IS<インフィニット・ストラトス>―Deus Ex Machina 作:ネコッテ
曲名:英雄
https://www.youtube.com/watch?v=fvXHUB6VzuE
それとネクサスおもしろいよね!
ショーダウン。それはポーカーで互いが手の内を晒すときの掛け詞だったか。
では、よくやく彼の手札が揃ったということか。
いいだろう。散々逃げ回って手に入れた彼の
「《ブルーティアーズ》!」
セシリアは展開していた《ブルーティアーズ》を呼び戻し陣形を張った。
さらに自らも《スターライトMkⅢ》を構える。
4基のレーザービットに、一丁のレーザーライフル。戦車一輌、易々と蒸発させられる火力だ。
ポーカー的にいうならば、フォーカードにジョーカーを加えたファイブカードか。
(
セシリアは引き金を引いた。
BTレーザーによるバースト射撃。――その着弾の刹那、一夏が《雪片弐型》を振り下ろす。
その刃先にレーザーが触れた瞬間、蒼い閃光はその存在を否定されたように消滅した。
「!?」
眼の前で生じた現象に、セシリアはおろか観衆のほとんどが瞠目した。
照射されたレーザービームをブレードで斬り伏せた?
「な、なんですの?」
たったいま起こった現象にセシリアは僅からながら動揺を見せた。
対照的に一夏は勝気な笑みで、レーザーを斬った刀《雪片弐型》の鉾をセシリアに突き付ける。
「これがおまえを倒すための第二の矢――《雪片弐型》の能力さ」
♡ ♣ ♤ ♦
中央のモニターに映し出された、レーザーを切り裂く映像に、私たちは心底安堵した。
試運転なしでの実戦投入。システムアップデートの遅延。不安要素がありすぎてうまくいくかハラハラしていたけれど、《雪片弐型》はちゃんと機能しているようだった。これには千冬さんもホっと胸を撫で下ろしている。
「突貫工事だったが、なんとかなったな」
「ええ。《雪片弐型》は能力を発揮しているようです」
《雪片弐型》の能力。それはエネルギー体をその性質に関係なく消失させる能力だ。
当然ながら指向性エネルギー兵器であるレーザービームもその対象に入る。これを利用して<ブルー・ティアーズ>の武装を無力化する。それが<トリプルアロー>第二の矢だ。
「それにしても、いつ見ても綺麗ですね。まるで魔法の剣みたいです」
山田先生がどこかうっとりした様子で<白式>を見つめる。
確かに淡い光を放出し纏う《雪片弐型》はファンタジーに出てくる武器のようだ。禍を払う聖剣。そんな印象だろう。事実、エネルギーを無効化する《雪片弐型》は、科学というより魔法の域に近い。
「充分に発達した科学は魔法と区別がつかないものだ」
千冬さんの言葉に、私は『アーサー・C・クラークですか?』と訊いた。
しかし、千冬さんは『そうなのか?』と訊きかえしてきた。
「この言葉は《雪片弐型》開発者の受け売りなんだ。私が初めてISを装備したとき、『まるで魔法の鎧だ』と言ったら、そいつがそう言ってな。――なるほど、クラークの言葉だったのか」
「そういえば、《雪片弐型》の開発者ってだれなのですか?」
私たちは《雪片弐型》の開発者が誰なのか未だに聞かされていない。
《雪片弐型》の話をするとき、千冬さんは限って“開発者”と実名をぼかす。
「いずれわかる時がくるさ。――それよりも織斑は《雪片弐型》のリスクを知っているか?」
露骨に話を逸らされた気もしたが、私は『大丈夫です』と答えた。
《雪片弐型》は反則的な能力を有するけれど、強力な武器はハイリスクかハイコストと相場が決まっている。《雪片弐型》も例にもれず、その能力を発揮する際には莫大なエネルギーを消費する。それを知らずに使えば《雪片弐型》はただの自傷兵器なのだ。だが、それを踏まえて一夏を訓練したので、自滅の恐れはないだろう。
