ライノ~ガーリー・エアフォース・アポクリファ~ 作:フリッカー
この日、俺は相変わらず空の上にいた。
地平線の果てまで広がる砂漠の景色が、ぐるりと一回転する。
だが、乗っているのはトムキャットではない。
俺がいるのは、ライノの後席。
そこから、模擬戦の安全監視をしている。
「もらったっ!」
急降下に転じるライノ。
見据えるのは、砂漠の風景に重なって輝く銀色の翼──トムキャット。
落下の勢いを利用し、一気に間合いを詰める。
だがもちろん、トムキャットも黙っていない。
可変翼が、大きく広がった。
減速する体制に入ったのだ。
そのまま機体を落とし込むように、くるりとひっくり返る。
これで、ライノをオーバーシュートするつもりのようだが──
「──と見せかけて!」
視界が、一気に跳ね上がった。
ライノが機首を上げたのだ。
落下で付けた勢いそのままに、一気に上昇へ転じる。
『──え!?』
これには、トムキャットも不意を突かれた様子だった。
ハイヨーヨー。
相手を追い越しそうになった時に、その勢いを利用して上昇、オーバーシュートを回避する技。
基本的な空中戦技のひとつだが、ドーターが行うそれは、ミサイルかと思うほど、あまりに鋭い。
さらに視界がひっくり返る。
機体そのものをひっくり返し、再びトムキャットを真下に捕らえる。
その可変翼は広がったまま。
つまり、未だに落とした速度を回復できていない。
その隙を逃さず、ライノは再度飛び込み、
「ガンズ・ガンズ・ガンズ!」
ライノが叫んだ時には、ピパーが正確にトムキャットの背を捉えていた。
直後、トムキャットの右側を一瞬で通り抜けた。
いつかトムキャットがしたのと同じように、まるで流れ切りのような射撃だった。
勝負あった。
ライノが、初めてトムキャットに勝った。
「やったー! どうだ! わたくしの勝ちです、なんちゃって!」
得意げに、わざわざトムキャットの真似をして見せるライノ。
初めての勝利が、余程嬉しいんだな。
『……よく隙に気付きましたね』
「ふふーん、可変翼を見れば相手のエネルギー状態がわかるって、ちゃーんと教わったもんね!」
『それはお見事でした。こちらも隙を作った甲斐がありました』
「えっ、あれわざとだったの!?」
『ただ打ち負かすだけでなく、わざと隙を作ってそれを見つけさせるのも教える上で大事だと教わりましたから』
「なんかイラっとするなあ、それ……でも勝ったからいいか!」
そして、喜びを表現するかのようにくるりと一回ロール。
だがそれは、長く激しい機動に付き合わされた俺にとって辛い。
「──おえっ!?」
俺は気分の悪さに耐えかねて、エチケット袋を手に取っていた。
ああくそ、やっぱこの仕事はしんどい。
食った飯が、全然栄養になってる気がしねえ……
* * *
フライトを終えた後、俺はライノ、トムキャットと並んで廊下を歩く。
地上に降りた後なら、さすがに気分の悪さも取れる。
「ライノ、最近調子いいじゃないか」
「うん! 脳波同調すると強くなれるって言うのは本当だったんだね!」
右隣のライノは、鼻歌を歌うほどにこやかだ。
全てのきっかけは、「俺と同調させて」というシャンケルへの提案が呑まれた事だ。
元々トムキャットとの脳波の同調は、彼女の記憶を呼び覚ますだけでなく、正式採用に向け同調によってアニマに起きる影響を調べるテストベッドにするという側面もあった。
つまり、最初からライノに採用する事も想定して行っていた訳で、トムキャットとの結果が良好だったからあっさり受け入れられたらしい。
ライノは脳波を同調すると強くなれると言っているが、実際には脳波同調した所でステータスが大幅に上がる、なんてゲームみたいな事は起きない。
実際にはアニマの精神的安定性が増して、演算の効率が良くなるのだそうだ。トムキャットが俺に言った「安心」が一番わかりやすいか。
