2人は今回の冒険について思いを馳せる。
その頃、人智を越えた領域では異変が起こっていた。
砦での戦いから数日後、冒険者ギルドに帰還したブイツーとマナの2人。そんなブイツーとマナは今回の依頼の顛末を受付嬢に報告する。
なお、ティンクル、マドック、グランの3人であるが、一旦、彼等の雇い主のところに戻り、今回の依頼が完了したことを報告すると言う。彼等はブイツーとマナのことが気にいったようであり、機会があれば、依頼を持ち込むつもりでいるらしい。
「お疲れ様です。今回の依頼はどうでしたか?」
労いの言葉を述べた後、今回の依頼に関しての感想をブイツーに聞いている受付嬢。今回の依頼は冒険者ギルドでも異例なケースであったからだ。是非とも、感想を聞きたいところだ。
「……」
受付嬢の言葉に沈黙を維持しているブイツー。淡白なブイツーの表情であるが、まるでいつもと変わることはないと言わんばかりの表情である。
「マナさんの方はどうでしたか……?」
今度はマナに話題を振ることにする受付嬢。今回の依頼の感想について、マナにも聞いておこうと考えたのだ。
「わ、私は……」
突然、受付嬢に感想を求められたため、言葉に詰まってしまうマナ。それでもなお、マナは自分の胸に抱いている感想を言わずにいられない。
この時、受付付近にたむろしている何人かの冒険者達もまた、それまでの動きを止めて、マナの語っている話に耳を傾けている。
「私はオーガよりも小鬼の方が怖かったです」
今回、古びた砦を舞台にしたオーガとの戦いについて、率直な感想を言葉にしているマナ。さらにマナは自分の想いのままに言葉を続ける。
「確かにオーガは強敵でした。確かに腕力も強く魔力も強大です。でも、それだけでした……」
真剣な表情で語るマナは今、初めての依頼のこと、小鬼退治のことを思い出していた。小鬼退治の依頼において、仲間達を失っただけではなく、自らも生命の危機に陥ったマナ。
あの時、ブイツーが駆けつけていなければ、自分は間違いなく生命を落としていただろう。あの時の記憶は今でも恐怖として、マナの脳裏に焼きついている。
「おいおい、小鬼の方が手強いとか……」
「何を馬鹿なことを……」
外野からマナの感想を小馬鹿にしている若手の冒険者達。経験の浅い冒険者達からしてみれば、強大な力を持つとされるオーガ討伐よりも、小鬼退治の方が厄介という考え方が理解できなかった。
冒険者達の心ない言葉を聞いた途端、縮こまってしまうマナ。やはり、自分の思っていることはおかしいのだろうか。マナがそのようなことを考え始めた時であった。
「いや、確かにオーガの討伐よりも小鬼退治の方が厄介だな……」
すると突然、マナの意見を支持する声が受付内に響き渡る。まだまだ経験不足なマナの意見を支持する声、それはマナにとって聞き慣れた声であった。
マナの意見を支持する声の主。それは今回の依頼の遂行者であり、同時に冒険者達の指導者でもあるブイツーであった。
「何でそんなことが言えるんだよ」
「そうそう、オーガよりも小鬼の方が手強いなんておかしいだろ」
ブイツーの言葉に反発している若手の冒険者達。年若い冒険者達にしてみれば、何故、ブイツーがマナの意見を支持するのかを理解できなかったのだ。
「実際に相対していない者が勝手に決めつけるな!」
この時、未熟な若手の冒険者達に対して、怒りの表情を露わにするブイツー。怒気を含んだブイツーの今の一言により、若手の冒険者達は勿論のこと、今まで騒がしかった場は静まり返る。その勢いたるやまるで鶴の一声ならぬ虎の咆哮であった。
「どうして、そう思われるんですか?」
周囲の様子が静かになった後、ブイツーに質問を投げかける受付嬢。ブイツーが何の考えもなく、このような発言をするとは考えにくかった。
