IS<インフィニット・ストラトス>―Deus Ex Machina   作:ネコッテ

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第8話 英雄と女王さま

 オルコットさんとの決闘が無事おわった放課後。私は自室で報告書の作成に勤しんでいた。

 <白式>のこと、<ブルー・ティアーズ>のこと。それに関するあれやこれや。

 その報告書が半分ぐらい書けたところで、う~んと背筋を伸ばす。それから一夏が特訓しているであろうアリーナの方角に視線を馳せた。

 

(ちょっと悪いことしたかなぁ)

 

 私の任務は密偵。彼に感けてばかりもいられないので、早々に身を引いたわけだけど、子犬みたいな顔をする彼を思い出して、ほんのすこし胸が痛んだ。

 せめてクラス対抗戦までは面倒を見てあげてもよかったかな。

 そう思ったところでハッとする。いけない、いけない。彼に感けてないで続きを書かないと。

 私は気持ちを取り直して、報告書の作成を再開する。そんな折り、私の携帯端末が鳴った。

 

 

【From】:織斑一夏

【Title】:なし

【本文】

なんだか、食堂で俺のクラス代表おめでとうパーティーをするらしいぞ。

アリスもこないか?

 

 

 

 

 

 というわけで、会場である食堂を訪れるたわけなのだが、パーティー会場は既に盛り上がりを見せていた。規模自体はそこまで大きくないが、ちゃんとした装飾が施され、横断幕まで掲げられている。その下では、一夏がクラスメイトから祝福を受けていた。

 

「織斑くん、クラス代表おめでとー」

「お、おう、サンキューな」

「ほらほら、飲んで飲んで」

「おりむー、いっきだよー、いっきー」

 

 そんな様子を遠くから見ていたら、篠ノ之さんが私の許に駆け寄ってきた。

 手には分厚いISの参考書。一夏をサポートしようとがんばっているようですね。

 

「アリス、遅いではないか」

「ちょっと野暮用がありまして。――にしても、随分と派手にやっていますね」

 

 てっきりもっと質素かと思っていた私はやや驚き気味だった。

 先の大弾幕にしてもそうだけど、料理だってちゃんとしたオードブルだし。

 

「どうせなら派手にやろうって布仏がはりきったらしいぞ」

「ああ、彼女が」

 

 布仏さんとは、さきほどから一夏を“おりむー”と呼んでいる生徒だ。ダボダボな服と間延びした口調が特徴で、人を和ませる雰囲気からのほほんさんと親しまれている。

 

「実は今回のパーティー費用も布仏持ちなんだそうだ」

「気前がいいですね」

「本人はM資金と言っていたぞ」

「M資金?」

 

 近場のオードブルから唐揚げを取りながら首を傾げる

 GHQが占領下の日本から接取した秘密資金を、布仏さんが持っているとは思えないけど。

 その時、パーティー会場に颯爽とカメラを持ったひとりの生徒が乱入してきた。

 

「はーい、新聞部の黛薫子でーす。みんな楽しんでるかなー?」

 

 そういってパーティー会場に入ってくるなり、新聞部の黛さんは会場を見渡した。

 

「うんうん、みんな楽しんでもらえているようで何よりだわ。奮発した甲斐があるってものね」

 

 その言葉にピンとくる。もしや新聞部からこのパーティー費用が出ているのだろうか。おそらく布仏さんが言ったM資金とは――MAYUZUMI資金のことか。で、その出資目的は――インタビューの場を設けるためかな。

 

「じゃあ、さっそく話題の新入生である織斑くんにインタビューさせてもらおうかしら」

 

 予想通り、黛さんはICレコーダーを取り出し、それを一夏に向けた。

 この手の対応に不慣れなのか、一夏は戸惑う様子を見せる。

 

「い、インタビューですか……?」

「うんうん。ほら、織斑くん注目度ナンバーワンでしょ? それにさっきの決闘!『どんな人か知りたい!』って要望が多く寄せられていてね、新聞部で特集を組むことにしたの。だから、先輩の顔を立てるつもりで協力してくれると嬉しいのだけど」

 

 『お願いっ』と日本人らしく両手を合わせる黛さんに、一夏はまた戸惑いを見せる。

 しかも、食べるもの食べているので、断りづらそうだ。

 

「じゃあ、すこしだけ」

「ありがと! じゃあ、さっそく。織斑くん、今回のクラス代表決定戦、どうでしたか?」

 