「そうか。やはりおまえに託して正解だったな」
「それほどでもありません」
そう答える私に、千冬さんは『可愛げのない奴め』と肩を竦めた。
♡ ♣ ♤ ♦
「雪片……もしや、
この学園を首席で入学したオルコットだけあって、その銘に聞き覚えがある様子だった。
かつて織斑千冬を世界制覇に導いた剣――それが《雪片》だ。
「それがいま貴方の手の中に?」
「そういうこった。俺は織斑千冬の弟だぜ? なんら不可解じゃないだろ?」
「ええ、むしろ、その可能性を考慮しなかった自分を責め立ててやりたいところです」
ここに来て、オルコットの表情から余裕が消えた。理由は理解できる。
オルコットの専用機は第三世代型――つまり指向性エネルギー兵器を装備したISだ。対し《雪片弐型》はそのエネルギー兵器を無力化できる武器。<ブルー・ティアーズ>にとって<白式>は天敵なわけだ。その事実がオルコットから余裕を奪った。
「わたくしが追っていた得物は、小鹿ではなかったわけですのね」
「ああ。猛獣だったってわけさ。それも毒を持ったな。――で、今度はおまえが追われる番だ」
俺が《雪片弐型》を正眼で構えると、オルコットも警戒するようにライフルを構えた。
<――警報:入力データB2と照合。1.6秒後、射撃モーション――>
アラートと同時に、<白式>が着弾ポイントと射線を計算してARで表示する。
その情報に従い、俺は軽やかに《雪片弐型》を振るった。
一閃、二閃、三閃。銀刀が翻るたび、蒼い閃光が《雪片弐型》の能力によって無に帰す。
それを目の当たりにしたセシリアが表情を歪ませた。
「やりますわね。わたくしの射撃をブレードで掃うなんて」
「毎日、全国レベルの幼馴染が稽古をつけてくれたんでな」
箒の剣道の腕前は全国レベルだ。そんな相手が繰り出す神速の太刀筋を毎日凌いでいれば、これぐらいの芸当は可能になる。もちろんアリスが調整したアナライズシステムがあっての話だが。
「でしたら、これはどうです。――《ブルーティアーズ》!」
オルコットは非固定浮遊部位からビットを射出した。
ビット。オルコットから独立して攻撃してくる機動端末だ。意識すべき目標が一気に増え、頭の中が一瞬パニックになるが、俺には頼れるオペレーターがいる。
『一夏、ビットは操縦者の攻撃イメージを具現する兵装です。その仕様上、操縦者の攻撃特性が強く反映されます。オルコットさんは遠距離攻撃を得意としているので、ビットも必然と遠い位置からの攻撃が本命となっています。それだけに注意を割いてください。あとの三基は牽制で、そうそう命中しません』
「ああ、わかってる。それでビットのコントロール中は、本体からの攻撃が止まるんだよな」
俺は<白式>の外被に埋め込まれたアクティブレーダーを最大活用して《ブルーティアーズ》の位置を把握する。そして、もっとも遠いビットに意識を割きつつ、得た位置情報をアリーナの管制室に送信。すると、すぐさまアリスから指示が帰ってきた。
『六時方向にグレネード!』
「おう!」
俺は腰に預けていたアサルトライフルを構え、銃身に備わったグレネードをビットに投射した。
榴弾自体は命中しなかった。爆発もしない。代わりに細かな金属片を大量にばら撒いた。
それに包まれたビットが痙攣を起こす。ビットの動きが止まった。
『榴弾に電子欺瞞紙を詰めておきました。いまビットは本体から送信される命令を妨害されて、動きが緩慢になっています。――――いまです。叩き斬って!』
「おう!」
俺は機体のスラスターを吹かせて、スパークを放ち痙攣するビットに斬り込んだ。
斬撃。二つに別たれたビットは蒼い電光を走らせて爆散した。
「まず一機目ッ!」
『接近警報。9時方向にビット』
俺はすかさず上半身をひねり、もう一度グレネード弾を発射する。それから先の要領で二基目のビットを両断した。これに調子づいた俺は、同じ戦法で三基、四基と撃墜していく。
