ひとりぼっちの戦争遊戯   作:とやる

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第2話

 ダフネちゃんを取り戻す。

 それはとてもじゃないが現実味のある話ではなかった。

 

 まず大前提として戦争遊戯を仕掛けるためにはファミリアに入る必要がある。もともと戦争遊戯は神の代理戦争だからだ。

【アポロン・ファミリア】に最も確実に勝利するには大手のファミリアに入り、そこに戦争遊戯をしてもらうのが手っ取り早い。

【アポロン・ファミリア】が戦争遊戯に乗ってくるかという問題はあっても、それが理想。

 でも、これは同時に最も実現不可能な方法でもある。

 ファミリア同士の全面戦争である戦争遊戯は、オラリオの神や市民にとって最高の娯楽だ。あのファミリアとあのファミリアではどちらのほうが強いのか……という話はそれこそ枚挙にいとまがない。

 憶測や妄想の産物でしかない『どちらのファミリアが強いのか』という問いに、武力衝突というこれ以上ない形で対外的に結果が出るのだ。しかもその様子はアルカナムによって一部始終を観戦できるようになっている。盛り上がらないはずがなかった。

 

 これが僕にとってどうしようもないほどマイナスに働いた。

 必死になって戦わず早々に諦めて白旗を上げる。場を白けさせる行いとしてこれより上はないだろうということを僕のファミリアはやった。

 いくら【アポロン・ファミリア】の評判が悪く、戦争遊戯開始前のオラリオの民意が僕たちに偏っていたとはいえ、こうなってしまうと僕たちの風当たりも強くなる。

 それは、協力者を望めないという結果をもたらす。

 度重なる嫌がらせや襲撃によって憔悴しきっていて、早く終わってほしいという団長さんたちの心理に一定の理解はあれど歯噛みせずにはいられない。

 勝てないまでもせめて全力でダフネちゃんのために戦ってくれていたのなら、今僕が直面している壁もだいぶ低いものになっていただろう。

 構成員ひとり。

 彼女ともう一度会うためには、ひとりぼっちのファミリアで【アポロン・ファミリア】を倒さなければならない。

 それが、僕の置かれている現状だった。

 

「やりたいようにやれ」

 

 僕が所属するファミリアの主神である神様は、一年後に【アポロン・ファミリア】と戦争遊戯をする事を了承してくれた。最大限の協力をするとも。

 その目に覇気はなく、僕が自分の気持ちに折り合いを付けることができるようにする為だけに、僕の無茶な要求を飲んでくれたことが分かった。

 でも、それでも冷静に戦力差を分析するまでもなく十割負けると言われても仕方ないような戦いに、それも自分に降りかかるであろう多額の賠償金の存在を理解していてなお僕の望みを叶えてくれようとするその姿に僕は深く感謝をした。

 

 まず始めにやらなければならないのは【アポロン・ファミリア】を……神アポロンを戦争遊戯のテーブルにつかせることだ。

 神アポロンが僕たちに戦争遊戯を仕掛けたのは、勧誘を断ったダフネちゃんを自身のファミリアに引き入れるため。

 その目的が達せられた以上【アポロン・ファミリア】には僕と戦争遊戯をする理由がない。

 戦争遊戯で選ばれる種目の内容によっては万が一が起こり得る。なら、そもそも戦争遊戯をしないことが賢い判断だ。戦争遊戯の取り決めは実質オラリオの最高意思決定機関の役割を果たす神会の決定である。故に、どんなに理不尽な事でも従うしかないのだから。

 だから僕たちもギリギリまで戦争遊戯は避けてきた。

 

「俺に任せろ。必ずアポロンを勝負の場に引きずり出す。ただ、種目の確約は出来ない」

 

 何か策があるのか、戦争遊戯の開始自体は心配しなくてもいいと神様は言った。

 同時に、種目を選ぶ事は恐らく出来ないとも。

 現状、戦闘行為を持って決着をつけるのなら団長同士の一騎討ちが最も勝ちを拾える可能性が高い。でも、それは【アポロン・ファミリア】としては万が一のリスクを孕むことになる。戦争遊戯をさせるだけでも難しいのに、さらに僕に有利な種目を選ぶ事が出来るとは最初から思っていない。民意を煽動して【アポロン・ファミリア】を悪者に仕立て上げる事ができれば分からなかったけど……無い物ねだりをしてもしょうがない。

 

 恐らく、戦争遊戯の種目に選ばれるのは全眷属の総力戦。

 前回と同じ平野での決戦か、はたまた攻城戦か。何れにせよ、僕が挑まなければならない試練はいっそ笑えてくるほどに壁が高い。

 

 それでも、僕はその壁を超えてみせる。

 もう一度彼女と会って話をするために。

【アポロン・ファミリア】を……ヒュアキントスを倒す。

 そう決めたのだから。

 

 とはいえ、流石に無策で決戦に臨むほど僕は愚かではない。

 前回の団長さんたちがいた戦争遊戯でさえ、僕はヒュアキントスの下まで辿り着いたときには少なくないほどのダメージを負っていた。

 団長さんたちは頃合いを見て降参をする腹積もりだったとはいえ、相手のヘイトが分散していたという事実は変わらない。

 それが、今度は僕だけを狙ってくるのだ。

 勝利はおろか、ヒュアキントスの下まで辿り着くことすら不可能だろう。

【アポロン・ファミリア】の団員たちを蹴散らす攻撃手段がいる。僕は攻撃魔法を使えるものの、それだけでは明らかに火力不足だ。

 更に、前回手も足も出さずに敗北したヒュアキントスと戦って勝てるだけの地力を付ける必要がある。

 どんな形式での勝負になるにせよ、最終的にはヒュアキントスを倒さなければならないのだから。

 

 広範囲殲滅手段の確保。

 Lv.3へのランクアップ。

 

 それが僕が一年で果たす必要がある最低限。

 

 前者のあてはあった。

 

 

 ☆☆☆

 

 

「断る」

 

 赤い髪の鍛治士。僕の武器と防具の作成者でもある【ヘファイストス・ファミリア】所属、ヴェルフ・クロッゾは吐き捨てるように言った。

 

 広範囲殲滅が可能な大火力の確保を新しい【魔法】や【スキル】の発現に縋るのは現実的じゃない。

 外在的な力が必要だ。……その手段を探し始めた僕は直ぐにそれに辿り着く。

 

 オラリオにかの鍛治貴族がいる。

 

 海さえ焼き尽くすというクロッゾの魔剣。僕が求めたものは直ぐに見つかった。

 それが馴染みの鍛治士だった事に驚いて……そして、僕が武具の整備を頼みに行くと笑顔で背中を叩いてくれていた彼は、沈痛に喉を震わせる。

 