 マイク代わりにICレコーダーを一夏に向ける。

 

「手ごわかったです。オルコットはイギリスの代表候補生でしたので」

「でも、勝ちましたよね。勝因はなんだと思います」

「き、機体の相性だったと思います。あと仲間に恵まれたことです」言って私に目配せし「彼女がコーチしてくれたおかげで、俺は代表候補生を相手に勝てたのだと思います。彼女にはとても感謝しています」

「なるほど。アリス・リデルさんが試合の立て役者だというわけですね。では、そのアリス・リデルさんに質問しますね。なぜ織斑一夏くんに協力を?」

 

 その質問に、私は微かな違和感を覚えた。いや、違和感というほどのものでもないのだけれど、黛さんの言葉に探るようなニュアンスを感じたのだ。

 もしかしたら私の背後を探るつもりなのかもしれない。ならばと私はこう言った。

 

「チキン南蛮を頂いたので」

「え? チキン南蛮? 学食の?」

「はい。それと交換条件で協力しました」

 

 言って唐揚げを頬張る私に、黛さんが理解に苦しむ顔をする。

 当然の反応だ。逆の立場だったら、私も同じような顔をすると思う。

 

「本当にそれだけの理由で?」

 

 と、黛さんが一夏に視線をやる。

 

「はい、まあ、そうですね」

「う~ん(これじゃ記事に書けないわね……。いっそ捏造して……)」

 

 あ、この顔は何か企んでいる顔ですね。

 妙なことを書かれると厄介ですし、釘を刺しておきましょうか。

 

「言っておきますけど、捏造された新聞記事なんて紙屑ですからね?」

「え? も、もちろん、心得ているわ、よ?」

「ほ・ん・と・う・に・?」

「――あ、織斑くん、次の質問いいかしら!」

 

 黛さんは俊敏な動きでICレコーダーを一夏に向ける。

 逃げられた感が全開だけど、釘は刺せましたし、よしとしましょうか。

 

「えっと、それで織斑くん、お姉さんの織斑先生は第一回<モンドグロッソ>優勝者でしたよね? 織斑くんもお姉さんのように代表候補生とか目指そうと思いますか?」

「いえ。今は身の周りの事で手一杯なので。状況が落ち着いたら考えます」

「確かに今は騒がれていて大変そうですものね。では、最後に一言お願いします」

「あ、はい」

 

 一夏は深呼吸して言葉を整理した。

 

「俺に女性を見下す気持ちはありません。今回の決闘も男女に優劣をつけたくて戦ったわけじゃないんです。――ただ“男って奴は存外に捨てたもんじゃないぞ”。そう思ってもらいたくて決闘に挑みました。それが伝わったようで、今は嬉しく思っています」

 

 黛さんは満足した顔でICレコーダーの停止ボタンを押した。

 

「うん、いいコメントね。あなたのその言葉、みんなに伝わるよういい記事にするわ」

 

 ぐっとICレコーダーを翳す黛さんに、一夏が「はい、よろしくお願いします」と礼を言う。

 黛薫子。警戒していたけど、存外まじめな人かもしれませんね。

 

「じゃあ、最後に写真いいかしら?」

「はい、わかりました」

 

 掲載用の写真ということもあり、一夏は身嗜みを正した。

 

「アリス、変じゃないか?」

「ネクタイが曲がっていますよ、――ほら」

「お、さんきゅな」

 

 私が右にずれていたネクタイを直してやると、彼は照れくさそうに後頭部をかいた。

 その様子を見ていた黛さんが、ニヤニヤしながら断りもなくシャッターを切る。

 

「ちょっと。何を勝手に撮っているのですか」

「あ、ごめんね、すごく画に為っていたからつい」

「画も何も、私はネクタイを直しただけです」

「あれ、もしかして自覚ない? 今の“旦那を見送る新妻”みたいだったわよ。ね?」

 

 同意を求める黛さんに、周囲のクラスメイトがうんうんと頷く。

 確かに言われてみれば、映画やドラマで見たような気もするけど。

 

「いや、あの、私はそういう意図でしたわけではなく……あくまで親切心で」

 

 赤面しながら弁解する私に、会場から『天然!?』と驚く生徒が続出した。

 私って天然なのでしょうか。この際、天然でもいいので、誤解をしないでもらえると助かります。

 

