ライノ~ガーリー・エアフォース・アポクリファ~   作:フリッカー

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ALT.07 無様なデモンストレーション

 この日、俺は空の上にいた。

 地平線の果てまで広がる砂漠の景色が、ぐるりと一回転する。

 だが、操縦しているのは俺ではない。

 俺がいるのは、トムキャットの後席。

 メンテナンス用として設置された通常系コックピットに座り、飛行の様子を眺めるだけだ。

 装甲キャノピーの下からモニター越しに見る景色は、普通にガラスのキャノピーで見るものと変わらない──のだが、生憎呑気に眺めている暇はない。

 俺は遊覧飛行しにここにいる訳じゃないのだ。

『今度は負けないよっ!』

 無線で聞こえてくる気合十分な声の主は、ライノだ。

 振り向けば、青く輝く機体が背後を取って追いすがってくるのが見える。

 こちらの動きにしっかりついてくる。

 だがそれは、前席に座るトムキャットも理解していた様子だった。

 急に体がシートに押し付けられた。

 機体が加速し始めている。

 銀色に光る可変翼が、ゆっくりと後退していくのが見える。

『えっ、え──っ!?』

 ライノの驚く声。

 距離が見る見る内に離れていく。

 その勢いに任せて上昇すると、更にシートに押し付けられる力が強まる。

 ライノが、ついて行けずに落伍する。

 直後、急に世界が反転した。

 宙返りではない。機体そのものをひっくり返すような動き。

 たちまち目の前に、ライノの背中を捉える。

 重力を加えて、一気に急降下。一気に飛び込む。

 ピパーが、どんどん迫ってくるライノに重なる。

「ガンズ・ガンズ・ガンズ」

 トムキャットが、冷静に機関砲発射を告げる。

 直後、ライノの右側を一瞬で通り抜けた。

 まるで流れ切りのような、鮮やかな射撃だった。

『え──っ!?』

「わたくしの勝ちです、ライノ」

 トムキャットの勝利宣言は、冷静だった。

 対するライノは、自分がいつの間に負けていた事も理解できないのか、無言になってしまう。

 しかし、機体に搭載されている模擬空中戦システムは、間違いなくトムキャットの勝利を知らせていた。

「これで四回目です。そのような動きでは、ザイに勝つ事などできませんよ」

『も、もう一回! もう一回やらせて!』

「そうですね……まだ燃料には余裕がありますし、あと一回ほどはできそうです。中尉さん、大丈夫ですか?」

『いや、俺の事は気にしなくていい……』

 振り返ったトムキャットに、俺は片手を上げてそれだけ答えた。

 実は激しい機動続きで、気分が悪い。

 お前パイロットだろ、と言われそうだが、自分で動かすのと動かさないのとでは勝手が違うんだ。戦闘機乗りにだって、絶叫マシーンが嫌いな奴はいる。

 自分で自分をくすぐっても何も感じないが、人にくすぐられると笑っちまうのと同じ理屈、と言えばわかるだろうか。

 だが、ここで気分が悪いと女の子の前で言うのは、とてもじゃないができなかった。

 男の尊厳、って奴だろうか。

「わかりました。ではライノ、丁度あなたは有利な立場にいます。そこから攻撃してきていいですよ」

『いいの? よし!』

 ライノは、トムキャットの後ろ情報にいる。

 背後を取り、同時に高度も確保している、圧倒的に優位な位置。

 そんなハンデキャップを許すのは、やはり勝者の余裕という奴か。

『今度こそ勝つんだから! 覚悟っ!』

 ライノが叫ぶと同時に急降下。

 先程トムキャットがしたのと同じように、速度に乗って背中に迫る。

 だが。

 トムキャットは、不意に可変翼を大きく広げた。

 同時に、尾部のエアブレーキも展開。

 急減速。今度は体が前につんのめりそうになった。

 そして、ぐいと機首を上げて、ひらりと右へロール。

『あっ!?』

 ライノの突撃は、あえなくかわされてしまった。

 オーバーシュートだ。

 一瞬にして攻守を逆転したトムキャットは、射撃のチャンスを逃さなかった。

「ガンズ・ガンズ・ガンズ」

 ピパーは、前に飛び出してしまったライノの後姿を正確に捉えていた。

 勝負あった。

「わたくしの勝ちです」

『そ、そんなあ……』

 さしものライノも、ハンデキャップありで負けてしまった事には愕然としていたようだった。

「ただがむしゃらに突っ込めばいいというものではありませんよ、ライノ。それしかできないならば、次回もわたくしが勝ちます。なぜ負けたのか、次回までにしっかり考えておいてくださいね」

 穏やかな表情に反して、容赦のない指摘。

 結局、全戦全勝か。

 強いな、トムキャットは。

 だが、今ここでライノに一回も勝たせなかった事は、正直かなり問題だ──

「──おえっ!?」

 俺は遂に出てきてはいけないモノが込み上げてくるものを感じて、とっさにエチケット袋を手に取っていた。

 

     * * *

 

