IS<インフィニット・ストラトス>―Deus Ex Machina   作:ネコッテ

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第6話 第二の矢《セカンドアロ―》

 一夏が出撃したあと、私は場所をピットからアリーナの管制室に移動した。

 アリーナの管制室は試合を監視・誘導する特別室だ。有事の際には司令室としても機能する。ここでならあらゆる視点から試合を観戦でき、指示できる。<白式>の状態が状態なのでここへとやってきたわけだ。

 専用のオペレーター席につくと、私はテストを兼ねて一夏に通信を繋ぐ。

 

「私です、一夏。聞こえますか?」

『お、おう、よく聞こえる』

 

 インカムから届いた声はやや硬いが、音声に問題はないようだ。

 

「OKです。では、試合が始まる前にルールを復習しておきましょう」

『おう、頼む』

「まず、ISバトルの勝敗についてです。ISバトルには勝利条件がふたつあります」

『相手のポイントをゼロにすること。相手を戦闘不能にすること、だな』

「そうです」

 

 ISバトルでは両者に一定のポイントが与えられる。そして攻撃を受けると威力に応じたダメージが数値化され、ポイントから減算される仕組みだ。このポイントがゼロになると敗けとなる。

 また“自機のエネルギーが底をつく”あるいは“行動不能”に陥っても負けとなる。

 

「では、次はクリティカルヒットについてです」

『相手の《絶対防御》を発生させることだな』

 

 《絶対防御》とはISのシールドが突破された際に発動する最終防御装置のことだ。

 高い防御力を誇るISのシールドも絶対ではない。断続的に攻撃を受け続ける、もしくは威力の高い攻撃を受けるとシールドは一時的に無力化される。その時に発動するのが《絶対防御》だ。

 この《絶対防御》が発動すると操縦者はあらゆる攻撃から守られるが、代わりにポイントも大幅に失う。これをISの競技用語で《クリティカルヒット》と呼ぶ。

 

「ルールの方は大丈夫ですね。――さて、対戦相手がやってきたようです」

 

 丁度ルールの確認を終えたところで、Bピットから対戦相手のオルコットさんが現れた。

 同時に管制室の中央モニターがオルコットさんの映像に切り替わる

 蒼い装甲に、騎士を思わせるフォルム。非固定浮遊部位には格納されたビット。手には長い特殊レーザーライフル《スターライトMkⅢ》。どれも収集した情報と合致する装備だ。決闘用に新装備を持ってきた様子はない。

 

「では、行きましょう。試合開始です」

『おう!』

 

 織斑くんの気合溜めのあと、試合開始のアナウンスが鳴った。

 

 

      ♡          ♣          ♤         ♦

 

 

「あら、逃げずにいらっしゃいましたのね」

 

 アリーナ中央。俺と対峙するなり、オルコットはお得意のポーズでそう言った。

 まるで勝ち誇ったような態度が気に障るけれど、ここはぐっと堪える。軽い挑発に乗って作戦を台無しにしてしまったら、俺は一生アリスに顔向けできない。

 

「今からでも遅くありませんわ。この場で降参なさったら? わたくしが勝つのは自明の理ですもの。戦っても観衆の前で惨めな姿を晒すだけですわよ?」

 

 素なのか、それとも挑発してこちらの心を揺さぶっているのか。

 どちらにせよ、俺の返事は既に決まっている。

 

「わかっていないな、オルコット。負けるより、ここでしっぽ巻いて逃げ出す方がよっぽど惨めってもんだ。俺は敵に背を見せない主義なんだ。例え負けるにしても、やられるときは前のめりだ」

 

 俺の覚悟と意気込みに、オルコットがフッと笑む。

 

「それを聞いて安心しましたわ。わたくしも逃げる相手の背を撃つのは好みません」

「俺も女を後ろから襲う趣味はない。だから、ビビって逃げ出す真似はやめてくれよ」

「あら、誰にそんな口を聞いているのかしら、わたくしはイギリスの代表候補生ですわよ」

 

