IS<インフィニット・ストラトス>―Deus Ex Machina   作:ネコッテ

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第86話 運命の行方

 レース開始15分前。火器管制、推力装置、センサー各種、動力システム、すべて異常なし(・・・・・・)

 ピットで最終チェックを終わらせた俺は、白式を反重力で浮き上がらせた。

 これから始まる大舞台に呼吸はいささか浅い。ここで結果が残せれば、代表候補生への道が開ける。<約束>を果たす大きな一歩にもなるため、どうにも心が逸る。

 

「大丈夫、一夏さまならうまくやれます。遅れを取ってもうちが挽回したるさかい!」

「……うん、壊れても、わたしたちが全力で修理する」

「そうなのさ。だから、思う存分飛ばしておいで。大事なのは、この機会を楽しむことさ」

『あれ、篝火さんがいいこと言ってる!?』

「ちょっとさ、月子も、簪もひどくなぁ~い」

 

 ツナギにスクミズ(ISスーツ)という斬新なカッコの篝火さんが不満げに口先を尖らせる。

 それにチームがカラカラと笑った。俺も重圧の高ぶりから解放され、いい具合に肩の力が抜けた。いいコンディションだ。

 

「じゃあ、思いっきり楽しんできます」

 

 ぐっと親指を立てるチームクルーに見送られながら、スタートラインに赴く。

 途中、何気なく蘭たちがいる観客席に目をやった。だが、そこには4つの空席があるだけで、蘭たちの姿はない。来ていないということはないと思うが。千冬姉といい、俺はなんだか嫌な胸騒ぎを覚えた。

 

《だーりん、大丈夫ですよ。姿が見えなくても、みんな応援してくれています》

 

 と肩に乗るホログラム映像の<ホワイトクイーン>が言った。

 

「そっか。じゃあ、期待に応えないとな。――やるぞ、相棒」

《Yes My darling》

 

 <ホワイトクイーン>が言うと、白式のウサギ耳の少女(OSガジェット)がうんしょっと『えいえいおー』のプラカードを上げた。なぜか絆創膏が張られていたりするが、ホログラムの<ホワイトクイーン>も「オー」と拳を掲げる。俺は頷き、四番と記されたスタートラインに並んだ。前方には、セシリア、鈴、シャルロットがいて、後方には、アイリーン、楯無さん、アンジェリカさん、ジェニファーさん。

 前方組は戦力温存、後方組は最初から全力勝負、そんなところか。

 

<では、これより<プロ部門>のレース開始です>

 

 アナウンスが告げると同時にARのカウントダウンが始まる。

 3―――俺はジェネレーター出力を<巡航>から<戦闘>へ

 2―――推進装置点火、出力上昇へ。

 1―――すべての火器管制オン

 0―――俺の大きな躍進を賭けたレースが、いま始まる。

 

 

     ♡          ♣          ♤         ♦

 

 

「始まった……」

 

 会場から外れた<指定区域内>の、交通規制が敷かれた幹線道路。

 アリスが運転する自動二輪のサイドカー、その中で蘭はネット中継を見ながらつぶやいた。

 

(大丈夫、一夏さんは私が守りますから)

 

 蘭は一夏の命運を分かつリモコンを握りしめた。表情にも強気な感情が見えてとれる。アリスがいること、そして密かに専用機持ちだったこと。それが蘭の心に余裕を作っていた。

 

「それで、アリスさん、これからどうするんですか?」

「とりあえず、今は身を潜めます」

 

 アリスはそう言ってウィンカーを出す。彼女が右折して入った場所は、草木が多く生える公園、都市の緑化を謳って埋立地に作られた人工森林公園だった。ここに植えられた草木が敵側の索敵を妨害してくれるだろう。それを期待しての選択だ。

 その場所の、車両での進入は禁止されていたが、アリスはそのまま公園を突っ切った。蘭は思わず「怒られそう」と真面目に考えたものの、事情が事情なので勘弁してもらうことにする。

