IS<インフィニット・ストラトス>―Deus Ex Machina 作:ネコッテ
無人の通路。響く軍靴の音さえ、呑み込んでしまうような静謐な空間と、全方位から圧迫してくる感触は、あたかも深海の底を歩いているようだった。このどこかに、擬態能力を有する蛸が、姿を晦まし、息を潜めている。それを見つけ出すにはセンスが問われる。
ラウラは、感覚を世界と同調させた。
スニーキングモードと呼ばれるそれは、第二次世界大戦の英雄たちによって生み出され、その子供たちによって研磨されていったスキルだ。一昔はCQCと共に特殊部隊の必須スキルとされたが、現在では廃れた技術になっていた。テクノロジーの発達がスキルの体得を不要にしたからだ。
とりわけ<黒ウサギ隊>は、その体現といえる。ナノマシン、インフィニット・ストラトス。<黒ウサギ隊>がドイツ最強の部隊と謳われる理由は、こういったハイテク装備を運用しているからに他ならない。
ラウラはそれが部隊の強みであると同時に最大の弱みでもあると危惧していた。
ハイテクによって支えられた強さであるがゆえに、失われたときの脆さは痛烈なのだ。姿を消した<ラフィング・オクトパス>に狼狽したフィーネがそのいい例だろう。
しかし、ラウラにその脆弱さはない。最後に勝敗を分かつのは、ハイテク装置の性能じゃない、戦う人間の
諦めないこと、勇気を持つこと。それが大切だ。
だから、ラウラは思う。シャルロット、諦めるな、勇気をもて。さすれば未来は変えられる。
――うん、わかってる。
そんなシャルロットの声が聞こえた気がして、ラウラはほくそ笑んだ。ならいい、と。
心配は無用なのだ。ならば、いま自分がすべきことは眼前の敵に集中をすることだ。ラウラは通路を抜けた社員食堂の前で意識を欹てた。
「いるな……」
スニーキングモードによって、満ちた空気さえ自身の触覚とする今の彼女には、隔てた壁の向こうさえ察知できた。その
「おまえの
自動扉を潜ったラウラはアサルトライフルを構え、社員食堂を注意深く探った。音、匂い、気配、常人では見過ごしてしまうような些細な痕跡を、言葉では言い表せられない変化を、ラウラは丹念に拾い上げていく。やがてそれらは危険予測という名の“予知”をラウラにもたらした。
「そこか!」
かき集めた“変化”から相手の位置を予測したラウラが、もうひとつある食堂のドアにライフルを向けた。同時にカシュッと扉が開く。現れたのは――クラリッサだった。
「なんだ、おまえか」
警戒レベルをそのままに、予測が外れたことを気にする様子もなくラウラは言った
「フィーネの具合はどうだ」
「大丈夫です。いまは休ませてあります」
そう答え、クラリッサはラウラをバックアップするように銃を構えた。
「それで敵は?」
「居場所の目星はついているが、まだ見つけられていない。――ところで、つまらんことを訊くが、おまえの好きな声優の名はなんと言ったか?」
「声優? なんのことでしょうか」
クラリッサが訝しんだ顔でラウラは見る。急にそんなことを言い出したラウラを疑う顔だ。
ラウラは「いや、すこしな。急にすまない」と詫びたあと、腰のフォルスターから38口径の自動拳銃を抜いて、発砲した。――部下のクラリッサに向けて。
次の瞬間、クラリッサは口から血に代わって大量の墨を吐き出した。立ち込める墨の中から現れたのは、蛸と美女が融合した機械だ。
凹凸しかない顔面に表情はないが、わずかに眼窩の淵が揺れている。驚いているようにも見て取れた。おおよそ、なぜバレたのか、わからないのだろう。
「お粗末な擬態だ、タコスケ。クラリッサはいかなる時でも、声優の話題には敏感なのだ」
《ワラエル……》
発せられたマシンボイスは、まるで自分の失態を笑っているようだった。あるいは、おたく根性たくましいクラリッサを笑っているのか。どちらにしろ、欺瞞による騙し討ちは効果が薄いと判断したラフィング・オクトパスは墨のようなスモークを撒き、再び姿を晦ました。文字通り煙に巻いて逃げる気だ。
「ふん、かくれんぼの次は鬼ごっこか。いいだろう。相手になってやる」
