ライノ~ガーリー・エアフォース・アポクリファ~ 作:フリッカー
ALT.17 マリアナ沖にて
アメリカ太平洋軍の重要拠点の一つ、マリアナ諸島。
その沖合は、予期せぬ戦場と化していた。
すっきりとした青空に、いくつもの爆発の花が生まれる。
俺は、前席に座る褐色肌の少女・トムキャットの操縦に導かれ、その中へと飛び込んでいく。
ターゲットコンテナが現れる。
ガラス細工の無機質な戦闘機。数は2。
「サフィール02、FOX2」
トムキャットの冷静なコール。
同時に、激しい轟音と共にミサイルが放たれた。
相手も気付いた。
まるでハエのような並外れた垂直上昇で、回避を試みる。
だがミサイルは、その機動にさえもついていき、見事に直撃した。
爆散。
その合間を、俺達が乗る銀翼が縫って飛んでいく。
その名はF-14A-ANMトムキャット。
俺達が乗る銀色の可変翼機の名であり、それを操縦する少女の名でもある。
すごいな、と俺は思った。
俺が普通の戦闘機で何度挑んでも勝てなかった相手を、彼女は簡単に倒している。
相手はEPCMに阻まれて、あらゆるセンサーどころか人間の感覚をも酔わせる謎の戦闘機・ザイ。
そのEPCMに惑わされる事なく、捉え、撃墜できる。これがドーターとアニマ。人類の希望。
これなら勝てる。
目の前の敵を倒すだけなら。
「ライノ! こちらが援護できるように飛んでください!」
トムキャットの心配は、目の前よりも少し離れた場所に向いていた。
海を背景にしていてもわかるほど、異質に輝く青い機体。
それは、俺達と共に戦う、もう1機のドーター。
XF/A-18F-ANMライノだ。
『へーきへーき♪ ベテランさんは無理せず休んでてよ。ヌードルも見てて! あたしの活躍をっ!』
朗らかな声と裏腹に、その飛び方はとても速く、そして激しい。
渦のような巴機動に呑まれたザイは、たちまち背後を取られ、ミサイルを撃たれて爆散する。
竜巻に呑まれた自動車のようだ。
そんな戦いに、俺達が付け入る隙なんてない。
入ったら、俺達までも呑まれてしまいそうだ。
「おいライノ! いくら何でもスタンドプレーが目立つぞ! トム、何とか射程長いミサイルで援護できないか?」
「やってみます」
せめて一歩離れた所から援護できないかと模索し始めた時。
『コランダムよりサフィール。敵の増援を確認した。先程より多い。注意せよ』
警戒機から不意に警告が入った。
はっと計器のレーダー表示に目を向ける。
新たな敵が表示されている。数は──確認できるだけで8つ!?
「何だよこれ!? こんな海のどこから湧いてきやがったんだ!?」
思わず叫んでいた。
こんな海のど真ん中に、ザイの拠点なんてない。空母があるなんて話も聞いた事がない。というか、あるならとっくに発見されているはずだ。
大陸から来たなら、そもそも日本や台湾の防空網に阻まれるはず。
こんなに大量に、マリアナ沖まで来れるはずがない。
『今、援軍をそちらに向かわせている。それまで持ち応えろ』
「持ち応えろって──」
「とにかく、応戦します! 先制攻撃を!」
トムキャットが応戦に入る。
こういう時、トムキャットの索敵能力は頼りになる。
視程外戦闘。
レーダー画面上でしか見えない戦いが、始まった。
「FOX1!」
トムキャットがミサイルを1発発射。
一直線に向かっていくのが画面上でわかる。
ロックオンしたターゲットに吸い込まれるように重なる。命中だ。
「
次の目標を指定し、ミサイルをもう1発発射する。
トムキャットが使うミサイルは、やや旧型のミサイルだ。
だから、1つの目標にしかロックオンできない。
そして、もうひとつ致命的なのが──
「ミサイルが来るぞ! 避けろトム!」
ビープ音。
トムキャットはすぐ急旋回に回避に入った。
体全体を、そして視野さえも押し潰さんばかりのGに踏ん張って耐える。
レーダー画面を見ると、ロックオンしていた相手は健在。ミサイルは外れてしまっていた。
こちらのミサイルは、セミアクティブレーダーホーミング。
トムキャットがロックオンした相手にレーダーを照射し続けなければ、ミサイルは誘導していかない。
だからこうやって誘導中に敵から攻撃されてしまうリスクを負う。当然、回避すれば誘導は失敗だ。
見れば、ザイがもう見える位置まで近づいてきている。
『ここはあたしが! 見ててヌードル!』
そこへ、ライノが飛び込んでいく。
機首に付いたバルカン砲が火を吹いた。
すれ違いざまに1機のザイが火だるまになった。
『このくらい簡単に──うわああああっ!?』
だが、すぐにミサイルの飽和攻撃を浴びる事になった。
攻められたのはほんの数秒。
ライノはウンカのごとく群がるザイに取り囲まれてしまった。
「まずい! トム──」
すぐに援護させようとしたが、またしても警報だ。
トムキャットは回避のため旋回と宙返りに専念し、援護に行けない。
こちらもザイに群がられている。
分断された。
互いを援護できないのは、チームとして致命的だ。
Gに押し潰され暗くなる頭の中で、過るのは最悪の結末。
各個撃破。
チームとして連携ができないまま、全滅だ。
くそ、なんでだ。
俺が、俺がいけなかったのか?
