そんなブイツーとマナを1人の神官が出迎える。その神官の名前はマハード、マナの師匠であり、同時に地母神の神殿の管理者でもあった。
この世界の辺境の地であるリーンホースの存在している冒険者ギルドの建物。この建物の一角にブイツーが滞在している部屋がある。
ここは一体どこなのだろうか。果てしなく広がっている虚空の中、漆黒が支配するだけである。そのような中で2体の獣が激しく争っていた。
漆黒に染め抜かれた空間の中、2体の獣のうちの1体の獣は雷鳴と共に天を翔ける龍、もう1体の獣は嵐と共に地を駆ける虎であった。
互いに闘志を昂ぶらせて、真正面から激突している龍と虎。両者の実力は伯仲しており、まさに竜虎相打つと呼ぶべき様相を呈していた。
両者共に一歩も譲ることなく、互角の戦いを続けている雷の龍と嵐の虎。だが、両者の対決に思いもしない異変が起こる。
突然、嵐を纏っている虎の身体にどこからともなく現れた蜘蛛にも似た怪物が寄生する。やがて、蜘蛛にも似た生物は虎の中に入り込んでいく。
すると次の瞬間、虎は見る見る内にその姿を変えていく。徐々にではあるが、より凶暴かつ醜悪な姿に変貌していく虎。
そして、蜘蛛の怪物に支配されてしまったのだろうか、誇り高き虎はいつしか邪悪な魔物に変わり果ててしまう。
かつて、誇り高き虎であったもの、蜘蛛の怪物の影響もあったか、醜悪な魔獣にその身を変えており、既に以前の面影は失われてしまっていた。
予想もしなかった出来事の後、この場に広がっている光景であるが、それは目も当たられない光景であった。
最早、醜悪な魔獣と成り果ててしまった虎。醜悪な魔獣は本能の赴くまま、雷の龍に襲い掛かるのであった。
「うわああああっ!?」
叫び声と共にベッドから飛び起きるブイツー。そこには普段の冷静沈着なブイツーの姿はなかった。
「はぁはぁ……夢か……」
本能的に先程までの出来事が夢であることを悟るブイツー。だが、夢にしては妙に生々しい上、幻覚であるはずの夢で感じることのない現実感が伴っていた。
「夢程度でうなされるとは私もまだまだ甘いな」
眠りの中から目が覚めた後、喝を入れるように気を引き締めるブイツー。現実でもない悪夢にうなされることなど、我ながら情けないものだ。人々の模範となるべき騎士として、ブイツーは自らを強く戒めるのであった。
寝床から起床した後、すぐに身支度を整えてみせるブイツー。さらにブイツーは自室から出た後、冒険者ギルドの玄関に向かうことにする。
冒険者ギルドの玄関。この玄関では冒険者ギルドに所属する冒険者達が忙しなく出入りしている中、ブイツーのことを待っているマナの姿があった。
「おはようございます。ブイツーさん」
目の前にブイツーが姿を露わした途端、にこやかな表情と共に朝の挨拶をしているマナ。少女の特有のあどけなさが残るものの、前に向かって歩もうとする意志が感じられた。
「ああ、おはよう」
視線の先にいるマナに向かって、朝の挨拶を返しているブイツー。そのようなブイツーの振る舞いであるが、礼節を身につけた騎士そのものであった。
今回、ブイツーがマナと一緒に外出する理由、それはかつてマナの住んでいた地母神の神殿に赴き、神官からブイツーと一緒に行動する許可を貰うことであった。
余談であるが、この話は冒険者ギルドの受付嬢にも話している。このことを聞いた時。受付嬢はいつも以上に嬉しそうな表情をしていた。
「優しいんですね」
冷静沈着な態度を保っているブイツーに対して、そんな言葉と共に微笑んでいるマナ。ブイツーと知り合ってから日は浅いものの、マナはブイツーの人柄を理解するようになっていった。
ブイツーの言っていることは口調こそ厳しいものの、その中には確かな温もりと優しさが宿っていた。そうでなければ、窮地に追い込まれたマナを助けることは勿論、今日のように
「ふん、誰が優しいものか……」
マナの言葉にそう返しているブイツー。この時、ブイツーの頭の中に何かの映像が流れ込んでくる。
突然、ブイツーの頭の中に流れ込んでいる謎の映像。一体何の映像であるのかは分からない。
