IS<インフィニット・ストラトス>―Deus Ex Machina   作:ネコッテ

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第93話 姉としての覚悟

 IS学園の一階フロアには、職員室に隣接する形でエントランスが設けられている。生徒たちの憩いの場として設けられたその場所には、各種の自販機や、IS関連の雑誌、チェスや将棋といった娯楽用品も準備されており、普段から学年の垣根を越えた生徒たちの溜まり場となっている。

 とりわけ、今日は大きな賑わいを見せていた。

 その理由は、今しがた<生徒会>が張り出した告知にあった。

 

<――――告知――――>

11月25日に『専用機ペアトーナメント』を開催します。以下概要。

◆参加について

・参加は自由。ただし、参加は二人一組を必須とする。(外部ゲストも許可する)

・参加希望者は専用用紙に記入のうえ、指定された場所に提出(受取期限11月7日~18日。期限厳守)

◆ルール

・勝ち上がりのトーナメント方式

・試合ルールは公式戦ルールを採用(詳細は国際IS委員会が配布しているルールブックを参照)

・ペアの両方が行動不能になったとき、敗けとする。(片方が行動不能になっても試合は継続)

◆レギュレーション

・禁止機体なし

・性能制限なし(《単一仕様能力》含む)

・禁止装備は、国際IS委員会が定める使用禁止装備に準ずる。

◆賞品

・学食フリーパス(一か月)

 

 

 その告知を見ようと集まった生徒の中には、一夏の姿もあった。

 となりには、シャルロットとラウラ、セシリアの姿もある。

 

「学年別ペアトーナメントの次は専用機ペアトーナメントか」

「たぶん、一学期の補填じゃないかな」

「それで、どうするのだ、一夏。出場するのか? 参加自由とは書かれてあるが」

 

 一夏をティーチングしているラウラが訊いた。

 

「う~ん、出場するにしてもなぁ……」

 

 そういった彼の右腕には、白いガントレットがない。<キャノンボール・ファスト>で無理をさせたため、倉持技研にて総点検をかねたオーバーホールが行われていた。出場はその進捗次第なので、今の段階ではいかともしがたい。

 

「なんだ、おまえ、これに出場しねーのか?」

 

 どうしたものかと考えていると、声をかけられた。

 一夏が振り返れば、二人組の女子生徒が立っていた。

 ひとりは金髪をポニーテイルにしたすらっと背の高い女性。もうひとりは小柄な女性で、黒色の三つ編みを肩から下げている。向こうは一夏を知っている様子だったが、一夏はふたりを知らなかった。

 

(金髪の方が三年のダリル・ケーシー、三つ編みの方が二年のフォルテ・サファイヤですわ)

 

 戸惑う一夏に、詳しいセシリアが横から情報を寄越してくれる。

 

(そうだったのか。全然知らなかった……)

 

 正直、IS学園の上級生とはほとんど面識がない。学園行事も尽く休止になっているし、会いにいく機会もないのだ。知っている名前なんて黛薫子と楯無ぐらいのものだった。

 

「その貌だと知らなかったな? たく、先輩の顔も知らねぇとは、なんて後輩だよ」

「普段からぐーたらサボっているのが悪いんすよ」

「違いねぇ。――で、織斑、おまえ、これに出場しねーのか? みんな期待してんだろ」

「え、そうなんですか?」

「そりゃ学園で唯一のタイトルフォルダーだからな」

 

 先月の<キャノンボール・ファスト>FOX杯で優勝した一夏は、いまじゃ学園唯一のタイトル持ちだ。しかも、現役最強を負かしての、である。あれ以来、彼のへ感心はうなぎ上りだった。もっとも“鈍感”の名を欲しいままにする本人は気づいていないようだったが。

 

「キミはいろいろと自覚なさすぎッスね。それともなにッスか。でかい大会を制して、こんな学園なんかのトーナメントに興味が失せたッスか? ま、賞金3000万手に入れたあとじゃ、学園の学食フリーパスなんていらねースよね」

 

 わざと声量を上げてそう言ったフォルテの言葉が、周囲をざわつかせる。

 一夏は慌てて弁明した。ようやくココでの生活も安定してきたのだ。下手に好感度を下げられて、入学当初に戻るのは御免だった。

 

