ。時に引くことも大事だと、知っているだろ?」

「……ああ、恋愛も取り引きも、駆け引きが大事だ」

「それに、更識は日本の防諜組織だが文民統制の外にある。日本政府には楯無を任命・解任する権限がないんだ。それどころか、統制下にすらない。だから、更識一族で楯無が決まると、日本政府は更識に忠誠を誓う儀式を執り行わせる。信ずるに値するか見定めるためにな」

「17代目の場合は『亡国機業の資金を奪取してくること』だったんだろ?」

 

 しかし、失敗した。このまま忠誠を誓えなければ、更識は政府の承認を得られず、宙ぶらりんな状態になる。その状態である限り、予算が計上されることはない。そうならないため、彼女は必ずロキを追ってくる。

 なら、自分は座して待てばいい。と――その時、ヘリのパイロットが言った。

 

「ロキ、戦闘のようです」

 

 ロキは後部から操縦室に顔を出した。その先では赤色の光条がいくどなく走っては消えていく。あの光、<レーヴァテイン>の粒子ビームか。時折、見える黒い波動が<テンペスタ>の偏向重力波だとすれば、相手はアリーシャか。

 

「――寄せてくれ」

 

 それを聞きヘリのパイロットはぎょっとしたが、頷いた。

 同時にソフィアが護衛のためヘリから飛び降り、<フェンリル>を展開する。先行する<フェンリル>のあとを追うかたちで、ヘリは機首を下げ、戦闘区域へと接近した。

 

 

 

 

 織斑千冬をおして、スコール・ミューゼルに次期<ブリュンヒルデ>と言わしめるだけはある。<ヴァルキリー>である自分を手古摺らせるローズマリーに、「さてどうするか」とアリーシャが上脣をなめた、そのときだった。

 

<――警報:方位3時より高エネルギー反応――>

 

 右視界端から粒子ビーム。それをアリーシャは偏向重力でねじ曲げる。重力に引っ張られた粒子はアリーシャから反れ、後方へ消えていった。

 

「ほお、それがイタリアの指向性エネルギー兵器かな?」

 

 アリーシャはローズマリーから視界を外さず、意識だけを新手に向ける。

 こちらに接近してきた機体は狼を模した銀色の機体だ。

 操縦者は青い長髪の女性。ロシア側の大佐に仕えていたソフィア・アルジャンニコフだ。彼女の介入にアリーシャは僅かに驚くが、なぜとは言わなかった。ただ、そういうことかと理解した笑みを浮かべる。

 

「こりゃ、まいったのサ」

 

 さすがのアリーシャも両手を挙げた。彼女とてローズマリーとソフィアを同時には相手とれない。

 こんなことなら無理にでもアンジェリカを連れてくるべきだった。そう苦笑する彼女の許に一機のヘリが滑り込んでくる。そのヘリのドアがスライドして開いた。

 

「アリーシャ・ジョゼスターフ。すまないな、すこし野暮用で席を外していた」

 

 顔を覗かしたロキに、アリーシャがにんまりと笑う。

 

「ソフィアがそこにいるということは、あの大熊さ、飼い犬に噛まれたのサ?」

 

 ロキは肯定の代わりに一枚のディスクを指先で回して見せた。

 ソフィアが取ってきた大佐の“配分”だ。

 

「これで残りの幹部は春狼とあなただけだ。どうする、まだ、俺たちと戦うか?」

「いいや、降参するのさ」

 

 ロシア強硬派という強大な“軍事力”を引きいていた大佐が失脚したいま、もはやロキを止める手立ては失われた。ロキに権謀術数で劣る春狼と徒党を組み続けたところで、この劣勢を覆せるとは思えない。――アリーシャもそれを分かっていた。

 春狼も、大佐の訃報を聞き、今頃てんやわんやしていることだろう。

 

「そうか。では、俺と組まないか?」

 

 アーリィは驚きながらも自虐的に笑った。

 

「おや、こんな傷物の女をもらってくれるのサ?」

 

 そういって痛々しい傷跡を見せる。美しい肌に刻まれた醜い傷跡は、彼女の美貌に“まるで澄んだ水に一滴の墨を落としたような濁り”を与えている。それでもロキは平然と言った。

