アルフレッド=マーカス
彼が俺たちのクラスの担任だ。学院の卒業生で、元宮廷魔道師団という経歴を持っている。Sクラスの担任として選ばれることからも、その実力は凄まじいものなのだろう。
そんな優秀な彼も尊敬する人物こそ、賢者マーリンと導師メリダ。シンの育て親であって、魔法の師匠でもある。とにかく多くの偉業をこなした、爺ちゃんと婆ちゃんらしい。
Sクラスのメンバーも、尊敬する人物として次々と賢者と導師の名を出した。まあ、俺のように親の名を言う人もいた。合格することすら超難関とされる学院のSクラスであっても、クラスメイト同士の自己紹介から始まって諸連絡さえ済めば、和気藹々と談笑する時間をくれる。
今日は、昼前に解散となったわけだ。
なんていうか、こういうのが学園生活なんだなーって。
マリアの父ちゃんには、感謝の気持ちでいっぱいだ。
「ねぇ、シン。ちょっといい?」
「ん? なに?」
「シシリーのことで、相談があるのよ。」
「……なんだって?」
「どういうことなんだ?」
俺たちの顔つきが真剣なものへと変わる。
シンだけに聞こえるように耳元で言ったようだが、俺は耳が良いのだ。
マリアは、あっちゃーっていう顔をしている。
「シシリーにね、付き纏ってる男がいるのよ。」
「なっ……」
頬を掻きながら言いづらそうに、マリアはそう告げた。驚愕したシンは、凄まじい剣幕、無言の圧力で、詳細を問いただす。大切な友達が悩みを抱えているのだから必死になっていて、もちろん俺も解決するよう手伝うつもりだ。
「ずっと言い寄ってて、でももちろんシシリーも何度も断ってる。だけどね、実家の権力まで使ってきてるし、そろそろ強硬手段に出るかなって。……しかもそいつ、この学院にいるのよね。」
「ごめんね、2人とも。こんな話聞かせてちゃって……」
「何言ってんだ? むしろ知らせてくれて良かったよ!」
「ああ。シンの言う通りだ!」
シシリーが負い目を感じる必要はない。
ちゃんと意志を伝えているのに、それを無視して迫ってきているのだ。本当に仲良くなりたいのなら、嫌がるシシリーに無理に近づかず、少しずつ信頼を勝ち取るしかないだろう。
「おい!シシリー!」
その叫び声は、人気のない校舎裏に響いた。
シシリーは怯えているし、マリアがシシリーを庇うように前に出たし、こいつが件の男子だろう。ゆっくりと彼に近づいていき、俺は手に力を籠めた。
「貴様ら、俺のこんや……ぶへっ!?」
「こいつが、シシリーを泣かせたんだな!」
ムカついたので、ぶん殴っておく。
「えっ、うん……」
「おお、いいパンチ。」
「少しくらい話聞いてあげなさいよ。まあ、今回は清々しいくらいなんだけどね。」
「ぶ、無礼者!? 貴様、俺が誰かわかってるのか!」
「えっ………お前はシシリーを泣かせたやつだろ!」
「いや、そうなんだけどね。」
マリアには、あきれられた。
だがしかし、頬を抑えながら自分の名前を当ててみろと言われたが、彼の名前を俺は知らないはずだ。
「私は……」
シシリーの肩に手を置いて、シンは優しく頷く。
「私は貴方からの求婚はお断りしたはずです!」
「き、貴様! この俺に逆らうというのか!」
「私は貴方の物ではありませんし、なるつもりもありません!絶対です!」
「シシリーはこう言っているが、どうだ?」
ちゃんと言いきった。
硬く握った手が震えている彼女は、シンにそっと支えられる。
「こ、この!賢者の孫だからといって、平民風情がっ!」
「カート=フォン=リッツバーグ、そこまでにしろ。」
「ア、アウグスト殿下。」
カートっていうんだな。
お口あんぐりな彼を睨みつけながら、オーグがゆっくりとこちらへ歩いてくる。
「今回のこと、聞かせてもらったよ。君の御父上には伝えておく。君がおかしなことはしないようにな。」
「なっ!?」
「これは決定事項だ。さあ、行け。」
「はい…、わかりました……」
「ありがとうオーグ、助かった。」
「すみません殿下。ありがとうございました」
「いや、いいさ。熱くなりすぎて、なにかと複雑なことになりそうだったしな。」
「ありがとうございます。イッキが暴れなくてすみました。」
「さすがにここで暴れるつもりはないぞ?」
「これは先が思いやられるわ……」
「ふふっ」
微笑んでいるし、いつも通りのシシリーに戻ったようだ。
「シン、これでもう大丈夫だと思う?」
「いや、まだ注意しておく必要があると思うよ。気を抜くべきじゃない。」
「そうよねぇ。なにかシシリーのためにできること、思いつかない?」
ニヤニヤと、マリアは尋ねる。
シンは、シシリーのために真剣に考えているようだ。
