ライノ~ガーリー・エアフォース・アポクリファ~ 作:フリッカー
ALT.01 青い翼
子供の頃から、俺はヒーローに憧れていた。
だからファイターパイロットになった。
なんでそこでファイターパイロットになるんだという話になるが、ちゃんと理由がある。
子供の頃から、俺は不思議な夢を何度も見ていた。
廃墟と化した街中で、訳のわからないガラス細工の戦闘機に、空から襲われる夢。
瀕死状態で追い詰められた俺を助けてくれたのは、青く輝く不思議な戦闘機だった。
ガラス細工の戦闘機達を流れるように間に駆逐していくその姿に、俺は心を奪われた。
だがら、届かない手を伸ばしながら思ったんだ。
ヒーローって言うのは、ああいう奴の事を言うんだなと。
こうして俺は、夢に出てきた奴に似た戦闘機がいる海軍のファイターパイロットとなり、海外へ飛んで実戦も経験した。
とはいえ、現実は甘くなかった。
実戦に出れば、負けばかり。
人の理解を超えた相手を前に、俺は生き延びるのが精一杯だった。
それでも。
どんなに過酷でも心が折れず諦めずにいられたのは。
心が折れそうなほど辛いと思っていられるなら、道を間違う事はないと信じていたからだ──
* * *
この日、俺はラスベガスのマッカラン国際空港から出発する旅客機に乗り込んだ。
旅客機とはいっても、タイプは小型の737型機、しかも白地に赤いラインが入っただけの地味な塗装だ。
そんな旅客機の廊下側の席に座る俺は、気が気じゃなかった。
せっかく来た機内食のスパゲッティも、おいしく味わえないほどには。
理由は隣の窓側の席に座る、お隣さんの乗客だ。
肌は褐色、髪や首元を布で巻いて隠し、ペルシャ絨毯のような模様が入ったゆったりした赤いワンピースを着ているという、イスラム圏の原住民的な出で立ちの少女だった。
年は10代後半って所か。
俺が気が気じゃないのは、その子が決してかわいくてドキドキするからじゃない。
この旅客機は、こんな女の子が乗っていいものじゃないからだ。
考えにくいが、もし間違えて乗ったんだとしたら大変だ。
呑気にタッチパネルでトランプのソリティアをやってる場合じゃないぞ、と言いたいくらい。
とはいえ、こっちは30間近の男だ。
変な相手だと思われないように、慎重に言葉を選んで呼びかける。
「あのー、ちょっといいかな、君」
女の子が振り向く。
彼女は俺に気付くと、何の疑いも見せない穏やかな表情で、
「
と挨拶した。
げ、これ中東の言葉か?
まいったな、俺はそういうの全然わからない。
言葉が通じない相手に現状を気付かせるなんて、なんてハードルが高いミッションだ。
「あー、いや、えーっと──」
「英語はわかりますから大丈夫ですよ」
が。
そんな俺の不安は、相手が穏やかに笑みながら流暢な英語を喋った事で吹き飛んだ。
何だ、英語話せたのか。
さすがグローバル化社会、イスラムの人も英語を話せて当然って事か。
必死にコミュニケーション方法考えてた俺が、大人として恥ずかしくなる。
こほん、と咳払いをして、俺はまず相手の素性を探る。
「君、どこから来たんだ?」
「イランです」
「イラン!?」
耳を疑った。
イランって言えば、『悪の枢軸』呼ばわりされた事もあるアメリカの敵国だぞ!?
そんな国の人間が、この旅客機に乗れるはずがない。
やばい、これはやばいぞ。
この旅客機が行く先に、この子が降り立ったら確実にとんでもない事になる。
俺は彼女のためにも、本題に入る。
「一応聞くが、君。この旅客機がどこ行きかわかっているのかい?」
「はい、グルームレイク基地ですよね?」
え。
この子、行先をちゃんと把握している!?
「……あ、ああ、正解だ。で、グルームレイクがどんな場所か、わかっているのかい?」
「はい、アメリカ軍の極秘試験場ですよね。噂は聞いています。UFOが出るとか」
おいおい。
信じがたいが、どうやらこの旅客機の正式な乗客らしい。
だが、なぜこんな女の子が?