 ややして、アリスは海が見渡せる公園の末端でバイクを止めた。

 蘭はバイクを降り、その端から海を一望した。

 ココからでも<キャノンボール・ファスト>の会場をなんとか見ることができた。

 特設された海上の仮想コースでいくつもの光が走っては消えていく。蘭はそれを見て、ケータイ(アリスのもの)のインターネット中継に視線を落とす。一夏は3位につけていた。上々な滑り出しだ。

 蘭がぐっとガッツポーズを決めると、そばのアリスから電子音が鳴った。

 

「はい、私です」

『アリス、こちら<ウォルラス>よ』

 

 通信相手は潜水艦型IS<ウォルラス>の通信士官だった。

 彼女ら<デウス・エクス・マキナ>が有する静穏多目的潜水艦は、現在、この近海に潜伏している。理由は知らされていなかったが、おそらくは<リリス>絡みだろうということは分かっていた。

 

『その近辺で、大きな物体を感知したわ。そちらに向かっているみたい。音紋から潜水艦のような物体じゃなく動物的な生物、おそらくは大型の海獣だと思われるけど』

「怪獣ですってっ?」

 

 ただでさえ、こっちは厄介なISに追われているのだ。怪獣の相手なんて冗談じゃない。

 

『海獣よ、海獣。怪獣なんているわけないでしょ、常識的に考えて』

「まぁ、そうなんですが。でも、海獣なら何も問題ないでしょ」

『いえ、全長は10メートルを超えているの。こんな浅瀬にそんな大型の海獣が現れるなんてありえないわ。ただの海獣とは思えない。こちらでも警戒と分析をしているけど、あなたも警戒しておいて』

「わかりました……」

 

 アリスは通信を切る。

 海獣と敵との関連は不明だが、不穏分子が増えてアリスは渋面を作った。そのもとに蘭がやってくる。そしてネット中継を見るため借りていたアリスのケータイを見せた。

 

「アリスさん、メールの着信みたいです」

 

 受け取ったアリスは画面を確認する。――メールの差出人は弾だった。

 戻ってこない妹を心配してのことか。

 「開けてください」とアリスが言って、蘭がメールを開く。メールには本文も何もなかった。たった一枚画像の添付ファイルがあるだけだ。それを開いてみる。と、蘭の表情から血の気が引き、震えた手からケータイが落ちた。

 

 添付された画像データには、目隠しをされ、拘束された兄の姿が映っていたのだ。

 

「――――ッ」

 

 身内のショッキングな映像に声が声にならなかった。

 

「ど、どうして……」

 

 恐怖、憤慨、不安、いろんな感情が綯交ぜになって、蘭はひどい混乱に陥った。

 なぜ、兄がこんな目に遭っている? 誰かの嫌がらせか。それなら相当に性質が悪い。蘭はそんな性質の悪い人間を知っていた。さっき会ったばかりだ。

 アリスも忌々しそうに顔をしかめる。すると、ケータイが再び鳴った。今度は通話だ。

 発信先は弾だったが、当人ではないことは明白だった。それでも蘭は希望を抱いて通話にでた。

 

「お、お兄ちゃん……?」

『残念、私でした』

 

 最上級に憎たらしい声音で、受話器先の女性――サラ・ウェルキンが言った。予想していたとはいえ、ショックを隠し切れず、目頭に涙が浮かぶ。

 

「な、なんで、こんなひどいことするんですかぁ……」

 

 兄は関係ない。なのに、なぜこんな仕打ちを受けなければならないのか。

 蘭には理解できなかった。

 

『それはあなたが妙な正義感をかざすからよ。見て見ぬふりをするればよかった』

「そ、そんなこと……」

 

