IS<インフィニット・ストラトス>―Deus Ex Machina   作:ネコッテ

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第85話 悪意の胎動

 出場者のコース周回も無事に終え、会場は盛り上がりを見せていた。現在はIS学園の生徒による<学生の部>が行われている。各クラスから選出された10名が、学園の訓練機である<ラファール・リヴァイヴ>あるいは<打鉄>を駆り、熾烈なデッドレースを繰り広げていた。

 

<さて、今年から設けられた<学生の部>もそろそろ終盤です。はたして若き操縦者たちはどのようなレース展開をみせてくれるのか>

 

 時に銃弾をかわし、時に得物を振るい、時に相手の裏をかいて、首位に躍り出る選手たち。

 知謀と暴力が入り混じったその狂気に蘭は憑りつかれていた。

 <モンド・グロッソ>をはじめとしたISの大会はいずれも殺傷武器が用いられている。安全面は考慮されているといっても、やはりそれを倫理的に問題視する者は多く「これはスポーツではない、殺し合いだ」「こんなものを楽しむ人間は狂っている」という意見もある。蘭もそれは正しいと思う。けれど、

 

「すごい躍動感……」

 

 選手からほとばしる強烈なエネルギーを直に感じ、蘭は震えていた。

 おそらく彼女たちから放たれるそれは“生命”そのものなのだ。突き付けられた武器が本物だからそこに危機感が生まれ、その恐怖に立ち向かうべく生命が躍動し、光り輝く。その輝きは安全保障という檻の中じゃおそらく巡り会えないものだ。

 もちろん、社会の安全は、ゆりかごから墓場まで保障されるべきだ。戦争はいけない事だし、テロも起こらない方がいい。だが、人間は安全や平和を謳いながらも、心のどこかで危機(スリル)を求めている。<インフィニット・ストラトス>というコンテンツは、映画やアニメ、ゲームという虚構の世界じゃ味わえない極限のスリルと、人間の根源的パワーを地肌で感じられる、おそらくは世界にふたつとないエンターテイメントだ。

 蘭はその世界にどっぷりとはまりながら、食い入るように試合を観戦した。

 すると、5位の選手が一気に肉薄し、4位の選手に斬りかかった。

 近接ブレードは間合いと踏込みの関係上、常に移動し続けるフィールドじゃ有効に活用しづらい。しかし、5位の選手はバレルロールの遠心力で切っ先を振り抜き、四位のスラスターにダメージを与えた。

 推力が低下した四位の選手が、徐々に後退していく。

 見事、順位を入れ替えた操縦者は黒いポニーテールを靡かせながら、さらに首位へ肉薄した。レースも終盤間近。いっきに畳み掛ける気だ。

 

「あれって確か一夏さんの幼馴染みの……」

「篠ノ之箒ですね」

 

 今回の学生部門、一組からは箒が選抜されている。

 ただし、搭乗している機体は<紅椿>ではなく、第二世代の<打鉄>だ。機体性能に頼らず、自分の実力で勝負したい。そんな箒の申し出によるものだ。箒はさらに3位の選手にも畳み掛け、順位を入れ替えた。

 

「すごい、相手は三年生なのにッ!」

 

 一位、二位、三位は三年生集団が首位を得ている。実力的にも格上の相手を蹴散らし、箒は快進撃を続けた。残すはトップを独走する一位のみ。箒は一気に畳み掛け、一位の選手に斬りかかる。しかし、一位の選手はブーストで回避した。さらに前後を反転させて、14.5ミリ口径のアサルトカノンを構える。そして逆推力装置で前進しながら、接近を試みる箒を引き撃ちで押さえつけた。

 

「お、すげー、あの人、後ろ向きに飛びながら攻撃してんぞ……」

 

 まるでスケートのインストラクターのように向き合い、箒の追撃を制する一位のパイロット。

 高等なテクを披露して首位を守る一位に、弾のみならず、観客も沸いた。

 

後進射撃(バックスラストショット)ね。さすが三年生、高度なテクを使うわね」

「彼女はサラ・ウェルキン、確かイギリスの代表候補生でしたか?」

「イギリスの代表候補生……。なんで学園の訓練機で? 専用機で出場しないんですか」

「単純に持っていないからよ。イギリスの代表が彼女を冷遇しているの」

「冷遇……。こんなに操縦がうまいのに、ですか? それってひどくありませんか」

 