他にも詳しくは知らんが、アニマの起動キーにする、なんていう計画もあるらしいが、採用されるかは未定らしい。
「それもそうだが、一番はライノのがんばりが実ったからだぞ。言ったろ? ライノはまだまだ強くなれるって」
「えへへー。よーし、この調子でもっともっと強くなるぞー♪ おー!」
いすれにせよ、同調すると強くなれるという事が、ある種の自己暗示となったのか。
ライノは着実に腕を上げつつある。これなら、先のデモンストレーションの評判もひっくり返せると思えるほどには。
「……中尉さん」
左隣のトムキャットが、俺に呼びかけてきた。
見ると、俺を見上げる彼女の顔は心なしか不機嫌そうに見えた。
「行先はそちらではありませんよ」
「……あっ、そうか。いつもの癖でつい」
彼女の指摘で、行先を間違っていた事に気付く。
改めてルートを確認しつつ、目的の場所へ行くべく外へ出る。
そうして向かった先は──
「え──ここか?」
俺は、思わず叫んでいた。
基地の片隅にある、小さなプレハブ住宅。
こんなもの、こんな所にあったっけ? って思うくらい意外な所にあった。
「ここが、君達の新しい『家』──アニマ専用の兵舎だ」
その前で待っていたシャンケルは、そう説明した。
見た目は災害の時に仮設住宅として用意するもののような、本当に簡素なコンテナタイプ。
「うわー、ほんとにちっちゃくて四角ーい!」
そんな事を言いつつも、ライノは子供みたいに楽しそうに中へ入っていく。
こういう奴も、ライノにとっては新鮮に見えるのかもしれない。
俺はシャンケルと一緒に、中へ入る。
中は割ときれいで、小ささに反して広さもそれなりにある。
「簡素なものだが、解体した兵舎の跡地を使っているからな。電気も水道もトイレもある。生活する分に不自由はしないだろう」
「ははあ。ここを、アニマ2人に兵舎として使ってもらうんですか?」
「いや、君と3人でだ」
「そうですか──って、俺もですか!?」
俺は、耳を疑った。
この小さなプレハブに、ライノとトムキャットと暮らせって言うのか!?
そ、それは、さすがに倫理的な抵抗が──
「君はライノの監視役だろう。そのためには、目の届く場所に置いておいた方がいいだろう」
「いや、それは、そうですが……」
「それに、あんな事件もあったからな。何か遭った時に近くにいた方がいいと、トムキャットからの要望もあった」
え、トムキャットが?
驚いて、トムキャットに視線を向ける。
彼女は、いつものように穏やかに笑っている。
「中尉さんが側にいた方が、私は心強いです」
「い、いや、そう言われてもだな……」
そういう風に純粋な信頼を向けられると、余計にためらってしまう。
いや、見た所寝室は一応別々に用意されているみたいだが、自分達以外誰もいないひとつ屋根の下で簡単に行き来できるって事はだぞ、何か変な事起こしても──
「いいじゃんいいじゃん♪ あたしはヌードルと一緒に暮らすの大賛成だよ?」
そうこうしていると、ライノが戻ってきた。
ライノまで賛成に回っている事に、俺は戸惑いを隠せなくなる。
何か、ライノもトムキャットも、脳波同調したら距離が近くなってないか……?
そして。
「あの時あたしをひっぱたいた責任、ちゃんととってよね♪」
最後に、そんな言葉をとどめとして言われてしまった。
うぐ。
ライノ、どこでそんな卑怯な言い回しを……!?
「……ひっぱたいた? どういう事かねアンダーソン君?」
「あ、いや、これはですね……」
そのせいで、俺はシャンケルにあらぬ疑いをかけられ、
「あたし、女の子としても先輩に負けないからねー?」
「……それは何の話ですか?」
その裏でライノとトムキャットがそんなやり取りをするというオチが待っていた。
(続く)