火竜の息子   作:狩る雄

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第2話 切磋琢磨

アルフレッド=マーカス

彼が俺たちのクラスの担任だ。学院の卒業生で、元宮廷魔道師団という経歴を持っている。Sクラスの担任として選ばれることからも、その実力は凄まじいものなのだろう。

 

そんな優秀な彼も尊敬する人物こそ、賢者マーリンと導師メリダ。シンの育て親であって、魔法の師匠でもある。とにかく多くの偉業をこなした、爺ちゃんと婆ちゃんらしい。

 

 

Sクラスのメンバーも、尊敬する人物として次々と賢者と導師の名を出した。まあ、俺のように親の名を言う人もいた。合格することすら超難関とされる学院のSクラスであっても、クラスメイト同士の自己紹介から始まって諸連絡さえ済めば、和気藹々と談笑する時間をくれる。

 

 

今日は、昼前に解散となったわけだ。

 

なんていうか、こういうのが学園生活なんだなーって。

マリアの父ちゃんには、感謝の気持ちでいっぱいだ。

 

 

「ねぇ、シン。ちょっといい?」

 

「ん? なに?」

 

「シシリーのことで、相談があるのよ。」

 

「……なんだって?」

 

「どういうことなんだ?」

 

俺たちの顔つきが真剣なものへと変わる。

シンだけに聞こえるように耳元で言ったようだが、俺は耳が良いのだ。

 

マリアは、あっちゃーっていう顔をしている。

 

「シシリーにね、付き纏ってる男がいるのよ。」

 

「なっ……」

 

頬を掻きながら言いづらそうに、マリアはそう告げた。驚愕したシンは、凄まじい剣幕、無言の圧力で、詳細を問いただす。大切な友達が悩みを抱えているのだから必死になっていて、もちろん俺も解決するよう手伝うつもりだ。

 

「ずっと言い寄ってて、でももちろんシシリーも何度も断ってる。だけどね、実家の権力まで使ってきてるし、そろそろ強硬手段に出るかなって。……しかもそいつ、この学院にいるのよね。」

 

「ごめんね、2人とも。こんな話聞かせてちゃって……」

 

「何言ってんだ? むしろ知らせてくれて良かったよ!」

 

「ああ。シンの言う通りだ!」

 

シシリーが負い目を感じる必要はない。

ちゃんと意志を伝えているのに、それを無視して迫ってきているのだ。本当に仲良くなりたいのなら、嫌がるシシリーに無理に近づかず、少しずつ信頼を勝ち取るしかないだろう。

 

 

「おい!シシリー!」

 

その叫び声は、人気のない校舎裏に響いた。

シシリーは怯えているし、マリアがシシリーを庇うように前に出たし、こいつが件の男子だろう。ゆっくりと彼に近づいていき、俺は手に力を籠めた。

 

「貴様ら、俺のこんや……ぶへっ!?」

 

「こいつが、シシリーを泣かせたんだな!」

 

ムカついたので、ぶん殴っておく。

 

「えっ、うん……」

 

「おお、いいパンチ。」

 

「少しくらい話聞いてあげなさいよ。まあ、今回は清々しいくらいなんだけどね。」

 

「ぶ、無礼者!? 貴様、俺が誰かわかってるのか!」

 

「えっ………お前はシシリーを泣かせたやつだろ!」

 

「いや、そうなんだけどね。」

 

マリアには、あきれられた。

だがしかし、頬を抑えながら自分の名前を当ててみろと言われたが、彼の名前を俺は知らないはずだ。

 

「私は……」

 

シシリーの肩に手を置いて、シンは優しく頷く。

 

「私は貴方からの求婚はお断りしたはずです!」

 

「き、貴様! この俺に逆らうというのか!」

 

「私は貴方の物ではありませんし、なるつもりもありません!絶対です!」

 

「シシリーはこう言っているが、どうだ?」

 

ちゃんと言いきった。

硬く握った手が震えている彼女は、シンにそっと支えられる。

 

「こ、この!賢者の孫だからといって、平民風情がっ!」

 

「カート=フォン=リッツバーグ、そこまでにしろ。」

 

「ア、アウグスト殿下。」

 

カートっていうんだな。

お口あんぐりな彼を睨みつけながら、オーグがゆっくりとこちらへ歩いてくる。

 

「今回のこと、聞かせてもらったよ。君の御父上には伝えておく。君がおかしなことはしないようにな。」

 

「なっ!?」

 

「これは決定事項だ。さあ、行け。」

 

「はい…、わかりました……」

 

「ありがとうオーグ、助かった。」

 

「すみません殿下。ありがとうございました」

 

「いや、いいさ。熱くなりすぎて、なにかと複雑なことになりそうだったしな。」

 

「ありがとうございます。イッキが暴れなくてすみました。」

 

「さすがにここで暴れるつもりはないぞ?」

 

「これは先が思いやられるわ……」

 

「ふふっ」

 

微笑んでいるし、いつも通りのシシリーに戻ったようだ。

 

 

「シン、これでもう大丈夫だと思う?」

 

「いや、まだ注意しておく必要があると思うよ。気を抜くべきじゃない。」

 

「そうよねぇ。なにかシシリーのためにできること、思いつかない?」

 