ただ、確実に言えることがある。ブイツーが見ている映像は血と狂気で彩られていた。並の者であれば、即座に混乱をきたしていただろう。
「そうだ……俺は悪魔だ……。俺は自分の野望のために色々なものを犠牲にした……」
気がつけば、そんな言葉と共に意味不明な言葉をぶつぶつと呟いているブイツー。まるで何者かがブイツーに乗り移っているかのようである。
「あの、ブイツーさん」
そのようなブイツーの姿を目の当たりにして、驚きの表情と共にそう呟いているマナ。今のブイツーは普段の冷静沈着な姿とはあまりにもかけ離れていたからであった。
「ブイツーさん、しっかりしてください」
「はっ!?私は一体……?」
マナの必死な呼びかけで我を取り戻すブイツー。どうやら、ブイツーは先程までの言動を無意識のうちに言っていたようだ。
「どうしました?大丈夫ですか?」
心配そうな表情で話しかけてくるマナ。動揺しているブイツーの表情は初めて見るものであったからだ。
「心配ない……大丈夫だ……」
マナからの問いかけに対して、いつもと同じ口調で返事をするブイツー。ただ、そのようなブイツーの表情であるが、どこか陰りのある表情であった。
その後、外出の準備を整えた後、マナの生まれ故郷である地母神の神殿を目的地として、ブイツーとマナの2人は出発するのであった。
リーンホースの街中から離れた場所に建っている神殿。この地域で古くから残っている伝承では、この神殿では地母神が祀られているとされている。
余談であるが、地母神はその名前のとおり、大地に恵みを与えるとされている。このため、住民達からは篤く信仰されている神である。
地母神の神殿の最深部。祭壇が設置されている最深部に今、白い装束に身を包んだ年若き男性の神官の姿があった。
この男性の名前はマハード。マハードは神殿に祀られている地母神に仕える神官であり、同時に地母神の神殿の管理者でもある。
今日もまた、いつものように祈りを捧げているマハード。そうした最中、マハードの脳裏にあるビジョンが浮かび上がる。
現在、マハードの脳裏に浮かび上がっているビジョン、それは意味深長なビジョンであると言わざるを得なかった。
全く同じ形状をした剣を所持しながらもなお、相対している黄金の騎士と邪悪な魔神。まるで本質的には同一の存在でありながらも、同時に相反する存在のようでもあった。
そして、一騎打ちを開始する黄金の騎士と邪悪な魔神。世界の命運を賭けた決戦の様相を呈していた。
やがて、マハードの脳裏から不思議なビジョンは消えていき、その意識は現実の世界に戻っていく。
「今のは一体……」
今しがた自身が見たビジョンについて、そんな言葉を発しているマハード。あのビジョンが一体何を意味するのかは不明であるが、少なくとも、ただの幻ではないことは明らかであった。
すると突然、マハードがいる祭殿の扉が開かれる。それと同時にマハードと同じ白い装束の年若い男が入ってくる。この男はマハードの従者であった。
「マハード様、報告したいことがあります」
マハードに非礼を詫びた後、報告を始めようとする従者。一方、マハードもまた、従者の報告に耳を傾けることにする。
「一体どうした?」
「実はマナ様がこの神殿に戻ってこられました。ただ、気になることが……」
「気になること?」
「はい……。マナ様には同伴者がいるのですが、この者は得体の知れない者でして……」
主であるマハードに対して、事情を説明している従者。そのような従者の表情であるが、とても困惑している様子であった。
「……分かった。ひとまず、客室に案内してくれ」
表情を崩すことなく従者にテキパキと指示するマハード。その後、従者はマハードの指示どおり、マナ達がいる場所に向かっていった。
「(マナ……どうしたのだ。それに得体の知れない者……会ってみないと分からないな)」
そのように心の中で呟いているマハード。つい先日、マナは独り立ちをしたばかりだ。何故、今になって地母神の神殿に戻ってきたのだろうか。
