冒険者ギルドの受付嬢から冒険者ギルドについての説明をする。
そうした中、ブイツーのことを快く思わない冒険者達がいた。
ブイツーと冒険者達の戦いが始まる。
辺境の地・リーンホース。そんなリーンホースは辺境の地でありながらも、それなりの賑わいを見せている地域である。
現在、リーンホースの街中を歩いているブイツーとマナ。そんなブイツーとマナは今、街の人々から奇異の視線で見られていた。
本来であれば、自身に課せられた依頼に失敗したばかりだけではなく、行動を共にしていた冒険者の仲間達を失ってしまった挙句、おめおめと逃げ帰ってきたマナに対して、厳しい眼差しが向けられて然るべきなのであるが、今回ばかりは人々が向けている先が違っていたのである。
街の人達が奇異の視線を向けている先、それは明らかに異質な姿をしている騎士であるブイツーであった。
これまでの間、見慣れてきた人間や噂に聞くモンスターと異なり、あからさまに異様な姿をしているブイツー。そんなブイツーがどう見ても只者ではないことは一目瞭然であった。
「何者なのかしら……?」
「モンスター?違うけど……いずれにしても得体が知れないわ」
まるで騎士の鎧が人間と一体化したような姿をしているブイツー。あまりにも異質な姿をしているブイツーを目にした途端、当の本人に聞かれないよう、影で口々にそんなことを言い合っている街の住民達。
だが、当のブイツー本人は一向に気にする様子はなかった。そのようなブイツーの態度はある意味、超然としているとも言えるだろう。傍にいるマナでさえも不思議で仕方がなかった。
街中の人達からは奇異の眼差しで見られているばかりか、さらには謂われのない陰口を叩かれながらもなお、常に堂々とした態度でいるブイツーの振る舞い。
そのようなことを意に介することもなく、気高い態度を貫いているブイツーの姿であるが、まさしく騎士と呼ぶに相応しいものであった。
やがて、街の中心部に到着するブイツーとマナ。そのようなブイツーとマナの2人の前には今、広大な面積と保有している建物が建っていた。
「ここが冒険者ギルドの建物です」
そんな言葉と共に目の前の建物について、ブイツーに説明をしているマナ。さらにマナは冒険者ギルドという組織についても、知っている限りの内容をブイツーに教える。
「成程な。行くぞ……」
そう言った後、建物内に足を踏み入れるブイツー。そんなブイツーを追いかける形でマナもまた、建物内に足を踏み入れるのであった。
冒険者ギルドの建物内に足を踏み入れたブイツーとマナ。この時、建物内いる人達の視線がブイツーに向けられる。
一方、そのような視線に一切動じることのないブイツー。何故ならば、今、自身に向けられている視線であるが、先程、リーンホースの街中で向けられた視線と同じものであったからだ。
それから、ブイツーはマナを伴って、受付の方に足を運ぶことにする。そうした中、受付にいる受付嬢がブイツーとマナの対応を始める。
「お疲れ様でした。本当に」
冒険から戻ってきたマナに対して、労いの言葉をかけている受付嬢。この時、受付嬢はマナの身に何かが起こったこと、依頼で何かがあったことを悟る。
「……有り難うございます」
受付嬢からの労いの言葉に対して、沈んだ表情で返事をしているマナ。まだ、マナは先程のことを完全に割り切れていないようであった。
「依頼の顛末については私が語ろう」
そう言ってマナから話を引き継いだ後、マナの引き受けた依頼に関して、受付嬢に報告しているブイツー。
結論から言ってしまえば、マナ達が引き受けた依頼は失敗である。マナを除く冒険者達は小鬼達に殺されてしまった。
偶然のブイツーの介入によって、残ったマナは助けられ、小鬼達は倒したものの、その場で退却を選択したのである。
「そうでしたか。ところで貴方は何者ですか?」
ブイツーから依頼の顛末についての報告を聞いた後、今度は異形の姿をしているブイツーに質問をしている受付嬢。
「私の名前はブイツーと言う。以後、よろしく頼む」
あくまでも紳士的な口調で自らの名前を名乗ってみせるブイツー。さらにブイツーは言葉を続ける。
「私は自分の名前以外のことを何も知らないのだ。もしよければ、この冒険者ギルドという組織のことについて、教えてはもらえないだろうか」
目の前の受付嬢に向かって、隠し事をすることなく、素直に身の上を語っているブイツー。
「分かりました。この冒険者ギルドのことについて、説明をさせていただきます」
