IS<インフィニット・ストラトス>―Deus Ex Machina   作:ネコッテ

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先週分


第69話 文化祭一日目――午前

 時は流れて、学園祭当日。学園祭を控えて改装された一年一組の教室はすっかりと飲食店に変貌を遂げていた。簡易ではあるが、システムキッチンが設けられ、フロアには綺麗なテーブルクロスを引いた席が12席ほど並べられている。

 生まれ変わった教室の中央で、私たちは最後のミーティングを行っていた。

 

「みんな、準備よくがんばってくれた。おかげで無事、こうして開店に漕ぎ着けられた。でも、本当に大変なのはこれからだ。今年はISエキスポが行われることもあって、例年より来校者数が増えるらしい。事故の無いよう、心して接客にあたってくれ」

 

 クラス代表であり、出し物の最高責任である一夏が、整列したクラスメイトに言う。

 私たちを含めたクラスメイトは「はい!」と強く答えた。一夏は頷き「とまあ、固い話はこれぐらいにして」と話を切り替える。

 

「みんなが楽しみにしている打ち上げだが、俺とアリスでいい店を予約したから、期待してくれ」

 

 寝耳に水の情報でクラスから「おお」という声が上がった。

 

「じゃあ、必ず一位を取ろう。――ミーティング終了。全員、持ち場についてくれ」

 

 その一言でフロアマネージャーのラウラが各位に指示を飛ばす。

 

「まず、第一侍女小隊は、配布した奉仕手順(MOP)に従って第二次戦闘配備で待機。来客の入店次第、第一次戦闘配備だ。第二侍女小隊は二組と四組の偵察に迎え。可能ならこちらに客を誘導しろ」

『イエス、ハウスキーパー』

 

 きびきびと敬礼し、相川さんと谷本さんが教室を出ていく。

 事前にラウラが調べた情報――というか本人から聞いた話なのだけど、2組と4組も私たちと同じ飲食系の出し物らしい。ライバル店も同然なので、偵察を送って繁盛具合を探ろうというのだろう。

 

「ラウラさんったら、張り切っておりますわね」

 

 と、セシリアが言った。

 クラシカルなロングスカートのメイドに身を包み、胸にはパーラーメイドの缶バッチ。彼女には接客を担当してもらうことになっている。なぜって、店から食中毒者を出さないためだ。

 

「一学期は迷惑をかけたから、その詫びにクラスを一位にしたいと言っていました」

「まあ、あのラウラさんが。――では、わたくしたちもがんばらないといけませんわね」

「ええ、がんばりましょう」

 

 力強く答えると、二名の男性客が入店してきた。それを「いらっしゃいませー」と出迎える。

 さあ、文化祭一日目の始まりだ。

 

 

     ♡          ♣          ♤         ♦

 

 

 IS学園の文化祭は、今日から二日間にわたって行われる。その二日間、立ち入り禁止であるIS学園も一般開放されるため、制服姿の生徒、私服姿の一般客、背広姿の企業人など、さまざまな客層が俺たちの喫茶店を訪れていた。おかげで多大な繁盛ぶりで、入り口には長蛇の列ができている。俺たちもその対応に忙しなく追われていた。

 

「一夏、行列の客から「まだか」と苦情が殺到しているんだが、どうする?」

 

 厨房に入ってくるなり、巫女さん姿の箒がそう言った。

 

「どうすると言われましても、待ってもらう他ないだろ」

 

 と、フライパンの柄を叩きながら、オムレツの形を整える。

 もともと、俺たちの喫茶店は、一人のお客に充実したサービスを提供することで、利益を出すシステムになっている。回転数を上げて利益を出す形態じゃないので、どうやったって待ってもらうしかない。

 

「だが何も対応しないわけにもいかないだろ」

「大丈夫だ。この事態は想定済みだ」

 

