ライノ~ガーリー・エアフォース・アポクリファ~   作:フリッカー

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ALT.09 いつか辿った事がある世界

 夜になって、俺はベッドの上に倒れ込む。

 最近は忙しくなってきて、本当にくたくたになる。こういう時ほど、ベッドの上でごろんとできるありがたみを感じる時はない。

 ただ、天井をぼんやりと見上げていると、つい考えてしまう。

「ドーターの力だけで、ザイを滅ぼす事は絶対にできません、か……」

 記憶を取り戻したトムキャットが言った事を思い出してしまうんだ。

 

 あの時、トムキャットはこうも言っていた。

「2027年の時点で、ユーラシア大陸の大半がザイの支配下に置かれていました。中東も、東南アジアも、ヨーロッパも──ドーターの力を持ってしても、それを食い止める事はできなかったのです。ですから、ザイに勝利したければ、ドーター以外の別の手段も必要だと思います」

 と。

 そりゃあ、研究者達は大騒ぎになったさ。

 嘘を言っているんじゃないか、だってタイムトラベルなんてあり得ないだろう、と。

 かくいう俺も、それは同じだったさ。

 だが、シャンケルは意外にも冷静で、こう俺に説明していた。

「トムキャットの言い分は現実的だ。ドーターは1機種につき1ユニットしか作る事ができない。まるでその機種の集合意思のような存在故に生体ユニットは『(アニマ)』と呼ばれるのだが──いずれにせよ量産が不可能な以上、ドーターとアニマだけではザイに対して優位に立てないという考えは私も──いや、多くの高官達も持っていた」

 考えてみれば、一騎当千なんて概念が通じるのはフィクションの中だけ。

 滅茶苦茶強い兵器ひとつで戦局を変えられるほど、戦争ってものは甘くない。

 そう考えると、高官達がドーターの事を疑っているのも納得できる。

 一個飛行隊が作れるほどの滅茶苦茶高い金を投じて、作れるのは1機だけ。

 しかもそれは、敵が持つ未知のテクノロジーの塊。

 となれば、疑わない方がおかしいだろう。

「それに、私はこう思った事もあった。ドーターの開発は、()()()()()()()()()()()()とね」

 しかも、シャンケルはこうも説明していた。

「戦闘機の開発は簡単な事ではない。機体そのものは簡単にできても、戦闘力の大半を司るソフトウェアにはどうしても手間がかかる。しかも相手は未知のテクノロジー。その解析の時間も踏まえると、ドーターの実用化には短く見積もっても10年はかかるとにらんでいた。それが、実際にやってみたら2年もかかっていない。これでもうまく行っていないのだから恐ろしい。そのノウハウは一体どこで身に着けた、という話だ。まるで、ゲームをリセットしてプレイし直しているみたいだと思わないかね? それを踏まえると、トムキャットが過去に飛ばされたのもあながち不思議ではないと思えてくるんだ。私達にとって、この世界は()()()辿()()()()()()()()()、一度経験した事をもう一度やり直していると考えればね」

 

 今振り返っても、素直に飲み込めない話だ。

 俺達は、一度リセットしたゲームの中で生きているかもしれない、なんて。

 という事は、俺もライノと会うのは初めてじゃないって事か?

 子供の頃から見ていたあの夢──青く輝く戦闘機に助けられる夢が、()()()辿()()()()()()()()()で俺が経験した事だとしたら、もしかしたら──

 

 そんな時だった。

 部屋のドアを丁寧にノックする音が聞こえてきたのは。

 こんな時に誰だ、と思いつつベッドから起き上がり、玄関に向かう。

「あの……中尉さん、ちょっとよろしいですか?」

 ドアを開けた先で立っていたのは、トムキャットだった。

 どこか困った様子で俺を見上げる表情に、一瞬どきりとしちまった。

「な、何だこんな夜に?」

「その、昼間の占いについてなのですが──」

「占い?」

「このスペードの3はどういう意味だ、と聞いたでしょう」

「……あ、ああ、その事か」

 そういえばそんな事聞いたな。いろいろあって答え聞けなかったが。

 わざわざそんな事のためにここまで来たなんて、律儀な子だな、と思っていたら。

「実は、あのスペードの3は逆位置になっていたのですが、その状態では『回避』や『逃避』、『心の乱れ』を意味するのです」

「……は?」

「ですから、何かライノに逃げたくなるような悪い事が起きるのではないかと……」

 トムキャットは、心底不安そうな顔でうつむきながら言った。

 どうしましょう、とでも言いたげな感じで。

 おいおい。

 まさかトムキャット、占いで出た事を本気で信じてるのか?