ブイツーからの頼みを引き受けた後、冒険者ギルドについての説明を始める受付嬢。一方、ブイツーは受付嬢の話に耳を傾けることにする。
受付嬢からの説明によれば、冒険者ギルドとは冒険者達が所属する公的組織であり、冒険者の管理と様々な依頼の達成を目的としている。
所属する冒険者にはいくつもの等級があり、それに応じて様々な依頼を受けることができる。言い換えれば、実力に応じて依頼のレベルも変わってくるのである。
冒険者ギルドに冒険者としての登録をすれば、誰でも冒険者になれるのであるが、個人で実力に差があるため、実力にバラつきが生じている状態だ。
こうした冒険者ギルドの状況であるが、国の軍隊が強大なモンスターや悪魔を相手にしているためであり、身近な問題にまで手が回っていないためである。
「成程。状況が理解できた」
受付嬢から多様な角度での説明を聞いた後、うんうんと頷きながら納得している様子のブイツー。そう言っているブイツーの表情であるが、今までに見せた勇猛果敢な騎士の姿とは異なり、まるで経験豊富な軍略家のような顔をしている。
「つまり、冒険者ギルドは軍隊が対応できない問題を解決する組織であり、冒険者達は軍隊の兵士達の代わりのようなものか……」
長い説明を聞いた後、受付嬢に指摘を入れるブイツー。ブイツーからの鋭い指摘を耳にした途端、受付嬢の表情が明らかに変わる。
そのような受付嬢の表情についてであるが、まるでブイツーからの指摘を待っていたと言わんばかりの表情である。
「この状況を貴方はどう思われますか?」
「冒険者としての登録さえすれば、誰でも冒険者になれる冒険者ギルド……今のままでは人的資源の浪費になる危険性があるな」
対峙している受付嬢からの言葉に対して、深く切り込んでいくブイツー。そんなブイツーの表情は冷徹とも言えた。
冒険者ギルドの冒険者が必ずしも依頼を成功させるとは限らない。依頼の失敗による再起不能、最悪の場合、死亡という事態まで起こっている。現にマナが行動を共にしていた冒険者達が最たる例だ。
しかも、失敗による被害は冒険者達だけに留まらない。依頼が達成されない場合、被害は増す一方である。
「確かにご指摘はごもっともです。ですが、批判は誰にでもできるものです。……逆にお聞きしますが、どうするべきだと考えていますか?」
真正面からブイツーに疑問を投げかける受付嬢。現状を批判するだけならば、誰でもできることである。それ以上に増して、肝心なことは閉塞した現状をいかに打開するかであった。
「ふん、挙げ足だけを取るだけならば、それは単なる悪口だ……批判とは言わん。問題があるのであれば、同時に解決策も提示してみせる……それが真なる批判というものだ」
受付嬢に対する最初の前置きとして、そのように言っているブイツー。
「まずは教育者がいるな……何よりも先に世間知らずなお坊ちゃんやお嬢ちゃんには、ちゃんとした教育係が必要だと考えている……」
さも、当たり前のことのように淡々とした口調で語ってみせるブイツー。この時、何人かの冒険者はブイツーのことを睨みつけていた。
何故ならば、この場所にいる冒険者の何人かにとって、先程のブイツーの言葉は聞き捨てならないものであった。
しかも、冒険者達の眼前にいるブイツーは人間でもなければ、モンスターでもない異形の姿をしている。
「おい!さっきから話を聞いていりゃ、偉そうなことをベラベラと!」
そうした中、冒険者の1人がブイツーに食ってかかる。ブイツーの言葉を聞いて、プライドが傷つけられたと思ったのだろう。なお、この冒険者についてであるが、いかにも荒くれ者のような雰囲気を醸し出している。
先程の冒険者の言葉に対して、他の冒険者達もまた、同調の態度を示している。よそ者であるブイツーの言葉に腹を立てたのであろう。
「ブイツーとか言ったな。俺と勝負しろ!」
さらに先程の冒険者はブイツーに戦いを申し込む。ブイツーの周囲には今、剣呑な空気が支配している、
「……良いだろう」
自信に満ちた表情で応対しているブイツー。多くの敵意を向けられてもブイツーが全く動じていない理由、それは既に自身に対する鋭い視線を感知していたからであった。
「ブイツーさんはどうですか?」
そう言った後、ブイツーに視線を移している受付嬢。そんな受付嬢の視線であるが、まるでブイツーのことを試しているかのようであった。
「良いだろう。全員、まとめて相手になろう」
