ライノ~ガーリー・エアフォース・アポクリファ~   作:フリッカー

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ALT.06 レストア・メモリーズ

 最初に見えたもの。

 砂漠に佇む、惑星じみた巨大な球体。

 そこに飛び込む、赤いデルタ翼の戦闘機。

 何をする気、と思った。

 任務と違う、と思った。

 だから追いかけた。止めようと。

 だが、球体から放たれた射撃が、それを阻んだ。

 鳴り響く警報。

 ひしゃげていく機体。

 砕け散っていく自らの体は、球体から発せられた眩い光に飲み込まれた──

 

 これが、トムキャットの記憶か。

 次々と流れてくる映像。

 だが、その量は膨大で、全てを掴み取る事などできない。

 泳いでいる無数の魚を、手掴みで捕ろうとするようなものだ。

 当たり前だ。記憶できる量には限りがある。思い出せる量には限りがある。

 とりあえず、一番掴みやすそうなもの──強烈に印象に残っているものを、見ていく事にしよう──

 

 映像が切り替わる。

 中東らしい乾いた平原の真ん中にある、イランの航空基地。

 そこで『復元』されたトムキャットは、友好国からの使者と出会った。

 クロームオレンジの髪を持つ、記念すべき世界最初のアニマ。

 彼女には、とても世話になった。

 まだ蘇って間もなかったトムキャットに、彼女はいろいろな事を教えてくれた。

 ザイとの戦いに関する重要な事から、母国の事情など他愛ない事まで。

 そんな彼女は別れ際、ある木の人形を差し出した。

「……それは?」

「マトリョシカって言うんだ。あたしの地元の有名な人形さ。ほら、こうやって開けると、中から別の人形がいっぱい出てくる」

 ぱか、と人形を開けて見せる。

 割ると小さな人形が次々と出てくる不思議な人形を初めて見たトムキャットは、わあ、と声を漏らした。

「どうしていくつも人形が入っているんですか?」

「子孫繁栄──つまり家族が増えるって意味があるのさ」

「……家族?」

「今は連れてきてないけどな、あたしにもいるんだ。かわいくて、とても心強い妹達がな」

 友好国のアニマは、丁寧に人形を元に戻し、改めて差し出してくる。

「お前にも、妹ができるといいな」

 にかっと快活な笑みを浮かべながら。

「……はい!」

 丁寧に人形を受け取ると、2人のアニマは軽く抱擁を交わす。

「一緒に戦える日を楽しみにしてるぜ、トムキャット」

「こちらこそ、ジュラーヴリク」

 ……だが。

 彼女と会う事は、この日以来二度となかった。

 

 映像が切り替わる。

 戦局は刻一刻と悪化していった。

 本来はロシアと共同でザイを挟み撃ちにする算段だったが、準備が整う前にロシアと分断されてしまったのだ。

 調整が難航していたトムキャットはとても実戦に出せる状態ではなく、イラン軍は敗北を繰り返す。

 そして、遂に基地にもザイの魔の手はやってきた。

 施設が空爆で爆破されていく中、トムキャットは急いでドーターに乗り込む。

 だが、ドーターに武装は一切装備されていなかった。

 驚く彼女の下へ駆け付けたのは、調整を担当していた男。

「いいかトムキャット、離陸したらすぐイランから脱出しろ」

「え……どういう事ですか大尉さん!?」

 男は、後席に大きなバッグを投げ入れる。

 その口からは、あの時もらったマトリョシカが僅かに飛び出していた。

「この国はもう終わりだ。だが、君はまだ戦うべきじゃない。まだ死んでもらう訳にはいかないんだ」

「ですが! 友軍を見捨てて脱出なんて、わたくしにはできません! わたくしも戦います!」

「ダメだ!」

 反論は、男の一喝で遮られた。

「君は、最後の希望なんだ。例えこの国がなくなろうと、君さえ生き延びられればこの国を取り戻す可能性が残る。だから、必ず生き残れ。生き残った先で、このバッグの中身を見せるんだ。そうすれば、君を完全なドーターにしてくれる人が必ず現れる。そうしてもらってから、イランに戻ってこい!」

 男がコックピットから離れる。

 装甲キャノピーが強制閉鎖。

 自動的にエンジン始動。

 事前に入力されたプログラムに従って動いている。逆らえない。

 最後に見たのは。

 空から向かってきたザイに、小銃一丁で立ち向かおうとした男の後姿と。

 それを捻るように簡単に飲み込んだ、爆炎だった。

「────────────!」

 言葉にならない声を上げていた。

 それを燃料とするように、アフターバーナー点火。

 銀色の翼は、燃え上がる炎の光を反射しながら、空へと舞い上がった──

 

