命の意味~Per connetterti con te~ 作:Anmary
「魔剣教団について、教えろ」
じゃらじゃらとカウンターに落とされる金貨に、その女はほほ笑みを浮かべるままだった。波打つ背中ほどまでの黒髪と、それと同じ色のまつ毛にに彩られた青い瞳。年はたぶん少し上だろう。どこか老成したような雰囲気と共にひどく甘い香水と酒の香りがまともにぶつかりあっていて酷く混沌とした印象を受ける。
「それを、アタシに聞くの? そこらを歩いてる奴に適当に聞いたって答えは返ってくるだろう」
言外に突っぱねられたとわかっていても、バージルはその金貨をそのままにして更に言葉を重ねた。
「教団からのマークがないうちに調査を終わらせたい」
「だったら追加料金だね、そうすれば魔剣教団の情報に加えて足のつかない三食昼寝付きの宿も提供してあげる」
バージルは1つため息をついて更に懐の袋から金貨を掴み、彼女の前に捨て置いた。
彼女は満足げにそれらをかき集め、自分の懐に入れてしまってからカウンターを開けて彼を先導し歩き出す。そうしつつ振り返ることもなく名乗った。
「アタシはビアンカ」
「バージルだ」
いかにもといった風情の古書店はそう広くなく、カウンターの横にある『関係者以外立ち入り禁止』と銘打たれた扉を開けばむしろ古書店よりもそちらの方が広いのではないかと思われる居住空間があった。
彼女の趣味なのかなんなのかはわからないが、アンティークで固められた家具達はそれなりに手入れはされているらしく質のいい光沢がある。一つの大きな部屋、その入り口を背にした両側にいくつもの扉があり、おそらくその先には個室がそれぞれ続いているのだろうと思われた。最奥にあるのは大きな暖炉だ、だが最近使った形跡はなく、炉内には灰一つない。
「そっちの部屋を使うといい、もちろんあんたがここに居るって情報は金を積まれても話さないから安心してくれていいよ」
そんな言葉を背で聴きながら彼はぞんざいに彼女が指し示したあるひとつの扉を開け放った。中にあるのは大きめのクローゼットとひと揃いの寝具、それから少し褪せを感じる絨毯など。寝に戻るだけの宿にしては少しばかり機能的すぎるだろうが前払いでもう対価は支払っているのだし何も言わないことにする。
「さて、魔剣教団について……だったか」
まるで談話室のようなていの広い空間の中で革張りのソファに体を落ち着けながらビアンカはそう切り出した。「店はいいのか」と問うと「誰も来ないさ、そもそも外の看板は24時間365日いつだって『準備中』だしね」との答えが返ってくる。
「言うまでもなく魔剣の呼称が指し示すのは魔剣士スパーダそのものだ、この城塞都市フォルトゥナはかつてスパーダが自ら統治していたという歴史があってね。それが彼を崇拝する宗教として、彼がこの街を去った後も根強く残っているわけさ」
「なぜ、スパーダが?」
「アンタもここに来るまでに見ただろう?」
地獄門か、とバージルは低く唸った。
その名の通り地獄へと通じる門は言い換えれば魔界への入口だ。都市のど真ん中に堂々と聳え立つそれは一見した限りでは稼働している様子はなかったが。
「この土地は魔界への入口になりやすい地相だったんだ、スパーダが長い時間をかけてそのたくさんの綻びを地獄門という一点に集約し二度と開かないよう閉じたって言われてる。……彼が持っていた力の一振でね」
「……ヤマト」
「そう、閻魔刀の力で。それが実物? へぇ、初めて見た」
バージルが手にする刀はかつて父が所有していたという武器だ。彼女や彼が称したように『閻魔刀』ないし『ヤマト』という名がある。それには人と魔の両者を分かつ力があるらしく、おそらくその力で人間界と魔界の境を切り離したのだろう。
ビアンカはいつの間にか手に持っていたロックグラスを煽り、中に入っていた琥珀色の液体を飲み干した。あの濃さの酒の臭いを放つには相当の飲酒量だと察せられるがそれに加えてまだウィスキーのほぼ原液を一気飲みできるくらいには酒豪らしい。とはいえ今現在未成年で、酒を嗜む趣味がない彼にとっては不快でしかないのだが。
「地獄門を固く封じ、スパーダはフォルトゥナを去った。それきり、彼がこの街に姿を現したという話は聞かない……聞かない、が。彼の痕跡がどこにもないとは言わないよ。その血を継ぐアンタに、何かが反応するかもしれないしね」
「この古書店が『スパーダ』を名乗っている理由は?」
ビアンカが言い終えるとほぼ同時、間髪入れずバージルは次の問をぶつけた。が、彼女はへらへらと笑うだけで寧ろその質問がおかしくて仕方がないという様子。
「そんなの、あるわけがない。適当にそう名乗っとけば少しはこの街の人間の興味を引けるかと思っただけさ、実際は逆に『不敬だ』ってんで閑古鳥が鳴いてるけどね。あたしも泣きたいよ、たまに来るのはアンタみたいなスパーダそのものの情報を求める客だけだもん」
肩透かしな回答にバージルはため息をひとつついた。そうして彼女に背を向け、とりあえずは休息を取ろうと部屋に戻ることに。
「明日以降はまた情報と引き換えに金を寄越しなよ!」
バタン、と苛立ち露に閉じた扉の音はおそらく肯定の返事として彼女の耳に届いたことだろう。