IS<インフィニット・ストラトス>―Deus Ex Machina   作:ネコッテ

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第92話 会談

 日曜日。休日のIS学園。その上空を、手にレーダーシールドを装備した<ラファール・リヴァイヴ>が通過していく。哨戒機が近海空域を警戒する眼下では、<生徒会>の腕章を着けた生徒が、物々しく校舎を見回っていた。その中にはアリスの姿もあり、彼女は<赤騎士>を展開してハイパーセンサーで周囲の警戒に当たっていた。

 今から<デウス・エクス・マキナ>と<ファントムタスク>の会談が行われるからだ。

 <デウス・エクス・マキナ>は強大な組織力を有し、<亡国機業>は各国のIS企業を牛耳っている。双方とも多大な影響力を持つ組織であるがゆえ、内容によっては世界が変わる可能性もある。それを良しとしない第三者の襲撃に備え、<教師部隊>および<生徒会>がその警備に当たっていた。

 それを指揮するアリーナの管制室。

 そこでは<教師部隊>と<生徒会>からいくつもの報告が上がってきていた。

 

「オラゴン先生、アルファーチーム、ブラボーチーム、チャーリーチームからの定時連絡。エリアAからエリアGまですべて異常なし。異変は見受けられないとのことです」

 

 真耶から報告を受けたマルガリータは「引き続き、警戒にあたれ」と返す。

 本来、学園の指揮は千冬に一任されている。その彼女は、現在、会談に参加すべく席を外しているため、<教師部隊>の隊長を担うマルガリータが、指揮の代役を請け負っていた。

 

「それにしても、ずいぶんと厳戒態勢ですよね。一体ここで何が話し合われるんでしょうか」

 

 今回の会談内容は極秘とされている。教員にもその詳細を知らされておらず、ただ学園上層部の命令に従っているだけだった。学園長である轡木素子と、指揮官である千冬、生徒会長の更識、いわゆるレベル4の権限を持つ人間のみしか、その詳細は知らされていない。

 

「さあな。私たちは仕事をこなすだけだ。全員、気を緩めるなよ」

 

 そう告げ、マルガリータは第一会議室にいる千冬に通信を繋いだ。

 

 

     ♡          ♣          ♤         ♦

 

 

『千冬、こちら異常なし』

 

 IS学園、会議室に続く通路。

 アリーナ管制室から報告を受けた千冬は「了解した」と返した。

 

「周囲に異常なし。警備にも問題はないようだ」

「では、引き続き、厳戒態勢を」

 

 千春はそう告げ、部長三人と、デュノア社のアルベール。そして、千冬と共に会議室へ入る。

 ドーナッツ型のテーブルには、会談相手となるロキがすでに待機していた。右隣の席には幹部の一人、劉春狼。彼らの後ろには、ローズマリーとソフィア、陰陽姉妹が控えている。そして、ロキの左隣では篠ノ之束が、用意された茶菓子を頬張っていた。その束が「お」と顔を上げる。

 

「やっほぉー、ちーちゃんッ」

 

 いきなりテーブルを超えて飛んできた束を、千冬は例のごとくアイアンクローで受け止めた。警備が動くが、それを千春が「大丈夫よ」と手で制す。束は「うんしょ」っと手を退け、千冬を見た。

 

「ねえ、ちーちゃん。ちーちゃんも、ロキくんとちーちゃんさん(・・・・・・・)との話し合いに参加するの?」

 

 その視線はどこか鋭くとがっていた。お茶らけていた瞳もにわかに真剣みを帯びている。

 千冬はなぜそんな顔をしたのか理解できていた。

 きっと束は焦れ、苛立っていたのだ。何もせず、ただ、日々を無駄に消費していた自分(ちふゆ)に。

 

「ああ、そのつもりだ」

「それは単なる警備として? それとも?」

「私も母さんと共に会談に出席するつもりだ」

 

 それを聞き、束は険呑な表情を闇に葬り、満面の笑顔を見せた。

 

「そっか、そっか。えへへ、ちーちゃん、ようやく覚悟が決まったんだね。正直さ、いつまで猿山のボス気取りしているのかなぁって思ったよ」

 

 酷い言いぐさだが、千冬は苦笑いを見せた。

 

「辛辣だな。だが、そうだな。私は子供相手に踏ん反り返ることで、大人の威厳を保とうとしていた。そんな私に母さんは気づかせてくれた。大人とは偉ぶることじゃない。現実と向き合い、責任を果たせる人間のことだと」