ラウラはスモークの流れから敵の進行方向を読み取った。蛸は来た道を引き返そうとしている。ラウラはそのあとを追いかけた。食堂を出て、通路を引き返し、ロビーに追いつめる。ロビーではクラリッサがフィーネの手当を行っていた。
「隊長っ!?」
「構えろ、撃て」
ラウラと共に出てきたラフィング・オクトパスにクラリッサが素早くライフルを構えて発砲する。クラリッサが応戦しているうちに、ラウラは背負っていたM72Lawを構えた。砲身を伸ばし照準をつける。ラフィング・オクトパスは光学迷彩を発動して姿を晦まそうとした。まずい。姿を消されたら、無誘導のロケット弾では命中させられない。
「させるか!」
クラリッサはライフルの銃口をラフィング・オクトパスの頭上に向けた。
その先にあったのは、―――巨大なシャンデリアだ。それを吊るす金具に銃弾を浴びせ、ラフィング・オクトパスの頭上に落とす。
鈍重な衝撃。
それに耐えかねた敵が膝をつく。好機だ。すかさずラウラが対戦車ロケットを照準した。
「これでもまだ笑えるか?」
ラウラが押し込み式のトリガーを押し込む。
推進薬に火がついた66㎜口径の成形炸薬弾は、約700度の尾を引きながら、笑う蛸に命中した。爆発。炎上。モンローノイマン効果によるメタルジェットが装甲を吹き飛ばし、暴虐な熱エネルギーが触手すべてを薙ぎ払う。
《ワ、ワラ、ワ、ラエル》
ラフィング・オクトパスは急所を噛み千切られたタコのようにくたっと膝をついた。
自分の末路を笑っているのだろうか。
どこか悲壮感ただよう声音だったが、ラウラは何の感慨もなく近づき、自動小銃を突き付けた。
「もういい、お前の笑い声は癪にさわる」
と、引き金に指をかけたとき、――ラフィング・オクトパスが最後にもう一度笑った。
今度はラバーフェイスで覆われた、
《笑う蛸には福来たる》
放たれた言葉の意図をくみ取れず、ラウラは顔をしかめた。しかし、彼女に備わった生存本能――野生の感がラウラに全力で“逃げろ”と訴えかける。まずい。何かが酷くまずい。体の芯からそう感じたラウラは、素早く身をひるがえし、駆け出した。
「奴からはなれろ!」
ラウラがそう命じた直後、――ラフィング・オクトパスが大層な火を噴いた。
それは捨て身の自爆だった。
ラウラは自分を巻き込もうと襲ってくる火炎に背を向け、出せる全速力で駆け出した。疾走。疾駆。疾風迅雷のごとくフロアをかけ、間一髪のところで受付け台の向こう側に身を投げる。直後、爆風が彼女の頭上を駆け抜けていった。
「それをいうなら、“笑う門には”だ、タコスケ」
そう怒鳴るが、爆風の耳鳴りで、ほとんど何も聞こえなかった。
「隊長、ご無事で?」
やってきたクラリッサとフィーネに「なんとかな」と告げる。二人とも服装こそくたびれていたが、負傷らしい負傷はなかった。さすが特殊部隊の人間。とっさの判断力は常人のそれを逸している。
「おまえたちも無事のようだな。よし、アリスの援護に向かうぞ」
耳鳴りが収まるのを待たず、ラウラは残弾のチェックを始めた。部下もそれに倣う。
傭兵と無人兵器と激戦を繰り広げた直後にあっても、彼女たちに気の緩みはなかった。極度の緊張下で、集中力を維持できる精神力は、さすが特殊部隊といえる。
我ながら優秀な部下だと部下の練度を再認識したとき、アリスから通信が入った。
『ラウラ、私です。デュノアさんを奪還しました』
「そうか。では、我々も撤収する」
『いえ、作戦変更です。私とデュノアさんはこれからデュノア夫人と対決します。それにあたって、あなたたちにやってもらいたいことがあります』
内容を聞くなり、ラウラたちは驚愕をあらわにした。
そして「相変わらず無茶をする」と微笑し、部下にその準備に取り掛からせた。
♡ ♣ ♤ ♦
デュノア社、屋上。ロゼンダはアリスたちが飛び立った空を苛立たしげに睨んでいた。
その苛立ちをなだめるように、無意識に下腹部を撫でる。これは彼女の癖だった。
――そう、ロゼンダには胚がない。彼女は子供を産めない体だった。
原因は10年以上まえに、カレッジの男性から受けた暴行だった。
以来、子供を産まなくなった彼女は、女としての劣等感を抱き、苦悩し続けてきた。だからこそ、夫の子を授かった愛人に激しい嫉妬心を抱いた。その子たるシャルロットを貶められたのなら、この醜い感情もすこしは晴れようというもの。