 品行方正な彼女は、公平さを重んじている。実力のある人間には相応の対応を取るべきだ。

 そんな感情が蘭の表情から見てとれたけれど、スコールは続けた。

 

「大人の事情があるの。さあ、そろそろレースも終盤よ。どちらが勝つかしらね」

 

 スコールがアリーナに視線を戻す。納得いかないようすながらも蘭たちも視線を戻す。

 レースは膠着状態に陥っていた。サラが巧みに後進射撃で頭を抑えてくるため、箒は攻めあぐねいていた。――このままでは逃げ切られる。状況打開のため、箒はカミカゼアタックを慣行した。<打鉄>の撃たれ強さを盾に、瞬時加速を発動したのだ。

 55口径の砲弾を受けても<打鉄>が衝撃吸収装置で、本機の減速を軽減させる。シールドエネルギーは瞬く間に消耗されていくが、間合いは一気に詰まっていった。――――が、ようやく“間合い”まで迫ったその瞬間、サラがPICで機体を急停止させた。

 当然ながら、停止したサラと突撃した箒の間にクラッシュが発生した。

 それによって二機の姿勢制御が失われる。だが、サラは即座に体勢を立て直してみせた。

 アリスとスコールは「マニュアル復帰か」と思った。

 姿勢が崩れたとき、通常はオートバランサーが働く。サラはそれをあえてマニュアルで行い、機体を即時復帰させたのだ。ISは脳波コントロールを採用しているため、直感操作によるマニュアルの方がオートよりレスポンスは早い。

 時間にすれば1秒2秒の差ではあったけれど、その差がレースの勝敗を分かつことになった。オートゆえサラより復帰に時間を要した箒は、結局一位を奪取できずにゴールラインを切ることになった。

 

「おしい!」

 

 ハラハラしながら試合展開を見守っていた蘭がおもわず声を上げる。弾も「くぅーッ」と悔しがるように、持っていたコーラを振るう。噴き出したコーラに慌てる弾のとなりで、スコールは冷静に試合結果を分析した。

 

「一年生と三年生の操縦技術の差が妙実に現れたわね」

 

 マニュアル技術は二年課程のカリキュラムになる。終盤の展開は、まさに学年の差が現れたといえた。ただし、三年生を相手に食い下がった箒の実力も十分に評価できる(彼女を指導しているアリスとしては、自分の指導力に課題が残る試合だったが)。実況もそういった解説を踏まえ、両者のレースを称賛していた。それから<学生の部>の終了と30分間の休憩に入ることを告げる。

 

「次はついに<プロ部門>のレースですよね」

「ええ、次が一夏や鈴の出番になりますね」

「じゃあ、あの、わたし、いまのうちに、行ってきます」

 

 想い人の晴れ舞台。これは片時も目が離せない。それあって、蘭はいまのうちに用を足しておこうと思ったのだった。「ん、どこに行くんだ?」とデリカシーのないことを言った兄に鉄拳を見まい、蘭は手洗いに向かった。

 

 

     ♡          ♣          ♤         ♦

 

 

「…………考えることはみんな一緒だよね」

 

 向かった手洗い先で用を済まし、蘭は手を洗いながらぼやいた。

 試合前に手洗いを済ます。そう考えていたのは自分だけではなかったのだ。みんながみんな同じことを考えていたため、案の定トイレは混雑し、蘭は用を済ますのに20分近くも費やしてしまった。

 

「早く戻らないと試合が始まっちゃうよッ」

 

 急いで手を拭き、女性トイレを出る。

 試合開始時刻が迫っているとあって、通路に人気はなかった。その通路にふと見た顔の人物を見つける。先ほど<学生の部>で優勝したサラ・ウェルキンであった。そのサラがさっそうと通路奥に消えていく。

 蘭は思わず「あっ」と声を漏らした。

 

(どうしよう、声かけてみようかな)

 

 試合開始までまだ10分ほどある。挨拶ぐらいなら――そんな軽い気持ちで、蘭はサラの後を追いかけた。そして追いかけることしばし。蘭は休憩所にやってきた。自動販売機が置かれただけの人気のない休憩所だ。そこで、サラはインカムを叩いて誰かと会話を始めた。

 

『ダリル、そちらの準備はどう?』

『ああ、問題ない。アレは設置済みだ。いつでも外部から<白式>をコントロールできる。こっちがその気になりゃ、リアクターを暴走させてボン、さ。あとは連中が事故として処理してくれる』

 

 白式は一夏の専用機だ。リアクターとはISの動力システムだったはず。

 それをボンとは?

