命の意味~Per connetterti con te~   作:Anmary

5 / 6
Il Suocero e la sposa

 孤児院、と書かれた看板のある小さな家が彼の自宅だという。子供達の声が溢れる活気的な雰囲気に包まれたその家はネロと彼の最愛の恋人によって支えられている。

 エプロンを脱ぎながら玄関より出てきた美しい娘は、その美貌に相違ない清らかな笑みを以てバージルを出迎えてくれた。

 

 

「キリエ、と云います」

 

 

 二十数年ぶりのフォルトゥナは自分が知る頃の姿とずいぶん様変わりしたように思う。ここまでくる間にネロからここ数年で起こったことはかなりかいつまんで説明されていたためその理由も納得はしていたのだが。

 

 教皇サンクトゥスの暴走と魔剣教団の凶行、オリジナルの地獄門とそのほか複数のレプリカによる大規模の悪魔襲来で多くの人が犠牲になり、教団が作り上げた偽りの≪神≫(スパーダ)とそれを止めようとした神の子(ダンテ)により街の建造物も随分倒壊したという。

 

 サンクトゥスは最期まで、バージルの父(スパーダ)の幻影から逃れられなかったのだ。

 

 教団関係者のほぼ全てが帰天(悪魔化)していたがために教皇本人から一番下っ端の騎士団員まで全ての人間が一人残らず行方不明(遺体消失)、もしくは痛ましい姿(勇猛で名誉な死)で見つかったのだとか。

 

 この事態の根底にあったのが教皇の企んだマッチポンプ計画であり、更にほぼすべての教団構成員がそれに協力していたという事実は被害にあった住人(須らくが魔剣教信仰者)からしてみればあまりに残酷なものであり、そして教皇が求めたという全ての元凶がスパーダの血族(四半魔のネロ)であったとあってはネロ本人には一切の非も落ち度もないことととはいえ彼らからぶつけられる、彼らですら理屈で説明しきれない恨みつらみ風当たりは決して小さいものではなかったという。

 

 そう話すネロの表情は、言い表せないがあの事件から今に至るまでにかなりの苦労があったと推測できた。最初の一年が特にひどかったとも、彼は小さい声で零している。それでも彼が心を折らなかったのは、ともに事態の収拾にあたってくれたキリエ(恋人)の存在がとても大きかったらしい。

 

 魔剣教団騎士団長クレドの実妹であり、魔剣教団が主宰する大祭の前座として聖歌を奉納するほどその実力はもちろんや周囲からの信頼も厚かった歌姫キリエ。

 

 彼女はその十数年の半生(当時の換算)の中で早くに両親を悪魔に殺されていたのだが、さらに今回の事件で最愛の実兄(Credo)すらも喪っていた。それでも二、三歳年上である彼女は傷心する暇を持つこともなく義弟ネロと共に時間を惜しんでフォルトゥナを駆け回り、指導側のポジションに慣れていない彼のサポートに回りつつ事態の説明・収拾と状況の把握。更に復興の指示や援助にまい進した。

 

 結果、二人の不眠不休の努力の甲斐あり都市は早急に修復を終えており、悪魔による傷は残るし経済的にも打撃は大きいままではあるがネロはフォルトゥナの顔役として皆に受け入れられていた。その頃には孤児院の院長兼遺族の相談役として落ち着いていたキリエとはその頃から、義姉ではなく恋人として彼と共に暮らすようになる。

 

 嗚呼確かに、ネロが絶賛するだけのことはある。伝聞の経歴だけでも本当に実在する人間なのか怪しいほどに慈愛に溢れた人物なのだろうと思っていたが、なるほど目の前に立つこの女性はその博愛のイメージに相違ない出で立ちをしていた。艶やかな茶髪、まだあどけなさも残した柔らかい顔立ち、そこに浮かぶ穏やかな微笑み。世間に存在する悪意というものをその全身で打ち破るような清廉さもある。

 

 そう、まるで……エヴァの若い頃のようだ。父スパーダと出会った頃まだ年若い娘だったという彼女は父から見てそれはそれは純粋で無邪気で、自分にないものを埋めてくれるような愛らしさだったという。

 

 きっとキリエは、悪魔(アダム)にとっての最愛(イヴ)なのだ。そう思えば、自分の種とビアンカの器から生まれたこの青年が、多少はひねくれてもまっすぐまじめに育った理由が納得できる。

 

 そこまで熟考したところでバージルは右脇腹に痛みを覚え、それが息子からさりげなく小突かれたことによるものだと認識した。キリエに聞こえない程度の声量で“おい、何か言えよ”と促されてようやく自分がキリエの自己紹介を聞いたうえでそれに対する答えを一切口にしていなかったことを思い出す。見れば彼女は気づかわし気にこちらの様子をうかがっていた。

 

 

「……バージルだ」

 

 

 それだけかよ!とおそらくネロは心の中で叫んだことだろう。しかしそれ以上に何を話すべきか判別が難しかった。

 “俺がネロの父親だ”? “息子が世話になった”? そんな薄っぺらい言葉が何の意味を成すというのだ。こっちといえばネロの誕生を一切関知していなかった上に目の前に現れたと思えばその腕を無残に切り落とし、一歩間違えれば殺していたかもしれない張本人だというのに。

 

 ネロはかの一件についてキリエには殆ど話していないらしい、もちろん腕がなくなってしまったという事実はキリエの目の前で起きた大事件であり、そこは説明をしたらしいがその犯人が魔王になりかかった悪魔だったとは伝えても、それが実の父親バージルであるところまでは話せなかったらしく。

 

 仕方あるまい、その事実はあまりに酷過ぎる……当のネロは何とか整理して受け入れつつあるだろうがキリエにそれができるとは限らないのだから。

 

 突然現れた何者かに腕を斬られました、その犯人を追いかけたら遠くの都市でなんだか凄いダンジョンが出来上がっていてそいつが実は魔王だったということを知りました、更にその魔王がとんでもない手段で手が付けられない化物になったかと思えばそれが実は自分の源となった実の父親で、しかも自分の野望のために世界を滅ぼしかけていましたー……人間としての心を学んだ今ならわかる。彼女の身になれば全く笑えない。

 

 唯一の救いはキリエが、ネロが腕をもぎ取られる瞬間そのものを目撃していなかったことと、彼女が駆け付けた時に自分がもう閻魔刀で立ち去っていたためあのガレージにはいなかったということだ。もしこの何れかが実現していたら……もしかしたらこの出会いはなかったかもしれない。ネロが一人ですべての事実を飲みこんだからこその快挙なのだ。

 

 バージルのことは、クリフォトでたまたま偶然ダンテの紹介で奇跡の再会を果たしたということになっており、ネロの腕についてはかなり滅茶苦茶にごまかしたらしい。曰く……“元凶をぶちのめしたら生えた”とか。色々間違っているとは思うがそれ以上にうまい言い方が思いつくわけでもない。ダンテは“坊やにしちゃあいい言い訳だ”と面白そうに笑っていた。

 

 ちなみに双子の片割れである彼は魔界から戻って早々に自分とは別れて本人の住処へと舞い戻った。事務所の安否が心配だったらしい。

 

 

「立ち話もなんですから、どうぞ中へいらしてください。ネロから今日到着すると聞いてカントゥッチを焼いたんです、お口に合うといいのですが」

 

 

 言葉に困っていたバージルへの助け舟だろう、キリエが控えめにそう提案してきた。ネロが食い気味に同意して無理やりバージルの背中を押す、彼の無言の圧力と共に二人の自宅へと足を踏み入れるのだった。

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。