IS<インフィニット・ストラトス>―Deus Ex Machina   作:ネコッテ

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<変革ブルーバード(仮)>
第67話 二学期スタート


 世界は残酷だ。信じても裏切られ、努力しても報われない。そんな悲哀と絶望が跋扈する世界の上で、私は訪れた惨劇を前に、その現実を直視できず、目を背けていた。

 

「世界はなぜ、こんなに残酷なのか」

「体重が増えたぐらいで。大げさなことをいうな」

 

 体重計の上で嘆く私に、千冬さんが身体測定のクリップボードを渡す。

 9月1日、二学期開始当日。現在、IS学園の保健室では全校生徒の身体測定が行われていた。色取り取りの下着姿の女子たちで賑わうその光景は、十代特有の色香にも満ちている。人にとっては桃色な光景なのだろうけど、未だに体重増加の件が尾を曳いている私にはどうでもいいことだ。

 

「ほら、邪魔だ。さっさと次へ行け。あとがつかえるだろ」

「はい……」

 

 苛立たしげに突き返されたクリップボードを受け取り、体重計測のブースを出る。

 はぁ、夏休みの隔離生活は“食っちゃ寝”だったし、それが原因でしょうか……などとクリップボードを見つめながら次のブースへ移動していると、前方不注意で生徒とぶつかってしまった。

 

「あ、すみません」

「……いや、こちらこそ、すまない、前を見て、ん、アリスか」

 

 ぶつかったのはラウラだった。

 そのラウラも、なぜかクリップボードを意気消沈した様子で眺めていた。

 

「どうしました? 元気ありませんけど?」

「うむ、実は身長があまり伸びていなくてな。職業柄あと20センチはほしいのだが……」

 

 実を言うと、ラウラは特殊部隊員に必要とされる身長条件を満たしていない。それをずっと気にしているらしく、先日など「ぶら下がるだけで身長が伸びる」という怪しげな器具を通販で買っていた。

 

「そういうおまえこそ、元気がないな。どうした?」

「私の場合は体重が増えてしまって」

「ふむ、おまえもか……」

 

 二人してどよ~んと暗い顔をする。そこにセシリアが通りかかった。

 すらっと長い肢体に、くすみの無い白肌。そして、豊満で形のよいバストと、美しい曲線を描くヒップライン。あまりに完璧すぎるその姿態に、私とラウラの目が眩んだ。

 

「きゃー、眩しいですッ」

「嫁、目と耳を閉じて、口を半開きにするんだ!」

 

 くぁーと眩しがる私たちを見て、セシリアがくすくす笑う。

 

「ふふ、どうしましたの? まるで閃光手榴弾が炸裂したみたいに」

「いえ、セシリアの美貌が眩しすぎたもので。それにしても、ほんとスタイルがいいですね」

 

 背はすらっと高く、括れたボーディーラインには垂みのひとつもない。まさに非の打ちどころのないプロポーション。自分の醜いお腹を見たあとだけに、セシリアのパーフェクトボディーがよけいに眩しく見える

 

「それはもう美貌を保つためにいろいろ努力していますもの。エステにも通っていますわ」

「へえ、ちなみにそのエステって一回おいくらぐらいで?」

 

 値段次第ならちょっと行ってみようか、そんな軽い気持ちで聞いてみたら、

 

「3000ポンドていどですわよ」

 

 とんでもない回答が返ってきた。さすが世界有数の大富豪。美貌にかけるお金の額が違う。それに3000ポンドを「その程度」と言ってしまうあたりがいやはや。ラウラもその額にあきれた様子で「私なら3000ポンドあったら、中古の対物ライフルを買う」などという。こっちはこっちでお金の使い道がおかしい。

 

「ラウラさんは、もっと自分にお金をかけてもよろしいんではなくて?」

 

 と、ラウラの下着を見るセシリア。彼女の下着は相変わらず、質素なスポブラだ。色気のイの字もない。黒の高級ランジェリーを身につけているセシリアとは実に対照的だ。

 

「ラウラさんは素も綺麗なのですから、磨けばもっときれいになりますわよ?」

「その必要性を感じない」

「………………」

 