 と、厨房に入ってきたのは、両手に皿をもったラウラだ。

 ラウラは皿をキッチンに置き、手の空いていた接客メイドの相川をこちらに呼んだ。

 

「相川少尉(パーラーメイド)、ちょっとこい」

「何でしょう。ボーデヴィッヒ少佐(ハウス・キーパー)

「並んでいる客から不満が噴出している。そこで相川少尉にはその沈静化に当たってもらいたい」

 

 ラウラはキッチンの戸棚を開け、クッキーのたくさん入った籠を取り出した。

 

「待たせている詫びとしてこれを配ってこい」

「了解しました」

 

 相川が敬礼し、クッキーを持って踵を返す。

 俺と箒は顔を合わせた。いつの間にこんな物を用意していたのだろうか。

 

「シャルロットに頼んで、今朝、作ってもらったのだ。食糧配布は民間作戦におけるハーツ&マインドの基本だと、この本に書いてあったからな。それを参考にさせてもらった。おまえたちも読むといい」

 

 と箒に「自衛隊、彼の地を往く~自衛隊はなぜ世界から感謝されるのか~」という本を渡す。

 俺は「民間作戦」の知識が接客に活きた驚きもさることながら、事態を予測した危機管理能力とその対応能力は、さすが特殊部隊の隊長だと、心の底から感心した。

 同時にクラスのためにそうまでするラウラの熱意が、クラスに伝わればいいなと思う。

 

「うむ、ラウラのやつ、がんばっているな」

 

 そう言って厨房に入ってきたのは千冬姉だ。

 千冬姉は、メイド服姿で給仕するラウラを見やり、堪えらずといった具合で笑いをこぼした。

 

「しかし、あいつのメイド姿を見るような日がこようとはな、クク」

 

 誰よりも過去のラウラを知っている千冬姉だから、今のラウラの姿がおかしいらしい。俺はよく似合っていると思うのだが、千冬姉は湧き上がってくる笑いを必死にこらえていた。

 

「そう笑ってやるなって。がんばってんだから」

 

 特に千冬姉に笑われたら、本人はきっといたたまれなくなる。

 

「すまない、すまない。昔の刃物のようなあいつを知っているとな。ま、滅多に見られんあいつのコスプレを楽しませてもらうとしよう」

「そういう千冬姉はコスプレしないのか?」

 

 クラスは先生も含めてクラスだ。

 先生も参加してこそ、初めてクラスの出し物として成立するじゃなかろうか。

 

「何を言う。しているだろ。女教師の」

「それはコスプレじゃなくて本業だろ!」

「なんだ、ムキになって。そんなに姉のコスプレがみたいのか?」

「違うよ。千冬姉は知名度高いし、何かしてくれたら集客につながるかな、と」

 

 なんせ、千冬姉は<ブリュンヒルデ>だ。21世紀の輝く女性100人に選ばれたこともある。その千冬姉がコスプレしてくれたら、すごい宣伝効果になるんじゃないかな、と。

 

「一応、ウェディングドレス、とかあるけど……」

 

 俺は恐る恐る隅にかけられた豪奢なドレスを指さす。

 

「馬鹿者、誰が着るか。――さては貴様、あれを着せて私の心変わりを狙っているな?」

「ちっ」

 

 俺は顔をそむけて舌打ちした。セシリアのいうウェディングマジックとやらにかかってくれればと思ったが、そう甘くはなかったか。つーか、千冬姉は結婚願望なさすぎなんだよなぁ。

 

「なに、おまえが一人前になったら、見合いでもなんでもしてやる。いらん気を回すな」

 

 そうは言うけど、俺が成人する頃には、千冬姉、30手前のアラサーだぜ? おんなって、綺麗でも婚期を逃すと本当に結婚できないっていうから、心配なんだよ。

 

「それより、おまえは私の心配より自分の心配をしたらどうだ?――先ほどリデルとすれ違ったら、知人を迎えにいくと言っていたぞ。もしかしたら、ボーフレンドを迎えに行ったのかもしれんな」