冒険者からの申し込みをあっさり受け入れてみせるブイツー。まるでこの程度のことなど、造作もないと言わんばかりの態度である。
冒険者ギルドの本部の敷地内にある模擬戦場。この模擬戦場は冒険者達の実力向上のために整備された鍛錬場であった。
そのような模擬戦場内において、それぞれが独自に調達した装備で身を固めている冒険者達。金、地位、名誉、正義……冒険者を志した理由は人それぞれである。
一方、広大な面積を保有している模擬戦場の中において、たった1人で数多くの冒険者達と対峙しているブイツー。
「……」
事の成り行きを黙って見守っているマナ。一見すれば、ブイツーが圧倒的に不利であることは明白である。
だが、小鬼達で見せたブイツーの戦いぶり、とてもではないが、並大抵の者ではできない芸当である。
ブイツーの戦いをこの目で見たからか、今のマナにとっては、この戦いが未熟な狩人達と屈強な猛虎との戦いのように見えたのだ。当然、勝負の行方は分からない。
「それでは戦闘を開始します!」
受付嬢がそのように告げた後、戦闘開始の合図である笛が鳴る。次の瞬間、張り詰めた空気が支配する。
「……」
試合が開始された途端、自慢の攻撃魔法を発動させるため、呪文の詠唱を始める魔法使い。攻撃魔法の詠唱を始めていたのだろうが、魔法自体が発動までには時間を要するのが欠点である。だからこそ、魔法使いは先手必勝法として、ブイツーに対する攻撃魔法を発動させたのだ。
すると突然、目の前から姿を消してしまうブイツー。まさしくブイツーは影も形もなく目の前から消え去ったのである。
「どこだ?奴はどこにいる?」
「まさか、逃げたのか?」
ブイツーが姿を消した途端、急に浮足立っている冒険者達の集団。そうした中、集団の中で異変が起こる。
「っ!!」
突然、声にならない叫びを上げたと思えば、その場に倒れ込んでしまう魔法使い。当然のことであるが、冒険者達の視線は倒れ込んでしまった魔法使いのいた場所に向けられる。
倒れ込んだ魔法使いの背後に立っている者、独特な形状をした剣を握り締めたブイツーであった。そう、ブイツーは魔法使いの回り込み、背後からの攻撃で気絶させたのである。実に単純明快な話であった。
但し、ここまで至るブイツーの速さであるが、目にも留らぬ速さであり、まさしく電光石火と言っても過言ではなかった。
受付嬢の合図で戦闘が開始されて早々、何の躊躇もなく敵陣の中に切り込んだブイツー。別の見方をすれば、ブイツーは今、たった1人の状態で敵陣の真っ只中にいると言っても過言ではない。
「ブイツーさん!」
思わずブイツーの名を叫んでしまうマナ。経験が不足しがちなマナから見れば、冒険者達に囲まれたブイツーが圧倒的に不利なように見えたからだ。
だが、その一方でマナはブイツーであれば、今の状況を簡単に突破することができそうな気も同時にしていた。
ブイツーのことを取り囲んでいる冒険者達。ただ、攻撃を仕掛ける絶好の機会であるにもかかわらず、冒険者達は誰もその場から動こうとしない。
試合が始まって早々、敵陣に切り込まれて動揺しているのだ。しかも、冒険者達は思うように動けないでいる。何故ならば、迂闊に動いた場合、同志討ちになる可能性があったからであった。
それぞれに相手の動きの読み合いをしている各々の冒険者。一種の膠着状態と言っても過言ではないだろう。だが、その間もブイツーにとっては絶好の好機であった。
「どわっ!?」
その場に倒れ伏してしまう男性の剣士。男性の剣士自身、冒険者としてそれなりの腕は立つのであるが、ブイツーに切り込まれた動揺のあまり、無防備の状態となってしまっていた。
続けざまに一撃を加えては確実に相手の冒険者達を仕留めていくブイツー。そのようなブイツーの動きはまさに熟練の戦士そのものであり、数多くいる冒険者達の中でも滅多にお目にかかれないものであった。
「今度は俺が相手だ!」
そう言った後、鼻息を荒くして前に出る者がいた。ブイツーの前に現れた者、それは鎧に身を固めており、右手には大型の斧と左手には盾を装備している重戦士であった。
「成程……これだけの重装備……力に自身があると言う訳か……」
目の前の重戦士を見た途端、そのような言葉を漏らしているブイツー。全身を覆う分厚い鎧、重量のある大斧と盾、装備から察するにこの重戦士は自身の筋力に自信を持っているのだろう。
「ふんっ!!」
次の瞬間、重量級の大斧を振り下ろしている重戦士。その一撃は鉄の鎧さえも砕くほどの攻撃力であった。