 あ、セシリアが苦笑していますね。

 ラウラは服装や化粧に無頓着だから、ファッションうんぬんかんぬんの話をしても無駄なんですよ。私が要望したならともかく、自発的に取り組むことはない。ララがいっていましたが、遺伝子強化素体は、閉塞的な環境で育ったため、人間性の乏しい子が多いらしい。

 ま、ラウラの感性についてはゆくゆく考えていくとして、

 

「ともかく、先に測定を終わらせてしまいましょう」

 

 午前中に終わらせなければ、昼休みを返上しなければならない。

 「そうですわね」「うむ」と言った二人を連れ、私は次の計測ブースに向かった。

 

(次は体位の計測でしたか。あ、もしかしたら、体重が増えたのは胸が大きくなったからかもしれませんね)

 

 きっとそうに違いない。そんな希望的観測を抱いて体位のブースに入ると、すれ違いで胸の大きな生徒がでてきた。それも身に着けたFカップの3/2ブラですら、包み切れていないほどの巨乳だ。それを手で覆っているが、ほとんど隠せていない。そんな巨乳の生徒はクラスに一人しかいない。箒である。

 

「……む、アリスか……」

 

 擦れ違いで出てきた箒は、さきほどの私たち同様に暗い顔をしていた。さては――

 

「箒、その表情だと、また大きくなりましたね?」

「う……っ」

 

 言葉に詰まる。どうやら図星のようだ。

 

「じ、実は2㎝ほど大きくなったのだ。まったく、こんなに大きく――」

「箒、それ以上はダメです!」

 

 慌てて止めるが遅かった。

 

「こんなものですって?」「私たちがそれをどれだけ羨望していることか!」「でたわね、超大型巨乳!」「駆逐してやる、この世から一匹残らず!」「どうせ、私の胸はウォールマリアよ」「信教せよ、(絶)壁は神の御業なり」

 

 向けられる殺意と羨望の眼差しに、箒は「ひっ!」と竦み上がった。

 そんな箒を庇いながら、私はみんなを宥めるように言う。

 

「みなさん、箒さんに悪意はありません。だから、鉾を収めてください。鈴も体温計をしまいなさい。それは体温を測る物で投げるものじゃありません。織斑先生も、出席簿を叩きながら介入する準備をしないでください。大丈夫ですから」

「くっ、あんたがそういうなら、鉾を収めるわ」「そうか、ならいい」

 

 そういって体温計をあった場所に戻す鈴と、体重測定のブースに戻っていく織斑先生。

 それを先駆けに他の生徒たちも臨戦態勢を解いていく。

 ふぅ、これで不毛な戦争と、織斑千冬よる制裁を回避できましたね。特に後者は大きい。人類最強に介入されたら、身体測定が死体測定になりかねませんからね。死人の体重や身長を図るってどんなカルトですか。

 

「箒、もうすこし言葉に気を付けてください。あなたの言葉は特定の誰かをすごく怒らせるんですからね。そういう自覚の無さは一夏並みですよ」

「私が一夏と同じレベル……。私は一夏並みに女の子を傷つけていたのか……」

 

 どさっと両手両膝をついて愕然とする箒。そんな箒をラウラが「大丈夫か」と覗き込む。

 それにしても、てんやわんやで疲れてきましたね。午後から適正テストもあるのに……。

 ともかく、私は気を引き締め直して――ついでにお腹も引き締めなおして――体位のブースに入った。

 

「あ、次はリデルさんですね」

 

 体位測定の担当は、山田真耶先生だった。そして隣にはなぜかデュノアさん。

 

「デュノアさんは体位を測らないのですか? ――あ、もしかして男の娘だから?」

「そ、そうじゃないんだけどね。僕はもう全部の項目を計り終えたから」

「それでお手伝いを買って出てくれたのです」

 

 さすが学年きっての優等生。私とは大違いだ。

 

「さあ、リデルさん、測りますよ。両腕を上げてください」

「あ、はい」

 

 言われた通り、手を上げる。山田先生は私の脇下にメジャーを潜らせた。

 

「はい、83㎝ですね」

「変化なし、ですか……」

 