 互いに引く気はない。その意気込みをぶつけ合うと、俺たちはジェネレーターの出力を上げた。

 待機から巡航へ。巡航から戦闘へ。膨大なエネルギーの供給を受けた<白式>が鬨の声を上げる。

 

<では、両者、試合を開始してください>

 

 山田先生のアナウンス後、セシリアがライフルのグリップを握り直す。

 それに合わせて<白式>が警報を鳴らした。

 

<――警報:入力データA3と照合。1.8秒後、射撃モーションに移行――>

 

 撃ってくる。

 アリスがデータを入力してくれていたおかげで、俺は早い段階から相手の攻撃を察知できた。

 

「では、踊りなさい、わたくしと<ブルー・ティアーズ>の奏でるワルツで」

 

 射撃モーション。俺は慌てる事なく、物理シールドを射線上に置く。

 直後、アリスの情報通りレーザービームと思わしき蒼い閃光が盾に命中した。

 

「うっ」

 

 眩い閃光に目が眩む。だが、物理シールドは何事もなくレーザーを遮断した。

 そのあとプシューと排熱処置が働き、加熱されたシールドが冷却される。

 

「へっ、狙撃は得意でも早撃ちは苦手か?」

 

 初手を防がれたことにやや驚き気味のオルコットを小ばかにして、構えを解く。

 オルコットは忌々しそうに、綺麗な眉を顰めた。

 

「対レーザーシールドですって?」

「アリスがおまえの主力はレーザービームだから、これもってけってさ。なんでもおまえのことを徹底的に調べ上げたらしいぞ」

 

 それこそ、専用機の性能から、操縦者のくせまで。

 俺が先の一撃を防げたのも、オルコットのデータ(クセ)をアリスが<白式>に入力しておいてくれたからだ。

 そのアリスが言うに、オルコットは精密射撃をするまえ、密かに銃のグリップを握り直すクセがあるらしい。いま<白式>はモーションセンサーでそのクセを逐次監視している。そして、それを検知したら、すぐ警告するよう設定されてある。

 

「わたくしのことを……? まさか、わたくしに模擬戦を申し込んできた方々は……!」

「詳しくしらんが、だろうよ。――ん、件のアリスからだ」

 

 俺は通信方式をプライベートチャネルから、オープンチャネルに切り替えた。

 

『ちなみに、私はあなたが愛読しているタブロイド紙の銘柄も知っています。オルコットさんは、ただれた男女関係のアンモラルな記事がお好みなようで』

 

 オルコットは顔を真っ赤にした。

 

「バッ、ばか言わないでくださいませ。わたくしはそんな低俗な物を読んだりしませんわッ! それはメイドが趣味で買っているだけで、たまたま、ちょこっと、チラっと見たことがあるだけです!」

 

 と、アリーナの管制室に向かってなにやら弁解するオルコット。

 毎度、毎度、『女王陛下より一角獣の~』と高貴さをアピールしている手前、大衆紙の購読がバレると恥ずかしいのだろうか。確かにオルコットって窓辺で詩集とか読んでいそうなイメージだしな。ゴシップはイメージじゃない。

 てか、スキだらけなのだが、攻撃してもいいのだろうか。

 

「おい、オルコット、試合の続きをしようぜ」

「わかっていますわよッ!」

 

 怒鳴りつけるなり、オルコットが《スターライトMkⅢ》の引き金を続けさまに引いた。

 発砲、発砲、発砲。降り注ぐレーザービームの雨を、俺は対レーザーシールドで防ぐ。箒との稽古が功を奏し、セシリアの攻撃に身体は難なく動いてくれた。箒との稽古がなければ、こうはいかなかっただろうな。さんきゅうな、箒。

 

「くっ、鬱陶しいですわね、そのシールド」

「俺はイラついているお前を見れて、愉快痛快だけどな」

「黙りなさいッ」

 

 オルコットがずっしりと《スターライトMkⅢ》を構える。狙撃で防御のスキを狙い撃とうというのだろう。だが、同時に“クセ”を検知した<白式>が射線とおよその着弾ポイントを計算して俺に報せてくれる。