 会話を盗み聞いた蘭の背中に、冷水を浴びせられたような悪寒が走った。“ボン”が爆発を意味していたとすれば、操縦者の命に係わる一大事ではないか。

 

(でも、わ、悪い冗談を言っているだけかも……)

 

 そうあってほしい願望から蘭は耳を(そばだ)てた。

 

『彼には悪いけれど、ここで退場してもらうわ。でも情けとして劇的な終わりにしてあげる。そうね、彼がゴールラインを切るその時がいいかしら。私がトロフィーより素晴らしいものを贈与してあげる』

『表彰台に立たせない気か。えげつないな、おまえ。まあ、好きにしろよ。それより、ちゃんとコントローラー持ってんだろうな。対妨害用の特注品だぜ。二つもないんだからな、なくすなよ』

『もちろん』

 

 サラはISスーツのポーチから、拳銃を思わせるリモコンを取り出した。それの撃鉄らしき部分を上下させて弄ぶ。その動作は「早く引き金を弾きたい」とウズウズしているように見えた。

 これは悪い冗談じゃない。彼女たちは冗談で終わらせようとしていない。

 

(ど、どうしよう)

 

 いま自分はすさまじい状況に立たされていることに気づき、蘭はすくみ上った。これは危機的状況だ。自分はテロの算段を聞いてしまったのだ。気づけば鼓動が張り裂けそうなほど高まっていた。

 

「だ、誰かに伝えなきゃ……」

 

 でも、誰に。そもそもだ、こんな話を誰が信用してくれるだろうか。説明しているうちに、スイッチを押されたら……――蘭は考えた末、すくんでいた足に力を込めた。そして、出せる全速力で駆け出し、サラにぶつかっていく。

 素人の体当たりが代表候補生に通じるか半信半疑だったが、サラは意表をつかれ、蘭と共に床に倒れ込んだ。その拍子にコントローラーがサラの手からこぼれる。蘭は四つん這いでそれを拾いに向かった。

 

(と、とにかくどこでもいいから遠くにッ)

 

 サラから奪ったコントローラーを握りしめ、蘭は一目散に走り出した。

 そのようすをサラはついた埃を払いながら見つめる。動じている様子はない。

 

『おい、どうした。なにかあったのか?』

「何もないわ。ちょっとねずみがいただけ」

 

 通信を切ると、サラは悪態をつくことなく、ゆっくりと蘭の消えた方向へ歩き出した。

 

 

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「やったッ、やったよッ、私やった!」

 

 決死の覚悟で奪ったコントローラーを手に、蘭は自分を褒め称えた。

 でも、安心なんてできはしない。相手はきっとこれを取り戻しにやってくる。そのまえになんとかして、このことを誰かに伝えないと……。蘭は震える手で自前のケータイを取り出した。月子か、鈴か、一夏か。でも、出番を控えたこのタイミングで誰が出てくれるだろうか。むしろ、こういう事件を専門に取り扱っている人間に連絡した方が……。考えた末、彼女がダイヤルした先は警察だった。

 

『はい、こちら警察です。どうしましたか』

「えっと、ば、爆弾が、テロリストにッ!」

 

 動揺と恐怖で頭が回らなかったせいか、どうにも要領を得ない返答になってしまう。

 それでも必死さが伝わったのか、悪戯とは受け取られず、真摯な対応が返ってきた。

 

『落ち着いてください。場所はどこですか?』

「えっと、キャノンボール・ファストの会場です、いますぐ―――」

 

 「来てくださいッ」そう付け加えようとしたとき、蘭の背後から肩越しにぬっと手が伸びてきた。その手がやんわりと蘭のケータイを取り上げる。サラだった。サラは蘭から取り上げたケータイを耳にあて、

 

「すみません、いまの電話は妹の悪戯なんです」

 

 イギリス人とは思えない流暢な日本語で、サラは息をするようにウソをはいた。さらに「こら、ダメでしょ、リサ」とあたかも姉のような口ぶりで蘭を叱ってみせる。

 巧みな劇場型詐欺のやり口に、警察側からは嘆息が聞こえてきた。

 

