IS<インフィニット・ストラトス>―Deus Ex Machina   作:ネコッテ

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<Dシスターズ>
第89話 完成 打鉄二式


 16歳となった誕生日の翌日。ひとつ歳を重ねたからといって、生活に大きな変化が生まれるわけもなく、いつもどおり特訓を終えた俺はみんなと自室で間食を取っていた。

 正面には箒がいて、その両側にはラウラとシャルロット。俺の両側にはセシリアと鈴。

 そんないつものメンバで適当に駄弁っていると、鈴がまたあの話題を蒸し返した。

 

「それにしても昨日のあれよ」

 

 今日が誕生日の翌日とあって、みんなパーティの余韻を引きづっている。なんせ「俺の母親」が現れたのだ。特に幼少から俺たち姉弟を知っている幼馴染の驚きは、他より大きかったに違いない。

 

「また、その話題かよ。もういいだろ」

 

 でも、俺は飽きたように言った。実は朝からその話題ばかりが持ちあがるのだ。

 俺としては既に整理できた事だから、蒸し返さないでもらいたいんだけど。

 

「そりゃするでしょ。今年一番の衝撃だったもん」

「衝撃といえば、シャルロットはあんまり驚いていなかったな」

 

 とラウラ。

 あの場に母さんが現れたとき、シャルロットだけ冷静だった。転入まえに俺のことを下調べしていたはずだから、“両親不在”を知らなかったとは思えない。なのにあの冷静さ。俺もひっかかるものを感じていた。

 

「実はね。すこしまえに会っていたんだ」

 

 俺たちは一斉に間食の手をとめた。

 

「すこしまえってどのくらいだ?」

「ほんとうにすこしまえ。文化祭のあとぐらい。で、いまはデュノア社のオーナーなんだ」

 

 鈴が「ぶっ!」とウーロン茶でむせる。

 

「けほけほ……オーナーって? じゃあ、千春さん、アルベールのおっさんより偉いわけ?」

「偉いってわけじゃないけど、デュノア社の役員会で一番発言力はあるね」

「……あんたの母親、どうなってんのよ」

 

 俺が聞きてぇよ。

 <デウス・エクス・マキナ>の規模は俺の予測を超えすぎてる。

 

「すごい人なのだな。教官の母上は」

「でも、株主優待の食事券もらって普通に喜んでいたよ。すごく主婦ぽかった。この前も58円の卵(おひとり様一個かぎり)を買うの手伝って。そうそう、その時に聞いたんだけど、実は一夏って小さい頃――」

「よぉしっ! この話はもうやめようぜ」

 

 俺は大声で話題をぶった切った。

 小さい頃の話は、記憶の奥底に眠っていた黒歴史が呼び起こされそうな気がしてならない。

 

「つーかもういいだろ。おふくろの話は!」

「あら、お母さんがどうしたの」

 

 と、しっとりとした声音。振り返ると、まとめた黒髪を肩から垂らした女性が立っていた。見るからに二十代としか見えないその女性は件のおふくろだ。手にはなぜか菓子箱。

 

「あ、千春さん。実はいま一緒に買い物に行ったとき聞いた話をしていたんです」

「あらまあ、一夏くんの乳離れが遅かった話?」

「なに、あんた、そんなに乳離れ遅かったの」

 

 「ほぉ」というようなまなざしに俺は顔を真っ赤にしたが、母さんは楽しそうに答えた。

 

「そうそう。一夏くん、乳離れがすっごく遅くてね。三歳になっても「おっぱい、おっぱい」って服にもぐりこんできてたのよ。なんとかやめさせようと「ないないよ、おっぱい、もおないない」って隠しても「あう! あうの!」って、それはもうね――」

「だーッ。そういう話はいいよッ」

 

 俺は羞恥で悶絶しそうだった。

 なぜに女友達の前でそんな話を暴露されなければならないのか。何か悪いことしたか!

