ザーと言う音を鳴らし、自分の存在感を示すように雨が降る。部屋はクーラーのお陰で快適な室温、湿度で過ごす事が出来るが、外は湿度が高いせいで、実際の気温より暑く感じる季節になっていた。
「…たまには、良いか。」
部屋で寛ぐ明日香。珍しく何もせず、ベットに横になっていた。フカフカでいつも自分を包み込んでくれるはずのマットレスも湿気を吸っているのか、はたまた自分の気分が雨のせいで乗らないからか分からないが、いつも自分が寝慣れているマットレスとは違う感覚、つまりは不快な気分になっていた。
「…全く、私にどうしろって言うのよ!」
機嫌が悪い明日香。右手をギュッと握りしめるとそのまま勢いよく、マットレスに向かって振り下ろした。「ボスッ」という鈍い音を響かせ、マットレスが大きく揺れたが、寝心地の悪さは何も変わらなかった。明日香は寝返りを打つと、枕に顔を埋めた。こうして、自分の枕に顔を埋めると、嫌でも枕に染みついた自分の匂いが鼻腔を擽ってくる。この匂いを嗅ぐと「自分ってこんな体臭なのかな?臭くないかな?」と不安になったりする。
「(…夢占い…。当たったなぁ…。本当に…。失っちゃう…かも…。)」
明日香はそう思いながら、顔を上げると涙をポロポロと流していることに気付いた。
「私…。泣いてる…。」
自分の頬を触ると、指先に水滴がつき、その指先を見て、またモヤモヤとした気分になっていた。
「泣いて…、解決できたら良いのに…。寝たら…、全て、夢だったら良いのに…。お姉ちゃん…。寂しいよ…。辛いよ!」
とうとう、声を大にして明日香は泣いてしまった。涙を自分の意思では止める事が出来ず、明日香の部屋にだけ、外の雨が流れ込んで来ているようだった。そして、明日香はこんなに悩む原因となったあの日の事を思い出していた。
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明日香がこんな状態になる10日前、明日香が素生の妹であるさくらに会った日の後に遡る。さくらの可愛さにホクホクしていた明日香。そのままリビングで夕飯までのんびりしとした時間を過ごしていた。
「明日香?夕飯できたからお姉ちゃんを呼んでくれない?」
「はぁい。」
母親にお願いされ、良い匂いに思わず食卓をチラ見しながら明日香は2階にある香澄の部屋まで向かった。
「お姉ちゃん?ご飯だよ?…お姉ちゃん?」
香澄の部屋の前で呼んでみるも、部屋からは返答は無かった。
「(お姉ちゃん、寝てるのかな?)」
明日香は首を傾げながら、扉をノックし、「入るよ?」と言いながらドアノブを捻った。扉を開けようとしたその時「入らないで!!」と香澄の部屋の中から悲鳴に似た叫び声が響いた。今まで聞いたことがない姉の声に、明日香は「ビクッ」と肩を震わわせると、「お、お姉ちゃん…?」と小さく呟いた。
「あっちゃん…。お願い…。入らないで…。」
扉がほんの数センチだけ開き、その隙間から弱々しい香澄の声が聞こえた。そして、その隙間から光が漏れない事から、中が真っ暗な事に気付いた。
「お姉ちゃん…?どうしたの?」
「…っ。…良いから。大丈夫だから…気にしないで…。」
香澄の部屋からは苦しそうな、今にも消えてしまいそうな声が明日香の耳に届いた。
「…大丈夫じゃないよ…ね?何があったの?」
「あっちゃんには関係ないよっ!早く下に降りて!」
いつも明るく、元気で大好きな姉の見たことない怒号する姿に明日香は驚いていた。それと同時に恐怖も感じていた。大丈夫だと言う姉。しかし、その様子は決して大丈夫じゃないと予想できる言動に明日香はどうしたら良いか分からなくなっていた。
「…お姉ちゃん…。夕飯は…どうする?」
「いらない!」
香澄の叫び声は更に明日香を脅かすには充分だった。「ビクッ」と再び肩を震わわせた明日香は握っていたドアノブを思わず離してしまった。その離してしまった衝撃で、数センチしか開いてなかったドアは「ギー」と鈍い音を立てながらゆっくりと開いた。
「あ…。」
「開けないでって言ったじゃん!」
「お、お姉…ちゃん…。」
明日香は香澄の姿を見て、言葉を失った。顔は涙で目が腫れており、今も涙でぐしゃぐしゃになっていた。いつも本人いわく星型にしている髪もかなり乱れていた。
「ドア閉めてよ…。」
香澄もこんな姿を見せたくなかったのか、弱々しく言うと、立ち上がり、ドアに近づいた。
「お、お姉ちゃん…。」
明日香は心配そうに呟くが、香澄はそれを無視するかのように扉を閉めた。明日香にそれを止める術はなく、黙って扉を見つめる事しかできなかった。