 

 千冬姉のいじわるに、俺の視線が泳ぐ。

 

「そ、そりゃ、アリスは可愛いいけどさ」

 

 でも、あのアリスだぞ。あいつに限ってボーイフレンドなんて――そんなことを考えていると、件のアリスが誰かと入ってきた。

 入ってきたのは、二頭身のずんぐりむっくとした着ぐるみの二人組だ。片方は男の子で、もう片方は女の子。どちらも「僕の夏○み」に登場しそうなゆるいデザインで、なんとなく俺と千冬姉を二等身デフォルメしたようなキャラクターだ。

 何かのイベントかと客がざわつくが、そうではない。

 

「アリス、その人たちは?」

 

 アリスはババンと派手にゆるきゃらを紹介した。

 

「紹介します。おともだちのデウスくんと、マキナちゃんです」

 

 アリスの紹介でふたりのゆるいキャラクターは短い両手をぶんぶん振り回した。

 

『はじめまして~、デウスだよ~』

『マキナだよ~』

 

 俺と千冬姉を始め、箒やセシリア、シャルロット、ラウラまでアリスが連れてきたお客にぽか~んとする。どう応対していいのか、みんな困っている様子だ。

 

「おい、アリス。何者だ、この人たち……」

「聞いてなかったんですか。私のおともだちですよ。デウスくんとマキナちゃんは機械の惑星からやってきた、その星の王子様とお姫様なんですよ。『ぜひIS学園の文化祭を見て回りたい』と言うので、ロリーナが作った――ごほん、ともかく案内してきたのです。ね、デウスくん、マキナちゃん」

『そうだよ~、みんなよろしく~』

『よろしくね~』

 

 まるで幼児番組のように、ぴょんぴょんと飛び跳ねて愛想を振りまくデウスくんとマキナちゃん。名前からして<デウス・エクス・マキナ>の人なのだろうけど、なんでわざわざこんな格好を……。

 

「なあ、中に誰が入っているんだ?」

「は? 何を言っているんですか? 中に誰もいませんよ?」

「いや、どう見たって――」

「 い ま せ ん よ ?」

「お、おう」

 

 ぐわった瞳孔を開き、有無を言わせない気迫を発するアリスに俺は腰が引ける。

 これ以上の追及は俺の身に危害が及びそうだった。この世には知らなくていいこともある。

 

「さあ、みなさん、いいですか。二人は機械の星からやってきた王子様とお姫様なんです。粗相があったら、国際問題どころか宇宙問題ですからね。失礼のないようにしてください」

 

 何か腑に落ちないものを感じるが、お客だというなら相応の対応を取るべきだろう。

 というわけで、俺たちはこのゆるキャラを持て成すことになった。

 

 

 なぞの来客者、デウスくんとマキナちゃん。この二人の接客役に選ばれたのは、俺と――千冬姉だった。「なぜ千冬姉?」という疑問を抱えつつも、俺はマキナちゃんの隣に腰を据えた(千冬姉本人は嫌がったがラウラに「どうか」と頼まれた)。

 

「えっと、よろしくお願いします」

『よろしくだよ~、マキナはね織斑一夏くんに会えて、とってもうれしいよ~。えへへ~』

 

 とマキナちゃんがニコニコしながら、コミカルに大きな体をゆらす。

 キャラ設定なのか、はたまた中の人の素なのか。ともかくマキナちゃんはすこぶる機嫌がよさそうだ。

 そのとなりでは、デウスくんがなぜか千冬姉を「高い高い」をしていた。ずいぶんと千冬姉を子ども扱いだ。千冬姉も千冬姉でなんだか恥ずかしそうだし。まぁ、デウスくんの接客は千冬姉に任せて、俺は自己紹介から始めた。

 

