魔人の脅威は奇妙なほど、ぱったりと止まった。
眼帯野郎が帝国の王都を根城としているが、いまだに動きは見せないのだ。こちらから仕掛けてもいいが、隣国のいざこざか予想されるので出兵を決めかねているらしい。だから、周辺国との会談に向けて、オーグの父ちゃんたちは動いているらしい。
「風が気持ちいいです!」
「メイちゃん、上手だね。」
「えへへ。」
夏の長期休暇はまだ続いている。だから、残りの期間を利用して、学院生らしく旅行に行こうということになった。特にオーグにとっては、周辺国の政治や文化を私的に見ることができる機会になる。
「お、落とさないでくださいまし……」
「しおらしいエリーとは、いいものが見れたな。」
「ぁぅ……」
旅行について聞きつけた、オーグの妹のメイと婚約者のエリ―がアルティメットマジシャンズメンバーに同行している。王太子と姫、王太子妃候補の護衛を任せられることになって、ユリウスやトールは特に緊張していた。
「いやー、馬車じゃなくてよかったぁ」
「そのために、浮遊魔法より難しい飛翔魔法を身に着けたのよね?」
「兄ちゃんと、その仲間の滅竜魔導士たちも、乗り物に弱かったらしいしな。」
「宿命みたいなものなのね……」
スイード王国よりもさらに東、ダーム王国へ向かっている。帝国の隣国である王国を訪れて、オーグは会談についての交渉を行うらしい。だから、カーナン王国、クルト王国にも行くので、それぞれの王都には2日くらいしか滞在しないだろう。
「ここで降りよう。」
「わかった。」
王都に直接降り立つのではなく、正式に城門から入る。
騎士と話をつけたオーグは、護衛としてトールとユリウスを連れて王城へ向かっていった。俺たちは泊まる宿を決めた後は手持ち無沙汰になったので、先に街を観光することにした。
ダーム王国は歴史のある国。
かつては宗教国家としてかなり栄えていたらしいが、今は落ち着いていて石造りの街並みは優しい雰囲気だ。イース神聖国という新興国へ移り住んだ人も多いと聞いたが、街は穏やかな人々でかなり賑わっている。
「「「わぁ……」」」
ゴーン、という鐘が鳴り響く。
街に多くある教会の中でも最も大きい、大聖堂で貴族の結婚式をやっているらしい。女性メンバーが感嘆の声を出して、うっとりと見つめている。こういうことも女の子にとっての憧れらしいし、男子メンバーは金を貯めておくことを決意した。
「はぁー、いいなぁ……」
「場所よりも、相手がいないからねぇ。」
「いいもん、魔法が恋人だもん。」
俺たちが未来に思いをはせていることが、羨ましいようだ。
「あれ。そういえば、マリアとイッキの馴れ初めを聞いたことなくない?」
「そうねぇ。オリビアやシシリーからは、かなり聞きこんだのだけれど。」
「そ、そうですね! マリアさんだけずるいです。」
「うんうん。確かに、聞いてみたいね。」
「そんな、いい出会いはしていないわよ。」
「ふふっ、そうだよね。」
「聞いてみたいです!」
「行き倒れていたところで、パンを食べさせてあげたの。それで……、懐いたわ。」
「元々、マリアの父ちゃんとは知り合いだったしな。それから、たまにマリアの家でご飯を食べさせてもらうようになった。」
「ほんっとうに、かわいかったのよー! お菓子を食べたことがなかったらしくてね、お口にあーんしてあげたの。とっても喜んでくれてねー? 私やシシリーが料理を作ってあげたら、いつもいつも美味しそうに食べてくれるのよー!」
「それ、餌付けじゃん……」
「ここまで興奮するマリアなんて、初めて見たよ……」
「なんていうか、マリアたちが俺のために作ってくれた料理って考えると、美味く感じるんだよ。」
「もう、餌付けを受け入れているじゃん!?」
「おいおい。イッキが、惚気たぞ。」