あの時コロラドで、トムキャットの気持ちに安易に答えてしまったせいで、ライノとトムキャットは喧嘩になり、俺達の関係は微妙なものになってしまった。
あんな事がなければ、もっとチームワークを保てていたかもしれない。
そう後悔しても、もう遅い。
警報が鳴り止まない。
どうすりゃいいんだと顔を上げた時、頭上からザイが急降下してくるのが見えた。
「しまっ──」
まずい。
旋回を繰り返し、可変翼を大きく開いたトムキャットは、すっかり運動エネルギーを消耗している。
そこに急降下で飛び込んでこられたら、もうなす術がない。
やられる。
それは、俺が何度も経験した事。
だからか、偉く頭は冷静だった。
だが。
急降下してきたザイは、不意に炎に包まれ、俺の真横を落ちていった。
「何だ!?」
やられた?
見ると、周囲にいるザイの何機かが、同じように火だるまとなって落ちて行っている。
ザイ達は驚いて、一斉に散らばっている。おかげで警報のBGMは消えた。
ライノか、と一瞬思ったが、違う。
ライノの方にも、次々と爆発が起きている。
『え、何!?』
ライノも戸惑っている様子だ。
そんな時、ライノの真上を複数の機影が通過し、上昇していくのが見えた。
ライノとよく似た機影だが、やや小さい。
そして、機首にはカンガルーをあしらった特徴的な国籍マーク。
オーストラリア空軍のF/A-18Aレガシーホーネット!?
『サフィール隊、間に合いました! こちらオーストラリア空軍ウーメラ隊。これより援護します!』
見知らぬ若い男の声。
こんな所にオーストラリア空軍が来ているなんて、聞いてないぞ!?
だが、通常戦力が援護に来たところで、EPCMの前には役に立たない。
『全機、ドックファイトを避けて交戦!
『了解!』
だが、彼らは偉く強気だった。
猛禽のように急降下し、ミサイルを放つ。
そんなのEPCMに無力化されて当たる訳ない──と思っていたが、ミサイルは正確にザイ達を追尾していく。
命中、そして命中。
「ミサイルが当たっている……!?」
トムキャットも困惑している。
通常の戦闘機が放ったミサイルが、まるでドーターのもののような正確さを持っている。
それだけ見れば、ドーターが何機もいるような状況。
まさか、新兵器?
そんな時、ビープ音が鳴った。
しまった、いつの間に背後からミサイルを──
『大丈夫。そのミサイルは当たらない』
不意に、無機質な少女の声が無線でした。
驚いた直後、ミサイルはなぜか俺の横を素通りしていった。
何だ、今の声は?
『3番機、3秒後に右旋回しガンファイア』
少女の声は続く。
すると、1機のレガシーホーネットが指示通りに右旋回し、バルカン砲を発射。
途端、目の前にいたザイに、弾が見事命中。黒い煙を吐いて落ちて行く。
おいおい、敵の位置を正確に予測したって言うのか!?
まるで天の声だ。
それを味方につけたオーストラリア空軍に参ったのか、ザイ達は撤退していく。
空は、静けさを取り戻した。
唖然とする俺達の周りに、レガシーホーネット達が集まって編隊を組んでくる。
『ご無事でしたか?』
編隊長と思われる機体が左側に並んできて、俺に顔を向けていた。
もっとも、装甲キャノピーに阻まれてこちらの様子は見えないだろうが。
「ああ……しかし、今のは一体? ザイとまともにやり合うなんて、どんな魔法を使ったんだ?」
『魔法? そうですね。上を見ればわかりますよ』
彼は頭上を指差す。
言われた通りに見上げると。
『え、ええ──!?』
ライノが、信じられないものを見たかのように叫んだ。
当然か。
そこにいたのは、マゼンタ色に輝く戦闘機だった。
ドーターだ。だが、ただのドーターじゃない。
そのシルエットは、ライノとほぼ同じ。
違いがあるとすれば、主翼にぶら下げた不思議な形状のポッド。
そして主翼に描かれた、カンガルーの国籍マークか。
「ライノが、もう1機……!?」
おいおい。
ドーターって、1機種につき1機しか作れないんじゃなかったのか!?
編隊長は、どこか得意げに説明する。
『EA-18G-ANM。我らオーストラリア空軍のドーターです』
(続く)