「やった!」
渾身の攻撃の後、勝ち誇ったように叫んでいる重戦士。この時、重戦士は自らの勝利を信じて疑わなかった。
だが、重戦士の視界にはブイツーの姿はおろか何もない。そう、重戦士の渾身の攻撃は空振りに終わってしまっていた。
それだけではない。重戦士は自身の背後から異様なプレッシャーを感じる。まるで背筋が凍りつくかのような感覚である。
急いで視線を向ける重戦士。そこにはいつの間にか、重戦士の背後に回り込んでいるブイツーの姿があった。
迅速な動きで重戦士の背後に回り込むことに成功したブイツー。だが、重戦士の鎧は全身を包み込む構造となっており、並大抵の攻撃では全く歯が立たないことは目に見えていた。
どうやって重戦士を突破するのか、誰もが注目している最中、当のブイツーは思わぬ行動に出る。
「ふん!」
突然、重戦士に向かって足払いを見舞うブイツー。一方、無防備の重戦士はブイツーの足払いをまともに受ける羽目になる。
文字どおり足元を掬われてしまった重戦士。そして、体勢を崩されてしまった重戦士は勢いに任せるまま、重々しい音と共に前方に倒れ込んでしまう。
「ぐぎぎぎ……」
何とか起き上がろうとする重戦士であるが、自身の装備する鎧の重量のため、なかなか起き上がることができないでいた。そればかりか、起き上がろうとすれば、起き上がろうとするほど、重戦士は心身の消耗を強いられる結果となる。
「過度な装備は時に自分の首を絞めることになる……そのことを覚えておけ」
うつ伏せに倒れた重戦士に向かって、そのように言ってみせるブイツー。事実、重戦士はブイツーを捉える事ができなかっただけでなく、逆に手痛い反撃を受けてしまっていた。このざまではしばらくは動くことはできないだろう。
「さて、次はお前達か……」
残った冒険者達と向き合った後、剣を構え直しているブイツー。同時にブイツーからは尋常ではない気が発せられる。
これまでの間、屈強の冒険者を単身で倒してきたブイツーと相対することにより、あからさまに浮足立っている冒険者達。
ブイツーの視線の先にいる冒険者達、新米同然の者達ばかりであった。単身でも屈強なる冒険者達を撃破しているブイツー、明らかに色々な経験が不足している冒険者達、そんな両者の戦いの結末は戦わずとも明白である。
そうした中、決して油断することなく、戦いを終わらせようとしているのか、剣を構え直しているブイツー。一方、残っている冒険者達は完全に逃げ腰になってしまっている。
「そこまで!!」
その時、受付嬢による制止の声が周囲に木霊する。当然のことながら、ブイツー、残った冒険者達の視線は受付嬢の方に向けられる。
「この戦い。ブイツーさんの勝利です!」
戦いの趨勢を見届けた後、ブイツーの勝利を宣言する受付嬢。模擬戦闘、それは得体の知れないブイツーの勝利に終わってしまっていた。
「どうしてだ!俺達はまだ戦える!」
「そうだ!そうだ!」
受付嬢の裁定に怒りを含んだ抗議の声を上げる冒険者達。侮蔑の話題とされる可能性があったからだ。
一方、ブイツー本人は瞼を閉じて沈黙している。最早、自身の方から何も語ることはないと言わんばかりの態度である。
「いいえ。私はこの裁定を覆すつもりはありません」
聞き分けのない冒険者達に向かって、そう言い切ってみせる受付嬢。未だに納得がいかない冒険者達に対し、受付嬢はそれまでとは表情を一転させて説明を始める。
「これはブイツーさんの作戦勝ちです」
目の前の冒険者達に対して、毅然とした態度で説明する受付嬢。そして、受付嬢による説明はさらに続く。
「まず、ブイツーさんは魔法使いの方に攻撃を仕掛けました。これは魔法によるリスクを防ぐためです。次に実力のある方から攻撃を仕掛けていきました。これは皆さんの士気を低下させるためです」
連続性のある受付嬢の説明。魔法使いを倒した後、ブイツーは実力のある冒険者達に狙いを定め、その上で確実に仕留めていったのだ。
なお、実力と実績のある冒険者に対して、積極的に攻撃を仕掛けた理由であるが、これは精神的な動揺を誘うためであった。
熟練度の高い同志が倒されれば、それだけ精神的な安定性は失われていき、隠している動揺が露わになる。別の言い方をすれば、士気は低下していくことを意味していた。
だが、ここで注意しなければならない点がある。窮地に追い込まれるほど、逆に奮起する者もいる。但し、今回の戦いではそうした気質の者はいなかった。
