ライノ~ガーリー・エアフォース・アポクリファ~ 作:フリッカー
「ん……んんっ」
艶めかしい音が、静かな湖畔に響く。
月明かりの下、俺とトムキャットは服を全部脱いで湖に入り、腰まで浸かる深さの所で抱き合い唇を重ね合っていた。
水浴びなんて名ばかりの、男女の交わり。
どうしてこうなったのかは、俺自身もよくわからない。
年端も行かない女の子をこんな大自然の中で抱くのは倫理的な後ろめたさがあるが、向こうから求めてきた以上、もう自分を抑えられなかった。
今はただ、ねっとりした口付けの甘さを。
全身で直に感じる、異性の肌のなめらかさを。
そして、自分の体に押し付けられるふくよかな果実の感触を。
ただ、味わっていたかった。
「中尉、さぁん……」
トムキャットの艶やかな声が、余計に鼓動を加速させる。
口付けが本能に身を任せた乱暴なものになっていく。
だが、そんな事をしたらすぐに息が続かなくなる。
たまらず唇を離して、息を整える。
目を開けると、すっかりとろけた表情のトムキャットが、息を荒くしながら俺を見つめている。
「大好きです」
途端、何か込み上げてくるものを感じた俺は、息切れなんてすっかり忘れてしまった。
再びトムキャットに食らいつく。
今度は唇ではなく、首筋に。
「はっ、ああっ……中尉さぁ……んっ」
ああ、かわいい。
聞かせてくれ。
その声をもっと聞かせてくれ。
そんな思いに身を委ね、俺はトムキャットの体にむさぼりつく。
このまま、もっと隅から隅まで味わい尽くしたい。
ここが大自然の中なんて忘れるほど、そんな思いに駆られていると。
「──何盛り上がっちゃってるのかなー?」
いないはずの人の声がして、はっと我に返った。
そこには、いつの間にかライノがいた。
服を着たまま、ずぶずぶとこちらに歩いてくる。
どうしてだ。
ライノがいるキャンプの位置からは、充分離れた場所なのに。
「ラ、ライノ!?」
「あ、いえ、これは、ですね……」
トムキャットと一緒に慌てて弁明しようとしたが、ライノのその表情はいつもの笑顔のまま。
それが妙に怖く見えたのは、なぜか。
「抜け駆けはよくないよ、せんぱーい?」
ライノはトムキャットの肩を掴むと、無理矢理俺から引き剥がす。
そして、ゴミを捨てるように、乱暴に押し退ける。
あっ、と声を上げて、トムキャットの体が水面に倒れ込んだ。
水しぶきが、俺の体にかかる。
「トム!」
「ヌードルも。なんであたしとのデートなのに、先輩とこんな事してたのかなー?」
そんなトムキャットの事などどうでもとばかりに、俺を見上げる笑顔の仮面。
それは、嫌な意味で直視できないもので、自然と目をそらしてしまう。
「い、いや、それは──」
「じゃあ、あたしともしてよ」
え?
はっと顔を戻すと、ライノがいきなりジャケットを脱ぎ始めて、ぽんと水面に投げ捨ててしまう。
「お、おいライノ!?」
「先輩とあそこまでしたんだから、今度はあたしの番でいいでしょ?」
え、ええ!?
