IS<インフィニット・ストラトス>―Deus Ex Machina   作:ネコッテ

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第68話 準備と憂鬱な彼女

 放課後。文化祭が近づき、学園内はその準備で慌ただしい雰囲気に包まれていた。機材や材料の搬入、設備の建設を業者に依頼したクラスもあって、校内を様々な人や物が行き交いしている。

 そんな人たちとすれ違いながら、私は衣装班の進捗具合を確かめるべく多目的室に向かっていた。

 

「失礼します」

 

 多目的室にやってくると、10人ほどのクラスメイトが衣装のチェックに勤しんでいた。相川さん、谷本さん、中には接客担当のラウラもいて、ラップトップPCのまえで腕を組みながら、“サービス内容と接客について”考えていた。その表情は真剣そのもので、熱さえ伝わってくる。

 

「ずいぶんと熱が入っていますね、ラウラ」

「む、アリスか。――今回の出し物、ぜひ成功させたくてな。一学期はクラスに迷惑をかけたからな」

 

 と、また真剣な面持ちでクレームガイドラインの制作に専念する。孤高だったあのラウラがクラスメイトを慮って頭を悩ましている。転入時のラウラなら、きっと「くだらん」と一蹴していただろうに。

 ラウラの成長に感動を覚えた私は、彼女の頭を「よしよし」と撫でた。

 

「む? どうした、いきなり」

「え、いえ、なんとなく」

「?――よくわからんが、いまは忙しい。構ってほしいなら、あとにしてくれ」

 

 けっしてそういうつもりじゃないのだけど、私は「わかりました」と笑った。

 それから、なんとなく傍らに積まれた資料が気になり、手に取る。

 

(『SASに学ぶ民間軍事作戦』……?)

 

 SASとはイギリスの特殊部隊のことだ。他にも『自衛隊、彼の地を往く~自衛隊はなぜ世界から感謝されるのか~』『グリーンベレーの作戦』など、どう見ても接客とは関係のない書物ばかりが、ラウラのそばに積まれていた。

 

「あの、ラウラ、これは?」

「接客を学ぶため用意した書物だ。特に自衛隊の書物は大変参考になったぞ? 黒ウサギ隊の基本戦術は強襲だからな。民事作戦は管轄外なのだ」

 

 民事作戦とは、現地人と信頼を築く作戦のことだ。確かに「相手の心を掴む(ハーツ&マインド)」という意味では、接客に通ずる点はあるけれど、はたして民間作戦のノウハウが接客に活きるのでしょうか……。

 

(大丈夫でしょうか……)

 

 ラウラの努力が空回りしないか。心配でいると、岸本さんと相川さんがやってきた。

 

「あ、リデルさん、ちょうどいいところに」

「どうしました?」

「コスプレに使う衣装のラインナップができたから確認してもらおうと思って」

「どれどれ」

 

 私は相川さんと共に用意された衣装スペースへ移動する。そこにはさまざまな種類の衣装が掛けられていた。数は全部で50着ぐらい。これを全てレンタルしたとなれば、さぞかし代金は高くつきそうだが。

 

「あの、予算の方は大丈夫ですか? オーバーしてません?」

 

 衣装はコスプレ喫茶の肝だ。豊富に越したことは無い。でも、装飾のための内装費や提供する料理の材料費、その他もろもろ。いろんな箇所に予算を振らないといけないので、衣装ばかりにお金をかけられない。

 

「大丈夫だよ。実は如月さんって人が無料で貸してくれたんだ」

 

 如月さん。以前、私たちがアルバイトしたメイド喫茶の店長だ。

 話の続きを聞けば、衣装担当であるデュノアさんが如月あかねさんに衣装の相談をしたところ、無料で貸し出してくれることになったそうな。曰く「あなたたちのためなら、喜んで協力するわ」とのことらしく、わざわざ本社に連絡を入れ、いろいろな衣装を取り寄せてくれたらしい。

 

「――にしても、ずいぶんと多種多彩な」

 

 定番であるメイド服を始め、巫女服やバニーガール。果てにはビキニアーマーなんて衣装まであった。改めて見て回るとホントにいろいろな衣装がそろっている。

 

「よかったら、試着してみる?」

「いえ、いいです」

 

 キラ♥と相川さんの瞳が悪戯に揺れたので、即答で断る。

 クラスメイトがそんな様子をみせるときは、限って私の身によくないことが起きる。

 

