ライノ~ガーリー・エアフォース・アポクリファ~   作:フリッカー

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ALT.20 レッドテープ

「ヌードルって、お姉様やトムキャットと仲悪いの?」

 ベンチの隣に車いすをつけているグラウラーが、いきなりそんな質問をしてきた。

 今まで好きな食べ物とかアメリカの事とか他愛もない話題ばかりだったのに、急に現実的な話題を吹っかけてくるとは、俺も思っていなかった。

「……ど、どうしてそう思うんだい?」

 できるだけ、平常心を装って答える。

「だって、お姉様やトムキャットがヌードルといる時、何だか変な顔をして楽しそうじゃないもん」

 うぐ、そんな事を見られていたのか。

 子供って、結構鋭いよな。いや、グラウラーを子供って言っていいのかはわからんが。

「いや──まあ、その、いろいろあったけどさ、仲悪い訳じゃないぞ? そうだな──難しい言葉を使うと、レッドテープって感じだよ、レッドテープ」

 適当にそう答えた。難しい言葉で流してしまおうと。

 すると、グラウラーは首を傾げると、

「ねえコブラ、レッドテープの意味を教えて?」

 スマートスピーカーに質問していた。

 しまった! この子の車いすにはスマートスピーカーがあったんだった!

『官僚的形式主義、ややこしいお役所風』

「お役所風って、どういう事?」

『事務的、不愛想、融通が利かない事を指す事が多い』

「事務的って?」

『感情を表に出さず、物事を極めて淡々と進める。つまらないというニュアンスも』

 言うんじゃなかったと思っても、もう後の祭り。

 スマートスピーカーの機械的な説明を聞いて、グラウラーの表情が曇る。

「お姉様やトムキャットは、つまらないの? だから仲悪いの?」

「え、いや、それは──か、関係ない事だよ、グラウラーには」

「関係なくないよ。わたし達みんな仲間なんだから、仲良くしなきゃダメだよ。わたしとお兄ちゃんみたいに。ね?」

 グラウラーに話を振られたナイジェルは、苦笑を浮かべた。

 く。

 本当に子供みたいに純真だな、グラウラーは。

 俺ははあ、とため息をひとつついて、慎重に話す。

「……グラウラー、あのな。人とアニマの関係っていうのはね、君が思っている以上に、ずーっと複雑なんだよ。仲良くしようって一言で済まないくらいには。人間の中には、君達の事を怖がってる人もいるんだ。だって、ザイのパーツから生まれたんだから──」

「うぐっ、ひぐっ……」

 って、おい。

 なんで急に、泣き出してるんだグラウラー!?

「ヌードル……ダメだよ……仲間なんだから、仲良くしなきゃ──ひぐっ……!」

「お、おいちょっと!? 泣く事はないだろ!?」

 とは言っても、グラウラーは泣き止まない。

 ましてや俺は、子供をあやした経験なんてないから、どうしたらいいかわからなくなる。

 すると、見かねたナイジェルが俺とグラウラーの間に入ってきた。

「ほらほらグラウラー。ジュース飲んで落ち着いて。はい、あーん」

「ぐすっ、あーん……」

 ナイジェルが差し出したストローを、グラウラーは大きく口を開けてくわえる。

 ストローの先は、車いすの手すりにセットされていたコップに繋がっていた。

 ちゅうちゅうとストローを吸ってジュースを飲むと、グラウラーは少しずつ落ち着き始めた。

 うわあ、手慣れたものだなナイジェル。

「どうやら、何か深い事情があるみたいですね。ヌードルさん」

 穏やかな声で、ナイジェルが俺に話しかけてくる。

 その声色に安心して、俺は何気なく聞いていた。

「まあ、な。なあ、ナイジェルはグラウラーの事、どう思ってるんだ?」

「どう思っている、と言いますと?」

「ナイジェルにとって、グラウラーは人形なのか? それとも女の子なのか?」

 すると、ナイジェルはきょとんとした表情を浮かべた。

 そして、くくく、と小さく笑った。

「不思議な質問ですね。貴方は『アニマは人か兵器か』で悩んでいるのですか? でしたら、それに意味はありませんよ。相手が人だろうと物だろうと、乱暴に扱う人は乱暴に扱いますし、丁寧に扱う人は丁寧に扱います」

「……え?」

「つまり、人か兵器かは重要な問題じゃない、という事ですよ」

 一瞬、ナイジェルが何を言っているのか、俺にはわからなかった。

「こんな事言うのは意外ですか? 無理もありません。これはグラウラーの開発者の受け売りですから。彼は言っていましたよ。立場の違いを嫌がるのは、立場が嫌なのではなく信頼がないからだと」

 ああ、そういう事か。

 大切なのは信頼しているかどうかって事か。

「ああ、最初に質問に答えないといけませんね。グラウラーは僕にとって、支えないといけない、そして支えてくれる、大切なパートナーですよ」

「そうか……わかった」

 俺はそう答えると、改めてグラウラーと向き合う。

「グラウラー、俺が悪かった。俺も、グラウラーと仲良くなりたいし、本当はライノやトムとも仲良くなりたいんだ」

「本当……?」

 ストローを離すグラウラー。

 その表情に、笑顔が戻ってくる。

「だから、聞かせてくれ。君は、お兄ちゃんの事、好きか?」

「うん! 大好き!」

「じゃあ、好きでいられる秘訣って何か、教えてくれないかな?」

 できるだけ優しい言葉で質問すると、うーん、とグラウラーは考えて、

「好きってちゃんと言う事かな?」

 うわ。

 子供らしい、随分と直球な答えだな。

「そ、そうか……努力はしてみるよ」

「じゃあ、早速言ってみようよ! ねえコブラ、ライノお姉様に電話をかけて」

 だが。

 グラウラーは思い立ったが吉日とばかりにスマートスピーカーに呼び掛けていた。

 いつの間にライノの番号を!?