そうした点をブイツーは完全に見抜いた上で突いたのだ。ある意味、ブイツーの作戦勝ちであると言っても過言ではない。
否、単なる作戦勝ちではない。何故ならば、先程の作戦についてであるが、ブイツーの類稀な技量があって成立するものであったからだ。
「さあ、ブイツーさん、どうですか?」
「……」
受付嬢からの鋭い質問に対して、沈黙を維持しているブイツー。どうやら、受付嬢の推理は当たっていたようだ。
「これで終わったな……」
そのように告げた後、その場から立ち去ろうとするブイツー。これ以上、ここに留まっている理由はない。そう言わんばかりである。
「これから、一体どうするつもりですか?」
この場から去ろうとするブイツーに向け、率直な質問を投げ掛ける受付嬢。この土地のことを知らないこと、制度を知らないこと、こういった事柄を考慮すれば、受付嬢はブイツーがこの土地に慣れていないことを察知していた。
「先程も言ったとおり、私は宿なしの上に文無しの身でな。早いうちに寝床を確保しておきたいんだ」
あの聡明な受付嬢のことだ。適当なことを言っても無駄に終わるだろう。今後のことについて、自らが考えていることを正直に語っている。
むしろ、こうしたことには既に慣れている。記憶喪失の身でありながらも、ブイツーにはそのような感覚さえあった。
「もし、よろしれば、この冒険者ギルドに滞在してはどうですか?」
「……」
立ち去ろうとしているブイツーに対して、そのような提案をしている受付嬢。予想外の受付嬢の提案にその場にいる誰もが驚きを隠せないでいる。
「条件は……?」
受付嬢に向かって即座に質問をするブイツー。何の見返りもなしに提供するなど、とても考えられないことである。きっと裏に何かあるはずだ。直感的にブイツーはそのように踏んでいた。
「貴方にはここで新人冒険者の指導役になっていただきます」
受付嬢がブイツーに提示してきた条件。それはブイツーが冒険者ギルドの教官となり、新しい冒険者を指導することであった。
「何分、たった1人で彼等を倒してしまったのですから」
そう言った後、戦いに敗れた冒険者達を一瞥する。頭数では圧倒的に有利であるにもかかわらず、実際の戦闘ではたった1人のブイツーに敗北してしまったのだ。
大勢で挑んだのにもかかわらず、たった1人に返り討ちに遭う有様。これでは近いうち、大きな失敗をすることは目に見えていることであった。
だからこそ、それぞれの冒険者達の実力の底上げを図る必要があり、その指導役としてブイツーを指名したのだ。
「もう1つ条件があります。それはブイツーさん自身、ここの冒険者になってもらうことです」
ブイツーに次なる条件を提示する受付嬢。それはブイツー自身、この冒険者ギルドに所属する冒険者となることであった。
「冒険者として得られた報酬ですが、それはブイツーさんの報酬になります」
先程の条件に補足事項を付け加える受付嬢。依頼の対価として支払われる報酬については、そのままブイツーに支払われるというものであった。
この措置についてであるが、本来であれば、ブイツーの支払われるべき給金代わりであった。
「分かった。その提案に乗ろう」
素直に受付嬢からの提案を受け入れることにするブイツー。当然、提示された条件に全て満足している訳ではないが、今のブイツーにとっては魅力的な提案であった。
確かに生きていく上で欲望は必要なものである。しかしながら、過ぎた欲望は身を滅ぼすだけである。
「これから、よろしくお願いします」
「こちらこそ頼む」
嬉しそうね表情で言っている受付嬢に対して、あくまでも冷静な態度で受け答えをしているブイツー。
このようにして、新米冒険者の教育係兼冒険者として、ギルドに身を寄せることになったブイツー。
思わぬ形であったが、ブイツーは当面の拠点を確保することに成功した。だが、それは大いなる旅路におけるステップの1つに過ぎなかった。
皆様、お疲れ様です。疾風のナイトです。
嵐虎騎士ブイツーの原稿データが残っていましたので、組み上げて第2話を創作してみました。
今回の話ですが、ブイツーと冒険者達との戦いを描いています。
少し説明を入れますが、ブイツー自身、相当な実力者でありますが、同時に集団戦のエキスパートでもあります。このため、集団を率いて戦うことに慣れていることは勿論、対集団戦闘にも慣れているという設定です。
皆様が楽しんでいただければ、私としてはこれ以上にない幸せです。
それでは失礼します。