「いい加減にしてっ!」
香澄の怒号が響いて、明日香はかなり驚いていた。ゆっくりと顔を上げ、香澄の表情を見ると、眉間に皺を寄せていた。こんな顔、喧嘩した時以来だなと思った明日香は「なに?」と言い返すのが精一杯だった。
「将来の事が不安!?自分が分からないから不安!?ふざけないで!」
「わ、私はふざけてなんてない!!」
明日香は一生懸命、言い返したが、普段、優しい姉が、怒っている姿に身体が震えた。
「将来の事なんて誰も分からないじゃん!私だって、将来どうなっているかなんて分からないよ!だから今、頑張ってるんでしょ!不安だから頑張るんでしょ!私はポピパで武道館に立つためにギターも歌も作詞も頑張ってるんじゃん!」
香澄の声は普段、ボーカルをやっているお陰か、かなり大きい。その大きい声で迫られれば、大抵の人間はビクビクするはずだ。実際、明日香もかなりビクビクしていたが、声を震わせながら言った。
「…お姉ちゃんは…将来の夢があるから…そんな事…言えるんだよ。」
「関係ないっ!良い大学に行きたいって言ってたじゃん!それも立派な夢じゃん!なんで分からないの?」
「それは…皆…思うことだよ。」
「別に良いじゃん!一緒じゃダメなの!?私の…いや、私達の夢…。多分何万人といるよ?」
香澄は叫んだ為か、肩で息をした。流石と言って良いか分からないが、Poppin`Partyのボーカルである香澄の声は前回の旭湯同様、部屋をビリビリと震わせた。
「うるさいっ!」
香澄の叫び声に負けないくらい明日香も叫んだ。
「お姉ちゃんに私の気持ちなんて分かる訳がないよ!」
「分からないよ!分からないけど、そんなウジウジ悩むなんてあっちゃんらしくない!」
「じゃあ、私らしいって何!?教えてよ!」
「だから、優しくてしっかりしてるって言ってるじゃん!」
香澄と明日香は叫びあっていた為、疲れたのか、肩で息をしていた。そして、疲れた二人は怒るのを止め、だんだんと冷静になっていた。
「あっちゃん…ごめんね。」
「…なんでお姉ちゃんが謝るの?はっきりしない私が悪いから…。」
「ううん…。言い過ぎた…。また怒鳴っちゃって…ごめん。」
香澄は息を吐きながら、ゆっくりとソファーに腰掛けた。それを見た明日香もゆっくりとソファーを背もたれ替わりにするように床に座った。
「…なんか…疲れた…。」
明日香が呟くと、香澄も「私も…。」と苦笑いしながら答えた。
「お姉ちゃん…。飛川さんに相談したら答えてくれるって言ったよね?…それ、本当なの?」
「うん。ちゃんと聞いてくれるし、ちゃんと答えてくれるはずだよ。私が中学の時、いっぱい悩みを聞いて貰ってたから。」
香澄はそう言うと、目を細めた。明日香からは香澄が中学生の頃を思い出しているように見えていた。
「お姉ちゃんが中学生の頃って、何に悩んでたの?」
「へ?進路だよ?高校、何処にしようかなって。」
「え?」
明日香は驚きながら香澄を見た。
「あれ?あっちゃんに話した事、無かったっけ?」
香澄が首を傾げながら言うと、明日香は「初耳だよ」と呟いた。
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「LINE…既読にもならないなぁ。」
素生は机の下で、先生に隠れながらスマホを触っていた。現在、素生の学校では4時限目の真っ最中で、他の学生達は空腹と戦っている状態であった。
「明日香ちゃん…体調悪いのかな…?朝、LINEしたけど…。せめて、既読付かないかな?心配になるじゃん。」
昨晩、会った明日香の様子がかなりおかしかった為、素生はかなり心配していた。
「顔も赤かったし、額も熱かったし、風邪かな?う~ん…。待てよ…。明日香ちゃん、俺が額に手を置いた時、めっちゃ嫌がってたような…。あれ?ひょっとして、俺ってめっちゃ嫌われてる?」
素生はそう呟くと、ため息をついた。
「はぁ。とりあえず、明日香ちゃんに意識して貰おうと、告白してみたけど…。やっぱり、本当に俺の事が嫌いなのかな?」
スマホを再び開いてLINEのアイコンをタップする。そして、スマホに目を落とすと、明日香からLINEが届いている事に気づいた。
「やっと見てくれた。」
思わず叫びそうになったがなんとか抑え、ゆっくり深呼吸をした。
“今日…。会えませんか?”
