ライノ~ガーリー・エアフォース・アポクリファ~ 作:フリッカー
「イスラエルの、ドーター?」
驚いた。
イスラエルもドーターを保有していたなんて。
というか、ここに来ていたなんてのも初耳だ。来ているなら普通会っていてもおかしくないんだが。
『そちらはF/A-18F-ANMですね~。噂はかねがね──おうっと!』
のほほんとした会話は、ミサイル警報でかき消された。
相手の反撃だ。
編隊を解いて左右にブレイク。飛んできたミサイルを回避する。
『さあ~て。応援も来てくれたし、本気出しちゃおっかなあ~』
スーファが呑気な事を言い出した。
本気出すとは言っても、言い回しからはとても本気は感じられない。
とりあえず、様子を見ていると。
『しゃき~ん!』
特徴的な背骨から、魚の背びれのような大きなフィンが展開された。
そういえば、あの背骨はイスラエル発祥の追加電子機器室で、アメリカも新型モデルで逆輸入したって聞いた事がある。
『ファルコン・マジック~!』
すると、あり得ない事が起きた。
何もない所に、別の戦闘機が次々と現れ始めた。
スーファと全く同じ、青紫色のドーターがどんどん増えていく。
まさかこれ、分身か!?
その数、7。本体と合わせれば、ちょっとした飛行隊規模だ。
「わっすごい! 増えたー!」
『行っけ~♪』
驚くライノをよそに、分身達は一斉にザイの編隊に襲い掛かった。
突然相手が増えた事に、ザイ達は明らかに困惑した動きを見せていた。
『こちらコランダム! クルナス01、ファルコン・マジックの使用許可は出ていないぞ!』
ジョンソンが怒っている。
え、今の無許可で使ってるのか!?
だが、向こうはやめる気なんてなさそうだぞ。
まるで鼻歌を歌うような気楽さで襲い掛かるスーファ達は、もうどれが本物か全然わからない。
『ヌードル、用心しろ。その分身はEPCMによるものだ。人にどんな影響が出るかわからない』
ただ、不思議な事が起きていた。
スーファは不自然にミサイルを乱射している。そんな事したらすぐ弾切れする勢いで。
だが、撃っても撃ってもスーファのミサイルは
しかも、被弾して力なく落ちていくザイをよく見ると、ほとんどが無傷。当たったのに無傷ってどういう事だ?
まさか、これも全部EPCMだっていうのか?
「よし、この隙に! FOX2!」
ライノは、混乱して隙を見せている相手に狙いを定めてミサイルを撃った。
背後を無防備に見せていたザイが爆散する。
「みんなこっちに気付いてない! これなら捕り放題だよ! 大漁大漁―っ!」
ライノもスーファの雰囲気に何だか毒されてきてないか?
それはともかく、敵はどんどん数を減らし、遂に撤退していった。雲に飛び込むように降下しながら。
「逃がさないっ!」
すぐにライノが追撃する。
雲に突入して、視界が一瞬真っ白になる。
そして、視界が晴れて海面が見えた時。
「何あれ!?」
ライノが、驚いて声を上げた。
当然だ。俺も呆気に取られたんだから。
ザイが集まっている先。
そこには、潜水艦がいた。
だが、普通の潜水艦じゃない。
まず、船体がかなり大きい。下手な空母より大きいかもしれない。
そして、全身がザイのようなガラス細工で覆われている。
そこに、ザイがまるで鳥が降り立つような飛行機らしからぬ挙動で着陸していく。いや、着陸というより合体と言った方がいいのか?
