ライノ~ガーリー・エアフォース・アポクリファ~   作:フリッカー

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ALT.15 コロラドで交わる思い

「目指すぜ、コロラド! ゴーゴー!」

「しーっ! 旅客機の中で騒ぐんじゃない」

 という訳で。

 今、俺達は旅客機に乗っている。

 右隣に座るライノが子供みたいに騒いているのを、俺がなだめる。

「いやー、まさかウィリーが認めてくれるなんて思わなかったよー。少しは気が利くようになったのかなー」

「随分ご機嫌だなあ。旅客機の中って結構退屈すると思ってたんだが」

「うんにゃ、他の人が操縦する飛行機に乗るのも新鮮だよー。これでちょっとダイレクトリンクができたら完璧!」

 ライノはいつになく機嫌がいい。

 そんなに俺とデートするのが楽しみだったのか?

 まさか、本気で()()()()()でデートする気なのか?

 そう思うと、俺は少し緊張する。まあ丁重にやらなければなと。

「でもヌードル」

「何だよ?」

「なんで先輩も一緒じゃなきゃダメなの?」

 ライノは、俺を挟んだ向こう側──つまり俺の左隣に目を向ける。

 そこには、トランプをシャッフルしているトムキャットがいる。

 こんな所で中東の民族衣装的な服装はやっぱり目立つ。通り過ぎるアテンダントが毎回目を向けるからわかる。

「しょうがないだろ。これがシャンケルが言った条件なんだから。あとそのブレスレットもな」

 俺は、ライノが右手首に身に着けているブレスレットを指差す。

 同じものは、トムキャットの右手首にもついている。

 普通のブレスレットにしては妙に太いそれは、当然ただのブレスレットじゃない。

 シャンケルにつけるように言われた、EGG──アニマのコアが発する周波数を計測する役目がある。

 これを外出している間常につけてもらって、平時のアニマのEGGパターンを記録する。

 それを条件に、今回の外出を認められたのだ。

 だから、ライノだけでなく、トムキャットも一緒にいる。

「言っとくが、今の俺は休暇じゃないからな。俺にとっては仕事の延長、出張みたいなもんにされちゃったんだよ」

「結局それかー。なあんだ、ちょっと見直したと思ったらいつもこうだもんなあ、ウィリーは」

 困ったようにライノが笑う。

 ライノはトムキャットを邪魔だと思っているのだろうか。

 まあ、普通デートと言われて別の人も一緒にいたら、そりゃ気も萎えるか。

「ま、気にしたら負けか」

 ライノがふとつぶやくと、いきなり俺の右手を握ってきた。

 どきり、とする急な不意打ちだった。

 女の子らしく細くて小さなライノの手は、思った以上に温かい。

「お、おいライノ……!?」

「いいでしょ、気分だけでもデートっぽくしなきゃ」

 恥ずかしくなって、思わず目を逸らしていた。

 自然と左隣のトムキャットが視界に入る。

 さっきから黙りっぱなしのトムキャットは、トランプのカードを見て何やら難しい顔をしている。

 持っている2枚のカードは、スペードの3と、逆さになったクラブの6──

「よそ見しないの」

 そうしていたら、ライノの手が俺の顎を掴んで、無理矢理顔を戻された。

 ライノのどこか得意げな笑顔から、目を逸らせなくなってしまった。

 加速する心拍数。

 くそ、やっぱ慣れないな。

 こんなんだから、俺は奥手なんて言われちまうんだぞ。

 ああ、頼むから早くコロラドに着いてくれ──!

 

 かくして、コロラドに降り立った俺達は、早速バズへ乗り換え目的地へと向かった。

 そこは何と、ロッキー山脈。

 カナダからはるばる続く山々にして、大自然の宝庫。観光地としても人気な、あのロッキー山脈だ。シャンケルも随分と粋な場所を選んだものだ。

 ネバダ砂漠とは全く異なる、視界いっぱいに広がる壮大な緑の山々には、ライノ達も目を奪われていた。

 俺達の目的は、この大自然の中でキャンプをする事。

 早速、キャンプをする場所を目指し出発。

 もちろん、トムキャットにはハイキング用の動きやすい服に着替えてもらってだ。

 とはいえ、俺はまともにキャンプした経験などない。

 体力はまあ問題ないし、キャンプの基本や各種道具の使い方は一通り調べて来てから挑んだ訳だが、正直うまく行くかどうか心配だった。

 実際ライノも、

「さすがに足が痛い……ちょっと休もうよ……」

 と笑いながらへばったり、

「ねえ、本当にこっちで大丈夫なの? その機械壊れてない?」

 と行く方角を心配したりしていた。

 ドーターに乗ればあれだけの機動ができるはずなのに、生身のアニマは思った以上に普通の女の子と変わりないようだったのは、ちょっとした発見だった。

 それでも、ライノ達の反応はとてもよかった。

「あ、あそこにリスがいる! うわあ、ここまで近くで見たの初めて!」

 と、リスを見つけるや否や目を輝かせたり。

「うわあ、大きな湖! ねえ、ここで魚釣れたりするのかな?」

 と興奮したりと、大自然を満喫している様子だった。

 かくして、目的地の岸辺に到着してテントを組んだり、みんなでバーベキューをしてちょっと騒いだりしていると、あっという間に時間が過ぎていく。

 その一方で。

 俺は、トムキャットの口数が妙に少ない事が、ちょっと気になっていた。

 