「……魔剣じゃない、俺の腕を信じてくれたお前まで俺じゃない魔剣を求めるのかよ……っ!」

「……っ」

 

 持ち主を遺して先に逝く武器。

 自分ではなく、自分の血でしか己を見られない孤独。

 信念のもとに魔剣を打たないと言うヴェルフさんに、僕はそれでも魔剣を打って貰わねばならない。

 心がずきりと軋んだ音を立てた気がした。

 

 結局、その日はヴェルフさんに叩き返されるようにして終わった。

 

 今自分がやっていることがどれほどの仁義に背く行いか分かっている。

 僕にはお金がない。そのうえで、ヴェルフさんに後払いで魔剣を打ってくれと頼んだ。

 ヴェルフさんに魔剣を打たないという信念がある事を知って、それでも僕のエゴの為に魔剣を打ってくれと頼んだ。

 断られて当然だ。誰がこんな奴に手を貸すというのか。

 でも、クロッゾの魔剣は【アポロン・ファミリア】に勝つために絶対に必要なものだ。

 他人の心の芯を土足で踏み荒らす行為と理解していても、僕はそれを止めることはできない。

 

 踵を返す。

 本当ならずっと残り続けたいが、僕には時間がない。

 足が向かう先はバベルの下、ダンジョン。

 

 強くならねばならない。

 僕の持てる全てを賭さなければならない。

 

 全ては、彼女にもう一度会うために。

 

 

 ☆☆☆

 

 

 焦燥感に追われ、背中に張り付く無力感を振り払おうと必死に足掻く日々だった。

 

 ヴェルフさんの元へ向かい、追い出され、ダンジョンに潜る。

 18階層を拠点として一週間ダンジョンに篭り、ひたすらに怪物と戦い続ける。一週間経つと地上にステイタスの更新と魔剣の作成依頼に戻って、また一週間戦い続けた。

 戦争遊戯の時に用意したポーション類はとっくの昔に底をつき、副産物として回収できる魔石は換金する側からポーションへとなっていく。

【ゴライアス】が出現する時期になれば討伐戦に参加し、ランクアップに必要な上位の経験値を稼いだ。

 

 戦った。

 間違いなく僕の人生で最も戦い、必死だった。

 装備は幾度も自壊一歩手前まで行き、その度にヴェルフさんが無言で整備をしてくれた。

 一度、整備をするヴァリスすら無くて、でも何もしないという事が怖くてぼろぼろの装備のままダンジョンに潜ろうとした事がある。

 その時に、ダンジョンに素材集めに行こうとしていたヴェルフさんに見つかって叱られた。

 

 その日から、装備の整備はヴェルフさんが今までのようにしてくれるようになった。

 

「復讐か」

 

 あの戦争遊戯から四ヶ月が過ぎる頃、僕の剣を研ぐヴェルフさんが声を発した。

 僕が魔剣を欲しがったときから会話らしい会話をしていなかったら少し驚いた。背を向ける彼の表情は見えない。

 

「……違います」

「……前の戦争遊戯の件は知ってる。じゃあ、なんでお前が……クロッゾの魔剣を求める」

 

【アポロン・ファミリア】を憎まなかったと言えば、嘘になる。

 神アポロンをぶん殴れるのなら殴りたいし、神アポロンに従う眷属たちも憎い。

 あいつらさえいなければ、僕は今日もダフネちゃんや団長さんたちとダンジョンに潜れていたかもしれないのに、と何度も考えた。

 でも、僕は彼らを殺してやろうとか、同じ目に合わせてやろうとか、不幸を願いこそすれそれを自らの手で招いてやろうとは思っていない。

 僕はただ、ダフネちゃんともう一度、ちゃんとお話しがしたい。それだけなのだ。

 

「もう一度会いたい人がいるからです」

「それは大切な人か」

「……何よりも」

「お前に何ができる」

「……全てを賭せる」

「それはその人の望みか」

「分かりません。それでも、僕はもう一度彼女に会いたい」

「……そうか」

 

 重々しく息を吐き、それっきりヴェルフさんが口を開く事はなかった。

 

 焦りと不安だけが募っていく。

 クロッゾの魔剣だけでなく、一日中ダンジョンに潜っているのに遅々として上がらないステイタスが僕を追い詰めた。

 ランクアップはおろか、一週間でトータル30も上がらない能力値。

 もう半年になるというのに、定めた最低限が何一つして出来ていない。

 

 何故か。

 僕が本当に必死じゃなかったからだ。

 だって、僕はリスクとリターンを天秤に掛けて18階層より下にはいかなかった。

 安全?笑わせる。お前にそんな余裕があるのかよ。

 

 そうして僕は19階層以降へと踏み出し、死にかけた。

 かつてはファミリアで挑んでいた中層の下部は、ソロで進むにはあまりにも無謀だった。

 多勢に無勢。

 並行詠唱が出来ない僕では魔法暴発をしてしまうためソロでは魔法が使えない。集まる怪物相手に直ぐにジリ貧になり、嬲り殺しにされる寸前に怪物が入れないような細い横穴を見つけ、そこに身を隠す事で何とか命を拾った。

 

 傷口から滴る血を手で押さえ、壁に背中を預ける。

 荒い呼吸音が反響し、ただでさえ痛む頭にやけに響く。

 睡眠時間を削っていた影響か強制的に閉じそうになる瞼を気合いで開けて、景色が歪んだ。

 

「……ぅ、ふ」

 

 体温で温められ仄かに熱を持つ滴が頰を伝う。

 顎の先で滑り落ちるそれが服に吸い込まれ、滲んだ血が広がっていく。

 次々と込み上げるそれを押さえきれなくなって、膝を抱えて顔を押し付けた。

 今まで蓋をして抑え込んでいたものが、耐えかねたかのように溢れ出す。

 

 無力だった。あまりにも僕は弱かった。

 決意して、覚悟を決めて立ち上がって。

 現実はどうだ。

 ヴェルフさんの信念を踏みにじって、どのツラ下げて装備の整備なんてしてもらってるんだ。

 ヒュアキントスを倒すと吠えて、ランクアップはおろか能力値すらろくに上がらない。

 こんなざまで、よくもまあ恥ずかしげもなく一年後に戦争遊戯を仕掛けると言えたものだ。

 

 一年。

 定めた時間。

 もっと準備期間をおいた方がいいのなんて分かりきってる。

 でも、一年でやると決めた。

 何故か。

 ダフネちゃんを早く助けたいから。

 違う。

 ダフネちゃんと早く会いたいから。

 違う。

 違う。違う。違う!全部違う!