「ち、違いますよ。いま白式が整備中で、どうしようか迷っていただけです。そもそも、優勝は俺の実力じゃありませんから。俺がどうこうよりチームの力がすごかったんですよ。自分ひとりで勝てたなんて思っていませんから」

 

 それにローズマリーの助力もあった。

 自分の力で優勝したなんて思い上がってはいない。

 

「ま、なんでもいいっすけど、寝首を掻かれないことっすね」

 

 しかし、フォルテは凍てつく表情をやめなかった。その貌には敵意のような冷たさが秘められていて、とても好意的に思えない。そんな視線を受けて、一夏が怯んでいると、ダリルがフォルテの肩を抱き寄せた。

 

「そう後輩をいじめてやんなって。びびってんじぇねーか」

「いじめてなんかないッスから、は、離れるっす」

「おお? 先輩に口答えか? いい度胸してんじゃねーか」

 

 ダリルはフォルテの顔を抱き寄せ「うりうり」といじった。フォルテは首筋まで真っ赤になった。さきの敵意が幻であったかのような照れ具合だ。紅潮する表情には懸想が見え隠れしている。

 

「ああ、もう、やめるッス。みんなが見てるっすから。こういうことは部屋の中だけにするッス!!」

 

 そろそろ本気で怒り出した後輩を「へいへい」といなし、ダリルは一夏に向き直った。

 

「――ま、出場するならブチ当たることもあるだろうよ。その時は相手になるぜ。ただし、用心しろよ。フォルテの、(・・・・・)ISは化け物だからよ(・・・・・・)

 

 化け物? それに用心しとは。――妙な言い回しだ、と一夏は思った。

 こちらに対する威嚇するなら “用心”なんて言葉は使わない。これじゃまるで助言だ。

 

「じゃあ、あたらしら行くわ」

 

 怪訝な顔をする一夏をよそに、ダリルはフォルテの肩をだき、空いた手をひらひらと振って、エントランスから去っていく。一夏はそれを怪訝な顔で見送った。いったい、なんだったんだ?

 

 

     ♡          ♣          ♤         ♦

 

 

 同時刻、エントランスが賑わっている頃、ローズマリーは学園の食堂にやってきていた。

 会談につき、しばしここに滞在することになっていた彼女に、学園から『時間が空いているなら生徒を指導してやってほしい』と依頼があり、それを熟しているうちに昼食を食べ損なったのである。

 

「さて、どれにしようかしら」

 

 細い指先をあごにおき、和洋中を網羅する豊富なメニューに目を通す。考えた末、彼女は“てんぷら蕎麦”のボタンを押した。密かに彼女の好物なのである。

 出てきた食券を品に交換してもらい、近場のテーブルに腰をおろすと、見知った顔が学食に現れた。

 

「あら、日本の代表と中国の代表。あなたがたもこれから昼食を?」

「いえ、ちょっと小腹がすきまして。何か箸につまもうかと」

 

 続きを聞けば、オーバーホールにあった<白式>を届けにきたついでらしい。「ちょっと甘いものがほしくなって」と言った彼女は抹茶パフェを注文していた。フーは<甲龍>の改修パーツを持て来たついでと言った。

 

「しかし、鈴め、ボルティックチェーンなんて何に使う気なのやら」

「そうでしたか。では、一緒にいかがですか。一人で食事するのはさびしいので」

「そうですか。ではぜひに!」

 

 月子は声音を弾ませて了承した。

 ローズマリーの実家、ライオンハートと言えば、世界有数の資産家。そんな財界の重鎮と食事できることなど滅多にない。日本屈指の大手企業<輝夜重工>の娘である月子が断る理由などなかった。

 

「中国の代表もぜひ」

「そうか? では、私も失礼させてもらおう」

 

 フーは坦々麺を、月子は抹茶パフェを手に持ってローズマリーのとなりに腰かけた。それから、もりもりに盛られてアイスをすくって大口で頬張る。そして「ん~~ッ」とトロけそうな笑顔を見せる。

 

「やっぱり、仕事のあとはこれやわぁ~♡」

 

 口の仲で広がるホロ苦い甘い味わいに、思わず素が出る月子。

 その様子を見てローズマリーとフーが「クス」と笑う。月子はハッとした。

 

