私たちを救ってくれたあなたの力になりたい。
そんなお話。
とりわけ、その優しさは植物に向くことが多い。
植物を愛でる慈愛の視線はとても絵になる。
彼女は何と言うか分からないが、私たちが彼女に引き取られたのも私の容姿が花を模っていたということが大きいだろう。
そして、何よりも自由だ。
強者特有の我を通せる力強さというのか。
彼女は何者にも左右されることはなかった。
植物の声を聞き、時には世界中の季節の花々を巡り長く咲きたいと叫ぶ花には存在の力を分け与え、時には大樹の最期を看取り限界まで存在の力を捕食することでその存在を己が内に留める。
彼女が現世に渡り来てから幾千年も変わらない営みだ。
存在の力の授受を繰り返し、長い月日を経て多くの現世の植物は微かにだが彼女の因子が感じられる。
そんな強大な力を持つ彼女が恐らくかの神にさえも見せたことの無い『弱み』を私と彼だけに見せてくれた。
優しい『彼女』だからこそ。
『
我と彼女は『彼女』の『
この戦争を利用する。
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『星黎殿』の石塔と反対側、巨大な移動要塞の下部を占める岩塊部深奥の秘匿区画に、5人の影がある。
5人が囲んでいるのは立体的に浮かび上がった自在式。木の根のように複雑怪奇に絡まり合い暗がりに銀色の光をあぶりだす自在式がある。
中でも2人の天才が活発に議論を交わしている。
教授こと、『
片方はせわしなく興奮した様子で空中に表示された自在式をパソコンのキーボードのようなもので調整しながら、もう片方は対照的に落ち着いた様子で手に持っている杖の先を使い自在式を慎重に調整している。
2人の天才が正反対としか見えない本質と嗜好を持ちながら、お互いの在り様を尊重して『
少し離れて『教授』の言うがままに彼の燐子である『我学の結晶エクセレント28-カンターテ・ドミノ』、通称『お助けドミノ』がガシャガシャと機械音をたてながらあたりを走り回るのをしり目に、まるでプラネタリウムのように暗がりに広がった自在式を2人の女性が眺めていた。1人は現場の指揮監督として事態の確認のため、1人は手元の白桃色の樹のように広がった自在式を弄りながらも自在師として『大命』の要となる自在式を2人の天才が育む様子を見て己が糧とするため、この至高の芸術品と言っても過言ではない自在式を眺めていた。
「なぁ、
「えぇ、あの2人は天才。私は非才。余計な手出しは式の根腐れを誘うのでは?」
疑問に要領を得ない疑問で返してくるアルラウネにベルペオルは察するものが在るのか不自然なく会話が続く。
「あぁ、己の分を弁えるのは大事さね。ここには最高峰の自在師が揃ってる。精々、学んで力にするがいいさ。…ところで、風見殿から暇を出されたのだろ?中世の大戦での縁もある、お前さんの旦那と共にこの『大命遂行』の間だけでも『
その言葉の端には『大命』宣布時に散った彼女の右腕と似た、攻守において秀でた自在法『ネサの鉄槌』を操るウルリクムミと『教授』や『
紅世の徒の最大の組織の実質的な頭である『
「過分な御評価ありがたいです。しかし、私と彼はこの動乱では遊軍として自由に動かさせてもらいます。当然、『
アルラウネは誠実に彼女にしては珍しい長文で相手に誤解を生ませないように丁寧に断りの返事をする。
普段の彼女の言葉数を知っているのか、それとも最初からいい返事を期待していなかったのかは分からないがベルペオルはあっさりと身を引き、別の話題に切り替える。
「そうかい、そうかい。それは残念だ。では、ここにいる時間を有意義に使ってくれ。あの2人から学ぶことは沢山あるだろうに。」
そう言ってベルペオルが視線を向けた先ではアルラウネが自在式を紐解き、まるで樹のようにおおもとの自在式を根とし、式を幹や枝葉のように広げているのが見て取れた。その自在式に身に覚えがあったのかベルペオルは続けて聞く。
「おや?見てみればお前さんが開いている自在式は教授が作った『
「然様で。不都合でもおありで?」
「いや、無いさ。それは紅世でしか生まれ得ない徒をこの世で生み出すという名目で盟主の代行体を生み出そうとしたが、結局、盟主はあのミステスを気に入りお蔵入りになった最早、無用の長物の自在法だよ。発動するにしても膨大な量の存在の力が必要だが、そんなもの見て面白いのかい?」
「えぇ、非才故にこのような自在式は練れないですが自在法を弄るのは植物の世話に似ていて好きです。根腐れをしないように式を整え、無駄を剪定して望んだ結果を引き出す式に書き換えるのは楽しいです。」
そう言いながらアルラウネの指先は小さな樹の枝葉をトントンと軽く叩く、そうするとまるで剪定されたかのように枝が切り落とされ自在式から分断されたその一遍は空気中に溶けるように消えてしまった。
「ほぉ、今は何をしてるんだい?」
「この自在法は少々余計なものが見られるので削る作業と容れ物の外見を板金鎧の姿から中に入る意思総体の望む姿になる様に式の調整を?」
「なるほど、それはいいさね。教授はいいものを作るのだが、いかんせん余計な物を趣味で付け加える悪癖があるからな。」