『どうしたサフィール01? 状況を報告しろ』
「潜水艦だ……潜水艦にザイが着艦している!」
『潜水艦にザイが? バカ言うな、潜水空母なんていつの時代の代物だ──』
「嘘じゃない!」
ジョンソンとやり取りしている間に、潜水艦はザイの回収を終え、どんどん沈み始めた。
潜航を始めたのか。
「逃げられる!」
「待てライノ! どうやってあれを攻撃するつもりだ! 爆弾も何も積んでないんだぞ!」
「でも──!」
追いかけようとするライノを止めている間に、潜水艦は潜航して見えなくなってしまった。鮮やかな撤退だった。
『当空域よりEPCMの反応が消えた……どうやら本当だと信じるしかないようだな』
さすがのジョンソンも、状況を理解したようだ。
『……はあ、疲れた~。でも、いい収穫を得られましたね~。帰還しましょ~』
そして、スーファののほほんとした声で、戦いは締めくくられた。
帰還後、俺はスーファの所へ行った。
今まで会っていなかったのだから、せめて顔を合わせて挨拶くらいしておこうと思ったのだ。
エプロンに駐機されたドーターの所へ行くと、早速整備士達がせわしなく点検している最中だった。
その邪魔にならないように、スーファの姿を探した、のだが、俺はとんでもない状況に出くわしてしまった。
フライトスーツを着た誰かが、両手両足を大きく広げて仰向けに倒れているのだ。
「お、おい!? 大丈夫か!?」
俺は慌ててかけよって様子を見た。
そいつは、不思議な奴だった。
ぱっと見ると、男なのか女なのかわからない。どっちとして見ても美形だが、わずかに胸元が膨らんでいるように見える事、何より青紫色のショートヘアーで察しがついた。
「スーファ、なのか?」
「すや~、すぴ~」
そいつが、呑気に──静かな寝息を立てて寝ている。コンクリートのエプロンの上で。
おいおい、ここを庭か何かと勘違いしてないか?
呆れた俺は、肩をゆすって起こしてやる事にした。
「おい、起きろ。こんな寝心地が悪い所で寝るなよ」
「すや~──ふぇ?」
ぱちり、とスーファの目が開いた。
ぱちぱち、と何度も瞬きをして俺を確かめる。
「確認するが、君がスーファだよな?」
「はい……あなた、は……?」
「俺だよ、ライノと一緒に飛んでた」
「……ああ~、確かヌードルって言いましたね~」
相変わらず呑気に喋りつつ、目を手でこすりながらゆっくりと体を起こすスーファ。
何か、見ているだけじゃさっきまで一緒に飛んで戦ってた相手に見えないなあ。戦意を全然感じないほどの脱力感。
緩い。緩すぎる。
「で、なんでこんな所で寝てたんだ?」
「いやぁ~、わたくし昼寝が大好きでして~」
「だからって、こんな所で寝る事ないだろ。ちゃんとベッドで寝た方がいいぞ」
「いやぁ~、そう言われましてもねえ~」
スーファは頭を掻きながら笑う。
すごい癒し系なオーラ持ってるなあ、と思っていると。
「おいスーファ。出撃するぞ」
不意に、別の男の声が割り込んできた。
「あ、はい~ご主人様~」
スーファは、すぐに起き上がった。
意外と下手な男を超えるほど背が高い事に、今更ながら驚く。
彼女が向かっていく先には、別の男がいた。ヘルメットを抱えている辺りパイロットだろうか。肩にはイスラエルの国旗が描かれたパッチ。
「そんなへらへらした女々しい態度はやめろって言ってるだろ。お前は一応男って事なんだからな」
「はっ!」
男が呆れた様子で注意すると、スーファは教科書通りの敬礼をして答えた。
何だ、あいつもちゃんとびしっとできるじゃないか──って、男ってどういう事だ? というかご主人様?
「どうも、失礼しました。俺達これから出撃なんで。じゃ」
男は、俺に軽く挨拶して青紫のドーターの下へ行こうとする。
「あ、ちょっと待ってくれ」
「何です? あまり時間はないんですけど」
俺が呼び止めると、男はいかにも迷惑そうに振り向いた。
「これから、スーファを連れて出撃するのか?」
「はい、そうですよ。今回は俺も同行してね」
「おいおい、スーファは大丈夫なのか? さっき戦闘してきたばかりだぞ。休ませた方が──」
「何言ってるんですか。アニマはオートパイロットなんですよ? 疲れる訳ないじゃないですか」
男の言葉に、俺は唖然とした。
アニマは疲れる訳ない?