「うん、わかった。そーゆーことにしておいてあげる。――じゃあ、写真を撮るわね。力抜いて」

「あ、はい」

 

 両肩の力を抜き、一夏が自然体を演出する。

 黛さんはOKサインを出してぱしゃっと何度かシャッターを切った。

 

「うん、掲載用の写真はこれでOKね。あとはセシリア・オルコットさんのコメントと写真が欲しいんだけど、どこかしら……」

「そういえば、見かけないな」

 

 私たちも一緒になって周囲を見渡すが、あの可憐な金髪はどこにも見当たらなかった。

 もしかしてこのパーティーに参加していないのでしょうか。

 実際このパーティーに参加している生徒は十数名で、クラス全員というわけじゃない。

 

「居ないなら仕方ないか。じゃあ、オルコットさんへのコメントは日を改めるとして。織斑くん、リデルさん、協力ありがとう。引き続きパーティー楽しんでちょうだい。じゃあね」

 

 撮った写真をチェックし終えた黛さんが、手を振りながら会場を出ていく。

 インタビューが終わったことで、パーティー会場は再び活気に包まれた。

 その中で、一夏はひとり何かを考え込む。気になった私は声をかけた。

 

「どうしました?」

「あ、いや、オルコットって女尊男卑だったのかなと思ってさ。確かにアイツは俺を見下していたかもしれないけど、根っこの部分は違うような気がするんだよなぁ」

 

 偶然にも彼が考えていたことは、私も気になっていたことだった。

 

「同意です。――彼女、私のこの髪を褒めてくれましたから」

「ん? どういうことだ?」

「イギリスは私のような赤毛に対する偏見や差別意識が強い国なのです。けれど、オルコットさんは私の髪を素敵だと褒めてくれました。それが妙にひっかかるというか……」

 

 社会心理学に<群集心理>という言葉がある。群衆の中では、人は感情的になりやすく、また感化されやすくなるという。それゆえ、理性的な判断力や正常な思考を失ってしまうという心理状態のことだ。これの極限状態がいわゆる集団ヒステリー。(女尊男卑もこの<群集心理>が働いたのではないかと言われている)

 けれど、オルコットは差別意識がある環境で暮らしていても、それに付和雷同せず自分の意見を述べた。そうするには強い意志が必要だ。そんな確固たる“自分”を持つ彼女が、女尊男卑の風潮に惑わされたりするのだろうか。それが密かに疑問だった。

 

「う~ん、確かにそうだよな……」

 

 そう言って、真剣に考え込む一夏に私は感心の念を抱く。

 相手を理解しようとする姿勢は、とても大事なことだ。アインシュタインもこう言っている。

 Peace cannot be kept by force.It can only be achieved by understanding.(力では平和を維持できない。理解しようとする行動のみが平和を作る)

 人は拳で語り合うこともできるかもしれない。だが、最後に必要なのは歩み寄りと対話だ。

 

「一度、オルコットさんと話してみては?」

 

 一夏は『そうだな』とオルコットさんを捜しに会場を出て行く。

 その背を静かに見送っていると、私の許に一人の生徒が駆け寄ってきた。二年の藤山陽子さんだ。

 

「あ、リデルさん、いたいた」

「あら、藤山さん。どうしました?」

「うん、実はあのアルバイト、もう一回できないかなって。実は欲しいバックがあるの」

 

 一回の模擬戦で5万の報酬。高校生からすればいい小遣い稼ぎになる。それに味を占めてしまったようだ。けれど、今は特に情報を仕入れたい相手もいないですし……。

 

「悪いですが、今は――」

 

 と、断りかけた時、ぬ~っと藤山陽子さんの背後から人影が現れた。

 我らが一年一組の担任、織斑先生である。

 

「おまえら、楽しそうな話をしているな。私にも聞かせてくれないか」

 

 ひやっとするような口調に毛穴から脂汗がだらだらと流れる。

 IS学園では、学生間の金銭のやり取りが校則で禁止されているのだ。

 

「おまえら、ちょっと生徒指導室にこい」

「いやぁ~ッ」「織斑センセー許してくださいッ!」

 

 こうして私と藤山さんは織斑先生に引き摺られながら、パーティー会場を後にした。

 

 

      ♡          ♣          ♤         ♦

 

 

