ライノ~ガーリー・エアフォース・アポクリファ~ 作:フリッカー
ライノが家出した。
曰く、研究棟での調整に呼び出したのになかなかライノが現れない事にしびれを切らせたシャンケルがライノ部屋に行ってみると、部屋は開けっ放し、中に入ってみるともぬけの殻、きれいな牢獄めいた部屋の中には、「家出します」と書かれた紙が一枚だけ置かれていたんだそうだ。
だが、家出なんかで済む話じゃない。
曲がりなりにも家出したのは秘密兵器のコアなのだ。それが家出したという事は、脱走に等しい行為。
ただで済むはずがない。既に警備部隊がてんやわんやの大騒ぎになっているらしい。
「君が監視の任務を放っておいてトムキャットと話していた隙に、姿をくらました……」
「ちょ、俺のせいにするんですか!?」
「とにかく、すぐ捜索に合流しろ。任務を果たせなければ給料泥棒になるぞ」
……ち、まさかこんな形で
こうなったら、もたもたしてる時間はないぞ。
「中尉さん!」
「トムは部屋に戻ってろ! いいか、部屋にしっかり鍵かけとくんだぞ! 変な奴が来ても絶対に開けるなよ! いいな!」
俺は心配そうに声を上げたトムキャットにそう言ってから、廊下を駆け出した。
夜のグルームレイクは、とにかく寒い。
昼は滅茶苦茶暑いのに夜は一気に冷えるのが砂漠特有の気温だ。
そんな中で、警備部隊の兵士達の声が慌ただしく響く。
「そっちはどうだ?」
「いや、こっちに来たという話はない!」
「まだどこかに隠れているかもしれないぞ! よく探せ!」
真っ先に疑ったのは、ドーターが置いてある格納庫。
だが、そんなネズミ一匹入れないほど警備が厳重な所に行けば、普通に警備部隊と鉢合わせているはずだ。だがライノの姿は見ていないという。
まさかシャトル便にこっそり乗ったのかとも思ったが、便数は多くないし、そもそも旅客機自体そう簡単に乗れるものじゃない。担当者に聞いてみると、やはりライノらしき姿は見ていないという。
他にもいろいろな所を探し回ったが、見つからない。
あいつが特殊工作員めいたスニーキングスキルを持っているとは思えないし、こそこそと隠れている訳ではなさそうだ。そもそも隠れるんだったら家出なんて言わないはずだし。
こうして得た結論は。
「まさか、砂漠の中へ飛び出したって事か!?」
それしか考えられなかった。
無謀にも程があるが、ライノならやりかねない。そんな気がした。
かくして、飛行場からUH-1ヘリコプターが緊急出動。
捜索隊を乗せて、空から探索を行う事になった。
一方、俺はジープを借りて、地上から探す側に回った。
空と地上、両面からの捜索作戦。
とはいえ、だだっ広いネバダ砂漠。まだ遠くには行ってない可能性はあるとはいえ、簡単に見つかるとは思えない。
たった一人の女の子の家出が、飛行場全体を巻き込んだとんでもない騒動に発展してしまった。
ジープのエンジンをかける。
ぶるる、と車体が一瞬震えて、メーターが跳ね上がったのを確かめると、俺は懐にしまっている拳銃を確認した。
弾はしっかり入っている。
最悪の事態になれば、これでライノを撃つ事になる。
それは嫌だ。
あんな女の子をこの手で撃ったら、それこそ一生のトラウマになりそうだ。
だが、他の捜索部隊が先に見つけてしまう可能性だってある。
そうなれば、俺が来た頃にはもう射殺されてた、なんてシナリオも考えられる。
奴らより先に見つけないと。
そして、ライノから話を聞くんだ。なんでこんな事をしたんだって。
俺は拳銃をしまってから、アクセルを踏み込んだ。
何の目印もない夜の岩砂漠で、人一人を探すのは簡単な事じゃない。
夜通しかけても、ライノが見つかったという知らせは入らず、俺自身も見つけられていない。
もうすぐ夜明けになる。
くそ、少しは寝る間を削られるこっちの身にもなれってんだ。
無理してるせいか、心なしかハンドル裁きが悪い気がする。
こんな砂漠の真ん中で居眠り運転して事故ったら、シャレにならねえぞ。
何とか気合で正気を保ちながら、道なき道を運転し続けていると、ふとおかしなものを見つけた。
「……自転車?」
何だ、気合で眠気を抑えているせいで幻でも見えてきたか?
とりあえずジープを止める。
降りて確認しに行ってみると、確かに自転車だった。それも、砂漠を走るのには全然向いてない、ごく普通の自転車。
これは、飛行場で使われているのを見た事がある。
という事は。
辺りを見回す。
はたして、生えている草の陰から、人の足のようなものが見えた。
誰か倒れている?
「……ライノッ!?」
思わず駆け寄った。
おいおい、ここで野垂れ死んでるなんて冗談はやめてくれ。
そう願いながら。
草の陰をのぞき込むと、案の定ライノだった。
上半身をフードで隠した状態で仰向けになり、ぼんやりと空を見上げている。
「おいライノッ! ライノッ!」
「……え?」
体を揺さぶると、ライノは意外とすぐに気付いた。
俺が現れたのが意外そうに目を見開いて、ぼかんとつぶやく。
「ヌードル……?」
「はあ……死ぬ気かこのバカ! こんな砂漠に独りで飛び出すなんて!」
俺は思わず、怒鳴りつけていた。
だがライノは、はは、と笑みを浮かべながら俺を押しのけ起き上がり、
「いいじゃん、こんな所で死んだって」
そんな、物騒な事を口にした。
まただ。
それは、笑いながら言う事じゃない。
自分の事なのに、他人事みたいに言う事じゃない。
「もうほっといてよ。どーせみんな、あたしの事いらないって思ってるんだから」
「……何だそれ、冗談に聞こえないぞ?」
「というかみんな、あたしの事を『戦闘機』としてしか評価してくれないのが悪いんですー。旧型機に負けるとはどういう事だーとか、実戦で役に立つのかーとか。そりゃガチギレしますよ、あたしの価値ってそれだけですかって、あはは」
明るくなり始める空を見上げながら、他人事みたいに笑んで語り続けるライノ。
おい、一体何を、何を言ってるんだ、この子は。
ガチギレとか言ってるのに、まるでそのように見えないんだが。
俺は、ライノが言っている事をうまく頭の中で整理できない。
「ヌードルだって、あたしより先輩の方が好きなんでしょ?」
って、待て。
なんでそこで、トムキャットが出てくるんだ。
「先輩はいいよねー。空中戦は強いし、トランプも強いし、スタイルもいいし、
な、何なんだ一体。
女心とか女の子とか、笑顔でらしくない事を次々と──はっ。
──あまり本気に受け止めるな。あれは
──考えてもみろ。もし怒りの感情を抱いて我々に反感を抱いたらどうなる? もし悲しみの感情を抱いて戦う事を放棄したらどうなる?
ふと脳裏に蘇る、シャンケルの言葉。
ライノは、刷り込みで笑う事しかできないようになっている。
だから、笑顔の仮面の裏にあるのは感情のないロボットで、怒ったりできないのかと思っていたが。
さっきまでの言葉を怒りの言葉と考えると、しっくり来る。
つまり。
「ライノ、君は──」
まさか、
(続く)