IS<インフィニット・ストラトス>―Deus Ex Machina 作:ネコッテ
文化祭二日目を終え、その後始末を済ました私たち一組の面々は、広い座敷にずらっと勢揃いしていた。クラスメイト以外には、千冬さんと山田先生、黒ウサギ隊とフランスの代表がいる。
そんな私たち目の前には、高級和牛のフルコースセット。
高級焼き肉店「鳳凰亭」の一室で、私たちは文化祭の打ち上げを行っていた。
「みんな、今日は本当にご苦労様。おかげで文化祭の出し物も無事に成功できた。アンケート結果もこのとおりだ」
生徒会が集計したアンケート結果を、幹事の一夏がクラスメイトに公表する。
開かれた用紙には、どれよりも長く伸びた棒グラブの項目に「コスプレ喫茶」とある。そう、私たちの出し物は見事アンケート1位を獲得したのだ。
「もちろん、これはみんなのがんばりだが、特にラウラのがんばりが大きいと俺は思う。そこでみんな、ラウラに拍手をおくってやってほしい」
「む?」
思わぬ指名に、腕を組んでいたラウラがきょとんとする。
本人に功績の自覚はなさそうだったが、実際のところ彼女のマネイジメントは票の獲得に大きく貢献していた。寄せられたアンケートにも「待ち時間の対応が神っていた」「お客に対する配慮がよかった」「銀髪眼帯メイド萌え」「ぶひぶひ」などラウラを称賛する声が多く寄せられている。
何よりラウラがいなければ、こうやって
「今回、ラウラはすごくがんばってたよね」
シャルロットが一番に拍手すると、みんなも今回の立役者に大きな拍手を送った。
送られた本人は称賛の拍手に戸惑い気味だったが。
「じゃあ、ラウラ、コメントをたのむ」
「む、コメントだと? そんなもの用意していないのだが……」
一夏の無茶ぶりに、ラウラはおずおずと立ち上がり、
「そのなんだ。役に立てて光栄だ。しかし、一位獲得は諸君の活躍があってこそだと思っている。この場を借りて礼を言う。――って、おいクラリッサ、何を泣いているんだ?」
今回の打ち上げには、クラリッサさんたちにも参加してもらっている。
そのクラリッサさんは、なぜか焼き肉用のナプキンで涙をふいていた。
「失礼しました。ご級友たちと仲よくなれたようで、それがついうれしく。隊長がぼっちだと聞いたときは、心配で心配で。購入したゲームにも身が入らず、積みゲーと化す一方でした」
「副隊長、『隊長は体育の授業のとき、ペアができなくて困っていないか』とか『昼ごはんはトイレで一人なんじゃないだろうか』とか『昼休みは狸寝入りして過ごしているじゃないか』とか、すごく心配しておりまして」
それだけに友人の暖かい拍手に感極まったらしい。涙声で語るクラリッサさんからは仲間を慮る感情がちゃんと見てとれた。ラウラって、本当は全然孤独なんかじゃなかったんですよね。千冬さんに執着するあまり視野が狭くなっていただけで。
「そうか。心配かけたな。これからは安心して積みゲーとやらを消化してくれ」
「はい、これで『異世界転生したら、美男執事の主になっていた件について』の恋夜ルートの攻略に専念できます」
訓練しろよ、と思ったけれど、誰も口には出さなかった。
ただ一人フィーネさんは「すみません、こんな部隊で」と恥ずかしそうに俯いていた。隊長がボッチで、副隊長がオタクじゃ部下は苦労していそうだ。ま、それはさておき、
「で、実は活躍してくれたラウラに贈り物があるんだ」
一夏が取り出した物は、指輪ケースより二回りほど大きい小箱だ。
受け取ったラウラがふたを開けると、中にはメカニカルな眼帯が収まっていた。一夏がクラス対抗戦で使用した<ソリッドアイ>だ。
「なんだ、これは?」
「眼帯型の多機能ゴーグルです」
ラウラはさっそく眼帯を装着し、機能をオンにする。
「!? 赤外線に暗視、望遠、レーザー誘導装置まであるのか……。これほどのものを一体どこで?」
多機能ゴーグルの開発はさまざまな軍事研究所で行われているが、ソリッドアイほどコンパクトなゴーグルはどこの軍隊も支給されていない。最新装備を運用する黒ウサギ隊でさえ持っていない装備を一夏が持っていたことにラウラが驚くのも当然だ。
「実はアリスからの借り物だったんだが、ラウラにやってくれってさ」
「いいのか、こんな高価なものを」
「ええ。協力してもらった、私からのお礼です」