 セシリア・オルコットという少女は美少女ぞろいのIS学園でも一際目立つ美貌を持つ。

 そこで“セシリア・オルコットっていう金髪の綺麗な子を見かけなかったか?”と尋ね回ったところ、すぐに目撃情報が手に入った。

 その情報を手掛かりに一夏がやってきたのはIS学園の中庭だ。

 十字に切り開かれ中庭の中央には噴水が設置されており、それを囲うようにベンチが併設されている。そのベンチのひとつにセシリアの姿があった。

 

「オルコット、ここにいたのか」

 

 一夏の声に、セシリアは食べていた夕食のサンドウィッチを口から離した。

 

「あら、織斑さん、どうなさったので? 今晩はあなたを祝うパーティーがあるのでは?」

「ああ、それなら抜けてきた。――あ、となり座ってもいいか?」

 

 『ええ、かまいませんが?』と了承を貰い、一夏はセシリアの隣に腰を下ろした。

 

「しかし、主役が抜け出しては、パーティーが盛り上がりませんわよ?」

「そういうおまえこそ、なんでパーティーに来なかったんだ? はっ、もしかして――」

「違います! ちゃんと招待は受けましたわ! ただ庶民の開くパーティーに興味がなかっただけです! それに女王陛下から一角獣の紋章と北の領地を賜ったオルコットは領民からとても慕われていた貴族なのですからねッ!」

 

 “わたしはハブられてない”と吠えるオルコットを、一夏はわかったわかったと宥める。

 相変わらず、キレるポイントが判らない女だと一夏は密かに思った。

 

「でも、庶民のパーティーも悪くないぞ。たこ焼きパーティーとか。そりゃセレブのパーティーに比べたら、貧相に見えるかもしれないけど、意外とたのしいぞ」

 

 たこ焼きをひっくり返す仕草をする一夏に、セシリアはくすっと笑った。

 

「ふふ、確かにそれは楽しそうですわね」

「ああ、きっと楽しいさ。今度みんなでやろうぜ、箒や――アリスも呼んでさ」

「アリス……」

 

 その名を聞くなり、セシリアはムスっと機嫌を悪くした。もしや恥をかかされたことをまだ根にもっているのかもしれない。地雷を踏んだと思った一夏は慌ててフォローを入れた。

 

「そういえば、アイツ“おまえに髪を褒めてもらえてうれしかった”って喜んでいたぞ」

「あら、そうでして?」

「ああ。――でも、驚いてもいたな。イギリス人に髪を褒めてもらえるとは思わなかったって」

「ああ、わたくしの国には赤毛を忌み嫌う方も多いですからね。中には赤毛というだけで悪魔や吸血鬼扱いする方もおられますわ」

「酷い話だな。赤い髪の何が悪いんだよ」

「理由はいろいろありますわ。赤色は血を連想させるため“短気”や“血の気が多い”というマイナスイメージを与えやすいという理由や、キリストを裏切ったユダが赤毛だったからという理由など。宗教的な背面もあるので、赤毛差別は男性差別より根深いんですの」

「でも、おまえは違う」

 

 きっぱりと言い切る一夏に、セシリアはちいさく頷いた。

 

「ええ、わたくしに良くしてくださった恩人が同じ赤い髪でしたから。その女性は世間がいう赤毛のイメージからはとても縁遠いです。優しく、聡明で。その女性を見ておりますと、世間に蔓延るステレオタイプを理解あさく鵜呑みにしてはいけないのだと深く思い知らされます」

 

 セシリアの言葉に一夏の疑問が確信に変わる。やはり彼女は外見で人を判断する人間じゃない。

 はたして、そんな正常な思考の持ち主が、女尊男卑に成り得るのか。一夏は訊いた。

 

「なあ、オルコットは男性を蔑んでいたりするか?」

 

 一夏の問いに、セシリアは『心外ですわ』と綺麗な唇を尖らした。

 

「わたくし、そういう方と一緒にされていましたのね……。まあ、わたくしも高圧的に接してしまうクセは自覚していますし、そう思われても仕方ないのかもしれませんけど……」

 

 セシリアは苦笑を見せた。

 コミュニケーションの仕方に問題があるのは自覚しているようだ。

 