「確かにオーガの力は強大だった。だが、奴はたった1人だった上、それに他の種族を格下扱いしていたおかげでつけ入る隙はいくらでもあった。この点が集団戦を基本とする小鬼達と違う点だ」
受付嬢からの質問に対して、先程とは打って変わり、落ち着いた口調で答えているブイツー。同時にブイツーは今回のオーガとの戦いを思い出す。
確かにオーガは強大な力と魔法の使い手であったが、あくまでも相手は単独であった。しかも、オーガ自身、他の種族を自分よりも格下の存在として見下していた。この傲慢さは生命を賭けた戦いでは致命的である。
一方、小鬼達は個々の戦闘能力自体は高くないものの、同族との連携行動ひいては集団戦に長けている。その上、経験を重ねる度に学習する特性がある。
「さらに今回の場合、弓手のティンクル、道士のマドック、僧侶のグランがいた。強力なサポートあったからこそ、我々はオーガを確実に仕留めることができたのだ」
淡々と冷静な口調で言葉を紡いでいくブイツー。そのようなブイツーの脳裏には今、共に戦ったティンクル、マドック、グランのことが思い起こされていた。
ティンクルの援護を背に受けて、マドックとグランがオーガの戦力を削ぐ。その上でブイツーがトドメの一撃を加える。相手を格下と見下した相手の連携により、オーガは生命を落とすことになったのだ。
「それにマナのフォローがあったからな……」
最後に締め括るようにして、誰に言うわけでもなく静かに呟いているブイツー。あの時、マナが奇跡の力で守護していなければ、自分はもっと消耗を強いられていただろう。
だが、実際にはマナの奇跡の力により、ブイツーは消耗することなく、全力でオーガと戦うことができた。だからこそ、全員無事で依頼を達成することができたのだ。
自身が突出した能力の持ち主でありながらも、あくまで集団による調和と行動を重んじるブイツーの姿勢、その姿はまさしく集団戦闘のエキスパートそのものである。
「騒がせたな。私は部屋に戻る」
そのように言った後、疲労した身を休めるため、自室に向かうブイツー。これで今回の依頼は本当の意味で完了したのであった。
余談であるが、若手の冒険者達はマナに謝罪した。一方、マナもまた、若手の冒険者達のことを快く許すのであった。僅かであるが、冒険者達の結束は固まっていった。
夜の時間帯を迎えたためか、昼間よりも幾分か落ち着きを取り戻した冒険者ギルド。冒険者ギルドの建物から少し離れた場所に丘がある。
この丘からは夜空の景色がよく見ることができる。日が沈み切っているためか、夜空には無数の星が浮かんでおり、まるで悠久の時の中で瞬間的に煌めく生命を象徴しているかのようである。
丘の上、夜空の大海に浮かぶ無数の星を眺めているブイツー。そのようなブイツーの表情であるが、何か思うことがあるのだろうか、いつにも増して神妙な表情をしている。
ふと、鋭敏な感覚で人の気配を察知するブイツー。反射的にブイツーが視線を向けると、そこにはマナが申し訳なさそうに立っていた。
「あの、何をされていたんですか?」
柔らしい口調でブイツーに質問をしているマナ。この時、マナはブイツーが単に星を眺めているのではなく、何かしらの理由があるのではないかと考えていた。
「星を見ることで生命を感じていた」
一呼吸置いた後、質問に答えているブイツー。一方、ブイツーの言っていることが気になり、マナは詳しい話を聞いてみせることにする。
「生命……ですか?」
「そうだ。我々の手は既に血で濡れている。手を血で染めた分だけ、生命に対して鈍感になりがちだ。戦場で戦う者として、我々は生命への想いを忘れてはならない」
マナからの問いかけに対して、そのように答えた後、自身の手と携えている剣に視線を落とすブイツー。既にこの手と剣は何度も血に濡れている。どのような大義名分を掲げようとも、この事実だけは変わることがない。
