ライノ~ガーリー・エアフォース・アポクリファ~   作:フリッカー

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ALT.04 故郷のないドーター

「じゃ、かんぱーい!」

 ライノの合図と共に、かちん、とグラスが合わさる音が心地よく響いた。

 今宵の食堂は、いつもと違ったにぎやかさがあった。

 ライノが、トムキャットの歓迎会を開いてくれたのだ。

「っ、このコーラという飲み物は、結構染みますね……」

 主役たるトムキャットは、グラスに丁寧に口を付けた瞬間、驚いた様子でぱっと口を離した。

 どうやらコーラ、というより炭酸系の飲み物を飲んだ事がないみたいだ。

「そういうとこがいいんだよ、先輩♪ ささ、これも食べて食べて♪ 大丈夫、豚肉入った奴はないから♪」

 ライノはすっかりノリノリでコーラをがぶ飲みしながらピザの乗った皿を差し出している。

 歓迎会とか言いながら、自分で思いっきり楽しんでるじゃないか。

 トムキャットの方も、穏やかながら満更じゃなさそうな様子で何よりだ。

 ライノが差し出したチーズピザを、丁寧に頬張っている。

 スローフードを地で行っている食べ方。

 まるで育ちのいいお嬢様だ。

「あれ、『大飯食らいのドラ猫』って聞いた割には食べないね?」

「……そ、それは偏見です!」

「じゃあ、こういう若者っぽい空気が苦手とか?」

「それも偏見です!」

 ライノの不思議そうな質問に、拗ねた様子を見せながらピザを頬張り続けるトムキャット。

 へえ、あんな顔もするんだな、あいつも。

 というか、学生みたいなワイシャツ姿のライノと、ペルシャ風の民族衣装を着たトムキャットが並ぶ様は、まさに異文化交流だ。

 異文化、そういえば──

「そういえばトムキャット──いや、呼びづらいからトムでいいか?」

「はい、大丈夫です。何でしょう?」

「君、どうしてイランからアメリカに来たんだ?」

 ストレートに聞いてみた。

 すると、なぜかトムキャットは少し困ったような顔をして目を泳がせた。

 やっぱり言いにくいのか?

 そんな時、ライノが口を挟んできた。

「え、ヌードル知らないの? イランは壊滅したんだよ。ザイの攻撃で」

 ……え!?

 イランは、壊滅した!?

 すごくどうでもいい事のようにしれっと話された内容に、俺は衝撃を受けた。

「あたしだって世界情勢くらい勉強してるよ? イランはロシアと手を組んでザイを打倒するつもりだったみたいだけど、その準備が整う前に分断されて壊滅したんだって。おかげでペルシャ湾は今大変な事になってるみたいだよ? 原油がろくに運べなくなって、中東の軍隊が必死に抵抗してるタンカー戦争状態なんだって。ま、ここはシェールオイルがあるからあまり関係ないけどね」

 他人事のように笑顔の仮面を見せて語るライノ。

 見ると、トムキャットは食事の手を止め、複雑そうに顔をうつむけている。

 そりゃそうだ。

 自分の故郷の事をこんな顔で語られたら、人によっちゃ怒るぞ。

「先輩は、どうしてイランを捨てて逃げたの? 最後の一兵になるまで戦えー、とか言われなかったの?」

 しかも、そんな事まで笑みながら振ってきた。

 あまりにも軽率すぎる問いかけ。

 故郷を見捨てるなんて最低だね、ってバカにされていると解釈されてもおかしくない。

「ああ、ごめん! こいつはこんな風に言ってるけど、悪気はないんだ! ちょっと、いろいろと訳ありでな! だから、どうか怒らないで──」

 俺は苦笑しながらとっさにフォローしようとした。

 だが。

「……いえ、平気です。ライノが言った事は、全て事実なので」

 トムキャットは弱々しい声でそう語り、ちびちびとピザを食べ始めた。

 場の空気が、重々しくなった瞬間だった。

 

 結局、その後の歓迎会はものすごくぎこちないものになってしまい、消化不良な形で終わってしまった。

 トムキャットの口数が途端に減り、ライノも笑ったまま困惑したほどだ。

 ライノがあんな事を笑顔の仮面で語ったせいだが、元はと言えば俺が軽率な話を振ったせいだ。

 あの子は、亡命した訳でも鹵獲された訳でもない。

 単に、故郷を失って逃げてきたのだ。

 聞けば、ザイによって壊滅した中国も、軍隊や国民達が周辺国に逃げ込んでちょっとした騒ぎになっているらしい。

 そんな事が、最前線から遠く離れたここアメリカでも起きていたのだ。

 ザイと真っ当に戦えるはずのドーターが、なぜ母国を捨てて逃げてきたのかはわからない。

 ただ、トムキャットのあの顔を見る限り、それに後ろめたい思いがあるのは間違いない。

 そんな所に、俺はデリカシーなく触れてしまった。

 だから謝らないと。

 俺はそう思って、トムキャットに与えられた個室の場所を聞いて、そこに向かった。

「あそこだな──ん?」

 すると、妙な事に気付いた。

 ドアが開いている。

 おいおいライノと同じか、と一瞬思ったが、部屋から変な声が聞こえてくる。

 何やら、誰かのうめき声のようなものが。

 廊下には俺以外誰もいない事もあって、嫌な予感がした。

 俺はすぐに空いたドアの向こう側を覗き込んだ。

 そこで見たのは。

「へへへ、所詮お前はアニマだ。人間様にはどう足掻いても抵抗できない」

 見慣れない男の後姿だった。

 ここの職員か?

