素生のプロポーズから5年の月日が経っていた。この5年の間に明日香は素生と結婚式を挙げたり、新婚旅行に行ったり、素生の家族と同居を始めたりと忙しい日々を過ごしていた。
そして、この話はある朝の話である…。
「わぁー!遅刻だぁー!」
バタバタと階段を駆け下りる音に、明日香はクスッと笑った。バタンとリビングのドアが開いたかと思うと、寝癖をぴょこと跳ねさせたさくらが凄い勢いで入ってきた。
「さくらちゃん。おはよ。朝ご飯、何にする?」
明日香はさくらが入ってきたのを見て、よいしょと立ち上がった。
「え?じ、時間ないからヨーグルトだけ…って!明日香お姉ちゃんはダメ!お腹大きいのにダメだよ!私がやるから!」
立ち上がった明日香をさくらは椅子に座らせると、冷蔵庫に飛びつき、ヨーグルトを取り出した。
「妊婦って病気じゃないんだから、気にしなくて大丈夫なのに。」
「それでもダメ!無理させられないよ!」
「ふふっ。だったらもうちょっと早起きして、手伝ってくれたら嬉しいなぁ?」
明日香はテーブルに肘を置き、ニヤッと意地が悪そうな表情を浮かべながら言うと、さくらはパッと顔を反らし、バツの悪そうな顔をしていた。
「からかってごめんね?ところで、時間は平気?」
「へ?…あー!や、ヤバい!」
「さくらちゃん待って?」
ランドセルを掴み、急いで走り出そうとするさくらを明日香は呼び止め、ちょいちょいと手招きをした。
「な、何?」
「寝癖。」
明日香は側に来たさくらの髪をテーブルの上に置いてあった櫛でといた。
「あ、ありがとう。」
「さくらちゃん、可愛いんだから早起きしてちゃんとしたら良いのに。」
明日香はそう言うと、自分の学生時代を思い出した。うん。自分も言えた義理じゃないな。
「はい。出来たよ。気をつけてね?」
「うん!ありがとう。行ってきます!」
さくらがリビングから駆け出して行くのを明日香は見送るとまた「ふふっ。」と笑った。そして、ついさっきまで騒がしかった空間が急に静かになり、明日香は寂しさを覚え、テレビの電源を入れた。
「…って言ってもニュースしかないか。」
明日香はチャンネルを回しながら呟く。テレビは同じ様なニュースしか伝えていなかったが、唯一、芸能ニュースを伝えていたチャンネルで手が止まった。
「…まぁ、これならマシかな?」
なんとなく、芸能ニュースを眺めていた明日香だったが、アナウンサーが新しいニュースを読み始めると目を見開いた。
「続いてのニュースです。Poppin`Partyのボーカル、戸山香澄さんに熱愛が発覚しました。」
「…えぇ!?」
柄にも無く驚いた明日香は自分の叫び声や同様でその後の内容を聞きそびれてしまっていた。
「おはよ。叫んでどうしたの?」
明日香の叫び声のせいで目を覚ました素生がお腹をぽりぽりと掻きながら起きて来てしまった。
「あ、お、おはよ。ご、ごめん。起こしちゃった?今日、夜勤だったよね?」
「大丈夫だよ。それより、何があったの? 」
「お、お姉ちゃんが…。」
「…何したの?まさか、薬…?不倫…?」
最近のご時世のせいなのか、芸能ニュースで取り上げられると悪いニュースが多い。そのせいもあって、素生は顔を顰めていた。
「違うよ!お姉ちゃんに熱愛報道が出た。」
明日香の言葉を聞いた素生は喋りながらコップに注いでいた牛乳を落としそうになるくらい驚くのであった。
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Poppin`Partyは芸能ニュースに取り上げられるくらい世間から注目されるバンドになっていた。CDを出せばオリコン上位に食い込み、ライブのチケットは入手が困難と言わているくらいだった。それくらい人気になると、Poppin`Partyの面々は多忙を極めており、明日香もなかなか姉である香澄に会えないでいた。
「お義姉さんから返信来た?」
「来ないね。」
朝のニュースを見て、明日香はすぐに香澄に熱愛報道の真意を尋ねる為、連絡を取っていた。しかし、待てど暮らせど、返信は届かなかった。
「そっか。まぁ、忙しいだろうし、しょうがないね。じゃあ、夜勤に行ってくるよ。何かあったら職場に連絡してね。」
「え?お姉ちゃんの事が分かったくらいで職場に連絡して良いの?」
「何言ってるんだよ。こっちだよ。」
