ライノ~ガーリー・エアフォース・アポクリファ~ 作:フリッカー
「そうか……全く、人の備品をおもちゃにしようとするとは困ったものだ」
研究棟で事情を話すと、シャンケルは困ったように肩をすくめた。
人の備品。
それだけで、シャンケルはトムキャットの身を「女の子」として心配していない事がわかった。
「どこかの国ではアニマをラブドールと勘違いしている輩がいるらしいが、目的をはき違えてもらっては困る。いざという時に不調が出たら迷惑するのはこっちなんだぞ」
「……ライノは大丈夫なんですか?」
「私の管理物だと強く言っているおかげか、今の所手を出した輩はいない。トムキャットは恐らく、よその国のアニマだから手を出しても文句は言われないと思ったのだろう。ま、君のような人がいて助かったよ。彼には厳重注意をしておいた。貴重な研究サンプルだから丁重に扱え、傷つけたせいで正確なデータが取れなくなったらどうする、とな」
……何だ、それ。
体よく利用されてしまった感覚。
──当然だろう。あれは無人機だ。中身はそのオートパイロットに過ぎない。
シャンケルの言葉を思い出す。
やっぱりこいつにとっては、ライノもトムキャットも「無人機の頭脳」にすぎないんだ。
苛立ちを覚えて、自然とこんな問いが出た。
「トムキャットも、研究サンプルなんですか」
「そうだ。最初は技術検証のために解体する予定だったが、あれは
「秘密? 何ですかそれは?」
「では少し昔話をしよう。ロシアのある調査団が、中央アジアのとある砂漠地帯であり得ないものを発掘したんだ。朽ちたジェット戦闘機の残骸だ。たたの墜落機かと思って調査すると、それはイラン空軍のトムキャット、それもドーター。しかも
……は?
発掘された千年前のドーター?
何言っているんだ。千年前って言ったら神聖ローマ帝国とかの時代だぞ? 空を飛ぶ力なんて作り出されてすらいない時代だ。
「千年前に、トムキャットのドーターが存在したって言うんですか!?」
「そういう事になるが、驚くのはまだ早い。イラン空軍は機体の照会を行った訳だが、当時イランにドーターは存在しなかった。それどころか開発計画さえなかった」
……は?
イランに存在しなかったドーターが、千年前に存在したってどういう事だ?
「しかも、コックピット内で発見された朽ちた書類には、『2027年9月』という日付が書かれていた」
……は? は?
ますます話がわからない。
千年前の機体から10年後の未来の書類が出てくるってどういう事だ?
そういえば、トムキャットを襲った男は言っていたな。
2020年代生まれなんだろ、って。
まさか──
「つまりだ。そのドーターは2020年代に開発された未来の機体で、何らかの形で千年前の過去に飛ばされ、千年の時を経て2017年の現代に蘇ったタイムトラベラー、という可能性だ」
開いた口が塞がらない。
未来から来たドーター。
それも、千年前に飛ばされたっていう途方もない回り道をして、今に蘇った。
ドーター自体がSFめいた存在なのに、ますますSF度が深まる話だ──
「幸い機体とアニマは朽ちていたがコアだけは生きていた。そこで、彼らは考えた訳だ。このトムキャットのドーターを復元すれば、その正体、あわよくば2027年の世界を知れるのではないかとね。こうして、イランはロシアの協力の下、トムキャットの復元を行った。とは言っても、コア以外はほぼ全て造り直す形になったらしいがね。そうして不死鳥のごとく蘇ったのが、ここにいるF-14A-ANMトムキャットという事だ」
俺は、トムキャットに目を向ける。
検査着を着ていた彼女は、やや顔をうつむけている。
「本当、なのか?」
俺は思わず、トムキャット本人に聞いていた。
「そう、らしいですね」
トムキャットは顔を上げて、複雑な表情を見せながら答えた。
そう、らしい?