 

「傷など関係ない。女の器量は、外見じゃ決まらない。むしろ、失ったからこそ、あなたは以前より綺麗になったよ。あなたは悲劇的な過去でさえ、自分の魅力に変える強さを持っている」

 

 アリーシャはすこし目を伏せたあと、すこし微笑むように唇を曲げた。

 イタリアじゃたくさんの男性に口説かれてきたが、傷を褒められたのは始めてな気がする。

 

「口のうまい男なのサ。わかったよ」

 

 カラカラと笑いながら、アリーシャはすべるようにロキの許へ寄り添った。そして、差し出された少年の手に、そっと自分の手を差し伸べる。その手をロキが握ろうとしたとき、

 

 義手だった腕がハラっと粒子化して消えた。

 

 透かされたロキが前のめりにつのめる。

 きょとんとする彼の顔を十分に楽しんでから、アリーシャは子供のような笑顔で言った。

 

「引っかかったね。――お姉さんを口説こうなんて10年早いのさ、坊や」

 

 そう笑ったアリーシャは、文字通り、ロキに義手()を貸すつもりはないようだ。

 あっさりフラれたロキは半眼でアリーシャを非難した。

 

(ふふ、坊やのそんな顔をみられただけでも、ここに来た甲斐があったのさ)

 

 アリーシャはどこかやさしい顔で、彼の額に口づけをした。そして、無いはずの左手と右目を労わるようにして、ヘリから身を引く

 

 ――この、幻肢痛(いたみ)を止めることができたのなら、その時はあんたのモノになってやるサ。

 

 やがてテンペスタによる重力子操作で可視光を歪めた彼女は、その場所からいなくなった。

 

 

     ♡          ♣          ♤         ♦

 

 

 アリーシャが去ったあと、ロキとソフィア、そしてローズマリーを乗せたヘリは、妙な沈黙に包まれていた。

 原因は、ロキの正面に座るローズマリーが、重々しい空気を醸し出していることだった。目を瞑り、清ますそのさまは、薔薇のごとく可憐なのだが、放たれる無言のプレッシャーは不動明王のそれに近い。

 言葉じゃなく態度で何やら物申すローズマリーに、ソフィアが耐えかねたように言った。

 

(なあ、ロキ、どうにかしろよ)

 

「ふむ」とロキは読んでいた書物から目を話した。

 

「ローズマリー、いいたいことがあるなら言え」

「いえ、何もありませんが」

 

 凛々しい面持ちを僅かに傾げ、さもないように言う。けれど、蒼い目の半眼は不満を訴えていた。おおよそ、ロキとアリーシャのやり取りが気に入らなかったのだろう。公私の分別をつけているつもりなのだろうが、態度に出過ぎだった。

 

「アリーシャ・ジョゼフスターフを誘ったこと、妬いているのか?」

「そのようなことはありません。彼女の実力は指折りです。仲間になっていただけたのなら心強いです」

「じゃあ、なにを拗ねているんだ」

「………………」

「だから、黙り込むのはやめろ、(だん)まりー・ライオンハート」

 

 ローズマリーの細い眉がわずかに動く。呼び方が気に障ったらしい。

 このまま黙りつづけると、本当にその名が定着しそうな気がしたローズマリーは口を割った。

 

「アリーシャに口づけされたロキは、とても、とても、嬉しそうに見受けられました」

 

 ローズマリーにしては珍しく、非難がましい口調だった。やはり、先のやりとりにやきもちを焼いていたらしい。

 だが、ロキはローズマリーのやきもちなどまったく意に介さなかった。

 

「美女からの口づけだ。嫌がる道理がない」

「私はどんな美形だろうと、誰彼かまわず、キスをされたくありませんが」

「じゃあ、誰ならいいんだ?」

 

 と、ロキは訊いた。となりのソフィアはニマニマしている。

 ローズマリーは頬を赤くして、非難するようなまなざしを二人に向ける。

 

「知ってるくせに……」

「なんだ、聞こえないぞ」

「先に帰投します、といいました」

 