謎は深まるばかりだ。
「……ああ、それも正解。そんな所に、どうして行くんだ?」
「……なぜでしょうね。わたくしも不思議です」
すると女の子は、窓の外に目を向けながら、言った。
「本来ならば、
「……?」
何を言っているんだ、この子は。
見た目以上に難解な子だなあ。
そう思っていると、女の子が外を見て何かに気付き、わずかに身を乗り出す。
俺も少し気になったが、その理由はすぐにわかった。
窓の向こうに広がるのは、砂漠地帯と青い空。
その中で、異彩を放つ存在があった。
こちらに旋回しながら向かってくる、人工の翼。
それは人が作ったものとは思えないほど、全身が青く光り輝いていた。
どこかガラス細工を思わせるそれは、俺にある存在を連想させた。
「ザイ──いや、青いホーネット?」
だが、違う。
そのシルエット自体は、俺もよく知るアメリカ海軍の戦闘機だった。
ホーネットだ。いや、正確に言えば拡大版のスーパーホーネット。
そいつは、あろう事か俺達の乗る旅客機の横に並んだ。まるでエスコートするみたいに。
機内がざわつく。
どうやら他の乗客達も気付いたらしい。
見た目は海軍の戦闘機だし、アメリカの国籍マークもついているのだが、見れば見るほどそいつは異質だった。
全身を走る、幾何学的な光のライン。
コックピットにキャノピーはない。変なカバーのようなものに覆われていて、パイロットの姿が見えない。
「……ドーター」
女の子が、ぽつりと変な単語をつぶやいたが、俺にはどうでもいい事だった。
まるで異星、あるいは未来から来たような、その姿。
俺はその現実離れした姿に、自然と見惚れていた。
夢で見た、あの青い戦闘機にあまりにも似ていて。
本当にこんな戦闘機があったのか、と。
青いスーパーホーネットは、俺達の前でくるりとひっくり返り背面になる。
そのまま、翼を左右に振る。
そんなパフォーマンスを披露した後、青いスーパーホーネットはそのまま俺達の視界から飛び去ってしまった。
旅客機が目的地――グルームレイクに到着したのは、それから間もなくの事だった。
グルームレイク基地は、砂漠のど真ん中にある飛行場だ。
だから外に出た途端に、すさまじい熱波に晒される。
そんな中でタラップを降りると、すぐ異質なものが目に入って足が止まった。
あの青いスーパーホーネットだ。
なぜか光ってはいないが、間違いない。
まさかこれは、グルームレイクで極秘研究されている航空機なのか?
そう思った矢先。
「あっ、いたいたー♪」
不意に、無邪気な女の子の声が耳に入ってきた。
はっと顔を向けると、そこには確かに、女の子がいた。
その姿は、さっきのスーパーホーネットと同じくらい、青かった。
ショートカットの髪も青い。着ているスーツも青い。
特にスーツはウェットスーツのようなもので、丸みを帯びたボディラインをくっきり見せてくるその姿に、一瞬どきりとした。
「あなたが今日ここに来るパイロットさんだよね? 話は聞いてるよー。えーっと、名前は何だっけ? コールサインは?」
とろんとした目つきとえくぼのある彼女は、俺の前に一歩前に踏み出して、上目遣いで俺に問いかける。
コールサイン、と言われて、俺は反射的に答えてしまった。
「……一応、ヌードルだけど」
「ヌードル!? 面白いねそれ! 何だか簡単に食べられちゃいそう!」
「……悪かったな。俺だって、もっと映画みたいなかっこいいのが欲しかったよ」
コールサインって言うのは、いわば空を飛ぶ時のコードネームだ。
それに『
スパゲッティばっか食う俺の行いを少し悔い改めるくらいには。
「ま、そういうのは気にしたら負けだよ♪」
「慰めのつもりか、それ? というか、君は誰だ?」
この子、随分フレンドリーに接してくるが、名乗ってこないので俺から聞いてみた。
すると、女の子はあ、と忘れていた事に気付いたらしく、
「初めまして! あたしはF/A-18F-ANM、ライノ!」
「……は?」
耳を疑った。
この子、なぜ戦闘機の名を名乗る?
「あれ、さっきのあたしのフライト、見なかった? 挨拶のつもりだったんだけどなー?」
「……は? は?」
まるで意味がわからなかった。
だが、彼女が名乗った形式は、奥にいる青いスーパーホーネットのものだ。ライノって言うのはその通称。ANMっていうのはよくわからんが。
それは、つまり──
「まさか、アレに乗ってたの君なのか!?」
「そうだよ♪」
すると、女の子は得意げに微笑んだ。
その後、俺はライノと名乗る謎の女の子に案内されて、ある部屋へ向かった。
「ウィリー、連れてきたよー」
友達の部屋に入るような気軽さで、ドアを開けるライノ。
そこは、パソコンと書類だらけの狭いラボだった。
「入る前はノックくらいしろ。教えただろう」
そこには、猫背の男がいた。
ひょろりと細長い手足と、大分老けているように見える顔。
白衣を着ているという事は、軍人じゃない。研究者か?