 

「おっとッ」

 

 無理なく攻撃をかわした俺に、オルコットは綺麗に整った眉を吊り上げた。

 

「貴方も身を隠してばかりいないで攻撃してきてはどうですの? 防いでいるだけではわたくしに勝てませんわよ」

「そう言われてもな……」

 

 横目でシステムアップデートの進捗を示すウィンドウをみる。

 進捗具合は今で50%を少し超えたところだ。完了まであと5分ぐらいだろうか。それまではこうして逃げ回るしかない。たとえ、集音機能が『逃げ回っているだけじゃん』『つまんなッ』という観衆の不満を拾ったとしても。

 

 

      ♡          ♣          ♤         ♦

 

 

「織斑くん、やりますね」

 

 試合開始10分。一夏の奮戦に、山田先生が感動したように言った。

 今モニターにはオルコットさんの射撃をしのぐ一夏が映し出されている。彼の機動は危なげだが、訓練の成果が実り、今のところダメージらしいダメージは負っていない。イギリスの代表候補生を相手に大した健闘ぶりだといえる。

 

「特訓の成果がでているようだな」

「はい。彼の呑み込みの速さが成長に一役買ってくれました」

 

 当初、私の予想では基本操縦の体得に一週間かかると踏んでいた。けれど、実際にかかった日数は3日あまり。おかげで回避機動と空中格闘の特訓に時間を裂くことができた。これが大きい。

 

「ですが、喜んでもいられないようです」

 

 私は<白式>のステートに目を通して、僅かに渋面を作った。

 

「どうした?」

「システムのアップデートが予定より遅れています」

 

 メインモニターの端に表示されている進捗バーを示す。試合開始からすでに10分。にも関わらず、システムアップデートはやっと65%を超えたところだった。

 

「ヒカルノ、これは?」

「う~ん。戦闘中だし、負荷で処理に遅延が発生しているのかも。けど、それを加味しても65%は不可解だね。<白式>のプロセッサなら戦闘中でもここまで処理落ちしないはずなんだけどにゃー」

「もしや処理する情報量が増大した?」

「有力な考えだね。なにせ《雪片弐型》を作ったのはあいつだし。なんか仕込んであったのかも」

 

 苦笑する篝火さんに、千冬さんは忌々しそうに顔を歪めた。

 それが管制室内を不安な雰囲気にする。

 

「リデル、あのシールドの耐久値は? あとどれぐらい持ちそうだ?」

「冷却材には、まだ余裕があります。残り時間なんとか持ち堪えられるでしょうけど、それは戦況が“現状のままなら”という話です。もし反撃できないこちらの状況を覚られたら……」

「間違えなく全力で仕留めにかかってくるな」

 

 千冬さんの意見に同意して頷く。

 オルコットさんは<白式>の情報を持っていない。意図的にそう仕向けたからだ。可能な限り情報を秘匿したので、序盤は警戒して様子を見てくるだろうと予測していた。その間に“アップデートが終了すれば”というのが私の思惑だ。

 けれど、アップデートが長引き、こちらの不利を覚られたら、容赦はしてこないだろう。

 

「いまはこちらの不備が知られないことを祈るしかありませんね」

 

 とは言ったものの、オルコットさんもバカではない。攻撃してこない一夏に何か感づいているはずだ。《雪片弐型》が使えない今、全力で潰しにかかられたら、シールド在りきでも耐えきれるかどうか。

 

「大丈夫だ。あいつのしぶとさは私がよく知っている。簡単にやられたりしない」

 

 篠ノ之さんは、はっきりとした口調でそう言った。それに続いたのは千冬さんだ。

 

「そうだな。たとえ追い詰められても、きっと耐え凌ぐ。一夏はそういう男だ」

 

 彼女たちの発言が苦し紛れでないことは一瞬で判った。

 彼女たちは幼馴染であり姉だ。私などより長い時間、彼と苦楽を共にしてきている。その中で培われた言葉なら、これ以上に信頼できるものはない。

 