 結局、不機嫌のままローズマリーはヘリから飛び出し、<レーヴァテイン>を展開した。そのまま最大巡航速度でヘリから一気に離脱していく。その去り際、「いじわるなのですから」とつぶやいたローズマリーを知って知らずか、ロキは肩を竦めた。

 その様子を見て、ソフィアが堪えきれなくなったように笑い出す。

 

「ははは、モテモテだな」

「そうでもないぞ」

 

 楯無にあっさりフラられ、アリーシャにもフラれたばかりだ。ハーレムどころか、モテモテですらない。だが、それをさして気にする様子もなく、ロキはヘリのシートに腰を沈めた。

 

「で、これからどうするんだ? もう組織は思うままなんだろ?」

 

 影からISの企業を支配してきた組織――<亡国機業>。それを運営する幹部は全員で7名。

 アレクサンドロス・アルシュヴァルスキー(ソフィアが暗殺)

 劉春燕(在留)

 アリーシャ・ジョセスターフ(脱退)

 マーガレット・ライオンハート(在留。ただしローズマリーの傀儡)

 アルフレット・バーンスタイン(VTシステムの一件で失脚)

 スコール・ミューゼル(在留)

 そしてロキで構成されている。うち残ったのはロキとスコールと春狼。

 組織の決定権は残った幹部に自動的に集中するため、9割方、<亡国機業>を掌握したと言っていい。もはやISという船の“舵”は彼に握られたも当然だった。

 「ISを制する者がこの冷戦を制す」とは誰の格言だったか。しかし、その言葉に従えば、世界のIS企業を牛耳る亡国機業、それを手に入れた彼がいまやこの冷戦のカギを握る人物となったと云って過言じゃない。

 

「ああ。これでようやく次の段階に進める」

「次のステージ。<デウス・エクス・マキナ>との対決か? だが、向こうは、すでに高度に組織化されている。派閥闘争で弱体化している現状、彼らとぶつかれば、オレたちに勝目はない」

 

 こちらの優位性は<コア>を製造できることだが、その生産体制が整っていない。ラボは研究所であって工場じゃないため、一度に量産できる数は少数だ。

 仮に製造ラインが確保できたとしても、今度はISの製造や開発を監視している<国際IS委員会>の認可が必要になる。ローズマリーを<ブリュンヒルデ>にして委員会に送り込むまで、ISの量産化は難しかった。

 

「ああ、彼らと対決しても俺たちに勝利はないだろうし、俺たちが潰しあっても<彼女たち>が漁夫の利を得るだけだ。何より、俺はローズマリーにこれ以上つらい想いをさせてくはない。なら、すべきことは一つだ」

 

 <デウス・エクス・マキナ>のトップ。――ルイス・キャロルとの対話。

 以前の<亡国機業>では不可能だったそれも、支配権が彼に移った今なら可能だった。なぜなら、彼に反対する幹部はもういないのだから。

 

「そのためにスコールも動いてくれている。その時までしばしゆっくりさせてもらうさ」

 

 ロキはどこか疲れたように座席に深く持たれた。そして本をアイマスク代わりにする。

 派閥闘争に生き残るため、そして、母の夢を叶えるため、彼は楯無同様その肩に年齢不相応な重責を背負ってきた。わずかながらその重圧から解放されて、疲れがどっと沸いたのだろう。ウトウトし始めていたロキをソフィアがよしよしと撫でていたら、ロキが片目だけ開けた。

 

「そうだ、ソフィア。帰ったらイワンに元気な姿を見せてやれ」

 

 自身の腹心のイワンは、ソフィアの父親にあたる。ソフィア・イヴァネンコ・アルジャンニコフ。これが彼女の本当の名前だ。

 「そうする」と答えたソフィアに満足したロキは、再び目を閉じた。

 

 

 

 




これいにて夏休み編は終了となります。
個人の感想としては、頭でっかちな内容になったなと。いろいろ書きすぎて物語の焦点が定まらず、起承転結があやふやになったことは否めません。次回はこの反省を活かして、ぎゅっと内容を絞りたいと思います。
で、その次回ですが、一週間ほどお休みをいただき、12月4日から再開いたします。
では、最後に、私のつたない作品を読んでくださった読者に感謝を。本当にありがとうございました。
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