そんな男に注意されて、ライノはてへへ、と軽く笑った。
「君が“ヌードル”・アンダーソン中尉だね。ようこそグルームレイクへ。君の噂はかねがね聞いている」
男は前に出ると、細い手を差し出してくる。
一瞬戸惑ったが、どうも、と挨拶しながら握手する。
「私はDARPAのウィリアム・シャンケルという。よろしく」
「ええ、こちらこそ……で、自分に何の御用でしょう?」
改めて質問する。
俺がこのグルームレイクで最初に会うのは基地の責任者を務める上官だと思っていただけに、かの国防高等研究開発局の人が出てくるのは予想外だった。
ただ、俺がここに来る事になった用件を思い出すと、わからなくもなかった。
「もしかして、自分を秘密プロジェクトに招待したのは、あなたなのですか?」
「いかにも。君を呼んだのは他でもない。あれに関する事だ」
シャンケルが俺の後ろにいるライノに視線を投げる。
彼女は、俺達が会話する様を黙って見ている。
振り返った俺の視線に気づくと、どこか得意げに笑う。
あの子、秘密プロジェクトに関わっているのか?
それにしては、若すぎる。パイロットを務めるにしても、だ。
「……彼女は何者なんです? ただの女パイロットではなさそうですが」
シャンケルに顔を戻して問うと、
「パイロットではない。あれこそが、極秘開発中の新兵器だ」
訳のわからない事を返された。
新兵器? この女の子が?
まさか、SFでよく出てくる見た目は可憐なアンドロイドとか言うんじゃないよな?
「君も見ただろう、あの青いF/A-18を。目の前にいるのはその頭脳だ。あの青いF/A-18と合わせれば、ザイをも打倒しうる力となる。
「ザイ……あのザイを!?」
ザイ。
今、世界を脅かす存在に成長しつつある、正体不明の航空機。
辺境の砂漠地帯から突如として出現し、ほんの2年の内に中国全土を支配下に置いてしまった謎のインベーダー。
俺はそれと、何度も戦ってきた。
だが、何度戦っても結果は敗北ばかりだった。
未知のテクノロジーを使うザイの力は凄まじい。
あり得ないほどの物量、人が乗っているとは思えないほど半端なく高い機動性もあるが、一番の問題はEPCM──あのおかしな能力だ。
奴らにはあらゆるミサイルの誘導を無力化される。
だからと言って接近戦を挑むと、急に視界が壊れたテレビのように霞んでしまう所か、下手するとありとあらゆる感覚が麻痺して自分が今どこをどう飛んでいるのかさえわからなくなる。
早い話が、酔ってしまう。酒を無理矢理飲まされながら戦うようなものだ。
それへの対策がない以上、ザイの侵攻を食い止める事などできる訳がない、のだが──
「あんな奴に、どうやって対抗するって言うんですか?」
「単純な話だよ。我々も同じ土俵に立つ。目には目を、歯には歯を──撃墜したザイから取り外したパーツを解析し、現用の戦闘機に組み込む。そうして生まれたのがあの無人戦闘機・ドーターだ」
「ドー、ター?」
娘という意味の名に、俺は首を傾げた。
そういえば、ついさっきどこかで聞いたような単語だが、あれはいつ誰が言ったものだったか……?
「そして君の後ろにいるのは、ドーターの頭脳となるべくザイのコアを埋め込んで造られた生体ユニット・アニマだ。それとあのドーターがワンセットとなって、XF/A-18F-ANMというシステムを構成している」
何だよ、それ。
ザイのテクノロジーを使えば、人造人間も作れるって事なのか。
だが、まだ理解が追い付かない。
そもそも頭脳たる人造人間がなんで女の子の姿をしているのか、とか。
「信じられないかもしれないが、最前線に位置するロシアは既に3ユニットのドーターを配備して、ザイ戦で一定の戦果を挙げている」
「え!? ロシアには3ユニットも!?」
「どうやらそれが大統領の琴線に触れたらしくてな。対ザイ戦での実績を武器にロシアに国際社会をリードされては、アメリカの国際的な地位が危うくなると。よって我々も空海軍合同で開発する事となったが、新型機1個飛行隊分導入できる予算で、できたのはあの1機だけという体たらく……今や空軍は開発を半分諦めている。そこで君の出番という訳だ」
改めて、シャンケルの目が俺を射抜く。
「君は、あの戦闘機兵器学校の優秀な卒業生。ザイとの戦いでも何度も生き延びたその実績は驚くに値するものだった」
生き延びた、か。
そう言われても正直嬉しくない。
確かに俺は、戦闘機兵器学校で優秀な成績は収めたさ。
だが、人知を超えたザイ相手にそれは、ほとんど役に立たなかった。