それに従者の報告にあったマナの同伴者。得体の知れない者とされているが、一体何者なのだろうか。
だが、ここで考えていても何も始まらない。そう考えたマハードはマナの待つ客室に向かうのであった。
地母神の神殿内に設置されている客室。この客室は主に外部からの客を対応するために使用される。そのような客室において、マハードは今、神殿の訪問者の対応をしていた。
地母神の神殿を訪れた者達、それはマハードの愛弟子であるマナ、そして、これまでに見たこともない異形の姿をした騎士であった。
「マナ、どうしたというのだ?」
目の前に座っているマナに向かって、単刀直入に質問しているマハード。この神殿を訪れたマナの真意を確かめるためだ。
「お師匠様、私は冒険者となりましたが、今後は隣にいるブイツーさんと一緒に行動したいと考えています。お許し願えませんか?」
そのような言葉と共にブイツーと行動を共にすることを懇願しているマナ。必死なマナの態度から気持ちが本当であることが伝わってきた。
「許すも何も……それはマナ、お前自身が決めることだろう」
ブイツーと行動を共にすることを懇願しているマナに対して、そのように告げているマハード。そのようなマハードの振る舞いであるが、弟子に対する師匠の振る舞いではなく、同じ神官としての対等な振る舞いであった。
既にマナは地母神の神殿を出て、自身の人生を歩んでいる。そうであるならば、これ以上、マナの人生に干渉するべきではないからだ。
「成程、あくまでもマナ本人の意志を尊重しているのか……」
マハードからの言葉を聞いた後、落ち着き払った態度のまま、納得している様子のブイツー。
一方、異形の姿をしたブイツーの方に視線を向けているマハード。この騎士は一体何者なのかを確かめるためだ。
この時、ブイツーから只ならぬ気配を察知するマハード。それと同時にマハードは先程、神殿の祭壇で見たビジョンを思い出していた。
マハードの見たビジョンの中に登場した黄金の騎士と邪悪な魔神。目の前のブイツーはそのどちらにも似ているような気がするのだ。
「ブイツー殿でしたな……もし、よろしければ、私と手合わせを願えないでしょうか?貴方の実力を知っておきたいのです」
マハードの口から発せられた思わぬ言葉。それは落ち着いた雰囲気のマハードからはとても考えられないような言動であった。
「お、お師匠様……一体何を……?」
マハードの発言を聞いた途端、反射的に驚きの声を上げているマナ。まさか、マハードがそのようなことを言い出すとは思ってもいなかったからだ。
「……分かった。受け入れよう……」
マハードからの申し出をあっさりと承諾してみせるブイツー。この時、ブイツーはマハードがただの神官ではないことを察知していた。
「感謝します」
手合わせの申し出に応じてくれたブイツーに対して、素直に感謝の言葉を述べているマハード。
「(この者の本質を見極める……)」
誰にも知られることなく、心の中で誓っているマハード。この時、マハードの瞳には覚悟の光が宿っていた。
地母神の神殿から少し離れた場所において、青々とした草原が辺り一面に広がっている。
そのような草原の中に独り佇んでいるブイツー。神妙な表情をしているブイツーは今、マハードがこの場に現れるのを待っていた。
マハードからの話によれば、ブイツーと手合わせするためには、それなりの準備が必要であるらしい。
「お待たせしました」
そのように言った後、ブイツーの前に姿を現したマハード。そのようなマハードの姿であるが、地母神の神殿における神官としての姿からはとても考えられないような姿であった。
「まさか、魔道の者だったのか……」
今のマハードの格好を目の当たりにして、遠慮のない感想を口にしているブイツー。そしてまた、ブイツーが今のマハードをそのように評するのも無理のないことであったからだ。
片手には強大な魔力を宿した杖を握り締めており、黒を基調とした装束に全身を包んでいるマハード。その姿は神に仕える神官と言うよりも、むしろ、黒魔術等を用いる魔導士に近い格好をしている。