最期のビットを撃墜され、セシリアの表情に驚愕が浮かんだ。
「チャフによる妨害!? もしやあなた《ブルーティアーズ》の周波パターンまで!?」
「言ったろ、アリスはおまえの事を徹底的に調べあげたって」
「だからと言って!」
「だったら、ずっとそう思ってろよッ!」
猟犬を失ったオルコットは、機体を下げ、距離を取る。射撃に有効な距離を確保するつもりだ。
させるか。俺はスラスターにブーストをかけて執拗に追いかけた。もともと推力では高機動型の<白式>に分がある。多少の被弾を覚悟すれば、代表候補生相手でもそれなりに追いつける。
加速、加速、加速。《雪片弐型》の能力を盾にして更に加速。
高機動の名に恥じない加速力で距離を詰めると、オルコットの表情に焦りが灯った。
動揺で揺れるオルコットのすきをつき、俺は上段から《雪片弐型》を一気に斬り下す。
「くっ……」
オルコットは咄嗟に持っていた《スターライトMkⅢ》を盾にしたが、俺はそれもろともオルコットを《雪片弐型》で斬り伏せた。
<――判定:クリティカルヒット――>
それは相手に多大なダメージを負わせたことを示すメッセージだ。
ISバトルではシールドが無効化されると、大幅にポイントを失う。これが《クリティカルヒット》。そして《雪片弐型》のエネルギー消滅効果はISのエネルギーシールドに対しても有効だ。つまり当たれば必ず《絶対防御》が発動し《クリティカルヒット》が発生する。
しかし、いくら強力な武器でも、攻撃を当てられなければ意味がない。
そこでアリスは俺にこう言った。
『オルコットさんが相手じゃ苦戦は必至でしょう。ですが、何がなんでもオルコットさんに一矢報いてください。その一矢こそが<トリプルアロー>第三の矢になります』
トリプルアロー、最後の矢。それは俺自身が矢となり、セシリアに一太刀あびせる事だ。
「形勢逆転だな、オルコット。どうする、まだ続けるか?」
三本の矢が全て通ったことで、オルコットは全ての戦力を失った。ショートブレードを使ったとしても、近接格闘戦は俺が得意とし、オルコットが苦手とする展開になる。つまり、俺のフィールドに相手を引きずり出せたわけだ。しかも、こちらには《
さらに先の《クリティカル》攻撃でポイントも大幅に失っている。俺の優位はきっと揺るがない。
それでもセシリアは気丈に振る舞った。
「あら、ご慈悲を頂けますの? 意外と紳士ですのね。――ですが、わたくしをそこらのか弱い女と一緒にされては困りますわ。わたくしはイギリスの威信を背負いし代表候補生。最後まで戦います。民を守る騎士は敵に背を向けません」
オルコットは最後の武器――近接防御用のショートブレード《インターセプター》を抜く。
刃渡り60センチあまりのひ弱なそれを、オルコットが両手で構えた。装備は貧相だが、蒼い瞳には闘志が宿っているように見える。矜持か、自尊心か、見栄か、いずれにせよ。彼女にも負けられない理由があるのだろう。ここにきて、俺は初めてオルコットに好感を持てた気がした。
「オルコット、俺はいま初めて、おまえのことをすこし好きになれた気がするよ。――だけど、負けてやる気はねえ。こんな俺にも譲れないものがあるんだ」
俺に力を貸してくれた人たちのためにも。ここで男を笑っている奴を見返すためにも。
俺は絶対に負けられない。これは男――織斑一夏一世一代の大勝負なんだ。
「わたくしも、あなたのことを改め直しましたわ。――では、
「ああ」
俺は腰を落して《雪片弐型》を腰に宛がう。篠ノ之流剣術、居合の構えだ。
オルコットも《インターセプター》を両手で握り絞め、後方へ引く。
刹那、張り詰めた弓の矢のごとく、俺たちは互いに踏み込んだ。