 時間をかけた方が良いのが分かっていて、なんで一年でやろうと思ったのか。簡単だ。

 

 今胸の中にある覚悟が、彼女への想いが、一年より先にまだあるのか自信がなかったからだ。

 

 痛い事は怖い。

 死ぬ事も怖い。

 暗いところだって怖い。

 だから、ダンジョンが怖い。

 

 どこまでやれる?臆病な自分が、一週間中地上に出ずダンジョンに潜って、怪物と戦い続けて、それがいつまで持つ?

 逃げ出さないか?投げ出さないか?胸の想いが色褪せて彼女の事を諦めてしまわないか?

 

 絶対にないと言い切ることが、出来なかった。

 

 恐怖は覚悟を鈍化させる。

 決意をぽっきりと折ってしまう。

 震える膝は誤魔化せても。溢れる涙は振り切れても。

 折れた心は想いを薄れさせる。

 

 さっき、死にかけた。

 たまたま助かっただけで、運が悪ければ間違いなく死んでいた。

 痛かった。凄く、痛かった。みっともなく悲鳴をあげた。削り取られる肉に泣き叫んだ。

 ポーションはもうなくて、今だって血が流れ続けて、じくじくと鈍い痛みが身体に広がっていく。

 横穴から逃げて壁に背を預けて、涙が溢れたのは傷が痛かったからじゃない。

 傷は痛いけれど、僕が涙を流したのは、考えてしまったからだ。

 

 ──こんなに頑張ったんだから、もう諦めてもいいかもしれない、と。

 

「……情けっ……ない……!」

 

 荒れ狂う感情の行き場を探して叩きつけられた拳の皮膚が裂け、壁が赤く染まる。

 

「情けないっ……!情けない……っ!情け……ないっ!!」

 

 ヒビが入ったのかズキズキと痛む拳を固く握って、何度も壁に叩きつける。

 次第に言葉は嗚咽へと代わり、ただの音へと成り下がる。

 ああ、ああ。それはなんて自分にぴったりな、惨めな鳴き声だろうか。

 

 彼女にもう一度会いたいという僕のエゴ。

 他の何ものよりも、彼女とこのまま別れる事が一番怖いはずなのに。

 だというのに、笑えてくる。

 僕は自分自身のためにすら頑張れないようなやつだった。

 弱くて、泣き虫で、口だけのみっともない男だった。

 

 心の奥底の隅の方で、どうせ無理だって諦観する自分がいる。

 それに屈しかけている自分が惨めだった。

 

 それに、万が一全部が全部上手くいったとして。

 こんな情けない僕が、どんな顔でダフネちゃんと会うというのだ。会えるというのだ。

 

 どれくらい泣いただろうか。

 ずぶずぶと沈みそうになる意識とは裏腹に、思考の冷静な部分が早く治療をしなければならないと告げる。

 膝に押し付けていた顔を上げて腰を浮かせ、立つ。

 ふらつく身体を壁に押しつけるようにして支え、一歩ずつ前へ。

 

「……死ねよお前」

 

 生へしがみ付こうとする自分に嫌気がさして、それでも死ぬ事は怖くて、足は動き続けた。

 

 

 ☆☆☆

 

 

 自暴自棄というやつだったのだと思う。

 半年が過ぎ去り、消極的な自殺とでも言うべき行動を僕は頻繁に取るようになった。

 

 死ぬつもりはない。でも、心の何処かで死んでもいいとは思っていた。

 恐怖心が麻痺し、胸に抱いた決意は薄れ、僕を動かしていたのは意地汚い妄執だった。

 

 彼女に会いたいと叫ぶ僕に『本当に?』と嘯くもうひとりの僕がいる。

 それを認めたくなくて、耳を塞ぎたくて、躊躇いなく死地へ身を投じるようになった。

 命を失う危険に寄り添い続ければ、彼女に会いたいという想いが嘘じゃないと、本物だと証明しているような気がして。

 皮肉な事にステイタスは目に見えて伸びたが、僕はそれが死までのカウントダウンの様にも思えた。

 これが999に達した時、お前は死ぬと死神が背中に取り付いている、そんな感覚。

 

 でも、当たり前のようにそんな無茶がずっと続くわけがなくて。

 当たり前のように僕は死の淵までいった。

 

 金属が鳴らす甲高い音を響かせ、剣が手から滑り落ちる。

 最後の一体と刺し違えて眼前で舞う黒い灰を視界に納め、こと切れたようにうつ伏せに倒れた。

 ドプリ、と流れる血液は温かくて、それに反比例するように手足から冷たくなっていくのが分かる。

 もう何度も経験した死の間際の感覚……そのラインを一歩だけ踏み越えたのが分かった。

 

 恐怖はあった。

 でも、それ以上に安堵があった。

 

 目を閉じれば鮮明に思い出す。

 彼女と過ごした月日。彼女の笑顔。

 走馬灯のように過ぎ去る思い出に酩酊する。

 彼女に会えば、きっと彼女を悲しませてしまう。拒絶されたのに、それでも会いたいだなんて自分勝手な事を思ったのがそもそもの間違いだったのだ。

 このまま綺麗な思い出だけを胸に終われるのら、それはそれで、幸せな結末ではないのだろうか。

 

 体温が地面に溶けていく。

 赤い水たまりは温くて気持ち悪い。

 終わりゆく命に反して、心は穏やかだった。

 あんなに怖かった死をどこか他人事のように受け入れた。

 身体が倦怠感を訴える頭の命令に従って瞼を閉じようとする。

 彼女との宝石のような思い出だけを抱えて、このままここで──。

 

『いつかウチを助けられるようになってね、男の子』

 

 ──瞬間。

 もう随分と昔の記憶が頭をよぎった。

 脳裏に張り付く思い出が呼び起こす、手を繋いで歩く彼女の笑顔。

 

「──ぁ」

 

 カラカラに乾いた喉が震える。

 思い出せと。忘れるなと。お前の原点はなんだと。身体の芯の部分が熱を持った気がした。

 

『やっぱりウチが見てないとダメね』

 

 そうだった。

 血に濡れて横たわる彼女を見て、確かに思った。

 彼女を守りたい。守られるばかりじゃなくて、助けられるようになりたいって。

 だから杖を捨て剣をとった。

 

『ばいばい』

 

 最後に聞いた彼女の声は掠れていた。

 最後に見た彼女の目尻には透明な雫が溢れていた。

 もう会うことはないと言った彼女は震えていた。

 その理由を知るまで彼女と一緒の未来を諦められないと奮起した。

 

