ライノ~ガーリー・エアフォース・アポクリファ~   作:フリッカー

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ALT.19 綻びる絆

 俺は今でも、コロラドでの出来事が忘れられずにいる。

 月明かりの下、一糸纏わぬ姿でトムキャットと湖の中で抱き合い、濃厚な口付けを味わい続ける。

 永遠に続けていたいと思える時間。

 だが、妙だな。

 背後から、俺の肩に口付けてくる誰かがいる。

 ライノだ。

 どういう訳かライノも、いつの間にか一糸纏わぬ姿で俺の背中に抱き着いている。

 俺は自然と、ライノの口づけを肩越しに自分の口で受け止めていた。

 ライノと唇を重ね合う間、トムキャットは俺の首元に口付ける。

 互いに俺の唇を譲り合って、ねっとりした口付けは続く。

 2人の少女との交じり合いは、まさに美酒の味だが、おかしいな。

 記憶が正しいなら、ライノとこんな事してないはずなんだけどな。

 そんな事を思っている間に、夢のような時間はあっという間に終わる。

 いや、夢のような、じゃない。

 正真正銘の夢の時間が、終わりを告げたのだ──

 

「──」

 目覚めが悪い。

 ああ、またあの夢か、と体を起こして頭を抱える。

 最近俺は、ライノとトムキャットを抱く夢ばかり見ている気がする。

 ほんと、どういう事だよ。

 夢は自分の内なる欲望を具現化したもの、とは聞いた事があるが、これじゃあ俺はただの変態だ。

 トムキャットだけでなく、ライノにまで手を出すなんて何のつもりだよ、俺。

 確かに俺は、ライノの事もトムキャットの事も、カノジョにできるなら悪くはない相手だとは──

「ああダメだダメだ」

 考えるのはやめだ。

 考えれば考えるほど、夢の光景が頭から離れなくなる。

 俺はベッドを出て、すぐに身支度に取り掛かった。

 今日は、シャンケルに顔を合わせる事になってるんだ。

 

 シャンケルのラボに顔を出した俺は、いきなり衝撃的な事を告げられた。

「トムキャットとライノとの脳波同調を切った!?」

「そうだ。どうも君は、アニマ2人に毒されているようだったからな」

 毒されているって、どういう事だ!?

 脳波の同調は、アニマの精神を安定させる効果があったんじゃなかったのか!?

 俺が驚いている間も、シャンケルの目は冷静だった。

「何のリスクもなしに脳波を同調できると思った、我々の判断が甘かった。同調の間もデータを収集し続けた結果、同調でアニマの記憶を呼び覚ませるギミックがわかったんだ。脳波の同調は、疑似的に同調した対象を同一個体とみなす事、つまり個という壁を消す事なんだよ。これがどういう意味か、わかるかね?」

「いえ、全然……」

「個という壁が消えるという事は、精神が溶け合うという事。つまり、心が弱ければアニマの心に呑まれてしまう。今の君が、まさにそれだ」

「俺が!? ライノやトムに呑まれてるって!?」

「君が単なる監視役以上にライノとトムキャットに情が入ってしまったのは、簡単に言えば中毒症状だ。これ以上同調を続ければ、君はライノとトムキャットの存在なしに生きられなくなるほど精神的に依存してしまう可能性が高い。そうなれば、君はライノとトムキャットに対して冷静な判断を下せなくなるだろう。酒に溺れてしまうようにね」

 何だよ、それ。

 まるで、ライノ達と絶縁しろって言ってるみたいじゃないか。

 俺は思わず、反論していた。

「依存なんて、そんな!? 俺は、ライノやトムが間違った事をすれば叱りますよ!? それに、心がひとつになるって、チームワーク的にはいい事じゃないですか!」

「ならなぜ、関係を持っていると周りに知らしめる真似をするんだ」

「それは、2人を守るための演技ですよ! 言われた通り自制はしています! 別に同調したままでも俺は──」

 自然と、声が荒くなっていた。

 それを鎮めたのは。

「これでいいんです、中尉さん」

 冷静な、トムキャットの声だった。

 はたと振り返る。

 そこには、トムキャットが複雑そうな表情で立っていた。

「わたくしは、今でも中尉さんは素敵な人だと思っています。ですが、そんなあなたに恋という感情を抱いてしまった事が、そもそもの間違いでした」

 自虐するように語るトムキャット。

 どうして。

 どうしてトムキャットは、自分の思いを否定するんだ。

「ど、どうして!? 自分の気持ちに嘘はつけませんって言ったのはトムだろ!?」

「わたくし達アニマは、人間ではありませんから」

 するとトムキャットは、そんな。

 おかしな事を、口にした。

「人間じゃ、ない……?」

 意味がわからない。

 トムキャットも、ライノも、どう見たって普通の人間だろ。

 そりゃ確かに、ザイと戦うために生まれた存在かもしれないが──

「何を驚いているんだね。説明はしたぞ。アニマはザイのコアを埋め込んで造られた生体ユニットだと。人間の姿をしているのは、戦闘技術をラーニングさせるために都合がいい姿だったからにすぎん。人間と同じ姿だからと言って中身まで人間と同じだと思ったら大間違いだ」