 確かに見て見ぬふりをすれば、自分にこんな災いが降りかかることもなかった。

 けれど、けれど、どうしても黙って見ていられなかったのだ……。一夏だったからだけじゃない。鈴であっても、セシリアであっても、彼女は同じ行動をした。彼女はそういう正義感が強い人間なのだ。だが、その正義感が兄を危機にさらしてしまう結果を生んでしまった。

 はたして、自分の行為は正しかったのか。その正否に揺れる蘭からアリスはケータイを取った。

 

「で、要求は」

『もちろん、あなたたちが持つ発信機よ』

 

 やはり目的は蘭が持つ発信機か。

 同時に、それは蘭に世にも残酷な選択を迫ることでもあって、アリスは毒づいた。

 

「外道ですね……」

『うふふ、いまあなたがどんな顔しているか、想像すると興奮するわ』

「今のうちですよ、そうしていられるのも」

『あら“最後は正義が勝つ”とでも言いたげね。けれど、それは違う。どんな卑怯な手を使おうと、最後に勝った者が正義なのよ』

「いいえ、違いますよ。勝敗に関係なくあなたは“悪”だ。勇敢な行動を取った彼女こそが正義です。その彼女を嘲笑うあなたを私は許さない。彼女に代わって私があなたに裁きを下す。覚悟してなさい」

『裁き? ふふふふ、さすが偽善集団(<デウス・エクス・マキナ>)ね。正義の執行者気取り?』

「いいえ、私は悪党ですよ。あなたと同じ側の。ただし、格は違う。それを教えてあげます」

『たのしみにしているわ。――では、交換と行きましょう。15分後、場所は自然公園にある海沿いの南エリア。私たちが向かうまでに、どちらを取るか決めておいてね』

 

 一方的に告げられたあと、通話はそこで途絶えた。

 アリスはどこかと何かの連絡をとりながら、移動を開始した。蘭も続くが、残酷な現実をまえにして、その足取りは覚束ない。無理ないことだ。リモコンを渡さなければ兄の身に危険が及ぶ。しかし渡せば一夏の命がない。究極の二者択一を強いられた彼女の心境は測るに難くない。

 

「なんで、こんなことになったのかなぁ。神様は残酷すぎるよぉ……」

 

 目頭に涙を蓄えて、無情な現実に嘆く蘭。彼女は絶望にうちひしがれていた。ついさきまで「一夏さんは私が守ります」と息巻いていた心は、これで完全に折れてしまっている。

 アリスはそんな彼女の両肩を取って、向かい合った。

 

「神様は関係ない。これは人がしでかしたことです。なら人の手でどうにかできる、私がどうにかする。だから、大丈夫。安心しなさい」

 

 なぜ彼女はこうも強気でいられるのだろうか。蘭には分からなかった。わからなかったが、彼女の言葉を訊くと萎えていた四肢に力が宿る気がした。彼女が「大丈夫だ」といえば本当に大丈夫な気がしてくる。蘭はここにきて一夏が言った「頼りがい」の意味を初めて理解した。

 

「はい」

 

 蘭は力強く返事をした。

 

 

     ♡          ♣          ♤         ♦

 

 

 そして、約束の、運命の時間はやってきた。

 二人が指定された自然公園の南エリアで待機していると、きっちり15分後、サラが弾と共に現れた。

 

「おにいちゃんッ!」

 

 目隠しに、手錠を施された兄へ蘭が叫んだ。

 

「この、声、蘭か? 無事なのか!?」

 

 弾は聴覚を頼りにあたりを見回した。

 

「うん、私は大丈夫!」

「そっか、よかった……」

 

 それは紛うことなき心からの声だった。

 自分より妹を案じてくれた兄に蘭の心が揺れる。できるなら今すぐにも助けに駆け出したかったが、それをサラが制した。

 

「さて、感動の再開はここまでよ。――――では、交換と行きましょう」

 