「えっと、初めまして、織斑一夏です」

『知ってるよ、マキナは織斑一夏くんのこと、すご~く知ってる。初めて歩いた日も、乳離れが遅かったことも。働く車は救急車が好きで、ピーマン見るとデストロイしちゃうぐらい嫌いなことも、み~んな、知ってるよ』

 

 え、なんで、そんなことまで知ってんだ……

 確かに昔はピーマンが嫌いで、食卓に出ると「ここから出ていけ」と追い出していたが。

 

『他にもマキナはアリスちゃんから、いっぱい、君のこと聞いたよ』

 

 アリスが俺のことを? 一体アリスは俺について何を話したのだろうか。

 

「えっと、アリスは俺のことをなんて?」

『女の子にモテモテなんだって~。きゃっきゃっ、うふふなんでしょ?』

 

 マキナちゃんが茶化すと、箒がコップを倒し、セシリアが盆を手で躍らせた。ふたりして頬が赤い。なぜ、おまえらが反応する……。

 

『でも、マキナは心配なんだ。女性関係のトラブルには気を付けるんだよ?』

「はあ……確かによく女難の相が出ているって言われますけど」

 

 しかも、占ってくれた占い師からは『代金はいらないから強く生きろ』とまで言われた。

 「まあ気をつけます」と答えた俺に、マキナちゃんはなおも「食事はバランスよく」だの「勉強は大事だ」だの、「金銭はトラブルの元」だの、私生活についてとやかく言ってくる。そのたび、俺は「はあ」とか「へぇ」とか生返事を返した。

 つーか、なぜゆるキャラに身の回りの心配をされているのだろうか。こいつは俺のお袋か。

 いい加減、マキナちゃんの小言が鬱陶しくなってきた俺は、話をぶった切った。

 

「えっと、うちではこのようなメニューを取り扱っているんですが、ひとつどうですか?」

 

 飯を食える仕様なのか判らないが、メニュー表を渡してみる。

 マキナちゃんは「じゃあ、何か頼もうかな」と喜んで選び始めた。た、食べられるんだ……。

 

『じゃあ、マキナはこの『メイドさんの手作りオムレツ』がいいな! 一夏くんが作ってくれるんでしょ!』

 

 そこへ、これまたなぜか千冬姉を肩車したデウスくんがやってきて言った。

 

『あ、いいな、いいな! デウスは千冬さんのオムレツ食べたいよ!』

 

 何がそんなにうれしいのか、ハイテンションで『これ!これ!』と注文する二人。

 それについていけない俺たちは『はぁ、かしこまりました……』と重い溜息をつき、厨房に入った。

 

 その厨房にて――

 

「千冬姉、ちゃんとできる?」

「あ、ああ」

 

 といっても、生まれてこのかた料理なんてしたことのない千冬姉の手つきはおぼつかない。

 案の定、力みすぎで卵の殻を入れる。フライパンが熱くなるまえから卵を流す。そしてお約束のようにスクランブルエッグにする始末。正直。アリスよりひどい腕前だ。

 しかし、料理の出来上がりも然ることながら、俺はしきりにこぼしている千冬姉の愚痴が気になっていた。「何を考えているんだ」とか「バカなのか」とか。

 

「なぁ、千冬姉」

「なんだ、一夏」

「焦げてるんだけど……」

「!?」

 

 

 

 

「はい、お待ちいたしました」

 

 俺はできあがったオムレツをテーブルに置く。そしてケチャップを取って「何を書きましょうか」と尋ねた。この『メイドさんの手作りオムレツ』はサービスとしてメッセージを書いてもらえるのだ。

 

『“いつもありがとう”って書いてくれると、マキナはうれしいな!』

 

 え?――まあ、デウス・エクス・マキナの人には、世話になったしな。

 

「では、“いつもありがとう”っと。これでよろしいですか?」

『きゃふー、マキナはこれであと10年は余裕でがんばれるよ!』

「そ、そうですか」

 

