ライノ~ガーリー・エアフォース・アポクリファ~ 作:フリッカー
夜、廊下を歩いているだけで疲れを感じる。
何せ、ずっとライノとのトークに付き合わされたのだ。
彼女は好奇心旺盛に、いろいろ俺に聞いてきた。
そうして夕食時も他愛のない話をしてきた訳だが、女の子相手に話をする事は慣れていなかったから、結構精神的に疲れた。
何より、気になる事も余計に増えた。
思い出すのは、少し前のやり取り。
「ねえ、もっと聞かせてよー」
夕食中、ライノがまだまだ物足りないとばかりに、ザイとの戦いの話をせがんできた時だ。
俺は話の内容が内容だったから、だんだんライノの事が鬱陶しくなっていた。
「言っただろ、もうこれ以上話す事なんてない。というか、もう本当につまらない話しかないぞ」
「どうして?」
「戦いを生き延びたからって、必ず褒められる訳じゃない。むしろ厄介者扱いさ。俺がこうやって生きてる裏で、何十人もの仲間が犠牲になったんだんだからな」
「しょうがないじゃない。戦争なんだから犠牲が出るのは当たり前だよ」
ライノは、あろう事かそんな事を笑みながら言った。
その他人事みたいな態度に、俺はカチンときてしまった。
「しょうがない……? なんでそんな事を、笑いながら言えるんだ……!」
「え?」
だん、と拳をテーブルに叩きつけると、ライノが一瞬怯んだ。
「確かに上から見りゃ、所詮俺達なんて代わりがいくらでもいる駒さ……でもみんな平和を守って生きて帰ろうと、必死で戦っていたんだ……! 故郷に置いてきた家族にまた会う事が、叶わないまま死んだ奴だっていたんだ……! そんな仲間達の犠牲を、仕方ないからって割り切る事なんて、できる訳ないだろ……!」
改めてライノを見ると、彼女はぽかんと俺を見ていた。
無知な子供みたいに、何言ってるのかわからない、って感じで。
「……あたし、何か変な事言っちゃった?」
途端、俺が感情に任せて酷い事を言ってしまったような気がして。
「すまん、言い過ぎた……」
自然と、目を逸らして謝っていた。
ライノも、それ以上話をせがんでくる事はなかった。
とはいえ、不自然なまでに沈黙してしまって、何だか気まずくなってしまったが──
「あの子、本当に笑っているのか……?」
どうしても、模擬戦の時のギャップが頭から離れない。
振る舞いはどこにでもいそうな女の子なのに、本心がまるで読めないというか、疑ってしまうというか。
「まるで他人事みたいというか、あの笑顔には仮面みたいな冷たさを感じる時があるんだよなあ……」
つぶやきながら、ライノがくれたコーラの残りを、ぐいと飲み干す。
喉にちくちくと染みる炭酸の味に耐えて中身を空にしたカップを、近くにあったごみ箱にぽいと投げ入れた。
本当はすぐにでも休みたい所だが、残念ながらまだ用事がある。
シャンケルから呼び出しがあったのだ。
「ライノと触れ合ってみてどうだったかね?」
「いや、正直戸惑いました。悪気はないみたいですけど、なんでそこで笑うのかわからない所があって……」
薄暗いラボで、パソコンの前に座るシャンケルに正直に話す。
すると、彼の口から思わぬ言葉が飛んできた。
「あまり本気に受け止めるな。あれは
「……は?」
笑う事しかできないようにしている?
それがどういう事なのか、一瞬理解できなかった。
「考えてもみろ。もし怒りの感情を抱いて我々に反感を抱いたらどうなる? もし悲しみの感情を抱いて戦う事を放棄したらどうなる?」
「何ですか、そのロボットみたいな言い方は」
「当然だろう。あれは無人機だ。中身はそのオートパイロットに過ぎない。そもそも、元になったザイのコア自体未知の部分が多い。鹵獲品、それも未知のテクノロジーの塊ともなれば、暴走の危険性もあり得る。相応の安全策は必要だろう。人間に危害を加えない事、人間の命令に服従する事、そして自らを守る事──この程度、世界中のどのアニマにも適応されていると思うが」
そうだ、忘れていた。
対ザイ用無人戦闘航空システム、それがドーター。
アニマは見た目こそ女の子だが、ドーターの頭脳となるべくザイのテクノロジーを使って生み出された人造人間。
ドーターとアニマで、ひとつの兵器。
だから、アニマは人間ではない。ただの操縦ユニット扱い。
人間の命令通りに動かなければならないロボットと、何が違うのか。
でも。
でも、あの子は──
「ですが、笑う事しかできないようにするなんて、それは」
「確かに変なパーソナリティだが、これでもまだ緩い方だ。本当はもっと刷り込みを強くしてもよかったのだが、周りからの希望が多くてな、明るく陽気な人格に設定した。とはいっても、それらしい返答ができるようにしただけだ。笑顔を見せようと考えて喋らせている訳ではない」
面倒くさそうにシャンケルは語る。
なんて事だ。
あの笑顔は、本心じゃないって言うのか。
まさに、笑顔の仮面。
笑う事しかできないというのは、そういう事だったのか。
というか、シャンケルはその笑顔の仮面さえも厄介だと思っているように感じた。
確かにあの笑顔は不自然な所もあるが、それさえ取ってしまったら、後に何が残るって言うんだ……?