 サラがリモコンを寄こせと、人差し指を手前に折る。

 蘭はそれを拒んだ。兄を助けたい気持ちは十二分にあるけれど、それと同じぐらい一夏を守りたかった。二つの感情の鬩ぎ合いで、身じろぎする蘭。見えないなりにも、黙った妹から何かを感じ取った弾が叫んだ。

 

「蘭、わたすな。よくわかんねーけど、渡したら一夏がまずいんだろ。なら絶対わたすな!」

 

 事情が見えないなりにも、何か察していたのだろう。

 訴えるように張り上げたその声音には“自分はどうなってもいい”とさえ伺えた。

 一夏と知り合って4年足らず。長くもないが、けっして短くもない時間の中で、彼は一夏と平凡ながら友情を育んできた。

 特別な関係へ至るのに、何も特別なことは必要ない。下校の帰りで共に道草をくい、テストの点数を見せあい、テレビゲームに興じる。そんな平凡な日々の中でも、強い絆は生まれる。当人のまえでは小っ恥ずかしくて言えないが、弾にとって一夏はかけがえのない友人なのだ。その友人が全力で夢を叶えようと戦っている。それを自分の所為で台無しになんかしたくなかった。

 

「あらあら、ふふふ、美しい友情だこと」

 

 二人の友情を身近でみてきた蘭の心に強い怒りがこみあげた。

 この女に心はないのか。――いや、きっとないのだ。だから、平然とこんなことができる。この非情な女を、いまは全力で張り倒したい気持ちでいっぱいだ。けれど、それができない悔しさに、蘭は爪が掌に食い込むほど握りしめた。そんな蘭の手を取ったのは、やはりアリスだ。

 

「リモコンを渡してしまいなさい」

 

 蘭の心臓がぎゅっと委縮した。

 

「でも、それじゃ一夏さんが……」

「大丈夫。彼は私が必ず守る。だから、あなたはお兄さんを助けなさい」

 

 蘭は一度、リモコンに視線を落とし、考えた。

 おそらく自分にこの状況を切り抜けられる知識や技術はない。ならば、一夏の言葉を信じて、すべてをアリスに託してもみようか。彼が信じる彼女の『力量』とやらに。

 蘭は「はい、わかりました」とリモコンをサラに差し出した。

 

「ふふ、好きなひとを見捨てる覚悟ができたようね」

 

 蘭はもう何も思わなかった。そんな覚悟はしていないし、諦めたわけでもない。

 いまはただアリスの言葉を信じるのみ。

 

「ほら、いきなさい」

 

 リモコンを取り戻したサラが、弾の背中を押す。

 躓きながら戻ってきた兄を、蘭は全力で抱きしめた。

 

「おにい!」

 

 抱擁なんて普段は恥ずかしくて絶対にできないけれど、いまだけは甘えるようにしがみつく。

 拘束はアリスの手で解かれた。「すまねぇ、俺のために……」と悔いりながら、妹を撫でる弾に、アリスは首を横に振る。

 

「悪いのはすべてあの女です」

 

 目線でサラを睨みつけると、彼女はこちらに弾のケータイを投げた。

 その画面には<キャノンボール・ファスト>のネット中継が流れている。場面は丁度、トップ集団のレース展開を映しているところだった。その先頭を行くのは青いIS<ブルー・ティアーズ>だ。そのすこし後ろに、順位を入れ替えようと画策する一夏が映っていた。

 

「では、友人の最後よ。とくとごらんなさい」

 

 サラがリモコンを手にかざし、撃鉄を起こす。そして起爆スイッチとなる銃爪を引いた。

 

 

     ♡          ♣          ♤         ♦

 

 

 キャノンボール・ファスト会場。レースも中盤にさしかかり、会場のボルテージも異常な高まりを見せていた。抜き、抜かれのデットヒート。衝撃砲をAICで防ぎ、荷電粒子砲とBTレーザーがぶつかり合っては激しい閃光を放つ。参加したISのほぼ全てが第三世代――SFの兵器であるため、その攻防は映画の世界のようだった。それがより観客をヒートアップさせる。

