IS<インフィニット・ストラトス>―Deus Ex Machina 作:ネコッテ
IS学園の生徒と教員はあらゆる組織・機関からの干渉を受けない。だが対象が学外にいる場合は、その効力で保護できない。そこで私たちが継母の許からシャルロットを奪還することにした。
そのシャルロットの所在は、メダリオに仕込んだGPSによって特定できた。その位置情報をデジタルマップに重ね合わせたところ、彼女はIS学園南30キロにあるビルの一角にいることがわかった。現在、私たちはそのビルへ向けてミニバンを転がしている。
運転手はクラリッサさん。私とラウラ、フィーネさんは、バンの後部で状況を開始した。
「では、状況を開始します」
私はデジタルマップを展開し、目的地の見取り図を表示させた。
「このビルはデュノア社が経営難で閉鎖した支部だそうです。構造は六階層と地下からなります。屋上にヘリポート。おそらくここからヘリに乗り換えるつもりです」
「ヘリに?」
「現在、<更識>が警察庁に要請して検問を張ってくれています。ですが、相手側もそれを予測していたのでしょう。検問に掴まることを懸念して、移動手段をヘリに替えるつもりです。おそらく目的地はココでしょう」
私は地図の一角にまるを書く。
「新設されたプライベートジェット機専用の空港施設だな」
IS学園は国際的な教育機関だ。海外から多くの政府関係者が視察にやってくる。そこで交通の便をよくするため、いくつか交通インフラが行われた。そのひとつが、プライベートジェット機が離着陸できるこの空港だ。セシリアもここに自家用のプライベートジェット機を置いている。
「国外に逃げられたら厄介だな。この支部内で奪還することがベストか」
「ですが、簡単にはいかなそうです」
私はいくつの航空写真を広げる。
その一枚にはラフな衣装で銃器を携帯している人影が写っていた。
「彼らは
<バイオショック>による「原油価格の値下がり」と「食糧不足が深刻化」の影響で、中東やアフリカでは内戦が激化している。国連も機能不全に陥っているから、抜本的な対策に乗り出せていない。
そんな背景があって、現代は正規軍に代わって戦闘を代行する戦争請負企業が爆発的に普及しつつある。主な業務は代理戦闘や兵站だが、こういった施設警備を請け負うことも多い。
「デュノア社は警備をPMCに依頼しているようです」
「この帽子のロゴ、<ピューブル・アルメマン社>だな」
<ピューブル・アルメマン>は、「あなたの戦争に蛸の手をお貸しします」そんな売り文句で急成長したフランスの大手PMCだ。国内にとどまらず、北アフリカ方面の紛争地帯でよく見かけることができる。
「数は4名ほどですが、まず彼らの警備を突破する必要があるでしょう」
「では、我々が正面から突入して連中の注意を引きつけよう。数的有利はあちらにあるが、時間を稼ぐぐらいならできる。われわれが連中をひきつけている隙に、おまえはココの非常階段から屋上に上がり、ヘリを押さえろ」
「わかりました。それとPMCのほかに、厄介な敵がいます」
私は一枚の写真を加える。
その映っていたのは、タコのような円盤状の機械を被った兵器だ。
「ラフィング・オクトパスか……」
笑う蛸。パリコレで公開された新型のパワードスーツだ。
PMCが武器メーカーと契約して、兵器の実戦データ収集を引き受けることはよくある。ただ写真のラフティング・オクトパスは自動人形による無人仕様に変更されているようだった。全身を包むラーバーアーマーの合間から球体関節が見えている。
「これに加えて、月光が二機、周囲を警戒しています」
「アーヴィングですか。厄介ですね」
フィーネ曹長が難しい顔で言った。鍛えられた特殊部隊でも、月光のような無人兵器は忌避すべき脅威だ。対人火器では有効なダメージを与えられないうえ、機動力もある。そのため、基本的に戦闘は避け、戦闘ヘリやISで対処することが戦術のセオリーとされる。
「月光の全長なら室内での活動はかなり制限されるだろう。室内に逃げ込めば問題ない。しかし、見取り図といい、敵の戦力といい、偵察も無しに、よくこれだけの情報を集められたな」
「しましたよ、偵察。妹にお願いをして」
航空写真はイーディスに撮影してもらったものだ。
<リリィ>の<ビショップ>パッケージには高解像度のカメラと、高出力波の減衰率を計算して内部構造を走査する特殊レーダーがある。その二つの機能を用いてビル内部の情報を持ち帰ってきてもらったのだ。