素生は苦笑いを浮かべながら明日香のお腹を指していた。
「あっ。そっちか。大丈夫だよ。」
「それ以外に何があるんだよ。まぁ、いいや。行ってくるね。」
「うん。いってらっしゃい。気を付けてね?」
素生を見送るために、明日香はよいしょと立ち上がった。しかし、肝心の素生は玄関に向かわず、明日香の顔をジッと見ていた。
「…何?どうしたの?」
「久々に良いかな?」
「だから何…んっ。」
素生の行動が理解できなかった明日香は頭の中をクエスチョンマークでいっぱいにしていた。しかし、その疑問はすぐに解消された。
「行ってきますのチュー久々だなぁ。」
「もぅ!いきなりだなんてびっくりしたじゃない!」
「嫌だった?」
「嫌じゃないけど。」
「じゃあ、良いじゃん!よし!これで仕事頑張れるぞ!」
素生は満足そうな表情を浮かべると、飛び跳ねるように出掛けていっていた。
「本当に…久々だったなぁ。」
まだ残る唇の感触に明日香は、ふふっと笑いながら、自分の唇に優しく触れた。
「さて、そろそろさくらちゃんが帰ってくるなぁ。おやつの準備をしようかな?…痛っ。」
立ち上がった瞬間、明日香のお腹に痛みが走った。一瞬、痛みから顔を顰めたが明日香の表情はすぐに微笑ましいものに変わっていた。
「今のは思いっ切り蹴られたなぁ。ふふっ。貴方もおやつが食べたいの?」
お腹を擦りながら語りかけるように明日香は言った。ちなみにだが、明日香は臨月に入っており、いつ産まれてもおかしくない時期になっていた。なので、こうして、お腹の中から蹴られたりというのは1日のうち何回も起こる事だった。
「ただいまー!」
そんな事をしていると、さくらの元気な声が明日香のいるリビングまで響いてきた。その元気な声にまたふふっと微笑むと、さくらを出迎える為、玄関の方へと向かった。
「さくらちゃん。おかえり…な…はぁ!?」
いつも通り、さくらを出迎えるはずだったのだが、いつもとは違う風景がそこには存在していた。
「あっちゃん!久しぶり~!」
さくらの横に立っている人物を明日香が視界に入れたかと思うと、ギュッと抱き締められていた。
「お姉ちゃん!?」
突然の香澄の来訪に明日香は驚きながらも、久々に感じる姉の温もりに安心感を覚えていた。
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「来るなら連絡ぐらいしてよね?」
「ごめんごめ~ん。驚かせたくて!いやぁ~しばらく見ない間にさくらちゃん、大きくなったね~!ますます可愛くなって!」
香澄は明日香の説教を右から左に受け流すと横に座って、おやつを食べているさくらをギュッと抱き締めた。その光景を見て、明日香は香澄が相変わらずだなぁと思っていた。
「私が声をかけるまで、香澄お姉ちゃん、私に気付かなかったんだよ!」
「だって~。こんなに大きくなってるなんて思わないよ~。」
えへへと笑いながら言う香澄に明日香は、はぁと小さくため息をついた。いくら歳をとろうが、自分が母親になろうとしている最中であれうが、香澄には振り回されるのだと思ったからだった。
「それに、あっちゃんもお腹大きくなったね!そろそろだっけ?」
「うん。今、産気づいてもおかしくないよ。」
「楽しみだなぁ~!ポピパの皆も産まれたら見に行くって言ってたよ~!」
終始ニコニコしながらハイテンションで喋る香澄を見て、明日香は出産をするのが誰だか分からなくなりそうだった。それ程までに自分の事のように香澄は喜んでいた。
「お姉ちゃんは相変わらずお姉ちゃんだね。」
「ん?どういうこと?」
「なんでもないよ。…ところで、どうして家に来たの?」
「あっちゃん、ニュース見た?」
ニコニコからニヤリという表情に瞬時に香澄は切り替えていた。その言葉を聞いて、明日香はやはりその事かと思っていた。
「見たよ。本当に驚いたよ。熱愛報道なんてお姉ちゃんに無縁だと思ってた。」
明日香は正直に自分の思っている事を伝えた。それを聞いた香澄は「えぇ~?」と不服げな雰囲気を出しながら言った。
「え?香澄お姉ちゃん、彼氏ができたの!?」
学校に行ってた為、全く知らなかったさくらは目を丸くしていた。
「そうなんだよ!へへーん!これでもお姉ちゃんはモテるんだぞー!」
「誰なの?相手は誰なの!?」