「そうですね。幼馴染のあなたがいうのなら、信じましょう、彼を」

 

 篠ノ之さんの言葉を信じ、私はモニターに意識を集中した。

 

 

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 試合開始から15分。アリーナ・ステージの観客席で、一人の生徒があくびを噛みしめた。

 

「ふぁあ~ぁ、なんだか、つまんないね」

「うん、男の方は逃げ回っているだけだし、退屈ぅ~」

 

 言ってまた欠伸をかみ殺す。

 希有な男性操縦者の一戦とあって、当初は活気づいていた彼女らだったけれども、一方的な展開に飽きが来ていた。それも無理のない話。観客は常に刺激を求めるものだ。変化の無い試合展開はどうやったって人を退屈させる。

 

「てかさ、相手はイギリスの代表候補生でしょ? 素人が勝てる相手じゃないじゃん」

「どうせISに乗れるから調子のったんでしょ。男ってそうだよね。すぐカッコつけたがってさ。現実が見えてないのかな」

「ホント、ホント。さっさと負けちゃえばいいのに」

 

 試合に飽きた観衆の空気は、いつしか“女に喧嘩を売った愚か者”を糾弾する空気へと変化していた。いまにも野次ひとつでバッシングが起こりそうな雰囲気だ。けれど、結果的にそうならなかったのは、ある生徒が彼女たちを諌めたからだった。

 

「あら、戦わずの傍観者が戦士を愚弄してはダメよ」

 

 そう言ったのは水色の髪をしたクセっ毛の生徒だ。手には近未来的な扇子が握られている。

 その扇子を開くと、そこには彼女たちを諌めるように失礼千万の文字。

 

「確かにこの試合展開、見世物としては盛り上がりに欠けるかもしれない。けれど、この試合はエキシビションじゃない。互いの矜持を賭けた決闘よ。観客を盛り上げる必要なんてないわ」

 

 彼女の言葉は正しかった。

 観客を気取っている彼女たちだが、本当はただの野次馬に過ぎないのだ。招待された客ならまだしも、珍しいもの見たさで寄ってきた野次馬を楽しませる義務など一夏にもセシリアにもない。

 

「それにあなた達にはわからない?」

「は? なにがよ?」

 

 彼女の問いに、生徒は疑問符を浮かべた。『どうせ、あの織斑一夏って子がイギリスの国家代表生に公開処刑されるだけだろ』というような、まるで解っていない顔だ。だとしたら彼女たちの観察力は幼いと言わざるを得ない。

 

「わからないなら戦局を見極める目を養った方がいいわ。でなければこの業界で生き残れない」

 

 ISの業界は、ISが定数しかないゆえに実力至上主義である。

 要は本当に優れた操縦者が467人いれば事足りるのだ。その467人に選ばれるべく強者が強者を蹴落としあっているこの世界で、戦局を見極められない者は真っ先に蹴落とされる。

 扇子少女の言葉はこの世界の極意を語っていたが、生徒は苛立だって立ち上がった。

 

「なによ、あんた、さっきから偉そうにさッ!」

「ん? だって、私、偉いもの」

 

 そういって、扇子少女がゆっくり振り返る。途端、女子生徒の顔が青ざめた。

 確かに彼女は自分たちより遥かに偉い立場の人間だった。

 なぜなら、彼女は全生徒を束ねる生徒会――その長だったのだから。

 IS学園は特殊な教育機関ゆえに、その生徒会もまた特殊な存在である。その長ともなれば、学園内での地位や権限は一般的な教員より上にある。そんな相手に啖呵を切ることが何を意味するか、社会に疎い十代の少女にだって理解できた。

 

「す、すみません、生徒会長ッ! 私、全然、気づかなくてッ、その……」

 

 いまさら言い訳を捻り出したところで手遅れだが、それでも生徒は体裁を取り繕うとする。

 しかし、当の生徒会長は気分を害した様子もなく大らかに言った。

 

「いいのよ。それより試合を楽しみましょう。きっと、ここからおもしろくなるから」

「は、はいッ!」

 