「うおおおおぉーッ!」「てやあぁぁーッ」
スラスターの出力を全開にし、その勢いを切先に乗せる。
矜持、名誉、尊厳、すべてを賭して俺たちはぶつかり合った。
白と青が交叉した瞬間、動かぬ両者に観客は静まり返っていた。
みな呼吸を忘れていた。それほどまでに無謀だと嗤った少年の奮闘が衝撃的だったのだ。
ようやく観客が固唾を呑むに至ると、アリーナ中央の投影型モニターに勝利者が表示された。
映し出されたのは精悍な顔つきの少年だ。その頭上には勝利を意味する王の冠がある。
この戦い制したのは、自分たちが男というだけで蔑んだ少年だった。
<勝者、織斑一夏!>
アナウンスが勝利者を告げると、一人の生徒が彼の健闘を讃えるように拍手を送った。
その拍手は波及してアリーナ全体に広がっていく。そこに一夏を笑う者は誰一人いない。
小さな試合の小さな勝利であったけれど、少年にとっては大きな勝利であった。
♡ ♣ ♤ ♦
試合終了後。
割れんばかりの喝采と拍手を背にしてピットに戻ると、箒が駆け足で寄ってきた。
「やったな、一夏!」
「おう!」
俺と箒は翳した手と手でハイタッチを交わした。
そこにアリスと千冬姉が並んでやってくる。二人は俺の戦いを讃えるように微笑んだ。
「よくやった――といいたいところだが、最後の最後でしてやられたな」
千冬姉は<白式>の胸部に付いた擦過傷を見た。オルコットがつけた傷だ。
激突の刹那で交わした刃は、互いに届いていた。
そう、届いていたのだ。
もしこれが生身の戦いだったら、俺たちは引き分けていたことになる。それでも俺が勝利できたのは単純に武器の性能差だった。とどのつまり、俺は《雪片弐型》の性能に救われたというわけだ。
「俺ってまだまだだな」
相手が代表候補生だと考えれば大金星なのだけど、得意なフィールドに持ち込んで相打ちという事実は、俺に実力不足を実感させた。千冬姉なら徹頭徹尾、相手を完封してみせただろう。
それでも千冬姉は満足そうに笑ってくれた。
「それでいい。勝利はただの通過点にすぎない。一度の勝利に酔いしれていては底が知れるという物だ。本当に強くなりたければ、常に己の強さについて問い続けろ」それからどこか照れ臭そうに頬をかき、「――だが、まあ、代表候補生相手によく勝利した。姉としても鼻高々だ」
俺は首を左右に振った。
「アリスや箒が力を貸してくれたおかげだよ。二人がいなかったら俺は勝てなかった」
アリスが作戦を立て訓練し、箒が剣術を鍛え直してくれたから、俺はあそこまで戦えた。
二人がいたからこそ俺は戦えたんだ。これは間違いのない事実。今回の勝利は三人の勝利だ。
「ありがとな、アリス、箒」
心の底から感謝する俺に、箒とアリスは顔を見合わせて笑った。
「なに、礼などいらない。おまえこそ、その、か、かっこよかったぞ?」
「ええ、カッコよかったですよ」
頬を赤める箒と、片目をウィンクしてみせるアリス。
それを見て、千冬姉が「いい仲間を持ったな」と俺に視線を遣す。
まったくもってそう思う。俺はいい仲間と幼馴染、そしていい姉を持った。
「よし。では、撤収するぞ。――まだ授業が残っている。遅刻するなよ、おまえら」
そうだった。この試合はアリーナの都合上、4時限目を削って行われた。
IS学園は一コマ60分で6時限目まである。まだ2コマも授業が残っているのだ。
(ああ、あの難解な授業を二時間も受けないといけないのか)
オルコットとの決闘で精根尽き果てた俺にすれば、それは苦行に他ならない。
なんだか勝利の余韻が一気に眠気に変わったような気がした。
♡ ♣ ♤ ♦
試合が終わり、誰もいなくなったアリーナ。
その観客席でひとりの生徒が戦いの余韻を楽しむかのように佇んでいた。
生徒の長、生徒会長だ。
その生徒会長の許に一人の生徒がやってくる。眼鏡をかけ、赤色の棒ネクタイを結んだ生徒だ。物腰はキャリアウーマンと言った