短い文章であったが、素生のテンションをあげるには充分だった。顔は緩み、ニヤニヤとしていた。
「と~び~か~わ~…。」
素生はビクッと肩を震わわすと、ゆっくりと見上げた。
「せ、先生?な、な、なんですか?」
「なんですか?じゃない!お前!俺の授業で、スマホを弄るなんて良い度胸してるな…。さっきから、眉をひそめたり、ニヤニヤしたり気持ち悪いんだよ!」
「な、なんで先生、分かったんですか?」
「当たり前だろ!?お前の席、教卓の前だからな!後で職員室な!?」
教師が素生の机をバン!と叩く。教室からはクスクスと笑い声が素生の耳に届いていた。
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休みだと1日が早く感じる。多くの人はきっと感じるであろう。明日香も例外には漏れず、自室のベッドの上で、天井を見ながら過ごしていた。もう少し寝ようと考えての行動だったが、結局、寝る事は出来なかった。
「はぁ~。」
明日香は最早、癖になっているため息をついた。悩みが解決しないからなのか、それとも寝不足のせいなのか分からないが、頭の中はメリーゴーランドのようにグルグル回っていた。子供の頃、あれだけ楽しかったメリーゴーランドの回転も今の明日香には不快なものでしか無く、顔を顰めていた。
「…来てくれる…のかな?」
明日香はスマホを見ながら呟いた。香澄からのアドバイスで、相談に乗って貰おうと素生にLINEを送っていたが、既読のままで返信はなかった。
「…会いたい…のかな?」
明日香はスマホをギュッと握るとそのままスマホをおでこに当て、目を軽く瞑った。そして、思考はそのまま素生で埋められていった。
「(私は本当に飛川さんの事が好きなのかな?夢占いの通り、世間に流されているだけなのかな?はぁ…。昨日はあんなにドキドキしたのに…。なにやってんだろ…。)」
考え事を始めれば負の連鎖に陥ってしまう状況に明日香はまた「はぁ~。」とため息をついた。しかし、深いため息とは裏腹に明日香の表情はニヤけていた。
「…ふふっ。飛川さん、まだかな?」
さっきからテンションが上がったり下がったりと忙しい明日香。悪いことばかり考えるよりは良いかと、とりあえず思うのであった。これが俗に言う現実逃避である。
「…でも、飛川さんから返信ないなぁ…。」
明日香はそう呟くとキッとスマホを睨んでみた。睨まれたスマホに感情があるのなら、「そんなに睨まれても…。」と思うであろう。そんな事を思いながら、明日香は再び、静かに目を閉じた。手にはしっかりスマホが握られており、いつ素生から返信が来ても良いように準備し、深い眠りにつこうとするのであった。
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スマホを授業中に使用したことが教師にバレてしまい、放課後、説教を受けてしまった素生。全面的に素生が悪いのだが、解放された時太陽が半分、隠れてしまっていた事に気づくと、素生は、説教をした教師を心から恨んだ。急いで明日香に「今から行く」と返信をし、全力疾走で戸山家に向かったのだった。
「着いた…。」
野球を辞めてからなかなか全力疾走をする機会が少ない為か、膝に手を当て、なんとか呼吸をしている状態だった。しかし、いつまでもその体勢になっている訳にもいかず、無理矢理、身体を起こすと、インターホンのボタンをゆっくりと押した。「ピンポーン」という機会音が響き、その直後に「はぁーい!」と元気な声が素生の耳に届いた。