「貴方が仰っているとおりです。元々、私は魔道士の冒険者でした……」
静かな口調で自らの素性を打ち明けるマハード。元々、マハード自身、黒魔術に長けた魔法使いの冒険者であった。その腕は厳しい戦いを生き抜き、数々の困難な依頼を達成してきたほどである。
だが、そのようなマハードにも転機が訪れることになる。それはマハードが強大な魔物との戦いを終えた時のことであった。
強大な魔物との戦いに何とか勝利したものの、心身共に激しく消耗してしまったマハード。そのようなマハードが辿り着いた場所、それこそが地母神の神殿であった。
地母神の神殿に足を踏み入れたマハードであるが、この時には精根尽き果てた状態であり、そのまま倒れ込んでしまった。
そのようなマハードのことを献身的に介抱した者達がいる。この者達こそが地母神の神殿を管理する神官夫婦であった。さらに神官夫婦には1人の娘がいた。この娘こそがマナである。
神官夫婦の献身的な介抱のおかげもあり、次第に体調を回復させていくマハード。
やがて、マハードが完全に回復した時、思いもしないことが起こる。外出していた神官夫婦がモンスターに襲われてしまったというのだ。
急いで駆けつけたマハードであるが、時は既に遅く、神官夫婦の生命は風前の灯であった。
この時、神官夫婦から2つの依頼を受けるマハード。1つは地母神の神殿を引き継いで欲しいという頼み、もう1つは残されたマナを育てて欲しいという頼みであった。
その場で神官夫婦の最期を看取るマハード。その後、マハードは冒険者としての地位を捨て、地母神に仕える神官としての修業を積み、さらには正式に神官に任命されたのである。
それからのマハードは神官としての仕事に励む一方、恩師の子供であるマナを懸命に育ててきたのであった。
「そうだったのか……」
予想もしなかったマハードの境遇を聞いた後、そう語っているブイツーは何とも言えない表情をしている。まさに数奇な運命とはマハードが今までの間、前に向かって歩んできた人生のことを言うのだろう。
「マナを弟子にするなど夢にも思っていませんでした」
感慨深そうに語っているマハード。恩人である神官の娘であるマナを弟子として、今度は自身が育てることになるとは夢にも思ってみなかった。
「話はここまでにしておこう」
そんな言葉と共にマハードの話を打ち切った後、独特な形状をした剣を抜いて構えるブイツー。
マハードと対峙するブイツーの態度、これ以上のお喋りは無用、そういったような態度である。
確かにマハードから語られる物語は感慨深い話ではある。まだまだ語られていないマハードの物語もあることだろう。
だが、これから、ブイツーは肝心のマハードと手合わせをすることになる。これ以上、お互いに感傷に浸っている場合ではなかった。
「そうですな。始めましょう」
内に優しさを秘めたブイツーの意図を理解したのだろうか、懐かしき過去の話を打ち切って、今度は愛用の杖を構えることにするマハード。
記憶喪失ながらも騎士として高い技量を誇るブイツー、冒険者としての過去を捨て神官として仕えるマハード、そのような両者の間にはこれ以上の言葉のやりとりは不要である。後はお互いの実力をぶつけ合うだけである。
神殿の裏手にある広場を舞台として、開始された騎士・ブイツーと神官・マハードによる戦闘。否、これは熱き精神と崇高な誇りを抱いた戦士による決闘と言うべきものであった。
ブイツーとマハードによる戦いはまさに手に汗を握るものであり、闘技場の戦いでも滅多にお目にかかれるものではなかった。
「魔連弾!」
早速、構えた杖の先端から魔力による破壊光弾を発射するマハード。一見、何の変哲のない攻撃魔法のようであるが、幾多のモンスターに多大な損傷を与えてきた技である。
「はぁっ!!」
一方、いとも簡単にマハードの攻撃魔法を斬り払うブイツー。だが、攻撃魔法を斬り払う芸当など滅多にできることではない。
単純な武器の性能は勿論のこと、人並み外れた卓越した剣術、魔術に関する豊富な知識、そして何よりも魔術に踏み込む度胸がなければ、攻撃魔法を斬り払う芸当などできないからである。