 

「つーか、なんで、ここにいんだよ!」

「今月、ココで大事なお話があるの。その準備で来たら、お友達がきてるって聞いてね。お菓子をもってきたの。アメリカに行ったときのお土産げなのだけど、食べる?」

「いらねーって。つーか、なんで人の部屋に勝手に入ってきてんだよ。早く出てけよ」

「はいはい、おかあさん、あっちにいくわね。お菓子はココにおいていくから食べて」

 

 「あ、はい、どうも」と箒たち。

 俺は「そういうのいいから」と部屋から追い出し、ドアのカギをかける。

 

「たくッ、母さんのやつ……」

「まぁ、一夏、そうぞんざいにするな。もっと大事にしてやってはどうだ」

「ラウラの言うとおりよ。おかげで、話を聞きそびれちゃったじゃない。――ねえ、シャルロット、千春さんから他になんか聞いてないの、一夏の話」

「あー、もう俺の話はいいだろ」

「いやいや、幼馴染にすら知らない歴史とか、気になるじゃない。ね、箒」

「ああ、気にはなる。――が、私は“それ”が気になるところだな」

 

 箒が見た“それ”とは、昨晩アリスがくれた誕生日プレゼントだ。

 アリスから思いかげないサプライズを受けた箒だけに、中身が気になるらしい。

 

「あんた、それ大事にもってるわよね」

「肌身離さず持ってろってアリスがさ」

 

 ※言ってません。

 

「一体なにがはいっているんだ? 私は中身が気になってしかたないんだが」

「よし、じゃあ開けよう!」

「おい、こら鈴!?」

「いいじゃない。別に連邦の存在を脅かすようなもんが入っているわけでもないでしょうに。う、硬いわね、これ」

「ふむ、素材はサードグリットのようだな。外にあるパネルは生体認証だろう。一夏本人にしか開けられないよう設定されているようだ。恐らくおまえがそうすることを予測していたのだろう」

「さすがアリス。いい読みだ。そういうわけだ、返せって」

「ぐぬぬ。こうなったら、プレゼントした本人に聞くしかないわね。あいつはどこなの」

「アリスならまた整備科ですわよ……」

 

 鈴がこの場にいないアリスを探すと、なぜかすねたようすでセシリアが言った。

 

「なんで、ムってしてんだ?」

「最近、アリスにかまってもらえてないから、へそまげてるんでしょ。で、整備科ってことはあの子の専用機開発を手伝っているわけ?」

「そういえば、日本の代表候補生って自分で専用機を開発しているんだよね」

 

 簪が独力で専用機を開発している話は、学園でも有名だ。

 たびたび俺たちの間でもこうして話題にあがる。俺自身もけっこう気になっているところだ。

 

「しっかし、自分の専用機を自作なんて、すげぇよな。俺にはとても真似できねーよ」

「安心なさって、一夏さん。普通はそんな真似、したくてもさせてもらえませんわ」

 

 そういったセシリアは、どこか呆れたような様子だった。

 俺の言葉――というよりは専用機を自作している簪の行為と、それを許した人たちに。

 

「莫大な資金が必要なISの開発を、ノウハウのない学生に委ねるのは、かなりリスキーですの。もし完成に至らず頓挫してしまったら、投資金のリターンは望めなくなりますわ」

「莫大な資金を投入してリターンがないのは、企業としてかなり痛手だよね」

 

 シャルロットがそういうと、なんだか言葉に重みがある。

 彼女の実家――デュノア社は第三世代型の開発に失敗し、赤字どころか経営難に陥った。いまは業績回復の兆しが見えたが、兵器開発とはそれぐらいリスクが伴うことであるらしい。

 

「それに兵器開発には高度な技術力が要求される。本来は国家プロジェクトで行うようなことを学生一人が担えるとは思えん。私もよく認められたと思う」

 

 兵器の造詣に深いラウラだけに、その言葉には説得力がある。

 