「でも。あまり成人してからは、そういうとこ見せなくなったけどね。」
「馬車で酔っていた時のイッキは、そんな感じだったよね。」
「そうなのよー! みんなに見せてあげたいくらいだわ。」
「馬車には乗らないぞ?」
王都を散策し、いくつもの教会を見て回った。
その後、会談が終わったオーグたちと合流、そして昼食のためにレストランへ入る。先日のスイ―ド王国への魔人襲撃もあったし、今回訪問予定の国からすれば、ぜひとも魔人の襲撃に対しての救援に来てほしいらしい。単純な兵力と違って魔人は少数精鋭だからこそ、対抗できる者も精鋭でなければならない。
この国にも、強力な羊飼いがいる。
兵士よりもはるかに強く最高戦力なのだが、魔物化した羊の討伐が本職なのだ。ハルバードを使った近接戦闘を得意とするので、魔物ではなく魔人相手なら俺たちの方が適しているということになる。。
「美味そうだ!」
「うむ。いい香りでござる。」
運ばれてきた羊肉のステーキに、俺たちはがっつく。もちろん、優雅に食べているメンバーがほとんどだ。この王国では多くの羊が放牧されていて、人の数より多い。羊の肉や乳を使った料理が有名で、羊毛を使った製品は他国にまで輸出されている。
「はわわ、甘いです!」
「うぅ、ついつい食べすぎちゃうわ。」
「困ったわねぇ。」
「魔法の訓練をすればいい、いっぱい歩けばいい。」
羊の乳を使ったデザートに舌つづみを打つ。
そして、食休みしながら午後の予定を決めていく。
「俺は、エリーと2人で観光してきていいか?」
「ぜ、ぜひ!ご一緒してくださいまし!」
「へぇ、オーグにしては珍しいね。」
「……まあ、あまり2人きりの時間を取ってやれていないからな。」
「そうとなれば、早速行きますわよ!」
オーグとマリーが一足先に、街へ繰り出していった。2人とも魔力を通せば無敵の防御力を誇る装備を持っているし、オーグは十分戦える。万が一のことがあれば、ゲートで俺たちが駆けつければいい。
「な、なら。私たちも……」
「行っていいっすか?」
「悪いけど、私たちも行かせてもらうわよ。」
「……おう?」
マークとオリビア、そして俺とマリアは、それぞれ分かれて別々の方向に歩いていく。意識して見ると、男女で歩いている人が多い。穏やかに微笑み合っている彼ら彼女らも婚約者なのだろうか。
観光客で土産物屋を見たり、ユーリたちが男をぶっとばしていたり、露店で買った羊の乳を飲んでみたり、トニーたちが女子に絡まれてあたふたしていたり、珍しい服を着てみたり、オーグたちが市井に紛れ込んでいたり、みんな思い思いの休日を過ごしている。
そういえばマリアと2人きりの時って、訓練かお菓子食べる時かくらいだったな。
「マリア」
「もぅ……こっちが動揺させられてばかり」
腕を組む、というやつだ。
こういうことはダンスパーティーや社交界でやるものだと思っていたけれど、オーグたちや街の人がやっているのだから、いつでもやっていいのだろう。マリアが動揺するってことは、喜んでくれているってことだし。
「いい香りね~」
「ずいぶんとキツいな。」
「あんたは鼻が良すぎなのよ。」
庭園には、たくさんの花が咲き誇る。
「香水の臭いには、慣れたけどな。」
「香りよ!………ふふっ」
赤い髪のサイドポニーも、風に靡いていた。
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次の日。
知裕魔法が付与されたマントを作るためにシンたちは工房へ、女子と俺は買い物へ。
「さっ、次のところに行くわよ。」
「おう!」
収納魔法を使わないで、大量の荷物を積んでいく。
こういうのが、買い物の醍醐味らしい。
「やっぱり、マリアって手懐けてない?」
「次世代の英雄たち、将来的に尻に敷かれるでしょうねぇ。」