 街の喧騒とは全く無縁の、静かな夜。

 焚火だけが灯りとなっている暗い世界では、広大な星の海がはっきりと見える。望遠鏡でも持ってくればよかったかな、いやそれは重すぎるから無理か、と思うくらいには。

「ライノ、すっかり静かになっちゃいましたね」

 俺と一緒に焚火に当たっているトムキャットが、口を開いた。

「ああ、あのままほっといたら寝ちゃいそうなくらい見入ってるな」

 ライノは両手を大きく広げて仰向けになったまま、黙り込んでしまうほどすっかり星空に見入ってしまっている。

 彼女が見たいと望んだものは、それほど想像以上のものだったのかもしれない。

 トムキャットは、それだけ話しかけただけで、話を続けない。

 彼女はただ、うつむいて焚火を見つめるだけ。

 妙な沈黙が気になって、俺は思わず問いかけていた。

「なあ、トム。もしかして、このキャンプ嫌だったのか?」

「え? いえ、そんな事はありませんよ?」

「本当か? 出かけてからあんまり喋らないし、どこか調子でも悪いのか? 辛いなら言っていいんだぞ?」

 トムキャットが、また黙り込む。

 だが、それはほんの少しだけで。

「……中尉さんは優しいですね」

 そう言って、俺の隣に近寄って座った。

 妙に近い。

 肩がぶつかりそうなほどの近さに、俺は少し動揺した。

「もうすぐ実戦に投入されるというのが、憂鬱なんです。わたくしは」

 実戦。

 現実に引き戻す単語を口に出した事に、俺は驚き、意外だとも思った。

「どうしたんだ? 戦い慣れたトムが新兵みたいな事言うなんて、らしくないぞ」

「それは偏見です。というより、戦い慣れているからこそ、でしょうか」

「戦い慣れているからこそ?」

 トムキャットは夜空を見上げながら、語り始める。

「戦闘機という乗り物は、落ちたら終わりなんですよ。戦車や軍艦と違って、何か遭ってもその場に留まる事はできませんからね。落ちたら最後、木っ端微塵に砕け散って跡形もなく燃え尽きてしまう──そんなの、怖くない訳ないです」

「トム……」

 トムキャットの言葉には、かなりの重みがあった。

 かつて、10年近くも続いた祖国での戦争で、彼女は何度も空中戦を経験した。その分、落ちていく仲間も何度も見ていたはず。

 ましてや、アニマとなってからも落ちていく味方を尻目に国外脱出した身なのだから。

「今はそれが、余計に怖いのかもしれません。この国で、中尉さんのような素敵な方と出会えたのですから。その記憶が、もし戦いの一瞬で失ってしまうかもと思うと──」

「なら、猶更今楽しく過ごさなきゃダメだろ。万が一の事があっても後悔しないようにさ。今日が人生最後の日だと思って生きろ、とまでは言わないけどさ、その日になってから後悔するよりずっとマシだろ?」

 俺は少しでもトムキャットを励まそうと、同じように夜空を見上げながら言った。

 後悔、とトムキャットはじっくり味わうように繰り返す。

「そう、ですね。でしたら──今の内に言わせてください」

 すると、不意に手を握られた。

 え、と驚いてトムキャットに顔を向けた途端、目の前には目を閉じたトムキャットの顔がすぐ近くにまで来ていた。

 口を塞がれる。

 他でもない、トムキャットの口で。

 ほんの数秒の出来事で、頭が真っ白になってしまう。

 トムキャットが目を開けると、蕩けた瞳が俺を間近で見つめる。

「あなたが好きです、中尉さん」

「ト、トム……?」

「本当は、言うべきか迷っていました。ですが、自分の気持ちに嘘はつけませんし、中尉さんが言ったように、後悔したくありません」

 顔を逸らしたトムキャットの顔は、僅かに赤くなっている気がした。

「中尉さんは、嫌でしょうか……?」

「え、いや、俺は、えっと──」

 頭がうまく回らないせいで、返す言葉がしどろもどろになってしまう。

「び、びっくりしたけど、そんな事は、ないぞ……? 俺だって、トムの事は、好きだ。いつもしっかりしてるから、気を使わなくていいし……って、何言ってんだ俺……?」

 くそ、うまく言葉が出ない。

 だが、それでもトムキャットは嬉しかったのか、くす、と笑んでくれた。

「でしたら、戦いの時も、わたくしの側にいてくれますか……?」

 トムキャットの両手が、俺の両肩に触れる。

「ああ。言っただろ、できる範囲で力になるって」

 俺も、トムキャットの小さな肩に腕を回す。

 何かを期待するように俺を見つめる彼女の表情が、不思議とかわいく見えてしまった。

「中尉さん……」

「トム……」

 そっと抱き寄せる。

 そっと目を閉じる。

 そして、自分からトムキャットの唇を塞ぐ。

 さっきは僅かにしか味わえなかった柔らかな唇の感触を、じっくり味わう。

 それがどれくらい続いた頃か。

 唇を離して目を開けると、トムキャットが恥ずかしそうに目を逸らして、言った。

「中尉さん、あの、お願いが……」

「何だ?」

「わたくし、これから向こうで水浴びをしたいのですが……」

「え?」

「その──熊とかが出たら大変なので、側にいてくれませんか……?」

 それが、()()()()誘いだという事を、すぐに理解できたのは、なんでだろう……?

 

 この時俺は、完全に理性が回らなくなっていた。

 だから気付けなかった。

 俺とトムキャットの様子を、ライノが見ていた事には。

 それがまさか、あんな事を引き起こしてしまう事になろうとは──

 

(続く)

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