 そんな中、まず首位に飛び出したのは、セシリアの<ストライクガンナー>を装備した<ブルー・ティアーズ>だった。セシリアはレーザー推進を活かした爆発的な加速で首位に踊り出るなり、箒を苦しめた後進射撃で、俺たちの追撃を抑える。

 

「ここからさきは誰も通しませんわよッ」

 

 発砲に次ぐ、発砲。セシリアの巧妙な射撃術に、2位以降の選手が攻めあぐねていると、後方から中位集団の合間を縫って、一機の白い閃光が飛来した。ジェニファーさんの専用機<ナインテイル・フォックス>だ。

 それが音速を超えてセシリアに迫る。

 セシリアは《スターダスト・シューター》で<ナインテイル・フォックス>を狙い撃った。しかし、ジェニファーさんはしなやかな体さばきと、アポジモーター制御でその攻撃をやりすごす。

 

「いい射撃ね。スコールと戦ったときを思い出すわ。その機体に実装されている《スター》シリーズと射撃ソフトもスコールが手掛けたものよね。けど――」

 

 それだけに射線が読めてしまうと、ジェニファーさんは言った。

 きっと何度も試合して、手の内を知り尽くしているのだろう。その彼女が作った射撃システムじゃ自分は撃ち落とせないとばかりに、彼女はセシリアの射撃をかいくぐって肉薄した。そして《雪片》を抜き、すれ違いざまなに一閃。《スターダスト・シューター》を失ったセシリアを追い抜いて、ジェニファーさんは首位に躍り出る。

 崩れた体勢を立て直し、なんとか二位に留まったセシリアは追撃を掛けた。

 だが、後方に着いたセシリアを<ナインテイル・フォックス>のエネルギーテイルが襲う。鞭のようにしなるテイルがセシリアの接近を拒み、首位を奪還させなった。

 

「やりますわね、さすがわ<ブリュンヒルデ>」

 

 同感だった。さすが高速部門で幾度なく優勝をはたした<ヴァルキリー>。それでいて黎明期から、いまなお現役で活躍し続けているレジェンド。経験、技術、どちらをとっても俺たちより格上だ。

 生半可な覚悟と技術じゃ超えられない。

 だが、夢のために超えなきゃいけない壁だと自分に強く言い聞かす。

 

 ――なら、追いついてみせなさい。あなたの夢のために。

 

 後方につける俺へジェニファーさんが語らずにそう告げる。

 ああ、追いついてみせるさ。追いついて、追い抜いて見せる。

 俺はセシリアと並びながら、現役最強へと食らいついた。

 

 

     ♡          ♣          ♤         ♦

 

 

 投げられたケータイの画面には、ジェニファーになんとか食いつく一夏が映し出されていた。快調に。何の問題もなく。彼に災いが降りかかろうとする様子はない。

 サラは怪訝な顔をしながら、再びトリガーを引く。

 やはり、画面の向こうから流れくる映像に変化は現れない。彼のレースは無事に続いている。引き続き、なんども引き金を引くサラのその姿を、アリスは鼻で笑った。

 

「おまえ、何をした……」

 

 何も起こらないことに苛立ったサラがアリスをにらむ。いままでの余裕はそこにない。五反田兄妹はすくみそうになったが、アリスは平然と言った。

 

「なにもしてませんよ。細工を施す時間も、ダミーを用意する時間もありませんでしたから。あなたに手渡したコントローラーは間違いなく本物です」

「なら、どうして……」

「からくりが知りたいですか? そうですか。でも、ここからは有料です。私の口座に300万振り込んでいただけたら、教えてあげましょう。ほら、近くにATMがありますよ。行ってきなさいよ」

「このクソおんな……調子に乗って……ッ」

 

 サラは怪訝な顔を怒りに替えた。肩で息をしながら、使えないリモコンを五反田兄妹とアリスに投げつける。蘭と弾はとっさにしゃがんでやり過ごし、顔を見合わせた。

 