「ならば……」
すぐにブイツーの人並み外れた実力を見極めた後、目の前の強敵に立ち向かうため、次なる魔法の詠唱を始めているマハード。
一方、即座に魔法の発動を阻止しようとするブイツーであるが、他の魔法使い達とは異なり、魔法発動までの詠唱時間が非常に短い上、マハードの周囲には魔力で形成された障壁が発生している。これでは迂闊に流石のブイツーであっても接近することはできない。
その結果、ブイツーはマハードの魔法発動を許してしまうことになってしまう。仕方なくマハードの発動した魔法に備えることにするブイツー。
「これならどうです……?マジカルシルクハット!」
次の瞬間、ブイツーの目の前には、4つの巨大なシルクハットと呼ばれる帽子が出現する。それと同時にマハード自身の姿もまた、突然に出現した巨大なシルクハットの中に隠れてしまう。
「何……?」
そのように言った後、目の前に出現したシルクハットに目を凝らすブイツー。この時、シルクハットの配置そのものこそ、ブイツーの撹乱が目的であることを察知する。
「どれが本物なのだ……?」
巨大なシルクハットを前にして、目を凝らしているブイツー。恐らく、この4つのシルクハットのうち、いずれかの中にマハードが潜んでいることは間違いないだろう。
「(このシルクハット……単に身を隠すことだけが目的ではないな……)」
シルクハットを眺めている中、そのように推察しているブイツー。あの思慮深いマハードのことだ。単に自らの身を隠す目的のためだけ、シルクハットを出現させたとは到底思えない。必ず何かしらの意図があって、シルクハットを出現させたのだろう。
このため、単純にシルクハットを攻撃で破壊することは安易であり、非常に危険な考えである。例えば、シルクハットの中にいずれかに罠を仕掛けていても何ら不思議ではない。
あらゆる感覚を研ぎ澄ませているブイツー。この時、ブイツーは4つのシルクハットのうち、2つのシルクハットから強い魔力を感知する。
もしも、並の者であれば、この時点で魔力を感知したシルクハットに攻撃を仕掛けるところであるが、ブイツーは単純に攻撃を仕掛けることは見抜いていた。
意識を集中させたブイツーが感知した2つの魔力であるが、1つはマハード本人のもので間違いないだろう。続いてもう1つの魔力であるが、これは恐らくブイツーに対する罠と考えられる。
「そこだっ!」
中央に配置されたシルクハットに狙いを定めるブイツー。斬撃を浴びたシルクハットは無残に切り裂かれ、その中から手傷を負ったマハードが現れると思われた。
だが、シルクハットの中からマハードが現れることはなかった。それと同時に跡からは魔法陣が出現する。
「っ!罠か……」
魔法陣に動きを封じ込まれてしまったブイツー。次の瞬間、ブイツーの足元には魔法陣が出現した上、そのまま身動きができなくなってしまう。
「六芒星の呪縛」
ブイツーの動きが止まった後、まるで呟くように言葉を発しているマハード。どうやら、先程の攻撃は狙いを外してしまったようだ。
「この呪縛は相手の動きを束縛するだけではなく、戦闘能力も一時的に低下させます」
六芒星の呪縛の効力について、淡々とした口調で語っているマハード。さらにマハードはブイツーに言葉を続ける。
「抵抗すればするほど、消耗してしまいますよ?」
自らを制限する呪縛の効力に抗っているブイツーに向かって、マハードはそのように断言してみせている。逆を言えば、それだけにブイツーのことを警戒しているのであった。
「(さて、どのような手を打ってくるか……?)」
さらに六芒星の呪縛に抗うブイツーのことを観察しているマハード。何故ならば、ブイツーがこの程度で倒れる相手ではないことを見抜いていたからだ。
確かにブイツーが罠の仕掛けられたシルクハットを無視して、マハードの身を隠しているシルクハット自体を攻撃することは可能であった。
だが、話はそう単純に終わるものではない。シルクハットに隠れたマハードを攻撃しようとして、その間にシルクハットの中に仕込まれた罠がブイツーに牙を剥く危険性があった。