「そっか。――あ、ノド渇いていない?」

 

 ん? なんでしょうか、急に。

 

「いえ、とくには」

「じゃあ、オレンジジュース持ってくるね」

 

 いらないと言っているのに、ジュースを取りに行く相川さん。

 ジュースを手に戻ってきた相川さんに、私はイヤな予感がした。

 

「はい、ジュース――あ、手がすべっちゃった」

 

 思った通り、相川さんがわざとらしくオレンジジュースを私に引っかけようとする。

 予想できていた私は、ひょいとかわした。が――

 

「スキを生じぬ二段構え!」

 

 谷本さんが横から水を私にひっかけてきた。

 

「………………」

 

 ぽたぽたと水を滴らせる私の前でふたりは「いえ~い」とハイタッチをかます。

 

「ごめんね、ついが手がすべっちゃった」

「言います!? ハイタッチしておいて、それ言います!?」

 

 誰がどう見たって故意なのに、白を切ろうとする谷本さんに私は怒鳴った。

 だが、谷本さんはまったく気にせず腕を組む。

 

「このままじゃ、風邪をひくよ。着替えた方がいいって」

「そうだね。――おお、こんなところに丁度バニーガールの衣装があるよ」

「………………」

 

 ここまで潔く三文芝居を見せられたら、抗議する気も失せてきた。どうしてそこまでして私にバニーガールの衣装を着せたいかわからないが、なんにせよ、着替えなど持ってきてないし、このあと内装班や料理班も視察して回らないといけない。濡れたままではいられなかった。

 

「わかりましたよ、着ればいいんでしょ……」

 

 私はしぶしぶ制服を脱ぎ、バニーガールの衣装に着替える。ウサ耳のカチューシャに網タイツ。黒色のボディースーツのおしり部分にはモコっとした尾がついている。

 露出は多くないけど、いざ着替えてみると恥ずかしい衣装だ。それに股間の部分がきつくて、もぞもぞする。

 

「さすがリデルさん。スタイルがいいから何を着ても似合うね。――ほら」

 

 相川さんがかざした姿見に自分の背面を写す。バニーというだけあって、おしりの部分にモコっとした尾がついている。これはなんだか可愛い。

 

「実はこれには仕掛けがあってね」

 

 と、相川さんが私のおしりについた尾っぽをぎゅい~んと引っ張る。それを放すと、ゴムぱっちんの要領で戻ってきた尾っぽが、私の骨盤をぱちんッと叩いた。

 

「あん♡」

 

 おしりに未知の快感が走り、私はその場で崩れ落ちた。

 な、なんですか。今の衝撃は……。すごく恥ずかしい声がでちゃったんですが。

 

「どう、おもしろいでしょ?」

 

 快感の余韻抜けきらない私は、無言で首を横に振った。

 やられた方は全然おもしろくない。変な声が出て恥ずかしい思いをするだけだ。

 

「この衣装もコスプレのレパートリーに加えようと思うんだけど、どうかな」

「却下です!」

 

 私は即答した。ただのバニーガール衣装ならともかく、こんなイタズラ機能がついていたら、いかがわしいお店と間違えられてしまう。あくまで私たちの催し物は喫茶店なのだ。

 

「このバニーガール衣装は無しの方向で。封印してください」

「そっかー。じゃあ、仕舞うまえに、もう一回だけ」

「え?」

 

 私は自分のおしりを守るように一歩たじろぐ。もう一度、あの得体の知れない快感を味あわらなければならないと思うと、ぞっとした。

 危機を感じた私は思わず逃げ出すが、すっかり腰が砕けていて四つん這いでしか動けない。あっという間に追いつかれた私のおしりに、誰かがの魔の手、まさに魔の手が伸びる。

 

「じゃあ、いきま~す」

「やめ――――ッ」

 

 その後、5分に亘り、多目的室に私の嬌声がこだまし続けた。

 

 

     ♡          ♣          ♤         ♦

 

 

「ひ、酷い目にあいました……」

 

 バニーガールのしっぽで弄ばれた私は、モップを杖代わりにして次の視察場所に向かっていた。バニーガールがモップをついて歩く姿は、周囲の視線を集めていたけど、今の私には気に掛けるだけの気力がなかった。

 

「む、アリス、どうしたんだ?」

 