 

 力があるものには責任と義務が伴う。それに個人も国家も関係ない。

 千春は、力ある大人として、子を持つ母親として、その責任をはたすべく最善を尽くしてきた。

 

「そうだね。好き勝手が許されるのは子供だけだね。わたしはロキくんに教わった」

 

 束と出会う前の、児童労働者だったロキは、無いような賃金で妹を養っていた。

 本当は美味しいもの食べたかっただろう。いっぱい遊びたかっただろう。けれど、自分はクロエの兄だからだと、自分の責務から逃げなかった。

 弱く、知も劣る子供でさえ、こうして現実と向き合い懸命に生きている。

 そんな彼を見て、束は強い憤りを覚えた。

 子供をこんなボロボロになるまで働かせて、大人は何をしているんだ、と。そして、自らの掌を見つめ、自分が放った言葉を反芻させると、もう一人の自分がこう言った。

 「おまえも、大人の一人だろ」。

 それを聞いたとき「なら、無責任な大人たちに代わって、私がこの子たちの面倒を見なきゃ」という使命感に駆られた。

 

「『至高の頭脳を手に入れたのなら、子供の一人や二人救って見せろ』ってそんなシナプスが束さんの脳内を走ったよ。『できないのなら、わたしはこの世界で贅肉を蓄えた醜悪な大人たちと同じだ』って私は思った。私は“知識”っていう贅肉を蓄えただけの、あたまでっかちな人間にはなりたくなった」

「そうだな。力は誇示するものじゃなく、何かを成すためにある。私はこの力を未来の子供たちのために使いたい。幸いにも私はその機会に恵まれた。母さんが与えてくれた。――おまえはどうだ? 今回の会談におまえも出席するんだろ?」

「うん」

 

 千冬は「そうか」と懐かしさのような頼もしさを感じ、頬をわずかにゆるめた。

 白騎士事件後、袂を分かったように束は自分のまえから消えた。もしかしたら、もう会うこともないだろうとさえ思っていた。それをさびしくないといえば嘘になったし、見捨てられたと心細かったりもした。その彼女と、あの頃のように再び語り合えること。お互いの立場は違うけれど、千冬は心から嬉しく思った。

 

「では、始めよう。あなた方の夢の続きを。――母さん、席につけ」

「はぁ~い」

 

 どちらが親でどちらが子か分からないが、束はぴょんと席に着いた。

 続くように、千春、千冬、部長たちも席につく。相手側の着席を見計り、ロキは会談の始まりを告げた。

 

「まず、こちらの要求を受け入れ、このような場を設けていただいたこと、感謝する」

「いえ、こちらとしても、あなたとは話し合う機会が欲しかったところよ。そろそろ、互いの見解を示し合わせたいところだったわ」

「同意見だ。だが、我々の組織はピラミッド型と違い、民主主義的な構造をしている。それゆえに、他幹部の同意がなければ、事を実行には移せない。意思決定には時間がかかった」

「けれど、いまは違う。いまはあなたが組織のアルファにしてオメガなのでしょ」

「ああ、いまは俺が組織そのもので、その総意だ。俺が全てを決めている」

「では、あなたとわたしで世界の行く末を決める話を始めましょう」

 

 いままでの優しい雰囲気から一転して、千春は“ルイス・キャロル”の顔を見せた。

 

「まず『なぜIS学園を襲撃したか』その弁明から聞かせてもらおうかしら」

 

 こうして顔を合わせただけで<デウス・エクス・マキナ>と<亡国機業>はまだ互いに敵でもなければ味方でもない。これからどういう関係を築いていくか。その醸成には『なぜIS学園を襲撃したのか』その真意を公にし、双方に禍根の無い形で事を進めなければならない。

 

「承知した。まずその件においては<亡国機業>の総意ではなく、われわれの独断であったことをまず踏まえてもらいたい」

 

 千春は「わかったわ。続けてちょうだい」と言った。

 

「では、申開けをさせてもらう。俺がココに<ナルヴィ>――学園側のコードネームでいう<ゴーレム>を送り込んだのは、篠ノ之束の<探し物>を見つけるためだった」

「探し物? 探し物とはなにかしら」

 

 千春がそう尋ねると、ロキは束を見て続けた。

 