訳がわからなくなっている間に、ライノは下に着ていた上着のボタンを外していく。
胸の谷間が見えて、どきり、と胸が高鳴る。
「ね?」
そう言って、ライノは目を閉じて顔を俺に近づけてくる。
だが。
「ダメですっ!」
トムキャットの声がしたと思うと、ライノの体が急に水面へ吸い込まれた。
足を引っ張られて、引きずり込まれたんだ。
再び、水しぶきが舞い上がる。
「やったなあーっ! 抜け駆けしようとしたくせに!」
水面から顔を出して立ち上がるや否や、たちまち、ライノとトムキャットの取っ組み合いが始まってしまった。
笑顔の仮面のままトムキャットを力ずくで排除しようとするライノの姿に、俺はようやく事の深刻さに気付けた。
「お、おいやめろ2人共!」
俺の声も、2人には届かない。
それどころか、逆にライノの手で押し退けられてしまった。
女の子同士の獣みたいに乱暴な取っ組み合い。
両者とも力は互角のように見えたが、一瞬の隙を着いてトムキャットが押し倒した。
激しい水しぶきと共に、ライノが水面の下へ叩きつけられ消える。
「こんな事までして邪魔しようとするなんて、みっともないですよ!」
トムキャットが言い放つ中、ライノが再び水面から顔を出す。
相変わらず笑顔の仮面のまま。
だが、水面から持ち上げた右手には、何かを持っている。
それは──
「邪魔したのは、先輩の方なんじゃないの?」
「え?」
「こんな言葉知ってる? 人の恋路を邪魔する奴は──」
片手に収まらないほどの大きな石。
それを、あろう事かトムキャット目がけ投げつけた。
突然の行動に、トムキャットは反応できず。
「──っ」
鈍い音がして、石がトムキャットの頭に当たった。
そのまま、力なく水面に倒れてしまう。
「石に当たって死んじまえ、ってね!」
両手を腰に当てて、高らかに勝利宣言するライノ。
だが、それは笑って言うものじゃない。
水面に倒れたまま浮き上がるトムキャット。
その頭の近くの水面が、何やら違う色に染まっているように見える──
「トムッ!」
俺は慌てて、トムキャットに駆け寄った。
体を起こして、頭を確かめる。
その額から出ているのは、間違いなく血──
「おい! しっかりしろトム! トムッ!」
呼びかけるが、返事をしない。
完全に意識を失っている。
これは、まずい。
「ライノッ! 一体どういうつもりなんだ! トムを殺す気でやったのか!?」
思わずライノに怒鳴っていた。
だが、そのライノはというと、信じられないものを見たかのように、目を見開いて呆然とトムキャットを見ていた。
* * *
かくして、キャンプは予期せぬ形で中止。
俺達は、レスキュー隊の世話になる羽目になり、強制的に帰還させられた。
驚いた事に、やってきたヘリは民間の救助隊の物ではなく、アメリカ軍のものだった。
まるで、最初からこんな事になる事を想定していたかのような、鮮やかな行動だった。
俺が急いで応急処置をしたおかげで、トムキャットは幸いにも一命をとりとめ、最悪の事態は回避できた。
だが、グルームレイクに戻された俺を待っていたのは、シャンケルからの予期せぬ知らせだった。
「君のおかげで、アニマに関する精神面での貴重な実験データを得られた。感謝するよ」
……え?
なんで俺が、感謝されるんだ?
アニマになんて事をしたんだ、って処分される事を覚悟していたんだが。
「今回の事件を受けて、ライノの刷り込みを一段階強化する事になった」
「刷り込みを強化!? どうしてですか!?」
「正直、我々にとっても想定外だ……アニマが人間に恋愛感情を抱くという事が本当にあるとはね。その目的を確かめる助けをしてくれたという意味では、今回は君の手柄だ」
「そんな……EGGとかのサンプルを取るのが目的だったんじゃないんですか!?」
「それは目的を隠すためのブラフだ。アニマ達に与えたブレスレットには機械も何も入ってない」
シャンケルは俺の目の前で、ライノ達から外したブレスレットを折った。
ぱきり、と簡単に。
ほら、何もないだろう、と何も入っていない断面を見せる。
「ですが、どうして恋愛感情なんか?」
「君は、どうして特殊部隊が男女混合にならないか知っているか?」
突然、別ベクトルの質問をされて、俺は一瞬戸惑った。
いいえ、と正直に答えると、シャンケルは呆れた様子で説明する。
「恋愛さえもチームワークの障害になり得るからだよ。男女が混ざれば、どこかで必ず恋愛感情が生まれる。それが嫉妬を生み、人間関係を悪くする元凶になる。チームワークがものを言う特殊部隊にとっては命取りになりかねない事だ」
息を呑んだ。
その説明は、まさに俺がコロラドで経験した出来事そのものだった。
「故に、アニマが人間への恋愛感情を持つ事は、あってはならない事なのだ。ライノには、恋愛に関する事も一切関わらないように、リミッターをかける。今後はあのような形で迷惑をかける事は二度とないだろう」