 器量の大きさに感動する女子生徒をさしおいて、生徒会長はアリーナに視線を戻した。

 そして何かを探るように扇子を口に宛がう。

 

(あの子たちは気付いていないようだったけど、彼は何か秘策を隠し持っている)

 

 けれど、それはイギリス代表候補生も薄々感づき始めているはず。

 それを易々と見逃してくれるような優しい相手ではないが。

 

(さあどうする、織斑一夏くん)

 

 すっと表情を険しくする生徒会長は、歴戦の(つわもの)を彷彿とさせた。

 

 

      ♡          ♣          ♤         ♦

 

 

(やりますわね……)

 

 試合開始16分。思いの外、動ける彼にセシリアは僅かな驚きを感じていた。

 けれど、焦りを感じるほどもでもない。操縦術、知識、経験、どれをとっても自分の方が一枚も二枚も上手だ。専用機の性能は未知数であるが、操縦者があれでは宝のなんとやら。

 

(このままいけばチェックメイトを掛けられるのはわたくし)

 

 そう、このままいけば――

 

(けれど、それではあまりに呆気なさすぎますわ)

 

 さきほどから彼は防戦に徹して、ろくに反撃してこない。時より散発的にライフルを撃ってくるが、どれも効果的な射撃ではなかった。むしろ下手過ぎて、話にならない。

 まるで素人の戦い方。

 もともと素人なのだし、この程度といえば、この程度なのかもしれない。

 けれど、どうにも腑に落ちない。釈然としないのだ。

 アリスは自分にこう言った。――『一夏をあなたに勝たせる』と。

 あれだけの大口を叩いたのだから、何か秘策があったはずだ。こんな幕引きを望んでいるとは思えない。だとしたら、彼の“逃げる”という行動には意味があるはず。セシリアはその意味について考えた。

 

(何かの時間稼ぎ? それともこちらの消耗を狙っているのかしら)

 

 あちらはこちらの機体特性を把握している。当然、この機体の弱点も。

 <ブルー・ティアーズ>は強力なレーザービームを装備しているが、その照射には膨大なエネルギーを消費する。そのエネルギーを自機の動力で賄っているため<ブルー・ティアーズ>は長期戦を不向きとしていた。

 

(長期戦に持ち込んで、こちらが後手に回ったところを反撃する魂胆かしら……)

 

 だとしたら、この中盤はエネルギーを温存し、様子を窺った方が賢明だ。

 けれど、もし時間稼ぎが目的なら――その行動は完全な裏目。相手の思う壺だ。

 

(そういえば――)

 

 そこでセシリアは今朝のHRに千冬がいなかったことを思い出した。

 

(なぜかしら、あの厳格な織斑先生がHRに来ないだなんて……。――もしや!)

 

 その時、セシリアに閃きが走った。

 

(もし彼の専用機に何かトラブルがあり、そのために織斑先生が駆り出されたのなら――)

 

 そして、そのトラブルが未だに解決しておらず、攻撃に転じられないのなら――

 全てが腑に落ちた気がした。彼は攻撃してこないのではなく、できないのか。

 

(だとしたら、彼が逃げの一手であるのも頷けますわ)

 

 なにせ、まっとうな攻撃手段が無いのだから、防御にまわるしかない。

 ここはエネルギーを温存せず、もっと攻撃に転じるべき。出し惜しみをすべきじゃない。

 生憎、セシリアに“相手が万全な状態になるまで待ってやろう”という気概はなかった。

 これは真剣勝負だ。真剣勝負だからこそ狡猾に勝ちを拾いにいく。

 プロ世界の厳しさを教える意味でも、セシリアは自機のとっておきを出すことを決めた。

 

「お往きなさい、《ブルーティアーズ》!」

 

 

      ♡          ♣          ♤         ♦

 

 

 

