素生はチラチラリビングの扉を見ていた。なかなか降りてこない戸山姉妹を心配していたのだった。
「……戸山さんが俺の事、好きだなんて全然気付かなかった…。今になってなんかドキドキしてきたなぁ。」
自分は意識していなかった人でも好きと告白されれば誰しも嬉しいものであろう。素生もその例外に漏れず、思わずニヤニヤしていた。
「キャー!」
「なんだなんだ!?」
そんなだらしない表情を浮かべていた素生に喝を入れるように、戸山家の2階からもの凄い叫び声が聞こえた。あまりの声に素生はどうしたら良いものか、キョロキョロと周りを見ていた。すると、すぐに2階からバタンという音が響いたと思うと、もの凄い勢いで階段を降りる音がリビングに響いた。
「と、飛川さん!す、すみません!」
「お、おう。大丈夫なの?なんか凄い叫び声が聞こえたけど…。」
「お、お姉ちゃんが何時もとは違う起こし方をしたもので…。すみません。」
明日香はバツの悪そうな表情を浮かべると、ぺこりと頭を下げた。
「そ、そっか。」
「今日は急にすみませんでした。」
「いやいや。大丈夫だよ。明日香ちゃん、昨日、様子がおかしかったけど…大丈夫なの?」
「そ、そ、そ、そ、それは…だ、だ、大丈夫じゃない…です…。」
素生に悩みのことを振られると、明日香は身体の中がカーッと暑くなっていった。
「本当に大丈夫?」
「だ、大丈夫れふ…。」
明日香は目を泳がせ、言葉も盛大に噛んだ。
「(だ、ダメだ!い、意識したら…喋れない…。)」
と思い、目をギュッと瞑った。
「…まぁ、大丈夫なら良いけど。相談って何?お姉さんから心が大丈夫じゃないって聞いたけど。さくらが沢山お世話になっているから、出来れば力になりたい。まぁ…でも、俺、バカだから解決までしてあげられないかもだけどさ。話をするだけでも楽になるかもだから、話てくれる?」
素生はそう言うと、立ったままの明日香をソファーに促した。明日香は自分の家なのにと思いながらも、ゆっくりとソファーに座った。自分の家のいつも座っているソファーなのに、座り心地が悪く、気持ち悪さを感じていた。
「ありがとうございます…。あ、あの。飛川さんは…夢占いとか…信じますか?」
「…夢占い?」
素生は明日香からの斜め上の相談に、目を丸くした。
「い、い、いきなり変な事言って…すみません。実は…。桜の夢をよく見るんです。」
「さくらの夢?」
「い、いえ。さくらちゃんの夢じゃなくて桜の木の夢です。」
「あぁ。そっち。それで?桜の木の夢って悪い夢なの?」
素生に…いや、一般の人が桜の夢占いなんて知る由もない為、明日香に聞いた。
「あの、最初は色が薄い桜だったんです。色が薄い桜は好奇心の低下や世間に流されている予兆らしいんです……。」
明日香は今までに見た、桜の夢を素生に語った。色が薄い桜、一気に散る桜の夢、靄が包み込む夢、季節外れの桜の夢…。明日香は語りながら、本当に色々な夢を見ているなぁと感じた。
「なるほど…。」
聞き終わった素生は腕を組みながら唸るように言った。
「飛川さん?」
「この夢は…夢占いでは当たってるの?」
「いえ。100%ではありません。でも、予兆する夢の後にはだいたい、それっぽい出来事はありました。」
「…そうか。明日香ちゃんは将来の夢が無くて悩んでるんだよね?」
「…はい。」
「気を悪くさせたら悪いんだけどさ…。将来の夢って本当に必要かな?」
素生は明日香の顔を見ながら言った。自信がないのか、素生の表情は困った様子だった。
「…必要だと思います。お姉ちゃんはポピパの
…バンドメンバーの皆と武道館を夢見てました。…それが、とても眩しくて、羨ましくて…。」
明日香は目線を下げると、視界がボヤけている事に気づいた。自分の思いを言葉にすると、ナイフのが胸に刺さっているような感覚に陥っていた。
「明日香ちゃん。考え過ぎじゃない?」
「へ?」
「いや、そりゃ…もちろん、夢を持ってて、その夢に向かって行けたら良いんだろうけどさ、そんな簡単なものじゃないだろ?…現に俺だって、夢、叶わなかったし…。」
「飛川さんの夢って何だったんですか?」
「プロ野球…選手だよ。結構、マジでなれると思ってたんだけど…。」
素生は恥ずかしいのか、ニヤッと笑いながら頭を搔いていた。
「…プロ野球選手を目指してたのに、あんな理由で怪我をしたんですか?」
明日香は今まで泣きそうだった涙がすっかり引っ込み、ジト目で素生を見た。
「あはは!明日香ちゃんには確か、砲丸投げの球を投げて遊んでって言ったよね?それだけじゃ肩は壊れないよ。」
「じゃぁ、なんでですか?」
「…自分で言うのはあれだけど…。俺、なかなかのピッチャーだったんだよ。お姉ちゃんに聞いてない?」