 部屋の隅に、誰かを押し倒している。

 すぐにトムキャットだとわかった。

 髪に巻いているはずの布は剥ぎ取られ、滑らかなセミロングの銀髪が露わになっていた。

「……っ、やめて、ください……!」

 トムキャットは抵抗できず、泣くように懇願するだけ。

 それも空しく、着ている赤い民族衣装が、びり、と破れる音と共に剥ぎ取られる。

 ゆったりした衣装に隠れていた、グラマラスに膨らんだ胸が露わになる。

「いいだろう? お前は2()0()2()0()()()()()()()()んだろ? なら、この先の未来はしばらく安泰って事じゃないか。真面目になりすぎる事ないんだよ」

 あいつ、何訳のわからない事言ってるんだ。今は2017年だぞ。

 いや、そんな事はどうでもいい。

「だから、観念して俺のものになりな……イラン色に染め上がったその体を、アメリカ色に戻してやるから……かわいいかわいいペルシャ猫ちゃん?」

 男の手が卑しくトムキャットの丸い体をなぞり、その豊満な胸を鷲掴みにする。

 そして、男の口が首筋を貪り始める。

「ひゃ──っ! やめて──ああっ!」

 艶やかな悲鳴を上げるトムキャット。

 だがなすすべなくその体を弄ばれるしかない。

 あいつ、完全にやる気だ。

 明らかに嫌がってる女の子に手を出すとは、なんて最低な奴だ──!

 気が付けば、俺は部屋の中へ踏み出していた。

「おい、てめえ!」

 込み上げる感情に任せるまま叫ぶ。

 途端、我に返った男が振り返って俺の存在に驚く。

「な──!?」

 そんな男をトムキャットから無理矢理引っぺがし、俺はその顔に一発鉄拳をかましてやった。

 簡単に壁に叩きつけられる。その衝撃で、近くにあった棚が倒れた。

 だが、今は構っている余裕などない。

「戸締り忘れるほど理性飛んでたのが運の尽きだったな! このロクデナシめ!」

 とどめに、腹に鉄拳をもう一発。

 途端、ぐは、と情けない声を上げた男は、あっさり気を失って崩れ落ちた。

「ったく、抵抗できない事を利用して女の子を襲うなんて、男の風上にも置けねえな……」

 俺は、少しだけトムキャットの様子を確かめる。

 彼女は俺をぽかんと見ていた。

 だが、その剥き出しになったグラマラスな体に目が行きそうになって、慌てて顔を戻す。

「……だ、大丈夫か?」

「は、はい……」

「ほら、これ着ろ」

 俺は、とりあえず着ていたジャケットを脱いで、ぽんとトムキャットの所へ放り投げた。

ممنون(マムヌーン)(ありがとうございます)」

「どうしてこんな男を部屋に入れたんだ?」

「いえ、急にここを訪れて来て、ちょっと用事があると言ったのでドアを開けたら、無理矢理ドアをこじ開けて入って来て……」

「気を付けなよ。女の子一人なんだから、こいつみたいな卑しい男にいつ付け込まれるかわからないぞ」

「そうですね……」

 そんなやり取りをしながら、俺は気を失った男を部屋の外へ引っ張り出そうとした。

 そんな時、不意に何か大きいものを踏みそうになった。

 慌てて足を上げて確かめると、そこには意外なものが落ちていた。

 マトリョシカ人形だ。あの、ロシアのお土産として有名な。

「これ、君のか?」

 念のため、拾ってトムキャットに見せてみる。

 俺のジャケットを着ていた彼女は、はっと目を見開いて俺の手からマトリョシカ人形を受け取る。

ببخشید(ベバフシード)(すみません)……これは、大切なものなんです」

「そうか……悪かった。派手にぶっ飛ばしたもんだから」

 頭を掻きながら自然と謝っていると、不意に足音がして、部屋に誰かが入ってきた。

「一体何の騒ぎだね?」

 気だるそうな顔をして現れたのは、シャンケルだった。

 

(続く)




F-14A-ANMトムキャットの基本情報はこちらを参照(キャラメーカーで再現した画像もあります)
https://twitter.com/flicker_tw/status/1115300702106963968
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