「なんで何も起こらなかったんだ」

「わ、わかんない。わかんないけど……」

 

 蘭がアリスの顔を見る。彼女はこうなることをわかっていた、それだけは理解できた。だからこそ、自分に「リモコンを渡せ」と言ったに違いない。これは幸運がもたらした偶然じゃなく、アリスがもたらした必然なのだ。

 

「すごい人……」

 

 蘭は心の底から思った。いまなら理解できる。一夏が云った「器量」の意味を。

 器量とは、物事を成し遂げるために、知力と胆力を兼ね備えていること。アリスにはそれがある。だからこそ、サラと言う相手をして、これほどにも立ち回れる。

 

「まあいいわ。こうなったら、私が直々に葬ってあげる。まずはおまえらをズタズタに引き裂いてやるわ。その首を持って、あの男を殺す」

 

 サラは低く笑いながら、<ヴェルフェゴール>を展開した。

 ISのコアを停止させる<ヴェルフェゴール>なら、これ一機で会場を襲撃しても事を成せるだろう。

 しかし、アリスは肩をすくめ、不敵な笑みを浮かべた。

 

「舌舐ずりにはじまり、小物ような物言い。挙句、自暴自棄のような行動。かませの三冠王ですね。だからあなたは三流なんですよ。―――」

「なら、その三流に屈服させられる屈辱を味あわせてあげる」

 

 サラは展開したマニピュレーターを開き、その先端に備わった鋭いクローをアリスに振り翳す。

 蘭は思わず顔を向けた。

 しかし。

 

 肉がつぶれる不快な音は聞こえてこなかった。

 

 蘭が恐る恐る目を開け、様子を伺う。サラが放ったクローは、アリスの鼻先50センチ手前で停止していた。あたかも全身が氷漬けになったように。

 蘭は二度三度まばたきをし、サラは何度目になるかわからない忌々しげな顔を作った。

 

「AIC……。シュヴァルツェア・レーゲン……か」

「半分正解で半分ハズレです。その上位互換ということですから」

 

 アリスが言うと、森林の奥から機械仕掛けのオオカミが現れた。

 冥府の支配者(ヘル)が飼い従える犬型自動人形《ガルム》だ。

 ヘルヘイムの番犬は猟犬のように唸り、サラを威嚇していた。その後方からコツコツと足音。深緑の奥から現れたのは、全身を金のローブドレスにつつみ、とんがり帽子をかぶった魔女。

 

「サラァ、ひさしぶりね」

 

 武装魔女はとんがり帽子をくいっと上げて、顔を見せた。

 

「スコール・ミューゼル……。<砂漠の逃げ水>の戦乙女ッ!」

 

 蘭は喉のつっかえが取れた気がした。ヴァルキリー。世界に四人しかいない最強のIS操縦者。

 蘭は思わずアリスを見る。――こんな隠し玉まで持っていたなんて……!

 

「ふん、<ヴァルキリー>を味方につけて勝ったつもり? こんな拘束、もって数十秒よ。それで何ができる!」

 

「そうですね。高々<ヴェルフェゴール>の動きを止めただけ。急場しのぎに過ぎない。数秒後には<ヴェルフェゴール>の能力が<ヘル>を無力化するでしょう。でもね、三流相手なら、倒すのに10秒も要らないんですよ」

「私を10秒か!? やってみなさい」

「なら、やってあげましょう」

 

 アリスはすっと右手をかざす。そして、かざした手を号令のごとく振り下ろした瞬間、

 それは上空より舞い降りた。

 雪のような白銀の刃。武者を彷彿とさせる意匠。鬼を模したかのような二本の角。

 雪羅の名を冠する織斑千冬が有する専用機<暮桜>。それを駆った千冬が、<暮桜>の《単一仕様能力》たる《零落白夜》を発動し、<ヴェルフェゴール>に決殺の一撃を突きたてる。