「じゃあ、なんでそんなこと許されているのよ」

「うわさじゃ姉が裏で手回したとか」

「代表候補生になれたのも、その姉のおかげだと聞いたな」

「その姉って、ここの生徒会長でしょ? いくら生徒会長だからって、そんなことできんの?」

「いや、それがだな。更識って実はすごい家柄らしいぞ。月子から聞いた」

「うむ、更識といえば、旧日本軍の諜報部を担っていて、いまも政界に顔が利くと聞く」

「ふ~ん。家柄のおかげで、そんなことができてるわけね」

 

 箒とラウラの言葉を聞き、気に入らないような面持ちで椅子にもたれたのは鈴だ。専用機も、代表候補生の座も、実力で得てきた鈴にしてみれば、親の威光に照らされている簪を快く思えないのだろう。

 確かに開発が許された経緯には姉の存在があったのかもしれない。

 でも、俺はそれだけじゃないように思う。だって――

 

「そういうけど、簪ってすげーエンジニアだぜ?」

 

 簪が改造してくれた有線雪羅も<キャノンボール・ファスト>では多いに活躍してくれた。彼女の技術力は本物だと思う。だからこそ、独力の専用機開発も許されたんじゃなかろうかと思うんだけどなぁ。

 

「ふ~ん、そこまでいうなら見にいってみましょうよ、あの子の専用機」

「それはいいですわね。わたくしも簪さんの専用機には興味がありますわ」

 

 と、顎に細い指をあて、誰よりも関心あり気に言ったのはセシリアだった。

 

「それに、わたくし、簪さんにいろいろお聞きしたいことがありましたし」

 

 ふっと笑ったセシリアには、何か思惑があるように見受けられた。

 簪、鈴とセシリアが苦手だけど、大丈夫だろうか。

 そんな一抹の不安を抱えながら、俺たちは「では行きましょう」と立ち上がった鈴を先頭に自室を出た。

 

 

     ♡          ♣          ♤         ♦

 

 

 整備科、第二格納庫。その七番ハンガーに一機のISが掛けられている。

 鋼色の光沢を放つ装甲。武者を彷彿させる意匠。左肩部から生えたフレキシブルアームには大型の荷電粒子砲が接続され、右肩部には円盤状の高性能レドーム。機体両側には、基本装備であったウィングスラスターに代わって大型のミサイルコンテナに置き換わっている。

 簪の専用機、<打鉄弐式>である。

 現在、<打鉄弐式>の開発は、マルチロックオンシステムの中核を担う<知能エージェント>とミサイルユニットの実装が終わり、システムのアップデートを残すのみとなっていた。このアップデートで不具合が生じなければ、晴れて<打鉄弐式>は完成となる。

 

「さぁ、最後のお仕事よ」

 

 ロリーナがラップトップを簪のまえに差し出す。簪は大きく呼吸して、エンターキーを押した。無数のプログラムが投影型ディプスレイの中を走り出し、プログレスバーがすこしずつ伸長していく。やがて進捗は100%に到達した。

 

<――報告:武装レジストリに《山嵐》が登録されました>

<――報告:火器管制システムに<マルチロックオンシステム>が追加されました――>

 

 <打鉄弐式>の報告を受けて、簪は<マルチロックオンシステム>を起動させた。それに合わせて各ミサイルハッチが開き、装填された弾頭が顔を出す。同時に<知能エージェント>が、標的を求めるように無数の照準カーソルを表示させた。すべて問題なく動作している。

 

「ついに完成ですか」

 

 完成の様子を眺めていたアリスが感慨に耽る。

 開発低迷期を知るゆえ、その感慨も深かった。だが、彼女以上だったのはやはり簪だ。

 

「……うん」

 

 言葉こそ簡素だったが、静かに身を震わせていた。

 言葉では言い表せない無上の達成感が、彼女をそうさせていることは想像に難くない。

 

「……これも、アリスやロリーナさんの、おかげ」

「いいえ、あきらめず、続けてきたあなたの努力のたまものよ」

 

 開発当初、無謀とも思われた自力による専用機開発。それでもあきらめず、自分を信じて、続けたこと。完成に至った最大の要因はそれに尽きる。いくらアリスが手をかし、ロリーナが知恵を授けても、簪にやり抜く意思がなければ、完成には到底いたらなかった。

