「本当にごめんね!ありがとう。」
「いえ。」
明日香が素生の家を訪れから数時間の間、本当に楽しく、そして何より、さくらの可愛さに癒されていた。そんな癒しの中で息を切らしながら帰った来た素生を見て、先程まで笑顔だった明日香は表情を曇らせた。いや、嫌悪感を隠さなかった方が正しいと言えるか…。
「さくら?ちゃんと良い子にしてたか?」
「うん!明日香お姉ちゃんと勉強してたの!」
さくらは素生に向かってルーズリーフを広げた。そこには拙い字で「とびかわさくら」と書かれていた。2人が過ごしている間、明日香はふと今日の授業でちゃんと理解をしていない部分があった事を思い出してしまし、パッと確認をしようと教科書を開いたのだった。それに気がついたさくらは興味を持ち、2人で勉強をしていたのだった。
「凄いじゃん!」
「さくらより、明日香お姉ちゃんが凄かった!なんかへんな本、いっぱい読んでた!」
さくらは褒められた事が嬉しいのか、兄である素生の足に絡みつきながら満面の笑みで言った。
「飛川さん。」
「なに?」
「さくらちゃんが1人で留守番って多いんですか?」
表情を変えず、淡々と明日香は言った。あまりの感情の無さに、逆に怒っているように素生は感じていた。
「…そうだね。」
「はぁ。そうですか。」
「…明日香ちゃん?何に怒ってるのさ。」
「別に怒ってないです。」
尚も淡々と喋る明日香に素生は「はぁ。」とため息をついた。
「…こんな小さい子を長時間1人にして…。そう言いたいんだろ?」
「はい。そうですね。でも、それぞれ家庭環境は違います。さくらちゃんから聞いたのですが、お父さん、おられないみたいですね。だから飛川さんバイトもしているんでしょ?」
明日香は素生に向かって言い放つと、素生は目を広げ、驚いた表情を浮かべた。素生が明日香の考えていることをすぐに理解出来たのは、似たような経験を沢山していたからであった。「そんな小さい子を1人にして…。」「非常識だ。」など、家庭の状況も理解していない他人によく言われて来たものだった。しかし、明日香の発言は今までとは違い、先の事まで考えられたものであった為、素生は驚いたのだった。
「…何で怒ってるの?」
素生は驚いた後に、1つの疑問を浮かべていた。それは明日香がここまで理解しておきながら怒っている理由だった。
「…別に怒っていません。」
「いやいや。怒ってるじゃん。」
「怒ってません。」
「お兄ちゃんも明日香お姉ちゃんも喧嘩はメッだよ!」
2人の雰囲気が険悪になりそうになった瞬間にさくらが2人の間にぴょんと入ると高らかに言った。
「さくら。保育園の先生の真似か?」
「そーだよ!」
「保育園のお迎えとかどうしているのですか?」
素生がさくらの目線に合わす為にしゃがみ、頭を撫でながらさくらに言うと、素生の上部から冷たい声が降り注いだ。
「…俺と母さんで協力しながら迎えに行ってるよ。今日は、母さんが迎えに行ってから仕事に行ったはず。」
「そうですか。」
「はぁ。明日香ちゃん、さっきからなに?うちの事聞いてきてどうしたの?いくら明日香ちゃんでも、聴き過ぎじゃない?」
「…すみません。」
「…いや。さくらを見て貰ったのに言い過ぎた。すまん。」
明日香の心理がまるで読めない、いや、明日香が読ませないようにしているのか分からないが、とにかく、素生をイラッとさせるには充分だった明日香の態度に、つい言葉がキツくなってしまった。
「私、帰りますね。お邪魔し…。」
そんな嫌な雰囲気に明日香はさっさと帰ろうとしたが、さくらが明日香の足をギュッと掴んだ為、明日香は動けなくなってしまった。
「帰っちゃイヤ。」
「ゴメンね。さくらちゃん。また来るから。」
「イヤ!」
「さくら、ワガママ言わないの!」
「イヤー!」
明日香のスカートに顔を埋めたさくらはとうとう泣き出してしまった。「わー」という叫び声が部屋を響かせた。
「飛川さん。」
「なに?」
「明日は保育園は誰が迎えに行くのですか?」
「俺だけど。」
素生はさくらが泣いてしまい困ったような表情を浮かべてながら答えた。
「さくらちゃん。明日の保育園、私が迎えに行くから、今日は我慢できるかな?」
明日香はさくらに足をしっかり掴まれている為、立ったまま出来るだけ優しく言った。その言葉を聞いたさくらは「…本当?」と言いながら掴んでいた手を緩めて、明日香を見上げた。その隙に明日香はしゃがむとさくらの頭を撫でながら「本当だよ。」と言った。