 トムキャットの記憶が戻ってから、ライノを鍛える仕事が本格化した。

 トムキャットをアグレッサー役として、模擬空中戦を行うのだ。

 俺は空ではその安全監視役としてトムキャットの後席から模擬戦を見守り、降りたらライノの機動を分析してアドバイスする。

 普通の戦闘機じゃできない機動を軽々とやってのけるドーターの後席から模擬戦に付き合うのは正直しんどい。

 今日みたいに、吐く事など日常茶飯事だ。

 だが今は、それよりもっと質の悪い事が起きている。

「博士! どういう事かね!? 我が軍の新型ドーターが、イランの旧型ベースドーターに圧倒されっぱなしだったではないか!」

「あんな体たらくで、本当に実戦で役に立つのかね?」

「我々の技術は、イランにさえ遅れを取ってしまっているのですか!?」

 廊下でシャンケルが、質問攻めに遭っている。

 彼を囲んで質問しているのは、立派な制服を着たアメリカ軍の高官達。

 そう。今回の模擬戦は、軍のお偉いさん達に披露するデモンストレーションだった。

 そんな舞台で、ライノはトムキャット相手に全敗という無様な姿を見せつけてしまったのだ。

「……ライノは空戦技術が未完成です。不完全な状態を見て、欠陥機だと決めつけるのは時期早々──」

「言い訳はもういい! 我々が求めているのは結果だ! 結果を出せないのなら、AZ-UCAS計画を続けさせる理由はない!」

「そもそも、たった数機しか作れないドーターを完成させた所で、戦局の打開など可能なのかね?」

「やはりこんな計画よりも、現有戦力の回復に予算を割くべきだったのでは?」

 散々な言われようだ。説明しているシャンケルもさぞかし参っているだろう。

 現場の事を知らないお偉いさん達に見放されたら、どんなにいいものも簡単に潰されてしまう。

 嫌な話だ。

 せっかく食堂でスパゲッティを食ってるのに、全然おいしく感じねえくらいには。

「……トム、なんで空気を読まずに負けてあげなかったんだ?」

 俺は、隣に座っていたトムキャットに声をかけた。

 テーブルの上できれいな絵が描かれたトランプカードを丁寧に並べていたトムキャットは、何の話かわかからないとばかりに首を傾げた。

「空気を読む、と言いますと?」

「今の見ただろう? あそこでライノを勝たせてあげなかったら、ライノを開発していたDARPAの立場がなくなるだろう? それでライノの未来が潰されたらどうする?」

「わたくしは人間同士の争いには干渉できません。人間達が何を考えていようと、その争いに加担する事はできないようにプログラムされています。ザイから人類を守る事が、わたくしのプログラムであり、信念でもありますから」

 あくまで穏やかに、澄んだ表情のままでトムキャットは語る。

 うぐ。

 人間同士の争いに干渉できない、か。

 それだったら、軍上層部とDARPAの関係を推し量ってわざと負けるなんて事は無理って事か。

 アニマって、随分とややこしい事がプログラムされてるんだなあ。ザイから人類を守る事にしか使えないって言うのはかっこいいけどさ。

「……そうだとしてもだ。ただ一方的に打ち負かすだけじゃ、ライノが強くなれない。わざと隙を作ってそれを見つけさせるとかしないと──」

「ですが、ライノの機動は、とてもわかりやす過ぎるのです」

 トムキャットが、テーブルに顔を戻して話を続ける。

 機動が、わかりやす過ぎる?

「その動きに感情はなく、機械のように正確にこちらを狙ってくるのです。ですがその分、パターンさえわかってしまえば対処もしやすいのです」

 機械のように正確で、感情のない動き。

 それは、俺がライノと初めてした模擬戦で感じたのと同じだった。

 トムキャットも、俺と同じ事を感じていたのか。

「ですが彼女も必ず成長します。カードにもそう出ていますから」

 トムキャットは、テーブルに置かれた一枚のカードを指差す。

 クラブのAだ。

「クラブのAは、『努力の成就』という意味があるのですよ」

「え、まさかライノの将来をトランプで占ってたのか?」

「はい」

 トムキャットがうなずく。

 トランプ占いができるなんてのも初めて知ったが、まさか占いでそう出ているから何しても大丈夫、とか言うんじゃないだろうな、この子……?

「じゃあ、ここにあるスペードの3はどういう意味なんだ?」

 俺が試しに聞いてみると、トムキャットは目を見開いた。

 俺が指差したスペードの3の絵は、上下が逆さまになっていた。

「これは──」

 トムキャットの眼差しが、真剣なものになる。

 え、何か重要な意味でもあるのか?

 答えを待っていた、そんな時。

「話は聞いたぞ、せんぱーい!」

 不意にライノの無邪気な声が聞こえてきた。

 トムキャットが反応して顔を向けると、その顔面にぺし、と何かが飛んできて張り付いた。

 パイロットが使う手袋だ。

 顔面からそれを剥がしたトムキャットは、不思議そうにそれを眺める。

 見ると、俺の背後にいつの間にかライノがいて、何かのごっこ遊びでもしているかのように笑みながら仁王立ちしている。

「今からあたしと、トランプゲームで勝負だーっ!」

 トムキャットを指差しながら、堂々と宣告。

 は……?

 おい、手袋を顔面に投げつけるって、決闘を申し込む時のやり方だぞ?

 トランプゲームをしたいだけで、なんでわざわざそんな事するんだ?

 

(続く)

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