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姉である香澄の急な変化に明日香は悩み続けていた。もちろん、何があったか本人に聞くのが1番早いのだが、あの様子の香澄に明日香は恐怖を感じていた為、聞く事が出来ずにいた。
「はぁ~。やっぱり聞くのは無理…だよね。てか、あの日からお姉ちゃん見てないなぁ…。同じ家に住んでいるのに…。」
香澄は学校には行っている様子だったが、明日香が起きる前には学校に行っていて、明日香が気付いた時には帰宅して、部屋に籠もるといった生活サイクルを送っているらしく、本当に1度も顔を合わせてないのだった。
「…私…。何か悪いことしたのかな…。分からないよ…。」
香澄があんな状態になった理由も分からない明日香は再び、枕に顔を埋めた。考えれば考えるほど、明日香の思考は深い深い闇に引き込まれそうになっていた。
「夢占いって…当たるのかな…。でも、お願いだから…。お姉ちゃんだけは失いたくない…。」
明日香がそう呟いた時、廊下から微かに誰かが歩く音が聞こえた。明日香はガバッと体を起こすと「お姉ちゃん…?」と呟いた。そして気がついた時には廊下に向かって走り出していた。
「お姉ちゃん!」
ドアを開けながら明日香が叫ぶと、香澄が階段を降りる所だった。明日香の叫び声に香澄は足を止めた。足を止めただけで、振り返ってはくれなかった。
「お姉ちゃん…。その…。げ、元…気?」
「…普通だよ。」
「そ、そっか…。」
部屋を飛び出して、香澄に声をかけるまでは良かったが、それ以降の事を明日香は何も考えていなかった為、かなり焦ってしまい、とんちんかんな事を香澄に聞いていた。
「あっちゃん。何か用?」
今まで、明日香に背を向けて喋っていた香澄だが、ここで始めて明日香の方を向いた。
「お、お姉ちゃん…。」
香澄の顔は前以上に泣き腫らした目、そしてその下にはクマがくっきりと出来ていた。そんな姉の表情に明日香は10日前と同じように、驚き、固まってしまった。
「…用が無いなら行くね?」
これから練習でもあるのか、香澄の背中にはランダムスターが鎮座していた。
「ち、ちょっと待って!お、お姉ちゃん、本当にどうしたの!?わ、わ、私、何かした?考えても考えても分からないの!教えてよ!」
「あっちゃんは関係ないよ。私の問題だから。…ごめんね。」
嫌われるかも知れない、いや、嫌われてるかも知れない…と思いながらもかなり勇気を振り絞って、明日香は聞いたが、香澄は弱々しくニコッと笑って誤魔化した。その笑顔もかなり苦しいものであった。
「…なんで教えてくれないの…?」
「あっちゃん?」
「なんで教えてくれないの!?凄く心配してるんだよ!?私には関係ない?そんな理由で納得できると思ってるの!?それに、そんなに落ち込む理由って本当に私は関係ないの!?そうは思えないよ!ねぇ!教えてよ!」
「あっちゃんには関係ないって言ってるじゃん。」
明日香は10日間のモヤモヤを全て乗せて精一杯叫んだ。しかし、今の香澄には全く響かないのか、先程と変わらない様子で「関係ない」と突っぱねた。
「なんで!?…なんでなの!?…お姉ちゃん…。グスッ。」
明日香は自然に溢れ出てきた涙を拭いながら尚も引き下がったが、香澄は困ったようにまた弱々しく「ごめん。」と言うだけだった。
「本当にあっちゃんには関係ないの。大丈夫だから。」
「大丈夫じゃないじゃん!関係ないならなんで私を避けてるの!?」
「…避けてない…よ?」
「避けてるじゃん!朝、早く学校に行ったり、私が知らない間に帰ってきたり!」
「だ、だから!あっちゃんには関係ないの!」
「…さっきからそればっかり…。もう、知らない!」
明日香はそう叫ぶと、姉の横をすり抜け、外に飛び出して行った。残された香澄は「はぁ。」とため息をつくと、本来の目的であるバンド練習の為、有咲の蔵に向かうのだった。
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香澄は下を向いて歩いていた。傘に当たる雨がバチバチと言う音を奏でていた。この雨音、人によって、「好き」と「嫌い」が別れるから不思議である。
「はぁ。あっちゃん…。ゴメンね。」
香澄は雨音で自分の声も聞こえないくらい小さな声で呟いた。
「早く、気持ちを整理しないと…。あっちゃんにもポピパの皆にも迷惑かけちゃう…。もっくんの事、諦めないと…。」
