IS<インフィニット・ストラトス>―Deus Ex Machina 作:ネコッテ
学園の来賓入口。高軌道実習の三日目を終えた休日。というわけで。思うところあって、一夏を誘って出かけることにした私は、いまその待ち合わせ場所に向かう最中にあった。
その途中、私はある人物と遭遇した。
艶やかな金髪と聡い碧眼、成熟した大人の色気をかもすその女性は<亡国機業>の女幹部スコール・ミューゼルだ。
「あら、アリス。おでかけかしらん?」
八月に捕らえた彼女の身柄は、情報部が預かっている。そこで彼女の口から<IS学園襲撃>や<亡国機業>の内情についてリークされた。以降、上層部は彼女を情報提供者、兼<亡国機業>とのパイプ役として扱う方針を出したらしい。その見返りにある程度の自由が許されていた。もちろん、監視付きではあるが。
「こんなところで何をしているんです」
「近々ジェニファーが主催する<キャノンボール・ファスト>があるでしょ。<ミューゼル社>はそれに協賛しているの。<ミューゼル社>の代表として、視察させてもらおうと思ってね。そういうあなたはこれから、おでかけ? さてはデェトかしらぁん」
ずいぶんとめかしこんだ私の服装を見て、スコールはにんまり笑った。
「えっと、まあ、そう、ですね……」
はっきり言うのは憚れた。誰かにデートだと言うのは、なかなか恥ずかしいものがある。
私がたまらず火照った顔をそらすと、スコールがとろけた笑顔を見せた。
「あらやだわ。初々しい♡」
うふふと妖艶に笑うスコールに怖いものを感じ、私はうしろへたじろいだ。
「あ、あなたにはオータムがいるでしょ……」
「あら、美味しそうなものを見たら、食べてみたくならない?」
「またそんなこといって。そのうち愛想を尽かされますよ。秋空と女心は変わりやすいんですからね」
「おあいにくさま。オータムは私にメロメロだから大丈夫よん、うふふ」
その自信はどこから来るのか――と言いたいところだが、実際オータムはずいぶんとスコールに惚れ込んでいる。別れ話のひとつでもしようもんなら「あたしを捨てないでくれ」って泣きそうなぐらいである。男勝りのくせに、そういうところは女々しいヤツなのだ。スコールはそういうところが可愛いというけれど。
「ま、なんでもいいですが、私そろそろ行きます」
「あらそう。時間があるなら案内してもらいたかったのだけど、仕方ないわねェ。そうそう、出かけるなら、傘を持っていったほうがいいわよ」
「今日は降水確率3%ですよ」
天気予報のお姉さんも「最高のおでかけ日和」と太鼓判を押していた。
「あなたも言ったじゃない。秋空と女心は変わりやすいって。それに私は雨女だから」
ミューゼル家は特異な家系で、発火能力を遺伝体質に持つらしい(その能力が災いして、彼女は知人宅を全焼させてしまった過去がある)。つまり
「ともかく、待ち合わせ時間が迫っているので私は行きます」
「はい、いってらっしゃい。デート、楽しんでらっしゃいね」
さきほどの妖艶な笑みから一転、やさしいお姉さんの顔で私を見送ってくれる。
さて、土砂降りに遭遇したせいですっかり足止めをくらってしまった。こちらから誘ったデートだ。遅れては立つ瀬がない。急がないと。
♡ ♣ ♤ ♦
「よし、行くか」
寮の入り口前。俺はジャケットの襟をびしっと整えた。
天気は快調。青空には雲一つない。お天道さまも今日は俺に味方しているらしい。
「なんだ、これから出かけるのか?」
さあ出陣というときに、背後から声がかかり、俺は振り向いた。
立っていたのは千冬姉だ。それも休日だというのにいつものスーツ姿で。
「あれ、千冬姉、いまから出勤?」
「ああ、明日から各国の国家代表が<キャノンボール・ファスト>の調整に向けて現地入りするんだ。宿泊施設の準備やら、整備ハンガーの手配やら、いろいろな。――それにしてもずいぶんと粧し込んでるな。白いジァケットなんか着て」