明日香が1番聞きたかったことを、さくらは香澄に迫りながら言っていた。さくらは小学4年生になっており、徐々にこういった話に興味を示すようになっていた。
「私が仕事で、ラクビーの取材に行った時に出会ったんだよ。」
「…てことは、相手はラクビーの選手なの?」
「そう!クマさんみたいな人だよ!」
香澄はスマホを取り出すと、操作し始めた。そして、明日香の前にそのスマホを置いた。そこには香澄の相手である人物が映し出されていた。
「確かにクマさんだ。」
明日香の横からさくらが香澄のスマホを覗き込むと呟くように言った。
「クマさんみたいだけど、すっごく優しい人だよ!」
「そうなんだ。えっと、とりあえず良かったね。でもさ、大丈夫なの?記者とか。」
「う~ん。まぁ、なんとかなるよ!」
芸能人が恋愛報道を受けると、記者に追われて大変な思いをするというイメージを明日香は持っていた。しかし、目の前で熱愛報道真っ只中の芸能人がヘラヘラと笑っているのを見ると自分のイメージが間違っているように感じていた。
「大丈夫なら良いけどさ、私達には彼氏ができたって教えてくれても良かったじゃん。」
「だって~。付き合い始めたの先週からだったし、私も忙しかったから。」
「先週!?え?先週なの?」
「そうだよ。」
「…バレるの早くない?」
「ポピパの皆にもそう言われたよ。」
こういう所も変わってないのかと明日香は姉が昔のまんまいう事に安心感を通り越して、呆れかえっていた。しかし、大好きな姉が彼氏の話をするときに、とても幸せそうな表情を浮かべていた為、まぁいいかと思い直していた。
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翌朝、夜勤を終えて帰宅し素生に昨日の香澄が来訪した事と、熱愛報道の最新を話すと、素生もさくらと同様、目を丸くしていた。
「明日香ちゃんのお姉さんは相変わらずだね。」
「本当だよ。まぁ、変わってほしくもないけどね。」
明日香がそう言いながらテレビに視線を向けると記者に囲まれた香澄が映っていた。普通、こういう取材では、決まって「良いお友達です。」とか言って、濁すのが定番だが、香澄は事細かく語っていた。
「そこまで喋らなくても。」
「てか、なんで、付き合い始めて1週間でバレたの?」
「お姉ちゃん、誰にでも抱きつくじゃん?付き合った日に大好きーって叫びながら彼氏さんに抱きついたらしいよ。人の多い街中で。」
明日香がはぁとため息をつきながら言うと、素生も苦笑いを浮かべた。
「なんか本当にお義姉さんらしいね。」
「本当にそう思うよ。」
明日香は肩を竦めながら言うと、また盛大にため息をついた。
「でも、まぁ…。幸せそうじゃん?」
「それは同感。お姉ちゃん、彼氏さんの事を話している時、本当に幸せそうだったよ。見ていて恥ずかしいくらい。」
「明日香ちゃんもお義姉さんの話をしているときみたいな感じかな?」
「え?何言ってるの?」
「気付いてなかったの?明日香ちゃん、お義姉さんの話をするとき、凄い楽しそうな顔をしてるよ?」
素生ニヤリと笑いながら言った。夜勤明けで疲れているからだろうか、笑った顔でも「眠たいです。」と書いてあるようだった。
「…本当に?」
「本当だよ。お義姉さんの話をする明日香ちゃんの顔、大好きだよ?」
素生の発言に顔を真っ赤にした明日香は「もう嫌。」と呟いて、机に伏せてしまった。
「あはは!これからもたまにお義姉さんの話をしようね!」
「もう良いから!疲れてるんでしょ?寝てきたら!」
「あはは!あー面白かった!…じゃあ、寝てくるね。」
「いってらっしゃい。…あっ。やっぱり待って!」
寝室に向かおうとする素生だったが、さっきまで寝てきなと言ってい明日香が素生の腕を掴んで止めた。
「どうしたの?」
「来たかも…。」
「なにが?」
「陣痛!いったーい!!」
「マジ!?」
お腹を押さえながら痛がる明日香に素生の睡魔はどこかへ吹き飛んでしまっていた。
それから数時間後、明日香と素生は無事に親となるのだが、それはまた別の機会に…。
久々に更新してみました。
本編が暗めだったので、未来のお話しは明るくしました。
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