 入学当初からまるで成長していない自分の胸に軽く絶望してしまう。

 同時に体重増加の原因がやっぱりおなかにあるとわかり、私はさらに意気消沈した……。

 

「次はウエストですよ」

「……はい」

 

 私は気を引き締めた。ついでにお腹も。

 ふふ、こうなったら、せめて記録上だけでも痩せたことにしてやる。

 

「リデルさん、お腹を引込めてはダメですよ。正確な計測ができません」

「なんのことでしょうか? 私は自然体ですよ?」

「わかりました。そっちがその気なら、こっちにも考えがありますよ。――デュノアさん」

「はい、先生」

 

 答え、デュノアさんが私の横に立つ。はて、何をしようというのでしょうか。

 と思った瞬間、――――デュノアさんが「ふぅっ」私の耳元に息を吹きかけてきた。

 

「はにゃ~ん♡」

 

 全身にゾクゾクした快感が駆け抜け、体の力が見るも無残に抜けてしまう。

 そのすきに、山田先生が緩んだ私のウエストを測る。

 

「はい、ウエストは60㎝ですね。入学時からプラス2センチです」

 

 しまった! と思うも、時すでに遅しだった。

 やられました。デュノアさんが邪魔しなければ、58㎝で押し切れたのに……。

 

「もう、デュノアさん、なにするんですか」

「ごめんね。でも、ズルしようとする方がいけないと思うよ?」

 

 まったくその通りなので、私は「ぐぅ……」と反論を飲み下す。

 はぁ、こんなことなら最初から無駄な足掻きなんてしなければよかった。それなら「やだー、かわいい~」「ふふ、変な悲鳴」「はにゃ~んだって(クスクス)」「耳が敏感なのかな」と周囲に笑われることもなかったし。

 

「それにしても、すごい声が出たね。はにゃ~んって♡」

 

 どこか熱っぽい顔をするデュノアさんを、私はムスっと睨んだ

 

「誰のせいです」

「そう怒らないで。すごく可愛かった、よ?」

「そんなこと言われても嬉しくないです。――それと、ラウラとセシリア。今すぐ私の耳元から離れて、手を後頭部で組みなさい。みょうなことをすれば、一週間、口をききませんからね」

 

 ヒップを測られる私の背後へ忍び寄ろうとする二人を強い言葉で牽制する。

 二人は悔しそうな表情をしながら、両手を後頭部で組んだ。

 

「う、気づかれてしまいましたわ」

「やるな。さすが嫁だ」

 

 ふぅ。危ないところでした。

 きっと、私の耳にふぅ~と息をかけるつもりでしたね。

 

「まったく、私をなんだと思って……」

「ふふ、それだけリデルさんがみなさんに慕われているということですよ」

 

 不満げにする私に、山田先生が可笑しそうに言う。

 そして、クリップボードに私のスリーサイズを書き込んでいった。

 

「バスト83㎝、 ウエスト60㎝、ヒップ85㎝。耳が性感帯っと」

 

 こ ん な と こ ろ に も 伏 兵 が い や が り ま し た !

 

 

     ♡          ♣          ♤         ♦

 

 

 多目的室。一夏はクラスとは個別で身体測定を受けていた。

 

「くそ、なんだかおいしい場面を逃した気がするっ!」

「織斑君、動いたら正確な数値を計れないので、じっとしてください」

「あ、すいません」

 

 こうして、一夏の身体測定は人知れず終わったのであった。

 

 

     ♡          ♣          ♤         ♦

 

 

 昼休み。私たちは学園の屋上でいつものメンバーと昼食を取っていた。夏空けの秋風が心地よいということで、学食ではなく屋上で取る事にしたのだ。

 

「で、アリス、なんだ、その耳当ては」

 

 一夏が射撃用の耳当てをした私を奇怪そうに見る。

 

「私を辱めようとするどっかの誰かさんから、身を守るためです」

「辱めるなんてそんな。わたくしはアリスの可愛く悶える姿がみたいだけですわ」

「それを辱めるっていうんですよ!」

「おい、おちつけ。で、一体、何があったんだよ?」

 