だからこそ、自分達は生命について、常に想いを馳せることを忘れてはならない。これは戦いに生きる者の宿命なのだ。
「ブイツーさん……」
ブイツーからの話を聞いた後、何も言えなくなってしまうマナ。この時、マナはブイツーの違う一面を覗き見たような気がした。
これまでの間、圧倒的な力をもってして、立ち塞がる敵を倒してきたブイツー。その一方でブイツーは自らの宿命と対峙して、生命ついての考察を絶えず続けてきたのである。
それから、ゆっくりとした歩調で歩み寄っていき、ブイツーの傍に寄り添うマナ。しばしの間、ブイツーとマナの2人は夜空に浮かぶ星を眺めているのであった。
世界の境界から隔絶した場所に存在する領域。誰も立ち入ることができない絶対的な領域、それはまさしく神の領域であった。
何人たりとも入ることのできない絶対的な領域において、果てしなく広がる盤が設置されている。そして、盤面を挟んで対面している善の神と悪の神。善の神と悪の神は今、自分達が創造した遊戯に耽っていた。
その盤上には無数の駒が配置されている。人の形をした駒、動物の形をした駒、悪魔の形をした駒、配置された駒の種類は実に様々である。
盤上の上に配置されている駒、それは盤上と言う名の世界で生きとし生ける者達であった。そう、この世界の行きとし生ける者達は善の神と悪の神の駒に過ぎなかった。
善の神と悪の神は順番にサイコロを振い、自分の手で動かした駒を戦わせる。時には戦いにおいて、時には不慮の事故や病によって、そして時には寿命が尽きた駒は盤上から消失してしまう。そして、失われた駒が盤上に戻ることは2度とない。
サイコロを振ることにより、配置された駒を動かし、駒同士を戦わせる善の神と悪の神。この営みは永遠に続く遊戯であるかのように思われていた。
だが、そのような遊戯にも予想外の異変が起こる。それは同時に今までの営みを揺るがしかねない異変であった。
突然、盤上より不思議な駒が出現する。どこからともなく現れた駒についてであるが、それは蜘蛛のような形状をした駒であった。
一見すれば、悪の神に属するモンスターのようにも思えるが、当の悪の神には覚えがなかった。何故なら、最初から遊戯には存在していなかった駒だからだ。
盤上に現れた正体不明の駒の出現を目の当たりにして、当初、困惑している様子の善の神と悪の神。
だが、自分達の遊戯をより一層面白くする存在であると考え、善の神と悪の神は蜘蛛の形状をした駒を歓迎する。
すると突然、蜘蛛の形状の駒は毒々しい糸を散布する。毒々しい糸は徐々に盤上を覆い込んでいく。
予想もしていなかった出来事を前にして、善の神と悪の神は駒の行為を中断させようとするが、その勢いは留まることを知らず、ついには広大な盤、配置された駒、ありとあらゆるものが糸に包み込まれてしまう。
いくら、遊戯の創造者である神といえども、盤上の様子が見えなければ、サイコロを振ることもできない。盤上全体が覆われてしまえば、配置されている駒を動かすこともできない。
最早、善の神と悪の神は遊戯を進めることができない。これで盤上の世界の行方は創造者でさえも分からなくなっていた。
つづく
お世話になります。疾風のナイトです。
今回の第7章ですが、第5章から続いていた冒険のエピローグ的な内容になります。
それから、何やら今後の伏線っぽいものがあったりします。
今回の一連の冒険ではティンクル、マドック、グランが仲間になりました。
原作ではゴブリンスレイヤーの仲間になるキャラクターです。
「ゴブリンスレイヤー」の改変作品とはいえ、主人公から仲間達を取り上げてしまった形になりました。
また、原作では登場したはずの魔女も未登場になっています。
だからこそ、この埋め合わせは後程していきたいと考えています。
今後とも精進していきたいと思います!
最後なりますが、今回のお話を読んでくださって、本当にありがとうございます。