千冬はジーッと俺の服装を凝視したあと、思い至ったようにフっと笑う。
「さてはこれからデートか」
見抜かれて頬に赤みがさす。さらに服装を指摘されると、デートに掛ける意気込みも見抜かれた気がして、身悶えしたくなるような羞恥心に襲われた。語調もおもわず縮こまってしまう。
「そ、そうだよ、悪いかよ……」
「悪いなど言っていないだろ。――で、相手は誰だ」
興味津々な様子で訊いてくる姉に、俺は投げやりにいった。
「アリスだよ」
途端、ニヤけていた千冬姉の表情が一瞬だけ強張った。そう、まるで針を口に放り込まれたみたく。それっきり、千冬姉は眉間に険呑なしわを寄せ、難しい顔で急に黙り込んでしまった。
「千冬姉?」
「ん? あ、まあ、なんだ、楽しんでこい。ただし、節度を持ってな。ほら、行け」
と、千冬姉が俺の背中を叩く。
言葉こそ普段通りだったが、表情はどこか硬い。そんな千冬姉の態度に気持ち悪さを感じながら、俺は寮を出るのだった。
♡ ♣ ♤ ♦
「何だったんだ」
待ち合わせ場所に向かう途中、千冬姉が見せた表情に、俺はモヤモヤした気持ちを抱えていた。
何で千冬姉は、あんな顔をしたんだ? アリスの好感度ってよかったと思うんだけど。
(もしかすると、アリス本人じゃなく<デウス・エクス・マキナ>が信用できない?)
俺は<デウス・エクス・マキナ>のことを千冬姉に話していないけど、アリスと<デウス・エクス・マキナ>の関係に薄々気づいているんだろう。俺も<デウス・エクス・マキナ>について詳しく知らないから、全てを信用しちゃいないが。
「――って、考えても始まられねえよな」
どうあれ、アリスが信用できる相手ってことに間違いはない。そのアリスが信頼する相手なら、きっと信頼できる相手だ。――と、強引に結論を出して、俺は待ち合わせ場所にやってきた。
待ち合わせたモノレール改札前に、アリスの姿はなかった。
待ち合わせ時刻は既にすぎている。時間に正確なアリスが遅れてくるなんて珍しいな。
「まあ、すぐ来るだろう。先に切符でも買っとくか」
そう思いつき、自販機で切符を購入する。ついでにアリスの分も買い、待ち合わせ場所に戻ると、学園の方角にアリスの姿が見えた。スタンドカラーのブラウスに、赤い棒リボン。そこに合わせたラッフルスカートを揺らしながら、アリスが俺の許に走ってくる。
「すみません、おくれました」
「いや、俺もいま来たところだよ」
「そうですか。待たせなくてよかったです」
そう言って、柔らかく微笑む。
その笑顔に頬が熱くなるのを感じた俺は、照れ隠しに早々と言った。
「よ、よし、じゃあ行こうぜ。もうじきモノレールがくるから。ほら切符」
「あ、買っておいてくれたんですか。なんだか、気を使わせてすみません」
「いや、いいって。ほら行くぞ。モノレールが来る」
アリスに切符を渡し、二人で改札を抜ける。駅のプラットフォームには、すでにモノレールが到着していた。しかも駅員が発進まえの安全確認をしている。俺たちは慌てて飛び乗った。
「なんとか、間に合いましたね」
「ああ、一本逃すと次が長いからな」
このモノレールは学園と本土を繋ぐローカル腺なので、本数は多くない。一本逃すと一時間も待たなければならない。――と、説明している合間にモノレールが次の駅に入る。
俺とアリスは改札を抜け、市内に向けて歩き出した。
目的地は決めていない。適当にぶらつこうというのが今日のプランだ。
「それにしても時間に正確なおまえが遅れてくるなんて珍しいな」
「ちょっと土砂降りに遭遇しまして」
「土砂降りねぇ」
土砂降りと言われ、なんとなく空を見上げる。先まで晴天だった空は――いつしか曇り模様になっていた。秋の空は変わりやすいというが、これはもしかして。