女傑二人の会話の中に己への非難を見た教授が激しく訂正をする。
「んんー、なぁーんとぅおー?私のェエーキセントリックかつファーンタスッティックな発明は改造機能追加し放題!いぃーざという時のためのこぉーんなこともあろうかという機構を詰め込んだちょーーーうハイスペックな術式だというのに、理解できないとは……嘆かわしぃーい限りです!」
「まぁ、半分くらいは使わないことが多いんですけどね。」
「ドォーミノォー!」
「
ドミノが教授のマジックハンドで抓られている騒ぎをよそにベルペオルは会話を静観して作業に打ち込んでいるラミーを指さす。
「細かい調整なら教授よりこっちに相談すると良い。教授は不備なく動けば細かい誤差には目を瞑る技術屋だが、こやつは芸術家肌だから小さな不調和にも目敏く気付くだろうさ。」
「おや、これはこれはあずかり知らぬ間に仕事が増えてしまったようだね。」
そう言いながらラミーは帽子の鍔を触り目深に被り直し視線をベルペオルとアルラウネに向ける。
「手間だと思うが、次の大命はどうなるか分からん。使える手札はいくらあっても困らないさ。」
「精査お願いします?」
「やれやれ、まぁ式の調整くらいは訳ないがこちらも仕事に集中したい。これ以上は御免被らせてもらうよ。」
呆れ交じりの言葉とは裏腹に、その帽子の鍔の下からは鋭い視線がアルラウネの手元にある調整中の自在式に向けられる。
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石造りの薄暗い回廊にピンヒールの足音だけが響く。反響しゆっくりと石畳に吸収される音はこの回廊の人気のなさを如実に表している。
白桃色のドレスを纏ったアルラウネは番いを迎えに酒保へと思案をしながら歩みを進める。
紅世から現世に渡り来た五十年。
それから彼に出会った百年。
彼と共に主の『壮挙』に夢を馳せた百年。
そして、彼女と出会って彼と共に三人で生活した数百年。
大仕事の前の緊張感からだろうか様々な出来事が走馬灯のように思い起こされる。
必要な手札は揃えた。
かつての主が手に入れ、『壮挙』の要として据えられ、破滅を迎える一因となった『大命詩篇』の一篇。
それに『
式の調整も
あとは、これらを問題なく稼働させるための膨大な量の存在の力さえあれば……。
考え事をしているうちにいつの間にやら周囲は静寂から賑やかな喧噪へと変わっていた。
空気も清廉としたものから僅かに酒気を孕んだ匂いになっており、酒精に呑まれ地べたで寝ているものも見受けられる。
目的の人を探すために立ち止まり、辺りをぐるっと見渡す。
いた。
彼らは一番奥の卓で飲んでいる。
お目当ての人は奥の卓で盛大に泣いていてその背中を将軍にさすられていた。
まったく、あの人は昔からお酒を飲むと普段以上に気持ちが大きく揺れ動きやすくなる。そういうところもいいのだが。
連れ立って帰るために将軍の前に歩み寄って彼女に分かりきった確認をすると呆れ交じりに掌を外に何度も返しながら帰るように促される。
「この痴態は何故?」
「ただの呑んだくれよ。煩くなってきたから部屋に運んで頂戴な。」
予想通りの返事を聞くと同時に彼を机から引きはがしにかかる。そのついでにそれとなく彼女の『
「
「そう、ありがとう。」
短くそれだけを返した彼女の表情は少し緩んでいるように見えた。
これが酒精によるものか、私の進捗によるものかは分からないがそれでもその表情は柔らかく、この先の未来に一抹の不安も抱いていないように思える。
彼をやっとのことで机から引きはがし、挨拶もそこそこに卓を後にする。
『彼女』はあの時からもう覚悟を決めている。
私たちのやるべきことも決まっている。
あとは、その機を待つだけ……。
最後まで読んでいただきありがとうございます。
私の勝手なイメージですが自在師たちはそれぞれ自在式に対する考え方も個性があると思うんですよね。
教授はプログラミングコード。
ラミーは絵画。
ピルソインは香り。
アルラウネは植物。
みたいな感じで。まぁ、作者の勝手なイメージですが。
残り二話です。
今後も拙作をよろしくお願いします。
最近ふとした時に、4作品もマルチ投稿していてどの作品から作者を知っていただけたのか気になってしまったのでアンケートいたします。ご回答いただけると読者層の把握、作者のモチベーションになる、他の読者様はどれをご覧になってるのかなど分かるので是非、お試しください。m(__)m
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英雄と敵の二重生活
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『風見幽香』な私。
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『AFO』はアホ、ハッキリわかんだね
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個性:斬島