 私がへっぴり腰で次の視察場所に向かっている途中、ばったり出くわした生徒は箒だ。

 命かながら撤退してきた敗残兵みたいな私を見て、箒は目を丸くした。

 

「なんだ、その格好」

「いえ、気にしないでください」

「なら気にしないが。そうだ。実はアリスに見てほしいものがあるんだ」

 

 箒が取り出したのは何かの明細書だった。

 

「ウェッジウッド、ティーカップ&ソーサーセット?」

 

 ウェッジウッドは英国の陶器ブランドだ。私の知識が正しければ英国王室でも使われる高級品だったはず。他にも高級ブランドの名前が書かれた明細書がたくさん。その総額は30万近い。

 領収書の金額を見て、私は目を瞬かせた。

 

「なんですか、これ」

「セシリアが寄こした領収書だ」

 

 会計を担っている箒は、眉間をひそめ、

 

「このままだと、予算が全部食器代に消えてしまう。そこで注意したのだが、頑なに拒まれてな。それどころか、私に“裏帳簿をつけろ”と言ってくる始末だ」

「そこで私に相談を?」

「うむ、セシリアは私のいうことなんて聞かないが、アリスなら耳を傾けてくれるだろう。そこで『もっと費用を抑えてくれ』と説得してほしいのだ」

「わかりました。セシリアの方には私から言っておきます」

「すまない。たのむ」

 

 私は領収書を受け取って、箒といったん別れる。その足でセシリアがいる教室へ向かった。

 バシュッと開いた教室の自動ドアを潜ると、セシリアはテーブルクロスの柄をチェックしているところだった。

 

「セシリア、ちょっといいですか」

「あらあらアリス、どうなさったの、その格好」

 

 依然バニーガールの姿をしている私を見て、セシリアが楽しそうに笑う。

 

「うふふ、可愛らしいですわね。もしや、わたくしにそれを見せに?」

「いえ、違います。用件はこれです」

 

 ティーセットの明細書をセシリアのテーブルの前にどんと出す。

 

「食器類だけで、30万なんてかかりすぎです。認められません。食器は百均で十分です」

「ひゃっきんとはなんですの?」

「ジャパニーズ1ポンドショップです」

「それなら知っておりますわ。でも、その手の商品は安っぽくて使う気になれませんの」

「確かに安っぽくはありますけど……」

「そんな品でもてなしては、お客はさぞ幻滅されることでしょう。それにまがりなりにもわたくしたちが経営するのは喫茶店。お客に優雅なティータイムを提供するサービスですわ。お客に満足してもらうには、内装や食器類は徹底的にこだわるべきなのです」

「そうでしょうか……」

 

 経営なんて専門外の私だけど、セシリアの言い分はなんだか違う気がする。コンセプトがぶれているというか……。でも、うまい言葉で反論できなかった私は、説得力のある人物に頼むことにした。

 

「あの、ちょっとケータイ貸してもらえます」

「? かまいませんけど」

 

 セシリアからケータイを受け取り、そのアドレス欄からローズマリーを選んで発信ボタンを押す。しばらくして、ローズマリーが通話に出た。

 

『セシリア、どうしました?』

「いえ、私です」

『……アリス?』

 

 応対した言葉にはやや驚きがあったが、私は気にせず用件を告げる。

 

「実は―――」

 

 学園祭でコスプレ喫茶をすること。その予算をセシリアが内装と食器に注ぎ込もうして困っていること。それをローズマリーの口からやめるよう言い聞かせてほしいことを告げる。

 

「――ということなのです。このままじゃ予算が足りなくなります」

『だから、説得しろというのですね。わかりました』

 

 どこか嬉しそうな声で了承したあと、ローズマリーは『セシリアと代わってください』と言った。

 

『セシリア、話は聞きました。学園祭でコスプレ喫茶なるものを経営するそうですね』

「はい」

『なら、店のインテリアを絢爛豪華にする必要はありません。――よく考えて見なさい。コスプレと銘打った店に客は何を求めてやってくるのか。おそらく、コスプレした女の子が目的でしょう。そんな客が、王室のような優雅なティータイムを期待するでしょうか』

 

 ローズマリーの指摘に、セシリアはぐっとうなった。

 

『私なら内装費用を抑え、その分を従業員の教育と、コスチュームに充てます。よいサービスを提供するには、客側の目線に立ち、“何を求めているか”を知らねばなりません。経営の基本ですよ。それを踏まえて、今一度、よく考え直してみなさい』