「トムは……トムキャットはどうなるんです!?」
「それについてだが、アレはかなり内面が強くプロテクトされていて、外部からの改変を加える事ができなくされている。ハードの情報は相当開示していたのにな。だからこそよその国へ『希望』として託せた訳だ。外国軍に洗脳されて想定外の用途に使われないようにするための、安全策なのだろう。よって、トムキャットの刷り込みを強くする事は現実的ではない。だからこそ、君に自制を求めたい」
「……自制?」
「君に勘違いして欲しくないのだよ。言っただろう、アニマはラブドールではないと」
* * *
それから数週間後。
俺達は、空母ジェラルド・R・フォードに乗船し、アメリカ西海岸を出港した。
目的地は、グアムのアンダーセン基地。
そこに着けば、いよいよザイとの戦いが始まる。
本当なら、その時までにチームワークを万全にしておきたかったが──
「ごめんなさい、中尉さん。わたくしのせいで、こんな事に──」
甲板の上で、トムキャットは俺に謝った。
あれからというものの、トムキャットの態度はよそよそしい。
俺との距離感が、かなり微妙なものになってしまった。
「いや、いいんだよ。悪いのは、誘惑に負けた俺の方だ」
かくいう俺も、トムキャットの距離感を図りにくくなった。
あれだけまっすぐな好意を寄せてくれたのに、応えてあげられない自分がもどかしい。
何せ、恋愛禁止令なんて出されてしまったのだ。変な行動をしてバレてしまえば、即刻追放だ。
そんな事があったら、誰がトムキャット達を守るんだ。前みたいに、良からぬ輩に襲われてしまう可能性は今もある。
だから、今は事務的に接する事しかできない。
「余計な事は考えずに行こう。これからは訓練や戦いの事に集中しよう」
「そうですね」
「何話してるの?」
ふと、背後から声をかけられて、どきりとした。
ライノだ。
相変わらず笑顔の仮面をつけているが、俺がトムキャットといる時に現れたって事は、まさか──
「あ、いや──別に変な事は考えてないからな。トムにも、もちろんライノにもな」
とっさにごまかしたが。
「あれれー? ダメだよ? 1歳にもなってないあたしに欲情なんかしちゃ」
ライノは、昔の事など覚えてないかのように笑う。
これが、強化された刷り込みの結果。
それが、果たして本心なのかそうじゃないのかは、今の俺にはわからない。
俺達の戦地への旅立ちは、これから先に起きる事を暗示していたかのように、重く冷たいものになった──
(旅立ち編:完)
・予告
『タスクフォース
『ねえ先輩、何だかあたしを撒き餌にしてない?』
「前衛はライノ、後衛はわたくしと決めたでしょう」
グアムで始まったザイとの戦い。
そこで、ヌードル達はマゼンタのアニマと出会う。
「EA-18G-ANMグロウラー……よろしく」
オーストラリアから来た彼女は、戦闘支援に特化した特異なアニマだった。
故に彼女は単独行動を嫌う寂しがりな性格だった。
「みんなと、みんなと一緒じゃなきゃ……!」
「わ、わかったから泣かないでよ!」
彼女のその在り方は、バラバラになりかけていた一同を、再び繋ぐ力となるのか。
「ライノの考えている事は、よくわかりません。マトリョシカみたいに、開けたら別の殻がまた出てくる感じで」
「まさか玉ねぎみたいに、全部剥いたら何もなかった、なんて事にならないよな……?」
やがて、戦いの舞台は中国大陸へ移る。
来たるべき反抗作戦に向け、ザイの領域で散発的な戦闘を仕掛けザイを挑発する「オペレーション・マリオネット」の開幕だ。
だが、その作戦の裏で蠢くさまざまな思惑……
「よっトムキャット! 元気にしてたか?」
「あんな事をしても戦略的な意味は何もありませんよ。やる気あるんですか? そんな部隊を私は味方として信用できません」
「えーっと、ま、マイ・ネーム・イズ・ケイ・ナルタニ」
「米軍は最初からドーターを戦力になんて考えておらんよ。あれはただのモルモットだ」
「データは充分手に入った。ライノを保有し続けている意義はもうない」
「もはやドーターは過去の兵器となる……!」
そして、遂に訪れる、運命の上海奪還作戦。
そこで待ち受けるものは──
『サフィール01へ、撤退は許可できない』
『味方が退却し終えるまで敵の注意を引け』
『“人命優先”だ』
「ねえ、ここで暮らそうよ一緒に! 鳴谷慧とグリペンがいないのは寂しいけど、ヌードルがいるなら……」
「違う、こんなの違う……!」
「でも残念。先輩達の席はないんだよね。邪魔だから帰ってよ」
「やめろ、ライノ……!」
「全部忘れて、あたしとひとつになろうよ、ヌードル……♪」
ライノ~ガーリー・エアフォース・アポクリファ~ 救出編
お楽しみに!