 あ、まずい。一夏が興味を持ち始めた。耳が感じやすいなんてバラさらちゃ大変です。

 私は「乙女の機密情報」を守るため声を大きくした。

 

「ほらみなさん! 午後から適正テストがあるんですから、しっかり食べましょう」

 

 私は「俺だけ仲間はずれか」とすねる一夏を無視し、野菜ジュースと質素なパンを取り出した。

 成長期の高校生とは思えない簡素なメニューに、一夏がまた怪訝な顔をする。

 

「そういうわりには、おまえ、昼食、そんだけなのか?」

「いや、ちょっと体重が増えましたので、食事の量を減らそうかと」

「おまえな、体重が増えたからといって、いきなり食事を制限するのはよくないぞ。むしろこういう時こそちゃんと食事して、ちゃんと運動するのが大事なんだ」

 

 健康オタクの一夏がいうだけあって、言葉には説得力があった。

 とはいえ、昼食は野菜ジュースだけと決めていたため、私はそれ以外のも持ってきていないわけで。すると、隣で動画を見ていたラウラが、私にパッケージされた携帯食品をふたつ差し出してきた。

 

「よかったら、これ食うか?」

 

 そうですね。午後から実技テストもあるし、野菜ジュースだけじゃ体が持ちませんか。

 私は「では」とありがたくその携帯食品をいただくことにした。

 

「ありがとうございます。――で、ラウラは何を見ているんです?」

 

 ラウラがくれた携帯食品を口に含みながら訊くと、意外な答えが返ってきた。

 

「パリで行われたファッションショーの動画だ」

 

 ファッションショー? ランウェイと聞いたら「滑走路がどうした」というラウラが?

 その一言にみんなの食の手が止まる。「天変地異の前触れか」といったのは箒で、「晴天の霹靂かしら」といったのはセシリア。犬猿の仲である鈴は額に手を当てラウラの熱を測りだし、デュノアさんは物理シールドを空に向かって展開していた。いや、さすがに矢の雨とかは降らないかと。

 

「ラウラ、ファッションショーに興味があるんですか?」

「まあな、いま、その動画を見ているところだ。いいところだから、黙っていてくれ」

 

 と、熱心に動画を視聴するラウラ。

 15歳の少女がファッションに興味を示すことは普通だが、あのラウラである。ファッションに興味を持ってくれたよろこびより、疑問の方が勝った。

 

「なぜ急にファッションショーの動画なんて……?」

「実は今回、アメリカの軍事企業がパリコレを利用して、新型の女性用パワードスーツを公表したのだ。それが気になってな。それを確かめているところなのだ」

 

 あ、すごく腑に落ちた。ラウラの興味はファッションじゃなく、パワードスーツの方か。

 私は「ちょっと失礼しますね」とラウラの背後から動画を視聴した。

 ディスプレイの中では、触手の生えた円盤装置を頭につけた美女がランウェイを歩いていた。時折、その触手で観客に造花をまいている。

 

「ずいぶんと奇怪なフォルムのパワードスーツですね」

「コンセプトは『美女と野獣』らしい。こいつはオクトパスを模したパワードスーツらしいぞ」

「でも、なぜパリのファッションショーで公開を?」

「いまでは女性の方が資本力を持っていますもの。だから、女性の関心が高いファッションショーを公開の場所に選んだんじゃないかしら」

 

 と、セシリア。

 経営の素人である私は「へぇ~」と相槌を打って、残りのバーを口に放り込んだ。

 

「どうだ、うまかったか?」

「なかなかおいしいです。二本とも食べてしまいました。でも、これなんですか」

「アメリカの陸軍装備研究所(ナティック)で開発されたパワーバーだ。グリーンベレーの長距離偵察部隊向けに開発されたものでな、一本で男性兵士が必要とする摂取カロリーを補える」

 

 それを聞いて私は無言になった。

 男性の一日摂取カロリーは2000キロカロリー。兵隊のような職業だと3000キロカロリー。それを一本で補える食品を2本。私の脂肪フラグが立った気がした。

 

 

     ♡          ♣          ♤         ♦

 

 