「どちら様ですか?…あっ!もっくん!」
「や、やぁ。戸山さん…。」
「こんにちは!あっちゃんに用なんだよね?」
「うん。LINE貰ったから…。相談があるんだよね?」
「うん。あっちゃん、かなり悩んでるから。とりあえず、上がって!」
香澄が手招きをしながら言うと、「お邪魔します。」と言いながら素生は何日か前に来た戸山家に上がるのであった。
「あっちゃん、寝てるみたいだから、ちょっと待てる?」
「待つのは大丈夫だけど…。明日香ちゃん体調悪いの?」
「ううん。体調は大丈夫と思うけど…。心が…ね?」
玄関からリビングまで香澄と素生はゆっくり会話しながら歩いた。そして、リビングに通されると、素生は香澄の案内に従い、ソファーに腰かけた。
「何か飲む?」
「ありがとう。冷たいお茶が良い!走ったから、暑くて…。」
素生の言葉を聞き、香澄は頷くと、台所へ向かった。
「…明日香ちゃんの悩みって、戸山さんは知ってるの?」
「…一応知ってるよ。」
「何?」
「それはあっちゃんから聞いてよ。…はい、お茶。」
「…ありがとう。」
素生はお茶を受け取ると直ぐに口を付け、一気に喉の奥に流していった。火照った身体の中心から冷されていく感覚に素生は気持ちよさを感じていた。
「もっくん、何かあった?」
「ん?何かって…?」
「いや、なんか疲れてそうだったから…。それに、走ってきたって。」
「あぁ。それは…。授業中にスマホ弄ってたのがバレて、放課後に怒られて遅くなったから、走ってきたからだよ。はぁ。やっぱり運動してないと体力落ちるね。」
素生は苦笑いしながら言った。自分の失敗した話しに、香澄も笑ってくれると思っていた。しかし、香澄は真顔のままだった。
「戸山さん?」
「…香澄。」
「へ?」
「香澄って呼んでよ。」
香澄はそう言うと素生の近くまで移動した。
「戸山…さん? 」
「だから、香澄って呼んでよっ!」
香澄はそう叫ぶと、唖然とする素生に抱きついた。しかも、それだけでは足りないと言っているように、素生の足を跨ぎ、膝の上に乗って抱きしめた。
「ち、ちょっと!ま、ま、待って!」
「なんで…。なんであっちゃんなの!?私…もっくんの事…大好き…だよ?」
香澄はそう呟きくと、素生の肩に手を回し、ギュッと強く抱きしめた。
「…戸山さん…。俺は戸山さんの思いには答えられない。」
「分かってる!」
素生が静かに香澄の告白に答える。その瞬間、香澄は叫んだ。抱きしめられ、素生の左耳の側で香澄が叫んだ為、素生の脳はブルブルと揺らされているようだった。
「と、戸山さん…。耳元で…叫ばないで…。」
「へ?…あっ。ご、ごめん…ね。」
香澄は俯きながら言うと、ゆっくりと素生の膝から降りた。
「戸山さん…俺は…。 」
「分かってるよ…。あっちゃんが好きなんでしょ?」
「…おぅ。」
「ねぇ…。あっちゃんのどこが好きなの?」
香澄は素生とは反対側のソファーに座った。素生がチラッと香澄を見ると、香澄の目は涙でいっぱいになっており、いつ涙のダムが決壊してもおかしくない様子だった。
「…明日香ちゃんの笑顔が見たいから…。」
「あっちゃんの…笑顔?」
「そうだよ…。明日香ちゃん。俺には笑顔を向けた事が無いんだけど…。1度だけ、えっと。六花ちゃんだっけ?あの子に笑顔を向けているのを見たことがあって、その笑顔が可愛いなぁって…。」
「あっちゃん、嫌ってたもんね。」
「…今も嫌われてそうだけどさ…。それに、さくらに向ける笑顔は本当に優しくて、暖かい笑顔なんだよ。その笑顔が見たいなぁと会う度に思うようになって…。気づいたら好きになってた。」