「……ちょっと思い付いた事があるんだけど、ウチに来れないか?」
「えっ、お家にですか!?」
「そ、そう。」
「ぜ、ぜひ。行かせてください! お願いします!」
「では、私たちはこれで失礼しよう。2人とも、行こうか。」
「はい。」
「御意。」
クラスメイトの、トールとユリウス。
2人ともオーグの子どもの頃からの友達で、護衛を担っている。トールは魔法がかなり得意らしいし、ユリウスはかなり鍛えられた肉体を持つ。各々の長所を伸ばして、オーグと切磋琢磨してきたのだろう。
****
シンの家は、豪邸だ。
貴族であるマリアたちが委縮しているのは、賢者や導師が住む場所だからだろう。家に入れば、特にシシリーの症状がさらに悪化していく。かなり優しい爺ちゃんと婆ちゃんなのだから、もっとリラックスしていいはずだ。
さっきの件を2人に話しながら、その対策方法をシンが提案する。
それは付与魔法。
俺たちが着ている制服には元々魔力付与があるのだが、それをさらに強力なものにしようとしているらしい。
「どうかな?」
「え、えっと……じゃあ」
「お待ち。シンの言っている付与魔法というのは、常識外れの、とんでもない代物さね。」
「は、はい……」
「お前さんの制服にも付与しようとしているということは、この子は本気であんたを守ろうとしてる。それを理解してほしい。」
「ほ、本気で……?」
「アンタはその守護を受け取る資格が、自分にあると思ってるかい?」
シシリーは膝の上の両手を、キュッと結ぶ。
たぶん、その魔力付与を受け取るかどうかについて問われているではない。
シシリーの覚悟を、見せてほしいのだろう。
「私は……私は……」
マリアや俺に、目線を向けた。
シンの本気に、本気でちゃんと応えるかどうか問われているのだろう。守ってもらうばかりになっては、シシリー自身がいつか罪悪感で後悔してしまうかもしれない。引っ込み思案で、何度もマリアに手を引っ張ってもらった。
彼の強さと優しさに、自分を委ねてしまう。
今まではマリアに依存していて、今度はシンに依存しようとしている。
「今はまだ、資格はありません……。でも!手に入れてみせます!」
「本当に、手に入るのかい?」
「マリアやイッキ君、そしてシン君もいますから。」
「そうかい。アンタは、まだまだ成長中なんだね。」
「はい! 学院で、みんなから、つよさを学びます!」
「若いっていいことさね。」
導師に認められるなんて、すごいことだと思う。
俺とマリアは顔を見合わせて、笑った。
シシリーは別室で他の服に着替えて、制服を机の上に置く。杖を持ったシンは次々と魔力付与をしていった。『絶対魔法防御』『物理衝撃完全吸収』『自動治癒』『防汚』。ただし魔力を意識的に使っている時限定なのだが、無敵の防御力を誇るらしい。
なんていうか、本当に無敵なのか試してみたい。
「これは、確かに常識を逸脱しているわね……」
魔力付与自体、そう簡単なことではない。
俺は、自分の服に『耐火』をつけるだけで精一杯だ。
「2人はどうする?」
「わ、私はいいわよ!」
「シシリーの覚悟には、敵いそうにないしな。」
国宝級、いや伝説級に匹敵する力がシシリーの制服に宿ったのだ。導師の婆ちゃんがシシリーの覚悟を問い質した理由がはっきりとわかる。
「シン君、ありがとう。」
「ど、どういたしまして。」
「シン君が本気で守ってくれてるのが分かる。すごく嬉しい。」
「そうかな?」
「うん。ちゃんと応えてみせるからね。」
お茶菓子を食べながら、仲の良い2人の会話を聞く。
マリアは少しさびしそうだ。
実の妹のように接してきたシシリーが、ここ数日でずいぶんと成長したからだろう。シンのおかげだ。
****
「腹減ったなぁ」
シシリーが家に帰るときには、シンたちも付いていった。シシリーの家によく行くマリアが遠慮したのだから、俺も行くわけにもいくまい。
馬車に乗ることはなく、徒歩でマリアの家まで帰っている。
「……シンってすごいのね。」
「まあな。」
前を歩いている、マリアの表情は見えない。
入試首席で、超高性能の魔力付与が使えて、『ゲート』という転移魔法が使えて、とにかく規格外で。もしかしたら、シンは世界最強かもしれない。
「ねぇ。今日はこれからさ。魔法の練習、付き合ってくれない?」
「もちろんいいぞ。」
「ありがと」
後ろ手を組んだまま振り向いて、いつもの楽しそうな笑顔を見せる。
「それじゃあまずは」
「腹ごしらえだな!」
「うん!」
シンが賢者の孫なら、俺は父ちゃんの息子だ。
主席はともかく世界最強は、譲れない。
「燃えてきたぞ」