「それでその土砂降りが言うんです。私は雨女だから傘を持っていけって――」
「アリス、その言葉、正しかったわ」
俺は空を見上げたまま言う。同じようにアリスも空を見上げる。その顔にポツンと落ちてきた雫が弾けた。一滴、二滴。少しずつ増えていった雫は、やがて豪雨へと変わり――。
「うそでしょーッ」
「アリス、走るぞッ」
雨が街を叩くなか、俺はアリスの手を取って走り出した。
俺たちが足を速めるにつれ、雨脚も早くなっていく。こりゃずぶ濡れになりかねないぞ。
「アリス、とりあえずあそこに避難しよう」
幸いにも街中とあって雨宿りできる場所はすぐに見つかった。
俺はアリスの手を引いて、近場のブティックに駆け込む。急な豪雨に、俺はすっかり水浸しだった。
「アリス、大丈夫か、濡れてな――い゛ッ」
アリスの様子を確認し、俺は咄嗟に顔をそらした。――ブラウスが雨で透けて、くっきり下着が浮き上がっていたからだ。いや、レースで装飾されたそれは、下着と呼ぶよりランジェリーと呼んだ方がしっくりくるかもしれない。なんというかアリスらしからぬ気合いの入った下着だ。
「あ、あの一夏、見ないでください……恥ずかしいです」
細腕で体を抱き、ブシューと顔から蒸気を吹くアリス。
俺は「すまんッ」と謝って、自分の着ていたジャケットをアリスにかぶせた。
♡ ♣ ♤ ♦
下着を見られた羞恥心で、私は悶絶しそうだった。それだけならまだしも、よりによって背伸びした下着を見られたのが恥ずかしい。
そんな私に一夏が「すまん!」と謝って、自分のジァケットを掛けてくれる。かけられたジャケットは濡れて冷たかったけど、彼のやさしさは暖かかった。それに心がホっと温まる。
「ちょっと濡れているが、がまんしてくれ」
「い、いえ、ありがとうございます。なんだか、今日はしてもらってばかりですね」
「気にすんな。それより、着替えようぜ。風邪ひくとまずい」
私はともかくとして一夏は<キャノンボール・ファスト>の出場がかかっている。体調を崩して落選なんてわけにはいかない。幸いにも駆け込んだ店はブティックだ。着替えの服はやまほどある。
「そうですね」
私と一夏が雫を滴らせながらブティックの店内に入ると、水浸しの私たちを見た店員が慌ててタオルを手に駆け寄ってきた。「お客様、どうぞこれでお召し物を」「ありがとうございます」と、店員からタオルを受け取り「それで着替えを買いたいのですが、店内を拝見させてもらって大丈夫でしょうか」そう尋ねる。
「はい。かまいません。ご自由にどうぞ」
「本当ですか、ありがとうございます」
私たちは拒否されなかったことに安堵し、入念に体を拭いて着替えの服を選びはじめた。
さてコーディネイトのやり直しだ。せっかくのデートだし、一夏に選んでもらうのもいいかもしれない。
「ねえ、一夏――て、何を見ているんです?」
一夏はがしがしと頭を拭きながら、店の一角を見ていた。その先で二人の男女がなにやら衣装について討論を交わしている。赤茶の髪に、おそろいのヘヤバンド。顔つきもどこか似通っていて、兄妹のように見える。
「なあ、蘭、こっちのスーツとかどうだ?」
「はあ? 赤色とか、派手すぎっしょ」
「じゃあ、こっちはどうだ!」
「地味――っていうか、おにー、さっさと決めてよ。一夏さんの誕生日プレゼント買う時間がなくなるじゃん!」
一夏さん? ということはあの二人は一夏の知り合いなのだろうか。私が視線で尋ねると、一夏は「中学時代の同級生だ」と言って、彼らの許に歩いていった。
「よっ、弾、蘭。こんなところで何してんだ?」
「お、一夏じゃねーか」
弾と呼ばれた少年が手を挙げる。
隣の少女、蘭は一夏の出現にびっくりして顔を赤くした。
「一夏さん、どうしてここに!?」
「いや、急な土砂降りに遭遇してさ、ここに避難してきたんだ」