 さて、適性検査も終えた6時限目。この時間は、特別ホームルームに変更されていた。9月の下旬に行われる文化祭の出し物を決めるためだ。というわけで、クラス代表の一夏が議事進行係として教壇に立つ。

 

「よし、じゃあ、文化祭の出し物を決めるぞ。案のある人は挙手を頼む」

 

 「はい」とさっそくクラスメイトのひとりが手を上げる。

 

「じゃあ、田島さん」

「織斑くんと――」

「却下だ」

 

 提案されてから却下されるまでわずか0.5秒。

 もはや脊髄反射のように一夏は田島さんの提案を却下した。

 

「お、織斑くん、わたしまだ何も言ってないよッ!?」

「いや、織斑って出た時点で、俺を見世物にしようって魂胆が見え見えだ」

「そんなことないよ! 織斑くんをゲージに入れて、見物料を取るだけだよっ」

「それを見世物っていうんだよっ!」

 

 目の端をひくつかせながら、一夏が視線で田島さんを威圧する。

 まあ、そんなことされたら誰だって怒りますよね。というかですね、田島さん――

 

「田島、あとで生徒指導室にこい。いいな」

 

 お姉さんの前で一夏のゲージに入れて見物料を取るとか、死にたいのでしょうか?

 

「田島さん、あなたといた一学期はとても楽しかったわ」

「リアーデさん、なんで別れのような言葉をっ!?」

 

 う~ん、文化祭の準備、人手不足にならないといいですね。

 

「おい、みんな、真剣にたのむぜ、アンケートで上位を取れたら、学食のタダ券とかいろいろ景品がでるんだからさ」

 

 そう、今回の学園祭では、来校者による出し物の人気アンケートが実施される。それでもっとも多い票を獲得したクラスには、さまざまな賞品が贈られるのだ。

 景品の話を訊くなり、クラスメイトたちが眼の色を変えた。

 

「え、そうなの!?」「ちょっと、それを早く言ってよ、織斑くん」

 

 会長の思惑通りになって、私は苦笑した。アンケートと賞品を提案したのは会長なのだ。

 目的はもちろん、学園祭の盛り上げと、学生のやる気向上だ。

 

「まあ、言わなかったのは謝るよ。わるかった。で、何か意見はないか?」

「私、あります」

 

 今度は物静か女子生徒が手を挙げた。

 鷹月静寐さん。真面目で、クラスメイトのまとめ役でもある、読書家のクラスメイトだ。

 

「アメリカのジョーク集とかはどうかなッ!?」

 

 ナイスアイディアなのか、普段は見せない興奮した顔だった。鼻息も何だか荒い。

 しかし、クラスメイトの反応はいまいち、むしろ冷やかだ。

 

「え、なにそれ?」「う~ん、なんていうかちょっと地味じゃない?」「面白い気もするけど、集客力に欠けそうね」「うぅ……、そ、そうかしら?」

 

 てっきりいいアイディアだと思っていた鷹月さんは、クラスの反応にちょっと落ち込み気味だ。

 私もちょっとピンとこないかな。嫌いじゃないけど。ちなみに、あとで聞いた話によると、鷹月さんは『アメリカテイストのコメディー』がとても好きらしい。それで布教を兼ねて提案したそうだ。

 

「まあ、一応ひとつの案だし、候補にあげとくか」

 

 せめともの情けと、黒板に『アメリカのジョーク集』と記入する。

 

「他は何かあるか」

「はい、定番だけど、お化け屋敷なんてどう?」

 

 お化けという単語が出て、私の身体がびくっと跳ねた。

 

「学園のVRルームを改造してさ」

「面白そうだな。ようやくまともな案がでたか。よし、候補に入れよう」

 

 そう言って、一夏は挙げられた候補を黒板に書く。――『アリスとお化け屋敷』と。

 おかしい。私がお化け屋敷の主役みたいになっている気が……。

 

「他にないか? ないならこのお化け屋敷で決定に――」

 

 私は光の速度で手を上げた。

 

「はい、はい。私に良い提案があります! 喫茶店なんてどうでしょうか。当日は大勢の来校者がやってきますし、休憩所や飲食店は需要があると思います。それに売り上げは自由に使っていいんですよね、織斑先生?」