「お、おいちょっと! 気が早いって! 俺にも心の準備ってものが!」

『ライノお姉様に電話をかけています』

 慌てて止めようとしたが、スマートスピーカーは反応してしまった。

 その様子をナイジェルが温かい目で見守っていたが。

 不意に甲高いサイレンが鳴り響いた。

 緊急発進の知らせだ。

 

 空は曇り始めている。

 俺は今スクランブル待機にはついていないが、それでもここは前線基地。応援要請があれば30分以内に出撃できるように準備は整えていた。

 大急ぎで装備を整えて、大急ぎで向かうのはライノのドーター。

「行けるかライノ!?」

「うん、ばっちりだよー!」

 合流したライノと一緒に、ドーターへ乗り込む。

 ドーターに対空ミサイルがぎっしり搭載されているのを、しっかり確認してから。

 座席に座って、ベルトをしっかり締める。

 エンジンに火が入る。

 ドーターがぼんやりと輝き出したのを見届ける間もなく、装甲キャノピーが閉鎖された。

「いやあ、不謹慎だが幸運だったな」

 機外映像で明るくなるコックピットの中で、俺はそうつぶやいていた。

 グラウラーの勝手でライノに好きって目の前で言わされそうになった所をされずに済んだんだから。

「幸運なのはこっちも同じ。先輩がメンテ中で出撃できないから、あたしの力を見せつけられるチャンスだもん!」

 なぜかライノも、便乗してきた。

 トムキャットがいなくて、心細くないのかライノは。

 だが、話している余裕はない。

「サフィール01、出撃!」

 エンジンの唸りと共に、ドーターが動き出す。

 ドーターはアンダーセン基地の滑走路へ向かい、素早く離陸する。

 無事に離陸を終え、島がどんどん離れていく所で、安心はできない。

 俺達は、これから空の上で任務内容を告げられるのだ。

『こちらコランダム。聞こえるかサフィール01』

「聞こえるぞ、どうぞ」

 無線でジョンソンの嫌な声が聞こえた。

 俺は事務的に答える。

『お前達には哨戒機の救援に向かってもらう。哨戒機がザイと鉢合わせ、CAP中だった別のドーターが交戦している。その援護に回れ。今から座標データを送る』

「了解」

 どうやら哨戒機がピンチらしい。

 全く、安心して海のパトロールもできないって事か。困ったザイだ。

「それにしても、ザイはどこからこんな所に飛んでくるのかな?」

「さあな」

 ライノの疑問はもっともだが、あまり喋っている余裕はない。

 ドーターは雲を突き抜け加速して、指定された座標へと向かっていった。

 

「来た、レーダーコンタクト。敵機6」

 早速、レーダーが敵を捕らえた。

 反応は、間違いなくザイのもの。

 他には、味方の反応が2つ。

 片方は、哨戒機。

 そしてもう片方は戦闘機なのだが──

「あれ、EGG反応がある……ドーター?」

 ライノの疑問に、俺は目を疑った。

 味方の戦闘機は、『F-16I-ANM』と表示されている。

 何だこりゃ?

 俺達以外にも、ドーターがいたなんて聞いてねえぞ?

『迷ってる場合か! 交戦を許可する!』

 ジョンソンの一括で、我に返る。

 とにかく、考えるのは後だ。今は戦いに集中しよう。

「ターゲットロック! FOX3!」

 ライノは早速、捉えた6機の敵目掛け中距離ミサイルを撃っていた。

 それは、ちょうど別のドーターを取り囲んでいた相手目掛けて飛んでいく。

 ミサイルに気付いて、包囲が解けた。

 ミサイルの半分が命中。見れば、はるか遠くで赤い閃光が瞬いたのが見えた。

「当たったのは半分かあ……」

「いや、包囲を解いただけでも大成功だ! 向こうは俺達の乱入に驚いてるぞ!」

 期待外れとばかりにつぶやくライノを、俺はそう褒めてやった。

『いやあ~助かりましたぁ~』

 すると。

 妙にのほほんとした声が、無線で聞こえてきた。

 見れば、目の前から何かが飛んでくる。

 それは、例のドーターだった。一瞬で通り過ぎた後、ぎゅんと反転して、俺達の横に並ぶ。

 そのボディは、透き通ったように輝く青紫色。

 背中に背負った巨大なこぶと背骨が印象的な、小型戦闘機だった。

 やはり、F-16ファイティングファルコンだ。アメリカ空軍を代表する戦闘機。

 だが、目の前の機体は六芒星──つまりダビデの星を描いた国籍マークを付けている。

 というか、アメリカのF-16はもっとスマートだ。あんなこぶとか背骨とかつけていない。

「君、どこのドーターだ?」

『はい~。イスラエル空軍F-16I-ANM、スーファと申します~』

 俺が問うと、そのドーターは翼をひらひらと左右に振りながら答えた。

 戦場にいるのが不釣り合いなほどの脱力感ある声で。

 

(続く)

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