「あ、それは大変でしたね。――で、そ、そちらの女性は?」
一夏の後ろで様子を伺っていた私を、蘭さんがジーと見る。
「あ、紹介するな。こっちは同じクラスのアリス・リデルだ」
一夏の紹介で、私は会釈した。
「はじめまして、アリス・リデルです」
「おう、こちらこそ。俺は五反田弾、こっちは妹の蘭だ」
「は、初めまして、五反田蘭です」
五反田蘭。じゃあ、この娘が鈴や月子が言っていた、A判定を出したあの。
ということは、彼女も一夏のことが。そうか、だから私に興味深々なのか。
「で、おまえらここで何してんだ?」
「いや、実はな――」
弾さんが簡潔に経緯を話してくれる。なんでも、弾さんは一夏の誕生会を計画した一人で、それ用に勝負服を買いに来たらしい。「あんな美少女そろえられたら気合い入れるしかねえだろ」とのことだ。妹の蘭さんはその相談役に連れてこられたらしい。「プレゼント代を工面してやっから」という条件つきで。
確かに彼女の私服にはセンスが感じられた。淡いピンクのワンピース姿は清楚でありながら、ほのかな色気を醸し出している。全身ずぶぬれの私とは比較にならない愛らしさだ。傍目からは「井戸で溺死した哀れな女霊」と「麗しいお嬢様」くらい違う。
その麗しのお嬢様は、説明の最中もずっと私を見ていた。その視線はあからさまな「一夏さんとどういう関係なんだろう」目線だ。
「えっと、こんな格好なので、見みつめられると恥ずかしいのですが」
「あっ! す、すいません」
蘭さんはぺこっと頭を下げた。それから遠慮がちな上目つかいで私を見る。
「――あの、アリスさんでしたよね、よかったら一緒に見て回りませんか?」
唐突な申し出に、私と一夏は顔を見合わせた。
私たちと一緒に? きょとんとする私たちに蘭さんが慌てたように付け加える。
「一夏さんのプレゼントを買いに来たんですけど、おにーったら、自分のことばっかりだし、プレゼントも本人に直接選んでもらった方がいいかなぁ、なんて……。ははは、ダメですよね……、いきなり無粋なこと言って、すみません」
蘭さんは途中から語気を弱めた。
本当は私のことか気になって仕方ないのだろう。できるなら“威力偵察”を行ないたい。でも、私たちの間に割って入るのは、あまりにも無粋すぎると感じて申し出を引っ込めた。そんな具合か。
「蘭、それはいくらなんでも空気読めてねえぜ」
「おにーに云われなくても分かってるってば!」
苦笑いする兄に肘打ちをかます。可憐な容姿に反して意外にもバイオレンスだ。
「ぐぉっ」と悶絶する兄に、蘭さんはハッとして殴った腕を背中に隠し、
「そ、そういうことですから、お気になさらず。急に変なこといってすみませんでした……」
「私は、いいですよ」
蘭さんが私を見る。「え? いいんですか」と。私は「はい」と頷いた。あとあと勘ぐられるなら、いま関係をはっきりさせた方がいいかなと。それに一緒に買い物するぐらい、何の不都合もない。もちろん一夏がよければ、だけど。
「俺もかまわないぜ」
「おい、いいのかよ、一夏」
弾さんは一夏の肩を抱き寄せ、ひそひそ妹に聞こえない小声でそう言った。
「アリスがいいって言ってるし。それに蘭のやつ、IS学園に入学するって言ってんだろ? ちょうど話を聞きたかったところだからな」
「う~ん、おまえがそういうならいいけどよ……」
ガシガシとバンドでまとめた髪をかきながら、しぶしぶな感じで頷く。
妹のデート同伴にいまだ納得いかない様子だが、表情を咲かせた妹にやめろと言える空気でもなかった。
「蘭、あんまり二人に迷惑かけんなよ」
そう釘を刺す兄の姿は、なんだか千冬さんみたいだった。奔放な妹に振り回されているようにみえるだけで、本当はしっかりしたお兄さんなんだろう。「わりぃな、二人とも」と隠れて妹さんのフォローする彼の姿を見て、私はそう思った。