「そうか。では、ありがたく頂くとしよう」
気に入った様子のラウラは、<ソリッドアイ>の機能をいくつも試しはじめる。望遠機能、AR機能、レーザー誘導機能、サーマル機能、それぞれの機能を再確認するように見る。そして、
「それにしても教官は今日も“大人”だ」
何を思ったか、そんなことを言い出す。さては、
「ラウラ、ほどほどにね」
そういうことに使う物じゃないんですから。
「う、うむ」
強めに釘をさすと、ラウラはサーマル機能をオフにした。
「よし。じゃあ、乾杯といこうぜ。学園祭一位とラウラのがんばりに乾杯!」
『乾杯!』
私たちは用意されたタンブラーを掲げ、頑張りを労うように交わす。そしておのおの用意された高級焼肉を鉄板に乗せていった。私もカルビを鉄板におく。え、最初はタンだろって? こまけぇーことはいいんですよ。
「はふはふ、はぁ、おしいしいです」
いいお肉を飲めるといいますけど、本当ですね。さすがA5和牛。
「アリス、こっちのハラミもおいしく焼けたよ」
と、隣に座るシャルロットがサンチュにハラミを包んで差し出してくる。
それを私は「あ~ん」と大口で頬張った。
「おいしい?」
「ええ、しゃきしゃきした食感と肉汁のハーモニーがたまりません」
「えへへ、そっか~♪ じゃあ、こっちもどうぞ♪」
今度はカルビをサンチュに挟んでやつだ。
「おいしい?」
「ええ、とっても」
「えへへ、そっか~♪」
シャルロットは私がお肉を頬ばるたび、嬉しそうに体を揺らした。
「なんだかとても楽しそうですね」
「うん。こうやってみんなで食事できることがうれしくってさ。幸せだな~って」
高級焼き肉を堪能するクラスメイトや、織斑先生にビールをそそぐクラリッサさん。箸の使い方を山田先生から教わるノエルさん。この場を陽気に楽しむ人たちを眺め、シャルロットは“この今”をかみしめるように言った。
「こうしていられるのもアリスのおかげだよ。ありがとう、アリス」
「いいえ、この“いま”はあなたが勝ち得たものですよ。私は何もしていません」
初めて身上を明かしたとき、彼女はか弱い雛のようだった。それも巣から落ちてしまい、ただ弱々しく囀るしかできなくなった雛だ。だから、私は子供心のような「この子を親鳥の許に戻してやりたい」という気持ちで助けたけれど、今の彼女は、誰の手も借りず、親鳥の庇護さえ必要としない、一人前の鳥となった。もう彼女は一人の力で大空を羽ばたいていける。
この光景は、彼女の翼で手に入れたものだ。私は何もしていない。
「強くなりましたね、シャルロット」
彼女の成長を祝うように、私はシャルロットの頭を撫でた。
「えへへ、やっと呼んでくれたね、シャルロットって」
そういえば、ずっと姓でしたっけ。特に深い意味はなくて、ただ単に呼び方を変えるタイミングが見つけられなかっただけなんですけどね。
「では、これからはシャルロット、と呼びますね」
「うん! あ、でも、よかったら、そのシャルって呼んでほしいかな~、なんてダメ?」
なんて言って正座したうちまたに手を挟み、体をくねらせる。
恥ずかしいのか、照れているのか、どちらにしろ、すごく期待されているようなので、私は頷いた。
「わかりました、シャル」
「う、うん! じゃあ、僕はアリスを、エ、エリーって呼ぶね♡」
エリーとはアリスの愛称だ。
どさくさに紛れた感じではあったけれど、特に差し支えないので、私は快く了承した。
「では、これからもよろしくお願いしますね、シャル」
「こちらこそだよ、エリー。――えへへ、シャルとエリーか。なんかいいね」
愛称で呼び合えることが嬉しいのか彼女は体を左右に揺らしていた。私としても喜んでもらえたようでなによりなのだが、このやり取りを「むっ」と不満げに見る生徒がひとり。――セシリアだ。
「なんだか、お二人、以前に増して仲がよろしくなりましたわね……」
ジーと懐疑的な視線を寄せてくるセシリアにシャルがニコニコ顔で一言。
「まあねぇ~僕とエリーは特別な関係だから♪」
一見して天使の微笑みとも見て取れるその笑顔には、意味深な優越感が垣間見えた。
わたしは彼女の秘密を知っている。おまえはしらない。そんな感じの。
確かに、いまシャルは私の正体を知っている。けれど、セシリアはまだ私の正体を知らない。特別な関係っていうのはそういうことなのだろう。でもそれをこの場場の、この状況で匂わさなくても。