「す、すみません、つい」

「いやいいよ。美味しいものを食べたらみんなそうなる」

「ええ、畏まる必要はありませんよ」

 

 目上の二人に気を使われた月子は頬を赤くして、逃げるように話題を変えた。

 

「と、ところで、ローズマリーさまはどうしてIS学園に」

「今月末、ここで行われるペアトーナメントに出場する予定でして。もしよければ、どちらか私とペアになっていただけませんか」

 

 今度のトーナメントは、二人一組の出場が必須条件になっている。外部ゲストであるローズマリーも例外ではない。しかし、専用機持ち限定となると、参加資格を持つ人間はごく少数。それあってローズマリーはまだパートナーを見つけられずにいた。

 

「なんだ、ローズマリーもか」

「もしやお二人も?」

 

 月子とフーは同時に頷いた。

 

「ここの生徒会長に盛り上げたいからと頼まれてね。せっかくだから月子くんと組んで出場することにしたんだ」

「そうですか。ならしかたありません」

 

 事情が事情であるため、なまじ妹と親しい候補生たちと組むことは正直やりづらい。組むなら、妹と親交の薄い国家代表の方がやりやすいだろうと考えたが、当てがはずれてしまった。

 

「すみません、お力になれず」

 

 「いえ、気にしないでください」と月子をなぐさめ、ローズマリーは他に充てを考えた。

 学園内の専用機持ちはかなり限られている。他の代表は来校していない様子だし、ここは事情を知る<亡国機業>の人間に頼むのが吉か。

 ローズマリーは「すこし失礼しますね」と携帯電話を取り出した。

 有力候補はスコールだが、和解に伴って身柄を引き渡された彼女には、現在、極秘パッケージの開発に着手してもらっている。頼めば引き受けてくれるだろうけれども、長きに亘り現場を離れていたこともあり開発が遅れていることを考えれば、いまの段階では開発に集中してもらおうと思う。とくれば、次はオータムだが、スコールが忙しいなら、秘書けん警護役の彼女もバツか。だとしたら残すは――。

 ローズマリーはその人物をセレクトして通話ボタンを押した。

 

『ん、なんだ、オレに用か、ローズマリー』

「ソフィア、実は頼みたいことがありまして」

『そうか。いま<生徒会室>にいるんだ、君もこないか? 話はそこで聞くよ』

「生徒会室ですか……。わかりました。ではそちらに行って直接お話しします」

『待ってる。あ、ついでに、スイーツを買ってきてくれ。コンビニのヤツはダメだぞ』

 

 それっきり通話が切れる。

 ローズマリーはしばらく画面を見つめ、食事中の二人に見やった。

 

「おふたがた、このあたりでスイーツが美味しいお店を知りませんか?」

 

 急にそうい出したローズマリーに、二人は食事の手を止める。

 

「美味しいスイーツの店か。見ての通り、私は甘いものが苦手だからな」

「え? 苦手なんですか!?」

 

 甘いものは全女子の共通項だと思っていた顔だった。フーは苦笑いして

 

「ああ。私は辛党なんだ。鈴にも『フーさんは辛いものばかり食べているから辛辣なのよ』となんて言われるぐらいでね。そういう店にはてんで疎くて」

 

 と、坦々麺のスープずずっと吸う。香辛料の聞いた赤いスープは見るかに辛そうだったが、フーは汗ひとつかいていなかった。豪快な飲みっぷりを見た月子はダメダメと首を振るう。

 

「二号さんの言うとおり、もーっとあまいもん味おうたほうがいいですって。今度うちがスイーツの美味しいお店を紹介――」

「いや、いいよ。糖分はオーナーの甘い言葉で足りてるから」

 

 苦笑いのような、それでいてほほえましい表情を、彼女は浮かべていた。

 

「あら、まんざらでもなさそうですね」

「な、バカをいうんじゃない。誰がまんざらなものか」

 

 フーはわわっと頬を赤くした。

 坦々麺を食べても顔色ひとつ使えなかったのに、今は額に大量の汗だ。

 

「と、ともかく私のことはいいから、ローズマリーにお店を教えてあげなさい」

「えっとそうですね。ここからやと、リップトリックがええかと。駅前、出たところにありますけど」

「リップトリックですね、わかりました」

「でも、急にどうしはったんですか?」

「実は部下がスイーツを買ってこいというので」

『え、部下が!?』

 