「確か…秘密兵器だったと。」
明日香は過去の記憶をなんとか思い出し、口に出した。明日香の言葉に素生は苦笑いを浮かべた。
「秘密…兵器か…。まぁ、秘密のまま終わったけど…。多分、怪我をして無かったら、3年生の時はエースだったはずなんだよ。1年生の時から試合で投げてたしね。俺は普通にしているつもりだったけど、先輩達は面白くなかったみたいでね。それで、嘘の練習メニューを知らされてたんだよ。」
「…どう言う事ですか?」
野球に詳しくない明日香は素生の言葉を理解出来なかった。その様子を見た素生は明日香に分かりやすく説明するために、腕を組んで「う~ん。」と唸った。
「えっと…。例えば、練習メニューが50球の投げ込みなのに、先輩から伝えられたメニューは200球だったりしてたの。んで、投げ過ぎで左肩は使い物にならなくなったんよ。」
「…酷い。飛川さんは…その時、先輩達を恨まなかったんですか?」
「恨んでないよ?その程度で壊れるくらいなんだから、それまでだったんだよ。」
「そんな…。」
素生の話を聞き、明日香は自分のように悔しがっていた。
「…で、話を戻すけどさ、俺は夢は絶たれてしまった訳だけど…。野球が出来なくなった時は…まぁ、ショックだった。それでも、日常は何も変わらなかった。母親がいて、さくらがいて、クラスメイトがいて。」
「えっと…。何が言いたいんですか? 」
要領を得ない素生の話に、明日香は首を傾げた。
「ごめん。俺、やっぱりバカだからさ。話すのが下手なんだよね…。だから、えっと、つまり…う~ん。」
「焦らせてごめんなさい。私が相談に乗ってもらってるのに…。」
明日香が焦ったように言うと、素生は「いやいや。」と手をヒラヒラと前に振った。その後、素生は再び、腕を組み「う~ん。」と唸り出した。素生の考えがまとまるまで、明日香はじっと待っていた。
「…明日香ちゃんは、勉強、頑張ってるんだよね?」
突然、素生が口を開いた為、明日香は焦るように返事をした。
「はい。頑張っているつもりです。中学は花女だったんですけど、高校から羽丘を受験したのもその為です。いい大学に行きたいので。」
「…凄いじゃん。」
「いえ…。誰でも思うことなので…。」
「そんな事、無いんじゃない?確かに、明日香ちゃんが考えてることを思う人は沢山いるだろうけど、実際に行動出来ているのは凄いと思うよ。」
「そうで…しょうか?」
「俺はそう思うな。それに、将来の夢がなくても、大学とかで将来の夢が出来た時に、いい大学に入ってたら、夢が叶う確率が高いじゃん。明日香ちゃんは将来の夢が出来た時に、それを実現する為の準備を今、自然としてるんだよ。」
素生はニコッと笑いながら言うと、明日香は目を丸くして顔を上げた。
「えっと…。びっくりした顔をしているけど…。変な事言った?」
「い、いえ…。そんな事、考えもしなかったので…。」
「あぁ。なら良かった。的外れな事を言ったのかと思ったよ。」
素生がまたニコッと笑いながら言った。
「私…。将来の夢を持てなくても大丈夫なんですね。」
「今はね。将来、仕事とかしないといけないから、なりたい自分を持っといた方が良いとは思うけど、今は良いんじゃないのかなと俺は思うよ。それに、高校1年生で、明確に将来の夢を持っている人が少ないんじゃない?だから、明日香ちゃんは、今まで通り、勉強を頑張ったら良いんじゃない?」
「…私は将来…やりたいこと…夢が見つかるでしょうか…?」
「それは分からないよ。未来のことなんて誰も分からない。明日のことも分からないんだから。だから、今日を頑張ればいいんじゃないかな?まぁ、俺が言えた口じゃないけどね。」
素生は苦笑いを浮かべながら言った。
「…飛川さんは、夢って…ありますか?」
「それを聞いちゃうか…。ぶっちゃけ、夢らしい夢はないかな?ただ、高校卒業したら働いて、さくらを1人前になるまで援助したいかな。だからって毎日、明日香ちゃんみたいに努力している訳じゃないよ。ただ、毎日が楽しかったら良いなぁって思ってる。」
素生は自分の将来像を話しているのが恥ずかしかったのか、目線を下げて話していた。そして、話終えると顔を上げ、明日香の方を見た。
「…大丈夫?」
「グスッ…。」
明日香は泣いていた。今までも何度か泣いていたが、今までの涙とは違い、苦しさや悲しさから出る涙とは違うものであった。
「…飛川さん…。ありがとう…ございます。」
明日香は一頻り泣いた後、指で涙を拭きながら言った。
「少しは役にたった?」
「少しどころか、凄くです。胸に刺さっていたナイフを抜いて頂けたような感じです。」