 

(だからこそ、疑問なんですよね……)

 

 アリスは出会った当初から抱いていた“疑問”を改めて思い直した。

 簪が姉に抱く感情は、本当に“劣等感”なのだろうか、と。

 楯無は『簪は自分に劣等感を抱いている』と言っていたが、アリスにはそう思えなかった。『自分は人より劣っている』と悩んでいる人間が、これほどの偉業を成せる気がしないからだ。

 何事にも努力は必要だ。そして努力とは、頑張ることじゃない。続ける力のことだ。

 だが、それは簡単なことじゃない。大抵の人間は“飽き”や“才能”を理由にやめてしまう。続けるには「自分ならできる」という自信が必要なのだ。

 専用機を完成させた簪には少なからず「できる」という自信があったはず。「できる」と自分を信じ抜けた人間が劣等感なんかに苛まれたりするだろうか。

 劣等感に苛まれていると思う姉。自分を信じて努力を続けた妹。

 この姉妹の間には、根本的な見解の相違があるように思えてならない。

 

「ねえ、簪、すこしいいですか」

 

 ロリーナと今後について話していた簪に、アリスは話しかけた。

 「……なに?」と首をかしげた簪に、アリスはたずねる。

 

「あなたはお姉さんのこと、本当はどう思っていますか?」

 

 そう尋ねた意図の半分は純粋な疑問。もう半分は『彼女の本音から、ぎくしゃくする姉妹関係を改善できないか』という、彼女の悪癖「お節介」によるものだった。

 知り合って三ヶ月、さまざまな出来事を経て、いまや更識姉妹とはそれなりに親密な関係になりつつある。世話にもなった。無関係を装うには、自分は彼女たちに近づきすぎた。

 

「それは……」

 

 簪は口ごもった。自閉の気がある彼女は、おそらく誰にも本音を明かしたことがないのだろう。幼馴染にも、両親にも。内向的な人間は、内向的なゆえに、感情や気持ちを内側に閉じ込めたがる。

 簪のそんな性分を知るアリスは、話しやすい流れを作ることにした。

 

「実は私にも姉がいるんですよ。ローズマリーっていうんですがね」

「イ、イギリスの国家代表……ッ」

「そうです。簪も知っているとおり、そりゃできた姉でね。綺麗だし、賢いし、強いし。お金持ちだし。なにより、すごく妹想いでね、実は私にすごくやさしいんですよ」

 

「……い、一緒だ……」と簪は内心で思った。だから、こう尋ねた。

 

「……アリスはそのお姉さんをどう思っているの?」

 

 さきほど自分がされた質問と同じ質問をしたことに簪は気づかなかった。

 それはアリスの話術にはまった証拠であった。しかし、アリスは思惑通りなんて億尾にも出さず、ただ純粋に自分が感じていることを口にした。

 

「うざいかなぁーって」

 

 簪は柄にもなく噴き出した。普通なら「自慢の姉です」とか言うと場面だろう、と。

 けれど、自分だって姉を自慢したことはないじゃないか。

 

「確かにやさしいんですけど、その優しさって誰のためなのかなぁって。結局、お姉ちゃんがお姉ちゃんするためじゃないかって、そう疑ってるんです。千冬さんの一夏に対する厳しさを目の当たりしたあとだと、本当のやさしさってなんだろうって思うんです」

 

 「わ、わかる」と強く頷いた簪は、すでに語るに落ちていた。

 いま簪は自身が心底に埋めていた本心を、喉から吐き出しかけている。相手が自分と同じ境遇を持ち、それを素直に打ち明けたことで、随分と気持ちが楽になっていた。

 最後にアリスが「あなたはどうです」と促すると、簪はひた隠しにしてきた本音を語り始めた。

 おずおず、と。けれど、いつになくはっきりとした口調で。

 

「わたしは、お姉ちゃんのこと嫌いじゃないよ。ただね――――」

 

 

     ♡          ♣          ♤         ♦

 