「篠ノ之束がいうに、形状は高さ3メートルあまりの物体だそうだ。これに接触したことで、彼女の知性は急激に高まり<インフィニット・ストラトス>のテクノロジーが生み出された。篠ノ之束はこれを<モノリス>と呼んでいる」

「モノリス、『2001年 宇宙の旅』かしら」

 

 言ったのはロリーナだった。

 2001年宇宙の旅。スタンリー・キューブリック監督が製作した、50年以上も前の古い映画だ。モノリスはその作品における重要なキーワードの一つで、作品の冒頭でサルがこれにふれると、知性が高まって道具を使い始める。

 

「つまり、その未知の物体が、ISの高度なテクノジーをあなたにもたらした、と」

 

 そう発言したデュノア社の社長――アルベールは怪訝な表情を見せていた。

 あまりにも現実離れした話だった。信じろというほうが難しい。

 

「信じがたいことではあるが、存在はするんだ。ISという奇天烈なマシーンが存在していること。それがある意味で<モノリス>の存在を証明している」

 

 アルベールは押し黙った。

 対消滅反応炉、反重力装置、慣性制御、防御機能。量子化。ISは在りえない技術(ブラックテクノロジー)だと言われてきた(だから、その存在を証明するため、束は白騎士事件を起こした)。でも、ISはこの世界に存在している。在りえないものがある以上、<モノリス>の存在も否定はできなかった。

 

「しかし束はどこでそんなものと巡り会ったんだ?」

 

 そう問うたのは、幼少期からずっと一緒にいた千冬だった

 

「とても簡単だ。<モノリス>は篠ノ之神社の御神体として祭られていた」

 

 千冬の瞳が開かれる。

 

「篠ノ之神社の境内にご神体を祭る社があることは聞かされていた。だが、非常に神聖な場所で触ることはおろか立ち入ることも禁じられていたはずだ。私も柳韻どのから強く言い聞かされていた。でも、おまえのことだからな……」

 

 千冬が苦笑いを浮かべる。

 破天荒な束のことだ。きっと好奇心に負けて、父親の言いつけを破ったのだろう。

 

「話を戻す。以前、篠ノ之神社に行ったとき、祭られていた社からご神体がなくなっていた。あったのは誰かが持ち出した跡だけだ。形跡から持ち出されたのは数年前。丁度、篠ノ之家の『重要人物保護プログラム』が実行されたころだ」

「保護プログラムには、<白騎士事件>の重要参考人だった篠ノ之一家の身柄確保以外に、<モノリス>の移送が目的でもあったというのか?」

 

 情報部・部長の問いにロキは頷いてみせた。

 彼は当時十六代目楯無として、篠ノ之一家の身柄保護に従事した人間だった。アリスが箒の誕生日プレゼントに『両親の移転先と面会書』を用意できたのも、彼の協力があったからだ。

 

「俺達はそう踏んでいる。そのことから<モノリス>を持ち去った人物をふたつまで絞り込むことができた。一つは、篠ノ之一家の移住を“更識”に命じた日本政府。もう一つはその背後にいるアメリカ政府だ。前者の独断なら、秘匿場所はここIS学園だと踏んだ。ここは日本政府の管轄内にあって、他国に対して不干渉領域だ。ものを隠すのにはもってこいだ」

「で、おまえは<モノリス>とやらの所在を調べるため、ここを襲撃した。幹部会の承認もなく」

 

 そんな意見は<亡国機業>側から聞こえてきた。幹部の一人でもある劉春狼だった。

 

「承認が降りないことは分かっていたからな。おまえも反対しただろ」

「あたりまえだよ。正直、その<モノリス>の存在だっていまだ半信半疑だよ。そんな話を大の大人が耳を揃えて聞いているってのも変な話さ」

「明確な所在証明がほしいなら、ヴェロニカ・エインズワース女史に話を聞くと言い。彼女は<モノリス>の存在を予見していた女性だ。彼女の著書『ISはどこからきてどこへ向かうのか』には、理論的にそのことが触れられている。おまえもIS企業の端くれなら読んでおくといい。いい著著だ」

 

 ロリーナは「うふふ、1000部も売れなかったけれどね」と照れ臭そうに笑った

 

「でも、どうせなら、ボクは著者本人の口から聞きたいね。ぜひ二人きりで」

「え、遠慮するわ」

 

 「そりゃ残念だ」と肩をすくめあと、千春が話を続ける。

 