「さっきのCAPは、いわばオートモード。パイロットなしでも自分で考えて長時間行動できるのが、ドーターのいい所ですよ。なら積極的に使い倒さないと」
何言っているんだ、こいつは。
まるで無人機みたいな言い分じゃないか。
スーファは、こんな所で昼寝したいほど疲れてるって事に気付いてないのか?
「疲れる訳ないって……あのなあ、機械だって電池切れしたら動かなくなるだろう?」
「なら電池を入れ替えればいいでしょう?」
「そういう意味じゃない。君は、飯さえ食えれば24時間働けるのか?」
「……頭おかしいんじゃないですか、あなた?」
男が敵を見るように睨み返してくる。
く、ダメだ。こいつに何言っても通じない。
「悪いけど時間なんで、もう失礼します」
男が背を向ける。
行くぞスーファ、と呼びかけると、はい~、とスーファが間の抜けた返事をし、だからその言い方はやめろと注意する。
そのまま、2人は青紫のドーターに乗り込む準備を始めた。
何なんだ、あいつは一体。それに平然とついていくスーファも。
ぽかんとその様子を見ていると。
「ああ、行っちゃった……」
残念がる幼い声が、背後からした。
振り向くと、そこにはグラウラーがいた。車いすを押すナイジェルも一緒だ。
もしかして、スーファに会いに来たのか?
「仕方ない。スーファはほとんど飛んでばかりで、地上で羽を休める事はほとんどないから。無人機先進国のドーターらしいけどね」
ナイジェルは、そう言ってグラウラーをなだめている。
地上で羽を休める事がほとんどない?
俺は、思わず聞いていた。
「おい、それってどういう事だ?」
「言葉通りですよ。スーファは1日の大半を空で過ごしているんです。戦闘がなければ給油もほとんど空中給油で済ませ、マリアナ諸島をパトロールし続けているんです。兵装を消耗しない限り、着陸する事はほとんどありません」
「そんな事したら、スーファの体が持たないだろ! 飯はまだしも、どうやって休んでるんだよ?」
「それはわかりません。国防に敏感なイスラエルのドーターは謎が多いですからね。覚醒剤を打っているという噂はありますが、所詮は噂ですからね。本当かどうかはわかりません」
か、覚醒剤。
何だそりゃ。
それじゃまるで、奴隷じゃないか。
「なんでそんな事するんだよ」
「ご存じですか? イスラエルでは、女性が男性を嘘で訴えても逮捕されないほど女性の権力が不当に強いんです。イスラエルの男性は外国の女性と結婚したがるほど、自国の女性を恐れています。ですから、スーファは中性的にデザインされ、表向きには男という扱いになっている──もしかしたら、それと関係があるのかもしれませんね」
「何だそりゃ……」
訳がわからない。
お国の複雑な事情があるって事はわかったが、だからって奴隷扱いしていい理由にならないだろ。
──人形風情がへらへらした口を利くな!
──目を覚ますんだ、アンダーソン君。君が相手にしているのは、ただの自動人形だ。
……くそ、何だよ。
どいつもこいつもアニマを人形扱いしやがって……!
「……悪い、先に戻ってる」
気分が悪くなった俺は、ナイジェルとグラウラーにそう言って、スーファの前を後にする。
とにかく部屋で、横になりたかった。
ふと、ライノがいつの間にいた事に気付く。俺の後を追いかけてきたのか、スーファを見ていた様子だった。
「ライノ、俺先に戻ってるからな」
俺はそれだけ言って、ライノの横を通り過ぎる。
ライノの返事はない。
エンジンを始動し始めたスーファを、なぜかじっと眺めていたようだった。
(続く)