     * * *

 

「……そうか、辛かったな」

「はい」

 俺が言うと、トムキャットはうなずいた。

 眼下では、まだトムキャットの記憶の映像が流れ続けている。

 故郷を脱出したトムキャットは、盾となった友軍に庇われながら隣国のイラクへ着陸し、そこでアメリカ軍と出会った。

 脱出の際に後席に置かれたバッグには、完成させる事ができなかったトムキャットの各種装備データが収められたディスクが入っていた。

 それがDARPAの目に留まり、技術解析も兼ねてアメリカへ渡る事となったのである。

「トムは、イランを取り戻したいんだよな?」

「はい。わたくしを逃がすために、多くの友軍が犠牲になりました……彼らに報いるためにも、取り戻すまで諦めたくありません──わたくしは、イラン最後の希望ですから……」

 うつむくトムキャットの瞳は、僅かに潤んでいる。

 それだけ、何もできなかった事が悔しかったのだろう。

 こんな女の子が故郷を捨てるなんて事を経験したなんて、その悲しみを背負って戦わないといけないなんて、かわいそうだなと俺は思った。

 でも、そんな女の子一人が背負うには重すぎるものにも、彼女は負けずに前に進もうとしている。

 だから──

「最後の希望か……わかった」

 俺は自然と、トムキャットの両手を取っていた。

 え、とトムキャットが少し驚いて顔を上げる。

「俺が力になってやるよ。何ができるかはわからないが、できる限りの事はする」

「中尉さん……」

 潤んだ目に、光が戻る。

 トムキャットは、俺の両手を握り返す。

 小さくても、暖かい手。

 機械であるはずなら絶対に持てない体温。

 それで、俺は確信した。

 彼女は──いや、アニマはただの機械じゃないと。

「トムは、いい正義の味方になれそうだからな」

「正義の味方……いい響きですね」

 トムキャットが微笑む。

 途端、辺りから色彩が失われていく。

 ああ。

 どうやら、目を覚ます時が来たらしい──

 

      * * *

 

 気が付くと、俺はベッドの上に戻っていた。

 最初に見えたのは、見覚えのある青い髪。

「……あ! ヌードルが起きた! 大丈夫? これ何本かわかる?」

 ライノだ。

 まるで無邪気な子供のように笑みながら、右手の指を4本立てている。

「おい、寝起きの人をからかう気か、ライノ……? 俺は別に死にかけた訳じゃねえんだぞ……?」

「え? さっきウィリーに聞いたら少し危ない状態になりかけたって聞いたけど?」

 何だ、それ。

 嘘かホントかわからん話だな、と思いつつ目覚めたばかりで重い体を起こす。

「そうだ、トムは?」

 隣のベッドに目を向ける。

 トムキャットは、既にベッドから体を起こしていた。

 周りには、シャンケルら何人かの研究者達が集まっている。

 何だよ。

 俺の所には来ないなんて、少しはこっちの心配もしろっての。

「思い出せたかね?」

「……はい、シャンケルさん。おぼろげな所はありますが、確かに思い出す事ができました」

 トムキャットの冷静な答えを聞いて、研究者達が僅かにどよめく。

 どうやら、実験は成功したらしい。

 シャンケルが、トムキャットに質問する。

「では聞こう。君は、確かに2020年代に生まれたアニマなのか?」

「はい。わたくし、F-14AM-ANMトムキャットは、2026年に誕生しました。今が2010年代という事に違和感があった理由もわかりました。わたくしは──いえ、ドーターは本来、()()()()()()()()()()()()()()()()()。ドーターが初めて実用化されたのは、2020年代のはずですから」

 トムキャットの冷静な答え。

 研究者達が、再びどよめいた。

 もちろん、俺も例外じゃない。

 ドーターが初めて実用化されたのは、2020年代?

 じゃあ、トムはともかく、ライノはなんでここにいるんだ?

 シャンケルが、平静を装うとしているのがわかった。

「で、では次だ。君がいた2027年、我々人類はザイに勝つ事ができていたのかね?」

「……いいえ」

 トムキャットは、首を横に振る。

 三度どよめく研究者達。

 そして、トムキャットは冷静に、衝撃的な事を口にした。

「ドーターの力だけで、ザイを滅ぼす事は絶対にできません」

 

(続く)

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