様々な事態を想定しての総合考慮した結果、ブイツーはマハードの罠を警戒して、あえて罠の仕掛けられている可能性の高いシルクハットを攻撃したのだ。
「貴方の力はこの程度のものではないでしょう?」
「全てはお見通しと言う訳か……」
あくまでも冷静沈着なマハードの指摘を前にして、観念した様子を見せるブイツー。何故ならば、全てはマハードの言っているとおりであったからだ。
「これでも私は冒険者だったものですよ。甘く見られては困りますな」
反射的に苦い表情をしているブイツーに対して、指仕草と同時に挑発的な言動を発するマハード。そのようなマハードの姿であるが、幾多の死線を潜り抜けた歴戦の魔術師の姿がそこにあった。
冷静なリスク分析をした結果、あえてシルクハット内に仕掛けられた罠に嵌ることを選択したブイツー。
そのような大局的な視野を持っているブイツーが何の手立てを打つこともせず、みすみすマハードの罠に引っ掛かるだけとは到底思えなかったからだ。
「予想していたとおり、油断ならない相手のようだな……」
あくまで冷静沈着なマハードの対応を前にして、より一層の警戒心を強めているブイツー。一見すれば、柔和な表情が印象的なマハードであるが、実際のところ、頭の回転が速い相当なキレ者のようだ。そうであるならば、こちらの実力の出し惜しみは無駄のようだ。
「はああああああああっ!!」
すると、自身の中に秘められた全開にさせるブイツー。次の瞬間、ブイツーの背中から眩い光の翼が出現したかと思えば、先程までブイツーの身体を封じ込んでいた六芒星の呪縛が粉々に砕け散る。
「何っ!?」
六芒星の呪縛を破られたことについて、素直に驚いた表情を見せているマハード。先程の呪縛はマハードの使用する呪縛魔法の中でも、かなり強力な呪縛魔法の部類に入るからであった。
そんな六芒星の呪縛をいつも容易く打ち破ってみせたブイツー。目の前のブイツーが一筋縄ではいかない相手であることは明らかであった。
「これはさらに気を引き締めなければ……」
これまでに出会ったことのない強敵を前にして、さらに闘志を高めているマハード。それと同時に以前、冒険者であった頃の記憶が呼び覚まされる。
「……本当に気が抜けないな」
マハードの様子を目の当たりにして、今まで以上に緊張感を高めるブイツー。数々の魔術を破られながらもなお、マハードの戦意が落ちていくどころか、逆に高まっていることをブイツーは素早く察知していた。
今一度、手にしている杖を構え直しているマハード。六芒星の呪縛を破られてしまったとはいえ、目の前の相手であるブイツーと戦う手段はいくらでも残っている。修行と経験を積み重ねてきた冒険者であり、現在では神官の名は伊達ではないのだ。
その場で激しく睨み合っているブイツーとマハード。そんなブイツーとマハードの2人であるが、自身に宿る力を溜めた後、必殺の攻撃を発動しようとしていた。
「……次で決着をつける」
「望むところです」
そして、次の瞬間、この戦いに終止符を打つため、それぞれ必殺の攻撃を発動するブイツーとマハード。
戦いが大詰めを迎えている中、草原に駆けつけるマナ。ブイツーとマハードから神殿に待機しているように言われたのだが、どうしても戦いの行方が気になり、この場に来てしまったのである。
「(ブイツーさん、お師匠様、どちらも頑張ってください)」
必殺の攻撃を発動しようとするブイツーとマハードの姿を見て、両手を合わせて祈っているマナ。生命の恩人であるブイツー、色々な事を教えてくれたマハード、今のマナにとってはどちらも大事な人であった。
「黒魔導!」
次の瞬間、マハードの杖からは黒い閃光が発せられる。今回、マハードが発動させた攻撃魔法、言い換えれば、黒魔術師としてのマハードの奥義とも呼べる攻撃魔法であると言っても過言ではない。
「うおおおおおっ!」
自身の内に秘められた力を解放するブイツー。それと同時にブイツーの所持する独特な形状をした剣に強烈な旋風が宿る。