「あなたがここを襲撃した理由は理解した。それであなたは<モノリス>を手に入れてどうするつもりかしら」

 

 未知の技術は、人類に幸運をもたらす福音にもなるが、終焉を呼ぶ破滅の喇叭にもなりえる。<モノリス>を手に入れたあと、何をするのか。それを見極めなければならない。

 

「制御可能なら存在を公にし、世界の共同管理下に置く。危険だと判断すれば破壊するつもりだ」

 

 ISが時代を変えてしまったように、<モノリス>の存在がまた世界を変えてしまうかもしれない。テクノロジーとはそういうもの。高い技術力を持つロキだからこそ、テクノロジーの暴走が生む怖さをよく知っているのだろう。

 

「そう。『IS学園襲撃』は、あなたなりにこの世界の未来を考えてとった行動だったわけね」

「聡明な方で助かる。訂正はない」

「あなたが何を答え、どうしてここを襲撃したのか、理解も納得もしたわ。けれど、ここに<モノリス>はないわ。ここは<モノリス>を秘匿するために建築されたわけじゃないの」

 

 言葉の真意を見極めるように、ロキはルイスを見据える。

 彼女から発せられた言葉にウソの匂いはしなかった。発言に信じて足るだけの重さもあった。

 

「了解した。以後の『IS学園に対する調査』の中止をここで宣言しよう。それと襲撃に対する責任を取る意味で、いくつか補償を用意させてもらった」

 

 ロキはいくつかの資料を用意し、それをソフィアに配らせる。受け取った千春、千冬、各部長は補償に目を通した。通し終えた千春は、各部長たちと頷きあい、その受け入れを許諾した。

 

「わかったわ。これを以って私たちの和解としましょう」そうトントンと資料をまとめ、資料を背後の部下に手渡し「では、改めてあなたが望む未来について聞かせてもらおうかしら。あなたがこの場に来た理由はIS学園襲撃の許しを請うためじゃない。そうでしょ?」

 

 彼は頷く。そう、自分が掲げる壮大な計画に、彼女の協力と賛同を取りづけるためだった。

 その計画の全貌を彼はいまここで明らかにする。

 

「まず我々が目指すもの。それは新しい時代の幕開け、新たな社会意識の萌芽だ。そのためにISの方向性を改め、これをもって人類の宇宙進出を目指す」

 

 インフィニット・ストラトスで宇宙(ソラ)から地球を見た束は、真理にも似たひとつの確信を得た。

 『この世界に線引きは存在しない。統一せずとも世界はひとつなんだ』そんな確信を。

 問題なのは人々がそれを認識していないこと。そこで束は<インフィニット・ストラトス>を以て、人々を宇宙(ソラ)へ上げ、自身が得た確信に接続させようとした。

 しかし、彼女の願いに反して、ISは戦争の道具になった。

 歪んでしまったISの在り方を改め、母の願いを再始動させること。それがロキの目指すもの。

 

「では、ここからは具体的な話をしよう。我々はこの計画の第一段階として『ISの民用化』を進めている。――ソフィア」

 

 ソフィアが各自に資料を配って回る。

 資料にはISらしきパワードスーツの写真と、細かな出力詳細が記載されていた。

 

「これは?」

「へっへっへ、名づけて<フィニット・ストラトス>だよ、ちーちゃんさん!」

 

 束が鼻高々に言い、千冬は資料に視線を落とす。

 

「フィニット・ストラトス……」

「これはいわば機能と性能を制限した<インフィニット・ストラトス>の廉価機だ。まだ試作段階だが、これが普及すれば、宇宙開発は飛躍的に早まるだろうと考えている」

 

 宇宙開発最大のネックは、膨大な費用だ。わずか一キロの物資を上げるのに数百万円の費用が掛かる。それに宇宙開発は大きな危険が伴う。だが、ISの反重力装置、推進機構、保護機能があれば、その費用や負担は大きく軽減できる。そこでこの廉価版のISだ。低価格帯のISを発売し、宇宙開発のコストとリスクを軽減して一般企業の宇宙開発参入を促進させる。こうして世界経済が宇宙インフラに投資を始めれば、あとはもう誰にも止められない。

 

「ひとついいかしら、ロキ。この<フィニット・ストラトス>は、ISが抱えていた従来の問題を解決できているのかしら」

「現時点ではできていないが、問題解決の糸口は掴んでいる」

「一夏か」

「そうだ。そこで彼のプロジェクト参加を要望したい」

 