「あはは!それは良かった。明日香ちゃん、だいぶ、表情が良くなったよ。…昨日はどうしたのかと思ったよ。俺、明日香ちゃんに嫌われたかと思ってたからさ。」
「あぁ…。ご、ごめんなさい。」
「あれはなんだったのさ。おでこに手を当てた瞬間、逃げるんだもん。こっちもビックリしたよ。」
素生はそう言うと、肩をすくめた。言葉で表すなら「やれやれ」と言ったところか。
「わ、私だってビックリしましたよ。い、いきなり手をおでこに当てるんだもん…。い、今までの最低な言動を思い出して下さい!け、警戒も…します。」
明日香は昨日の出来事を思い出し、顔を赤く染めた。本当にそんなことを思ってる訳では無い。明日香は心の中ではまだ私の思いは伝えられないなぁと思っていた。
「それは…ごめんなさい。」
「もう、良いですよ。終わったことです。…それにしても、あの私を苦しめた桜はなんだったんだろ…。」
「あっ。それなんだけどさ。明日香ちゃんが見た色の薄い桜って、これ?」
素生は慣れた操作でスマホをタップすると、画面を明日香に向けた。そこには真っ白な桜が映し出されていた。
「これです!そっくりです!この桜って…。」
「高桑星桜って言うんだよ。真っ白な桜で星の形から願いの花とも言われているんだよ。」
「…綺麗。」
画像だけで、これだけ綺麗なのだ。実際にみたらどれだけ綺麗なのだろうと明日香は思った。
「綺麗だよな。…この高桑星桜は妹のさくらの名前の由来なんだよ。」
「この…さくらが?」
「そう。死んだ親父が好きな花で、皆の願いを叶えるような人になって欲しかったんだって。」
「そうなんですね。」
明日香はもう1度、高桑星桜の画像を見た。何回見ても、綺麗と言う感想を浮かべ、あんなに苦しめられたのに、こんな綺麗な桜の夢を見れてラッキーとさえ思っていた。
「あれ…。でも、私…。なんで、この桜の夢を?夢って事は、私はこの桜を知っていたの?」
「あぁ。多分だけど、俺の家から明日香ちゃんの家に向かう時に、途中にある桜並木があるじゃん?」
「あぁ!ありますね。」
「あれが、実は、高桑星桜なんだよ。何となく見てて、記憶に残ってたんじゃない?」
素生はそう言うと、桜並木を思い出しているのか、目を瞑った。
「春になったら見れるんですか?」
「見れるはずだよ。まだ秋にもなってないけど、見に行く?」
「…はい。是非。」
素生のお誘いを満面の笑みで明日香は答えた。その笑顔を見て、素生は目線を明後日の方向に向けた。素生の心臓はロデオに乗ったように暴れており、明日香に聞こえるのではないかと、内心焦っていた。
「飛川さん?どうしましたか?」
「へ?な、なんでもないよ!」
素生は声を裏返しながら返事をした。そんな反応をした素生に明日香は首を傾げていた。
「あっ。そろそろ帰らなきゃ。」
素生は戸山家にかけてある変哲もない時計を見て言った。
「さくらちゃん…待ってますか?…その変を考えずに急に相談に乗ってもらってすみませんでした。」
「ううん。今日は大丈夫だよ。母親が休みだから。」
「へ?今日、大丈夫なんですか?」
「う、うん。平気だけど…。明日香ちゃんの家がダメでしょ?もう19時過ぎたし。」
「…ダメ。」
「ごめん。聞き取れなかった。なんて言ったの?」
素生は申し訳なさそうな表情を浮かた。明日香はゆっくり立ち上がると素生に近づいた。何も言わない明日香に素生は「明日香ちゃん?」ともう一度、名前を呼んだ。ソファーに座ったままの素生は側に来た明日香を見上げる形になっていた。
「帰ったら…嫌…。」
明日香は呟くように言うと、素生の隣に座り、ギュッと抱きしめた。
「明日香ちゃん!?ど、どうしたの!?」
「…飛川さんの話しの中に、明日の事は分からないから今日を頑張るってありましたよね?」
「う、うん。言ったね。改めて言われると恥ずかしいね。」
「…それを聞いて、『明日ありと思う心の仇桜』って言うことわざを思い出したんです。」
「…初めて聞いたなぁ。…意味は?」
「簡単に言うと咲いていた桜が明日も咲いているとは限らない。だから、今日、やれる事は今日のうちにやろうという意味です。なので…。私も今日、やれる事は今日のうちにします!さっきまで、伝える事は無理と思ってましたが、それではダメなんです。」
「う、うん?そうなんだ…。そ、それでなに?」
「……ふぅ。……飛川さんっ!」
明日香は抱きしめていた手を解き、素生の顔わ真っ直ぐ見た。
「好きですっ!」
明日香の香澄にも負けない大声がリビングに響いた。
またいい所で終わっちゃいました。
今回の話は素生と明日香の会話をする場面のみになりました。
素生くんはバカですが、やるときはやる男です笑