 シャンケルが口を挟んできた。

 なぜか、不審者を見るような目で俺を見ながら。

「けど、ライノもトムも、振る舞いは人間そのものじゃないか! ちゃんと心も持ってる!」

「あれはそのように見せかけているだけだ。アニマは人間の行動を真似しているにすぎん。だから目を覚ますんだ、アンダーソン君。君が相手にしているのは、ただの自動人形だ。それも、ザイの技術で作られた。安全装置はかけているが、ザイのコアに何が入っているのかはわからない。君の心が毒されているのは、アニマが無意識にザイの勢力へ引きずり込もうとしている可能性だってある」

 おい。

 嘘だろ、そんなの。

 それじゃあ、ライノが戦闘機としてでしか評価してくれない事に嫌気が刺したのは、トムキャットが俺に言った好きって言葉は、何なんだよ。

 俺は、無性にシャンケルをぶん殴りたくなった。

「だからって! アニマの事を信じるなって言うんですか!?」

「もうやめてください中尉さん!」

 だが、トムキャットがそれを止めた。複雑そうに、顔をうつむけたままで。

「わたくしは、今でも中尉さんの事を信じています。ですから、わたくしの事は、人としてではなく一戦闘機として扱ってください」

「嘘だ! じゃあなんでそんな、悲しそうな顔をして、悲しそうな声で言うんだ!」

 思わず肩に手を置いて訴える。

 ぴく、とトムキャットの肩が震えた気がした。

 だが。

「……失礼します」

 トムキャットは俺の質問に答えないまま、俺の手を振りほどいて、ラボを出ていく。

「お、おい待ってくれ!」

 慌てて後を追いかける。

 廊下に出て曲がろうとした時、どん、と誰かにぶつかった。

 ライノだった。

 彼女は俺とぶつかった事に驚きながらも、いつものように微笑みながら俺に問いかける。

「あ、ヌードルじゃない。どうしたのそんなに慌てて?」

 いつもと変わらぬ笑顔の仮面。

 普通なら、ぶつかってきた事を怒るところだが、彼女にはそれさえできない。

 そんな彼女を見て胸が苦しくなった俺は、思わずライノの両肩に手を置いて、問いかけていた。

「なあライノ、君も俺との同調を切られたんだろ? その事、どう思う?」

「え……?」

 だが、ライノは目を丸くしたまま、沈黙してしまう。

 まるで、フリーズしたコンピューターのように。

「だから、どう思うかだよ!」

「どう、思う……」

 ライノは、言葉を探るようにつぶやくが、しばしの沈黙の後に出た答えは、

「ごめん、ヌードルと同調って意味がよくわかんない」

 笑顔の仮面で紡がれた、空しい言葉だった。

 それで、俺は我に返った。ライノの肩から手が滑り落ちるくらいには。

 ライノの本心は、前よりも強い刷り込みのせいで、わからなくなっているのだと。聞くだけ無駄なんだと。

「……すまん、今のは忘れてくれ」

 そう言って、俺はライノの前から逃げていた。

 自分の胸の苦しさに、もがくように。

 

「はあ……」

 外に出ていた俺は、ベンチに腰を下ろしていた。

 南の島らしく外は暑苦しいが、吹く風は俺の頭を冷やすにはちょうどよかった。

「冷静になれば、シャンケルの言う通りだよなあ……」

 アニマは、未知の敵のパーツを使っている。

 だから、いつ裏切るかわからない。そのための対策として刷り込みをしている訳だが、それも完璧ではないかもしれない。

 なら慎重になるのは当然だ。

 どこの馬の骨とも知らない奴を信用しろだなんて、そりゃ難しいよな、普通の人には──

「……ん?」

 ふと気配がして、顔を上げた。

 すると俺の目の前に、ありえない奴が立っていた。

「え──」

 そいつは、とても場違いな格好だった。

 来ているのは日本の着物で、しかも黒ずくめで常夏の島にはとても似合わない。

 しかも、籠のようなものを被って、素顔が全く見えない。着物の形から、かろうじて女とわかる程度。

 ああいうの、日本のテレビで見た事がある。

 確か、虚無僧って言ったっけか──

「おーい!」

 そんな時、幼い少女の声がした。

 はっと顔を向けると、そこには車いすの女の子が。

 グラウラーだ。ナイジェルが車いすを押している。

「グラウラー。それにナイジェルも」

「こんな所で何をしてるんですか?」

 ナイジェルが落ち着いた声で問いかける。

 こんなところで悩んでいたなんて言えないから、とっさにさっき見た虚無僧の話をする事にした。

「なあ、あそこにいる奴──え?」

 何気なく指さそうと顔を向けたが、虚無僧の姿はいつの間にかいなくなっていた。

 辺りを見回してみても、まるで最初からいなかったみたいに影も形もなくなっていた。

「どうしたの? 誰もいないよ? ねえ、そんな事より、わたしとお話しよ」

 そんな事も気にせずに、グラウラーは俺に無邪気に話しかけてきた。

「お話?」

「わたし、ヌードルと仲良くなりたいの」

 グラウラーはそう言って、屈託のない笑みを見せた。

 

(続く)

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