 

「鬼からの手向けだ。こいつを持って地獄に落ちろ」

 

 サラは後方へ躱そうとするも、<ヘル>のAICにより身じろぎひとつできなかった。

 《零落白夜》をまとった《雪片》は絶対防御さえ貫く決殺の一撃。いかなるISだろうと、これのまえでは、一撃必殺を逃れられない。それは<ヴェルフェゴール>でさえ例外じゃなかった。ビルの重量にも耐えた強度も、六連装のパイルバンカーさえ跳ね返した防御力も、その一撃の前では薄氷に等しかった。

 《絶対防御》を破り、装甲を貫いた一撃が、<ヴェルフェゴール>の主要部に至り、それを停止せしめる。主要部をやられた怠惰の悪魔は、力なく自然公園の地に伏せた。

 

「《零落白夜》。相変わらず、恐ろしい能力。それをあなたが持つと、まさに鬼に金棒ね」

 

 スコールが、かつての戦友にこわいこわいとおどけるように言った。

 

「ふん、《零落白夜》ありきの私と互角に戦ったおまえやアーリィ、ジェニファーも相当な化け物だと思うがな。さて、“同窓会”はここまでにしよう。――――起きろ、サラ・ウェルキン」

 

 地獄にこそ落ちなかったものの、失意のどん底に落ちたサラを、千冬が無理やりに立たせる。

 

「な、なにをする気よぉ……」

 

 サラの表情は恐怖に染まっていた。

 アリスは言った。自分はあなたと同じ側の悪党だと。このまま警察機関や保安機関に受けた渡されるわけがない。自分がしたことを考えれば、これからどんな報復を受けるか、火を見るに明らかだった。

 

「ほら、行きなさい。裁きの時です」

 

 アリスに背を突かれ、よたよたと覚束ない足取りで歩かされる。差し出されたサラを待っていたのは、深呼吸して構える蘭だった。蘭は「せいっ」と飛び上がり、上段回し蹴りをサラに放った。祖父仕込みの一撃が、サラの体を空中できりもみさせる。そのままサラは大破した<ヴェルフェゴール>にぶつかり、もたれかかる形で動かなくなった。

 蘭は「ふぅー」と構えを解く。そして、最後に兄が気絶したサラに近寄り、

 

「俺からはこうだ!」

 

 仕返しとばかりに胸をふにっと触る。女性陣からは苦笑いがもれた。

 

「もうおにぃったら……」

 

 気を失った女性を辱めるとは、同じ女性として頂けない。だが、サラが彼にしたことを思えばかわいらしい仕返しだろう。女性から苦笑い以上のお咎めはなかった。

 

「さて、裁きの鉄槌も下ったことですし、彼女と<ヴェルフェゴール>を回収しましょう」

 

 一撃で仕留めたが、それでも<ヴァルキリー>二人がかりである。<ヴェルフェゴール>は、やはり危険なISなのだ。運用の仕方次第では、サラの言ったとおり一機で会場を壊滅させることもできただろう。再び敵の手に戻る前に封印した方がいい。

 そのつもりでアリスが<ヴェルフェゴール>を回収しようとした、その時だった。

 

 見渡せる海から金属が軋むような雄叫びがこだました。

 

「なんだ! なんだ!」

 

 弾が戦き、激しく周囲を見回していると、海面が大きく盛り上がった。その中から途轍もなく巨大な物体が出てくる。丸みを帯びたフォルムと、鰭のような手と足は生物的であったが、光る二つのアイは電子的な光を放っている。これは――――

 

「メタルギア……ッ!?」

 

 突如として現れた巨大物体に向かってアリスが叫んだ。

 

「メタルギアってなんだ、この怪獣のことか!?」

「怪獣じゃありません。二足歩行型の新型戦車です」

「戦車!? おもいっきり海中から現れたぞ」

「こいつは水陸両用なんですよ。海軍のアーセナルシップ計画と共に進められていた――」

「説明はあとよ、くるわッ」

 