「けれど、わたくしは決してそのような人間ではありませんわ。むしろ社交界に入って以来、わたくしはそういう人たちをとても嫌悪しております」

「社交界に入って?」

「ええ。ISが登場し、女性の機運が高まると、各国の政府はそのモチベーションを社会発展に繋げるべく、さまざまな優遇制策を実施しましたでしょ?」

「ああ、いろいろ保障されるようになったな。学費も大学まで免除されるようになった」

「それらを始めとした政府の優遇政策によって、女性の起業リスクはとても小さくなりましたの。銀行等の金融機関や投資家も女性には喜んで融資してくれるようになりましたわ」

「そりゃ国が後ろ盾になってくれればな」

「ええ。そのリスク緩和が追い風となって、21世紀は起業する女性が急激に増えましたの。そして成功を収める女性企業家が相次ぐと、男女の資本関係や所得関係は次第に逆転していきましたわ。いまでは“女性が出す資本で男性が働く”という企業形態が多くみられます」

「そういえばクラスのひとりが“男は女の下で働くべきだ”って主張していたけど」

「それは女性資本が生んだ弊害ですわね。経済活動の中心が女性に移り、社会地位が盤石になると、男性の価値はとても低くみられるようになりましたの」

 

 10年前、まだ女性の社会的地位が低かったころ、女性は男性の権威に身を寄せることで、安定や安心を得てきた。しかし、経済的に自立し、社会が過保護に権利を保障しはじめた今、女性が男性の権威に身を寄せる必要はなくなった。

 必要なくなった者が、冷遇されるのは世の常。それが男性軽視の傾向となったとセシリアは告げた。

 

「結果、男性を単なる労働力としかみない女性が増加し、それと並行して過酷な労働を強いる女性経営者が急増するようになりましたの」

「ニュースでも聞いたことあるな」

 

 何でも、パワハラや、過重労働、賃金未払いが平然とまかり通っているという話だ。

 訴えても、社会が女性至上だから泣き寝入りするしかないというのが現状だという。

 

「そうやって人を奴隷にし、自分だけが甘い蜜を啜る。自分が裕福でいられれば、他はどうなってもいい。いまセレブ界ではそんな利己的な人たちが幅を利かせておりますの」

「オルコットはそういう女性が嫌いなわけなんだな」

「はい。先ほど言った通り、オルコットは領民にとても慕われていた貴族ですの。それはギブ・アンド・テイクを大事にしていたからですわ。あくまで利得関係はWin-Winが好ましく、一方的に搾取するやり方は、貧困をつくり、争いを育てるだけなのです」

 

 世界の争いの根底には人々の貧困がある。それは一夏でも聞いたことのあるフレーズだった。

 人々は貧しさから逃れるために、戦いへ駆り立てられるのだと。

 

「今の女性は強権を行使する事で、男性から利益を搾取し、富を築いています。――ですが、そんな利己的な女性と同じぐらい、わたくしはタダ言いなりになるだけの情けない男性が嫌いです」

 

 思い当たる節があった一夏は、初日の出来事を思い出した。

 女性に囲まれオドオドする一夏を、セシリアは酷く批難した。残念な男、と。

 

「でも、どうしてそんなに? そりゃ情けない男が好きって奴もいないだろうが」

「きっと父の影響ですわね」

 

 苦笑いのセシリアに、一夏は『お父さん、どんな人だったんだ?』と訊いた。

 

「わたくしの母――アリシア・オルコットはとても優秀な経営者でしたわ。そんな母の許に婿入りした父は、優秀な母に負い目を感じ、窮屈な思いをしておりました。けれど、父は足掻こうともせずへらへらと卑屈に笑うばかり。そんな父が、わたくしはずっと嫌いでした。だからなのでしょう。ISが登場し、男性の立場が弱くなると、街を行きかう男性たちがみんな嫌いな父親のように見えましたわ」

 

 女性至上になった現代社会。男性は背を丸め、俯きながら歩いている。そんな世の男性たちに嫌いな父親の面影を見てしまうたび、セシリアはこの世界に憂鬱さを感じるようになったという。

 

「だから、あなたの存在を知ったとき、この世界に光が差し込んだ気がしましたの」

「光だなんて、それは期待し過ぎだよ」

「ええ、確かにそのとおりでしたわ。わたくしはあなたに過度な期待を寄せ、そして失望しました。結局、あなたも父と同じ。卑屈に笑うだけなのかと。――でも、いまは違います。決闘で見せたあなたの勇姿。そこにはわたくしが求めていたモノがありました」