ニヤニヤと、マリアは尋ねる。

シンは、シシリーのために真剣に考えているようだ。

 

「……ちょっと思い付いた事があるんだけど、ウチに来れないか?」

 

「えっ、お家にですか!?」

 

「そ、そう。」

「ぜ、ぜひ。行かせてください! お願いします!」

 

 

「では、私たちはこれで失礼しよう。2人とも、行こうか。」

 

「はい。」

「御意。」

 

クラスメイトの、トールとユリウス。

2人ともオーグの子どもの頃からの友達で、護衛を担っている。トールは魔法がかなり得意らしいし、ユリウスはかなり鍛えられた肉体を持つ。各々の長所を伸ばして、オーグと切磋琢磨してきたのだろう。

 

 

 

****

 

シンの家は、豪邸だ。

貴族であるマリアたちが委縮しているのは、賢者や導師が住む場所だからだろう。家に入れば、特にシシリーの症状がさらに悪化していく。かなり優しい爺ちゃんと婆ちゃんなのだから、もっとリラックスしていいはずだ。

 

 

さっきの件を2人に話しながら、その対策方法をシンが提案する。

 

 

それは付与魔法。

俺たちが着ている制服には元々魔力付与があるのだが、それをさらに強力なものにしようとしているらしい。

 

 

「どうかな?」

 

「え、えっと……じゃあ」

「お待ち。シンの言っている付与魔法というのは、常識外れの、とんでもない代物さね。」

 

「は、はい……」

 

「お前さんの制服にも付与しようとしているということは、この子は本気であんたを守ろうとしてる。それを理解してほしい。」

 

「ほ、本気で……?」

 

「アンタはその守護を受け取る資格が、自分にあると思ってるかい?」

 

シシリーは膝の上の両手を、キュッと結ぶ。

たぶん、その魔力付与を受け取るかどうかについて問われているではない。

 

シシリーの覚悟を、見せてほしいのだろう。

 

「私は……私は……」

 

マリアや俺に、目線を向けた。

 

シンの本気に、本気でちゃんと応えるかどうか問われているのだろう。守ってもらうばかりになっては、シシリー自身がいつか罪悪感で後悔してしまうかもしれない。引っ込み思案で、何度もマリアに手を引っ張ってもらった。

 

 

彼の強さと優しさに、自分を委ねてしまう。

今まではマリアに依存していて、今度はシンに依存しようとしている。

 

 

「今はまだ、資格はありません……。でも!手に入れてみせます!」

 

「本当に、手に入るのかい?」

 

「マリアやイッキ君、そしてシン君もいますから。」

 

「そうかい。アンタは、まだまだ成長中なんだね。」

 

「はい! 学院で、みんなから、つよさを学びます!」

 

「若いっていいことさね。」

 

導師に認められるなんて、すごいことだと思う。

俺とマリアは顔を見合わせて、笑った。

 

 

シシリーは別室で他の服に着替えて、制服を机の上に置く。杖を持ったシンは次々と魔力付与をしていった。『絶対魔法防御』『物理衝撃完全吸収』『自動治癒』『防汚』。ただし魔力を意識的に使っている時限定なのだが、無敵の防御力を誇るらしい。

 

なんていうか、本当に無敵なのか試してみたい。

 

「これは、確かに常識を逸脱しているわね……」

 

魔力付与自体、そう簡単なことではない。

俺は、自分の服に『耐火』をつけるだけで精一杯だ。

 

「2人はどうする?」

 

「わ、私はいいわよ!」

 

「シシリーの覚悟には、敵いそうにないしな。」

 

国宝級、いや伝説級に匹敵する力がシシリーの制服に宿ったのだ。導師の婆ちゃんがシシリーの覚悟を問い質した理由がはっきりとわかる。

 

「シン君、ありがとう。」

 

「ど、どういたしまして。」

 

「シン君が本気で守ってくれてるのが分かる。すごく嬉しい。」

 

「そうかな?」

 

「うん。ちゃんと応えてみせるからね。」

 

 

お茶菓子を食べながら、仲の良い2人の会話を聞く。

 

マリアは少しさびしそうだ。

実の妹のように接してきたシシリーが、ここ数日でずいぶんと成長したからだろう。シンのおかげだ。

 

 

 

 

****

 

「腹減ったなぁ」

 

シシリーが家に帰るときには、シンたちも付いていった。シシリーの家によく行くマリアが遠慮したのだから、俺も行くわけにもいくまい。

 

 

 

馬車に乗ることはなく、徒歩でマリアの家まで帰っている。

 

「……シンってすごいのね。」

 

「まあな。」

 

前を歩いている、マリアの表情は見えない。

 

入試首席で、超高性能の魔力付与が使えて、『ゲート』という転移魔法が使えて、とにかく規格外で。もしかしたら、シンは世界最強かもしれない。

 

 

「ねぇ。今日はこれからさ。魔法の練習、付き合ってくれない?」

 

「もちろんいいぞ。」

 

「ありがと」

 

後ろ手を組んだまま振り向いて、いつもの楽しそうな笑顔を見せる。

 

「それじゃあまずは」

「腹ごしらえだな!」

 

「うん!」

 

シンが賢者の孫なら、俺は父ちゃんの息子だ。

主席はともかく世界最強は、譲れない。

 

「燃えてきたぞ」

 


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