「妹がいたのか!?」
ラウラは碧眼を見開いた。
「血は繋がっていませんがね。機会があれば紹介しましょう。まずはデュノアさんの奪還です」
そこで通信機が鳴った。通信相手は会長だ。
『アリスちゃん、家の者を派遣して、空港を押さえたわ。最悪の場合はこちらで対処する』
「頼もしい限りです」
『シャルロットちゃんを守れなかったのは<生徒会>の失態でもあるからね。更識もバックアップさせてもらう。――ん、簪ちゃんどうしたの? うん、わかったわ。簪ちゃんと変わるわね』
『……アリス、<赤騎士>のことだけど』
現在、コアが停止した<赤騎士>は簪に預けてある。
「なんとか、なりそうですか?」
『……わからない。……コアを停止させる能力なんて事例がないから、どうしたらいいのかも』
コアの解析が遅れている理由に、内部構造がわからないということが挙げられる。コアの外殻は電磁波、音波、X線さえ通さない。力づくでこじ開けようとすれば、破損する恐れもある。そんな物質Xであるコアを再起動するのは至難の業だろう。それでも私は言った。
「なんとか再起動させてください。もしかしたら<赤騎士>が必要になるかもしれません」
『……そういうなら、アリスも方法を考えてよ』
「え、そうですね。叩いたりとか、振ったりとか」
『……うん、聞いたわたしがバカだったね……』
音声通信だったけど、回線の向こう側で深い溜息をつく簪が容易に想像できた。
「と、ともかく、がんばってみてください」
『……うん、<レッドクイーン>は生きているし、がんばってみる』
「お願いします」
返事のあと通信をオフにする。
夫人の包囲網は確実に構築されつつある。あとは私たちがうまくやれるか。
「嫁、そろそろ目的地に到着する。準備しろ」
「はい」
私はメイド服の上からタクティカルベストをまとい、M203グレネード装備のM4を持つ。さらに腰のベルトラインに40ミリグレネード弾を差していく。そのとなりでは、ラウラがG3自動小銃を装備し、サブウェポンにP9を腰のホルスターに収めていた。最後にM72Lawのベルト肩にかける。フィーネさんも分隊支援火器に給弾ベルトを差し込んで、そのカバーを閉じた。
装備が統一されていないわけは、すべて私の私物だからだ。
ラウラは、G3のスライドを引いて初弾を込め、バンの後部のドアを開けた。
「我々はこのまま正面から突っ込む。おまえはシャルロットを助けにいけ」
「では、お互いに健闘を」
私はパラシュートバックをひったくり、バンから飛び降りた。着地の衝撃と慣性を転がることで殺す。そして、遠ざかる白いバンを見送ることなく、私は走り出した。
アリスを下ろしたミニバンは減速することなく、警備していた月光の踏みつけをひらりとかわし、ビルの正門からエントランスに突っ込んだ。
ビル内は既に撤収作業が終わっており、何もなかった。天井に巨大なシャンデリアがぶら下がっている以外は殺風景な社内だ
クラリッサはハンドルを大きく切って、車体の前部と後部を綺麗に入れ替えた。
PMCが警備にあたっていたが、「どうした」とも「なんだ」とも言わなかった。ただ冷静に自動小銃――FN-SCARを構える。動じず、冷静に対応するさまはプロのものだ。
しかし、プロなのはこちらも同じだ。
まずフィーネが車の後部から分隊支援火器の銃爪を引いた。彼女が相手の頭を押さえつけているうちに、すかさずラウラとクラリッサがバンから降り、車体を盾にしながら銃撃に加わる。かくして、黒ウサギと武装タコの、異種格闘戦が始まった。
アリスはビルの裏手に回り、非常階段の扉を蹴っ飛ばした。交互に伸びる階段はかなりの高さだが、警備の目はない。陽動の効果が効いているようだ。
アリスは一度だけ屈伸して、いっきに駆け上がった。三段飛ばしのホップ・ステップ・ジャンプ。ひとつの階段を三歩で上り、軍靴の滑り止めを活かしてターン。メイド服をなびかして更にホップ・ステップ・ジャンプ。シャルロットを守りきれなかった不甲斐なさを吹っ切るように、アリスは階段を駆け上がった。
ゆっくりと昇っていくエレベーターの中で、シャルロットは項垂れるように俯いていた。
こんな状況に自分を追い込んだ、自らの生い立ちを嘆くように。