けれど、あの女はこれをよしとしないだろう。
そう、いまこの瞬間、量子テレポートでロゼンダの前に現れた赤い髪の少女は。
「ていやぁー」
アリスは裂ぱくの気合いと共に《ヴォーパル》を振りかざした。
すかさず、仕えのショコラが<ベルフェゴール>を展開し、
「あら、どうしました。せっかくうまく逃げおうせたのに。忘れ物でもしたのですか?」
「ええ、あなたにやられた分の仕返しをね。――ノエルさん!」
アリスの叫びと共に上空から舞い降りてきた<ラファール・エトワール>が、ハルバートの矛先を<ヴェルフェゴール>に振り下ろす。ショコラは後方に飛んでかわした。この奇襲をかわすとは、向こうのなかなかの手練れだ。だが感心している時間はない。
《ハニー、コア稼働率78%まで低下。完全停止まであと50秒》
先の交戦経験から<ヴェルフェゴール>と相対すると、およそ一分弱で<コア>を停止させられてしまう。つまり、<ヴェルフェゴール>と戦える時間は60秒しかない。その短時間で決着をつけるには、攻めの一手、攻めて、攻めて、攻めまくるしかない。ノエルは叫んだ。
「アリス、右から攻め込め」
プライベートチャネルでそう指示され、アリスは敵の右側方向から攻撃をしかけた。同時にノエルが左側からハルバートを薙ぐ。この挟撃をショコラは蝙蝠のような翼で防御した。あくまで防御に徹する姿勢だ。おそらくこっちのタイムリミットを狙っているのだろう。戦闘に積極性が感じられなかった。時間のないこちらにとっては最悪の戦法だ。
《残り40秒!》
迫るタイムリミットに、焦燥感が募る
あと40秒で敵を停止に追い込めなければ、こちらが敗北を喫する。だというのに、まだ決定打はおろかダメージさえ与えられていない。数ではこちらが勝っているのに、敗色は濃厚になるばかりだ。
「最後の賭けだ、アリス。私が相手の防御を突き破る」
EMLのパイルバンカーに最大電力を供給してノエルがさけんだ。アリスが「了解」と言ったことを確認し、瞬時加速を発動。ハルバートの先端を<ヴェルフェゴール>に繰り出す。
「そんな正面からの攻撃、あたると思うか」
「あたるんですよ」
量子テレポートでショコラの背後に回り込んだアリスが、<ヴェルフェゴール>を背後から羽交い絞めにする。そこへ瞬時加速で接近してきたノエルが、最大威力のパイルバンカーを打ち込んだ。
音速の7倍の速度で打ち込んだ刺突に<ヴァルフェゴール>のシールドが幾重にも波打つ。
わずかながら突破の兆しが見えたが、<ヴェフェゴール>も負けていない。もともと存在し続けることに意味がある<ヴェルフェゴール>は、防御能力と耐久性に特化している。第二世代最大の打撃力を以てしても簡単には突破できない。
「無駄だ、おまえが私に勝てた試しがあったか」
「ないさ。私はあなたに一度も勝てた試がない。あなたのようにデュノア社に貢献さえできていない」
ノエルはハルバートの柄を強くに握り締め直して、かつての師に大きく吠えた。
「だからせめて、可愛い後輩ぐらいの力にはなってやるさ!」
自分はシャルロットが男装せざるを得なかった事情の、その裏にあった辛い思いに気づいてやれなかった。国家代表でありながら不甲斐ないと悔やむばかりだ。だが、腐っても国家代表。後悔や無力を理由に立ち止まったりなどはしない。
進む、退かない。その決意の力が――――<
防御を突き破られた<ヴェルフェゴール>が後方へ吹き飛び、屋上に叩きつけらえる。
ダメージは与えられた。しかし――
「所詮、第二世代の火力じゃ無理だったな」
<ヴェルフェゴール>を停止させるには至らなかった。
《残り30秒。いそいでいそいで、もう時間がない!》
「いや、まだだ!」
ノエルは破損したハルバートを捨て、腰部から二本のアサルトブレードを抜いた。それを転倒した<ヴァルフェゴール>の両手マニピュレイターに突き刺して“標本”にする。
「ふん、斃せないなら、動きを封じてしまおうという腹積もりか。無駄なことを」
ISのパワーなら、剣で突き刺した程度の拘束など何の意味も成さない。精々数秒とどめておくのが関の山だろう。しかし、その数秒を捻出することがノエルの目的だったことに、ショコラは気づかなかった。
