198X年
イルドア王国 首都 夜
古の大帝国、その香りを今日まで漂わせているイルドアの首都。
その郊外にある遺跡に設けられた特別会場には、今回の特別なパーティーに参加する為に訪れた人々で溢れていた。
そのパーティーに参加している人々には、とある共通点があった。
暴力と利益を信奉すること。
俗にいうマフィアといわれる者達。
その参加者の中でひときわ注目される人がいた。
白銀の髪と碧眼。
昨今から考えれば身長は低く、150cmは有るか無いかの高さ。
性別は女性。
いや、外見からすれば少女という表現こそ相応しい見た目。
この場に居るのが場違いな程に美しい少女の両脇と背後を屈強なボディーガードが警護していた。
彼女達は会場の中心からやや離れた場所で佇み、会場に設けられたステージで行われている余興を眺めていた。
その彼女達に、ある男が親しげに近寄ってきた。
直ぐに少女の周りを固めていたボディーガードの者が近寄ってきた男の前を遮ろとするが、少女が右手を少し上げ警戒を解くよう合図した。
ボディーガードが警戒を解くのを確認すると、近寄ってきた男は少女に近づくと親しげに声をかけた。
「ボナセーラ、シニョリーナ ティクレティウス。良い夜ですな」
「ボナセーラ、スィニョーレ サンティーノ・ダントニオ。ええ、良い夜ですね」
声をかけたのは、ホスト役の息子である男だった。
「いや、貴方が来られるとは珍しいですな。今宵は楽しんでますかな」
「ええ、楽しんでますよ!いやなに、貴方のお父上に久方ぶりにご挨拶をと思いまして」
「それはそれは、私の父も喜ぶでしょう」
「そう言って貰えるとは、嬉しい限りです」
「なに、本当の事ですよ。父は貴女との友情を忘れた事は有りません」
「いや私の方こそ、お父上との友情を忘れた事はありません」
「そのお言葉は父に伝えておきましょう。それでは自慢のイルドア料理とワインをお楽しみ下さい」
「ええ、そうさせて頂きますよ」
そうして挨拶を交わしたあと、ダントニオは去っていた。
ダントニオが十分に離れた後にティクレティウスはひっそりと呟いた。
「息子は何も知らんようだな」
ただの独り言だった筈だが、すぐ近くから返事が返ってきた。
「社長、私達がこのイルドアでやんちゃしてから何年経ったとお思いですか」
返事を返したのは、いつの間にかティクレティウスのすくそばに立っている女性からだった。
「おや、いつ戻ってきたんだヴィーシャ」
「彼と入れ違いですよ」
ヴィーシャはそのまま立食パーティーエリアから仕入れた山盛りのローストビーフを盛った皿から、一切れフォークで取ると口に頬張る。
「食いしん坊は相も変わらずだな」
「昔の習慣は抜けませんから」
ヴィーシャはそう返事をすると、ローストビーフの山を崩す作業を始めた。
それを眺めると昔、イルドアへ侵攻した際の事が思い出される。
皆がみな、イルドアの食事を腹一杯食べようとしていた光景を。
あの頃の帝国は酷いものだった。
私達の部隊でさえ良質な補給からは縁遠くなり、貧しい物資を遣り繰りしていた頃を。
今ではその頃を覚えている部下は、隣でローストビーフを頬張っているヴィーシャのみだ。
いやはや、そう考えると長生きしたものだ。
まさか異世界で女性として生まれ、あまつさえ存在Xにより吸血鬼などというモノに作り替えられ、私の自由意思と権利を蹂躙されるとは思わなかった。
しかし、私は成し遂げた。
戦争から抜け出し、文明と知性が尊重される世界へと戻ったのだ。
まあ、カンパニーからの仕事で少しばかり野蛮染みた事をしなければならないが、そこは仕事と割りきれば良い。
さて、そろそろカンパニーからの仕事に取り掛かろ。
時間は有限だ。
「ヴィーシャ。これからの予定は」
「はい、社長。これからホストのダントニオ氏との会談です。カンパニーからのオーダーはカモッラが得たルーシー連邦の情報入手です」
「よろしい、手早く済ませてイルドア観光へと洒落こもうじゃないか」
「はい、社長」
そうだ、早く仕事を終わらせヴィーシャとイルドア観光をしよう。
美味しいイルドア料理とワインを飲みながら、ヴィーシャと過ごす時間は格別だろう。
いまなら胸を張って存在Xに言えるだろ。
私は存在Xに屈せず、私の自由意思に基づいてこの世界で幸せになった、と。
私の半身たるヴィクトーリヤ・イヴァーノヴナ・セレブリャコーフとともに。
今回は上手く書けなかったネタです。
今度は甘々なタニャヴィシャかヴィシャタニャを書きたいな。