 感激を表すように両手をばたつかせるマキナちゃんを、俺は引き気味に見る。

 このひと、俺のやることなすこと、全部に興奮してんなぁ……何がそうさせるのやら。

 そんなハイテンション・マキナちゃんの隣では、デウスくんが自分に出された(千冬姉の)オムレツと、マキナちゃんに出された(おれの)オムレツをしきりに見比べていた。ま、千冬姉のオムレツはオムレツの名を借りたスクランブルエッグだから。ここが普通の飲食店なら『店長を呼べ!』のレベルだ。

 

『こ、これスクランブルエッグだよね?』

 

 どん ← 千冬姉がフォークをテーブルに突き立てる音。

 

「オムレツだ」

『う、うん、そだね。オムレツだね。どこからどう見ても』

 

 迫力でオムレツと認めさせる千冬姉に、デウスくんは戦々恐々の様子だった。

 そんな一連の様子を見て、マキナちゃんがむふふと笑う。

 

「千冬ちゃんは、昔から家庭科が苦手だったからね」それから急に神妙な面持ちになって『ちゃんと花嫁修業もするんだよ? あ、それと、弟は嫁入り道具に入らないからね。嫁ぎ先に持っていっちゃダメだよ?』

 

 なぜか俺はそれがマキナちゃんの心からの声に聞こえた。

 千冬姉は額に大きな怒りマークを浮かべ、ケチャップをひったくるなり、ぶりゅぶりゅと、スクランブルエッグの上に文字を書いた。

 

『黙って食え。さもなくば、叩き出す』

 

 赤いケチャップで書かれた文字は、サイコホラーによくある「殺人現場に残された怪文章」のようだった。それに恐怖したマキナちゃんが俺に抱きつく。さすがに客を怯えさせるのは如何なものかと、フォローを入れた。

 

「千冬姉、もうちょっとやさしくさ……」

「ふんッ……」

「マキナちゃんもそう怯えないで。さあ、食べてください」

『う、うん。じゃあ、もらうね~。いただきま~す』

 

 ぱくっとマキナちゃんが俺の作ったオムレツを頬張る。とたん、満面の笑みを浮かべた。

 

『はにゃー、おいしい、おいしいよ、一夏くん。マキナはこんなおいしいオムレツ、いままで食べたことないよ! これなら毎日でも食べられるね。というか食べたいね!』

「いや、体に悪いので毎日はやめてください。コレステロール高くなるんで」

『きゃふー、一夏くんに体の心配されちゃったよ!』

 

 そんなに心配したわけじゃないのに、マキナちゃんは感極まったようすで、となりのデウスくんの肩を「いいでしょ~」みたいにバシバシとたたく。

 そのデウスくんは、すごく慎重な手つきで千冬姉のオムレツを食べていた。そして、食べるたびに目をスロットのように回転させてマークを出す。

 相当にまずいらしい。

 それでも、デウスくんは文句ひとつ言わず、食べきる。かわいい顔して男気のあるキャラだ。

 そしてマキナちゃんもぺろっと俺のオムレツを平らげる。

 

『ふう、ごちそうさま。はぁ、美味しかった――じゃあ、次はどれにしようかな』

 

 と、オムレツを完食したマキナちゃんが再びメニューを開く。まだ居座る気らしい。

 そんなとき、デウスくんの腕時計がピピピと鳴った。それを止めてぽんぽんとマキナちゃんの肩を叩く。

 

『マキナ、マキナ、そろそろ次の仕事だよ』

『え゛』

 

 マキナちゃんがゆるキャラっぽくない声音で言った。たぶん、中の人の素の声だ。

 

『も、もう?』

『うん、もう』

『あ、あと10分だけ……だめ?』

 

 マキナちゃんは別れを惜しむようにすす~と俺にすり寄り、懇願する眼差しを向ける。

 よほど、帰りたくないらしい。けれど、現実は非情、とりわけ千冬姉は厳しかった。

 