「お嬢さま、まもなく5時限目が始まりますが」
秘書風の生徒がそう言っても、生徒会長は動く素振りをみせなかった。
あからさまに授業をさぼる気配。
千冬が知ったら烈火の如く怒りそうなものだが、彼女にはそうしても許される立場と権利があった。生徒会長だから――というのも理由のひとつではあったけれど、彼女のもう一つの肩書が教師に授業のボイコットを黙認させていた。
「いくら国家代表の身分とはいえ、このような行いでは生徒に示しがつきませんよ」
国家代表候補が次に目指すステージ――国家代表。それが彼女のもう一つの肩書だった。
彼女はここでのカリキュラムを全て修めているため、こういう自主行動が許されていた。
とはいえ、生徒の規範たる生徒会長が授業をさぼるようでは、他の生徒に示しがつかない。
だが、そんなことなどどこ吹く風といった様子で生徒会長――更識楯無は言った。
「ねえ、
唐突に投げ掛けられた質問に、虚と呼ばれた三年生は淡々と答えた。
「良い試合だったと思います。あの織斑一夏という生徒には目に見張るものがありました」
今回の決闘は、間違いなくIS学園の歴史に残る名試合だっただろう。
なにせ、あの場所にいた観客が自らの価値観を改めさせられたのだから。彼はこのIS学園に新たな風を吹かせたといえる。やがて、その風は逆風に苦しむ男性の追い風となるだろう。そんな予感をひしひしと感じさせる試合だった。
しかし、虚は『けれど』と続けた。
「今回の試合に置いて、真に注目すべきは彼の裏方にいた人物かと」
「やっぱり虚ちゃんもそう思う?」
生徒会長は真剣な面持ちで手持ちの扇子を開いた。そこには“内助の功”。
「織斑一夏は誠実な少年ですが、策を弄するタイプではないようです。裏でセシリア・オルコットの情報を集め、傾向と対策を構築し、それを踏まえて織斑一夏を訓練した者がいる。彼の勝利はその人物の功績が大きいかと」
「よね。しかも、やり方がすごくプロくさいわ」
「同感です。余程の手慣れでなければ、織斑一夏を勝ちに導けなかったでしょう」
「彼に軍配を齎した勝利の女神は、篠ノ之箒だと思う?」
「その可能性は低いでしょう。彼女は優秀な剣術を持っているようですが、こういった作戦を画策できる生徒ではないようです。おそらく彼を勝利に導いたのは彼女かと」
無駄のない動作で、小脇に抱えていたファイルから一枚の資料を差し出す。
アリスの証明写真とプロフィールが記載されたそれを、会長は目を細めて見た。
「アリス・リデル。姓名は至って平凡、どこにでもいそうな名前ね。保護者がロリーナ・リデルというのはちょっと作為を感じるけど。で、出身はイングランドっと。彼女は自国の代表候補生を敵に回したわけなのね」
楯無はさらにページをめくった。
「入試テストは700満点中592点。実技テストも100点中68点。教官との模擬戦も負けていて、IS適正値は【C+】。なんとかギリギリで入学できたって感じの成績ね」
生徒会長は読んでいたプロフィールを虚に返す。そしてニヤッと笑みを浮かべた。
「でも、本当はどうなのかしら」
プロフィールからは欺瞞の匂いがした。――否、欺瞞の匂いしかしない。
この資料に記されている情報はほぼ全て嘘で塗り固められている。生徒会長にはそれが判った。なぜなら彼女もまた“嘘つき”だからだ。嘘つきは嘘の匂いに敏感だ。そして相手の嘘を暴きたくなるのも、また嘘つきという人種である。
「――虚ちゃん、彼女の情報をもっと集めて頂戴。気になるわ」
「畏まりました。妹にもそのように伝えておきます」
「ありがとう」
楯無に一礼し、虚は踵を返した。
「それにしても、今年の入学生は逸材が多いわね」
今年は近年でも稀にみる豊作だといえる。織斑一夏という存在がその最たるものだろう。