今は自分を不義の子にした両親が憎らしかった。しかし、その両親が不義を犯さなければ、自分は存在しなかったというジレンマ。ロゼンダは言った、『おまえの存在そのものが罪なのだ』と。存在しているだけで誰かを傷つけてしまうのだとしたら、はたして自分は生まれてくるべきだったのだろうか。
自分の存在意義を見失いかけ、シャルロットは心の均衡を失いそうだった。それでも自我を保っていられたのは、そんな歪な自分を受け入れてくれる存在があったからだ。
(アリス、会いたいよ)
幾度なく自分を勇気づけてくれた少女との再会を、シャルロットは強く懇願した。
もう一度、自分のそばにきて「私がついている」と言ってほしい。
けれど、来てほしくないと思う自分もいる。<ヴェルフェゴール>と戦い敗れた彼女を思い出すと、いまだ体が震えるのだ。自分のせいで傷つく彼女をもう見たくなかった。会いたいけど、会いにきてほしくない。二律背反するふたつの感情が二重螺旋のようにぐるぐる回る。その終着点でシャルロットは、ある結論に行きついた。
そうだ。会いたい、でも会いに来てほしくない。なら――――会いに行けばいいじゃないか。
その考えに行きついて、ようやくシャルロットは自分がいかに「甘えた人間」なのか、思い知った。
思えば、デュノアに引き取られた時からそうだった。
本気になれば、どこへでも飛んで行けたのだ。だって自分の祖国は自由・平等・博愛を謳うフランスなのだから。デュノア邸を飛び出しても、自分を保護してくれる場所なんていくらでもあったはずだ。なのに、身の上の不自由を嘆くだけで、自分から何もしようとしなかった。あまつさえ、不幸な境遇に同情してくれる人間を探し、あわよくばそれに救いを求めた。「僕はかわいそうな子なんだ。だから、やさしくしてよ」そう言って。
――いつまで悲劇のヒロインを気取るつもりだ、シャルロット・デュノア。
ラウラなら自分にそういうかもしれない。絶望という敵に、果敢に挑んだ彼女なら。
ラウラは悲嘆に絶叫しても、身の上を理由に同情を請うたことなど一度もない。最後の最後まで、戦士の誇りを賭けて戦いぬいた。それに比べて自分という人間は……
(僕も、勇気を持たなくっちゃ……)
愛人の子がなんだ、不義の子がどうした。自分の生まれを嘆いても変わらないんだ。
立ち向かう勇気だけが現実を変えるんだから。
シャルロットは<もう一人の自分>を脱ぎ捨て、垂れていた頭をゆっくりと上げた。そして、状況を打開すべく、気づかれないように周囲を確認する。狭いエレベーター内には、夫人と仕えのショコラ、あとPMCの小隊長が乗っていた。
その小隊長の通信機がザザっとなる。
「どうした」
『襲撃です。一階エントランスに三名。現在、応戦中』
通信を盗み聞いたシャルロットは「アリスだ」と確信した。三名ということは他にもいるようだ。一人はラウラだろう。あとは判らない。一夏や箒ではなさそうだ。セシリアや鈴でも現役の兵士の相手は難しい。いずれにしせよ、その事実がシャルロットの士気を上げた。
「お友達が迎えにきたようですね」
夫人がシャルロットの目を据える。シャルロットは顔をそむけなかった。
もう逃げないという意識の表れだ。夫人は不敵に微笑んで、PMCに告げた。
「追い払いなさい。手荒くても構わないわ」
「了解、ラフィング・オクトパスを使え。敵を殲滅しろ」
ラフィング・オクトパス? いや、それよりも今はどうやってアリスたちと合流するかだ。
シャルロットは改めて自分の状況を確かめた。
手には手錠。専用機は奪われた。できることいえば、体当たりぐらいだ。いや悲観するな。まだ体当たりはできるのだ。それに足は不自由なく動く。スキを見て逃げ出すこともできる。
シャルロットがそのスキを窺っていると、エレベーターが最上階に到着した。
「降りなさい」
PMCの隊員に手を引っ張られながら、シャルロットはエレベーターから降ろされた。そこから短い階段を上らされ、広いスペース――ヘリポートに連れてこられる。
Hとマーキングされた床の上には、6人乗りのヘリが待機していた。
まずい。このヘリに乗せられたら、合流できなくなる。シャロットは搭乗に抵抗しながら、何かないかと周囲を見渡した、その先から何かが放物線を描いて飛んでくる。
カランカランと床に落ちた物体はグレネードだった。
しかし、炸裂はしなかった。代わって大量のスモークを吐き出す。白い煙で視界はたちまちゼロになった。
「デュノアさん、こっちです」
黙々と立ち込めるスモークの先から、女性の声がきこえた。アリスの声だ。
(いまっ!)