ザイを落としまくってエースになれた訳じゃない。
ただ、悪運が良かっただけというか。
それと引き換えに、多くの仲間を失ってきた。
遂には、死神とさえ言われた事もある。
秘密プロジェクトへの招待は、まるで左遷みたいだとも思ったもんだ。
「よって君に、ライノの教官役となってもらいたい。戦闘に必要な技能は学習済みだが、それが実戦で使えるレベルかどうか評価し、必要に応じて高めてもらう」
なるほど。
戦闘機兵器学校を卒業した俺は、パイロット達に実戦的な戦技を教え込む教官としての資格を持っている。
まさかそれを、この女の子相手にやる事になるとは。
つまり、対ザイ戦の切り札をお前の手でしっかり育てろって事か。
だが、気になる事はある。
「国家の威信がかかったプロジェクトだ。莫大な予算を無駄にする訳にはいかない。やってくれるか?」
「わかりました。ですがその前にひとつ」
「何だね?」
「彼女と、手合わせしてもらう事は可能ですか?」
彼女がザイを打倒しうる兵器だっていう実感が、どうも湧かない。
旅客機の隣で編隊を組んで、ちょっとした曲芸ができるほどの力量がある事は、さっき見たからわかる。
ただ、それと戦闘力は別物だ。曲芸がうまいからと言って戦闘でも強いとは限らない。
そもそもジェット戦闘機は、普通ならあんなか弱い女の子が操れる代物ではないのだ。
「そう言うだろうと思って、シミュレーターを準備してある。すぐにでも模擬戦は可能だ」
すると。
俺の思った事を察してか、シャンケルの口元が僅かに吊り上がった。
一時間後。
シミュレーターから出てきたライノは、得意げに胸を張った。
「ふふん♪ どう? あたしの実力は」
結局俺は、三戦やって全敗。ライノ相手に手も足も出なかった。
圧倒的に強い。
俺は完全に防戦一方になってしまって、反撃できる隙などなかった。
これが、ドーター。
これだけ強ければ、ザイを落とす事などお安い御用だろう。
こんなに強いんじゃ、俺なんかいなくてもいいんじゃないかと一瞬思ったくらいなのだが──何か引っかかる所があった。
とりあえず席に座って、考えよう。
「すまん、少し冷静にならせてくれ……」
「あれ、悔しいの? でも、ヌードルも結構しぶとかったよ。なかなか撃墜させてくれないんだもん」
「それ、勝者の余裕って奴か? あれで思い通りじゃなかったとは空恐ろしいぜ……」
まるでゲームが終わった後みたいなやり取りをするライノ。
彼女はシミュレーション中、常にこんな感じだった。
へらへらと無邪気に笑いながら、鬼ごっこみたいに俺を追い回した。
あんな恐ろしい機動をしているとは思えないくらいに──そうか。
これが違和感の正体か。
言動と機動が一致しない。
彼女は子供みたいに笑っていたのに、その動きにはまるで感情を感じなかった。
例えるなら、格闘ゲームで滅茶苦茶強いCPUキャラと戦っているような感じ。
ライノの笑いは「CPUキャラが動く度に発する台詞」でしかなく、動き自体は機械のごとく正確無比。
「ライノ、君は一体何者なんだ?」
「え、あたしは何者かって? そうだなあ──ザイの残骸? アメリカの戦闘攻撃機? それともウィリーが作ったプログラム?」
俺の問いかけに、ふざけた様子で当てずっぽうに答えを出していくライノ。
「ま、そんなのどうだっていいじゃん。ふふふ♪」
何なんだ、この子は。
こんな真面目な話を、酔ったみたいに笑いながら言うなんて。
どこまで本気で言っているのか、わからなくなる。
「そんな事より、あたしはヌードルの事、もっと知りたいな」
と。
ライノが不意に、身を乗り出してくる。
不意にかわいらしい顔が目の前に近づいて来て、どきりと胸が高鳴った。
「ザイと何回も戦ったんでしょ? 聞かせてよ、その時の話。実戦に備えるためにも教官の体験はしっかり聞いておけって、ウィリーも言ってた」
うぐ。
純粋な笑みを前に、何も言い返せなくなる。
どうやら、悪気はないみたいだな……
「……言っとくが、面白い話じゃないぞ?」
俺はとりあえず、ライノの要望に応えてやる事にした。
胸に引っかかった事は、とりあえず置いといて。
* * *
その頃、シャンケルは別の研究棟にいた。
彼が愉快そうに口元を上げて見つめるのは、ガラスの向こう側。
そこには、ベッドの上で仰向けになった、検査着姿の少女が見える。
「さて、丹念に調べさせてもらうよ。イランが目覚めさせた君の中身をね」
褐色肌に銀髪の少女は、ぼんやりと天井を見上げたままスライドしていくベッドに身を任せ、検査装置の中へと消えていった。
(続く)