「さくら我慢する!」
「偉いね!じゃあ、私、帰るからね?また明日!」
「うん!バイバイ!」
さくらは涙を服の袖でゴシゴシ擦るとニコッと笑顔を見せた。
「送っていくよ。」
「は?」
素生は優しく明日香に手を伸ばしたが、明日香はその手を掴む事はなく、変わりにギロッと睨んだ。
「…そうだよね。さくら、玄関で一緒に見送ろうか!」
「…例え、さくらちゃんがいなくても貴方に送ってもらいたくないです。」
明日香の冷たい言葉に素生は苦笑いを浮かべると
「(今日は何もしてない…よね?)」
と心の中で考えていた。
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「ガコンッ」と鈍い音が響いた。周りにいた人は何事かとキョロキョロと周りを見た。音のした方には1人の女子高生と、青い色のゴミ箱が転がっていただけだった。周りの人は女子高生がゴミ箱に当たってひっくり返しただけと思い「なんだ。」と思いながら再び、足を動かしていた。
「(あー!イライラする!)」
明日香はそう思いながらゴロゴロと転がるゴミ箱をただただ眺めていた。そして「はぁ。」とため息をつくと、少しだけ痛む足を庇いながらしゃがみ、自分が散らかしたゴミを集めた。
「はぁ。蹴るんじゃなかった。」
明日香は当たってゴミ箱を倒した訳ではなく、思いっ切り蹴ったのであった。
「(なんで、こんなにイライラしているんだろ。なんで…?)」
明日香はさくらから断片的ではあるが、飛川家の家庭環境の事を聞いてしまった。しかし、断片的でも、判断するには充分な内容であった。
「(さくらちゃん…。あんなに明るくしてるけど、絶対寂しいよね…。でも、人様の家庭環境にとやかく言うのはおかしいし…。あっ。さくらちゃんが明るかったのは…私が遊びに行ったからか…。)」
明日香はそう考えながら自分の散らかしたゴミを集める終わると「よいしょ」と言いながら立ち上がった。
「(明日はさくらちゃんを迎えに行って…どうしようかな。)」
明日香はそう考えながら街並みに並ぶ木をなんとなく眺めた。この街並みに並んでいるのは桜並木であり、春にはピンクの花が咲き乱れ、桜のトンネルを作る。ただ、今は夏の為、濃い緑の葉っぱが隙間なく生い茂っていた。日はすっかり落ちていたが、街灯りに照らされてるお陰できちんと見る事が出来た。
「(桜…か…。なんか嫌いになりそう…だな。)」
夢で見た桜を急に思い出し、明日香は目を細めた。夢の中の桜はとても立派であるが、色は薄く、儚い物であった。
「(あれ…?そう言えば…。やっぱりさくらちゃんに会ってる時は思い出さなかったなぁ。やっぱりたまたまかな?それともさくらちゃんに癒されてるのかな?…う~ん。さくらちゃんの名前呼んでたら桜の事、連想しちゃいそうだけど…。)」
明日香はその場で「う~ん…。」と考えたが、頭の良い明日香でも理解することが出来なかった。
「とりあえず…。帰ろう…。」
明日香はボソッと呟くと歩き始めたのであった。
「(それにしても…。飛川さんは意外に苦労しているんだなぁ。お父さんが亡くなってて、お母さんは夜、お仕事してて…。さくらちゃんのお世話を毎日しているんだよなぁ…。飛川さんって凄い人かも?思い返せば優しい人だよね。そうじゃなきゃ、さくらちゃんがあんなに懐かないか。あんな髪型とかしなかったら結構、カッコイイし…。)」
明日香はそう考えると、ピタっと足を止めた。
「(私、今…何考えてた!?はぁ!?あんな変態だよ?何考えてるか分からないし!そ、そうだ!なんでイライラしているか考えないと…。)」
明日香はブンブンと頭を振って、思考を素生から当初、考えていたイライラしていた理由に戻した。しかし、いくら思考を元に戻しても、最終的に頭の中に浮かんでくるのは素生の事であった。
「はぁ。もう…いいや。疲れた…。」
明日香が最終的に思考を放棄する頃には無事に家に到着する頃であった。
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翌日の夕方、さくらとの約束を守る為に保育園を訪れた明日香。初めて迎えに行く側となった明日香は少しだけ緊張感を漂わせながら門を潜っていた。保育園の運動場は様々な遊具が置いてあり、どの遊具も色鮮やかにペイントを施されていた。
「明日香おねーちゃん!」
室内で遊んでいたさくらは明日香の姿を見つけると大急ぎで中から出てきて、明日香に抱きついた。