 その生物とも機械とも見て取れる正体不明物体は、海上が飛び出すなり、腹這いでこちらに向かってきていた。森林をなぎ倒し、陸を板チョコのように砕きながら迫ってくるさまは、さながら怪獣だ。

 

「いそげ!」

 

 生身のアリスと五反田兄妹をかばいなら、千冬が<暮桜>でこちらに向かってくるメタルギアを堰きとめる。スコールも加わるが、なんせ質量が違い過ぎた。踏ん張った脚部が地面に沈んで、踏ん張りがきかない。

 

「なんで、アメリカ海軍の秘密兵器が私たちを襲ってくるッ」

「いえ、海軍のものじゃないわ。所属を表すマリーンズのステンシルがないもの」

 

 ならば、誰が差し向けたものか。――その答えはメタルギアが向かう先にあった。二人の<ヴァルキリー>を口先で払い除け、巨大な二足歩行兵器が向かったさきにあったのは、サラと<ヴェルフェゴール>。

 

「……ん、んぅ……。な、なに……ッ!?」

 

 金属の雄叫びに目を覚ましたサラが、眼前のメタルギアを見上げて戦く。

 メタルギアは横開きの口を広げ、サラをついばんだ。

 

 ――――喰う気だ。

 

「ちょっと、いや、やめて、いやぁぁああああああッ」

 

 木霊す絶叫など構わずメタルギアがサラもろとも<ヴェルフェゴール>を喰らう。そして、空を仰いで咀嚼し、喉を鳴らして飲下した。<ヴァルキリー>ですら言葉を失う壮絶な光景だった。

 

「うそでしょ」「ISを食ったのか……」

 

 やがて、<ヴェルフェゴール>を胃に収めたメタルギアは、地盤を砕くほどの背面跳躍を以て、海面へ飛んだ。そして、津波と見間違うほどの水しぶきを立て、海中へ消えていく。

 アリスは水際まで走り、海面を見下ろした。メタルギアの姿はもう確認できなかった。 すかさず<ウォルラス>に通信を入れる。<ウォルラス>に追撃を依頼するアリスの横で蘭が言った。

 

「あの人、どうなったんでしょう……」

 

 飲み込まれたサラがどうなったのか。それはアリスにも検討がつかない。生きているか、死んだかさえ。ただ人が機械に生きたまま食われる光景は凄惨そのものではあった。

 

「すかねえ奴だったけど、さすがに同情するぜ」

 

 アディオス。そんな具合に、ぴっと指を投げる弾。

 最後に「おまえの乳だけはわすれない」と言った兄へ、調子が戻ってきた蘭が肘打ちをかます。「うおお」とうずくまる兄をさしおいて、蘭はアリスを見た。

 

「にしても、なんで何も起こらなかったんですか」

 

 なぜサラの作戦は失敗したのか。解せない表情でアリスを見る。

 

「悪いですが、詳細は語れません。ただ私から言えることは、彼女の悪事は計画の段階からこちらに筒抜けだった、ということです」

 

 そう言って、アリスはスコールに視線をやる。彼女は誰かと話している様子だった。「ええ、おつかれさまレイン。事はこちらで処理したわ。引き続き、気を付けてね」そんな会話が聞こえてくるが、不発だった事とどう関係あるのか、弾には分からなかった。

 

「さて、追撃は仲間がしてくれるようです。私たちは会場にもどりましょうか。いまからなら、終盤ぐらい観戦できるかもしれません」

「そうね。でも、席は4つしかあいてないわね。アリス、私の膝にくるん?」

「結構です」

「よし。じゃあ、蘭、お兄ちゃんの膝の上にくるか!」

「 絶 対 い や 」

 

 千冬はくっくと笑って、「私は立ち見でいい」と言った。

 

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