 そうだ。

 僕は、そうやって立ち上がった。

 

「──ぐ、あああ」

 

 身体の芯で燃え上がる炎が熱となり手足に行き渡る。

 鉛のように重く冷たい四肢の筋肉がその機能を思い出したように震え、力がこもった。

 投げ出された手が地を掴み爪が割れる。

 

「死にたくない……!」

 

 腕の力で上半身を起こし、倒れそうになるのを地に肘をついて支える。

 目尻に涙が溢れてなお前を睨む。

 

「生きたい……!」

 

 傍に落ちていた剣を握って、杖のようにして膝をつく。

 みっともなく痙攣する身体を意思の力で抑えた。

 

「まだ……死ねない!!」

 

 そうして立ち上がった僕は吠えた。

 身体の中心で灼熱の炎が燃え上がっていく。

 果たしていない約束がある。

 守れなかった誓いがある。

 諦めきれなかった願いがある。

 

 何よりも。

 大好きな女の子にはあんな悲しい顔をして欲しくない。笑っていてほしい。

 

 だから、僕は。

 

 ボコり、と近くの壁が盛り上がる。

 産み落とされた怪物が死に体の獲物を見つけてその口が三日月を描く。

 姿勢を低くして筋肉を撓ませ、凶爪の一振りで八つ裂きにするように突進する。

 

 剣を、構える。

 正中線に沿って上段に、柄を頭の上まで持ち上げ停止。

 手から刀身へ伝っていた血液が重力によって宙に零れ落ちた。

 踏み込む、一歩。

 

「あああああああああっ!!」

 

 砲声と共に足が地面を踏みしめた瞬間一気に剣を振り下ろす。

 刀身に付着した血液を空気中に置き去りにするような銀線。

 叩き付けるように振り下ろされた剣は眼前に迫る怪物を一刀両断した。

 黒い灰が空気に舞う中、拳を突き上げ、宣誓する。

 

「もう迷わない。疑わない!助けたいからじゃない。会いたいからじゃない。大好きだから。笑っていてほしいから!!泣いて欲しくないから!!僕はそのために戦う!!!戦える!!!」

 

 単純な理由だ。

 結局、自分勝手なエゴである事に変わりはないけれど。

 

 好きな女の子に笑ってほしい。

 

 その理由だけで進める。強くなれる。

 何度だって立ち上がれる。

 それが男の子というものだ。

 

 

 ☆☆☆

 

 

 消えかけた覚悟の炎が再び激しく燃え上がったはいいものの。

 瀕死の身体がそれで回復するわけもなく。

 依然として死にかけであり、ひとつだけあったポーションで特に酷い傷を回復させて止血を済ませ、なんとか歩けるようになった僕は18階層までの帰還を急いでいた。

 

 しかし、ダンジョンは僕を逃さなかった。

 

 移動を始めて10分ほど経ったところで怪物と接敵。

 出会い頭に振るわれる天然武器を剣で弾き、戦闘へ突入した。

 ダンジョンに鳴り響く戦闘音。

 怪物を倒す頃にはそれを聞きつけた別の怪物が現れ、その繰り返し。

 

「どけっ!!」

 

 己を奮い立たせ、消える握力ですり抜けそうになる剣を握りしめる。

 身体は限界。血は足りなくて視界が暗くなる。

 目尻に溜まる涙で怪物の姿が歪むのを力一杯目を見開くことで黙殺。

 振り下ろされる天然武器を半身になって避け、回転するようにして生み出した慣性が剣を斜めに跳ね上げ怪物の首を斬り落とす。

 

「まだ僕は死ねない!!」

 

 死に全身を突っ込んだ怪物との乱戦の日々は、驚く事に生き残るための技術を身体に叩き込んでいた。

 速く、正確に、一撃で倒す。

 そうしなければ死ぬ。だから死なないためにそうする。

 型も何もなくそれだけを追求した戦闘スタイル。

 臆病な身体は生き残るためにそれを急速に身につけていった。

 

「ズっ……ア!」

 

 しかし、死にかけていたということは捌き切れなかったという事の証明だ。

 横合いから不意打ちのように繰り出された怪物の凶爪を咄嗟の反応で跳ね上げた剣が弾かれる。

 

 後方に流れる腕に引っ張られる身体。迫る対の凶爪。

 例え腹を引き裂かれてでも次の瞬間にトドメを刺すと睨みつける目に、剣が飛び出した。

 

「…………ぇ」

 

 パッと弾けるように空気に溶けていく黒い灰の向こうに、ひとりの男が剣を突き出すよう腕を上げて立っていた。

 その姿に見覚えがある。

 そう、確か。半年以上前にあの戦争遊戯で見た……、

 

「護衛の人……?」

「嫌な覚え方してんな。……すげえ怪我してんなお前。おーい、カサンドラ!」

 

 あの時ヒュアキントスの護衛をしていて、最後に僕にポーションを渡した男が口に手を当てて誰かを呼ぶ。

 

「はーっ!はーっ!」

「息切らせすぎだろ」

「私の……っ!はーっ!せいじゃ……っ!はーっ!」

「お、おう。取り敢えずこいつ速く回復させてやってくれ」

 

 息を切らせながらパタパタと駆け寄ってきた長髪の女性は数秒膝に手をついて息を整えた後、両手をかざして詠唱。癒しの魔法が身体に浸透していく。

 

「あ、ありがとうございます……?」

「いえいえ!いいんですよ!」

 

【アポロン・ファミリア】に全くいい印象がなかった僕は助けてくれる事に困惑して、でもお礼はしないと、と口を開く。

 カサンドラと呼ばれた女性はニコニコと満面の笑みを浮かべた。

 状況がうまく飲み込めなくてさらに僕は困惑する。

 

「あー、こいつ最近なんでか知らんけどやけに機嫌がいいんだよ。普段はもっとおどおどしてるんだけどな」

 

 少なくとも初対面のやつにこんな風に接する事のできる奴ではない、と護衛の人は頭をかく。

 

「にしても、カサンドラが19階層に行くって言い出した時はまたいつもの妄言かと思って無視したが……まさか単身突撃したら追いかけないわけにもいかないからなあ……まあ結果論だが来てよかったよ」

「無事で本当に良かったです!」

「ちょ、ちょっと待ってください!」

 

 和やかに会話を続けようとする護衛の人とカサンドラさんを遮るように叫んだ。

 待ってほしい。ぼろ負けしたとはいえ僕は【アポロン・ファミリア】と戦争遊戯をしてその眷属の何人かに怪我をさせたし、ヒュアキントスを本気で斬ろうとした。

 言ってしまえば家族に害をなした存在。そんな僕にどうして、こんなにも気安く接せられるのか。

 