「はい……」

 

 スコールから聞いた話だと、ライオンハート家はプライベートバンクを運営していて、オルコット家の財産も彼らが管理していたそうな。オルコットとライオンハートは昔からそんな間柄だったから、現在はローズマリーが早くに両親を失ったセシリアの未成年後見人を務めているらしい。

 ある意味で保護者ともいえる人からの諌言とあって、セシリアは素直に頷いた。

 

『では、アリスに代わってもらえますか』

「はいですわ」

 

 セシリアからケータイを受け取る。

 

「さすがです、助かりました」

『もっと褒めてもいいのですよ』

 

 ぴっ。私はケータイの通話ボタンをOFFにした。

 

「というわけです。経費削減に努めてください」

「わかりましたわ。――ところでずっとローズマリーさまからリダイアルが」

「でなくていいです」

 

 どうせ、私と話したいだけでしょうから。

 私はそれだけを告げ、教室をあとにした。さて、次は一夏たち料理班の様子を見に行くとしよう。

 

 

     ♡          ♣          ♤         ♦

 

 

 一夏たち料理班のメニュー開発は学食の厨房を借りて行われていた。普通の学校なら家庭科室なる部屋があるらしいが、IS学園にはない。そもそもIS学園のカリキュラムに『家庭科』という科目が存在しないのだ。

 というわけで、私が学食の厨房を訪れると、一夏を始めとしたクラスメイト達がメニューの開発に勤しんでいた。

 

「調子はどうです」

 

 顔を出した私に、料理班の責任者である一夏が泡だて器を上げた。

 

「お、アリス。――ってどうしたんだ、その格好」

 

 やっぱり、気になりますか、私のバニーガール姿。

 

「実はカクカクシカジカで、はにゃ~んなのです」

 

 酷い目に遭った経緯を語ると、一夏は「くそ~っ」と私から顔を逸らした。

 あの、“美味しいところ逃した!”みたいな顔やめてくれません?

 

「それよりも、メニュー開発はどうですか?」

「ん、ああ、こんな感じだ。試食してみてくれるか」

 

 一夏が皿に乗ったオムレツを差し出す。ふっくらと焼きあがっているその上には、ケチャップで☆が描いてある。私はどれどれと、スプーンを手に取り、オムレツを頬張った。中の半熟具合がほどよく、口の中にまろやかな味わいが広がっていく。間違いなくおいしかった。

 

「うん、これでいきましょう」

 

 私は空いた手で採用のOKサインを出した。

 

「では、みんなが同じように作れるよう工程表を作成してください」

「わかった」

 

 一夏は使った材料の分量を確認しながら、出したメモ帳に行程を記帳していく。

 私はその様子を眺めながら、残りのオムレツを頬張った。

 

「にしても、ほんと、一夏って料理がうまいですよね」

「そういうおまえは料理ヘタそうだような。食べてる印象ばかりで、作っている印象がない」

「うっ」

 

 一夏の一言がぐさりと心に刺さる。

 事実、私は料理ができない。作れるものなんて、精々インスタント品ぐらいのものだ。

 

「い、いいんですよ、料理なんてできなくても。将来、料理が上手な旦那様を貰うんですから」

 

 と、強がって口先を尖らせたら、

 

《それはだーりんを婿にするという婉曲表現ですか?》

 

 <白式>のガントレット(<ホワイトクイーン>)が言った。私はオムレツで咽る。一夏も一夏で、走らせていたボールペンで急にミミズ文字を描き始める。動揺しているらしい。

 

《だーりん、チャンスです。もっと料理上手なところをアピールしましょう》

「う、うっせー、――ほ、ほら、簡単だが行程を書いたぞ! ためしに作ってみてくれ! お前がうまく作れたなら他の子もうまくできるはずだから!」

「あ、はい」

 

 顔を逸らしながら渡されたメモを手に取り、私はオムライスの調理に取り掛かった。メモ帳どおり、ボールに卵を割って泡だて器でかきまぜる。ただ黙々と。その間、<ホワイトクイーン>が言った一言の所為で、なんかすごく気まずい雰囲気だった。一夏も私と目を合わせようとしない。

 

「あ、あのさっきの言葉ですけど、変に意識しないでくださいね」

 

 決して一夏を指して言ったわけじゃなく、将来的な願望を口にしただけなのだ。変に意識されると、あとあと気まずくてしかたないので、はっきりとそう言っていく。

 