「確かにわたくしは、今いる年が2010年代という事に少し違和感があります。ですが、メモリーが破損していて、復元前の事をはっきりとは思い出せませんでした」
「えっ、そうなのか?」
「開発者の方々は、わたくしの記憶を復元しようといろいろ試行錯誤していましたが、結局身を結ぶ前に、イランは──」
再びうつむけた彼女の表情に、暗い影が落ちる。
そうか。
考えてみたら、千年間も地中で朽ちていたんだ。メモリーが破損なんて事があっても不思議ではない。
つまり彼女は記憶喪失状態。
自分がなぜ2027年から2017年に来たのかもわからない状態──
「そこで、君の出番という訳だ。アンダーソン君」
「え?」
「君に、トムキャットの記憶を蘇らせる実験に『代役』として協力してもらいたい」
と。
いきなりそんな話が出てきて、俺は不意を突かれた。
「なんで、自分が?」
「君の脳波を、トムキャットと同調させるんだ」
「脳波を、同調? それだけで、記憶が蘇るものなんですか?」
「可能性としてはある。オーストラリアで行われていた研究でな、アニマの起動キーとして人間の脳波を使う事が検討されていた。その過程でアニマが持つ記憶を垣間見れる事が、偶発的に発見されたんだ。原理は未だ判明していないが、脳波を同調させる事で相手の記憶にアクセスできるようになるのは確かだ」
「そう、なんですか……」
「本来は先程君が殴り倒した相手が担当する事になっていたが、あんな騒ぎを起こしたからには任せられない。だから君に代役を願いたい訳だ」
俺は改めて、トムキャットに目を向ける。
顔を上げたトムキャットと、目が合う。
人の記憶を見るって言うのはどうも実感が湧かないが、何か勝手に見てはいけないものを見るようで抵抗がある。
「……いいのか、俺で?」
「はい」
トムキャットは、何の迷いもなくうなずいた。
俺って、体よく使える何でも屋としてここに来たのか?
そんな事を思いながら、ベッドに寝る。
検査用の機材だ。恐らくはアニマ用。どんな事に使っているのかは知らないが、脳波同調と言っているからにはそれにまつわるものだろう。
「……トム」
隣に置かれたベッドには、トムキャットが横になっている。
俺が呼びかけると、彼女は顔だけ俺に向けた。
髪を隠す布を外した彼女の顔立ちは、きれいなセミロングの銀髪がとても印象的で、大分印象が違って見える。
そんな彼女に、俺はさっき言うべきだった事を言う。
「さっきは、ごめんな」
「え、何がですか?」
「歓迎会だよ。俺が変な事聞いちゃったせいで、台無しにしちゃってさ」
「いえ、気にしていませんから大丈夫です」
トムキャットは、穏やかに笑みながら答えた。
だが、どうしても思ってしまう。
単に遠慮しているから言っているんじゃないかと。
ライノの笑顔が仮面だと知ったからか、アニマの笑顔に疑り深くなってる。
「本当か? 気にしてるなら言ってもいいんだぞ? そう言われる覚悟は、できてるからさ」
「中尉さんは、優しいお方なんですね」
へ?
不意に優しいと言われて、俺はどきりと胸が高鳴った。
「この国の人々は、わたくしに対して事務的にしか接してくれませんが、中尉さんは違って見えます。だからあの時助けてくださったのでしょう?」
「そ、そりゃあ、まあ……」
照れ隠しで、思わず天井を見上げた。
「そんな中尉さんになら、記憶を見せても大丈夫だと、わたくしは信じています」
「お、おう……」
やばいな。
こんな時に、心乱されるような事を言われたら心の準備ができなくなりそうじゃないか。
「お喋りはそこまでだ。始めるぞ」
と。
シャンケルの言葉で、我に返る。
とにかく落ち着こう。
深呼吸だ。大きく息を吸って、吐く。
くす、とトムキャットが笑う声が聞こえた。
スタッフの手で、ヘッドホンとアイマスクが付けられる。
「では、同調開始だ」
途端。
意識が一瞬で暗闇に落ちていく。
睡眠薬でも飲まされたかのように──
(続く)