「どうして……って顔だな」

 

 僕の内心が顔に出ていたのか、護衛の人は「ふむ」と指で顎に触れる。

 

「お前が知らないのも無理はないけどな。【アポロン・ファミリア】は一枚岩じゃないんだ。団長みたいに神アポロンに心酔してるやつもいれば、俺やカサンドラのように無理やり引き抜かれて仕方なくファミリアにいるってやつもいる。後者のやつで懸命に戦ったお前を悪く思うやつはいねえよ」

「はい!」

「それに、お前俺たちに戦争吹っかけるつもりなんだろ?そんな気骨あるやつなかなかいねえ。嫌いになれるかよ」

「な、なんでそれを……!?」

 

 告げられた言葉に瞠目する僕の頭に手を置いた護衛の人は、わしゃわしゃと乱暴に撫でて笑った。

 

「お前んとこの神様がうちのホームに来てたり、色々派手に動き始めてな。お前が鬼気迫る様子でダンジョンに篭ってるの見りゃ勘のいいやつなら分かるよ。諦められなかったんだろう?取り返したかったんだろう?びーびー泣いてたのに、男じゃねえか」

「……ぁ」

 

 いつかのように頭に置かれた手が。

 労うようにかけられた言葉が。

 

 忙しくしている神様とステイタス更新の際に会話らしい会話もなく。冷たいダンジョンでひとり、毒のように心を蝕む弱気と戦い続けていた僕にはあまりにも温かくて。

 

「……ぅ、ふ」

「あっ、すみませんまだどこか痛かったですか!?」

「……おいおい、女の前で泣くなよ。しょうがねえ奴だなあ」

 

 無駄じゃなかった。頑張っているところを見てくれている人がいた。

 決意を改め覚悟を胸に宿したばかりだというのに、込み上げるそれを抑え切ることが出来なかった。

 そんな僕にカサンドラさんは慌てて。

 護衛の人は柔らかく苦笑して、頭を雑に撫で続けてくれていた。

 

 

 ☆☆☆

 

 

「お前の気持ちは買う。でも、分かってるとは思うが無謀な挑戦だ」

 

 僕が落ち着くのを待って18階層まで移動した後、護衛の人は僕の肩に手を置いた。

 真剣な表情だった。

 

「協力してやりたいのは山々だが、戦争遊戯が始まれば俺たちも戦わざるを得ない。積極的に戦うことは無くても、ファミリア内での立場があるからだ」

 

 それは、子どもを諭すようで。

 顔に似つかわしくない酷く落ち着いた柔らかな声音。

 

「ファミリアで挑んで勝てなかった俺たちに、団長に瞬殺されたお前がひとりで戦って勝てる道理はない。必ず負ける。これは絶対だ。負ければ、取り決めによってはお前の主神が強制送還されるのも、お前が死ぬ事も是としなければならないかもしれない」

 

 現実を教えるように。

 夢を見て飛ぶ子どもの足を地に着かせるように。

 

「本気なのは知ってる。諦めることが辛いのは分かる。苦しいだろう。無力に打ちひしがれもするだろう。でも、生きてなけきゃそれらを感じる事もできない。脅しで言っているんじゃない。戦争遊戯がもし始まれば、今言ったことは現実としてお前の身に降りかかる。……それでも、やるのか?」

「やります」

 

 それでも僕の答えは変わらない。

 もう迷わないと決めた。

 僕の芯はもう二度とブレる事はない。

 

 ニコニコとずっと機嫌の良いカサンドラさんから意識的に目を逸らして、護衛の人を見つめる。

 護衛の人は深いため息をひとつして、確かめるように言葉を探す。

 

「勝算があるのか?」

「ありません」

「切り札は?」

「まだ用意できてません」

「お前のレベルは?」

「Lv.2です」

 

 それは僕が成せていない現実。

 見上げるほどに高い壁。

 護衛の人は頭を抑えて呻く。

 

「何がお前にそこまでさせる。長い人生だ、今が全てってわけじゃない」

「大好きな人に笑っていて欲しいから。僕にはそれが全てです」

「……は?それだけか?」

「それ以外に理由がいりますか?」

 

 断言する僕を呆けたように見た護衛の人は、やがて堪え切れないといったように吹き出し喉を鳴らして笑う。

 それに少しむっとするが、護衛の人は「すまんすまん」と片手を上げて僕を制す。

 弛緩するように空気が撓む。

 それを引き締めるように僕は口を開く。

 

「……僕は、貴方達に協力をお願いしたい」

 

 渇いた喉が音を発し舌が言の葉を形作る。

 釣り糸のように張り詰めていく緊張感が静けさを呼び、生唾を飲み込む音がやけに大きく響く。

 

「……協力はできないと言ったよな」

「……はい。でも、それはファミリアでの今後の立場を考えた場合。僕が勝てるのなら、話は変わってくる」

「その勝ち筋がない」

「……いえ、あります」

 

 クロッゾの魔剣。僕の現在のステイタス。

 護衛の人から【アポロン・ファミリア】にそれが伝わるかもしれない事を承知して、僕は全てを話した。

 これは純粋な可能性の問題だ。

 十中八九ファミリア対ファミリアの戦いになるであろう戦争遊戯で、協力者がいなければ勝ちをもぎ取ることは不可能。

 僕も、神様もそれが分かっていた。

 それでもひとりで挑むしか無かったのは協力者が望めなかったからであり、【アポロン・ファミリア】の内実と護衛の人の心境を知った今では少々話が違ってくる。

 内側からの手引き。

 それが実現できるのなら不可能が可能へと変貌を遂げる。

 

「……なるほどねえ。確かにそれなら勝てる可能性はあるかもしれない」

「なら……っ!」

「ダメだ。お前が語ったのは幻想に過ぎない。それは勝ち筋とは言わねえよ」

「……っ」

「でも」

 

 架空の勝ち筋。

 その通りであり、護衛の人の心境を傾かせる言葉が出てこなかった僕は唇を噛む。

 しかし、護衛の人は僕の目を見て言葉を続けた。

 

「お前の本気は見た。半年以上ダンジョンに籠るなんて普通はできねえし……何より、惚れた女の為にってのが気に入った。俺も男で、引き抜かれたクチだからな。無謀な喧嘩吹っかけてまで取り返そうっていう決意に感じ入るものはある。……だが。協力はしてもいいが、条件がある」

 

 手のひらを突き出した護衛の人は指をひとつずつ折っていく。

 