 

 鈴の思わぬ提案で、整備課・第二格納庫にやってきた一夏一行。

 その先頭は意外にもセシリアで、速足で一夏たちより先をぐんぐんと進んでいく。

 <打鉄弐式>が置かれているハンガーまでやってくると、アリスたちの姿が見えた。二人は何か話しているようで、いつになく真剣な面持ちで語る簪の言葉を、アリスが真摯に受け止めている。会話の内容は聞こえないが、大事な話をしていることは、遠くからでもわかった。

 

「なにを話しているんだ?」

 

 入りづらい空気に二の足を踏んでいると、話し終えたアリスがこちらに気づいた。

 

「あら、どうしたんですか。みんなして」

「あ、いや。簪の専用機の完成が近いって聞いて、見に来たんだが、間が悪かったか?」

 

 シリアスな雰囲気を察して、一夏は簪の様子を伺った。

 

「いえ、大丈夫ですよ。もう終わりましたから」

「そうか。――で、これが完成した<打鉄弐式>か」

 

 新に48連装のミサイルユニットを備えた<打鉄弐式>を見上げる。

 スラスターがミサイルキャリアーに換装されたため、以前より攻撃的な印象が強く感じられた。

 

「みたところかなりの重装備ね」

 

 と、鈴。

 高出力の荷電粒子砲、48連装のミサイルユニット。それを扱うための電子兵装を備える<打鉄弐式>はISの中でも重武装の分類に入るだろう。

 

「これだけの重火器・重装備となると、火器管制への負荷が懸念されるけど」

「……大丈夫、情報処理装置を増設して、ソフトウェアを拡張してあるから」

「ちゃんと負荷分割してんのね」

 

 「ふ~ん」と興味津々の様子で、<打鉄弐式>の周りを一周する鈴。

 直感的で直情的な彼女はメカニカルやロジカルな話題に感心が薄い方である。こうやって熱心に質問する様子はなかなか見ない。

 

「鈴、やたら熱心ですね」

「熱心っていうか威力偵察ってやつよ。一応、あたしがここに来た“表”の理由はそれだし」

「……じゃあ、裏の理由は」

 

 と、簪。

 

「恋の威力偵察だよね」

「バっ! シャルロット、あんた最近一言多いわよ! ともかく、日本製のISって情報が国外に出回らないから全部が未知数なのよ。だから、可能なら見てこいって言われてんの!」

 

 日本の国是には、非核三原則と並んで武器輸出三原則というものがある。これは自国で製造した武器や装備を原則他国へ輸出しないというものだ。国外に技術が流出しにくい環境であるため、<打鉄>をはじめとした日本製の武器は他国からすれば未知数なのである。

 

「ヨーロッパ方面はともかくさ、地政学的に近い日本の技術力解明は、うちにとって急務なのよ。それに、今の日本って大きな転換期を迎えているじゃない」

 

 「そうなのか」と一夏と箒が言うなか、簪は一人だまった。

 <白騎士事件>以降、日本はその防衛のあり方を大きく変えざるを得なくなった。防諜組織たる更識もそのあおりを大きく受けている。楯無がロシアに国籍を置き、潜入しているわけもそこにある。

 

(だから、わたしは―――)

 

 そう思いにふけった簪の感傷を払拭するように、誰かが「こほん」と咳払いをする。

 そんなわかりやすい前振りをしたのは、簪の苦手ナンバー2ことセシリアだった。

 

「ところで、簪さん、あなた、精霊と対話できるそうですわね」

「……ひぇ?」

 

 いきなり黒歴史を掘りこされ、簪は変な声を上げた。

 中学生時代、『妖精少女ティターニア』というアニメに影響され、その主人公に成り切っていた時代が、簪にはあった。当時、彼女はネットで買ったサークレットやティアラをつけて、学校に登校していたのである。

 