 これが、ロキが彼女たちに求めたいことのひとつ目だ。

 ロキの要望に母姉は理解を示しながらも、承諾はしなかった。

 

「いまの段階では了承しかねるわ。私たちはずっとあの子の意思を尊重してきた。保護者とはいえ、私たちの独断では決めかねるわ」

「だが、あいつのことだ、期待はしていいだろう。話は私からしておく。だから、大人しく待っていろ。間違っても一夏や白式を奪おうなど考えるんじゃないぞ」

「承知した。厳守することをここに誓う」

「しかし、おまえは<フィニット・ストラトス>の完成を第一段階と言ったな。おまえの目的はISの在り方の是正と宇宙進出。第一段階で既に目的は達成できたと言える。第二段階はなんだ」

「ISによる人類の宇宙進出。それが母さんの願いだった。第二段階は彼女――ローズマリーの願いだ。俺たちは<フィニット・ストラトス>による宇宙進出を第一段階として、第二段階に火星のテラフォーミングを計画している」

 

 ロキの言葉をローズマリーが引き継ぐ。

 

「私の母が目指したものは、<誰も飢えない世界>でした。けれど、母の願いとは裏腹に世界は加速度的に飢えています。人口爆発、異常気象、そして食料のエネルギー転化。地球規模でさえもう人類の食糧を賄えない時代がそこまできています」

「世界食糧機関の報告は私も読んだわ。有史以来最大の飢餓が訪れるですってね」

「50年後には餓死者数は10億人を超え、100年後には世界人口の半数が飢えると言われています」

 

 けれど、人は飢えても人口そのものは減らない。

 貧しい国では、労働力となる子供が多ければ多いほど豊かになると信じられている。

 豊かな国では、人口低下は国力低下に直結するため、産めよ増やせよと謳っている。

 人間は貧しくても増えるし、豊かでも増える。

 人口が増えれば食料消費も増える。けれど、得られる食糧には限りがあるから、飢えは加速し、飢えて減った人口を、人間はまた生んで増やそうとする。増えた子供はまた飢えて死に、そして増やすところに戻る。その繰り返し。結果、世界の平均寿命は20歳を下回る。

 そう、子供たちが大人になれない世界がやってくる。

 そこでローズマリーの母――メアリー・ライオンハートはある計画を立ち上げた。

 

楽園計画(エデンプロジェクト)

 

 聖書の一節にはこうある。――“働からざる者、食うべからず”と。

 人類はなぜ働かなければいけなくなったのか。それは<アダム>と<イブ>が禁断の果実に手をつけ、エデンを追放されたからだ。楽園の外側には食べ物がなかった。そのため、自らの手で育て、賄わなければいけなくなった。こうして人類は労働を課せられたわけだ。

 つまり、これらを逆説的に云えば、エデンとは働かなくても飢えない場所を意味する。

 メアリー・ライオンハートが求めた世界も、またそれだった。

 過酷な労働を強いられずとも、子供たちがお腹いっぱいになれる世界を作ること。

 それが楽園計画。

 だが、メアリーの死により計画は幻のものになってしまった。

 

「私たちは母のこのプロジェクトを実現しようと試みました。けれど、<バイオショック>以降、飢餓は加速し、地球規模でさえ人類の食糧を賄えなくなってきている。国連のミレニアム計画でさえ、達成できなかったのは、我々の知りうる以上に食糧難が深刻だったからです。そこで、私たちは火星の植民地化を計画しました」

「火星のテラフォーミング、それによる食料自給率の向上。誰も飢えない世界はあの子も望んでいたわ」

 

 あの子。この場にいないアリスのことだ。

 

「<赤騎士>はそのために造られたISなんだったね、ロリーナ」

 

 束が言った。かつて7月7日のあの晩。ロリーナは彼女に告げた。

 火星と地球の架け橋となり、飢餓から世界を救う。それが赤騎士だと。

 

「ええ。けれど、<赤騎士>に限らず、すべてのISは火星の地球化を可能にしているのでしょ。そもそもなぜ<無限の成層圏(インフィニット・ストラトス)>と名付けられたのか。それはISのシールドが成層圏――つまり大気と同じ働きをするから。でしょ、うさぎのおかあさん」

 