シャルロットは足に力をこめ、拘束していた男に渾身の体当たりを食らわした。
文字通り捨て身の一撃。
小柄な少女の体当たりだったが、意表をつかれ相手がぐらついた。その隙に、声のする方向へ一目散に駆け出す。だが、そのシャルロットのおさげをPMCの隊員が乱暴に掴んで引き止めた。
凄まじい力で髪を引っ張られ、首が折れそうになる。それでもシャルロットは痛みを堪え、それを振り切ろうとした。そう、過去の甘えた自分を捨て去るように。
(僕はもう、守られるだけの媚びた女の子を卒業するんだ)
そのためなら、たとえこのブロンドが無残にちぎれようとも構わなかった。なにが“髪は女の命”だ。ここで女々しく「助けて~」と乞う女になるぐらいなら、この長髪を失った方がマシだ。かつてジャンヌダルクが戦いに赴くため、その長髪を捨てたように。――その
「アリスッ」
長い髪を代償に兵士の手を振り切ったシャルロットは、アリスの胸に飛び込んだ。
「アリス、アリス、僕はアリスに会いたかった! だから、会いにきた!」
「私もです。だから、ここまで来た」
「アリスっ」
シャルロットが感涙の声を上げた。愛しい彼女のぬくもりを感じ、思わず膝から崩れそうになる。それをアリスが腰に手を回して支える。
しかし、これ以上、互いを確かめ合う時間はなかった。男がライフルを背後に回し、ナイフを抜いていたのだ。
応戦すべく、アリスも赤騎士の待機形態を抜こうとする。――が、簪に預けていることを思い出し、慌ててM4で防御した。男が続けさまに繰り出した突きを、今度は銃のストラップで絡め捕り、さらにストックで叩く。相手が怯んだすきに、アリスは男の眼前に飛び上がり、相手の眉間に鞭のような蹴りを放った。見事な上段回し蹴りが炸裂し、PMCの男はそれっきり動かなくなる。
アリスは素早く男から距離を取り、背面に回していたM4を構えた。
向けた銃口の先から、夫人と二名の兵士がやってくる。
「また、あなたなの。懲りないのね」
「不屈の精神と言ってください」
アリスはシャルロットを背後に隠す。その背後でシャルロットが小声でささやく
「アリス……これからどうするの?」
「こうします」
アリスはM4カービンに備わったグレネードランチャーを背後のフェンスに向けた。
ポンと発射さられた40ミリの榴弾が転落防止の手すりを破壊する。シャルロットは「も、もしかして」と思った。アリスは「そのまさかです」と、シャルロットの手を引き、屋上から飛び出した。
♡ ♣ ♤ ♦
激しい銃撃戦でバンはほとんど廃車状態だった。車体のそこら中に弾痕がつき、タイヤもパンクしている。この車両で脱出することは最早むりだったけれど、武装タコと黒ウサギの銃撃戦は、黒ウサギ側に優位があった。
その差をつけたのは、とりわけ火力だった。そもそも向こうは警備を主としていたため、長時間の銃撃戦に対応するだけの弾薬が無い。対し、最初から時間稼ぎのため大量の弾薬を持ち込んだラウラたちは、あとさきを気にせず攻撃できた。
その差が戦況に妙実に現れ始め、PMCの兵士たちが徐々に後退し始めた。
一人がフルオートでこちらの頭を押さえ、残りの兵士が速やかに後方へ下がる。
ラウラは見事な後退だと感心した。
「引いたようですね。アリス殿の援護に向かいますか?」
フィーネ曹長が分隊支援火器を下ろして言った。
「いや、待て。何かおかしい」
確かに敵の武器の装弾数と銃撃時間を考慮すれば、向こうは弾が尽きかけていたに違いない。だが、ラウラの
それに彼らが見せた撤退の機動。あれは空爆に備えての撤退に似ていた。
(まさか、ここが空爆されるとは思えんが……)
何気なく天井を仰ぐ。その視線の先に黒い物体が見え、ラウラは目を剥いた。