『わかりました。このようなことは金輪際、おやめくださいね』

「はい、私の方からも強く言い聞かせておきます。本当に失礼しました。では」

 

 通話ボタンをオフにされ、蘭は絶望的な気分になった。

 

「あ、あ、あぁ……ツ(そ、そんなぁッ!!)」

 

 これでもう警察は頼れない。かけ直しても悪戯に思われてしまう。

 対し、サラは優しく「ダメでしょ」と窘めてきた。傍目からは本当に気のいいお姉さんに見えた。悪びれた様子すらない。それに蘭は戦慄する。彼女は国家機関さえ謀るような悪党なのか。

 

「あ、ちなみにリサは私の妹よ。あなた、兄弟は?」

「え、あ、兄が……」

 

 正直に答えてしまうあたり、自分はそうとう動揺している。

 

「へぇ、そうなの。じゃあ、それ、かえしてくれたら、お兄さんのところに帰っていいわ」

 

 その余裕から、自分が相手にとって取るに足らない存在だと悟らされる。自分が意を決して起こした行動に意味なんてなかった。自分ではどうすることもできない、相手はそういう次元の人間なのだ。

 それでも蘭は、抵抗を見せた。

 

「いやです、これはわたしません!」

 

 一夏を危険な目に遭わせたくない。その偏な気持ちが彼女をそうさせた。

 

「そう、困ったわね。じゃあ、どうしようから」

 

 と言いながらも、サラの目はすでに狂気に染まっていた。これから何をされるのか、素人の蘭にも解かった。漫画ならこういう場面、颯爽と主人公が助けに来てくれるものだろう。もしかしたら一夏さんが助けに来てくれるかも。そんな思いから彼女は叫んだ。

 

「助けて一夏さんッ!」

 

 だが、現実は非情である。現実はそう思うようにはならない。

 ならないものだから。

 現れたのは。

 赤い髪の少女で。

 

「あの、一夏じゃなくてすみません……」

 

 お呼びじゃない空気をひしひし感じ、アリスは蘭から目をそらした。

 

 

     ♡          ♣          ♤         ♦

 

 

「やっぱり蘭さん的には一夏がよかったですよね。どうみても一夏が悪役をやっつけて、胸きゅんさせる場面ですし」

 

 現れるなり、緊張感のない様子でアリスはそんなことを言った。

 

「あ、いえ、それはまぁ……」

 

 蘭としても本音は一夏がよかったし、せめてもうちょっと頼りになりそうな人がよかったという気持ちはある。せめてお兄ちゃんがきてよ。なんてさえ思った。――そう、ずっとアリスを侮っていた彼女は気づいていなかった。

 

 ――自分が最強のカードを引いたことに。

 

 だからほとんど安心なんてできず、むしろ二次被害的な心配が彼女の心境を占めていた。

 それでも、仲間が増えた余裕から、蘭はわずかに強い口調で言った。

 

「アリスさん、どうしてここに。いえそれよりこれをもって逃げてくださいッ!」

「なんですか、このリモコンは」

「それは爆弾のリモコンなんです。あの人たち、一夏さんのISに爆弾を! それは絶対にわたしちゃいけないんです。だから、アリスさんはそれを持って逃げてください。大丈夫です。わたし、小さい頃、おじいちゃんに空手を習っていましたから!」

 

 蘭は矢継ぎ早に言った。そして、アリスをかばうように立ち、ファイティングポーズを取る。

 そんな蘭の襟首を、アリスは掴んで引っ込めさせた。

 刹那。

 銃声。

 自分のすぐそばを通過した弾丸に、蘭は腰からへなっと砕けた。

 

「うそっ、鉄砲……」

 

 というか、いまアリスさんが引っ張ってくれなかったら、わたし死んでた……?