それはこの学園が騒がしくなるということを暗喩していたが、生徒会長に楽しげにセンスを口にあてがう。トラブルが増えるとなれば、自ずと気が滅入りそうなものであるけれど、生徒会長にそんな様子はなかった。
なぜなら、彼女自身がトラブルメーカーだからだ。
♡ ♣ ♤ ♦
「これにて今日の講義を終了する。このままホームルームを行うので席は立つな」
地獄のような睡魔に襲われながらも、なんとかやり過ごした放課後。
6時限目の講義を終えた千冬姉は、その流れのままHRを始めた。
「それではまず、まだ決まっていなかったクラス代表についてだが。オルコットの提案でクラス代表を決める試合を行った結果、織斑が勝利した。これにより一年一組のクラス代表は織斑一夏となるが――これについて異論があるものはいるか?」
教室を見渡す千冬姉に倣って、俺も固唾を呑んで様子を見守る。
以前、俺の抜擢に揉めに揉めたクラス代表の選出。しかし今度は誰も意を唱えなかった。
ただ、一人の生徒がおずおずと手を挙げる。確か『男は女の下で働くべきだ』と主張した生徒だ。
もしかしてまた同じような主張をする気なのだろうか。――そんな予想は簡単に裏切られた。
「あの、今回の試合を見て、わたし感動しました」
その一言に触発されたのか、他の子も次々に感想を漏らし始めた。
「わたしも。男の人の底力を見たような気がして、胸が熱くなったよね」
「ええ、私も熱くなりました。男性は格好ばかりだと思っていましたけど、織斑くんは実力を以ってオルコットさんを下し、その強さを証明しました。自尊心ばかりが強い私たちとは大違いです……」
「うんうん。あたしたちは社会地位を武器に男の人を攻撃してさ。やり返せない相手を見て、“どんなもんだ”って優越感に浸ってたけど、そういうのって強いって云わないんだよね」
「わたしはさ、入試の成績悪くて、この学園でうまくやっていけるのか心配だったけど、織斑君の試合を見て『がんばれば、私も代表候補生になれるかも』って希望を貰った気がしたよ」
「私も。挑戦する大切さと、その勇気を教えてもらった気がする」
「これからは、立場に甘えないで、織斑くんを見習わなきゃね」
「おりむー、カッコよかったよー」「見直したわ」「男性も捨てたもんじゃないわね」「ねえ、今度、一緒に訓練しよ」「イギリスの代表候補性に勝つなんてすごいよね」「やるじゃん」
「おまえら……」
なおも教室のいたるところから湧き上がる賞賛に、俺は目頭が熱くなるのを堪えられなかった。
努力した事。それが報われた事。それらが綯い交ぜになって、言葉にできない激情になっていた。
「よし、織斑がクラス代表で異論はないようだな。オルコット、おまえはどうだ?」
今まで様子を見守っていたオルコットが、ここで初めて発言した。
「ありませんわ。今の彼ならクラスの代表に相応しい実力をお持ちです。なにせ、このセシリア・オルコットを下したのですから。少々――いえ、正直に申しましょう。とても悔しいですが、自らが提案したことです。チェス盤をひっくり返すような行為はいたしませんわ」
オルコットはぐっと拳を握りしめていたが、最後には優しい笑みをくれる。
彼女の碧い瞳には、悔しさを超えた賞賛の色があった。
「織斑一夏さん、わたくしは貴方をこのクラスの代表として認めます」
「おう、ありがとな」
イギリスの代表候補生のお墨付きを貰えた俺は、何だか鼻高々だった。でも、それ以上に決闘を通してオルコットと何かを通じ合えたことが、なんだか嬉しかった。
だからこそ思う。――セシリアは本当に女尊男卑の人間だったのだろうか。
「では、一年一組のクラス代表は織斑一夏で決定だな」
『はいッ!』
最終確認のあと、千冬姉はこちらに視線を寄こした。同意を求める一瞥だ。