「そうだ。これが私の限界だ。だから、あとは後輩に託すとする。――シャルロット!」
ノエルは叫んだ。遥か上空で、この瞬間を待っていた後輩に向けて。
♡ ♣ ♤ ♦
デュノア社支部、上空3万メートル。<ヴェルフェゴール>の影響を受けない高度で、シャルロットは新型の<ラファール・リヴァイヴ>に跨り、その時を待っていた。
『シャルロット!』
きた!――先輩の合図を受け、シャルロットはテスト飛行をかねた巡航をやめた。
アルベールからシャルロットへ渡された新型は、端的にいえば、パワードスーツの形状をしていなかった。空を駆けるツバメのような形状は戦闘機に近く、操縦部は自動二輪車を思わせる。搭乗しているシャルロットも「ISを装着している」というよりは「自動二輪車にまたがっている」ような恰好だ。
<ラファール・リヴァイヴ・カスタムⅡ>とはまったく異なる形状だが、機首には彼女が愛用していたパイルバンカーが残されていた。それを地上に向けて降下を開始する。敵の防空網を強行突破する戦闘機動――かつて無様に失敗したレイダーマニューバーだ。
<――警告:コア稼働率89%まで低下。停止まで53秒――>
<ヴェルフェゴール>の勢力圏に入り、コアが機能を停止し始めるも、シャルロットは速度を緩めなかった。
デュアルジェットのアフターバナーを点火してさらに加速、隕石のごとく地表へ向かう――。
高度はついに500メートルを切った。
「標的補足。仕留めるよ」
デュノア社屋上で磔刑にされる
高度400、300、200、100、――ゼロ。
エンゲージ!
シャルロットはパイルの先端を<ヴェルフェゴール>に突き立てると、二つの液体火薬を混合させた。化学反応によって打ち出された超合金製のパイルが敵の心臓を穿つ。その一撃は落下速度も相まって、<ヴェルフェゴール>もろとも屋上の床をぶち抜いた。
だが、シャルロットは攻撃の手を緩めない。《灰色の鱗殻》のリボルバーを回転させ、次弾を装填。撃発。今度は<ヴァルフェゴール>と5階の床をブチ抜く。さらに、装填、撃発。シャルロットは《灰色の鱗殻》を連続で使用しながら、次々に<ヴェルフェゴール>もろとも階層の床をブチち抜いていく。
そして一階までぶち抜いたシャルロットは最後の一発を《灰色の鱗殻》に装填した。
「これでおわり!」
その一撃によって今度は一階の床が抜けた。
その地下へ<ヴァルフェゴール>と<ラファール・リヴァイヴ>が折り重なるように落ちていく。
もともと自家発電所だった地下には、すでに何もなく、肌寒い空気が滞留していた。
あたかも、地獄の様相を呈すその空間に、再び悪魔のうなり声が響き亘る。――パイルバンカーによる六連発を受けてなお、敵は健在だった。
「なるほど、ノエルとあの女が動きを止め、あなたがトドメを刺す作戦でしたか。しかし、やはり威力不足でしたね。この<ヴェルフェゴール>を通常の攻撃で止めることは不可能です」
もともと、ISに対して絶対的な力を持つ<ヴェルフェゴール>は、戦う必要がない。そこに存在しているだけで相手を屈服させられるため、戦闘能力より耐久性が強化されているのだ。その前では最強の打撃力を誇る《灰色の鱗殻》でさえ、突破できない。
「みたいですね。――――でも、僕の友達は、その不可能を可能にするよ」
それを教えてくれた友人の名をシャルロットは目一杯さけんだ。
「ラウラ!」
デュノア社。アリスから指示された役割をこなした黒ウサギ隊は、フロントから退避して、その合図を待っていた。その合図が、今しがたラウラの耳に飛び込んでくる。
『ラウラ!』
友人の声を耳にして、ラウラは部下に確認の視線をやった。
クラリッサとフィーネが頷く。――それはPMCの退避も終わったことを告げる首肯だ。
「うむ」
ラウラは頷き返し、手に持っていたコントローラーの安全装置を解除した。
そして、起爆装置のスイッチをオンにする。次の瞬間、デュノア社内で爆発が起こった。
耳を劈くような爆音。まるで自分を押し潰さんと降り注いできた瓦礫の山々に、ショコラは「これが狙いか」とシャルロットを見る。シャルロットは、肯定の微笑を浮かべた。