そして、突きを繰り出してみせるブイツー。そんなブイツーの繰り出した突きであるが、巨大な岩石はおろか、鍛えられた鋼鉄さえも貫く威力を秘めていた。
次の瞬間、激突するブイツーとマハードの必殺の攻撃。その場で火花が激しく散っている。
「はあああああああっ!!」
独特な形状をした剣にさらなる力を込めていくブイツー。誇りある騎士として、この場から退く訳にはいかなかった。
「おおおおおおおおっ!!」
得物越しに見えるブイツーと同様、自身の魔力を惜しみなく注ぎ込むマハード。一瞬でも気を緩めれば、ブイツーに突破されてしまう危険性があった。
それぞれの必殺技が完全に相殺された後、無傷な状態のまま、お互いに向かい合っているブイツーとマハードの姿があった。
「私の魔法が……」
黒魔導を相殺されて、素直に驚きを隠せないでいるマハード。先程の魔法攻撃は今までに多くの敵を倒してきた必殺技であるが、このように相殺されてしまうことは初めてのことであった。
「私の剣を防ぐとは……」
マハードの力量を目の当たりにして、素直に驚いているブイツー。体が覚えている奥の手も呼ぶべき必殺技を発動させたつもりであったが、まさか、このように無効化されるなど思いもしていなかった。
「お見事です。ブイツー殿」
そんな言葉と共にブイツーのことを称賛しているマハード。そんなマハードの表情であるが、清々しい表情をしていた。
神殿で見たビジョンの意味は未だに謎であるが、少なくとも、目の前のブイツーは信じることができる。マハードはそのように考えていた。
「それでは神殿に戻りましょうか……」
「……そうだな」
マハードの呼びかけに同意するブイツー。このようにして、ブイツーとマハードの手合わせは終わりを告げるのであった。
手合わせが終わってから数時間後、荘厳なる造りをした地母神の神殿の門前。
そこには冒険者ギルドに戻ろうとするブイツーとマナ、さらに元々の神官の格好に戻ったマハードの姿があった。
「ブイツー殿、マナのことを頼みます」
ブイツーにマナのことを託しているマハード。これがマナにしてやれる精一杯のことであった。
それと同時にブイツーであれば、マナのことを導いてくれるかも知れない。ブイツーのことを信じているからこそ、マハードはマナのことを託したのであった。
「……分かった。引き受けよう」
そんな言葉と共にマハードからの依頼を引き受けるブイツー。それはまさに男同士が交わした約束であるかのようだ。
「お師匠様……有り難うございます」
いつも気遣ってくれるマハードに対して、感謝の言葉を述べているマナ。だからこそ、マナはあえてマハードのことをお師匠様と呼び続けているのだ。
「マナ、行くぞ」
「はい!」
ブイツーからの呼びかけに対して、すぐに返事をしてみせるマナ。どうやら、ブイツーとマナの関係は良好のようだ。
現在の拠点である冒険者ギルドに戻るため、マハードに見送られる中、地母神の神殿を後にするブイツーとマナ。
改めて、一緒に行動することになったブイツーとマナ。それは同時にブイツーとマナの壮大なる旅の始まりに過ぎなかった。
つづく
皆様、お世話になります。疾風のナイトです。
今回はマナが正式にブイツーと一緒に行動する話を投稿させていただきました。
マナの師匠であるマハードの名前の由来ですが、「遊戯王」に登場したブラックマジシャンこと神官マハードです。使う技等もブラックマジシャン絡みになっています。
ただ、別の作品の内容をあれこれと投入するとごった煮状態になるので、気をつけて作品を創っていこうと考えています。
ゴブスレの女神官ことマナですが、「嵐虎騎士ブイツー」のヒロインであり、今後の話の展開で重要な役割を担うことは先にお話ししておこうと思います。
記憶喪失状態のブイツーが己の真実を知った時にどのような行動を起こすのか、傍にいるマナはどうするのか……「嵐虎騎士ブイツー」の最大の焦点の1つと言っても過言ではありません。
話の大筋は見えてきましたが、まだまだ具体性に欠ける部分があります。じっくり煮詰めていきたいと考えています。
それでは今回はこれで失礼します。