「何言ってるんだ、所詮占いだろ? あまり本気にしちゃダメだ。占いは当たりも外れもするもの、って言葉知ってるか?」

 とりあえず笑ってなだめようとしたが。

「ですが、わたくし不安で……入ってもいいですか? こんな場所じゃ相談もできません」

 トムキャットは、とんでもない事をさらりと口にした。

 トムキャットを、俺の部屋に入れる?

 お、おいおいおいおいおいおい!?

「ちょ、ちょっと待てトムキャット。君、今何を言ったかわかってるのか?」

「はい?」

「こ、ここに入ったら、俺と密室で2人っきりになるんだぞ? 俺だって、立派な男だ。も、もしかしたら、あいつみたいに、魔が差して襲っちまうかもしれないぞ……?」

 そう。

 女の子を部屋に入れて2人っきりになるなんて、倫理的に抵抗がある。

 ましてや、トムキャットがあの男に襲われかけた後なんだ。

 俺はあんな真似をしたくないが、同じ事を絶対にしないなんて保証はできない。

「中尉さんは、そんな事しないでしょう……?」

 なのに。

 トムキャットは、しれっとそんな事を口にした。

 そ、そんなまっすぐな信用をぶつけられたら、ますます入れる訳にはいかなくなるんだが……?

「それに、脳波を同調させてから、中尉さんの側にいると安心するんです。何だか落ち着くというか、力が湧いてくるというか、ドーターに乗せて飛んでいる時も、調子が良くて……」

 妙に視線を泳がせながら、恥ずかしそうに一歩踏み出すトムキャット。

 その褐色の頬は、僅かに赤く染まっているように見えた。

「もしかして、これって──」

「え、ええ……!?」

 再び目が合った。

 心拍数が加速する。

 やばい。

 何というか、凄くかわいく見えてしまう。

 思わずトムキャットを抱きしめたい衝動に駆られる。

 でもダメだ。

 そんなのは絶対ダメだ。

 貴重な研究サンプルだから丁重に扱えって、シャンケルも言っていただろう?

 なのに、硬直した腕がトムキャットに伸びそうになってる。

 その澄んだ瞳から、目を逸らせなくなってる。

 まずい。

 これはいろんな意味でまずい──!

「何をしているのかね?」

 と。

 不意に気だるい声がして、びくん、と体が震えた。

 見れば、廊下にいつの間にかシャンケルがいる。

 な、なんでここに!?

「あ──ああ、いや! こ、これはですね! ちょ、ちょっと野暮用があっただけで! け、決して! あの男のような、不埒な真似をしようとする気はありません! ほ、本当ですよ!?」

 俺は慌ててトムキャットを庇いつつ、両手を振りながら釈明する。

 変な誤解でトムキャットに迷惑をかけたらたまったものじゃないと、必死で。

 そんな俺を、シャンケルは不審者を見るような目で見つめている。

 その目が、かなりしんどい……!

「……ならいいが、それより聞きたい事がある」

 だが、運よくシャンケルは話題を変えてくれた。

「は、はい!? 何でしょう!?」

 姿勢を正した俺の体は、上官に叱られる新兵みたいに変に強張ったものになっちまったが。

「ライノを最後に見たのはいつかね?」

「ライノ……? 彼女に、何か?」

「端的に言うと、行方不明になった」

 行方不明。

 その物騒な単語は、混乱していた俺の思考を一気に矯正する強烈な威力があった。

「ゆ、行方不明って、どういう事ですか?」

「何でも、『家出する』んだそうだ」

 

(続く)

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