「ただ、安全装置がきちんと機能しているのかはわからない。もしかしたら、向こうは従っているふりをしているだけかもしれない。そこで君に、もうひとつ任務がある」
シャンケルが、不意に話題を変えてきた。
ここで、なんで新しい任務が出てくるんだと思ったが──
「ライノの監視だ。何か少しでも不自然な動きを見せていたら、逐次こちらに報告して欲しい」
聞いた瞬間、息を呑んだ。
何だそれは。
俺に、スパイの真似事をしろっていうのか。
「そんな事する必要があるんですか!? ザイへの貴重な対抗手段になるんでしょう!?」
「念には念を入れて、という事だ。もしもの事が起こってしまってからでは手遅れになる」
「その『もしもの事』があったら、どうするんですか?」
「君が破壊しろ。何、アニマは生物学的には人間とほぼ同じだ。銃弾一発であっさり仕留められる」
そう告げたシャンケルの目に、感情はなかった。
それこそ、物を相手にしているみたいに。
「……ドーターに乗っていた時は?」
「ドーターには自爆装置をつけてある。これがその起爆スイッチだ」
間違って押さないように気を付けろ、と差し出されたのは、小さなリモコン。
付いているスイッチは、間違って押される事がないように、二重の蓋で覆われていた。
これを押したら、あの青い機体は木端微塵って事か。
ライノが乗っている時に押す事を想像しただけで、悪寒が走る。
なんで。
なんで俺が、こんな事を。
いくら兵器だからって、こんな──
「言っておくが、これは軍から下された命令だ。君に拒否権はない」
俺の言おうとしている事を先回りするように、シャンケルは言う。
そうか、こういう事のために、俺をここに呼んだのか。
俺はゆっくりと、リモコンを受け取る。
くそ。最悪だ。
出会った女の子を監視する
だってそんなの、ヒーローがする事じゃない。
命令されてしまったからには、自分で手を下す時が来ないようにするしかないな。
翌朝。
俺は、シャンケルから教えてもらったライノの個室に向かっていた。
だが着いた途端、ドアが開けっ放しな事に気付いた。
部屋の番号は間違っていない。確かにライノの個室だ。
「おいおい……」
ドアが開けっ放しなんて、無防備すぎるぞ。荒らされてたらどうするんだ。
ちょっとした羞恥心を抱きながらも、様子を確認しようと覗きこむ。
「な──」
途端、息を呑んだ。
何もない。
驚くほどに何もなかった。
少し中に踏み入れてみても、やっぱり何もない。
申し訳程度のベッドがあるだけで、あとは実際より広く感じるくらい何もない。
なんて、無機質な部屋。
空き部屋だって言っても、誰も疑わないレベルだぞ。
これじゃ、綺麗なだけの牢屋だ──
「あれー? 何してるのー?」
不意に背後から声がして、びく、と体が震えた。
我に返って振り返ると、いつの間にかライノがいた。何やら生暖かい目で俺を見上げている。
「ライノ!? いや、まあ、これはだな──というか、なんで部屋を開けっぱなしにしてるんだ!」
「ああ、ごめん。出て行った時鍵かけるの忘れちゃってた。でも盗られそうなもの別にないからいいか」
自分の行いを、そう割り切ってしまうライノ。
盗られそうなものが別にない。
俺はこの時、彼女の本当の姿を見たような気がして、唖然とした。
「で、あたしの部屋に何の御用?」
そして、思い出したように問いかけてくるライノ。
そうだ。俺はただ女の子の部屋を覗くために来た訳じゃない。
俺はこほん、と咳払いして、用件を告げる。
「いや、呼びに行ったんだよ。もうすぐ時間だから」
* * *
砂漠の太陽がぎらぎらと照り付ける中、飛行場のエプロンに置かれたそれを見て、俺は愕然とした。
「お、おい、こいつは──!?」
強い日差しを全て跳ね返しそうなほど、透き通った銀色の戦闘機。
その姿は、恐らく世界で最も有名なもののひとつ。
左右に開いた双垂直尾翼。大きく後退した翼は、今となっては珍しい可変翼。
すらりと細い機首、横長の胴体には2つ並んだエンジン。
F-14トムキャット。
銀幕の中で何度も主役として活躍し、多くのアメリカ海軍兵達の憧れとなっていた伝説の戦闘機。
だが、描かれている国籍マークはアメリカの星じゃない。緑・白・赤の蛇の目だ。
そして、装甲されたキャノピーの下には「IRIAF」と書かれている。
それが意味するのは、「イラン・イスラム共和国空軍」──
「なんでここにイランのトムキャットが!? しかもこれは、ドーター!?」
「そうだ。これはイランがロシアの協力の下で開発したというドーターだ。いろいろあって今はアメリカ軍の下に加わり、こちらでテストする事になった」
シャンケルが淡々と説明する。
おいおい、しれっとアメリカ軍に加わっていると言っているが、イランはアメリカの敵国じゃなかったのか!?
亡命か!? それとも鹵獲か!?
「紹介しよう。こちらがこのドーターのアニマだ」
そんな俺の動揺など無視して、シャンケルは隣に目を向けた。
そこに、一人の少女が姿を現す。
途端、俺は更なる衝撃を味わった。
「き、君は──!?」
見覚えのある、髪と首元を布で覆った褐色肌の女の子。
それは、俺がここに来る時の旅客機で隣の席にいた、あのイラン人の女の子。
彼女がフライトスーツを着て目の前に立っている事が、信じられない。
というか、フライトスーツが彼女の体の曲線美をくっきり描いていて、出ている所が相当に大きい所も信じられなかった。そんなにスタイルがよかったのかよ、ってどきりとするくらいには。
「
そんな俺の前で、彼女はあの時と同じように、穏やかに笑んで挨拶した。
(続く)