 一、戦争遊戯の報酬に『今後の身の振り方を全眷属の自由意志に一任する』を盛り込むこと。

 二、戦争遊戯の種目が攻城戦であること。

 三、開戦までにLv.3へとランクアップすること。

 四、開戦までにクロッゾの魔剣を用意すること。

 五、ヒュアキントスに一騎打ちで勝利すること。

 

 示された条件は五つ。

 元々は僕が定めた最低限とほぼ変わりないけど、いくつか気になることがあった。

 最初のは護衛の人も戦争遊戯の取り決めという強制力を利用してファミリアを抜けるためだと思うけど、二つ目はどうしてだろう。

 攻城戦とは城を攻める攻撃側と要塞を拠点にする防御側に分かれて争う種目だ。城攻めは防御側が有利であり、しかも人数の関係で僕は自動的に攻撃側になる。

 ひとりで城の防衛やその準備をする事は土台無理な話だからだ。

 また、護衛の人はファミリア内でヒュアキントスに次ぐ実力があるから護衛をやっていると聞いた。なら、僕としては情けない話ではあるものの油断しているヒュアキントスに不意打ちをしてくれればそれだけで決着が付くことも十分考えられる。

 もちろん僕もヒュアキントスを打倒するつもりだが、一騎打ちに拘る必然性が分からなかった。

 

「理由はある」

 

 僕の疑問に護衛の人は丁寧に答えていく。

 

「俺の魔法と戦争遊戯が中継される関係だ。お前が俺の掲示した条件をクリアすれば協力はするが、それでも確実に勝てるとは思っていない。だから、屋内戦がメインで尚且つ俺の魔法が活かせる攻城戦に限定させてもらう。これなら最悪お前が負けても多少の疑いが持たれるだけで済む協力ができる」

 

 一度大きく息を吸い「さらに」と続ける。

 

「お前がクロッゾの魔剣を手に入れられたのなら、攻城戦だと団長と一騎打ちの状況を作り出せる。なんで一騎打ちじゃないといけないかは簡単だ。俺の考え通りに事が運べば団長との戦いは余さずアルカナムで中継される。そうじゃなくてもお前が掴んだ勝利じゃないと勝ちに角が立つ。それは俺も困るし、何よりお前が望まない結果になるぜ。惚れた女に後ろ指を指される毎日を用意する気か?」

 

 つまるところ、求めているのは完膚なきまでの絶対勝利だと護衛の人は言った。

 

「いいか?お前がLv.3になって、あのクロッゾの魔剣を手に入れる。そこまでしてやっと俺はお前と団長の一騎打ちの場を整えられるし、逆に言えばそこまでの協力しか出来ない。団長の強さは本物だが、お前はそれをひとりで乗り越えないといけねえ」

 

 死力を搾り尽くす覚悟があるか。

 護衛の人の目はそう僕に問いかけていた。

 

 ──そんなものあるに決まってる!

 

「覚悟は心臓に根を張り血に宿っています。……協力をお願いします!」

「……よし。期待してるぜ少年」

 

 決意の声に。覚悟の表明に。

 僕の頭に手を置いた護衛の人はニヤリと微笑んだ。

 

 それから、戦争遊戯の五日前にまた会う事を約束しての別れ際。

 

「カサンドラさん!」

「へ?」

 

 僕は、どうしても訊きたい事があってカサンドラさんを呼び止めた。

 これを訊くことに恐怖心はあった。

 知らない方がいいのではないかとも思った。

 それでも、気がつけば僕は声を上げていて。

 

「その……ダフネちゃんは……どうですか……?」

 

 明瞭性を得ない問いかけ。

 そもそもカサンドラさんがダフネちゃんと関わりがあるのかも分からない。

 

「ああ!」

 

 カサンドラさんはやっぱりにこにこと笑って、本当に嬉しそうだった。

 

「普段はちょっと元気ないけど、ダフネちゃんは君の事すっごく楽しそうに話してくれるよ!」

 

 その言葉が僕の鼓膜から脳に染み込んでいく。

 ──ああ。

 それは。つまり。ということは。

 

「……ぅ、ありが、とう……ございます……っ」

「えっ!?まだ何処か怪我を!?」

「違っ……ぅ、これは……っ!」

 

 突然泣き出した僕を心配してわたわたと慌てるカサンドラさんの誤解を解く声も震えていた。

 だって、仕方ないだろう。

 彼女に拒絶された時から心の隅でずっと考えていたのだ。

 もしかしたら、本当に嫌われたのかもしれないって。

 でも。僕は、彼女に嫌われたわけじゃなかった。

 それが分かって、こびり付くような不安がぱらぱらと落ちていくようだった。

 

「……く、ぅぅぁ」

「……えっと……えいっ」

 

 堪えきれずに蹲って嗚咽を漏らす僕の背中を、カサンドラさんは優しく撫で続けてくれていた。

 

 

 ☆☆☆

 

 

【アポロン・ファミリア】と戦争遊戯をしてから一年が経つ。

 あっという間の一年間だった。

 

 決意をして立ち上がって、心が折れそうになった事もあった。

 原初の想いを見つけられなければ、きっとあのまま僕は諦めていただろう。

 

【アポロン・ファミリア】の護衛の人と出会って協力を取り付けた。

 僕だけでは絶望的だった勝利が、可能性のあるものになった。

 

 戦いの日々だった。

 強くなるために。胸に灯した覚悟を道しるべに進み続けた。

 

『どうして魔剣を求める』

 

 あの日、護衛の人たちと別れて地上に戻った僕にヴェルフさんはいつかと同じ問いかけをした。

 

『大好きな女の子に笑っていて欲しいからです』

『その人のためにお前に何ができる』

『分かりません。でも。臆病な僕にも譲れないものがある』

『……そうか』

 

 装備の整備をしていたヴェルフさんはふらりと隣の部屋へ姿を消し、戻ってきたヴェルフさんの手には白い布に包まれた細長い棒のような物があった。

 投げ渡されたそれを両手でしっかりと受け止める。

 ズシリとした重みが腕に響く。

 

『俺はやっぱり魔剣は打てない。持主を残して逝くあれを武器とは認められない。それが俺の信念であり意地だからだ。……でも。俺の打った武具を好んで使ってくれて……そして、惚れた女のために腹を括ったお前に協力したい気持ちもある』

『……これは?』

『俺がファミリアに入る時に打った魔剣だ。……その一本が餞別だ。何よりも大事な女性(ひと)なんだろう?必ず取り返して……装備の整備にこい』

『……〜〜っ!!ありがとう……ございますっ!』

『男が泣くな馬鹿野郎』

 