「ああ、打ち上げ代にでもするといい」

「だということですし、どうでしょう」

「喫茶店か。それも悪くないけど、ちょっとインパクトに欠けない?」

「他のクラスも飲食店を出してくるだろうし、1位を狙うなら差別化したいところだね」

「でしたら、わたくしに良い案がありますわ」

 

 そう言って、セシリアが手を挙げる。

 

「みなさん、ウェディング喫茶なんて如何かしら?」

 

 また突拍子しもない案が……。もしかしてウェディングドレス姿で給仕するんでしょうか? 確かに斬新だと思うけど、なんか動きにくそうですね。一夏も「なんだそりゃ」って顔しています。

 

「セシリア、それ、お前がウェディングドレスを着たいだけだろ?」

 

 私も思った。ウェディングドレスって女性の憧れですからね。一度は着てみたいものです。

 でも、セシリアは否定するように首を横に振った。

 

「みなさん、ご存じかしら、昨今の若い女性たちは、結婚式を上げたがらない傾向が強いのです。費用がかかる。準備がめんどう、マリッジブルーになるのがイヤ。そういった理由で結婚式をあげるカップルが減っており、式場業界は危機に瀕しておりますの。――そこでわたくしは、この式場業界を救うべく、このウェディング喫茶店で世の女性たちをウェディングマジックにかけたいのですわ」

「で、長々しゃべった本音は?」

「アリスのウェディング姿が見たいのですわ♡」

 

 うわー、やっぱり私情じゃないですか。

 

「というわけで、わたくしはこのウェディング喫茶を所望します」

 

 プレゼンを終えたセシリアは「いかがかしら!?」とその提案の賛否をクラスに問うた。

 

「う~ん、ウェディングマジックかぁ~」チラ

「織斑、なぜ私を見る?」ゴゴゴ

「いや、意味はありませんって。――で、みんなはどう思う?」

「もう、喫茶店でもなんでもないけど、アリスのウェディング姿はみてみたいかな」「いっそ、喫茶店なんてやめて、私たちで結婚式をプロデュースするってどう?」「文化祭の出し物に結婚式って斬新かも」「それ、おもしろそう!」「じゃあ、みんなでアリスの結婚式をプロデュースしない」

 

 え、いま誰かとんでもない発言しませんでした。私の結婚式って……。

 

「うん、いいね、それ!」「私のお姉ちゃん、ウェディングプランナーだから司会頼んでみる!」「キャンドルサービスは?」「ねえ、お色直しとかもしようよ」「結納どうする?」「来校者も入場できるようにして、料金代わりに祝儀を取ろう」

 

 おやおや、なんだかまた話が変な方に転がり始めましたよ? 今は喫茶店のオプションを考える時でしょ? なのに、なんでみんなさん、私の結婚式のプロデュースに熱を上げているんです? そもそも、私には相手すらいないんですけど……。

 

《バタフライ♪ 今日は~今までの~どんな~に素晴らしい~♪》

 

 <レッドクイーン>も楽しそうに歌わない!

 ああもう……。

 私が軽い頭痛に悩まされていると、ラウラがドンと机を叩いて立ち上がった。

 

「おい、おまえら、当事者を無視して話を進めるな」

 

 そうです、そうです、もっと言ってやってください!

 

「新郎はもちろん私なのだろうな!」

 

 うん、言うと思っていました。きっと当事者って私じゃなく、自分のことなんでしょうね。

 こうなったら自分で議題を方向修正するしかない。

 

「あの、盛り上がっているところ悪いですが、資金予算が足りないと思いますよ」

 

 各学級に割り振られた学園祭用の予算は15万弱ほど。

 その予算で結婚式に必要な物を買いそろえたら「あっ」という間に予算オーバーだ。

 

「それならご心配なく、足りない予算はわたくしが融通いたしますわ」

「おお、セシリア、セレブー」「さすがお金持ちのお嬢様!」「太っ腹!」「エロい!」

「エロくありませんわ!――ともかく、資金はわたくしがなんとかいたします」

 

 予算の上限を盾に提案を却下させるつもりでしたが、そうきましたか。

 でも、それはむりだ。その理由を千冬さんが告げる。

 