素生は言い終わると、両手で顔を隠した。
「そんなに照れなくても。」
「照れてねぇ!」
「耳…真っ赤だよ?」
香澄の言葉に素生は両手を直ぐに耳に当てた。そうすると、勿論、素生の顔を隠していたものが無くなり、茹で上がったタコのような色に染まった素生の顔を見る事ができた。
「……あっちゃん。起こしてくるから待ってて。」
素生の顔を見た香澄は少し俯きながら立ち上がった。そして、リビングの出口へと向かった。
「は、はい…。」
素生は、初めて明日香を好きになった理由を他人に話した恥ずかしさと、照れた顔を見られた恥ずかしさに「もう…嫌…。」と呟くのであった。
―――――――――――――――――――――――――――
素生をリビングに置いたまま、香澄は明日香の部屋に入った。太陽がすっかり沈んでしまった部屋の中は闇が支配しつつあった。その闇の中から「すぅ…。すぅ…。」と可愛い寝息が聞こえていた。
「あっちゃん。あっちゃん。」
香澄が明日香の横腹と太ももを持つと左右にユサユサと揺らし始めた。しかし、明日香は起きる気配がなかった。
「やっぱり…起きないか。」
ほぼ、毎朝、明日香を起こしている香澄は、明日香がなかなか起きない事を理解していた。かなり寝起きの悪い妹に姉はそれでも、根気良く起こし続けている。
「あっちゃん?あっちゃんってば!……戸山明日香!起きろーっ!」
とうとう痺れを切らした香澄は明日香の顔の近くで叫んだ。何回か説明したが、ボーカルである香澄の声は大きくて、よく通る。そんな声で起こされた明日香は「キャー!」と叫んで、勢い良く、身体を起こした。
「な、ななな、何!?」
明日香はまだ寝ぼけているのか、真っ暗になり始めた自分の部屋をキョロキョロと見渡していた。すると、突然、目の前が明るくなり、思わず目を右腕で覆った。
「あっちゃん?起きた?」
香澄の声が明日香の耳に届くと、ここでやっと意識がちゃんとして来て、香澄が起こしてくれた事を理解し、ゆっくりと右腕を下げたが、急に明るくなった部屋ではなかなか目が慣れず、顰めっ面なままだった。
「お姉ちゃん…。今、何時?」
「18時半だよ。あっちゃん、もっくんが来てるよ?」
香澄が業務連絡のように淡々と言うと、明日香は目を見開きながら香澄を見た。そして、慌てたようにスマホを見ると、LINEの受信を伝える通知が来ていた。
「スマホ握ってたのに気付かなかった!い、今、飛川さんは?」
「リビングだよ?」
香澄はリビングがある方に目を向けながら言った。明日香はすぐに立ち上がると、姿鏡の前に立った。
「うわっ。最悪…。凄い寝癖…。お姉ちゃん!どうしよ!?」
「大丈夫だよ。それより、もっくん、かなり待たせてるから早く行った方が良いよ?」
「え?マジ!?なんで早く起こしてくれなかったの!?」
明日香は香澄に向かってそう言いながら、急いで1階に降りて行った。香澄はそれを横目で見ると、明日香の部屋の電気を消して、自分の部屋に向かった。部屋に入ると、当然真っ暗であったが、香澄は気にすることなく、ベットに倒れ込み、ギュッとシーツを掴んだ。
「やっぱり…フラれちゃった…。」
香澄の呟きは闇の中に響き、そしてタバコの煙のように少しずつ、溶けていくのであった。
かなり物語は進みました。
気づけばもう16話です。
これから、明日香はどのような選択をするのか、そして香澄と明日香の仲はどうなるのか。
17話ではまた大きく進展します。
期待しないで待ってて下さい!笑