 ヴェルフさんから魔剣を託された僕はダンジョンに住み込む勢いで怪物と戦い続け……一週間前、最後の【ゴライアス】討伐のレイド戦に参加してLv.3へのランクアップを果たした。

 階層主戦以外でも上位の経験値を稼ぐためにかなりの無茶をした。それでも、ギリギリになって当初の条件を全て満たすことができた。

 

 神様は【アポロン・ファミリア】との戦争遊戯を宣言通りに実現。

 その種目は攻城戦で僕が攻撃側だ。

 僕たちの要求が『全眷属の自由意志に基づき脱退を認めること並びに先の戦争遊戯の取り決めの解消』だ。

 神アポロンの要求が神様に対する絶対命令権なのが気になるけど、神様は気にするなと笑った。

 神アポロンの悪事の証拠を集め、神会の神様たちに根回しをして味方につけ、戦争遊戯を行うために何度も交渉を行った神様は窶れていたけれど。

 任せっきりになっていた申し訳さを呑み込んで、拳を握った。

 

『神様。僕のわがままを聞いていただきありがとうございました』

『……俺なりの罪滅ぼしみたいなもんだ。勝敗はどうでもいい……生きて帰ってこい』

『──帰って来る時はひとりじゃありません』

『……変わったな。前は芯のある子どもじゃなかった。……行ってらっしゃい、息子よ』

 

 ヴェルフさんの想いを受け取り、神様に送り出された僕は今。

 城を双眼に収めひとり草原に立っている。

 

 背の短い不揃いな草が風に揺れサァッと涼しげな音を鳴らす。

 あの城には一週間前から【アポロン・ファミリア】の構成員が出入りし、侵略者を迎撃するための準備を施しているだろう。

 正しく要塞。それを僕は正面から突破する。

 

『いいか、よく聞け。作戦は至ってシンプルだ。お前はただ団長のいる最上階の大広間を目指すだけでいい』

 

 間も無く戦争の火蓋が切って落とされる。

 あの城にはダフネちゃんはいない。取り決めにダフネちゃんの名前は一切ないのに、何故か僕がダフネちゃんを取り返すために【アポロン・ファミリア】に喧嘩を売ったと大々的に報じられ、彼女はバベルで行く末を待っている。

 そう、報じられたのだ。

『惚れた女を奪い返すためにたったひとりで殴り込みをかける』今の状況は、神様たちやオラリオに住む人々の琴線を大いに刺激するものだったらしい。

 その通りに情報は拡散され、興行の一環として大成功とも言えるぐらいに今回の戦争遊戯は大盛り上がりである。

 魔剣ブッパでヒュアキントスを倒そうものならどうなるか想像するだけで恐ろしい。

 勝ち方に拘る必要性が嫌でもわかった。

 僕だけならともかく、護衛の人や他の【アポロン・ファミリア】を抜けたい人、ましてやダフネちゃんに陰口を叩かれるような日々を送って欲しくない。

 僕は彼女に笑っていて欲しいから戦うのだから。

 

『ただひとつ留意することがある。団長の元に辿り着いた時に魔剣を最低でも一回使える状態である事。俺は護衛として団長の側にいるが、お前が魔剣を持っていなければ俺はお前に剣を向ける。覚えておいてくれ』

 

 開戦の時が近い。

 ピリピリと張り詰める緊張感が空気を引き延ばす。

 それを押し流すように一陣の風が舞い込み──背後で開戦を告げる鐘の音が響いた。

 

「っ!」

 

 渾身の力で地を蹴り射出されたように疾駆。

 城の外壁に配置された眷属達が一斉に掃射した弓矢の雨が、単身で突撃する僕に霰のように降り注ぐ。

 地を這うかの如く姿勢を低くし加速。ランクアップした僕の走力は以前の比ではない。

 駆け抜けた刹那の空間を弓矢の雨が蜂の巣にする。

 初撃は回避。だがすぐに二撃目が放たれる。

 前方に見える鉄の城門の前には数十人の武装した冒険者と詠唱をする後衛職。

 外壁から僕を狙うバリスタに弓兵、空には頂点を通過し迫る弓矢の嵐。

 

 躊躇いなく最強の手札を切った。

 

「煌月ィィィィ!!!」

 

 抜きはなった緋の刀身から紅蓮が噴出し万象を焼き尽くす爆炎の華を咲かせる。

 上方へと狙い定められた魔剣の炎が弓矢を余さず燃やしきり、魔法を火炎が呑み込む。城門に達してなお勢いを失わない炎が壁面を伝うように拡散。

 瞬時に空気を熱する灼熱に耐えかねたように外壁に配置された眷属が飛び降りるのを尻目に、続けざまに鉄の城門の横側に二撃目を撃ち放ち、風穴が空いたのを確認して魔剣を納刀し冒険者の集団に飛び込む。

 

「どけえぇぇっ!!」

 

 剣を抜刀。

 あの日のように戦おうとはせずひたすら前を目指す。

 魔剣で蹴散らしてもいいが、ここにいるのは殆どがLv.1の冒険者だという。流石に殺しかねない。

 だが、あの日の僕はステイタス値もレベルも戦闘経験も何もかもが違う。

 20人もいないLv.1の冒険者に止められはしない。

 

『俺の魔法は魔力に反応して爆発する液体を生み出すことが出来る。こいつはいくつか特徴があってな、量で爆発の強弱を付けられて、爆発するまでは俺の魔力がある限り残り続けるんだ。こいつで城に導火線を引く』

 

 力強い踏み込み。ひときわ重い衝撃に浮つく身体を地に足を突き刺す踏み込みで殺し返す刀で蹴り飛ばす。

 Lv.2の眷属は動きが違う。数は多くないがまともに相手をするのは避けたい。あくまで狙うのは大将首だ。

 

 魔剣でこじ開けた穴から城内へ身を滑り込ませた瞬間待っていましたとばかりに複数の魔法が襲いかかる。

 

「煌月ッ!!」

 

 空中で抜きはなった魔剣を勢いのままに振り抜く。

 陰ることのない業火が放たれた魔法のことごくを消し炭にして燃え上がる。

 ビキリと硬質な音が響く。

 階段を駆け上がるように炎が競り上がり悲鳴が聞こえた。

 ちょうどいい、手間が省けた。

 

『カサンドラと、あと数人に手伝ってもらって城の基盤の一部を破壊するように引いた導火線は、最上階でお前が魔剣をぶち込むことで一気に燃え上がる。するとだ』

 

 炎が侵略した階段を駆け上がり、飛びかかる冒険者を往なしてひたすらに上を目指す。

 その物量だけに無傷とはいかないが、斬傷や打撲などないのと一緒だ。この一年でどれだけの怪我を負ってきたと思ってる。

 