「な、なんですの、特別な関係って……」
ほら、セシリアが食いついた。
「ごめんね~。それはいえないんだ~」
『ね、エリー』っと、私に同意を求めてくるシャル。私はダラダラあぶら汗をかいた。
ただでさえ、私はセシリアに多くの隠し事をしている。言及こそされないが、フラストレーションが溜まっていることは間違いない。現にセシリアの「これはどういうことかしら」という視線は私に説明を強く要求している。
かといって本当の事を語れない私は、何かないかと周囲を見渡した。
すると、となりの部屋を盗み見るラウラを見つけた。これ幸いと私は逃げるように向かう。「ちょっとっ待ちなさいな」とセシリアが声を荒げるが、聞こえなかったことにした。
「ら、ラウラは何やっているんです?」
隣の客間に何か面白いものでもあるのでしょうか。
「ふむ、どうやら、隣でも我々と同じく、打ち上げしているクラスがあるようでな」
「どれどれ」
ラウラの真似をしてふすまの隙間から隣の部屋を覗く。
ふすまの向こうでは、二組の生徒たちが私たちと同じように、打ち上げをやっていた。けれど、テーブルには一切の肉がない。あるのは白いご飯だけ。それを二組の人たちが物悲しげに見つめている。なんですか、この状況。
「鈴、私たちの打ち上げこれだけ……? お肉は?」
「頼めるわけないじゃない。赤字で経費を回収できなかったのよ……。白ごはんで我慢して」
「うう、高級焼き肉店でご飯だけって……」
「タン、カルビ、ハラミ、ロース……」
「先生、おごってよー」
「え、えっと、今月きびしくて……。ほら、焼き肉のたれ、ご飯にかけたらおいしいわよ」
打ち上げ代を稼げなかったせいで、このありさまなのですか。
鈴のところはお客がすくなかったですしね。
にしても高級焼き肉店で、白いごはんだけというのは、なんというか、すごい光景ですね……。
「よし」
ん、どうしましたラウラ。もしや、二組を誘ってあげるのでしょうか
そうですね。競争相手だったとはいえ、最後ぐらい仲よく一緒に食べても――。
「煽げ、クラリッサ、二組に焼き肉の匂いを送り込んでやるのだ」
「こらやめなさい」
私はラウラの頭にチョップを落とした。
ただでさえ、向こうは焼き肉を食べられなくて泣いているのに。対テロ部隊が(飯)テロを起こしてどうするんです。
「ああ、いい匂いがするーッ」「らめぇ、おなかが鳴っちゃう」「こんなのがまんできないのぉー」「においだけで、ごはんが進んじゃうぅー」「いい、いい匂い! こんなの肉奴隷になっちゃうわぁー」
ほらみなさい。焼き肉の匂いで、二組がおかしくなっちゃってるじゃないですか。
私は阿鼻叫喚する二組を見ていられず、ふすまを開けて言った。
「あの、鈴、よかったらこっちに来て一緒にたべませんか」
♡ ♣ ♤ ♦
「やっぱり富はみんなで分け合わないとね、共産主義ばんざい。あ、カルビ追加で」
「そうね、やっぱり資本主義なんてろくでもないわ。あ、サーロインもう一枚」
一組と二組の合同打ち上げが決定するなり、二組の生徒たちは猛獣もかくやという獰猛さで焼き肉に食らいついていた。特にハルミントンさんなんて、これでサーロインステーキ3人前だ。ちなみに代金はすべて一組持ちである。
「あぁ~、ほんとうまいわ、この肉! 世界にこんな美味しいものがあったなんて!」
「鈴さんは大げさですわね。たかだか100グラム1500円のお肉で」
と言ったのはセシリアで、彼女は高級焼き肉を特に感慨のない様子で食べていた。さすがお嬢様。きっと日頃からいいもの食べてるんでしょうね。彼女の言動にはそう思わせる箇所が節々にある。それを垣間見せるたび、いい顔しないのが庶民派のシャルロットだ。
「だって、一夏、どう思う?」
「セシリアって俺たちと金銭感覚ズレってるよな。1500円の肉を、“たかだか”なんてさ」
シャルロットと同じく庶民派の一夏もセシリアの金銭感覚には同意しかねる様子であった。
「質素倹約」を標語にしているだけあって目が厳しい。想い人にそうみられたとあって、セシリアは視線を右往左往に泳がせた。そこへ箒がここぞと追い打ちをかける。
「知っているか、一夏、価値観の違う男女は長続きしないそうだぞ」
「え……」