 月子とフーは思わずガタっとなった。上司に向かって部下がスイーツを買ってこいっとは、あべこべである。そしてすんなりパシるローズマリーもローズマリーである。

 

「というわけで、お先に失礼させていただきます。楽しい食事でした。おおきにな」

 

 下手な京都弁で礼を告げ、ローズマリーは食器を持って返却口へ向かう。

 去り際に、見せた顔は柔らかったが、月子とフーは彼女の不思議な人間関係にしばらく箸がとまったままだった。

 

 

     ♡          ♣          ♤         ♦

 

 

「さてと、デザートはこれでいいかしら」

 

 学園をモノレールで出て、駅から徒歩で20分。人気スイーツ店「リップ・トリック」の行列に並ぶこと1時間を経て、ローズマリーはようやくIS学園に帰ってきた。

 その足で生徒会室に向かい、ドアをノックする。

 「どうぞ」と返ってきたことを確認して室内に入ると、応接用のテーブルをはさみ、生徒会長の楯無とソフィアがお茶をしていた。

 

「遅いぞ、ローズマリー。子供のお使いにどれだけかかっているんだ?」

「店が混んでいたのです」

 

 言ってテーブルに買ったケーキの小箱を置く。

 

「あら、リップ・トリックのケーキじゃない。買うの、大変だったでしょ」

「はい、生まれて初めて行列というものに並びました」

「ふふ。じゃあかけて。紅茶を淹れるわ。アールグレイだけど、いいかしら」

「はい、かまいません」

 

 ローズマリーはソファーに腰を下ろしながら、ティーポットに湯を注ぐ楯無を見やった。

 

「にしても、よくソフィアとお茶をする気になりましたね」

 

 ロシアの秘密都市でソフィアは楯無を謀った。その相手とよく茶をする気になったものだ。

 

「最初は私も警戒したわよ。でもソフィアったら、悪びれた様子もなく『やぁ、元気か』よ。怒る気も失せたわ。それに――」楯無はやんわり表情を和ませて「研究所で『こんな仕事やめてしまえ。君には向いてない』って言ってくれたことが、まだ嬉しかったから」

 

 暗部は綺麗な仕事じゃない。汚れた仕事だ。人を騙し、謀り、殺めても心が痛まぬ非人間性がなければ務まらない。そんな仕事は君に向いていない。そう言ってくれたソフィアと、もうすこし話がしたくて「お茶でもどう」と誘ってしまったのだという。

 

「で、身の上話を聞いていたら簪の話になったんだ」

「それで私も呼ばれたのですか」

「そう。あなたにも、妹がいるんですってね」

 

 楯無はケーキの小箱を開封し、皿に移しながら配りながら言った。

 

「はい、この学園に通っています。こちらの<生徒会>にも加入しているようで」

「え、生徒会に?」

 

 楯無は「もしや」と考えながら、生クリームを一口。

 

「こいつはアリス・リデルの姉だ」

「ぶっ!」

 

 そして、大層にクリームを吹きだす。

 白濁としたクリームをぶっかけられたソフィアは珍しく「うわ……」と嫌な顔をした。

 

「楯無、なにをするんだ。顔に掛けられるのは趣味じゃないぞ……」

「何の話よ! 何の! それより、アリスちゃんがあなたの妹って本当なの」

「はい、義理ではなく血のつながった姉妹です」

 

 もしやとは予想していたものの、まさか当たるとは。

 普段は飄々と振る舞う彼女も、これには驚きを隠せなかった。

 

「確かに似ているとは思っていたけど、本当に当たるなんて。ソフィアがここに呼んだ本当の理由がわかったわ。――で、実際、どうなの? アリスちゃん、姉の話なんてまったくしないけど」

「かなりぞんざいな扱いを受けています。姉と呼ばれたことさえありません」

 

 なんだかずごい親近感がわいた。

 自分も、最後に“お姉ちゃん”と呼ばれたのはいつだったか、思い出せない。

 

「もちろん私のいうことなどまったく聞いてくれませんし、姉と思われているかさえ危ういところです。とても手を焼いています。――私は妹にまっとうな道を歩ませたいのですが」