天井から降ってきた黒い物体は、猛獣のような、それでいて女性的な美貌を兼ねた兵器だった。頭部に円盤のような装置を被り、そこから4本の触手が伸びていて、まるで蛸の足のようにうねっている。
「ラフィング・オクトパスか。――撃て!」
三人はバンの車上に着地した蛸女に、銃弾を浴びせる。だが、弾はことごとく装甲に弾かれ、有効なダメージを与えられない。フィーネの7.62ミリ口径でさえ通じなかった。
「見かけによらず硬い!」
「怯むな、クラリッサ。撃ち続けろ」
ラウラが弾倉を交換し、再び射撃体勢に入る。対し、蛸女は極太の触手で車内から重たいハードケースを引きずり出した。それをラウラに投げつける。ラウラは前転して回避した。そして再び銃を構える――が、その先に、ラフィング・オクトパスの姿はなかった。
「消えただと!?」
「くそ、光学迷彩、いや、追従迷彩か。……サーマルがあれば……」
突如として姿を晦ました蛸女に、フィーネが動揺の声を上げる。見えないことは、外部情報を視覚に頼る人間に恐怖を与える。透明化した相手が殺人兵器だとすればなおのことだ。
「装備に頼るな、自分の感覚を研ぎ澄ませ」
狼狽える部下にラウラが檄を飛ばす。
フィーネが「は、はい」と答えた、その時だ。彼女の背後にどすんと重たい音が響いた。
「曹長、後ろだ!」
クラリッサが警戒を促すも、既に魔の手ならぬ蛸の手はフィーネに伸びていた。
「ぐぅあ」
笑う蛸の野太い触手に絞首されたフィーネが苦悶に喘ぐ。
ラウラとクラリッサは銃を下げざるを得なかった。下手に攻撃すればフィーネに当たる。さらに、こちらが手を出せなくなったことをいいことに、ラティングはクラリッサにフィーネを投げつけてきた。
避ければ仲間が床に叩きつけられる。受け止めるしかなかった。しかし、いかんせん女性一人分の重量を武器にした攻撃だ。その一撃は、下手な打撃技よりはるかに有効な一撃をクラリッサに与えた。
《ワラエル》
耳障りな甲高い笑い声は、折り重なり、動かなくなった二人を嘲笑っているかのようだ。
部隊の仲間意識を笑われた気がして、ラウラは怒りを露わにした
「やってくれたな、タコスケ」
ラウラはM78Lawの折り畳み式のノズルを伸ばし、照準をつける。蛸女は再び、背景に溶け込んだ。標的を失ったロケットランチャーの照準が宙を泳ぐ。ステルスの敵に無誘導のロケット弾を命中させることは不可能に近い。
ラウラは舌打ちして、周囲に気配を配らせたが、それらしい痕跡は見つけられなかった。
「くそ、隠れたか。賢いタコめ」
旧式とはいえM78Lawは有効な火器だ。命中すれば奴でもひとたまりもない。相手はラウラの武器が自分を破壊できることを知っているのである。だから、身を隠した。
ラウラが毒づくと、気を取り戻したクラリッサがよろけながら立ち上がった。
「引いたのでしょうか」
この手の無人兵器には<赤騎士>のように敵脅威を図る機能が備わっている。それによって、戦って斃せない判断したときは撤退するようにプログラムされている。命を惜しまない機械といえ、修理には金がかかるからだ。
いかなる民族意識、宗教、イデオロギーにも左右されないPMCが唯一気に掛けることは、出費と収入である。損害に伴う再編成に支払以上の金がかかるなら、撤退を優先することもあるが、
「いや、こちらの装備を恐れ、戦法を変えたのだろう」
旧式の武器を恐れていては、商品にならない。おそらくもっと有効な戦法に切り替えたのだ。現代の無人兵器は、それだけの柔軟性を有している。
「いずれにしろ、放っておいては厄介だ。アリスの許に向かわれてはたまらん」
対戦車砲を肩にかけ直し、突撃小銃を構えなおす。
「クラリッサ、おまえはフィーネを見てやれ。私は奴を追う」
「了解しました。お気を付けて」
そして、ラウラは蛸が潜む捕食のテリトリに足を踏み入れていった。