「お、おう。――あ、そこで牛乳を加えるんだ。大さじ3杯な」

「あ、わかりました」

「よし。混ぜ終えたら、フライパンを温めてバターを敷く」

 

 私は言われた通り、過熱したフライパンにバターを溶かす。そこに溶いた卵を半分だけ流す。熱された卵はすぐに固まり出した。私は慌ててアーモンド形にしようとするが、うまく形になってくれない。テンパってぐちゃぐちゃこねくり回している内に、オムレツがどんどんスクランブルエッグになっていく。

 見るも無残な様相を呈すオムレツに、私は半べそかいた。

 

「一夏、緊急事態(エマージェンシー)です、私のオムレツが……」

「あはは、おまえホント料理へたくそだな。ちゃんとメモみろよ。こうするんだ」

 

 と、一夏が私の背後に回り込み、フライパンの柄を握る私の手に自分の手を重ね、柄先をとんとんと叩く。すると、摩訶不思議。スクランブルエッグがオムライスへ変身していった。

 でも、私は感心できる状態じゃなかった。――というのも、

 

(……ち、近いです)

 

 一夏が私に身体を密着させていたから。一夏がフライパンをとんとんするたび、私の心臓もとんとん跳ねる、跳ねる。それに今はバニーガールの姿だから、背後から覗きこまれると、スカスカな胸元が丸見えなのだ。正直「見えないか」で、オムレツどころじゃなかった。

 

 

《さりげなく自分を意識させる話術といい、お色気責めといい、アリスさまは策士です》

《のー、のー、ハニーは天然なだけ》

 

 

 <白式>と<赤騎士>の間で、そんなデータ通信が行われているなど露知らず、私のオムレツは完成した。出だしこそグッチャグッチャのスクランブルエッグになりかけたが、最終的には、見事なアーモンド形のオムレツに仕上がった。

 

「よし、なんとかなったな。――って、どうした。心臓に手を当てて」

「い、いえ、ちょっと動悸が……だ、大丈夫です」

「そうか。じゃあ、あとは仕上げだ。ほら、好きなもの書け」

 

 と、一夏が私にケチャップを渡す。

 

「じゃあ、100点、と」

「自分に甘いやつめ。――とはいえ、見かけは合格点だな。問題は味だ」

 

 一夏はスプーンを取って、私が作ったオムレツをひとくちふくむ。

 

「お」

「どうです?」

「さすが俺が考案したレシピだ。へっぽこ料理人でもここまでうまくできるとは」

「………………」

 

 まったく誉めようとしない一夏に、私は半眼を向けた。

 そりゃね、大いに手伝ってもらいましたが、私だって頑張ったんですよ?

 

「なんだ、その顔、さては、褒めてほしいのか?」

「べつに~」

 

 実はそうだったりしたが、私はすねてぷいっとよそを向いた。

 その私を一夏がやたらニタニタ見てくる。でも、一夏は最後までおどけたまま、私のオムレツを誉めることはなかった。

 

 

     ♡          ♣          ♤         ♦

 

 

 料理班の進捗を確認したあと、私は夕焼け空で染まる廊下を、クリップボードを手に歩いていた。そのクリップボードに視察した班の進捗を記していく。

 

「大まかなところは確認できましたね」

 

 衣装のレパートリー、料理班のメニュー。概ね準備は問題なく進んでいる。セシリア率いる内装班も「検討し直す」と言ってくれたから、準備費用も予算以内にどうにか収まりそうだった。むしろ、衣装費が浮いたことで、予算が余り気味でもある。

 

(万一に備えての補正予算でも組みましょうか。――ん?)

 

 私が浮いた予算の使い道について検討したときだ。正面からたくさんのダンボールを抱えた生徒がやってきた。えっちらほっちら歩く足取りは覚束なく、今にもダンボールの山を取りこぼしそうだ。と、思った矢先、ダンボールが大きく傾いた。私は慌てて支えに入る。

 

「大丈夫ですか?」

 

 声をかけると、聞き覚えのある声が帰ってきた。

 

「あ、リデルさんですか?」

 

 声の主はのほほんさんのお姉さんで、<生徒会>の副会長でもある虚さんだった。

 

「すみません、助かりました」

「いえいえ。ところで何故こんなものを?」

 