「やっぱり、アリスちゃんが<デウス・エクス・マキナ>にいることは快くないの?」

「そのことだけじゃありません。妹は早くに両親を失い、幼い頃から苦労ばかりしてきました。辛い目にもたくさん遭っています。私はこれ以上、妹にそんな思いをしてもらいたくない。あの子には、普通の女の子らしく幸せになってもらいたいのです」

「そのやさしさがうざいって言ってたそうだが?」

 

 どこ情報か、そんな横やりを入れるソフィア。

 しかれどもローズマリーは言い切った。

 

「ウザくて結構。なんといわれようと、私は妹の戦いをやめさせます」

 

 たとえ嫌われたとしても。ローズマリーからはそんな強い意志が感じられた

 憎まれ役を買ってでも妹の幸せを願うローズマリーを見て、楯無はカップを置いた。

 

「わかるわ。私も簪ちゃんには苦労をかけたくない。あの子には何にも囚われず自由に生きてほしい」

「キミの家柄は特殊中の特殊だからな」

「そう。私の家は国家と強く結びついてる。――その日本はいま転換期にあって、防衛の在り方が変わろうとしているわ。防諜組織たる更識もその波を受けているの」

「更識の対外諜報組織化だろ。楯無のロシア潜入もその一環だった」

「ええ、日米安保に見切りをつけ、独自防衛に舵を切ったことで、対外諜報活動が必要になったの」

「同盟国でなくなったのならば、アメリカが日本へ情報を提供する必要はなくなりますからね。独自の情報収集機関が必要になって当然ですか」

「けれど、日本にそのノウハウはない。そこで旧日本軍の諜報を担っていた私たち<更識>に白羽の矢が立った。――けれど、ソフィアも言った通り、対外諜報って綺麗な仕事じゃない」

 

 更識の一員である簪もいずれ汚れ仕事(ウェットワーク)を担う日がくるだろう。そんな仕事を妹にさせたくない。だから、更識刀菜は“楯無”になった。一族の闇はすべて自分が抱える。

 

「けれど、あなたほどの覚悟はなかったかもしれない。妹が幸せになれたのなら、嫌われてもいいとあなたは言ったけど、私はどこかで妹にきらわれまいと機嫌取りをしていただけなのかも。あなたは強いわね」

「私も本音をいえば、迷いはありました。けれど、自分の行動を理解し、手を貸そうと言ってくれた人がいてくれましたので。自分には心強い味方がいる。それを知ったことで、迷いは吹っ切れました」

「へぇ、あなたには支えてくれる人がいるのね。うらやましいわ」

「あら、あなたにもいるではないですか。影から支えてくれるひとが」

 

 ローズマリーはソフィアに流し目を送りながら、微笑んだ。

 

「彼女はずっとあなたを気にかけていましたよ。更識への資金援助。諜報活動の協力。妹の安全な開発環境。ロキからこれだけの条件を引き出したのはソフィアです」

 

 ホントかと楯無が視線で問うと、ソフィアは「いいや」と首を左右に振った。

 

「協力に似合う条件を揃えたに過ぎない。Win‐Winは交渉の鉄則だ。他意はないよ」

 

 「ふふ。では、そういうことにしておきましょうか」とローズマリーはからかうように笑った。

 ソフィアはどこか不服そうに紅茶をすする。楯無はニタニタした。

 

「ねえ、ソフィア。秘密都市での一件は、私のためだったの?」

 

 席をソフィアの隣に移し、ぐっと詰め寄る楯無。

 

「組織のためだ」

 

 ソフィアは横に尻をずらして逃げる。

 

「じゃあ、異国出身の私をロシアの代表候補生に推して、面倒をみてくれたのは?」

「後任を育成することは代表の仕事だ」

 

 再び接近してくる楯無から、ソフィアはまた横に逃げる。

 

「日本の対外諜報員である私が、ロシア保安庁に捕まらなかったのは、あなたの手回し?」

「キミが本庁に捕まったら、ロキと会わせられないだろ」

 

 ついに尻がソファーの端につく。

 逃げ場がなくなったソフィアに、楯無は柔らかな笑顔を向けた。

 

「ありがと」

「オレはキミに礼を言われるようなことはしていない」

「ありがとう」

「だから、オレは!」

 