香澄は下唇をギュッと噛んだ。微かに血の味が口に広がり、ますます不快な表情になってしまった。香澄が中学生の時から好きだった素生。高校になり接点が無くなってしまっていたが、色々な偶然により、再び、会う事が出来た。しかし、自分が大好きな人は妹に好意をもってしまっている。素生の明日香に対する好意を気付いた時、香澄は本当に素生と明日香が恋人になって欲しいと思った。素生には好きな人と結ばれて欲しいと、明日香は素生と付き合えば幸せになれると確信した為だった。しかし、そう強く思えば思うほど、香澄は素生に対しての愛情を強く思い出してしまうのであった。
「なんで、もっくんはあっちゃんの事が好きなんだろ…。なんで、私じゃないんだろ…。」
そう呟くと、香澄はハッとした表情を浮かべた。
「違う!違う違う違う違う!私は諦めなきゃ!」
香澄は首を左右に激しく振った。この事ばかり考えてしまい、夜もあまり寝れていない為、首を振った事により、目眩を起こし、フラッとふらついてしまった。慌てて、たまたま横にあった金網を掴んだが、丁度、掴んだ場所が、金網が切れている場所であった為、香澄の手に小さく傷をつけてしまった。
「痛っ。」
香澄が手を広げると指先にぷくっと血が出ていた。
「はぁ。何してるんだろ。…痛い。」
ヒリヒリとした痛みが指先に広がったが、香澄はそれを無視するように再び、歩き出した。怪我をした指先は体の先端に位置する為、血管が沢山集中している。その為、大した傷では無くても、出血量は多く、香澄の手からもタラリと血が流れ、ポタポタと地面に落ちていった。こんな状態の香澄だったが、指先の出血よりも、再び思考は素生でいっぱいになっていった。素生と明日香がデートしている姿を想像しただけで、胸が苦しくなる。2人が仲良くお喋りしている姿を想像しただけで、邪魔したくなる。そんな自分に嫌悪感を覚え、吐き気がこみ上げてくる。
「…練習…。行くの辞めよう…かな。あっちゃん…。何処に行ったのかな…。探しに行かなきゃ…だよね。」
香澄は足を止めると、来た道を引き返して行った。スマホを取り出すと、Poppin`Partyのメンバーに体調が悪いから練習を休むとメッセージを送った。最近、香澄の様子がおかしいとPoppin`Partyのメンバーも気付いていた為、すぐに「大丈夫?」と返信が来たが、全て無視をし、姉の責任と言わんばかりにあてもなく明日香を探しに街を歩いた。雨は相変わらず香澄の傘や地面に打ち付けていた。香澄は傘を差していたが、ギターを守る為、傘の意味を成して無く、徐々に香澄の体を濡らして行くのであった。
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その頃、傘だけを掴み、家を飛び出した明日香も街を歩いていた。考える事は香澄の事ばかりで、香澄に負けないくらい、苦しそうな表情を浮かべていた。
「明日香…ちゃん?」
考えながら歩いていた明日香は突然、声をかけられ、「ビクッ」と肩を震わわせた。そして慌てて、周りをキョロキョロと見渡した。当てもなく歩いていた為「(あぁ。ここまで来てたんだ。)」と別の事を考えていた。
「明日香ちゃん!」
再び、声をかけられ、また周りをキョロキョロと見渡す。すると、物陰からこちらを見ている人物がいる事に気付いた。
「…六花。」
「明日香ちゃん。こんにちは!こんな所でどうしたの?」
明日香に声をかけたのは六花で、たまたま友達を見つけたのが嬉しかったのか、ひょこひょこ跳ねるように明日香に近づいた。
「…六花こそどうしたの?あんな物陰なんかにいて。」
「ここ、私の家だから。たまたまお手伝いで外に出てて、入ろうとしたら明日香ちゃんを見つけたんだよ!」
六花はそう言うと、後ろを振り返った。そこには昔ながらの日本建築の建物に煙突が突き刺さっており、建物の目立つ所に「旭湯」と言う看板が出ていた。
「そう言えば、銭湯で下宿してるんだったよね。」
「そうだよ。…ねぇ、明日香ちゃん?…何かあった?」
眉を八の字にし、六花が明日香に言うと、明日香はみるみるうちに、顔が歪んで行き、ポロポロと涙を流し始めた。
「あ、明日香ちゃん!?」
六花が驚いた表情で叫ぶと、明日香は傘を放り投げ、六花の胸に飛び込んで行ったのだった。
こちらの小説も遅くなってすみませんでした。
銭湯の事を書いてたら温泉に行きたくなりました。
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