「オルコット、今回の学園祭で個人資産を投入するのは禁止だ」

「そうなんですの!?」

 

 そうなんですの。今回は人気アンケートが実施されるため、決められた額以上の資金は使えない。でなければ、圧倒的に資金の多い組が有利になり、公平さが失われてしまうからだ。

 

「予算内で収めろ」

 

 これが消火剤となって、私のウェディングプランは鎮火していった。

 私はホッと胸をなでおろす。私、結婚するなら入籍するだけでいいです。

 

「で、どうすんだ。早く決めないと放課後、居残りになるぞ」

 

 放課後は放課後でみんな用事がある。そういうわけで、私たちはいそいそと話し合いを進めた。

 

「あの、やっぱりジョーク集とかいいと思うんだけど」←未練がましい鷹月さんの図。

「やっぱり喫茶店はいい案だと思う」

「アメリカンジョーク喫茶とかはどう?」←未練がましい鷹月さんの図パート2

「でも、集客につなげるには喫茶店プラス何かオプションが欲しいよね」

「ウェディング喫茶がダメなら人妻喫茶は?」「いや、そこはちょっと捻って未亡人喫茶なんてどう?」「なにそれ?」「全員が喪服を着て給仕するの」『ただの通夜じゃん(全員)』「というか、結婚の延長線上で考えるの、やめましょうよ(私)」「ジョークしゅう……(鷹)」

 

 その後も、メイド喫茶だの、姉妹喫茶だの、RPG喫茶だの、様々な意見がでるも『ベタすぎでは』と却下される。ならばとマニアックな路線に走り出して「熟女喫茶」「人妻喫茶」など発案されるも、「JKにはハードルが高い」とこれまた却下される。

 なおも、客の言いになりになる「催眠喫茶」とか、何もされても動じない「時間停止喫茶」とか出るが、一夏の「おまえらがやるんだぞ……」という言葉で素に戻り、議論は完全に迷走状態に陥っていた。

 

「……で、どれにするんだよ、もう授業時間おわるぞ……」

 

 黒板に書かれた無数の案を見て、一夏が疲れたように言った。

 上げられた案は――

 王道で攻める「メイド喫茶」。

 露出で集客を狙え「水着喫茶」。

 ようこそジャパリパークへ「アニマル喫茶」。

 今日はあなたのために歌って踊ります――「アイドル喫茶」。

 ここで装備していくかい――「RPG喫茶」。

 これぞ男の夢――「ハーレム喫茶」

 甘えたい人必見――「お姉ちゃん喫茶」

 いや、私は甘えられたいんだ――「いもうと喫茶」

 別にあなたのためじゃないんだからね――「ツンデレ喫茶」

 入店したら最後、もう逃げられない――「ヤンデレ喫茶」

 ねえ、私のこと好き? 好きだよね!? ね! ね!――「メンヘラ喫茶」

 くっくく、ここは世界の最果てなり――「中二病喫茶」

 今日は放課後居残り授業――「女教師喫茶」

 みんな新婚ほやほや――「人妻喫茶」

 欲求不満なの「熟女喫茶」

 あなたの言うこと何でも聞きます――「催眠喫茶」

 何をされても反応しません――「時間停止喫茶」

 わたしには好きな人が……――「ネトラレ喫茶」

 お客様はオーク。――「エルフ喫茶」

 辱めをうけるぐらいなら――「くっ殺せ喫茶」

 現実に疲れた方へ――「異世界転生喫茶」。

 誰もお客さまには敵わない――「俺TUEEE喫茶」

 誰も働きません。オールセルフ「ニート喫茶」

 カフェインとってないの? 生産性あがんないよ?――「意識が高い系喫茶店」

 と、などなど。

 

「……もう、普通にコスプレ喫茶でいいんじゃありません?……」

「……そうだね、うちのクラスには綺麗な人が多いし、お客さん集まるよ、きっと」

「……じゃあ、そうするか。……みんなもそれでいいな」

 

 頭を使いすぎ、疲労困憊のクラスメイトたちは「うぃ~」と力なく返事した。

 紆余曲折あって、ようやく(というか結局)一年一組の出し物は『コスプレ喫茶』に決定した。

 