 ほとんど悲鳴のような声になる。冷静冷徹、氷の妖精と云われたソフィアがこうも人に翻弄されている姿はそう見ない。楯無は気分をよくして、

 

「ふふふ、やさしいのね。お姉さまって呼んでいい?」

「呼ぶな」

「なら、素直に感謝を受け取って」

「感謝だって? 尋問しておいて」

「だって、あなたが素直じゃないんですもの」

「素直な人間にスパイは務まらない」

 

 そして口を割らないのもスパイのスキル。

 楯無は「もぉ」と口先を尖らせるが、半ば認めさせたようなものなので上から退く。解放されたソフィアはやれやれと事の発端であるローズマリーを睨みつけた。

 

「たくっ、ローズマリー、余計なことを……」

「私はてっきり好きなのだとおもって、仲を取り持ってあげようかと」

「ウソつけ。そもそもオレはレズでもバイでもない。知ってるだろ」

「え? でも、あなたログナーと付き合っていたんじゃ」

「そりゃ代表になるためさ」

 

 代表に気に入ってもらえれば、次期代表の座もぐんと近くなる。そして代表になれれば、各国の高官とも接触しやすい。代表の社会的地位を諜報活動に利用するため、ログナーに接触したというわけだ。愛し合っていたわけじゃない。

 

「だから、代表に選任されて用がなくなったから捨てた、と。すごく恨んでいたわよ、彼女」

「なら、なぐさめてやれ。いまはキミにぞっこんだろ」

「いやよ。あんなキツネ目の女」

 

 完全に厄介者の押し付け合いである。ローズマリーはひとり「あんまりだ」と思った。変わり者ではあるが、それでも黎明期で活躍し、いまある黄金期を築いた操縦者なのだが。

 

「そもそも私の方が年下なのにお姉さまってなによ」

「そういう性癖の持ち主なんだよ。彼女は母姉信奉者なんだ。おかげで夜の相手も一苦労だった」

「あら、夜の相手もしていたのですか」

「そりゃ仮にも恋人同士なんだからするだろ。その苦労も誰か妹のせいで全部、水の泡になったわけだが」

 

 好きでもない相手と寝てまで代表になったのに、イランの一件でそれも気泡に帰した。

 

「ふっ」

 

 どこか誇らしげに笑うローズマリーに、ソフィアは苦笑いを見せた。

 

「でも、おまえの妹だけあって強かったのは確かだ。もしかしたら、おまえ負けるかもな」

「あら、私はお姉ちゃんですよ」

「そうね。お姉ちゃんは無敵よ」

 

 姉同志のシンパシーか。二人は得意げに「ね」と視線を交わす。

 根拠なき姉たちの自信に「姉という人種はよくわからん」とショートケーキをかじる。

 

「で、ローズマリー。おまえはオレになんの用だったんだ?」

「すっかり忘れていました。実はペアトーナメントのパートナーを頼みに来たのです」

「ふむ、そういうことか。――なら、楯無と組んだらどうだ。キミもまだ決まっていないだろ」

「そうね。私も妹から宣戦布告をうけているし、その簪ちゃんはアリスちゃんと組むみたいだから。どうかしら」

 

 お互い、妹を想い、妹に苦労する姉同士。想いに通ずる点がある。

 ローズマリーにしても、楯無にしても、ある意味でお互いが組むべくして組む相手と思えた。

 

「では、よろしくお願いします」

「ええこちらこそよ」

 

 かくして「打倒姉」に燃える妹チームを迎え撃つチーム『姉』が結成されたところで、ソフィアがシャツを仰いだ。誰かさんがこちらの内情を暴露したせいで嫌な汗をかいたのだ。そのせいで下着までぬれて気持ち悪かった。

 

「決まったようだから、オレはちょっと汗を流してくる。確かここには大浴場があったな」

「あ、なら私が背中をながしてあげるわ」

「そういうことは自分の旦那にしろ」

「いないもん、そんなひと」

「作れって言っているだろ」

「あなたみたいな男性に巡り合えたらね。ローズちゃんもどう? これからパートナーになるんだし、裸の付き合いと行きましょうよ」

「わかりました」

「いや、オレはひとりで……」

 

 二人はソフィアの意見を無視して大浴場に向かい始める。

 ソフィアは「はぁ~」とため息をついた。

 

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