「確かに金銭感覚が違うと苦労しそうだよな。俺も金遣いの荒い女性は遠慮したい」
「ぐっ」
一夏の一言でセシリアがさらに胸を痛める。そしてぼそっと「これはプレゼントの金額を見直さないといけませんわね」と小言を漏らす。プレゼント? ああ、そうでした。
「来月でしたっけ、一夏の誕生日」
「おう。それでさ、実は弾たちが「おまえの誕生会をひらく」って言っててさ――」
一夏は手持ちのスマートフォンを操作し、そのやり取りを私たちに見せた。
【From】:五反田弾
【Title】:おぉ、心の友よ
【本文】
来月おまえの誕生日だろ?俺と数馬でパーティーしてやるよ。
それでさ、せっかくだし、IS学園の友達もつれてこいよ、つーか、連れてきてください、お願いします。
文面を読んでまず思ったことは「だしに使われているなぁ」だった。
この誕生会をきっかけに「IS学園の女の子と知り合いたい」という思惑がすごく透けてみえる文章だ。だからといって、嫌悪とかないけれど。知人を伝手に出会いを求めることは恋愛の常套手段だ。
「よかったら、みんなも来ないか?」
「そうね。幼馴染の誕生日だし、祝ってあげるわよ」
「うむ、私も誕生日を祝ってもらったからな」
「もちろん、わたくしも参加いたしますわ。それでどの城を貸し切られるので?」
「城? 普通に俺の家でなんだが」
「え? 誕生パーティーはお城を貸し切ってするものでは?」
「え?」
「え?」
………………
「そ、そうですわよね! 冗談でしてよ、おほほ」
「うわ、痛々しいウソ」
「お黙りなさいなシャルロットさん!」
「私も参加させてもらおう。で、日にちは?」
「来月の27日だ」
日取りを聞いて、代表候補生たちはそろって「あっ」という顔をした。
私も彼女たちがそんな顔をした理由に、心当たりがあった。
「その日って、確か<キャノンボール・ファスト>の当日でしたよね?」
キャノンボール・ファスト。ISを用いた高速バトルレースだ。その大会が来月の27日に行われるのだ。ただし、出場するのは国家代表やその候補生で、私や一夏には関係のないこと――そう思っていたのだけれど
「その<キャノンボール・ファスト>だが、IS学園の生徒も参加することになったぞ」
クラリッサさんにビールを注いでもらいながら、上ミノを手に千冬さんが言った。
「ここ数か月、学校行事がことごとく中止していたからな。その穴埋めとしてジェニファーが、特別に学生用の出場枠を設けてくれたんだ」
ジェニファー・J・フォックス。<モンド・グロッソ>高速戦闘部門で二年連続<ヴァルキリー>の称号を獲得している女性だ。現<ブリュンヒルデ>でもある。その高速部門から派生した<キャノンボール・ファスト>でもいくつものタイトルを獲得している。
今回の<キャノンボール・ファスト>はその彼女による主催らしい。
「それにあたって明日から高速機動の実習と並行して、出場者の選出を行う。心しておくこと。――以上。クラリッサ、生と上ミノ追加だ」
それだけ言ってぐびっとビールをあおぐ。
大分アルコールが入っているようで、いつもの千冬さんより陽気な感じだった。「ロヴェルティーネはもう結婚したのか」とか「エーデルシュタイン大佐は元気か」とか言っている。
それはさておき、私たちは話を誕生会に戻した。
「見事にブッキングしたな。当日は何時まで行われるんだ」
「プログラムだと、午後5時に終了する予定だよ」
「そっか。<キャノンボール・ファスト>が終わってからでも十分間に合うな。よし、じゃあ弾にそう連絡いれとくか。『誕生日パーティーは午後6時から頼む。あとIS学園の女の子も誘ったぞ』と。――――うお、もう返信してきやがった。えっと『どんな子だ。写真くれ!』だと?」
一夏はしばらく考えてから、私たちに苦笑しながら言った。
「悪い、みんな。参加するメンバで集合写真を撮らせてくれないか?」
「まあ、構わないが?」
そういうわけで参加するメンバ――私、箒、セシリア、鈴、シャルロット、ラウラはファインダーの中に寄り集まった。その最中、私は今回の<キャノンボール・ファスト>をどうするか考えていた。
学内行事には出場してきたけれど、さすがにテレビ中継される国際大会に出ていいものか迷う。
まあ、何かしら指示があるだろう。そう思いながら私はみなさんと一緒にピースサインを出した。