「じゃあ、次に準備の役割を決めるぞ。まずは衣装班だな」

「それだったら、デュノアさんがいいんじゃないかな。おしゃれだし、センスいいし」

 

 デュノアさんが「僕?」と自分を指す。それから細い指をあごに充てて考える。

 

「衣装のあてがないこともないし、いいよ」

「じゃあ、頼む。――次は料理班だな」

 

 コスプレが主とはいえ、喫茶店ならランチを提供できて当たり前だ。

 そのメニューも考えないといけない。この役目に一番ダメな人が手を挙げた。

 

「でしたら、わたくしが腕前を――」

「それは俺がやろう! はい、決定な! 異論は認めない!」

 

 一夏がすさまじい速さで立候補し、そして強行決定する。賢明な判断だ。

 セシリアの手料理は、NBCに相当する兵器なのである。そんなものを店に出した日には、食品衛生が悪いと営業停止にされるどころか、化学兵器禁止機関(OPCW)の査察が入りかねない。

 たとえ、セシリアが可愛く「ぷくー」とすねたとしても、これだけは譲れなかった。

 

「そう怒るな、セシリア。ほら、俺こう見えて料理うまいだろ?」

「確かに先月ごちそうになったカルボナーラは美味しかったですけれど。でも、わたくし、料理の腕前、あげましたのよ」

「あがったのかッ!?」

 

 なんてこった! 死人が増える!

 

「味見をしたメイドなど、パワーアップしたその味わいに打ち震えておりましたわ」

 

 それ痙攣じゃないかなぁ

 ともかく、殺傷能力があがったとなっては、ますます彼女を厨房に入れるわけにはいかない。

 

「ま、なんだ。腕を振る舞うのは別の機会にしてだな。セシリアには店の内装、頼めないか」

「そうですね。セシリアはインテリアに詳しいですからね。セシリアのセンスで店をコーディネイトしてもらえたら、きっと繁盛間違いなしですよ」

 

 店から死者を出さないためにも、示し合わせたように私と一夏が言う。

 いかにもあざとい誘導だったけど、セシリアは案外すんなりと了承した。

 

「それは、そうかもしれませんわね。なんせ、わたくしは女王陛下より一角獣の紋章を賜ったオルコット家の人間ですもの。インテリアについても一目置かれておりますし。そこまでおっしゃるなら、頼まれてあげてもよろしくってよ」

 

 と、手の甲で髪をはじくセシリア。ちょろい。

 

「よし、じゃあ最後にフロアマネージャー、決めるぞ」

 

 店を円滑に回すには、現場を把握し、指示できるリーダー的な役職が必要だ。とりわけ、トラブルやクレームが発生したさいには、こういった役職が必要になる。それに名乗りを上げたのはラウラだった。

 

「その役目、私に任してくれないか? こうみえても、私は隊を率いている」

 

 確かにラウラは特殊部隊の隊長だし、指揮する能力に問題はないだろう。

 それに、あのラウラが積極的に学園行事に関わろうとしているのだ。ずっと「友達をつくれ」と言ってきた私としては、彼女の意気込みを無下にはしたくなかった。これで未だ浮きがちなラウラが高校デビューできたら、私としても嬉しい。

 

「いいんじゃないですか。私はいいと思いますよ」

「そうだな。じゃあ、当日のフロアマネイジメントはラウラに任せるか」

「了解した」

 

 と、敬礼するラウラ。

 その後、接客班と厨房班、内装係、衣装係、そして会計係の代表が決められた

 

代表責任者 織斑一夏 副代表 アリス・リデル

接客担当責任者 ラウラ、ボーデヴィッヒ(経験があり、統率力があるため任命)

厨房担当責任者 織斑一夏(実はクラスで一番の料理の腕前)

内装担当責任者 セシリア・オルコット(インテリアに詳しいため)

衣装担当責任者 シャルロット・デュノア(オシャレだから)

経理担当責任者 篠ノ之箒(実はそろばん一級)

 

「よし、じゃあ今日から、その代表の許で準備に取り掛かってくれ」

『ハ~イ』

 

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