 ダンボールの中に入っていたのは弾薬だった。

 それもISに使う弾薬ではなく、散弾銃に使うショットシェルが詰まっている。

 

「9月に学園祭がありますから。そのために会長が取り寄せたのです」

「ああ、なるほど」

 

 学園祭では学園が一般開放されるため、外部の人間が大勢やってくるそうだ。その時、学園の自警団である<生徒会>も警備の一端を担う事になっている。虚さんが持っている弾薬――非殺傷用のゴムスタン弾は、その備えか。

 

「それに今年はISエキスポの年でもありますから」

 

 ISエキスポ。各国のIS企業がブースを開き、自社の製品などを紹介するイベントのことだ。今年はその会場にIS学園のアリーナが貸し出されるらしい。そのことから例年より来校者が増えると予想されるため、<生徒会>もその準備に追われているのだろう。

 事情を知った私は、「手伝いましょうか」と尋ねたが、

 

「いいえ、大丈夫ですよ。――それより、彼女を気遣ってあげてください」

 

 虚さんは背後に視線をやった。その先には一人の女子生徒が窓辺で黄昏ていた。

 デュノアさんだ。

 デュノアさんは憂鬱そうな面持ちで、外の景色を眺めていた。文化祭という楽しいイベントを控えているのに、なんとも冴えない表情をしている。彼女が何か思い悩んでいることは、傍目から見ても一目瞭然だった。

 虚さんの言葉は、“自分はいいから、彼女の悩みを聞いてやれ”という意味なのだろう。

 

「では、私はこれで」

 

 そう告げ、虚さんはえっちらほっちらダンボールを手に生徒会室へ歩いていく。

 私は虚さんに言われたとおり、デュノアさんの許に歩み寄った。

 

「デュノアさん?」

「あ、アリス。――ふふ、どうしたの、その恰好」

「ちょっと、いろいろありまして。それより悩み事ですか?」

 

 「よければ、このバニーに話すぴょん」とおどけながら、デュノアさんの隣に立つ。

 デュノアさんは「じゃあ、聞いてもらおうかな」と笑い、アリーナの方角に向き直った。

 

「実はね、ISエキスポにデュノア社もブースを出すことになって」

 

 デュノア社もブースを出す。そのブースへ自分に男装を命じた社長が来るかもしれない。

 それがデュノアさんの悩みの種であり、憂いの素か。

 実はデュノアさんはデュノア社の社長――つまり、父親と折り合いをつけられていない。何の音沙汰もなく、あまりにも穏やかな日々が続いていたから忘れてしまっていたけど、彼女の問題は先延ばしにされただけで、何も解決していないのだ。

 

「夏休み、お父さんとは?」

「デュノア社には顔を出したけど、あの人には会ってないんだ」

「そうですか……」

 

 私はしばらく黙考してから、思い切ったことを言った。

 

「ねぇ、デュノアさん、父親と話し合ってみませんか」

 

 デュノア社の社長は、デュノアさんに男装を命じた。それに不快感があり、同情心や正義感から彼女に救いの手を差し伸べたけれど、この二ヵ月で、私は父親がただのロクデナシだと思えなくなっていた。なぜならば、<ラファール・リヴァイヴ>の部品や弾薬はちゃんと送られてきているのだ。7月にはパッケージも運ばれてきている。

 もちろん、道具にしか思っていない可能性もある。だからこそ、その父親と一度ちゃんと話し合って、互いの本心を知ることが大事だと思う。――気持ちのすれ違いで、別たれてしまった家族を、私は知っているから。

 

「そう、だよね……。いつまでも中途半端のままじゃいられない。僕も前に進まないと」

「大丈夫。私がついています。言ったでしょ。あなたのジャンヌダルクになると。たとえどんな現実が待ち受けていようとも、私はデュノアさんの味方ですから」

 

 私はデュノアさんの肩を引き寄せ、彼女の首にチェーンをつけたメダルをかけた。

 これは身に着けた者を幸せにする「幸運のメダリオ」だ。それにこの3か月。何も対策を打ってこなかったわけじゃない。

 

「アリス、ありがとう。僕、アリスと出会えて本当によかった」

 

 安心したのか、デュノアさんの目じりにはわずかに涙が浮かんでいた。

 そんなデュノアさんの頭をぽんぽんと二回叩く。

 

 しかし、このときの私はまだ知らなかった。事が私の予想を超えて動いていることを。

 

 

 

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