俺は頷いた。当初は“クラス代表なんてまっぴらごめんだ”と思っていたが、クラスメイトに認められた今なら“彼女たちの為に頑張ってみよう”という気になっていた。
「よし。クラス代表も決まったところで、放課後のHRは終わりにする。放課後も訓練に勤しめ」
そう言って、千冬姉は授業資料をまとめ、教室を出ていく。
俺はその後を追いかけた。千冬姉に伝えたいことがあったのだ。
「千冬姉」
俺の呼びかけに、千冬姉は足を止めて振り返る。
「だから、織斑先生だと何回いえば――」
まるで学習しない俺に呆れた様子の千冬姉だったが、訂正はしない。
千冬姉と呼んだのは、家族として聞いて欲しいことがあったからだ。千冬姉もそれを汲んでくれる。
「どうした、一夏」
「千冬姉、俺、ここに入学した時、不安でいっぱいだった」
男卑の風潮が蔓延る現代。女性しかいない学園で男性一人という孤独。最初は疎外感と閉塞感で圧し潰れそうだった。本当を言うと直ぐにも逃げ出したかった。だけど、そんな中にも力を貸してくれる味方がいて、やがてクラスのみんなが俺の存在を認めてくれて――。
そんな今なら、いえることがある。
「でも、今はなんとかやっていけそうな気がするよ」
俺の立場は特殊だ。どこにも逃げ場なんてない。たとえココがどんなに過酷な環境であっても、俺はココでやっていくしかない。
そんな俺を、千冬姉はずっと心配してくれていた。その千冬姉を一番に安心させたかったのだ。
「そうか。それを聞いて安心した」
和やかに微笑む千冬姉に、俺も家族のそんな笑顔が見られて安心した。
「では、その調子で来月のクラス対抗戦に向けて訓練を続けろ。最後に栄光を掴むのは怠惰なウサギではなく、邁進するカメだ。それを忘れるな」
「はい」
俺の返答に満足した千冬姉は踵を返した。その背中をしばらく見つめる。
ずっと見てきた姉の背中は相変わらず、大きくて頼もしい。
けど、千冬姉に頼ってばかりもいられない。そろそろ自分の足で歩き出さないとな。
(よし、クラス対抗戦もがんばるか)
気持ちを入れ替え、来た道を戻るべく踵を返す。
すると、背後にアリスと箒が立っていた。
「お、どうしたんだ二人とも」
「いえ、急に教室を飛び出していったものですから、ね?」
「ああ、何かあったのかと、な。――それで何かあったのか?」
「いや、なんでもないよ。それよりアリーナに行こうぜ。来月にはクラス対抗戦もあるって話だからさ。今日もコーチを頼むぜ、アリス」
「あ、そのことですが、あなたをコーチするのは今日で終わりです。――私の役目はあなたをオルコットさんに勝利させることでした。それを成したいま、私の役目は終えましたから」
「え? ちょっと待ってくれ。いきなりなんだよ、それ」
てっきり、これからもコーチしてくれるものだと思っていた俺は驚愕の一言だった。
そんな俺などどこ吹く風のアリスは俺の肩に手をおく。
「大丈夫ですよ、あなたはもう戦いのイロハを知っているはずです」
「いや、でもよ」
すごくいいコーチだと思っていただけに、俺はショックを拭え切れない。
正直に言おう。いまの俺は未練たらたらである。
「もお、そんな捨てられそうな子犬の顔をしないでください。何かあったら相談に乗りますし、たまには訓練にも顔を出しますから。これからは篠ノ之さんと二人三脚でがんばってください」
そういって、箒にエールを送るようなウィンクを見せる。
それにどういう意図があったのか解らなかったが、箒はボッと顔を赤くした。
「では、私はこれからやるべき事があるので。特訓がんばってください」
「…………おう」
くるっと来た道を帰っていくアリスに、俺はがっくしと肩を落とす。
そんな俺を見た箒が――
「今のおまえ、妻子に逃げられた旦那みたいだぞ」
そんなことを言った。俺は言い得て妙だと思った。