「よし、お客様のお帰りだ」

 

 千冬姉は、この時を待っていたかのように、マキナちゃんの首根っこを掴んで出口に引っ張っていった。その様子はあたかもゴミを出しに行く主婦のようだ。マキナちゃんを完全にゴミあつかいだった。

 

『千冬ちゃん、今日はごみの日じゃないよ。というか、マキナはごみじゃないよ』

「知るか。さっさと出ていけ。そして二度と来るな」

 

 掴んでいたマキナちゃんを出口に立たせ、やくざキックで追い出す。そのあと、ひと掃除終わったかのようにパンパンと手を払った。あまりにぞんざいな扱いにマキナちゃんもさすがにオコだ。

 

『もおー、なんでそんなひどい扱いするのー!』

「おまえが嫌いだからに決まっているだろ。――なんだ、こんなカッコまでして! 私たちをバカにしているのか!?」

 

 いままで堪えていたものが爆発したのか、千冬姉はついに出席簿を取り出してマキナちゃんに見舞った。その衝撃でマキナちゃんから何かがぽろっと落ちる。――落ちたのは首だった。

 思わぬアクシデントに、マキナちゃん本人が慌てて顔を隠す。

 

「ちょ、ちょっと、千冬、なんてことするの! 取れちゃったじゃないッ」

 

 中の人の生声は思いのほか若々しかった。年齢は30ぐらいか。俺はもっとよく見ようと目を凝らした。――次の瞬間、アリスが俺の方へ勢いよく飛び掛かってきた。

 

「こら、一夏、見ちゃだめですッ」

 

 そう言って、アリスは俺の目の高さまで飛び上がり、ふとももで俺の顔を挟んだ。そして、バク転の要領で反り返り、俺の背中を床に叩きつける。見事なフランケンシュタイナを炸裂させたアリスは、俺の上に馬乗りになったまま、デウスくんに言った。

 

「デウスくん、いまのうちに」

『うん、アリスちゃんありがとね。――ほら、マキナ、早く行くよ』

「あ、まって、――――じゃ、じゃあね。一夏くん。またくるからね」

 

 俺が倒れている間に、マキナちゃんとデウスくんが大急ぎで店を飛び出していく。マウントを取られたままの俺はそれを見ることさえ叶わない。結局、俺はマキナちゃんの中身を確認することができなかった。

 

「一夏、見てませんね?」

 

 アリスが両手で壁ドンならぬ床ドンで訊いてくる。

 グっと近づいてきた顔に、俺はしどろもどろになりながら答えた。

 

「お、おう。よくみえなかった」

 

 姿は黒髪のようで、年齢は三○ぐらいに見えたが、それ以外はおぼろげだ。アリスのスカートの中を至近距離で拝まされたせいで、そちらばかり映像に残っている。ちなみに今日はピンクだった。

 

「ならよろしい」

 

 と、俺から退き、手を伸ばす。

 その手を借りて立ち上がったあと、俺は衣服の埃を払いながら、改めて騒動の終始を思い返した。

 

「一体なんだったんだ?」

 

 アリスがパンツを見せてまで正体を隠した理由も然ることながら、なにより千冬姉が二人にすごく苛立っていたことが気になった。その千冬姉といえば「教官、一体何があったのです」と問うラウラたちに「なんでもない。あいつを出禁指定にしておけ」と言っている。

 出禁とは手厳しい。千冬姉は何であの人たちに、あそこまで辛辣だったんだろうか。

 

「なあ、千冬姉」

 

 終始、カッカしてばかりだった千冬姉の様子を伺うと、無言で顔をそむけられた。相当イライラしているなこりゃ。でも、たぶん、心から怒っているわけじゃないのだろう。なぜって、マキナちゃんに対する扱いが束さんのそれに似ていたから。

 

「本当に誰が入っていたんだ?」

 

 文化祭一日目、俺はずっとそればかり考える羽目となった。

 

 

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