そう、アリスは最初から<ヴェルフェゴール>の破壊など狙っていなかったのだ。ビルの重量で<ヴェルフェゴール>を地下に閉じ込めること。それが目的だったのだ。
いくらISのパワーがすさまじいと言っても、ビルの重量を持ち上げることはできない。埋もれてしまえば、ISといえど這い出すことは不可能だ。
「私の動きを封じるために、ここまでするのか……!」
自分を封じ込めるために、ビルひとつを潰す、その大胆さと不敵さに、ショコラは戦慄していた。
これに関してはシャルロットも同感だった。非常識だとさえ思う。
しかし、勝利のためにあらゆる手段を用いることは、戦術の基本だ。それに大胆であればあるほど相手に悟られにくい。現に、過剰だから(いささか過剰ではあるが)ショコラはこの作戦の真意を見落とした。
「だが、このままではあなたも! 一緒に埋もれる気か!?」
<ヴェルフェゴール>は耐久性能に特化したISだ。絶対防御や保護機能もある。しかし、新型<ラファール・リヴァイヴ>は<ヴェルフェゴール>の影響でいずれ機能は停止する。このままでは命に係わる。
「その気はないよ」
シャルロットが朗らかに言うと、その背後に赤いISが、量子の光と共に現れた。アリスだ。アリスは何も言わず、シャルロットを抱きかかえ、再び量子テレポートでどこに消えていった。
ひとり地下室に取り残されたショコラが呆気にとられる。
「はは、大したものだ」
<ヴェルフェゴール>が持つ絶対的な優位性を非常識な形で覆した少女に、ショコラは称賛にも似た笑みを浮かべた。同時にこう思う。アリス・リデルなら、組織に逆らったロゼンダをあの女から守ってもらえるのではないかと。
「申し訳ありません、奥様。あとは彼女にお任せします」
覆いかぶさってくる瓦礫に<ヴェルフェゴール>がどんどん埋まっていく。耐久性能に特化したISであるゆえ、人命こそ奪われなかったが、身動きはほとんど取れなくなっていた。
♡ ♣ ♤ ♦
量子テレポートでデュノア社から脱出した二人は、ラウラたち<黒ウサギ隊>が待機する現前へと着地した。同時にコアが完全停止し、<赤騎士>が強制解除される。タイムリミットぎりぎりのタイミングでの脱出だったため、二人は転倒する形で地に転がった。
「大丈夫ですか、アリス殿、デュノア殿」
クラリッサとフィーネの手を借り、ふたりは「どうも」「ありがとう」と立ち上がる。
立ち上がった二人の背後ではデュノア社の支部が倒壊していた。
「爆弾を仕掛けた私がいうのもなんだが、見事な爆破解体だな」
綺麗にダルマ落とし状に崩れていくさまは、どこか芸術的でさえあった。さすが破壊工作に長けた特殊部隊。爆破物による爆破解体も見事なものだ。
「それにしても、許可を得ていたとはいえ、大胆な真似をしたものだ」
「実は私もそう思っています。けれど、それだけ厄介な相手でした」
正直、こんな手段に訴えなければならないほど、今回の敵の能力は厄介だった。もしあんなISが量産されるような事態になれば、世界のパワーバランスは再び崩壊するだろう。できるなら、今すぐにも掘り起こして解体してしまいたいぐらいだ。
「だが、それがISの《単一仕様能力》なら、量産化されることはないだろう」
「だといいのですが」
ぜひそうあってもらいたいものだ。
ましてやそんなISが<彼女たち>の手に在るなど、考えたくもない。
「あとで回収して、解体するとしましょう。けれど、そのまえに――」
アリスは空を仰いだ。見上げた先にはPMCのヘリ。その中にロゼンダの姿が見えた。
崩壊まえにPMC隊員と共に離陸したのだろう。そのヘリはビルを挟んで裏手の方向に降下していく。
「シャルロット、行きましょう」
アリスはシャルロットを見た。
<ヴェルフェゴール>は排したが、継母ロゼンダ・デュノアとの決着はまだついていない。彼女との和解あるいは何かしらの進展を得なければ、この戦いは終われない。
「うん」
シャルロットは恐れず強く頷いた。かつて、一夏の部屋で自分の生い立ちを語ったとき、彼女は無力な雛鳥のようだったけれど、今の彼女は自分の翼で大空に飛び立てる強さを持っている。