 拳銃が醸す恐怖と、命拾いした安堵で、彼女の腰から完全に力が抜けた。

 

「あまり手こずらせないで。――さあ、それをわたしてちょうだい」

「イ、イヤです!」

 

 蘭はへっぴり腰になりながらも、リモコンを強く握りしめた。たとえ腰が抜けようが、失禁しようが、これはだけは絶対に渡さない。そう強い意志を示した蘭のまえへ、アリスが守るように出る。

 蘭は「あぶない!」と叫んだが、アリスはやめなかった。

 

「あなたはこんな健気な少女を撃つのですか」

 

 そんな同情に訴えられるような相手じゃないの……! と蘭は心でそう叫んだ。

 

「ええ、撃つわ」

 

 引き金を絞るサラに「ほらッ!」と蘭。

 その蘭が「もう駄目だ」と諦めた刹那、アリスが視覚で捉えられないほどの速度でナイフを抜いた。まるで鞭のようにしなった腕で投擲されたナイフが、サラの銃口をのけ反らせる。その隙にアリスが走る。地面を滑るかのような低い姿勢で間合いを詰めたアリスは、サラの懐に飛び込むなりCQCで拳銃を奪い、下方からサラの顎下を蹴りあげた。

 喉が限界まで伸び、サラの体躯が後方に転倒する。それはまさに一蹴にして一瞬の出来事だった。

 

「――――じゃあ、私は撃たせない」

 

 そういって、奪った拳銃を分解してパーツをサラの上にぶちまける。

 蘭は呆気にとられた。素人目には何が起こったのかわからなかった。ただわかるのは、アリスがサラを倒したことだけ。

 

「すごっ……」

 

 内心でつぶやいたつもりが、思わず口から出てしまっていた。

 拳銃を持った相手をいとも容易くのしたアリスの、その活劇があまりに衝撃的で。

 

「大丈夫ですか、蘭さん?」

「ひゃ、ひゃい」

「その様子だと相当こたえているようですね。ですが、もう大丈夫ですよ。ほら」

「あ、ありがとうございまふ」

 

 自信にあふれたその声音におもわず声が上ずる。

 差し出された手は自分と同じくか細いのに、なんとも力強く感じられた。

 

「アリスさん、すごく強い人だったんですね。わたし、ただのお転婆かと」

「お、おてんば……」

 

 お転婆……。間違っていないだけに、アリスは返答に困ったが、

 

「ともかく訂正はあとにしましょう。まだ事は終わっていない」

「そうですね。これを絶対に渡さないように――――あ、アリスさん、うしろ!」

 

 蘭がリモコンを大事に鞄にしまうと、アリスの背後でサラが立ち上がっていた。その頭部には見覚えのある非対称の角。尾骶骨からは蛇腹剣に似た尾が生えていた。それがアリスを襲う。

 寸前で回避。

 驚異的な反射でよけたアリスを見て、サラは「ちっ」とはじめて悪態をついた。

 

《ハニー、データベース照合、コードネーム<ヴェルフェゴール>》

 

 サラが展開したISは、かつてデュノア社で戦った<怠惰>のISだった。

 

「あ、アイエス……、専用機は持っていないんじゃ……」

「やはり回収されていましたか」

 

 デュノア社での激闘のあと、<ヴェルフェゴール>は何者かに回収されていた。反重力で瓦礫が撤去されたあとがあったのだ。その回収されたISが、アリスのまえに復讐せんと再び姿を現していた。

 

「厄介なのが出てきましたね」

 

 <ヴェルフェゴール>はISのコアに干渉し、その機能を停止させることができる。正面からではどんなISも<ヴェルフェゴール>に太刀打ちできない。いまは遠くへ逃げるしかなかった。

 

「蘭さん、走りますよ」

「え? え?」

 

 余裕の消えたアリスに引っ張られる形で蘭が走り出す。

 駆け出した拍子にケータイを落とすが拾っている暇はなかった。

 

「逃がさない」

 

 にげる二人を一瞥し、サラが上脣をなめて飛翔する。加虐的な笑みをうかべて追ってきたサラに、アリスは<赤騎士>の腕部を展開し、そこに備わったグレネードランチャーを向けた。

 

「舌舐めずりは三流のすることですよ」

 

 発砲。放たれた榴弾が眩い閃光を放ち、サラの視界を奪う。

 閃光弾が作ったわずかな隙を利用して、アリスたちは通路を全速力で駆け抜けた。

 

「やってくれるじゃない」

 

 サラが視界を取り戻したそのときには、すでにケータイ以外に二人の姿はなかった。

 サラは苛立たしげに落ちていたケータイを拾い上げる。

 そして、しばらく思案したあと、悪意に満ちた邪悪な笑みを浮かべた。

 

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