「本当に来てくれた!」
「当たり前だよ!約束したじゃん!」
明日香はニコッと笑って言うと、さくらの頭をわしゃわしゃと撫でた。その後、素生から保育士に話しが伝わっていたのか、すんなりさくらを引き取ると、先程通った門をまたすぐに潜っていた。
「さくらちゃん。どこか行きたい所あるかな?私と遊ぼ?」
さくらは明日香の言葉を聞き、満面の笑みを浮かべると、少しだけ「う~ん。」と考えた。
「う~んと…え~っと…。」
「ゆっくり考えて大丈夫だよ?」
「あっ!明日香お姉ちゃんの家が良い!」
「わ、私の家!?」
明日香はさくらが何と答えるかある程度予想をしていた。この間、一緒に行ったショッピングモールか、はたまた商店街か…。色々と考え、さくらが喜びそうな所を見繕っていたが、まさかのさくらの解答に驚きを隠せなかった。
「…ダメ?」
さくらは明日香の驚いた表情をダメと言われたと受け取っており、本当に悲しそうな表現で明日香を見上げていた。
「だ、ダメじゃないよ?さくらちゃん。私の家でも良いんだけど…。何も遊ぶもの、無いよ?」
明日香はしゃがみながら眉を八の字にして言った。
「それでも良い!さくら、明日香お姉ちゃんの家に行きたい!」
「うん。分かった!なら、行こうか。」
明日香はそう言うと、さくらの手を握り、さくらの歩幅に合わせてゆっくりと自宅に向かうのであった。
「ねぇ。明日香お姉ちゃん?」
明日香の家に向かいながら2人はお喋りに花を咲かせていた。今日あった事、保育園の事など話題は尽きる事は無かったのだが、急にさくらが声のトーンを落としながら明日香に声をかけた。
「どうしたの?」
「明日香お姉ちゃんは…、お兄ちゃんの事、嫌いなの?」
さくらはどうしようもないくらい悲しい表情を浮かべると明日香を見上げていた。
「…嫌い…じゃないよ?」
「じゃあ、好き!?」
「う、う~ん…。」
さくらの無垢な質問に、本当は「あんな変態嫌いだよ。」と言いたかったのだが、さくらの前でまさかそんな事は言えないし、かと言って嘘もつきたくなかった明日香は困ってしまっていた。
「…どっち…なの?」
「えっとね。私も分からない…かな?」
「そっかぁ。」
さくらの質問をなんとか誤魔化し、ホッとする明日香であったが、心の中で
「(私…本当に飛川さんの事…嫌いなんだよね?)」
と考えていた。先程、素生の事を嫌いと答えたかったと思った時に、チクリと胸の辺りが痛むような感覚に襲われたのだった。
「明日香お姉ちゃん、お兄ちゃんの事、嫌いに
ならないでね?」
「えっと…。なんでかな?」
「さくら、お兄ちゃんの事、大好きだから、嫌いって言われるの…イヤ…。」
目に少しだけ涙を溜めながら言うさくらに明日香はしゃがむと再び、頭を撫でた。
「大丈夫だよ。嫌いにならない。約束する。前にお姉ちゃんがいるって言ったの覚えてるかな?」
「うん。」
「私もお姉ちゃんの事、大好きだから、嫌いになって欲しくない…。えっと、つまりね、さくらちゃんの気持ちよく分かるよ。だから、お兄ちゃんの事、嫌いにはならないから。」
明日香がニッコリ笑って言うと、さくらも二パッと笑い、明日香に抱きついた。
「約束だよ!」
「もちろん。」
明日香はさくらを安心させる為に、嘘に近い本当の気持ちを言った。しかし、それはまた明日香の思考を混乱させるトリガーでもあった。
「(私、本当に飛川さんの事、嫌い…なはず…。でも、あの胸の痛みは?うぅ…。分かんないよ。)」
明日香は「はぁ。」とため息をついた。横にさくらいる事を失念して…。
「明日香お姉ちゃん?疲れちゃった?」
「ん?あぁ!大丈夫だよ。ごめんね?もうちょっとで着くからね?」
明日香がそう言うと、さくらは「楽しみだなぁ!」と上機嫌で言った。
「(飛川さんの事はよく分からない…けど。でも、さくらちゃんに出会えたからそこは感謝しなくちゃだよね。)」
明日香は横を歩いているさくらを見ると、軽く繋いでいた手に力を入れた。小さい手だが、暖かく、何処か安心感の不思議な手が、ギュッと握り返してくれた事に気付いた明日香はニコッと微笑むのであった。
いかがでしたか?実は重要な回になってしまった…。
あんな毛嫌いしていた素生に対して、少しだけ心情の変化がみられました。
しかし、まだまだ気付かない明日香はまた悩み事を増やしてしまいました。
頑張れ明日香!
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