 束はニタっとわらった。

 それは“仕込んだ伏線にユーザーが気づいたとき”のクリエイターの笑みだ。

 

「ISのシールドには、フロンガスのような温室効果があるわ。それを利用して、紫外線によって生じた“遠赤外線効果”の熱を惑星内に閉じ込める。そうやって火星を温めることで、火星内の氷を溶かし、大気を生成する」

「しかしそれには100年間、操縦者はISを展開し続けなければいけません。妹はその役割を担おうとしている。彼女はそれを承知しているのかもしれませんが、たった一人の少女に世界の運命を背負わせていいわけがありません。私は妹に銃を置いて普通の女の子になってもらいたいのです。母の願い、メアリー・ライオンハートの願いは私たちが受け継ぐ」

「彼女の願いをかなえるだけの技術が俺たちにはある」

 

 <亡国機業>が開発した第三世代兵器のテクノロジーはテラフォーミングを可能にする。

 <インフィニット・ストラトス>に頼らない火星の地球化。

 それを獲得するために彼は<亡国機業>の幹部となった。そして、統括者となり、<デウス・エクス。マキナ>と合流を果たせたいま、アリスがその身を人類の未来に捧げる必要はなくなった。

 

「そこで再度、あなた方に要望がある」

 

 ロキはさきよりも真摯な様相で、改まったようにルイスキャロルと向き合う。

 そして、すべてはこの時の為だったかように申し出た。

 

 

     ♡          ♣          ♤         ♦

 

 

「――アリス・リデル(わたし)の任を解いてほしい?」

 

 警備の詰所。第一次となる会談が終わり、警備から解放された私は、ロリーナから会談の一部始終を聞かされていた。そこ含まれていたロキからの要望を聞き、私は差し入れの缶コーヒーを口から離した。

 

「つまり<デウス・エクス・マキナ>から脱退させてほしい、と。それを千春に依頼を?」

「依頼いうより、“お願い”といった感じだったかしら。純粋にあなたのことを案じていたわ。あなたのお姉さんは、“銃”を置いて、普通の女の子に戻ってほしいと」

 

 私は「それはスコールからも聞きましたが」と答え、コーヒーを口に含む。

 微糖と書かれていながらも、味はなぜか苦い。まるで今の私の心境を表しているようだった。

 

「ルイスに直談判なんて、ローズマリーは本気で私の戦いをやめさせたいようですね」

「正直、彼女の気持ちは分からないでもないわ。本来、あなたのような乙女が銃を手に取り、戦っていいわけないもの」

「いまのご時世、銃を取って戦っている少年少女なんてごまんと――」

「そういうことを言っているんじゃないの」

 

 話を逸らそうとするも失敗して、私はバツの悪い顔を作る。

 

「でも、私は誰かに強制させられて、ここにいるわけじゃない。自分の意思で戦っています」

「ルイスも同じ意見を主張はしていたわ。――あくまであなたの意思を尊重したいと」

「だったら、残りますよ、ここに」

「それはうれしいわ。私はあなたと共に戦えること、誇りに思っているもの。けれど、15歳の子供が武器を持って戦う。やっぱりこれは“異常”なことなの。――正直ね、分からないの。ルイスも私も。良識ある大人として、あなたをまっとうな道へ歩ませるべきなのか。それともあなたの意思を尊重すべきなのか」

 

 私は返す言葉がなくなり黙り込む。このままじゃずっと意地の張り合いで、現状は平行線か。

 簪に姉と向き合えと諭しておきながら、自分の事をおろそかにしていては示しもつかない。そろそろ、このあたりで落とし前をつける時がやってきたということだろう。

 

「じゃあ、どちらが意地を突き通すか、戦って決めましょう。私が勝てば、組織に残留し、ローズマリーが勝てば、脱退します」

 

 私はまだ銃を置きたくない。ローズマリーは置かせたい。

 お互い意地があって、意思を曲げる気はない。なら、なにかしらの強制力をもって、その意思を挫くしかない。全力で勝負し、もし負けたら、所詮わたしの意志はその程度だったのだとあきらめもつく。

 

「丁度、会長がふさわしい舞台を準備してくれていますから」

「専用機ペアトーナメントね」

「そこでローズマリーと決着をつけます」

 

 私は空にした缶コーヒをゴミ箱に放り投げる。

 けれど、勝敗を占うように投げたそれは、私の今後を暗喩するように外れて転がった。

 

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