「な!?もうここまできたのか!?」

「どうなってる!?なんであいつがクロッゾの魔剣を持ってるんだ!?」

「Lv.2の身体能力じゃないぞ!?」

「煌月ッ!!」

 

 最上階の手前で陣取っていた冒険者の集団を魔剣の炎で纏めて蹴散らす。

 ここにいるのはLv.2の眷属だけらしいので直撃しなければ死なないだろう。

 あとは自力で動くか負傷者の回収専用の外部人員がなんとかしてくれるはずだ。

 ランクアップしたとはいえ流石にLv.2の冒険者10人と正面からやり合えばタダでは済まない。

 

 ビキビキッ、と緋い刀身に亀裂が走る。

 

「……ありがとう。ヴェルフさん」

 

 ここまで大ダメージを負わずに来れたのは間違いなく魔剣のおかげだ。

 ヴェルフさんの魔剣がなければ、ランクアップした僕でも城門を突破できたかさえ怪しい。

 砕けかけの魔剣を携え、上方を睨む。

 この階段を上った先にヒュアキントスがいる。

 

「再戦に来たぞッ!!」

 

 ひと息に階段を走り抜け、扉を蹴破るように突入する。

 奥に座するヒュアキントスを守るように立ちはだかった冒険者を無視──腹を斬られた。

 

「っあああ!!」

 

 雄叫びを上げて痛みを振り切り疾駆する僕の眼前で護衛の人が剣を構える。

 

「──そのまま五歩進んで突き刺せ」

 

 すれ違う一瞬で囁いた護衛の人の言葉を僕はしっかりと捉えた。

 Lv.3の走力は五歩など瞬きの速さだ。

 床を削り取る勢いで急制動をかけ片手で振りかぶった魔剣を思いっきり突き刺し、叫ぶ。

 

『基盤をぶっ壊された城は崩れる……が、それは半分だ。階段は入口側にしかない。つまりだ、そんだけ削っちまえば奥に陣取る団長とお前だけが城に取り残される──』

 

「煌月ィィィィ!!!」

 

『──タイマンのリングの完成ってわけよ』

 

 手元で爆炎が荒れ狂い、直後。

 連続した小さい爆発音が響いた瞬間鼓膜を破るほどの轟音が鳴り響き、大広間は魔剣の炎に蹂躙された。

 

 

 ☆☆☆

 

 

「くっ!」

 

 身体に降り注いだ瓦礫を膂力で押しのけ、ヒュアキントスは息をついた。

 その身体は離れていたというのに所々すす焼けており、魔剣の火力を窺わせる。

 足元に描かれたいやにはっきりとした黒い影に宙をあおげば、憎らしいほどの晴天が自身を見下ろしていた。

 

「死にたいのか奴は……!!」

 

 あの少年の解放した魔剣の炎が吹き上がり大広間の天井を破壊。

 さらに首を横に向ければちょうど二等分されたように城半分が崩れ去っていた。

 美しく優雅な振る舞いを是としているヒュアキントスだが、文字通り自爆覚悟の特攻に毒付かずにはいられない。

 辺りを見回しても自分以外の眷属の姿は見えない。戦争遊戯のために駆り出された医療班にはかの【戦場の聖女】もいるため死にはしないだろうが、随分と無茶苦茶をやってくれたものだ。

 

 しかし、それをしてなおヒュアキントスは倒せなかった。

 一年前自身に為すすべもなく倒されたあの少年が、常識はずれの火力を誇る魔剣に頼った形とはいえたったひとりで最上階まで辿り着き、己にダメージを与えたことを褒めるべきか。

 

「いや……結局は無意味な懸命だったな」

 

 結果を出さなければその過程はないも同然である、とヒュアキントスは考える。

 神アポロンに心酔する彼はその神命を果たすためにありとあらゆる難題に直面してきた。

 出来ませんでしたでは許されない。やらねばならないのだ。

 

 ともかく、これで戦争遊戯も終わりである。

 少年ひとりにここまで噛み付かれるとは思っても見なかったが、メンツはともかく『勝利せよ』という神命は果たせた。

 既にヒュアキントスの思考は戦争遊戯の事後処理へとシフトし、取り敢えず火傷を回復するためにポーションの封を切った──直後。

 

「ッアアアアアア!!」

 

 ゴン、と石を殴る音と獣のような雄叫び。

 勢いよく振り向いた先には手負いの獣が一匹、ヒュアキントスを睨みつけていた。

 装備の下に火精霊の護布を着込んでいたのか、爆炎の中心にいたにしては軽症だが魔剣を掴んでいた右腕は目を逸らしたくなる程に焼けている。

 焼けて赤々とひりつく表情。その双眼は爛々と開き炎が噴き上げていた。

 

 左でポーションの容れ物を握りつぶした獣は溢れるそれを右腕にぶちまけ、2本目を頭から被る。

 爛れた皮膚が治癒していく、肉を焼くような音がヒュアキントスの耳にへばりつく。

 かなりの激痛のはずだが、獣の表情に一切の変化はない。

 

「……貴方は神アポロンの所業について考えた事があるか」

 

 耳障りな音を立てる身体を無視して口を開いた獣の、少年のように僅かに高い声音が空気を震わせる。

 ヒュアキントスは一考……すらしない。彼にとってその答えはもう遥か昔に出ている。

 

「──ない。神命を果たす事が私の存在意義である」

「──そうか」

 

 例え民意から批判を受けようと、ヒュアキントスに取って神アポロンの意思は命よりも重い。

 それを果たす事が彼の覚悟であり信念でもある。

 

「……もしかしたら、貴方も被害者なのかもしれないって思った。……でも、違うんだな」

 

 ゆっくりと。されど力強く言葉を紡いだ獣は次の瞬間、腰に吊った剣を抜き放った。

 陽の光を浴びて輝く銀の光をヒュアキントスに突きつけ、血糊で化粧をした相貌を獰猛に歪め高らかに宣言する。

 

「──僕が僕の覚悟と信念を示すために。貴方をここで倒す」

「──私が私の忠義と信仰を捧げるために。貴様をここで倒す」

 

 名乗りを上げた雄と雄。

 互いに譲れない想いがあるからこそ、ここに立つ生物は二人もいらない。

 

 故に。

 目の前の存在を許してはならないと本能が叫んでいる。

 

 ひとりぼっちの戦争遊戯──最終戦開幕。




信念なき覚悟に重みはない。
暗い展開が続いた分頑張って欲しいぜ、男の子。
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