「ドイツの代表から伺いましたわ。実はわたくしも幼い頃、妖精を見ることができましたのよ」

「……え?」

「以来、わたくしは妖精を感じとれるようになりましたわ。わたくしは環境センサがなくとも、精霊を介して火薬、湿度、風速、そして地面の硬さを感じ取れるますの。わたくしの神がかり的な狙撃は、それら<妖精の触覚(フェアリーセンス)>があるからこそ、なのですわ」

 

 「(うわ、自分で神がかりって言った)」と簪は思ったが、それはさて。

 セシリアは1000メートル級の狙撃さえヴィヴァルディの「四季」を鼻歌まじりで熟してしまう。その狙撃術は<妖精の触覚>なるものに裏打ちされているという。

 彼女は本物なのだ。設定とかではなく。

 それにしても日本人が言うと痛いだけの言葉も、イギリス人がいうと神秘的に聞こえるから不思議である。

 

「しかしながら、わたくしは光の精霊を感じることができませんの」

「……光、……エーテル的な?」

「さすがわ精霊の姫君。よくご存じで。そう、光を伝えるという五大元素のひとつですわ。あなたはそれら精霊と対話する術をお持ちだと、ドイツの代表に見せていただきましたわ」

 

 そんなことを言い出したセシリアの背後で、アリスとラウラが顔を合わせた。

 ―――エーテリオンだ。

 

「BTレーザーとはいわば光そのもの。わたくしがフレキシブルを習得できないのは、光の精霊を感じ取れないせいではないかと睨んでおりますの。そこでぜひ、あなたが持つ<エーテリオン>をわたくしに譲っていただきたく思いますの。もちろん、ただとはいいませんわ」

 

 と、取り出したものは小切手帳。

 そのうしろで、鈴とシャルロットは尻を摘まんで笑いをこらえていた。「シャルロット、あのお嬢さま、ビー玉を買うつもりよ(クスクス)」「りん、笑っちゃだめだよ、フレキシブルを習得できなくて、セシリアも切羽つまってるんだから(プププ)」なんて笑いをこらえる鈴とシャルロット。

 至って真剣なセシリアは、二人に怪訝な顔を見せたが、かまわず小切手をめくった。

 

「言い値で買いますわ。おっしゃってくださいな」

「……あの、あれはただのビー玉で、特に意味なんてなくて」

「そうですか」

 

 意外にも意外。セシリアはすんなり引き下がったようにみえた。

 そう、みえただけ。

 

「きっとお希少なものなのでしょう、簡単に渡せるものじゃないから、そうおっしゃられるのね?」

 

 なまじ本当に妖精を感じ取れるから、<エーテリオン>の設定を疑っている様子がない。

 かといって、ただのビー玉を渡すわけにもいかなかった(バレたとき、何を言われるか分かったものじゃない)。

 姉ほど交渉上手じゃない簪がオロオロしていると、何を勘違いしたのか、セシリアはこう提案をしてきた。

 

「では、わたくしと模擬戦をして勝ちましたら<エーテリオン>を譲ってくださいな。もし、あなたが勝ったら……、そうですわね。わたくしに代わって<妖精女王>を名乗る権利を差し上げましょう」

 

 簪は愕然とした。びっくりするほど自分にメリットがない……ッ!

 

「あら、震えるほどうれしくて? 確かに、女王陛下より一角獣の紋章を賜ったオルコット家のわたくしが直々に授けるんですもの。これほど光栄なこともありませんわよね? でも、気が早くてよ。名乗るのはわたくしに勝ってから。――では、参りましょう。確か第二アリーナが開いていましたわね」

 

 こちらの事情をそっちのけで、揚々とアリーナに足を運んでいくセシリア。

 対し、簪は足取りがすこぶる重かった。

 

「まぁ、ブランクを埋める気持ちで戦ってきなさい。あとは私がうまく説得してあげますから」

 

 簪の肩をアリスがたたく。「……おねがい」と簪。不本意な決闘だが、諦めてもらうには勝つのが一番いい。かくして<妖精の女王(セシリア)>と<精霊の姫君(かんざし)>の<エーテリオン(ビー玉)>を賭けた戦いが始まるのであった。

 

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