 

 セシリアが決闘を申し込んだとき、彼の威勢はただの強がりだと思っていた。

 退くに退けなくなった苦し紛れの虚勢。男性によくある見栄だと。

 しかし、勝利は生半可の覚悟で得られるほど安いものじゃない。下剋上だというなら尚更だ。セシリアはそれを知っている。だから、彼に負かされた時、彼が見せた“女性に媚びない姿勢”や“逆風に立ち向う強い眼差し”が本物なのだと、認めざるを得なかった。

 同時にその事実は彼女の胸を熱くさせた。

 媚び諂うのじゃない。卑屈になるのでもない。苦難に立ち向かおうとする直向きな男性。

 父を逆連想させるそんな人物像はセシリアの胸を躍らせた。

 もちろん彼はまだまだ精神的に未熟で、世間知らずな面は否めない。それでも――

 

「いまのあなたなら、わたくしは――」

 

 そっと視線を逸らし、頬を赤めるセシリアを一夏が覗き込む。

 

「どうした?」

「い、いえ、いまのあなたなら力になっても良いと言ったのです。何か協力できることがあれば、言ってくださいな!」

 

 照れ隠しで言ったその一言に、一夏が表情を変えた。

 

「ほんとうか? そりゃ助かる」

「ええ、何でも仰ってくださいな。こう言ってはなんですが、わたくしは女王陛下より一角獣の紋章を賜った由緒正しきオルコット家の女。お婆さまやお母さまから受け継いだや莫大な富があります。望みなら大抵の事は叶えて差し上げられますわよ」

 

 彼女の実家――オルコットは世界でも有数の資産家である。彼女が有する不動産や知的財産、企業グループの収益は強大で、大手企業の株主をミトコンドリア・イブ的に突き詰めていくと、大概はオルコットに行き当たる。

 彼女に取り入れば、将来の安泰は間違いない。でも、一夏はこう申し出た。

 

「じゃあ、よかったら、ISのコーチを頼めないか?」

「ふぇ? そんなことでよろしいの?」

「いいんだ。俺には守りたいものがあるんだ。それを守り抜くために力をかしてくれ」

 

 自分のためじゃない。誰かのために戦うその姿勢。

 それは自分に貧しさの意味と<高貴な者の義務(ノブレス・オブリージュ)>を教えてくれたあの人に似ていて、セシリアの胸をさらに熱くさせた。

 

「わかりましたわ。このセシリア・オルコット。あなたのコーチを引き受けましょう。ですが、よろしいので? あなたにはもうコーチがおられるでしょ?」

 

 「アリス・リデルさんが」と口先を尖らせるセシリア。

 なぜ彼女の名がでると彼女は不機嫌になるのか、一夏には判らないが、

 

「それがさ。自分の役目は終わったって言われてさ。もうコーチして貰えないんだ」

 

 もうコーチをしてもらえない。それを聞くなりセシリアはニパーと笑った。

 まるで仇敵の家が火事になったと聞いたような顔だ。

 

「まぁ! まぁ! そうですの!」

「ど、どうした、そんなににんまりして……」

「いえ、なんでもありませんわよ。アリスさんって意外と薄情ですのね、ふふふ」

「いや、薄情ではないと思うが」

 

 本当に薄情な女なら、彼女の顰蹙を買ってまで自分に力など貸してくれるわけがない。

 だが、セシリアはまるで聞いてはいなかった。彼女は揚々と自分の胸へ手を置き、

 

「ですが、気に病む必要はありませんわ、一夏さん(・・・・)。女王陛下より一角獣の紋章を賜りし由緒あるオルコット家の跡継ぎにして、イギリスの代表候補生たるわたくしがついておりますわ!」

「お、おう」

 

 セシリアのハイテンションにやや圧倒されるも、快く引き受けてくれたようなので、一夏は何もいわなかった。ただし――些細なことなのだが――すこし気になったことがあった。

 

「てか、いま名前で呼ばなかったか?」

「え、あ、もしやお嫌でしたかしら? でしたら、ミスタとでも――」

「いや全然いいぞ。代わりに俺もオルコットのことセシリアって呼ばせてもらうな?」

「はい、ぜひ♡」

 

 セシリアは頬を桜色にほーっと赤く染めながら、嬉しそうに両手を叩く。

 こうして夜が更けていくなか、二人は語らいを続けた。

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