 <ブルーティアーズ>の非固定浮遊部位から放たれたフィン状のパーツは、それ自体が命を持ったように、飛び出していった。

 BTレーザーを装備した攻撃機動端末――通称ビットは操縦者の攻撃イメージを<イメージ・インターフェース>から読み取り、体現する攻撃兵装だ。制御に鮮明な想像力とそれを描き続ける精神力が必要であるため、これを戦闘レベルで扱える操縦者は、英国にも10人といない。けれど、じゃじゃ馬が乗りこなせれば名馬となるように、ビットも使い熟せれば強力な武器になる。それが一夏に牙をむいた。

 

『ついに出してきましたね。一夏、高度を下げてください!』

「おう!」

 

 一夏はバトルフィールドにしていた上空30メートルの高度を一気に1メートルまで落した。

 ビットの特性は、その機動性を活かした包囲攻撃だ。ライフルのような一方向からの攻撃ならシールドで対応できるが、多方向から攻撃されては防御しきれない。そこで一夏は高度を落とすことで、まず下方からの攻撃を封じた。さらに観客席まで後退し、背面への侵入を防ぐ。

 だが、それが根本的な対策にはなっていないことは、セシリアにも御見通しだ。

 

「それで《ブルーティアーズ》を看破したおつもり?」

 

 セシリアは鼻で笑った。

 

「甘いですわ。わたくしの可愛いしもべからは簡単に逃れられなくってよ」

 

 セシリアは猟犬をイメージした。俊敏に敵を追い詰め、鋭い牙で得物を捉えるイメージだ。

 わたくしはハンター、彼を狩るもの。

 そう念じ、ビットに命令を下す。ビットたちはその命令(イメージ)を忠実に再現した。

 まるで訓練された軍用犬のような二次元機動と集団戦法でビットが一夏を追尾、包囲する。やがてアリスの対抗策はセシリアが思い描く勝利のイメージによって塗り潰された。

 

(捕えましたわッ!)

 

 敵の包囲を感じ取ったセシリアは目を瞠ってビットたちに攻撃命令を下した。

 命令信号を受けたビットが、銃口から一斉にレーザーを照射する。

 殺到するレーザービーム郡に、一夏は比較的包囲が甘い上方に機体を逃がした。

 素人とは思えない判断だった。おそらく背後にいるオペレーターの指示だろう。けれど、セシリアの執念か、包囲発砲した一発が離脱する一夏の物理シールド、その冷却システムに命中した。

 加熱された冷却材が暴発し、物理シールドがあるべき機能を失う。

 そこに生じた僅かなスキを、セシリアは見逃さなかった。すかさず腰部のミサイルユニットを可動させ、レーザーブースターに火を入れる。

 

「いただきましたわッ」

 

 発射。打ち出されたミサイルは青い火を曳きながら一夏を破壊せしめんと誘導装置(シーカー)を起動させた。PPPと<白式>の電子アラートがミサイルの接近を報せる。しかし、シールドの誘爆で動きが止まっていた一夏は、これに対応できなかった。

 

「しまっ――」

 

 物理シールドを投げ捨てると同時に、ミサイルは<白式>に着弾した。

 高性能爆薬による凄まじい爆風で、舞い上がる粉塵。その煙幕に、誰もが<白式>の状態を確認できなくなる。

 けれど、これほどの爆発。無事で済すはずがない。

 観客の誰もがセシリアの勝利を確信する中、彼女は燃え上がる煙を淡々と睨めつけた。

 

(意外と手古摺らされましたわね)

 

 正直な感想だった。まさかイギリス代表候補生の自分がこんなに手古摺らされるとは……。

 しかし、腹立たしいという感情はない。むしろ自分相手に頑張ったと賞賛する気持ちすらあった。

 だから、労いの言葉ぐらいかけてやろう。――そう思った次の瞬間だ。

 アリーナを覆っていた土埃が、突如巻き起こった衝撃波によって吹き飛ばされた。

 晴れる視界の中から現れる<白式>。それに沸く観客席と管制室。そして――

 

 

「待たせて悪かったな、オルコット――――決着の刻(ショーダウン)だ」

 

 

 銀光を放つ眩い“刃”を手にした彼は不敵に笑った。

 

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